作品情報

絶倫辺境伯の熱情は流浪の令嬢をみだらに射抜く

「遠慮するな。快楽の先にあるものを、魂をこめてお教えしよう」

あらすじ

「遠慮するな。快楽の先にあるものを、魂をこめてお教えしよう」

跡継ぎ争いに乱れた男爵家を離れ、旅人として辺境の都を訪れた令嬢ミレーネ。馬に轢かれそうだった子どもを身を挺して救った彼女は、老練の辺境伯フランシスにその勇気を見初められる。齢五十を過ぎて尚壮健なフランシスから毎夜のように『もてなし』を受け、ミレーネは愛と快楽にその身体を花開かせていく。だがある日、袂を分かった筈の男爵家現当主が再び現れ…。

作品情報

作:水田歩
絵:haruka

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本文お試し読み

一、旅人令嬢はもてなしを受ける。

「奥方様、起きてください。終点です、西都アルレリオンに着きましたよ」
 馬車の窓に寄りかかってうたた寝していたミレーネ・ヴェルデは車内をのぞきこんだ馭者《ぎょしゃ》に声をかけられた。伸びやあくびははしたないので我慢しつつ、子供のように目を擦りながら乗り合い馬車を最後に降りる。
 ほかの客が荷下ろしをしている間、ミレーネは馭者《ぎょしゃ》に質問していた。女性が一人で泊まっても安全で、安くてかつ賄い付きの宿屋。そして、仕事斡旋屋の場所をだ。聞きたいことを教えてもらっている頃合いで、乗り合った客達が全て立ち去る。ミレーネは馬車が動き出すと馭者《ぎょしゃ》に手を振りながら小さく呟く。
「……わたくし、未婚なのだけど」
 馭者《ぎょしゃ》が勘違いしても仕方がない。
 彼女は当年とって二十五歳。この年頃の女性は少なくとも一回は結婚している者が多い。
「奥方とは、わたくしの年代の女性に対しての敬称なのだわ」
 ならば、慣れなくては。
 馬車が見えなくなると、ミレーネは手を振るのをやめた。
 汚れてはいなかったが一張羅の青いドレスをパンパンと叩く。出発地の王都からここまで着通しだったから、だいぶくたびれてしまっている。
 彼女は労わりをこめてドレスに呟いた。
「お給金を頂けるようになったら、まずは替えのドレスを買いましょう。交互に着られるから、あなたをもっと手入れしてあげられるわ」
 そのためにも、働き口を見つけなければならない。
 ミレーネは決意もあらたに地面に置いた小さなトランクを持ち上げた。
「仕事斡旋屋があるという通りはたしか……」
 彼女がキョロキョロと周りを見回していると、ドレスと揃いの帽子から巻き毛が溢れ出る。
 琥珀色の瞳を縁取るまつ毛は、巻き毛と同じく亜麻色だ。中肉中背で化粧っけのない顔立ちは、きちんと装えば庶民よりは貴族のそれに近いだろう。けれど、たおやかというよりも勝ち気で俊敏そうな表情が優っている。何よりも彼女の瞳の中には、楽しいことがありそうな予感で光が踊っていた。
 町は活気に満ちており、石畳の道路にはごみ一つ落ちていない。商店街は王都と同じくらいの規模と賑やかさに見える。
 ミレーネは改めて感嘆した。
「さすがは西都ね。賑やかだし清潔だわ」
 アレオン辺境伯領都、アルレリオン。
 母国サンゴールの建国時代に初代アレオン伯爵が武功により王から初めて賜った地であり、西部地方最大の都でもある。歴史あるこの都を、人々は親しみを込めて簡単に『西都』と呼んでいる。
「アレオン伯爵様は戦上手なだけではなく、領主としても優れていらっしゃるのだわ」
 賢《さか》しげに呟いたが、彼女は伯爵のことを絵姿や王都の知らせ板でしか知らない。
 泣く子も黙る、英雄フランシス・アレオン現辺境伯。
「先月も国境を侵攻してきた敵国グラシダを撃退されたばかりだと、馭者《ぎょしゃ》や乗合馬者の人達が言っていたわね」
 伯と彼が率いる騎士団――通称黒騎士団――の殊勲を讃えるため、『王都まで戦勝凱旋をせよ』と若き国王陛下が仰せになるも、伯爵は『守りが甘くなる』と一蹴。『ならば代わりに出向こう』と陛下の父君である先王陛下が仰せになった。お言葉通り、先王陛下自らアレオン伯領にご来駕され、伯と騎士団を労った。親友同士である先王陛下と伯は再会を大いに楽しまれたという。
 本日、名残を惜しむ先王陛下を隣の領地近くまでお送りしたのち、伯爵閣下は西都まで戻る戦勝パレードをされていると聞いた。そんなわけでアレオン伯領とりわけ西都は戦勝祝いでここ数日沸き立っているらしい。
「この都ならば仕事が見つかるのではないかしら」
 ミレーネは期待を込めて呟いた。
 王都のほうが貴族が集まっており、彼女が望む仕事には就きやすい。けれど、男爵になった従兄は王都に自由に行き来が出来る。従兄の目を逃れるには、国境だけでなく国内側にも砦を設けているアレオン伯領がよいと考えた。
 旅人の行き来は比較的自由なものの、住人の移動は地域としての死活問題に直結するので転居は難しい。判事や領主から直々に厳しい審査を受ける。
 ことに転出したい住人が女性であると、あらゆる引き留め工作がなされる。
 従兄がなにか言ってきたとしても、アレオン伯爵の権威自体が男爵から出された陳情をはねつけてくれるはず。
「そのためにも早く西都の住人にしてもらわなければ」
 最初はすぐに、馭者《ぎょしゃ》に教えてもらった仕事の斡旋屋に向かおうと思っていた。けれど、彼女の颯爽とした足取りは次第にゆっくりになり、最後には立ち止まった。
「……そうね。今日くらいは華やかな雰囲気を楽しんでもいいかしら」
 決めた。
 宿を決めてから散策に出かけよう。
 彼女は、今度は宿屋へ向かって歩き出した。
 宿は主街道に並行した通りに面しているようで、知らないうちにざわめきの中心へ向かって歩いていたようだ。
「我らが軍神、辺境伯閣下万歳!」
「祖国に弥栄《いやさか》の幸いあれ!」
「我らの誇り、黒騎士団万歳!」
 誇らしげな歓声が聞こえてくる。
「辺境伯様はどんな方かしら」
 ミレーネは興味が湧いた。
 先王陛下と親友ということであれば、そこそこ高齢のはず。だが、伝え聞こえてきたのは軍神もかくやという武勇と、非常に美男子だということばかり。
 持ち前の好奇心が頭をもたげてきた。
「お顔を拝見したいわ。……パレードを見学できるところないかしら」
 あたりを見回しているうち、規則正しい蹄の音がだんだん大きくなって、地響きも伝わってくるようになった。
 わああ、と民の歓喜の叫びがうねって聞こえてくる。大通りを挟んだ商店街からどんどん人が出てきた。
「ごめんなさい、通してください。ありがとう」
 ミレーネは熱中している民達の間をなんとかすり抜けうて、一番前に出た。
 角笛が高らかに吹き鳴らされる。
「あれは伯爵様が今からこの地を通りなさるという曲だよ」
 誰かが知り合いに得意げに話してる説明を耳に挟み、彼女はなるほどと呟く。
 やがて先頭がアレオン伯旗と騎士団の旗を掲げているのが見えるようになってきた。黒地で金や銀の縫い取りが太陽に当たってキラキラ光る。
「伯爵様ぁー、おかえりなさいませ!」
「ご無事で何よりでございました!」
 民の叫びが爆発する。
 バサリと旗が翻って柄が見えた。刹那、ミレーネは息を呑む。
「髑髏《どくろ》……!」
「お嬢さん、ここのお方ではないね?」
 彼女の呟きが聞こえたらしい、隣の男が振り返った。
「ええ」
「伯爵様の家紋はな、『我、髑髏となるも、我が領を乱し祖国に仇なす敵の首を討ち果たさん』という意味が込められているんだよ」
 我がことのように説明してくれた。
 ミレーネが感心したように目を丸くすると、さらに詳しく教えてくれる。
「そして、もう一つの印である盃には『我、主《あるじ》との盟約により、王国の盾となり剣となる』という意味が込められているんだ」
 別の男も自慢してきた。
「建国時代からその誓言通りにこの伯爵領は他国の侵入から祖国を守ってきた。あの家紋は俺たちの誇りそのものなんだ」
 ……残念ながらミレーネは説明の後半を聞いていなかった。彼女は道の反対側で樽の上からパレードを見物していた子供に釘付けだったからだ。
 子供もミレーネと同じで、なんとか伯爵を見たかったらしい。荷車の荷台に、無茶苦茶なやり方で樽を積み重ねて、その上に立っていた。
「親はどこ。荷車の持ち主はいないの?」
 ミレーネがあたりを見回すも、親らしき人物はいない。持ち主もどうやらパレードを観るために荷車から離れたらしい。子供はその隙に荷台へ樽を乗せたのだろう。小さい樽を無理に重ねているから、子供の重みくらいで揺らいでいた。
「誰か、あの子を抱え下ろしてくれないかしら」
 頼みとばかりにミレーネが子供の周りを観察するが、皆パレードに夢中のようだ。どうやら子供に気づいているのは、彼女一人らしい。
 危ないと注意するには通りの幅が広くて、叫んだとしても子供まで届かない。
 ミレーネが子供の体が傾いだと認識した瞬間、荷車が跳ね上がり樽が転がった。
 子供が勢いよく大通りへ放り出される。
 幸い、転がり出てきた子供を先導の騎士達は気づいていたようで、慌てて馬の手綱を引いた。が、それがいけなかったらしく一頭の馬が仁王立ちになった。
 通りの両側から悲鳴が飛ぶ。……のをミレーネは待っていなかった。
 素早くドレスの裾を彼女は摘み上げ、道に躍り出る。
 馬の前足が降り切る前に、子供を抱きかかえて無事に道の反対側へ転がった。
 阿鼻叫喚の中、ようやく騎士が馬の制御に成功した。
「子供は無事だっ」
「お嬢さん、大丈夫か」
「誰か、気つけの酒を持ってこい!」
 騎士団が静止した中、一頭の蹄の音が聞こえてきた。早足らしく、瞬く間に近づいて来る。
「閣下のお通りである! 道を開けい!」
 ざ、と騎士団が道をあけ開ける。
 漆黒の筋肉が波打つ悍馬に跨った男性が現れた。
 騎士団と同じく黒のペリース、黒の軍服であるが一際豪華なしつらえ。襟元と袖口には金糸で刺繍が施されている。上着の金ボタンのひとつひとつには、先程民が説明してくれた家紋が刻まれている。
 そして太陽の光を受けて煌めく、銀髪。双眸は青く鋭い。
「伯爵様!」
 誰かが助かった、という声をあげて己が領主を仰ぎ見る。
 伯爵が鷹揚にうなずく。
「ご婦人が子供を庇われたのは見ていた。何があった」
 伯爵の一声に、周囲が静まる。
「は! 子供が荷車の上から転がり落ちたところを、ご令嬢が身をもって庇ってくださいました!」
 先導の騎士の片割れが、敬礼しながら答える。
 伯爵がひらりと馬から降り、ミレーネの側に近寄る。
 彼女は額から血を流し、失神していた。
 伯爵は落ちついてミレーネの帽子を取った。艶やかな亜麻色の髪がきちんと編まれて結われていた。
 伯爵は彼女の額にかかった髪を耳にかけてやった。自身の軍服の隠しから布を取り出すと、ミレーネの額の傷に当てた。彼女の首に指を添えて、脈拍を確認する。
「こちらの令嬢は頭以外はぶつけておられなかったか」
 伯爵はミレーネを取り囲んでいた民達に質問した。
 一人が代表して答える。
「伯爵様、さようでございます」
 次に伯爵は、親に抱きしめられてしゃくりあげていた子供に微笑みかけた。
「無事で何よりだ。だが男たる者、今後はご婦人に怪我をさせるのではなく、お護りできるにようにならねばな」
 子供の両親らしき二人が平伏する。
 伯爵は軽々とミレーネを抱き上げた。 
 近習《きんじゅ》が伯爵の馬の手綱を引いて控えている。
 伯爵はミレーネを鞍上に乗せると、自身もヒョイとそのまま馬に飛び乗った。
 近習《きんじゅ》から手綱を受け取って、馬を歩かせる。
「出立する!」
 先導が号令をかけると、黒い川にも似た騎士団はまた整然と動き出した。
 一団の姿が見えなくなると、民達はミレーネと伯爵の噂で持ちきりになった。

