「可愛い唇だね……口づけは結婚式までおあずけとか言うタイプ?」
あらすじ
伯爵令嬢・メイリアは、結婚から逃げていた。なぜなら女流作家になるという夢があったから。そんな中推しているという名目で名を借りた美貌の公爵令息・エリオットから求婚を受けて!?事情を打ち明けると、彼は“都合のいい婚約者”を提案。利害一致の婚約だったはずが――「可愛い唇だね……口づけは結婚式までおあずけとか言うタイプ?」耳元で甘く囁かれ、巧みな愛撫で見も心も蕩けさせられる。魔性の公爵令息に溺れる結婚生活!
作品情報
作:猫屋ちゃき
絵:ぼんばべ
配信ストア様一覧
3/13(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)
本文お試し読み
第一章
夜会のホールには、きらびやかな光が溢れていた。
シャンデリアの灯り、流れる音楽、そして人々の笑い声。誰もが優雅に見せようと背筋を伸ばし、笑顔を浮かべていた。
伯爵令嬢メイリア・グートベルクは、その輪の中で一歩引いたところに立っていた。
肩上で栗色の髪を揺らし、淡いラベンダー色のドレスに身を包んでいる。ぱっと見は上品なお嬢様だが、その内心はかなり打算的である。
向かいにいる友人キャリーが、幸せそうに頬を紅潮させて言った。
「ねぇ、メイリア。あれからもう半年よ。信じられる? 彼と婚約してから毎日が夢みたいなの」
彼女の指には、婚約指輪が輝いている。
「本当に、キャリーはいつも幸せそうね。素敵な人に求婚されて」
メイリアは心底羨ましいという表情を作って言った。そうするとキャリーがご機嫌でいるからというのもあるし、年頃の娘として〝婚約した友人が羨ましい〟というポーズは大事だ。
何より、キャリーをいい気分にさせていろんな話を聞き出すのが目的である。
惚気話なんて、普通なら退屈極まりない。
だが、メイリアにとっては貴重な資料だ。なぜならメイリアは女流作家を志しているから。
見聞きするものすべてが小説の糧。惚気話も、登場人物の恋愛心理を描くヒントになる。
だから彼女は、あたかも親友の幸せを心から祝福しているかのように振る舞う。
「メイリア。あなたもそろそろ誰かを見つけないと。お父様やお母様も心配してらっしゃるでしょう?」
「う……うん、まぁ、そうね」
曖昧に返事をしながら、メイリアは扇で頬をあおいだ。
〝そろそろ〟どころではない。二十歳になった今、家族や親戚、果ては顔見知りのご婦人方にまで「いつ結婚するの?」と詰められる日々だ。
そんな圧から逃げるために、メイリアが編み出した苦肉の策があった。
「ねぇメイリア、見て! あなたの憧れの君がいらしたわよ」
キャリーが扇の先でそっと示す方向へ目をやると、会場の中央に彼がいた。
エリオット・ローヴァイン。
ローヴァイン公爵家の貴公子だ。
白い礼装に金の刺繍、金髪はまるで光を反射するかのように艶やかで、青い瞳は湖のように澄んでいる。
姿勢は完璧、微笑は控えめで、それでいてどこか哀しげ。
彼こそが、メイリアの〝憧れの君〟である。
エリオットといえば、その美貌に誰もが振り返る高嶺の花だ。おまけに公爵家の人間とくれば、手に入る難易度はぐっと上がる。
そんな理由から、メイリアは彼に憧れていて彼こそが結婚したい理想の男性だと公言しているのだ。
「今夜も素敵だわ」
メイリアはため息まじりに呟いた。
キャリーが目を丸くして笑う。
「ほんとに好きなのねぇ。見ているだけで幸せって顔してるもの」
「ええ、見ているだけで胸がいっぱいなの」
実際には、胸はいっぱいどころか冷静そのものだった。
〝見ているだけで幸せ〟は本心である。むしろ、間違っても遠くから見る以上の関係にはなりたくないと思っている。
「でもメイリア、エリオット様は確かに素敵だけど……ちょっと高望みしすぎじゃない? それじゃあ、いつまで経っても結婚できないわよ?」
キャリーは優しい子だから、本気で心配したように言う。
メイリアの両親や周囲の人たちだって、みんな口やかましく言うのは心配だからだろう。
家のために己のために良い相手を見つけて嫁ぐ──それが多くの人たちにとって、貴族令嬢の当たり前の幸せだと思っているのだから。
だが、メイリアはそれが嫌なのだ。
結婚する気などさらさらなかった。
メイリアは、小説家として大成することを願っている。その夢のために出版社に原稿を送り、これまで何度か短編を小さな雑誌に掲載してもらい、わずかずつだが原稿料をもらったことがある。
小説家になる夢を語ったとき、両親からは「良い家に嫁がなければ路頭に迷うことになる」と止められた。
だが、メイリアは知ってしまっているのだ。持参金として用意されているお金と、これまでの原稿料を合わせれば、慎ましく暮らしていけることを。
誰にも支配されず、好きなときに書き、好きな夢を見て生きていく。
それこそが、メイリアの望む人生だった。
誰かの妻になれば、きっとその夢は断たれるだろう。女が書くことを認めない人は多いし、何より貴族がお金を稼ぐことを恥とする見方もある。
周囲に言われるまま結婚相手を見つけても、その人がメイリアに書くことを禁じる可能性は高い。
それならば、最初から結婚相手を見つけようとすること自体無意味に思えるのだ。
だから、メイリアは手に入るはずもないエリオットに憧れていると公言しているわけである。
「彼が理想なの」なんて言えば、誰にも本気で相手にされない。
これで〝高望みが過ぎる夢見がちな娘〟という印象を周囲に与えることができれば、少なくとも今季の婚活地獄は回避できるというのが、メイリアの作戦だった。
そんなことを考えていると、キャリーがふと目を輝かせた。
「ねぇ、メイリア。どうせだめだと思っているなら、思いきって声をかけてみたら?」
彼女の提案に、メイリアは吹き出しそうになる。一体、何と声をかければいいのだろうか。
「いやよ、恥ずかしい。遠くから見ているだけで十分よ。下手なことをして、眺めることすら許されなくなったら困るもの」
「あなたったら……そういうところは奥ゆかしいのね」
恥じらうように扇で顔を隠す仕草をすれば、キャリーは仕方がないというふうに微笑んでくれた。
それから、知り合いの令嬢たちの恋の噂や、社交界の男女の悲喜こもごもについて教えてくれた。キャリーと仲良くしているのは彼女が気のいい子だというのもあるが、情報通だからだ。眉唾ものの噂もあるが、様々な話を知っている。
だから、こうして夜会で顔を合わせて会話をすると、小説の様々な発想を得られる。
(次の短編は、恋愛を夢見る令嬢と、仮面を被った王子の話にしようかしら)
そんなことを考えていると、夜会も退屈ではなくなる。
周囲のきらびやかな装飾も、甘い香りも、すべてが物語の資料に変わる。
メイリアにとっての社交界は、恋の舞台ではなく観察の場なのだ。
ワルツが始まり、カップルたちが次々とホールに繰り出す。
キャリーが嬉しそうに婚約者のもとへ行ってしまい、メイリアはぽつんと取り残された。
それでも気楽だった。人と踊るより、見ているほうがずっと楽しい。
(今年の社交シーズンも、このまま無事にやり過ごせそうね)
メイリアはそのとき、そんなふうにのんきに考えていた。
まさかその数日後、自分の人生が思わぬ方向に動き始めることなど知る由もなく。
(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)



























