作品情報

極愛シークレットベビー~秘密のイケメンパパはあの人気俳優です~

「じゃあ、たっぷりと愛情を注いであげるから」

あらすじ

「じゃあ、たっぷりと愛情を注いであげるから」

 俳優を目指す同級生、蓮への初恋を引きずりながら二十三歳になったあかり。
 同窓会での再会を機にお互いへの想いを知った二人は、空白の時間と取り戻すかのように逢瀬を重ねる。
 やがてあかりは、自分が彼の子を妊娠したことを知る。
 戸惑うあかりの元に、蓮の所属する事務所の関係者が現れ、あかりに蓮との別れを迫ってきて……。

作品情報

作:ひなの琴莉
絵:ちょめ仔

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本文お試し読み

 

プロローグ

(万が一妊娠していたら? 葉山くんの赤ちゃんが……ここにいるの?)
 仕事中も、もしかしたらと考えて、誰にも気がつかれないようにお腹に手を当てた。愛する人の子供を絶対に産みたい。幸せな気持ちに包まれて思わず頬が緩みそうになったが、私は女子社員の会話で我に返った。
「葉山蓮の特集ページ見ました? めっちゃかっこよくないですかぁ?」
「たまらないよね~! 一度でいいから抱かれてみたーい」
 キャッキャと騒いでいる。
 私はハッとして、キーボードに手を戻す。
 葉山くんは私の恋人ではあるけれど、今や有名人となってしまった。そして彼はこれからどんどんと売れっ子になっていくだろう。
 人気が急上昇している時に子供がいることが発表されたら、せっかくのチャンスを打ち消してしまう。もし妊娠していたとしても素直に喜べない。
 考えるだけで不安で頭がいっぱいになり、パソコンのキーボードを打つ指が震えていた。

 仕事終了後、ドラッグストアに立ち寄る。おそるおそる妊娠検査薬を手にとって会計を済ませた。
 家に向かって歩く足取りが重たい。逃げ出したかった。
 自宅に戻ってきたが、現実を受け止めるのが怖くて、検査薬を眺めながら、しばらく黙っていた。
 いつまでもこうしていられないのでトイレに入る。
 結果が出るのはすごく早かった。心臓の鼓動が加速している中、勇気を出して目を開くと、はっきりと判定窓には線が浮かび上がっていた。
「陽性……」