「ん……」
「起きたか」
 低い、男の声が耳に入った。ぼんやりと目を開ける。
 真っ先に目に入ったのは、澄んだ青色の輝きが二つ。
 ミレーネはこんなにも美しい宝石を今まで見たことがない、と思った。
「そんなにも俺の目が気に入ったか」
 笑いを含んだ声が最初なにを言っているのかよくわからなかった。
 心地よい声。
 なのに、うなじがちりちりとする。
 ふ。
 誰かが漏らした笑い声で、ミレーネはハッと我に返った。自分が食い入るように見つめていたのは、その誰かの双眸であった。ミレーネは目を泳がせて、周りを確認する。
 天鵞絨《ビロウド》の天蓋、素晴らしい浮き彫りがびっしりと彫り込まれている紫檀製のベッド。最後にこっそりと目を戻せば、くつろいだ服装の男が座っていた。
「ここ、は」
 声が出にくく、節々が痛かった。
「客人、俺のアルレリオン城へようこそ」
 ミレーネは目を見張った。
 俺の、というからにはアレオン伯その人なのだろう。
「ご当主様自ら、……っ」
 慌てて起きあがろうとする彼女を、伯爵は優雅な仕草で制した。
 ゆったりと構えている伯爵を、ミレーネはまじまじと見る。
 年は五十くらいであろうか。口元や目元には相応の年輪が刻まれているものの、日焼けした肌はカサついてもおらずシミ一つない。灰色というよりは銀色の髪は年齢のせいではなく、元々なのだろう。澄み切った冬空のような色の双眸。辻で売っていた絵姿よりも雄々しく、優雅だった。
 王都でたまに連れて行ってもらえた美術館に陳列されていた絵画や彫刻よりも、遥かに美しい。
 自信と知能、品格を備えた伯爵は内面からの輝きも相まって、『軍神が地上に顕れた』と言われれば信じてしまいそうだ。
 今度は目をまん丸くして固まっている彼女に、伯爵は苦笑した。
「美しいとは聞き飽きている褒め言葉だが、貴女ほどに真正面から見られると、自分が珍しい見せ物にでもなったようだ」
 ミレーネは伯爵に見入っていたことに気がついて真っ赤になった。
「か、かさねがさねのご無礼、お許しくださいませ……!」
 ベッドから降りて床に平伏しようとしたが、上半身を起こした途端、抱き止められた。
「いきなり動いたら、また地面にキスする羽目になるぞ」
 呆れた口調なのに、艶を含んだ男らしい声に耳が聴き入る。
 体に回されている、縄のような筋肉が盛り上がっている腕。
 頬が押し付けられている、広く逞しい胸。
 父を亡くして以来男性に初めて抱きしめられて、心臓が激しく脈打つ。
 伯爵は片腕でミレーネを支えたまま、もう片方の腕で彼女の背中でなにかを動かした。
「っ、あの、わたくし!」 
 殿方と子を成す行いをするつもりはない、と叫ばずに済んだのは、抱きしめられていた腕を外され、クッションによりかからせてくれたからだ。  
 フランシスが流し目を寄越してきた。
「どんな風評を聞き及んでいるか知らぬが、俺とて『とき』を選ぶさ」
 勘違いを見抜かれていた。
「……粗忽者で恥ずかしゅうございます」
 自分ごときが、色男相手に勘違いも甚だしい。掛布《かけふ》の中に隠れてしまいたい。
 さすがにそんな子供じみたことが出来なくて、熟れた頬を手で隠すのが精一杯だ。
「よい。貴女のように若いご婦人から熱い視線を送られるとは、俺もまだ捨てたものではないな」
 ご冗談を。
 ミレーネはこっそり思う。
 国随一の伊達男がなにをいうのか。
 伯爵が王都に来るのを、首を長くして待っていた某侯爵夫人が彼の姿を一目見た途端、気絶したとか。
 絵姿に恋をした某伯爵令嬢が西都まで追いかけてきたとか。
 艶聞だけなら、ミレーネも沢山聞いている。
 内心むくれている彼女に向けているフランシスは読めない表情になった。
「貴女のドレスは洗わせている。ああ、医者が『貴女のドレスは王都で流行っている型だ』と言っていたな」
 身元を探られていることに、ミレーネは目を泳がした。
 婉曲な表現で批判し、直接には意見を言わない。貴族らしい腹芸も教えてもらったが、ミレーネは未だに出来ない。
 どう答えようと考えている彼女に、領主は別のことを口にした。
「覚えているか。貴女は馬の前に飛び出した子供を庇って倒れたのだ」
 ミレーネはほっとした。
 これなら答えられる。
「覚えていますわ」
 伯爵は目を細めた。
「なかなか出来ることではない」
 ミレーネとて『次もしろ』と言われたら出来ないだろう。あのときの自分は、無我夢中だった。
「領主として貴女の勇気のある行い、感謝する」
 フランシスは、彼女の手を恭しく持ち上げると手の甲へキスをする仕草をした。
 ミレーネは生まれて初めてそんなことをされて、どきどきである。
 貴族のマナーとして、貴婦人が男性から手の甲にキスをされるのは習っていたが、いかんせん経験したことがない。
 男爵令嬢だったときには客に挨拶をするのは稀だった。引き取られた先で接した男性は、母の友人の夫君である子爵のみ。彼はミレーネの父親がわりで後見人であったから、そんな挨拶はしなかった。
「改めて俺はアレオン領を預かっている、辺境伯のフランシスだ。貴女の名前を伺おう」
 じっと見つめられて、ミレーネは緊張した。ごくりと唾を飲み込む。ベッドの上で上半身を起こしているだけの姿で、できる限り優雅に会釈する。暴れる心臓をなだめながら、なんとか己の名前を口にした。
「わ、わたくしはミレーネ・ヴェルデと申します」
 フランシスは目を少し見開いた。
「では、ヴェルダン湖を領地に持っておられるヴェルデ男爵の縁《ゆかり》の方か」
「ご存じでいらっしゃいましたか」
 ミレーネは内心驚いた。
 伯爵のような大貴族が、氷海ぎわに小さな領地しか持っておらぬ弱小貴族まで知っているとは。
 伯爵は謎めいた笑みをしつつ、うなずいた。
「なかなか厳しい土地柄と聞いている。湖を挟んでグラシダと相対していることでもあるし」
 とはいえ、彼女の故郷であるヴェルデ領は、サンゴールを目の敵にしている敵国グラシダですら手を出してこない貧相な土地柄である。
 そんな小さな所まで気を配っていらっしゃるとは。アレオン伯爵領自体が国の防衛線を担っているのは伊達ではないと、彼女は納得した。
「はい。……ですが、わたくし前男爵の娘でございまして、現男爵とは関わりがございませんの。わたくしは既に家を離れております」
 ミレーネは強く言ってのけた。
「では、領を出られてからはどう暮らされていたのか」
 母の知人を頼って王都で暮らしたのち、伯領へ入ったと答える彼女に、フランシスは笑みを消した。 
「貴女の目的地は」
「御領でございます」
 答えた途端、ぞくりと震えた。急に室内が寒くなったのだろうか。
 自らを抱きしめながら伯爵を見れば、凄みを帯びた目を向けられていた。
 なにか失言をしてしまったようだ。
 ミレーネは怯えながら内心、自らの発言を確認した。
「なんのために我が領を訪れた? 返答次第では、貴女をこの城から生きては返さぬ」
 脅しではないとミレーネは直感した。
 伯爵は一歩も動いておらぬのに、白刃を首に当てられてるような心地がする。
「しょっ、職を探すためでございます!」
 青ざめながらミレーネはキッパリと言い切った。
 ふ、と伯爵が表情を緩めた。
「見たところ、貴女はまだ二十を少し越えたばかり。まだ子供も望めるだろう。貴女が我が領の者と婚姻を結びたいのであれば、叶えて差し上げよう」
 どこの国でも圧倒的に男性が多い。必然的に妻を娶れない男性が多いことから、伴侶がいない女性は老齢であっても縁組は可能だ。まして、出産が見込める年齢であれば、夫のなり手が殺到する。
「……それは……」
 ミレーネは言い淀んだ。
 己から目を逸らした娘を観察したのち、伯爵は確認した。
「先程、『男爵家と関わりない』と申したことに関係する話か?」 
 頭のいい男性だと思う。
 ミレーネは腹を割って話すことにした。……この男性ならば、自分をヴェルデ領へ追い返したりしまい、という確信めいた思いがある。

