作品情報

拝啓、絶倫騎士団長様。聖女をやめたいので純潔を奪ってください

「俺は今から、あなたのすべてをいただきます」

あらすじ

「俺は今から、あなたのすべてをいただきます」

聖女アンは知ってしまった。神に仕えるはずの神殿で、「聖女」が権力者に売られているという真実を。すべてを捨てる覚悟で神殿を飛び出したその夜。彼女の前に現れたのは、純白の騎士服を纏う冷徹無比な騎士団長――キース・サンダースだった。かつて命を救っただけの縁。それでも彼は迷いなく告げる。「あなたに生かされた日から、俺の命はあなたのものです」しかし、追っ手はすぐそこまで迫っていた。逃げ道を断たれたアンが選んだ脱・聖女の手段。それは――「サンダース団長……私の純潔を奪ってください!」想定外すぎる頼みごとに、鉄の意志を誇る騎士団長の理性が盛大に崩壊していく。「いまの俺は野生の獣より凶暴です。欲望のままに動けば、あなたをめちゃくちゃにしてしまいます」(※完全無敵の騎士団長、超絶倫です!)

作品情報

作:在原千尋
絵:小島きいち

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1/23(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)

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プロローグ

 二度と戻らぬ決意とともに、聖女アン・ウィンターソンはその日、神殿を飛び出した。
「今日は私が、王宮へポーションを届けに行きます」
 同僚の若き司祭ベイジルにそう告げて馬車で出発し、目的地にたどり着く前に飛び降りて、真珠色の修道服の肩に黒髪を流したまま街路を駆け抜ける。
 青い瞳で、前だけを見つめて。
「聖女様⁉」
「アン様では⁉」
 風を切る音に、いくつもの呼びかけが混じっていた。
(絶対に、振り返らないわ。追手はかけられるでしょうけど、二度と「聖女」なんて都合の良い役目に戻るものですか……!)
 アンは没落貴族の生まれで、子どもの頃に神殿へと置き去りにされた。「奉仕活動をしながら教育を受けられるから、これがお前にとって一番良い道だ」と家族に言われて、素直に信じ、受け入れたのだ。
 最近になって、実家が再興したと風の噂に聞いた。
 十年以上離れ離れになり、もう顔もよく覚えていない親であっても、暮らしぶりが持ち直したら迎えにきてくれるのではないか……。
 アンのその儚い希望は打ち砕かれて、叶わなかった。
 両親は、早々に手放した貴族教育を受けていない娘になど見向きもせず、その後に生まれた弟妹を可愛がっているとのことだった。
 ああ、私には居場所がなく、必要ともされていないのね……とアンはひとり涙に暮れた。
 だが、真面目に修行に打ち込んできただけあり、アンは修道女の中でも数少ない聖魔法を極めし者、各地の神殿の中でも数人しかいない「聖女」と呼ばれる存在となっていた。この生き方を大切に、長い人生を歩んでいこうと自分に言い聞かせ、立ち直ろうとした。
 しかしアンはある日、偶然にも貴族らしい身なりの男と司教が密談しているのを、立ち聞きしてしまったのだ。
 ――夜よりも深い黒髪、宝玉のような青い瞳、陶器の素肌にバラ色の頬。聖女として慎み深く生きてきた、清らかな乙女アン。素晴らしい、言い値で買おう!
 あろうことかその貴族は、神殿の司教にアンを「愛人」として買いたいと持ちかけていたのだ。
 もし、神殿の運営が苦しいとか、アンが身売りをしなければ親のいない子どもたちを養えないといった事情があったら、アンは「行きます」と頷いていたかもしれない。
 しかし、アンは知っていた。
(ジョーンズ司教様は「神殿の総本山である聖都で地位を得るために、多額のお金を必要としている」って人づてに聞きました! 聖都ではお金で地位が買えるんですか⁉ そんな私利私欲のために「聖女」に値段をつけて売る行為が横行しているなんて……!)
 叫びたい。
「もう、利用されるのはうんざり! おとなしく良い子にしていても、他人に都合よく使われるだけじゃない!」
 神殿の聖女として、アンはこれまで街をひとりで自由に歩き回ることはなかった。
 だが、自分が売られるらしいと知ってからは、神殿外の顔見知りの協力者にお願いして街の地図を書いてもらい、逃走経路について計画を立ててきたのだ。
(坂道を下って、あそこの角を曲がれば「宿り木亭」ね。看板娘のバーバラとは十年来の付き合いで、脱走の手助けを約束してくれたから……!)
 ひとまずそこまで逃げ込めば、時間を稼げるはず! と、息が上がって胸が苦しくてもアンは走り続ける。
 いまにも角を曲がろうとし、このまま行けば逃げ切れると希望が見えたその瞬間、アンの前に立ちふさがった男がいた。
「聖女アン様ですね。そんなに急いでどちらへ? 同行者の方も近くにはいないようですが、何かありましたか?」
 よく通る響きの良い声で尋ねてきたのは、長い金髪を三つ編みにし、宮廷騎士の制服である純白の騎士服に身を包んだ長身の青年だった。
 深い湖面のような真っ青な瞳で、顔立ちは恐ろしく整っている。
「……キース・サンダース騎士団長……」
 青年のことを、アンは知っていた。
 一年ほど前、魔獣災害の現場で一緒になったことがある。