第一章

 私、大塚あかりは、大学卒業後、家具メーカーの商品企画部に配属された。
 勤務して一年が過ぎて、心にも余裕が持てるようになってきた今日この頃。
 順調に社会人生活を送っているが、どうしても忘れられない人がいる。
 名前は、葉山蓮。
 私は、初恋の思い出を引きずりながら、二十三歳になってしまった。
 今日も彼は元気に過ごしているのかなと考えながら、仕事を終えて自宅に戻ってくると高校時代の親友からスマホにメッセージが入った。
『あかり、元気? 同窓会をやろうと思っているんだけど、来月の第二土曜日、空いてるかな?』
 あまり人と関わるのは得意なほうではないので、断ろうと思った時、すぐに二通目のメッセージが入った。
『葉山くんも参加する予定だよ』
 名前を見るだけで心臓がドクンと跳ねる。
 俳優を目指して芸能事務所に入ったと風の噂で聞いた。
 身長が高くて細身だけど筋肉質な彼は、綺麗な二重で、アーモンド型の瞳。高い鼻と均整の取れた唇。学生時代から目を引く超絶イケメンで、ファンクラブがあったほど。だから違うクラスだったけど、存在は知っていた。
 そんな葉山くんの夢は、俳優になること。
 放課後、図書室に通うのが好きだった私は部活に入ることなく、本を読み漁っていた。
 いろんな作品を読んで将来の夢に役立てたいと葉山くんも図書室に毎日きていて、顔見知りになってなんとなく挨拶するようになり……。
『おすすめの本ってありますか?』
 突然声をかけられて驚いたけれど、私は当時お気に入りだった小説を熱く語った。すると彼は読んで感想を言ってくれた。私とは違う視点で物事を捉えることができて、それはそれで斬新だった。
 葉山くんと距離がぐっと近くなったのは、会話をしてから数ヶ月後。
 あの日は雨が降っていた。
 女手一つで育ててくれた母親が突然、恋人を連れて家にやってきた。私の父は若い頃に他界している。だから写真でしか見たことがない。男性に免疫がなかった私は驚きとショックで家を飛び出し、たどり着いた公園で冷たい滴に濡れながら泣いていた。
 そこにたまたま通った葉山くんが近づいてきて私に傘をさしてくれた。彼はコンビニの帰りだったらしい。
『こんな夜遅くに一人で危ないよ。しかも雨の中』
『……家に帰りたくない』
 涙声でそんなこと言うと、彼は肩を震わせて笑い出した。真剣に訴えているのに失礼だなと彼を睨みつけた。
『いつも図書室で大人しく本を読んでいるきみを観察していたんだ。きっと自分の感情を押し殺して生きている人なんだなって勝手に想像してた。でも人間らしい感情があって、よかったなと思ったらなんだか笑えてきて』
 そして、私の目の前にしゃがんで家に帰りたくない理由を聞いてきたので、素直に打ち明けた。
 彼も母子家庭ということがわかって『気持ちがわかる』と言葉を続ける。
『でも親だって自分の人生があると思わないか? 子供を育てるために母をやるって結構しんどいと思うけど。好きな人ができて恋愛したくなる気持ちも理解できる』
 ふんわりとした、当時から少々髪の毛が茶色かった彼は、どこか軽そうなイメージもあったけれど、自分よりも考えが大人だということに気がついた。
 その後、家まで送ってくれて母親と仲直りすることができた。
 母親は、三年前に病気で他界してしまっている。
 それがキッカケで、彼とは一緒に過ごすのが当たり前となっていた。空気のような存在。会話がなくて、同じ空間にいて読書をするだけなのに、心地がいい。
 私は図書館にお気に入りの場所があった。太陽の日差しが入ってくるベンチ。そこに腰をかけて大好きな小説を読むのが楽しみだった。
 そんなある日、彼はそっと私の膝に頭を乗せてきた。
(な、何この可愛い生き物は!)
 なんて思って拒絶することはなく、いつしか私は彼のことを男性として意識するようになっていた。でも膝枕以外のことは何もしていない。
 手もつないでいないし、ハグもキスもデートらしいデートもしたことがない。
 恋人のようで私たちは恋人ではなかった。
 そんなある日、葉山くんは突然宣言した。
『夢が叶うまで恋人は作らない』と。
 告白していないのに振られたような、失恋したような気持ちになった。冷静なふりをしてその理由を尋ねてみた。
『うち父親がいないって言っただろ? 仕事がうまくいかなくなって出て行ったんだ。俺の父親は俳優だった。売れないのに母さんが結婚して、俺が誕生。それなのに捨てた。そして皮肉にもそれから父親は大成功した。だからこそ自分の仕事がちゃんと成功するまで恋人を作らない。相手を悲しませたくないから』
 しっかりと自分の将来のことを考えているということを知った。
『俳優になる夢を叶えるまで、俺は恋人を作らない』
 そんな彼のこだわりがかっこいいなと思ったけれど、その後私は彼に恋をして結ばれないことに苦しむ未来が待っていたのだ。
 そして三年生の時、同じクラスになった。付き合っているんじゃないかと噂をされることが多かったけど、必死で否定して回った。
 彼から『恋人は作らない宣言』を受けてしまっているので、告白する勇気は持てず、当たって砕けるなんて私には無理だった。
 それでも二人で過ごした日々は特別で、その時間が大好きだった。
 高校卒業する時は、葉山くんへの恋心も卒業して新たな人生を送ろうと決意し連絡先を交換しなかった。
 その後すぐに葉山くんは芸能事務所に所属し、出番は少ないが役をもらって舞台に出るようになっている。もしかしたら夢を叶えるまで恋人は作らないという彼のこだわりはなくなったかもしれない。かといって再会しても、どうこうなるわけではないと思う。
 引きずっている初恋にピリオドを打たないと前に進めない気がして、珍しく同窓会に参加することにした。葉山くんに会えば、いい思い出に変えられるかもしれないと期待を込めて。