 ミレーネが十三になった年に父が亡くなった。葬儀後、悲しみも癒えないうちに叔父一家とやらが領館へ乗り込んできた。
 はじめ、ミレーネは歓迎した。叔父は亡くなった祖父にそっくりであったからだ。ところがミレーネを慈しんでくれており、普段であれば彼女の意見に背かない執事が反対した。
『テオドル様は確かに先々代男爵様のお子様であられますが、先代様の遺言により当家に近づくこと罷り《まかり》なりませぬ』と。
 しかし叔父は『自分はヴェルデ男爵の庶子でも、息子はヴェルデ家の正当な跡取りだ』と主張してきた。確かにサンゴールでは、女性が爵位や家をつぐことは少ない。
 が、あり得なくはない。ヴェルデ家に限ってはミレーネが跡を継ぐのだと、執事や荘園の管理人は抗弁した。
 けれど彼らは叔父の雇った破落戸《ゴロツキ》に追い出された。
 叔父夫妻は、あらかじめ買収していた教義院の師父や判事に、息子の出自の正当性を認めさせていた。
 ミレーネが家人への暴力や乱暴なやり方に対して王都へ異議申し立てを思いついたときには、従兄は男爵を名乗ってしまった。
 彼女は冷たい床に跪かせれ、領主の椅子にふんぞり返った従兄に引き合わされた。
『従妹殿。親族、ましてやか弱い女を放り出すわけには行かぬ。客分として我が館に住まうがいい』
 そう宣言した従兄により、ミレーネは館に留め置かれた。
 従兄は『前領主及びその令嬢の不始末のため領庫が空になった。ゆえに父娘を断罪した』と、領内に触れ回った。
『慈悲深い新男爵は前領主の墓を暴いて死体を晒し者にしないし、ミレーネを死罪にしない』
 温情をかけた処断であると強調した。
 そのうえで『罪を償わせるため、ミレーネを労働階級にする』と宣言を発した。
 新男爵の言い草に首を傾げる領民も少なくなかったが、少しでも従兄についての不平をいえば破落戸《ゴロツキ》どもが暴れ回るので、目端のきく者は沈黙した。
 綴いて従兄は財政困難のためと称して、彼女以外の上級使用人を解雇した。ミレーネはメイドになった。
「……それだけなら、我慢するしかないのだと思いました」
 叔父一家への弾圧の報いなのだと。
 しかし、従兄はミレーネと父の不始末を責めながらも、『老朽化にともなう新男爵邸建造のため』と称して民達への税をどんどん増やしていった。
 堪りかねたミレーネは『館は差し上げますので、税を元通りにしてください』と従兄へ訴えた。
 だが、『おまえの働きがよくないからだ、この怠け者め!』と罵られた。挙句に、下男や下女の仕事までさせられるようになった。逃げようにも給金すら渡されていない。父の財産はおろか、母の宝石まで奪われてしまった。
 十年後、亡き母の親友である子爵夫人に救出されるまで、ミレーネは屋敷ただ一人の使用人として働かされていた。
『ミレーネ!』
 庭掃除を任されていたミレーネは、己の名前を呼ばれて、はっと顔をあげた。
 門外で、母の友人の子爵夫人が馬車から飛び降りんばかりに身を乗り出していた。門番である破落戸《ゴロツキ》どもは、叔父一家が不在なことをいいことに賭博をした挙句、酒を飲んで眠ってしまっていたらしい。それが幸いして、再会を果たせた。子爵夫人は親友の忘れ形見であるミレーネと、母の思い出語りをしようとヴェルデ邸を訪れたのだ。
『おばさま!』
 痩せこけた体躯。垢じみた、それもメイドの服を着せられている親友の娘。
 子爵夫人は一目でミレーネの困窮を見てとると、そのまま馬車へ乗せて夫の領へ連れて帰った。
 子爵夫人とその夫君の助力により、ミレーネは彼らの元で暮らすことを許された。しかし、従兄からヴェルデ領を取り返すことは出来なかった。
「なるほど。子爵殿は新男爵の不始末を糾弾しない代わりに、貴女の自由を求めたか」
 転居、ことに女性の他領への転出は領主がじきじき直々に了承を与えねば許されない。
「わたくしも『やむを得なかった』のだろうと考えました」
 感謝こそすれ、子爵夫妻をうらむ気持ちは全くない。

