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官能作家は恋愛初心者(ビギナー)~このラブシーン、私とシた日の事ですか?~

「胸だけでこんなに感じてくれるなら……ここを触ったら?」

あらすじ

「胸だけでこんなに感じてくれるなら……ここを触ったら?」

 本好きが高じて大人向け恋愛小説のレビューブログをこっそり運営している書店員のさくら。
 ある日、書店の常連客の朔(さく)にレビューブログの事を知られてしまうが、同時に朔がさくらの大好きな恋愛小説家であることを知る。
 互いに想いを寄せ合い結ばれた二人だが、その後朔の小説のラブシーンを読んださくらはある事に気づく――朔さん、自分で書いた話を私で試しているの?

作品情報

作:秋花いずみ
絵:茲助
デザイン:RIRI Design Works

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本文お試し読み

 第一章

「ありがとうございました」
 私、大崎さくらは今日も本を売って、心の中をほっこりさせていた。今のお客様は入荷をずっと心待ちにしていた本をやっと手に入れて、笑顔で帰って行った。
 きっと帰り道は本の一ページ目をめくることを想像して、ワクワクを胸に抱いていることだろう。
 その気持ち、ものすごくよくわかる……! と勝手に共感しながら、にやける頬を咳払いで誤魔化した。
 私が勤めている富沢書店は、全国規模で展開している大型書店だ。今はショッピングモールにも出店していて、着々と支店を増やしている。
 私は大学を卒業して富沢書店に入社して勤務歴二年の二十四歳。なぜ、富沢書店に入社したかというと、それはもう物心ついたときから本が大好きだったから。
 初めて手にしたのは、誰もが知っている毛虫のお話だったと思う。それから小さなリスが二匹登場する絵本を読んだり、クイズ形式で話が進む盗賊の本を読んだり、おてんばなプリンセスが登場するファンタジーな本を読んだりと、本の虫という言葉がぴったりと当てはまるような、そんな幼少期を過ごした。
 それは小学校、中学校、高校に進学してもずっと続き、いつしかこの思いを文にしたためたいと考え、レビューブログを始めるようになった。
 これがもう本当に楽しくて、共感してくれる人もいれば、私のレビューのおかげで新しい本に出会えたというコメントを貰った日には、書いてよかった! と心から感動した。
 書店に就職して何よりも嬉しいのは、本に囲まれて過ごせるということ。
 新刊が入荷すれば早く読みたいという欲求に打ち勝つのが大変だけれど、お客様から「おススメの本はありますか?」と聞かれ、お応えするこの仕事は私の天職だと思う。
 レビューブログはまだ続けていて、今でも面白かった本を読んだら、すぐにレビューを上げ、楽しんでいる。ただ、年齢を重ねた今は、ピュアな少女小説やノベライズなどばかりではなく、大人向けの描写がある恋愛の小説もひっそりと楽しんでいる。
 それだけは別垢のレビューブログを管理しており、そこに思いっきり感じたことを記している。
 これだけは絶対にリアルで仲がいい人に見られてはいけない。
 だって、私の欲望そのままを書いているのだから、見られたら生きていけないくらいショックを受けるだろう。
「あっ」
 そんなことを考えていたら、常連のお客様が来店されたことに気付く。自動ドアをくぐり、静かにゆっくりと歩く男性は相原朔さん。私がこの書店に就職する前から通っている常連さんで、店長とも仲がいい。
 店長は私達社員にもとてもフレンドリーだから、彼と店長が話し込んでいる時に新人だった私を紹介してもらい、それ以来親しくさせてもらっている。
 相原さんは高身長で手足が長く、モデルみたいにスタイルがいい。少し長めの前髪で目元が隠れてもったいないけれど、スクエア型の眼鏡のレンズから見える切れ長の瞳とスッと伸びた鼻、そして薄い唇といった知的な顔をしていて、誰が見てもイケメンだ。
 ただ、モノトーンの服が多いせいか、纏う雰囲気がちょっと暗くみられるのがもったいない。でも、話し方は凄く穏やかで、私は好印象を抱いている。
 そう……ちょっと好意を抱いているんだ。でも、それは憧れと同じような感じで恋心ではないと自分では思っている。
「相原さん、いらっしゃいませ。今日は新刊をご購入ですか?」
「あっ、大崎さん。こんにちは。えぇ、一日発売の新刊を探しているんですけど、もう入荷してますか?」
「はい、こちらですよ! ご案内しますね」
 カウンター越しに声をかけると、彼は私のところまでやってきて瞳をキラキラとさせて話してきた。やはり、新刊の発売日となると本好きの人はいくつになってもワクワクするものだろう。
 彼の無邪気な様子が可愛くて、私は癒された気持ちになりながら新刊が並んでいる平置き台まで案内する。
「ここで展開してるんです。新刊は四冊ありますけど、どうします?」
「もちろん全部買いますよ。ここのレーベルは多様性があって面白いから、ハズレがないんです」
「わかります! 先月出版した、ライトミステリーも面白かったですよね。まさか犯人があんな形でバレるなんて!」
「えぇ、本当に。あっ、そうだ。面白かったといえば、大崎さんから薦めてもらった映画のノベライズ本もすごく興味深かったです。普段、ノベライズは読まないのですが、たまには趣向を変えて違う本を読むのも楽しいですね。勉強になりました」
「本当ですか? よかったです!」
 彼と喋っていると、仕事の時間も忘れて話し込んでしまいそうになる。こんなに気兼ねなく話せる男性は初めてだから、余計惹かれてしまうのだろうけど。
「すみません、お仕事中にこんなに話してしまって……今日はこの四冊を買って帰りますね」
「わかりました! ありがとうございます」
 笑顔で私に本を渡す彼に、満面の笑みを返す。もっとたくさん本のことについて話したかったけれど、今は仕事中。それに、彼も仕事の休憩時間に来ているかもしれない。
 だから、お話はまた今度、と自分に言い聞かせてお会計を終えて会釈をする彼を見送った。