 そのときキースは、深手を負った部下をかばいながら無理な戦いをしていたという。アンの前に運ばれてきたときには、瀕死の重傷でいまにも事切れそうな有り様だった。
 ――俺はもう助からない……。限りあるポーションや聖女の聖魔法は、他の者へ……。
 血まみれで意識朦朧としながらも、キースはアンに向かってかすれた声でそう言った。
 負傷者は他にもいた。ポーションは底をつく寸前だった。キースの訴えは、ある意味では正しい判断と言えた。
 しかし魔獣はすでにキースらの奮闘によって討伐されており、それ以上負傷者が増えることはないという情報が入っていた。
 アンはキースの訴えを退けて、治療に踏み切った。
 ――大丈夫です、他の方の手当には目処がついています。私さえ諦めなければ、あなたを助けることができます! ここで死なせたりはしません! 生きてください!
 アンは、自分自身が昏倒するまで癒しの祈りを捧げて、キースの命を繋いだのだ。
 その無理がたたり、アンはそれから三日三晩眠り続けた。
 目を覚ましたときにはすでに現場を離脱しており、神殿のベッドまで運ばれていた。
 聖魔法の加護を得たキースは、若さと体力で目覚ましい勢いで回復を遂げたとのこと。
 残務処理に忙殺される合間を縫って、何度もアンの元までお礼を言いに来た、らしい。
(キース様のお心遣いについて、私は後から人づてに聞かされただけで……。直接お会いすることはできなかったんですよね)
 キースが幾度神殿を訪れようと、司教や司祭たちの妨害でもあったのか、アンとはどうしてもタイミングが合わず面会には至らなかったのだ。
 彼に会っておきたかったというのは、神殿を去ると決めたアンにとっての、数少ない心残りのひとつでもあった。
 思いがけないところで目の前に現れたキースは、瞬きをしてアンの顔を覗き込んでくる。
「何かお困り事でしたら、ぜひとも俺はあなたのお力になりたい」
 吐息すら感じてしまうほど間近な位置で、二人の視線がぶつかった。
 アンは肩で大きく息をしながら、目を見開いてキースを見上げた。
 心に浮かんだのは「回復なさったとは聞いておりましたが、お元気そうで何よりです」という月並みな再会の挨拶である。
 これまでの「聖女」アンであれば、間違いなくそう言っただろう。
 たとえ困り事があったとしても、他人に頼ろうとは考えなかった。行儀よく口を閉ざし、微笑んで「何もありません、大丈夫です」と答えるだけだった。
 しかしこの日このとき、アンは絶体絶命の危機の最中にあり、頼れるものであればなんでも頼ろうと決めていた。
 急に走ったことで足がガクガクとしていて、息も苦しいままだった。
 キースは、アンの普通ではない様子が気になったようで、腕を差し伸べてくる。
 それを目にして、アンもまた両手を伸ばし、キースの両腕にすがりつきながら、顔を見上げて言った。
「神殿を出てきました。私はもう『聖女』に戻ることはありません。『聖女』ではない私でも、あなたに『力を貸してください』と、願っても良いでしょうか?」
 美しい青い瞳にアンだけを映して、キースは微かに唇の端を吊り上げて微笑んだ。
「どうぞ、何なりと。あなたには大恩があります。あなたに生かされた日から、俺の命はあなたのものです。俺のすべてを捧げると誓います」
 慈雨のように染み込む、優しい声。アンを支える腕の、力強さ。
(このひとは大丈夫、信じられる)
 確信したアンは、息を整え、キースの目を見つめて言った。
「私が『聖女』の資格を失う手助けをしていただけませんか? つまり……」
 行儀よく、キースはアンの言葉を待っている。
 そのとき、キースの背後から騎士団らしい青年が数人近づいてくるのが見えた。
 アンの背後からも、追いかけてきたらしい神殿の関係者が「アン!」と声をかけてくる。
 もはや逃げ場は無いと悟ったアンは、素早くキースに念押しをした。
「私は今からあなたに、無理難題を言います」
「わかった。言ってください」
 毅然とした表情で受け入れられて、アンは覚悟を決める。
「アン! どうしたんだ。忘れ物があったから、届けようと追ってきたら君が馬車から飛び降りるのが見えて……」
 追いかけてきたのは、司祭のベイジル。アンより少し年上で、子どもの頃から神殿で共に過ごしてきた幼馴染の青年である。
 アンが振り返ると、ベイジルは取り乱した様子で、常日頃微笑を絶やさない美貌を困惑に歪めて、訴えかけてきた。
「君は最近、ジョーンズ様に対して反発を抱いたり何かを調べているようだったが、きっと誤解があるよ。何があってもアンのことは私が守るから、戻っておいで」
 その説得を耳にしたアンは、キースにすがる指に力を込める。
(ベイジルのことは、信じていないわけではないですが……。ジョーンズ司教様の計画を阻止できなかったら、私は売られてしまう。それは絶対に、駄目です)
 アンとしては、このまま逃げ切りたいのだ。
 そのための方法を、アンは知っている。
「サンダース団長……」
 小声でキースに囁きかけて自分に注意を引き、アンはキースと視線を絡めて願いを口にした。
 彼にしか頼めない、脱聖女に必要な手段を。
「私の純潔を奪ってください!」

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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