 ミレーネにとってようやく訪れた平穏な日々。
 しかし子爵夫妻は口を噤んでいたが、ミレーネはヴェルデ領がかつてない困窮に晒されていることは耳にしていた。彼女は残された領民達が気がかりであったが、領に帰ったとしても下女のままでは領政には携われない。
 焦燥の時間を過ごすうちにミレーネは『自分が良家へ嫁げば、領を救う手立てを講じることができるかもしれない』と考えついた。
 貴族女性の初婚年齢は十八歳から遅くても二十歳位。二十三歳になっていたミレーネは自分が薹《とう》が立っている年齢だと自覚してはいた。しかし、まだまだ出産適齢期ではある。過酷な暮らしでも月のものは正常に訪れていたし、奇跡的に病も得ず健康だ。ゆえにミレーネが嫁ぐのは充分に可能である。
 だが問題があった。ミレーネは従兄から貴族として振る舞うことを禁じられていたので、領の民達と話し方や仕草などが変わらなくなっていた。
 このままでは、男爵である従兄に圧をかけてくれたり領を取り戻す手助けをしてくれるような良家には、嫁げない。
 そう考えたミレーネは、子爵夫人に貴婦人としての教養を教えてくれるように頼んだ。
 同時に彼女は夫君の子爵にも請い、領地経営を学んだ。
 二年後、『どこに出しても恥ずかしくない』と子爵夫婦や教師達からお墨付きをもらえたとき、ミレーネは切り出した。
「わたくしは子爵ご夫妻に『領を取り返すために縁組をさせていただきたい』と申し出ました」
 自分を王宮での舞踏会に連れて行ってもらえないかと願い出た。
 王陛下が開く舞踏会は、毎年社交シーズンの始まりに催される。婚約者がいない貴族がその舞踏会で婚約が決まると言うほどに重要なパーティである。
 ドレスに付き添い人の依頼料、王都での宿泊代。それに返礼の意味をかねて王都宅で自家主催のパーティも催さねばならない。かかる費用も莫大だし、ミレーネは二十五歳になっていた。
 しかし選り好みしなければ、女性は何歳になっても縁談に事欠かない。
 ミレーネは自分の夫になる人に、特に希望を持たなかった。領を取り戻せるならば、どんな男性でも構わなかった。デビュタントの費用については、領を取り戻したら少しずつ子爵夫人に返済しようと考えていた。
 しかし、夫人は夫君と顔を見合わせてしまった。
『ミレーネを舞踏会に連れていくのは構わない、けれど縁組については助力できない』と言われた。
 彼女が理由を問えば、子爵夫人は従兄より『ミレーネに婚姻させないこと』、いわゆる『結婚禁止令』が出されているという。