 あっという間に同窓会当日を迎えた。
 六月になり暑い日々が続いている。
 どんな服装にしようか迷ったが、白いサマーセーターとダスティピンクのチュールプリーツスカートをチョイスした。
 葉山くんに会えたら、どんな会話をしようかと考えながら会場の居酒屋に向かう。
 会場はどこにでもあるチェーン店だった。
「久しぶり」
 親友の栄子が声をかけてきた。医療機器メーカーの営業職になった彼女は、持ち前の明るさを活かして仕事に励んでいるそうだ。
 今日は全員で二十名ほど参加するらしい。幹事となって仕切っている栄子が会場に到着した人を座らせている。
 忙しなく動く彼女が、端の席に座った私に近づいてきて、こっそりと耳打ちをしてきた。
「葉山くんを隣に座らせるからね」
「え?」
「チャンスを作ったんだから、しっかりと頑張って」
 背中をパンと叩き、また他の人のところに案内しにいく。その姿をぼんやりと見ながらそんなつもりじゃないのにと心の中でひとりごちた。
 懐かしい顔が集まってきて、学生時代にタイムスリップしたみたい。年齢を重ねても一気に過去に戻れてしまうのが、同窓会のいいところだ。
 それぞれ昔話に花を咲かせていると、葉山くんの登場でその場の空気が華やぐ。
 昔よりもさらに背が伸びて、男前になった。にっこりと笑うと頬にえくぼができ、男らしいのに可愛らしい雰囲気もある不思議な人だ。
「葉山、元気だったか?」
 男子のクラスメイトが葉山くんの肩に手を回した。
「あぁ、なんとか頑張ってるよ」
「じゃあ、葉山くんは……あかりの隣ね」
 男子と話しているところを栄子が割り込んで強引に私の隣に座らせる。
 横を向いた彼と至近距離で目が合って、心臓がドクンと動く。
「あかりちゃん、久しぶり」
「あ、うん……久しぶり」
 今日は初恋の思い出を忘れようと思って参加したのに、一目会うだけで心臓がこんなにも動いてしまうなんて、想像もしていなかった。
 乾杯の挨拶でクラス会が始まり、大人になった私たちはアルコールを流し込んでいく。
 お酒が強いほうではないけれど、付き合う程度ぐらいだったら呑むことができるようになっていた。
 視線を感じたので首をひねる。葉山くんがこちらを見て何か言いたそうだ。
「どうしたの?」
「酒を呑んでいる姿を見て、大人になったんだなと思って」
「そうだね。まだまだ学生気分が抜けないけど」
 愛想笑いを浮かべて私はちびちびとビールに口をつけていた。
「懐かしいなぁ」
「本当に……懐かしい」
 彼のことが大好きだった過去を思い出し切なさがこみ上げてくる。
「膝枕してほしいな」
 私にしか聞こえないような声音で静かに呟いた。私はハッとして彼を見て頬が熱くなる。
 口元に笑みを浮かべてまるでからかっているようだ。
 聞こえないふりをしてアルコールを呑んでいたが、葉山くんは言葉を続けてくる。
「俳優になる夢を叶えることができたんだ」
 ということは、恋人を作ってもいいということなのかもしれない。
「夢を叶えるなんてすごいよ、さすが葉山くん」
「ありがとう」
 柔らかく笑ってビールを口に含んだ。そして静かにジョッキをテーブルに置き、真剣な眼差しを向けてくる。
「この後、二人で話がしたい」
 大人になった彼はどこか危険な香りが漂っているように感じたけれど、魔法がかかってしまったかのように、ついつい頷いてしまった。