 *****

 今日は早番だから十八時に仕事を終え、帰路に就く。五月の風は自転車を乗るにはとても心地よく、特にたくさん働いた後の涼しい風は気持ちがいい。
 富沢書店に就職が決まった時、自転車で十五分ほどで通える場所にアパートを見つけた私は、すぐに引っ越しをして一人暮らしをスタートさせた。
 六畳ワンルームでユニットバスの狭いアパートだけど、ここは私の大好きで大切なものが詰まっている家だ。
 今日も帰って手洗いうがいをしたら、作り置きをしている数種類のおかずと白ご飯、そしてインスタントのお味噌汁にお湯を注ぎ、夕食を完成させる。
 今日のメニューはツナとほうれん草の胡麻和えと、たれをつけて焼くだけにしておいた豚の生姜焼きを焼き、冷凍ご飯を電子レンジでチンして、ワンプレートに並べる。
 わかめと豆腐のお味噌汁とお茶を用意して、ベッドを背もたれにして座り、テーブルに食事を置いたら、至福の時間の始まりだ。
 行儀が悪いけれど、ご飯を食べながら楽しみにしていた本に手を伸ばす。
「萩原先生の新刊……やっと読めるー!」
 今日発売されたのは、常連の相原さんにおススメしたレーベルの四冊の他に、私がずっと愛読しているレーベルの発売日でもあった。
 それは大人向け恋愛の小説。相原さんに女性向けの恋愛小説をおススメするわけにはいかないから話題にはしなかったけれど、個人的にはこのレーベルの発売が今月の一番の楽しみだった。
 特にこの萩原凪先生の作品は、好奇心から手にした先生のデビュー作を読んだ私の心を鷲掴みにした。
 しっとりした文章に、丁寧な心理描写。さらに恋愛にとって無くてはならないキュンキュンも忘れず、読者を置いてけぼりにしない巧みな物語の流れは、当時の私の心を掴んだ。
「しかも、コンスタントに作品を出してくれるから、嬉しいんだよねぇ」
 売れっ子になると発売まで焦らされることもある。だけど、萩原先生はデビューしてから一定の間隔で出版してくれる。
 しかも毎回設定が違うから、飽きずに読み続けることができ、気付いたら萩原先生の新刊が出る日が私の生きる楽しみの一つとなっていた。
「今回はパイロットと地味OLさんのお話なのね。楽しみー!」
 お茶を一口飲み、せっかく作った夕食を食べることも忘れて没頭してしまう。気付いたらすっかり夕食は冷めていた。だけど、読み切った読後感で心は幸せでいっぱいだ。
「この気持ちを忘れないうちに書いておこう……!」
 そう思い立った私はスマホを操作して、自分のブログのページを開く。
 開いたページは学生の頃から始めたレビューブログのページではなく、違うアカウント名で登録しているブログのページだ。
 学生の時に作ったアカウント名は『みっこ』、大人になって作ったアカウント名は『ミラ』。この二つの名前の違いは、『みっこ』は誰に見られても大丈夫な方、『ミラ』は主に大人向け恋愛の小説や漫画をレビューする名前。
 大人向け恋愛の小説や漫画は大好きだけど、やはり人に紹介する時はまだ恥ずかしさがあり、堂々と言えない。
 だけど、誰かわからないアカウント名なら思い切り好きな感想を書けて、思いをしたためることができる!
「今日も勢いでいっぱい書いちゃおう」
 高速タップで文字を打ち、感情のまま文字にしてレビューを書いていく。このレビューブログも、なかなかたくさんの人に見てもらっていて、必ずいいねを押してくれる人もいて、やりがいも感じていた。
「よし、できた!」
 内容は序盤のヒーローとヒロインの初々しいやり取りがキュンキュンすることを書き、それからだんだんとお互い恋心に気付き始める様子を、詳しく書き記した。
 そして、中盤でのトラブルから悪女が出てきて、めげそうになるヒロインを応援する言葉を思い切り書き、後半でのヒーローとの最高に盛り上がるエッチシーンの時の興奮は最高潮! というレビューとは言えないような内容だけど、これが共感してもらえるのか、こんなテンションでも読んでくれる人は楽しんでくれる。
「あっ、今日もこの人、一番乗りだ」
 いいねの欄を見ると、一番初めに押してくれたのは『ワナ』という人。『ミラ』のブログをいつも一番初めに見てくれる貴重な読者さんだ。
「ワナさんもきっと恋愛小説が好きなのね。いつも私のブログをチェックしてくれているし……いつか、お話してみたいなぁ」
 読んでくれる感謝を感じながら、そっとスマホをテーブルに置く。そして、すっかり冷めきってしまった夕食をやっと食べ始めた。

