作品情報

不憫な天然没落令嬢は完璧公爵様の獣欲を起こしたかもしれない

「煽ったのは、お仕置きされたかったから、かな?」

あらすじ

「煽ったのは、お仕置きされたかったから、かな?」

貿易商の父の船が沈没し、家に押し寄せる借金取り。絶体絶命の没落令嬢・ヘーゼルは、亡き婚約者を一途に想う悲劇の独身貴族、公爵・オリヴァーに家ごと引き取られる。完璧な美貌や優美な所作、穏やかな声音に惹き付けられるも、多大な恩義に報いなければと必死になる彼女は、毅然として言い切った。「私、閣下の愛人となります!」「……え?」実は、兼ねてからヘーゼルへの好意があったオリヴァーは、思いがけず、愛人契約(誤解)をすることになって!?一方、彼女は官能小説で知識を増やし、試されるのは鉄壁の理性――。(どこから出てきたの、灼熱の剛直。見落としたのかしら)天然ラブコメディの行方とは!?

作品情報

作:在原千尋
絵:逆月酒乱

配信ストア様一覧

3/14(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)

本文お試し読み

プロローグ

 取引相手からオリヴァー・サルヴァドーリに手紙が届いた。
 
 ――このたび手を怪我しまして、書類を代筆屋に任せることになりました。つきましては、少々難しい案件に関して、間にひとを挟むことなく直接お目にかかってお話ししたく存じます。

 その文面を目にしたとき、オリヴァーは不思議なくらいに好感を持った。
「さすが代筆屋。本人より、よほど綺麗な字を書く」
 執務机の上で広げた手紙に視線をすべらせながら、思わず声に出して呟き、ふっと笑みをこぼす。
 形が整っていて、品があり、温かみまで感じる文字列。言葉選びも申し分なく、簡潔で要領を得た文章は、すっと頭の中に染み込むように自然と入ってくる。
 さぞや優秀な代筆屋に違いない。
 自分も、この先もし必要になった折には、その職人に頼んでみたいものだ。
 後日、取引相手と顔を合わせたときに、オリヴァーはさりげなくそう切り出した。
 すると、抜け目なく有能な商人と名高い相手は、穏やかに笑いながら言ったのだ。
「私の娘なんですよ。女学校を卒業したら、代筆屋になりたいと。言うだけあって、なかなかの字を書くと、私は思っているんですがね。とはいえ、必ずしも働く必要はないと言っているのですが……。今は、ひとまずこうして私の腕の代わりになってもらっています。ただ、娘とはいえ、秘匿事項に関する書類は任せられませんので、用件のみの文ですが」
 オリヴァーと相手は、その頃、国家機密に匹敵する極秘の取引をする間柄で、ひとに知られてはいけない情報を多く共有していた。もともと手紙に残せない内容も多かったが、本人が字を書けない状況ということもあり、会って話す機会が増えた。
 その先触れとして送られてくる手紙は、いつも娘の手掛けたものだった。
(やはり、綺麗な字だな)
 オリヴァーは、いつしか手紙が送られてくるのを心待ちにしていた。
 その関心は、やがて文字を書いている代筆屋の娘へと向かった。
 恋心とも言えぬ、淡い思い。
 それが不意に形を成したのは、それから数年後のある日、取引相手の屋敷の前を通り過ぎるとき、それらしい相手を目にしたのがきっかけとなった。
(彼女が、あの字の主か)
 もやもやとした想像が、色鮮やかな現実となって、胸に影を落とす。いつか機会が来たら、彼女に話しかけてみよう。日増しに、その思いは大きくなりつつあった。

第一章 没落のはじまり

 その日、ヘーゼル・ソロウはそれまでの人生で一番派手なドレスを着ていた。
(どうやって染めたのかしら、この目がチカチカするくらいの緑色)
 強めの色が似合う顔立ちでもないのに、派手すぎる。
 ハリのある素材の布は強い緑色に染め上げられていて、姿見に映った姿はまるで、生命力むき出しの野草のように見えた。
 ふんわりとつま先まで覆うデザインは奇抜でもなくよく見かけるスタイルなのだが、袖はオーガンジーで透けている上に、襟ぐりは大きく開いている。華奢な体にはやや不釣り合いと自分では気にしている豊満な胸の谷間がくっきりと見えていて、距離を詰めてのぞきこんでくる不埒な相手の存在を思うと、いかにも心もとなかった。
 茶色の髪は、このドレスを贈ってきた相手、幼馴染で子爵家令息のセオドール・ブレッティンガムが連れてきたメイドが「最先端」の髪型に結い上げてくれて、化粧も念入りに施してくれた。
 その仕上がりを、ぐずぐずと姿見の前で確認してみるのだが、鏡の中から見返してくるすみれ色の瞳はくもっている。
 本当に、これで良いの? 困惑しきりに、ヘーゼル自身へ問いかけているかのようであった。
「……似合っているとは、思えない」
 本音が、漏れ出た。
 そのとき、ドンドンドン、と乱暴にドアが叩かれる。離れた位置でメイク道具の片付けをしていたメイドが、ぱっとドアまで駆け寄った。
 とっさに、ヘーゼルは「まだ開けないで」と止めようとした。
 だが、ブレッティンガム子爵邸のメイドは自分の主人に忠実で、ヘーゼルの意向など気にする素振りもなくぱっとドアを開けてしまう。
「お嬢様のご用意は、すべて整ってございますよ」
 ドアの側で、メイドが相手に向かって言った。
 すぐに強引に部屋の中まで入り込んできたのは、焦げ茶色の髪に翠色の瞳の、勝ち気そうな顔つきをしたセオドールである。
 子どもの頃から、親同士の付き合いがあったことで顔見知りであるが、ヘーゼルが二十歳を迎える前のここ数ヶ月、妙に馴れ馴れしく距離を詰めてくる様子があった。
 今日も、「社交界に顔を出すことはない」と言っているヘーゼルに対して、無理やりにドレスを贈ってきて、まずは試着してみろという。あまりの強引さに押し切られて着てみたものの、次は一緒にどこかの夜会へ行こうと言い出すのではないか――。
「良いね、ヘーゼル! とても俺好みに仕上がっている! もっとよく見せてくれ。ああ、ほらやっぱり。君は普段地味にしているけれど、そういうメイクをすると見違える。スタイルだって……とても良い……。隠す必要はないのに」
 上機嫌な様子で顔中に笑みを浮かべて、ずんずんとヘーゼルの元へと近寄ってくる。
 とっさに、ヘーゼルは近くの椅子の背にかけてあったショールを掴んでくるりと首周りから胸元まで隠して、ぎこちなく笑ってみせた。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

  • LINEで送る
おすすめの作品