 二次会に行く人を見送りつつ、居酒屋の入口で立っていると、栄子が意味深な瞳を向けて手を振ってきた。
「また連絡するね」と言いながら二次会に行く集団の中に入っていく。
「じゃあ、行こうか」
 どこに連れていかれるのかとドキドキしていた。こうして並んでいると甘酸っぱい青春時代の感情が思い出される。すごく懐かしい。
 完全なる過去にしようと思って参加した同窓会だったのに、今現在の彼のことも知りたくなってしまう。再会することで初恋を引きずっているのだと再確認した。
 彼はコンビニに入り缶ビールを購入し外に出る。
 しばらく歩くと、高校時代の通学路に到着し、ひっそりとある小さな公園に到着した。
「あ、ここ……葉山くんが励ましてくれた公園だよね」
「そう。泣きべそかいてた」
「あーもう、黒歴史。忘れて」
 私と葉山くんはブランコに座って乾杯する。
「学生時代は変なこだわりがあって。夢を叶えるためには幸せを手に入れてはいけないって思っていたんだ。父親のこともあったから、恋人を作るのが怖かったんだろうな」
 そんな話をする彼の横顔を見て大人になったなと思った。葉山くんの瞳に私はどのように映っているのかな。
「まだまだ売れてないけど俳優になる夢は叶った。過去に父親の話をしたの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「この立場になってわかるんだけど、父親なりに苦労があったのかもしれないって思ってさ」
 学生時代にこの話をしてくれた時は憎しみに満ちた瞳をしていたけれど、今はとても優しい目だ。
「昔は捨てられたという憎い気持ちが強かったけど、両親がいたからこうして俺が存在する。どんなことがあっても生まれてきてよかったって、感謝の気持ちでいっぱいなんだ。だからもし会うことができたら感謝の気持ちを伝えたくて」
「きっとその夢は叶うと思う」
 私は優しい気持ちになって微笑んだ。葉山くんは力強く頷いた。
「あかりちゃんは、恋人はいるの?」
「学生時代はとにかく勉強頑張って、恋愛なんて眼中になくて。就職してからは仕事を覚えるので精一杯でそんな余裕なかった。でも最近は少し落ち着いてきて、将来のことも考えるようになってきたよ」
「そっか。お互いに忙しいかもしれないけど、この再会をきっかけにまた会いたい」
 初恋にピリオドを打とうと思って今回の同窓会に参加したのに、また会いたいと言ってくれたことが嬉しくて頭を縦に振った。
「うん、私も会いたい」

 それから私たちは連絡先を交換して、週に三回ほど会うことも稀ではなかった。
 二人で食事してお酒を呑んで帰る。一緒にいると心地よくて、ずっとそばにいたい。
 結局、学生時代となんら変わりがないじゃないと思いつつ、葉山くんと過ごしていると幸せな気持ちになった。
 いつも私のことを忘れないでくれて、地方営業に行った時も面白い景色や食べ物があったら必ず写真を送ってくれる。
 学生時代の彼のことも好きだったし、大人になってからの葉山くんにも再び惹かれている。だから誘われたらまた会いたくなる。やっぱり私は彼に恋をしているのだと自覚せざるを得なかった。
 栄子から進展があったかと時折連絡が来たけれど、毎回同じ返事しか出せず、恋人になりたい気持ちが膨らんでいる自分がいた。
 今日も仕事を終えてから待ち合わせをして、食事を楽しんだ。とはいっても売れっ子俳優でないから、まだまだ収入もない。ファミレスかリーズナブルな居酒屋ばかり。それでも一緒に過ごせる時間が楽しくて仕方がない。