「……結婚禁止令とは、女性のみに発効されるものだそうでございます」
 眉をひそめた伯爵にミレーネは説明した。
「俺が知っている限りでも、確かにそうだ」
 しかし女性が伝染する業病《ごうびょう》に冒されている、あるいは結婚すること自体が女性の命を縮める場合に限られている。しかも複数の医師や法務官が厳重に審査した上で、教義院がようやく発効するものだ。
「怪我をしたから、当然今の貴女は顔色が悪い。しかし、禁止令を発効されるほど病弱であるとは思えないが」
 フランシスは、医師から彼女を診察した結果について『怪我以外なんの病気の兆しもなく、健康そのものだ』と報告されている。
「結婚禁止令のことについて、爵位を奪われぬために従兄殿が仕組んだと貴女は考えているのだろう?」
 結婚するしないの権利は女性にあるから、どんな手を使っても男は財産を持とうとする。不当な継承は許されていないのだが、国は見逃しがちだ。
「……夫人は教義院に違約金を払ってでも、わたくしを縁組させると言ってくださいました」
 そこまで言われてミレーネは、子沢山の子爵家によりかかり過ぎていたことに、ようやく気づいた。母の親友である人々は彼女を十分に養ってくれた。のみならず、実の娘同然に可愛がってくれた。
 これ以上甘える訳には行かない。
 ミレーネは子爵家からのいとまごいを申し出た。
 幸い、彼女は夫人に仕込まれてマナーやダンス、楽器演奏にレース編みや刺繍、そして外国語は人に教えられるほどに上達した。ミレーネは子爵夫人に礼を言い、彼女は運試しをするために西都を真っ直ぐに目指したのだ。
「御領にて裕福なお宅のご婦人の付き添い人か、もしくはご令嬢の家庭教師の口があるとよろしいのですが」
 期待を込めてミレーネは領主を見たが、フランシスは彼女が予想していた返事ではない言葉を口にした。
「なぜ、新男爵は貴女を娶らなかったのだろうな」
 そうすれば領内の反発も抑えられたはずだし、ミレーネも下女以上の暮らしを出来たことだろう。
 彼女はきっぱりと告げた。
「わたくしが従兄を拒んだからでございます」
 ミレーネは自身が父似であると伯爵に告げた。
 叔父としては、憎い兄の顔をした姪を息子の嫁に迎え入れたくなかったのだろうとも説明する。
「それは叔父御の感情だろう。貴女は絶世の美女ではないが、可愛らしい。妻に出来なくても抱きたいと思う男は多いはずだ。従兄殿は女禁の誓いでも立てられていたか?」
 フランシスが楽しそうに訊いてきた。
『女禁の誓い』とは『二度と女性に近づかない』という宣言のことであるが、実際は教義院が命じるものだ。
 対象は女性に対しひどいことをする男、もしくは妻帯しても子を作れなかった男である。
 非常に不名誉なため、命じられた男は教義院に泣きつき、自ら誓いを立てた体《てい》を装うのだ。
 伯爵の言葉にミレーネは警戒した。
 見た目は優雅でも、伯爵は老獪な政治家だ。武勇と知略で、領だけではなく国をも守っている。
 自領のような僻地まで知悉《ちしつ》しているこの人は、どこまで男爵家の内情をわかっているのだろう……。
 領内の、ことに従兄が関わる醜聞は新男爵一家が箝口令《かんこうれい》を敷いたはずだ。
 が。醜聞が取り沙汰されれば、よくて領地召し上げ、悪くすれば家が取り潰しになる。それでは父祖に申し訳が立たない。
 どう答えればいいのだろう。
 ミレーネは緊張から乾いた唇を己が舌で湿した。
 事実を言ったら猛々しい女だとか蓮っ葉《はすっぱ》な女だとか思われてしまい、伯爵に嫌われてしまうだろう。
 せっかく素敵な殿方から、お世辞でも『可愛い』と褒めてもらったのに。いくら勇猛果敢な伯爵でも、お転婆な女性は好みではないだろう、とミレーネの女心は残念がる。
 だが自分はあんな男には汚されていないことを、どうしても伯爵には理解してほしかった。 
 その衝動がなぜだか、自分でもよくわからないが。
「……ご想像の通りでございます。従兄はわたくしのベッドに忍んで参りました。わたくし、長包丁を抱いて寝ておりましたので、撃退いたしました」
 それはもう、こっぴどく。
 まずは、のしかかってきた従兄を蹴り倒した。
 続いて、ぶざまにひっくり返った従兄の股間スレスレに長包丁を突き立てた。
 挙句、『これ以上に及ぶ気があるのならば、今すぐに子供を作れない体にしてやる!』と啖呵まで切ってやった。
「あの長包丁か」
 フランシスが面白そうに訊ねてきたので、ミレーネも開き直った。
「はい、その長包丁ですわ」
 長包丁は獣の解体をするときに使われ、通常の包丁よりは刃渡りが長い。刃も分厚く重いため、巧い者が使えば骨も断てる。振り回すには難儀だが、切れ味から言えば剣に勝るとも劣らない。
 山賊や盗賊あたりだと、武器兼用で携行していたりする。
 フランシスはクック……と、のどを震わせた。
「貴女はマルクト豆のようだな」 
 マルクト豆は寒冷地でも早く育ち、滋養もある。 
 炒ったり、塩水で茹でて口に放り込んでもいい。
 乾燥させた豆を挽いて粉にする。練って、包み焼きの皮や団子にしてもいい。あるいは粉を水で伸ばしてスープにすれば、腹持ちがいい。
 軍用の携帯食料でもあり、災害時の非常食にもなる。
 いいところづくめ……なのだが、いきなりはじけることがあり、熱せられた豆が当たって火傷をするのだ。
 亜麻色の皮をかぶっていることから、似た色の髪を持つ子供、特におてんば娘について『マルクト豆のような』とからかうことがよくある。
 ミレーネは子供扱いされたと頬を赤らめた。
 そんな彼女をフランシスはじっと観察する。
 ほどなく伯爵は呟いた。
「貴女の状況は理解した。追手が来るやもしれぬので男爵家に貴女のことを知らせなくていいと言うことだな?」
 彼女を見据えるフランシスの双眸自体が光を放っているかのようだ。
「……はい」
 ミレーネはドキドキしながら返事をした。
 ここが岐路だった。
 アレオン伯爵が新男爵に貸しを作るのか、女子供を守ることを優先してくれるのか。
 ……なんとなく。この人は頼ることが出来そう、とミレーネは内心で呟く。
 どんな嵐でも、どんな敵からでも守ってくれるような安心感を勝手に抱いてしまう。
 どうしてだかわからない。勘というよりは、確信めいた想い。
「ではミレーネ嬢。貴女を旅人と解釈してよろしいのかな」
「――? ……はい」
 内心、首を傾げながらもミレーネは再び首肯した。
 サンゴールが支持している教義では『旅人を歓迎せよ』とされている。ことに女性は。
 大陸において、教義を信仰する国々の人口は圧倒的に男が多く、女性の旅人は既婚・未婚問わずに歓迎される。中でも子持ちの女性は、領主の名で保護され衣食住を保証されるのが習わしとなっている。
 ミレーネは子供を産んだことはないが、それでも仕事斡旋屋は職と住を探すことについて尽力してくれるはずだ。
「委細、わかった」
 伯爵はにこりと微笑んだ。
 彼がそうすると勇猛果敢な常勝軍人ではなく、百戦錬磨の上級貴族《さくりゃくか》にしか見えない。
 だが、美しい男の典雅な笑みにミレーネはぽうと見惚れた。
「医師がいうには、額の傷は一週間もあれば消える。ただ、体のあちこち打っているから、打ち身からの熱が出るかもしれないとのことだ。貴女を我が城の賓客としてもてなす。好きなだけ我が城へ滞在するがいい」
 ありがたい申し出だった。
「ですが、あの伯爵様」
「フランシス、と呼ぶように」
 格上の貴族の機嫌を損ねてはならない。ミレーネはすぐに言い直した。
「……フランシス様、わたくしは働きたいのでございます」
 城から出たときに仕事がなければ、ミレーネは立ち往生してしまう。
「夫を持たずにか?」
 仕立て屋、髪結、料理屋のおかみ。庶民の女性は男性と同じく働いているものであるが、女性には結婚出産が奨励されている。結婚時には祝い金も出るため、適齢期以上で独身を通す女性はほとんどいない。
「……仕方がございません」
 教義院が発効したとなれば正規の手続きを踏んでいる。無効にしてもらうには、王立裁判所に訴え出ねばならないだろう。
 もしかしたら、婚姻の権利あるいは領まで取り戻せるのかもしれない。
 けれど、争うには金と時間がかかる。彼女の訴えを逆手に取った従兄がミレーネとの婚姻を主張してきたならば、今度こそ飼い殺しだ。召使として一生を終えるしかないだろう。
 フランシスはあごに手をかけてしばらく考えているようだった。やがて伯爵はキッパリと彼女に告げた。
「先程の貴女の希望であるが、残念ながら我が領ではかなえ叶えられない」
「え」
 不遜にも聞き返してしまった。
 フランシスが説明してくれた。
 伯爵領は鉱山と農地、軍需産業で成り立っていると言う。
 西都では傭兵を多く迎え入れるため、賄い付きの下宿が林立している。仕立てや料理を提供する店や、武具や馬を扱う商売が繁盛している。体が資本の男達相手の拳闘場や医療所に公衆浴場なども多い。
 都全体が、どちらかというと無骨な印象がある、とフランシスは言った。
「鉱山や農地には鉱山長や荘園長を立ててはいるが、代々爵位のない人間ばかりだ。アレオン伯領には貴族階級は騎士爵しかいないのだ」
 騎士爵とは武勲を立てたものが与えられる爵位で、望めば令嬢しかいない家の跡取りに入ることも可能だ。
 だが、一代限りである。
「まあ……」
 ミレーネはつい声を出してしまい、慌てて口を覆った。
 自分より位の高い貴人が話しているときに、遮ってはならない。
「よい」
 フランシスは鷹揚にうなずいてくれた。
「あの。騎士爵様しかおられないと、家庭教師不要とは。どういう意味でございましょうか?」
 ミレーネは恐る恐る質問してみた。
 騎士爵の家に生まれた令嬢には、やはり教師が必要ではないだろうか?
「ここの男どもはみんな素朴でね」
 元々の出自が、ここで根付いている農民、牧夫、商人の息子などだという。
「入隊したときは大抵妻がいる」
 やはり出自が近い伴侶を選ぶのだという。
 ミレーネは伯爵の言いたいことが朧げに理解できた。
 つまり騎士の家に生まれた娘、あるいは嫁いだ妻に読み書き簡単な計算・掃除・料理・裁縫。家庭を切り回す主婦としての教育は必要であるが、淑女としての教育は必要とされていないらしい。
 ミレーネは子爵に仕込んでもらったおかげで領の管理もできるし、従兄にメイドをさせられていたから料理も薪割りもできるのだが。
 采配すると言っても、騎士爵夫人であれば己の館くらいであろうし、主婦としては令嬢の母親の方が何十倍も知識があっていい教師である。
 だからといって、ミレーネは家庭教師や付き添い人の仕事を諦めるわけにはいかない。
 彼女としては賄い婦や洗濯人を出来る自信があるが、子爵夫人に『どうしても働くのであれば。貴女のご両親のために、貴族としての矜持を忘れないで』と約束させられたからだ。
 巡り巡って、かつての下女のような仕事に再び就いたことが子爵夫人に知られたら。それこそ一生援助されてしまう。
 子爵家には、まだまだアレオン伯爵領で期待していた職を得られないのであれば、旅を続けなくてはならない。
 なぜか伯爵がとても慕わしく思え、御領も好ましいと考えていたから非常に残念だ。
「では、わたくし……」
 傷が癒えたら出立すると告げようとするミレーネに、フランシスは優しく微笑んで一つの提案をした。
「どうだろう、貴女が家政婦として内政を指図していただけないだろうか。というのも、この城に執事はいるのだが、なにぶん老いてきている」
 アルレリオン城は代々家政婦を置いておらず、戦場で傷ついて戦えなくなった者達を城に雇い入れている。執事もかつて伯爵の馬番だった。執事が城外のことも中のことも采配していたのだという。
 ミレーネは考えた。
 フランシスの身分は伯爵とはいえ、実際の地位や権限は侯爵否、公爵に近い。先王陛下が来られるのがよい証拠だ。また、詳しくは知らぬが教王国や敵国との交渉も担っていると聞く。貴人が訪問したときの采配をするのは、庶民階級では辛かろう。
 子爵夫人に、女主人となるよう教育もしてもらった。
 出来るかもしれない。
 ミレーネは、フランシスに向けて再び優雅にベッドの上で頭を下げた。
「若輩者のわたくしで務まりますか、どうか。けれど、お引き受けしとうございます」
「ありがとう」
 再び、フランシスはミレーネの手を取った。そ、と唇で彼女の手の甲を撫でる。いつの間にか、彼は自身の手袋を外していた。
「それでは、また」
「伯爵閣下、おやすみなさいませ」