 *****

 翌日、早番で出勤した私は、昨日の読書で夜更かしをし過ぎたせいか、朝から眠気と戦っていた。今日が身体を動かす品出しの日で本当によかったと思う。レジ担当だと、立っているだけで眠ってしまいそうだ。
 それでも空腹を告げる音がお腹から鳴ると、昼休憩が近づいてくるのだと気付く。
 お弁当を食べたら、外に散歩でも行った方はいいのかも。そう考えた私は、昼休憩でお弁当を同僚と食べた後、気分転換と眠気覚ましに散歩に出かけた。
 富沢書店の近くには緑地公園があり、休日にはファミリーやカップルなどのたくさんの人で賑わっている。
 今は平日の昼間だから、サラリーマンや小さな子供連れのお母さんのグループが多い。私は楽し気に公園で過ごしている人達を目の保養にしながら、公園をゆっくりと散歩した。
 すると、一人ベンチに座り、空をぼうっと眺めている男性が視界に入った。
「あれ、あの人……」
 どこかで見たことがあると思ったら、常連の相原さんだ。
「あんなところでどうしたんだろ?」
 常連さんを見かけて声をかけないわけにはいかず、挨拶だけをしてその場を去ろうと思った。だけど、どう見ても相原さんの纏う空気が暗い……。
 なにかあったのだろうかと気になり、すぐに声をかけに行った。
「相原さん、こんにちは。休憩ですか?」
 相原さんは突然現れた私に、それは大袈裟なくらいのリアクションで驚いていた。
「えっ、あっ、お、大崎さん! あれ、どうして、ここに?!」
「今、お昼休憩なんです。相原さんもですか?」
「あっ、えっ、えぇ……まぁ、僕も……そうですね」
 あまり触れてほしくないのか、相原さんが返す言葉は歯切れが悪い。そういえば、私、この人がどんな仕事をしているのか知らない。
 いや、仕事をしているのかどうかも知らない。これはもしかしたら、聞いてはいけない事態だったのかも……。
「それじゃあ、私はここで……」
「あの、大崎さん!」
 この場から去ろうとしたら相原さんに呼び止められ、振り返る。すると、相原さんはうなじを掻きながら照れくさそうに話し出した。
「もしよかったら……ちょっとお話をしませんか? 僕も気分転換をしたくて」
 照れながら誘われるなんて、なんだか胸の中がくすぐったくなる。その姿が可愛らしくて、私は微笑みながら承諾した。
「すみません、強引に……」
「いえいえ。全然強引じゃないですよ。むしろ、丁寧すぎるくらいです」
「そっか。よかった」
 私が彼の隣に座りながら返事をすると途端にホッとした表情になり、相原さんの表情が柔らかくなる。いつも富沢書店で会うけれど、こうして公園で二人きりなんて何だか変な感じだ。
「休憩時間、大丈夫ですか?」
「はい、あと三十分ほどは残ってるので。相原さんは?」
「僕の仕事は自分でスケジュールを組めるので、休もうと思ったら一日中休憩できるような、そんな仕事なんです」
「うわー、羨ましい!」
 ということは、フリーランスとかそういう仕事だろうか? 勝手に仕事をしてない人みたいに決めつけてごめんなさいと心の中で謝罪をした。
「私も許されるのなら、ずっと家に引きこもって本を読んでいたいです。それが仕事ならどれだけいいか……」
 願望を口にすると、相原さんがおかしそうに笑う。
「でも、一日中家にこもっていると、気が滅入る時の方が多いですよ」
「だから、今、気分転換にお外に出て来たんですか?」
「えぇ、そうなんです。ちょっと行き詰ってしまって」