 一人暮らししているマンションまで送ってくれる帰り道。夏の夜風は生ぬるい。
 私たちは、会話を重ねていた。
 二人きりで何度も会っているのに部屋には招き入れたことがない。部屋に入れると曖昧な関係のまま一線を越えてしまうような気がして……。古風な考え方かもしれないけれど、ちゃんと交際をしてからそういう仲になりたいのだ。
「今度、舞台をやるんだけど準主役に選ばれたんだ」
「すごい」
「全国を回るから会う時間が減ってしまうかもしれないな。テレビドラマの撮影もはじまっていて秋頃に放送予定でさ」
「どんどん夢を叶えているね。応援してるよ」
 満面の笑みで答えると葉山くんが急に立ち止まったので、私もつられるようにして立ち止まった。
 街灯のちょうど真下だったので彼の表情がはっきりと見て取れる。なぜか不満そうだ。機嫌が悪くなることを言ってしまっただろうかと逡巡する。
「俺に会えなくて寂しくないの?」
「……寂しいけど、俳優という職業につく夢を叶えたんだから、もっともっと飛躍してほしい。そういうお仕事をしている人って、たくさんの人に認められてこそでしょ?」
 葉山くんは急に私の手首をつかんで真剣なまなざしを向けてきた。
「あかりちゃん、もう俺たちは子供じゃないんだ」
「どういう意味?」
「鈍感なの? それとも気づかないふりをしているの? ……俺は」
 何かを言いかけて熱視線を向けられる。
 そこまで言われて私は彼の気持ちに気がついた。私と同じ感情を持ち合わせているのだと。しかし、葉山くんの口からはっきり聞かないと断定はできない。
 呼吸をするのも忘れて彼を凝視する。
「あかりちゃんのことが好きだ。初恋の相手で、ずっと忘れられなかった」
 気持ちを素直に言ってくれたことで、胸がいっぱいになり、言葉が紡げない。
 あの時、勇気を出して同窓会に参加してよかった。
 感動で胸が震えるとはこういう時のことを言うのかもしれない。喜びをかみしめて私は彼の瞳をじっと見つめる。
「俺の彼女になってもらえませんか?」
 断る理由なんてない。
「……はい、よろしくお願いします」
 答えを聞いた彼は顔をくしゃりとさせた。手を伸ばして思いっきり抱きしめてくる。私も遠慮がちに葉山くんの背中に手を回して腕に力を込めた。
 好きな人と両想いになるってこんなに胸が温かくなるんだ。
 喜びというか、嬉しさというか、恥ずかしさというのか。
 表現できない感情に包まれつつ、彼の胸板に顔を埋める。
 近くに誰も通行していないことをいいことに、彼は私の頬を包み込んで、熱を含んだ瞳を向けてきた。
 至近距離で視線が絡み合い、まるで溶かされてしまうのではないかと思ってしまうほど。
 急に異性なのだと意識してしまって、呼吸が深くなる。近づいてきた顔にこれから何が起きるのか想像できた私は、抵抗することなくそっと瞼を閉じた。
 柔らかい唇が重なり体温を感じる。唇が離れると彼は窺うように目を見てくる。
「あかりちゃんの部屋に入ってみたいんだけど」
「……ちょっと待って。恋人になってすぐにキスをして、部屋に入ってもらうっていうのは」
「もしかしてファーストキスだったとか?」
 二十三歳になるまで経験がなかったなんて白状したら、馬鹿にされてしまうかもしれない。でも嘘をつくことができず、私は頬を熱くしながらこくりと頷いた。
 葉山くんはガッツポーズをする。
「俺以外の人に触れさせたくない。過去にも触れられていなくてよかった」
「なにそれ」
 私は照れ隠しするように言った。