 その夜、ミレーネは眠れなかった。
 伯爵の言う通り、打ったところが痛んで熱を出していたのだ。
 ベッドサイドのテーブルには水差しとグラスは置かれていたが、薬はない。
「夜中に申し訳ないけれど」
 メイドに薬をもらおうと、ミレーネはベッドサイドにかけられている呼び紐を引いた。
 ところが樫の分厚いドアを開けて現れたのは、夜着に着替えたフランシスだった。手には様々な壜《びん》や包みを乗せた銀盆を載せている。
「はく、しゃく、さま……?」
 銀盆をベッドサイドのテーブルに置くと、フランシスはゆっくりと彼女の上にかがみこんだ。
「フランシス、と呼ぶようにと言ったはずだが」
 そうだったろうか。
「そうだ」
 訝しんでいるところへ重ねて命じた伯爵に、ミレーネはそれ以上反抗するつもりはなかったので素直に領主の名前を口にした。
「ふらん、シスさま?」
 熱と痛みの作用か、明瞭な発音にならない。謝ろうとしたら、機先を制された。
「教義にしたがい、客人をフランシス・アレオンがもてなそう」
 フランシスはささやき、酒壜《さかびん》から液体をグラスについだ。
「……もう、十分よくして頂いております」
 グラスに注がれる水音を聞きながら、『もてなし』の意味をよくわからなかったミレーネは首を傾げた。

 ――大陸が一つの国であったその昔、人は集落を離れることなく近隣での婚姻を繰り返していた。濃い血縁は優れた者を多く生み出しもしたが、病には弱かった。
 ある日、大国を未曾有の大病が襲う。
 王に命じられて臣下達は原因究明の旅に出た。ある臣下が全滅した集落を見て回った際、遺体がそっくりであることに着目する。調べて見ると身長、髪の色、瞳、顔立ちが似通っている集落ほど全滅している。
 反対に旅人が頻繁に訪れる交易都市はなるほど盗賊に襲われるものの、流行病では一定数しか死なない。
 なぜか。
 臣下は似通った村は近親婚を繰り返していることを突き止め、その上で雑多な婚姻が病にうち克つ原因ではないかと思い至った。
 臣下は当時の王に『旅人を迎え入れ、その腹や種を借りて新しい血族を作るように』と進言した。王は下知《げじ》を下した。
 王国は時の流れと共に記憶の彼方に去っていったが、臣下の『旅人を(迎え入れ)生殖《もてなし》せよ』と言う言葉は、教王国を中心とした国々の教義として残った――