 苦笑いを零しながら、相原さんは後頭部を掻いていて肩を落としている。家にいて行き詰るお仕事というのだから、クリエイター的なお仕事なのかもしれない。
「創作関係のお仕事なんですか?」
「はい。あまり大きな声では言えませんが……」
 恥ずかしそうに言うということは、まだ駆け出し中のクリエイターさんなのだろうか。まだ、売れていないから恥ずかしいとかそういうことなのかな?
「大崎さんのように、家に引きこもっていても苦にならない性格ならいいのでしょうけど、情けないことに僕は上手く気持ちを入れ替えることができなくて……」
「それなら趣味の本があるじゃないですか。といっても、私におススメできるのがそれくらいしかないですけど」
 今度は私が苦笑いをする番だ。結局、本の虫に私は読書に繋がる発散方法しか思いつかなくて、つい読書を勧めてしまう。
 でも、相原さんは納得してくれたのか、苦い顔が笑顔に変わった。
「いえ、でもそうですね。やはり気分転換には本が一番いい。休憩中に申し訳ないのですが、気分がスカッとするような本ってありますか?」
「あっ! それならぜひこれを参考にしてください」
 私は口頭で説明するよりも、レビューブログを読んでもらった方が早いと思い。自分のアカウント名のブログページを開き、相原さんに見せる。
 スマホのディスプレイを見た相原さんは、なぜか目を丸くして驚愕していた。
「えっ……これって……」
 相原さんの動きが止まり、声が震えている。私はどうしてそんな顔をしているのだろうと不思議に思い、自分のスマホを見ると、息が止まるくらい驚いた。
「あっ!!」
 やってしまった! 読者年齢が全年齢向けのアカウント名『みっこ』の方ではなく、大人恋愛小説のレビューブログ『ミラ』の名前の方のブログを思い切り見せてしまった。
 しかも見せてしまったトップページは、昨日作成したばかりの萩原凪先生の作品が大きく載ってあり、表紙は上半身の肌がはだけていて、いかにも行為の最中という表紙絵だ。
「ご、ごめんなさい! これは違います! 間違いました!」
 あぁ! もうこの場から逃げ出したいくらい恥ずかしい! でも、すぐにディスプレイは隠したから、一瞬だけしか見られなかったはず……。
 お願いだから見てませんように……! と願ったけれど、相原さんの顔色を見る限りそれは無理な願いだったみたい。
 だって、顔が真っ赤なんだもの。これ、絶対に表紙絵を見たせいだ……
「あ、あの、今のは……その……」
「ミラさん……」
「えっ……」
 たまたま開いたページが大人恋愛向けの小説でした! と嘘をついてしまおうかと思ったら、相原さんはキラキラと輝いた目で私を見ている。
 しかも、なぜか私のアカウント名を口にしていた。
「大崎さん! あなた、ミラさんだったんですか!」
「へっ!!」
「すごい、こんな近くにミラさんがいたなんて……信じられない!」
「あ、相原さ……ん……?」
 えっ、えぇ?! どうして相原さんが私のアカウント名を知っているの? しかも大人向け恋愛の小説や漫画をレビューしている方の名前を。
 今の状況に頭が理解できなくて、瞬きを何回も繰り返してしまう。だけど、相原さんはそんな私を気にもせず、震える手でスマホを持っている私の手を強く握ってきた。
「あぁ、感激だ。僕、ずっとミラさんには励まされてきたんです。上手く書けない時や、今みたいに行き詰った時はミラさんのレビューを読み返して、元気づけられてきました」
「相原さん……何を言って……」
 どういうこと……。相原さんの言っていることが全く理解できない。いや、できないというより追いついて行かない。