 付き合い始めてからも、私に恋愛経験がないと知った彼は、私のペースに合わせてくれた。こんなにも私のことを思ってくれる人に出会えて幸せな気持ちでいっぱいだった。
 俳優の仕事をしていてもテレビにまだほとんど出たことがなくて、一緒に外を歩いていても誰にも声をかけられない。
 私たちは頻繁に会ってデートをして、ある日、葉山くんの家にお邪魔することになった。
 ワンルームでとても狭い部屋で、小さなテレビと壁一面に収納されているDVDがあり、ちゃぶ台と隅に畳まれた布団しかない。
「収入が少ないから節約をしながら生活してるんだ」
 ありのままの姿を見せてくれることで私は余計に彼を支えたいと思った。必ず売れて成功する人だと信じているからこそ、陰ながら応援したい。
「絶対に売れるから、それまで信じて待っていてほしい」
「うん。私はいつまでも待つよ。だって初恋の人とこうして恋人になれたんだから……」
 よく大物俳優や売れっ子芸人を支えた奥さんがテレビに出ているけれど、まさか自分がそんな立場になるとは思わなかった。
 座布団を出してくれたので座った。すると彼はジーパンのポケットからごそごそと何かを取り出して私のほうに向く。
「手を出して」
 素直に手を出すと彼は真剣な瞳でこちらを見つめてきた。彼の手にはシルバーのリングがつままれている。
「これは予約。俺が仕事で成功したら結婚してほしい」
 まだ付き合って間もないのに、まさかそんなこと言われると想像していなくて驚く。
「夢を追い続けてこられたのもあかりちゃんのおかげなんだ。いつか成功してあかりちゃんのところに会いに行きたいと思っていた。だけど我慢できなくて、同窓会を開くって聞いたから、これはチャンスだと参加したんだ」
 そんなふうに思ってくれるとは思わず私は涙が出そうになる。どんなことがあっても彼のことを信じてついていこうと決めた。
「こんな私でよければ、よろしくお願いします」
 満面の笑みを浮かべると彼は長い腕で私を抱きしめてくれた。そして吸い込まれるように口づけを交わす。
 初めは唇同士がくっついていただけなのに、深くなっていく。
 唇を割って肉厚な舌が入り込んできて、私の舌に彼の舌を絡めた。唾液が混ざり合い、口の中がとろけていくような感覚になる。
 彼の唇がだんだんと首筋に下がっていき、体の力が抜けて床に組み敷かれた。
 シャワーも浴びていないし心の準備ができていなかったけど、こんなにも私のことを求めてくれるなら応えてもいい。
 そっと瞳を閉じると、私のブラウスの上から手のひらで胸を包み込まれた。最初は遠慮がちに優しく、そして私が抵抗しないことがわかると次第に指に力を込める。
「怖がらなくて大丈夫だから」
 彼のことを信じてついていけば、どんなことだって乗り越えていけるような気がした。
 両方の胸を優しく揉みしだかれ、ブラウスのボタンが一つずつ外されていく。
 緊張で体が固まっていたけれど、彼の丁寧な愛撫でだんだんと身体の力が抜けていった。ブラウスが脱がされてキャミソール姿になる。
 こんなにも素肌を人に見せたことがないので、羞恥心に襲われた。
 嫌じゃないのに緊張で震えてしまう。
「あかりちゃん……可愛い」
 私の体を長い腕で包み込んで安心させてから、肩にキスを落とす。冷えた素肌に彼の唇は熱く感じた。
 抱きしめられ葉山くんの体温が伝わる。
 キャミソールの上から胸が揉みしだかれ、宙に浮かんでいるような不思議な感覚に襲われた。
「見た目よりも随分と大きいんだな」
 まじまじと視線を送りつつ、そんなこと言う。恥ずかしくて火照ったせいか全身が熱い。
 キャミソールが脱がされて、ブラジャーの上から胸に手のひらが乗せられた。
 ゴツゴツしている男性の手に触られた柔らかな肌が桃色に染まっていく。
 胸の膨らみをマッサージするかのように回され、じんわりとその部分が熱くなってきた。
 そこに集中していると気がつけばブラジャーのフックを外されていた。
 会えない間に葉山くんは様々な経験をしてきて、テクニシャンになっていてしまったのかとちょっと残念な気持ちになる。
 そんな考えもかき消されてしまうほど、彼の指先や唇の動きが淫らで、私は甘くとろけてしまいそうになった。
「ぁ、んっぁ……」
 口を突いて出た甘い声に、自分でも驚いてしまう。
「気持ちいいんだ?」
 これが気持ちいいのかどうなのか、判断できない。困っている私を見て彼が穏やかに笑う。
「そんな顔されるといじめたくなっちゃうな」
 胸を隠していたブラジャーが剥ぎ取られて胸がぷるんと露わになった。
 下から持ち上げて左右に揺らし、弾力を確かめられているみたいだ。
 そのまま大きな手のひらで包み込まれて円を描くように動かされる。