 フランシスは自身でグラスを呷る《あおる》と、ミレーネの頭を抱え込んだ。
「何を」
 なさいます、と言いたかった唇は伯爵のそれで塞がれた。
 驚いて固まる彼女を気にすることなく、フランシスは口内の液体を彼女の口の中に注ぎ込んだ。
 彼女の喉の中をほろ苦い液体が流れて落ちていく。滑り落ちた後をカッと熱いものが灼いた。
「薬酒だ、残さず飲むといい」
 彼女の口を拭いながらフランシスがミレーネに説明する。
 彼女がこくりと飲み干せば、フランシスが「いい子だ」とばかりに微笑んだのち、夜着を脱いだ。蝋燭の明かりに裸体を晒す。
 胸に走る凄まじい刀傷や、脇腹に槍を受けた跡などがフランシスの歴戦を物語る。けれどミレーネの目には、壮年の今もなお逞しい男の体としか映らない。
「あ、あの……、伯爵様?」
 呼びかけた彼女をフランシスは眼差しだけで黙らせた。
 筋肉の盛り上がった腕がゆっくりと彼女の夜着を脱がせていく。
 シュミーズやドロワーズまで剥ぎとられ、ミレーヌは生まれたままの姿になった。
 なぜ、伯爵は素晴らしい肉体を披露されているのだろう。
 どうして、自分まで服を脱がされたのだろう。
 彼女はフランシスの行為の意味がわからず、混乱していた。
 ……ミレーネは母の親友に引き取られてからは、子爵と従兄との取り決めもあって、子爵一家やその使用人としか接していなかった。
 ヴェルデ領は貧しかったので旅人も訪れない。 
 旅人が訪れたとしても貴族が自分の妻や娘をもてなしに差し出すことはほぼなく、夫や騎士団に守られて旅する貴婦人が『もてなされる』本当の意味を知っていることは少ない。
 蓋を取った細口の壜《びん》を掴んだまま、フランシスはミレーネの腰あたりに跨った。
 蝋燭の灯りで、青いはずの伯爵の双眸は色濃く映る。さながら夜の空のようだ。
 底知れぬ深さを湛えた瞳がミレーネをのぞきこむ。
「侍女にマッサージをしてもらったことは?」
「……ございます」
「同じだ」
 そうなのだろうか。
 いかがわしいとまでは言い過ぎだが、淫靡な雰囲気が伯爵から発して部屋中に立ち込めているような気がしてしまう。
 さらに困惑していることに、ドキドキしながらミレーネ自身が期待してしまっていることだ。
 ……これから淫らな出来事が自分に訪れるのではないか、と。
「ミレーネ。今宵は最後までもてなしはしない。ただ、貴女を気持ちよくするだけだ」
 蝋燭の炎は空気の流れのため、ゆらゆらと揺れる。その明かりが揺れるままにミレーネの体の凹凸を表す影も動く。
 腹部の起伏と相まって、横臥しているだけの女体が蠢いているように思えて、艶かしい。
 闇が濃い部屋の中でほんのりと光るような白い肢体。ボウルを伏せたような二つのふくらみ。そのいただきにある野薔薇の蕾のような、二つの粒。足の合間は慎み深く閉じられているものの、秘所を守る柔毛は髪と同じ、亜麻色だろう。
 フランシスは眼前の女体をじっと見つめた。
「……あ……」
 寒さなど感じておらぬのに、ミレーネはぶるりと震えてしまう。
 ミレーネがぎゅ、と目を瞑る。
 怖くはない。
 けれど、これから起こることに対して、目を瞑っていた方がよい気がするのだ。
「すぐ、寒さなど気にならなくなる」
 フランシスが壜《びん》を傾けると、とろりと粘り気のある液体がミレーネの乳房や腹に落ちていく。彼女の体がピクリと跳ねた。
「これは体を柔らかくする薬だ。貴女の体は驚きで固まってしまっているゆえ、俺がほぐしてやろう」
「……閣下自ら……もったいないことでございます……」
 もごもごとミレーネは口の中で呟いた。
「気にすることはない、貴女は俺の領民を救ってくれた」
 ミレーネはまぶたを閉じていたので分からなかったが、フランシスは優しい目をしていた。
 無骨な手のひらが、液体をミレーネの体に広げるようにゆっくりと撫でていく。
 手の先、足の先まで塗布し終わるとフランシスはマッサージを開始した。
 伯爵の手の動きが思いのほか優しく、無自覚だった強張りが楽になっていく。ミレーネはトロンとし始めた。
「いかがかな」
 問われて、うっとりとした声で答える。
「素晴らしいです。閣下は類まれな腕前をお持ちでいらっしゃいます」 
 ……わたくしの知っているマッサージとは随分違う、とは思ったが。
 施される側のミレーネは裸体になるが、奉仕する側が衣服を脱ぐマッサージを受けるのは初めてだ。
 しかし、自分より尊い方のお手を借りる場合の決まりごとなのかもしれない、と考え直した。
 夜着とはいえ、伯爵が身につけているのは最上等の絹を使ったものだ。オイルがついてしまうと、洗濯人が困るのだろうと考え直した。
 ミレーネはヴェルデ領で飼育している動物の種付けを見たこともあるが、いかんせん人間の営みについては疎い。
 従兄はミレーネの部屋に入り込むなり、彼女の夜着を引き裂こうとしたので、性行為と愛撫が彼女の中で結びついていなかった。
 子爵夫人は結婚が叶わないと思っていたから、ミレーネに性教育を施さなかったのかもしれない。
 手のひらを合わせるように撫でられ、指の股はフランシスの指の股で擦られた。……女の足の間を、男の足の間のものが擦るようなものかと連想してしまう。さらにミレーネは足のあわいを自分で触れたことがあり、そのときに生じた甘い感覚と似ていると考えてしまった。
 はしたない想像をしたせいか、敏感になった指の股を再び擦られて体が跳ねた。
「ん!」
 いやらしいわけではないのに。性的ではないはずなのに、感じてしまうとは自分はどれだけ淫らなのだろう。
 はじらった彼女に気づかないように、フランシスの手のひらがミレーヌの腕の筋に沿って上下する。
 やがて鎖骨、脇へと動いた男の手が、胸の膨らみのきわへと辿り着いた。
 伯爵の手が胸のいただきに半ば埋まっている蕾に触れた。
「あ」
 ミレーネはあえかな声を出す。過敏に反応してしまったことをはしたなく思う。
「よい。素直に感じた方が、体がほぐれる」
 フランシスは柔らかく言う。
 何度も柔らかな胸のふくらみを撫でられるうち、いただきが固く尖り出していく。
 尖りは伯爵の手のひらに擦られてますます硬くしこっていき、不思議な感覚をミレーネにもたらす。
 細口の壜《びん》を傾けさらに液体を落としたのち、フランシスの手はミレーネの両のふくらみにたっぷりと揉み込んでいく。
 甘い刺激が胸から生まれ、やがて体全体にじんわりと気持ちいいものが伝わっていった。彼女はまたも「ああ」と声を漏らしてしまう。
「貴女はここが好きなようだな」
 きゅ、と伯爵の指が両の実を摘んだ。
「きゃうっ」
 快感が強くて、子犬のように鳴いてしまった。
 伯爵は構わず、彼女の乳蕾を触り続ける。くにくにと指の腹でこすり合わされると、得も言われぬ気持ちよさが溜まっていく。
「ん……」
 鼻に抜けた声を出してしまった。
「かまわぬ。思ったままに動いて声を出せばいい」
「はい……」
 ミレーネは素直に返事をした。吐息に載せてでも吐き出さなければ、身裡《みうち》をじわじわと侵していくこの甘い感覚に体を乗っ取られてしまいそうだった。
 すっぽりと膨らみを覆う伯爵の手が大きくて温かくて、なんとも心地がよい。下着に収めるときくらいしか触れたことのない胸だが、フランシスの手に揉まれるとこんなにも形を変えるのかと思う。
「俺の手が気持ちいいか」
「はい……」
 服を着るときに、かすめる乳首が甘い感覚をもたらすことは知っていた。けれど伯爵にかかると、両親が揃っていたときのように幸せで、美味しい菓子を食べたときよりもうっとりしてしまう。
「俺も貴女の柔らかさが心地いい」
「うれ、しゅうございます……」
 伯爵に気に入ってもらえたことが、ミレーネに喜びと誇らしさをもたらした。
「あぁん……っ」
 フランシスにぴん、と乳首を弾かれてしまった。途端に鋭い快感が、頭のてっぺんから月のものを排泄するところまで走り抜けた。
「これが気に入ったか」