 ただ、わかることは、彼は私のレビューブログを見ているということ。そして、励まされているということ。でも、それって、もしかして……。
「すみません、勝手にベラベラと喋ってしまって。申し遅れました。僕の仕事は小説家なんです。ペンネームは萩原凪という……」
「えぇ!! 萩原凪先生!!」
 和やかな緑地公園に、私の叫びに近い大声が響く。私の声に周りにいた人達が振り向くけれど、そんな視線なんか気にならないくらいの真実に、身体も表情も硬直してしまった。
「はい。すみません、隠すつもりはなかったんですが……女性向けの恋愛の小説を書いている人間が男とカミングアウトすることに、なかなか踏ん切りがつかなくて」
「あっ、あっ、は、萩原凪先生が……相原さん……」
「はい、そうです。信じられないかもしれませんが。でも、僕の方こそ驚きました。まさかミラさんの正体が大崎さんだったなんて」
 相原さんは私が大人向け恋愛の小説や漫画をレビューしているミラというブロガーだと知っても、キラキラとした目で見つめることをやめない。
 それどころか感謝の言葉まで述べられてしまっている。
「ちょ、ちょっと待ってください。この事実を受け入れるには時間が……」
「あぁ、たしかに男の僕が女性向けの……しかも官能小説を書いているなんて受け入れがたいですね。そうだ、もしよかったら今日、お仕事のあと、またここに来てくれませんか?」
「えっ! またここにですか?」
「はい、その時に証拠を見せます。僕が萩原凪という証拠を」
「そ、そこまでしてもらわなくても……」
「いえ、せっかくミラさんに会えたんだ。疑われたままでいたくないんです。僕は、本当にあなたのレビューに今まで励まされてきたから」
 相原さんにそこまで力説されてしまっては、断りにくい。それに、証拠を見せるとまで言われて断る理由もないし……
「わかりました。じゃあ十九時にまたこのベンチに来ますね」
「はい、楽しみにしてまね」
 相原さんは柔らかく微笑み、そのままこのベンチから去って行った。
 それにしても、相原さんがあの萩原凪先生……。本当に、本当なの? どれだけ想像力を働かせても、同一人物だとは思えない。
 だって、萩原凪先生といえば、ヒロインの繊細な心理描写と共感しかない恋愛観に、濃厚な官能描写を得意としている先生だ。
 絶対に恋愛に巧みな女性だとばかり思っていた。それがまさか男性だったなんて。
 しかも、私の働いている書店の常連で、さらに私のレビューブログまで読んでいた人だったなんて!
「ちょっと待って……私、今まで萩原先生のレビュー、どんなこと書いていたっけ……」
 常に感情のまま書き散らしていたから、まさかご本人に読まれているとは思わなかった! 自分のブログを一から読み返したいけれど、午後からの勤務がもう迫っているから、そんな時間はない!
「あぁ……こんなことになるなんて! 恥ずかしすぎる!」
 穴があったら入りたいとはこのことだろうか。でも、萩原先生が知り合いの人だったという事実に高揚している私もいる。証拠ってもしかして原稿を読ませてもらえるとかそういうこと……? そうか、名刺とか貰えちゃったりする?!
 どこかミーハーな自分が隠せなくて、顔がにやけそうになる。私は必死に仕事の顔に戻り、大好きな萩原先生と会える時間を、今か今かと待ちわびていた。

(つづきは本編で!)

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