 乳輪を人差し指の腹で撫でられ、そのまま根本をぎゅっと潰された。強い快楽が電流のように全身を駆け巡っていく。
 コリコリと硬くなり乳頭はここにいるよと自己主張している。それなのに先っぽにはなかなか触れてくれなくて、焦れったくなり体が勝手に動いてしまう。
「ぁっ……んっ……ぁっ」
「もしかしてここ触ってほしいの?」
 質問されたけれど素直に返事することができず困惑する。彼は口元に笑みを浮かべて私の胸の先端に顔をゆっくりと近づけてきた。
 にっこりと笑った形のいい唇から肉厚な舌が伸びてきて、ピンク色の果実のように染まった私の乳頭を絡め取った。
「ひゃぅっ……!」
 ぬるりとしていてザラザラした感覚に舐められると、経験したことのない快感に襲われ変な声が出た。
「すごい、勃ってる。可愛い乳首、見てみな?」
 促されてつい視線を動かすと、勃起する自分の胸の先端を見て目を背けたくなった。右側の胸が舐められて左側の胸は親指と人差し指でつままれる。
 どうしたらいいのかわからなくて、私はただその感覚に耐えているしかなかった。
 気がつけば彼もTシャツを脱いでいて、引き締まった体が目に飛び込んでくる。
 細い身体のラインをしているのに、脱ぐと腹筋が割れていてかなり鍛え上げられていた。
 体の中でまだ胸しか触られていないのに呼吸が上がっていく。
 最後までできるのか不安に襲われるが、落ち着かせるように抱きしめてくれる。素肌がくっついて、愛している人に抱かれているのだと実感した。
 葉山くんの手がスカートを脱がしストッキングの上から足を撫でる。
「足も細くて綺麗だ」
 感嘆のため息をつきながら、私の足の形に沿って行ったり来たりを繰り返す。
そのうちストッキングに手をひっかけて下ろした。素肌に頬ずりをしてくる。
「くすぐったい」
「スベスベしていて気持ちいいよ」
 膝の後ろに手を入れて私の足を大きく開いた。
「恥ずかしいってば」
「俺しか見てないから大丈夫」
 電気が煌々とついているから消してほしい。でもどのタイミングでお願いしたらいいのかわからないし、雰囲気を壊してはいけないと黙っていた。
 私の膝に優しくキスを落とす。その唇が内腿へと移動していき、鼠径部に到達した。
 これ以上は恥ずかしくて耐えられない。目を閉じるが止めてくれる気配はない。ショーツの上に鼻先がくっついてきた。
「あかりちゃんのここ、いい匂いがする」
「……やだっ、そんなこと言わないで」
「嫌がるところも可愛い。もっと気持ちよくしてあげるから」
 そう言って彼は秘部の割れ目のラインに沿って指を滑らせた。それだけのことなのに私の体は痙攣したようにビクビクと震え出す。そして焦れったくてお腹の中が熱くなっていくような感覚に陥る。
「な、なんで」
 どうしてこんなことになっているのかわからない。彼の指の動きによって私は翻弄されているのだろうか。
「このままだと下着を汚してしまいそうだから脱がせちゃうよ」
 そう言ってショーツも下ろされて私はついに産まれたままの姿になってしまった。
「あかりちゃんだけ裸だったら恥ずかしいだろうから、俺も脱ぐ」
 ジーパンを脱いで、下着も脱ぐ。
 天に向かってそそり立っている男性の象徴が目に飛び込んできた。初めて見るそれに釘付けになってしまう。
「そんなに見られるとどんどん大きくなっちゃうんだけど」
 冗談を言って、照れ隠しをしているようだ。そして彼はその姿で私のことを抱きしめる。背中に手を入れて優しく包み込んでくれるようだった。
 彼の心臓の音が伝わってくる。自分だけがドキドキしているんじゃなくて彼も興奮しているのだ。
 私たちは何も言葉を交わさず、口づけを何度も何度も重ね合う。
 キスをしながら私の大切な部分に手を滑らせてきた。妖艶な彼の指の動きに意識が集中する。人差し指と薬指で花びらが開かれ、上のほうにある敏感な粒を中指の腹で擦られる。
「あっ……ん」
 あまりにも強い甘い刺激に喘ぎ声を上げてしまった。ここはアパートで壁も薄そうだから、あまり大きな声を出すと近所迷惑になってしまうかもしれない。
「聞こえちゃう、我慢してくれ」
 頷き、自分の唇をかみしめた。
 敏感な粒をくるくると動かされ上下に弾かれるたび、魚のように体がピクピクと動き出した。
「んっ……んん」
 大きな声が溢れそうになるので、私は自らの口を両手で覆う。
 そんな私の姿を見て嬉しそうに微笑み、そして大切なところに顔を近づける。
 濡れそぼった花びらが開かれて、今まで弄られていた花芯が彼の唇によって挟まれた。
「あっんん、んん……そこはっ」
 叫びたくなるのを必死で我慢する。
 粒を刺激しながら、潤いの泉に少しだけ中指を挿れてきた。
 自分の体に入ってくる違和感を覚え、眉間にシワが寄る。