 フランシスは独り言ちると、ぴんぴん、と連続でミレーネの乳蕾を爪弾いた。都度、彼女は素直に反応してしまう。
 紅い木の実のような乳嘴《にゅうし》の周りの一際色濃い部分を指の腹でじっくりとなぞられた。それだけで気持ちいいのに、指が尖りの側面を擦っていく。ミレーネはたまらず嬌声を上げ、背中を反り返らせた。
 と。
 フランシスが片方の胸乳を強めに掴んだとみるや、パクリと頬張った。
「あぁっ」
 舌で乳暈や乳蕾をなぞられる。片方の胸はソフトで繊細なタッチで撫でられ続けている。
 腰がどうしようもなく跳ねた。
 いつの間にか太ももの狭間にフランシスの体が入り込んでいて、ミレーネは足を閉じられない。
 彼の太ももが先ほどからジンジンとしている秘所に当てられて、余計に濡れてしまう。
 ――濡れる?
 内腿がべたついている。フランシスの太ももも濡れていて……自分の男を受け入れる場所がこぼしていると思い至り、ミレーネはひどく慌てた。
「わ、わたくし。粗相をっ」
「確かに濡れているな」
 フランシスは彼女の失態を気にしていないようで、太ももでさらに彼女の足の合間を圧してくる。秘所がじゅんとなり、とろみのある汁が漏れ出るのを感じた。
 恥ずかしいのに、はしたないのに気持ちいい、としか思えない。
「ん、んふぅ……」
 声を出さないように、唇を噛み締めるのが精一杯だ。
「貴女の可愛らしい声を俺に聴かせるがいい」
 ささやくと、フランシスは彼女をうつ伏せにした。
「美しい」
 フランシスが感嘆の声をあげたので、ミレーネは意識を肌に戻した。
 白い、優美な曲線を描くミレーネの背中はしみ一つない。若い女特有の張り詰めた肌、滑らかな感触。くびれから白桃のような双丘へと続き、秘密の谷には乙女の泉が蜜を湛えている。
「心配していた打身もない。……この背中に紅い花を散らせたら、さぞ映えような」
 背骨すれすれにささやかれ、ミレーネの体にぞわりとしたものが生まれた。
 低い、落ち着いた声。
 父のようなまろやかでもなく、叔父や従兄のように甲高い声でもなく。
 己に自信があり、大軍を指揮する男。
 数多の女を酔わせた伊達男。
 雄で男である彼の声が、ミレーネの体の中に入り込んでなにかをおかしくしていく。
 フランシスが再び細口の壜《びん》をとり、中の液体を背中に落としていく。
 ヒタヒタと液が肌を打つ刺激にも、彼女の体は律儀に跳ねる。
「背中もいいようだな」
 ミレーネの曲線に沿って、無骨な手が繊細に女体を愛しんでいく。伯爵の目は鋭く、かすかな反応も見逃さない。呼気が一際激しくなったところ。曲線がさらなる弧を描いたところ。丹念に拾い上げては何度も愛撫を繰り返していく。
「ぁあ……」
 知らず、ミレーネの口から吐息のような喘ぎ声が漏れる。
 甘いだけの悦に、ミレーネは恍惚となる。
 一方的に尽くされ、『もてなし』をされている状況にふと思う。
 子を成す行為が、このように優しいものであればいいのにと。
 自分は結婚できないから、男と同衾することはない。
 もてなされたことはあったが、こんな素晴らしい体験は初めてだ。
 きっと、最初で最後だ。
 ならば、楽しもうと思った。
 天上にでも昇るような心地よさを覚えておこうと。
 びくりと彼女が激しく反応した。
 フランシスの両手が、ミレーネの豊かな臀部を掴む。双丘の谷間を液体が落ちていく。
「ン、ァ!」
 途端、ミレーネは声を上げた。綻びんばかりにヒクついていた彼女の秘所に滴り落ちてきたのだ。
「冷たかったか。慣れるまで、しばし我慢せよ」
 男の声が落ち着いて、液体もろともミレーネの花唇を撫で上げた。
「あ、あ……」
 感じたこともない強烈な快楽が触れられたところから体中に広がっていく。
「そなたの蜜も混じって、いい香りになってきた」
 フランシスは楽しそうに彼女のいやらしい谷間を広げていく。蜜口から裂け目を通り、その下で息をひそめている女の秘玉まで手のひらで圧していく。
 指の腹で皮に隠れている花芽を、くりくりと掘り起こされた。
「きゃうっ?」
 痺れるような感覚に、仔犬のような叫び声をあげた。目の前に星が舞う。
 臀部を甘噛みされながら質問される。
「自分でここに触れたことは?」
 あったが、こんなに強い悦ではない。ひそやかに淫らではあったが、もっと柔らかい快楽だった。
 つぷり、と指が蜜口を潜っていく。
 月のときの詰め物よりも、ゴツゴツしたものがナカからミレーネを撫でる。
 痛くはないが、違和感に体がゾクゾクしてくる。
「己で慰めるのと、男が触れるのでは違うだろう」
 彼女のささやかな性的体験は、百戦錬磨の男にはお見通しのようだ。
 フランシスは指を埋めながら、秘珠をいじってくる。同時に手のひらでじんわりと善くなっている谷間ごとを圧してきた。
 彼の舌はびてい骨や、その下のすぼまりを愛でるように舐めていた。
「あ……、そんな所……」
 は、は、とミレーネは喘ぎながら、抗議をしてみる。
「いい、だろう?」
 嫌悪よりも心地よさを感じているのがバレてしまい、彼女はシーツを握り締めた。
 恥ずかしい。
「わたくし……はしたのう、ございます」
「この場は俺とそなたしかおらぬ。好きなように感じて、鳴けばいい」
「フラン、しす、様……」
 伯爵は敷布に溺れた彼女の腰を掴んだ。
「ひゃあっ」
 軽々と持ち上げられて、変な声を出してしまう。
 そのまま抱え込まれたと思ったら、ぬるりと熱いものが秘所に触れた。
「きゃっ?」
「そなたの汁は甘いな」
 後ろをようやく振り返って見れば、アレオン伯その人がミレーネのいやらしい汁が滴る泉に口をつけ、舐めているではないか。
「あ、伯爵さま……、なに、を……!」
「フランシス、だ。ミレーネ」
 お仕置きだとばかりに膨れ上がった紅玉を吸われた。
「あ、ア!」
 ミレーネの体に力が入り、背中がしなった。
 フランシスの力強い両手が彼女の臀部を押し広げ、蜜を垂れ流している孔に舌を差し込んできた。
 ぬぽっ、ぬちゅっ。
 聞くに堪えない淫らな音が己の秘所から発していて、ミレーネは泣きそうになる。だが、彼女にはあられもないと恥じる余裕はなかった。圧倒的な快感が蜜口から体の最奥へと生まれては、ジュンジュンと蜜が湧き出す。
 舌はナカで蠢いては左右上下の襞を押し、擦り上げる。抜けるほどに引いては浅いところをなぶった。
「あ、あっ……ん!」
 ミレーネははしたなく鳴き続けた。
 こんなに気持ち善くなっていいものなのだろうか。
 まさか、『もてなし』がみだりがましいとは予想外だった。
 しかも、悦んでいる自分がいる。
 自分でも知らなかったが、ミレーネ・ヴェルデという女は淫らな人間だったようだ。
 しかし、おそらく伯爵も『マッサージ』の熟練者なのだろう。
 王都でも戦地でも、男は伯爵を褒め称えて女は伯爵を焦がれると聞いた。
 さもなければ、掛け値なしの乙女である自分がこのように快楽を拾うことは出来なかっただろう。
 ――自分を酔わせてくれた男性が、この方でよかった。
 ミレーネはうっとりと考える。
 フランシスになら安心して体を委ねられる。
 そう思えば、ますますミレーネの体はフランシスに向かって披《ひら》かれていく。
「んっ、うぅん」
 むずむずする。すると、欲しいところに、フランシスがジュポジュポと音をさせながら舌を差し込んでくれる。そして花芽はずっと、悪戯な男の指によってくじられており、ナカが少しでも違和感を感じてこわばってしまうと、ことさらに優しく撫でられた。柔らかい悦を受けると、また蜜をこぼしてしまう。
「あ、ぁぁん……」
 甘い果実酒を飲んだときのような酩酊感が頭の先からつま先までを満たし、そして溢れ出たように感じた。衝動に乗っ取られて、己がピクピクと陸に揚げられた魚のように跳ねているのを感じる。
 ほう、とミレーネが細いながらも熱のこもった息を吐き出せば、彼女の体からくてりと力が抜けた。

(――つづきは本編で!)

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