「早く落ちてきてくれ……俺の理性が働いているうちに」
あらすじ
「早く落ちてきてくれ……俺の理性が働いているうちに」
男所帯の騎士団で孤立し、周囲から疎まれる唯一の女性騎士・アンネリーエは、初任務中、護衛対象である王太子・シルヴェスターに命を救われる。自分を庇い呪いを受けた王太子の補佐役に任命され、失敗に落ち込むアンネリーエ。だが、〝女好き殿下〟と噂されるシルヴェスターは、なぜか毎晩彼女を訪れ、添い寝を始める。「安眠のため」と称して始まったその行為は大胆さを増し、アンネリーエの心の奥底に、抱いてはいけない感情が芽生えていく。「もっと気持ちいいことも全部、じっくり教えてやるからな」噂とは裏腹に、常に紳士的なシルヴェスターが夜になると見せる雄の本能に、彼女の全身は次第に熱くなり、添い寝の夜は〝快楽の授業〟へと変わっていく――。
作品情報
作:雪宮凛
絵:北沢きょう
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12/6(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)
本文お試し読み
序章 心のうちでくすぶる悔しさ
ユニンティア国王都中央には、国を統治する王族たちの住居兼仕事場とも言える王城がそびえたつ。
窓の外に見える景色の背景が、夕闇から星々が点々ときらめく夜空に変わって少し経った頃、城中のどこへでものびる廊下の一角は、シン、と静まり返っていた。
――カツン、カツン。
――コツコツ。
夏が近づいているせいか昼間はじんわりと暑かった空気が、少し涼しくなってきたように思える。
まだぬるさが残る空気がわずかに漂う静寂の中に響くのは、速度や音の響き方が違う二種類の足音。
広々とした廊下の壁に備えつけられ、等間隔で行く先を照らすランプの下で二つの影が歩みを止めず前へ進み続けていた。
一つは百八十センチと長身の男性のもの。
彼が歩くたび、動きに合わせて金色の毛先がサラリと揺れた。
もう一つの影は、男性の半歩後ろを離れず付き従うものだ。
すぐそばにいる男性と比べれば小柄としか言えない百六十センチ程度の身体を覆い隠すのは、近隣諸国に大国と知られるユニンティア国騎士団の制服。
自分が進む方向を見据えて真っ直ぐ歩く男性と、彼に付き従い後に続く騎士。
二人は特に会話をするわけでもなく数分間歩き続け、とある部屋の前で脚を止めた。
「今日も色々と連れ回すようなことになってしまい、すまなかった」
――アンネリーエ。
立ち止まると同時に身体を反転させ後ろを振り向いた男は、普段からタレ気味の目尻をさらに下げて申し訳ないと謝罪の声を上げる。
彼は自身が見つめる先にたたずむ存在――この国の騎士団唯一の女性騎士アンネリーエを見下ろし、彼女の名前を口にした。
男性騎士たちの中に紛れていても、彼女について知らなければ〝男性と見間違う〟ばかりに短く切りそろえられた赤みがかった茶髪。
髪色より少し落ち着いた色合いのブラウン色のつり目が、名前に反応し男の顔を見上げた。
温かみを感じさせる金髪とは対照的に、海、または晴れた空のように澄んだ青に染まるタレ気味の瞳にほんの一瞬視線が囚われる。
次代の国王として国民たちからの期待を集める存在――シルヴェスター・ユニンティア王太子だ。
「謝罪など無用です。私の現在の任務は、殿下をお守りすることですから」
シルヴェスターから予期せぬ謝罪をされてしまい、アンネリーエは内心ひどく戸惑った。
とは言っても、感情のまま狼狽えるわけにもいかず、彼女は動揺する気持ちが表情に出ないよう取り繕おうと努める。
にもかかわらず、表情筋に半分意識を向けていたせいか、謝罪に対する返答がどこか事務的になってしまった。
正直やり直しを要求されても、どんな返事をすればシルヴェスターの機嫌を損ねないかはよくわからないため、これで許してほしいと思ってしまう。
現在アンネリーエは、日中シルヴェスターの護衛の任務についている。
彼が執務室で事務仕事に励むならそばで見守り、城内を移動すると言うなら付き従い補佐をする。護衛とは名ばかりで、ほとんどがサポート業務と言っていい。
彼女が認識する一般的な騎士の仕事内容とは少し毛色が違う内容だけれど、アンネリーエは現在の仕事にマイナスな感情は抱いていない。
彼女の中にあるのは、プラスでもマイナスでもない〝答えが見えない戸惑い〟だけ。
「それでは、本日はこの辺りで失礼いたします。おやすみなさいませ」
夕食を終えたシルヴェスターを、食堂から彼の寝室まで護衛する。
という、この日最後の仕事を終えたアンネリーエは、目の前にたたずむ王太子に正面から向き直り深々と一礼をした。
下げた頭を上げる途中、「あぁ」と自分の声に反応する彼の声を認識した彼女は、そのままくるりと踵を返し、王城から少し離れた場所にある騎士団員用の宿舎を目指し再び歩き出した。
翌朝――半分以上の騎士団員がベッドの中にいる早朝。
眠気が残るなか動きやすい服装に着替え自室で軽くストレッチをしたアンネリーエは、城壁に沿い時折すれ違う同僚たちにペコリと頭を下げながらランニングに励む。
ランニングが終われば自室に戻って少しばかり筋トレに励み、自室として割り当てられている部屋から一番近くにあるシャワー室へ向かう。
運動でかいた汗を綺麗さっぱり洗い流し、騎士団の制服に着替えた彼女は、多くの騎士たちでごった返す食堂へ向かった。
その片隅で、屈強な男たちに混ざって豪華とは言い難い朝食を掻きこむように食べていく。
目覚めてから行ってきた行動は、すべてアンネリーエにとって毎朝のルーティーンだ。
二十二歳の彼女が騎士団に所属してからおよそ六年。
何度も辞めたいと心が折れそうになりながら、守り続けた習慣を、今日も彼女は淡々とこなしている。
ユニンティア国騎士団唯一の女性騎士として精一杯張り続ける意地――矜持を保つために。
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