 手前のほうだけを弄る指の動きに集中していると、不思議な快感がせり上がってくる。そして誰にも触れられたことのないそこは意外にもすんなりと挿入されることを受け入れていた。
 水音がピチャピチャとして、こんなにも自分の体から蜜が溢れているなんて……。
「すごく狭い」
 彼の指が入ってきてゆっくりと抜いたり挿したりされると緊張で力が入るが、敏感な部分を刺激しながらなので痛みは少ない。むしろ続けてほしいと思ってしまうほどだ。しかし、このまま刺激を与え続けられたらどうなってしまうのかという、未知の恐ろしさがあった。
「おかしくなっちゃう」
「いいよ、おかしくなって」
 頭を左右に振って動揺する私にさらに快楽を与えた。
「あぁっ、あう、んっ……あぁっ、あっ」
 得体の知れない何かが逃げ道を探すかのように体の中を走り回っている。それを発散させてやりたい気持ちでいっぱいになり、体温が上昇して呼吸を浅く繰り返した。
 この甘く苦しい状態から抜け出したい。そのためにはどうするのが正解なのかもわからず、指で貫かれ続けていた。そしてついに私はもどかしい状態から抜け出すことができ、一気に体が上昇していくような感覚に襲われた。
 頭が真っ白になって呼吸が止まり、一瞬、別の世界に行ってしまったかと思ったがすぐに戻ってくることができた。
「初めてなのにイクことができるって、あかりちゃんは素晴らしい体をしている」
 褒められているようだけど、呆然としていて返事ができない。
「ここまで来たら、最後までさせてもらうよ。あかりちゃんは俺のものだって刻みつけたいんだ」
 俳優の仕事をしているせいなのか、妙にロマンチックで歯の浮くようなセリフを言うなぁなんて思っていると、彼はさっと避妊具を身につけた。
 指が入ってきた時はそんなに強い痛みはなかったけれど、あんなに立派なものが自分の中に入るのかと不安に襲われる。
 私の足を大きく開いて間に身体を滑り込ませてきた。彼の熱の塊が濡れている花びらに擦りつけられる。敏感になっていた私のそこはそれだけでトロトロと溶けてしまいそうになった。そしてついに潤いの泉に先端が押し込まれる。
「緊張しないで」
「……うん」
 私は愛する人と身も心もひとつになりたい。
「葉山くんと……結ばれたい……」
 私の言葉を聞いた彼は嬉しそうに微笑んでしっかりと頷く。そして腰に力を込めて少しずつに進めてきた。
 狭い隘路をこじ開けるように前進していく。破瓜の痛みに襲われ私は眉間にシワを寄せた。
「頑張って……あかりちゃん」
 私を気遣いながら優しい言葉をかけてくれる。
「う、うんっ……はぁあっ」
 敏感な粒を親指でこねくり回しながら、ゆっくりと進む。子宮の入口に到達した時、あと一歩だとわかった。ここを乗り越えたら本当に身も心もひとつになれるような気がした。
 私は彼の背中に手を回す。
「最後だけちょっと我慢して」
 思いっきり強く押しつけられ、こじ開けられた。一瞬、強い痛みが走る。
「あぁぁっ……んっ」
 彼は私のお腹の中に留まったまま、思いっきり抱きしめてくれる。
「あかりちゃん、大好きだ。一生そばにいてほしい」
「私も葉山くんのことが大好き」
 お互いに愛の言葉を口にしながらひとつになっていると大きな幸福感に包まれた。そして気がつけば痛みが和らいでいて、彼は緩慢な動きで腰を動かし始める。
 手前まで引き抜いてまたじれったいほどの動きで子宮の奥底まで突き上げてきた。そのたびに彼が私のことを心から愛してくれているのだということが伝わってきて、涙が溢れそうになる。
「痛いの?」
「幸せなの」
 私の言葉を聞いた彼は、慈愛に満ちた瞳で頬を撫でた。
 動きに慣れてきた頃、体を折り曲げてさらに奥深いところに刺激を与えてくる。少しずつ速度が上がり、肌がぶつかる音と水の音が響き、淫靡な香りに包まれていた。
「……あ、あっ、もうおかしく……なっちゃいそうだよ」
「感じてくれてありがとう」
 彼の腰の動きが加速され額には汗が滲んでいる。
 必死で動いている姿を下から見つめていると、自分しか見ることができない特別な角度なのだと感動がこみ上げてきた。
 尖った顎に汗が溜まり、濡れた前髪がセクシーだ。
 真剣に見つめる黒々とした瞳。愛する人のすべてを独り占めしているのだ。すごく贅沢な時間を過ごしているかのように思えた。
「はぁっんっ……っ」
 軽い絶頂を迎える。もう何度目かわからない。
 破瓜の痛みなんて忘れてしまうほど素晴らしいひとときだった。
 私の中に入っている彼の分身が大きく硬く熱くなっていく。
「俺もそろそろ限界」
 彼は私に愛情を刻みつけるかのように動いて、避妊具の中に白濁を放った。
 お互いに呼吸が乱れて、そのまましばらく抱き合って黙っていた。
 私のペースに合わせてくれたおかげで、抱き合うまで時間がかかってしまったけれど、本物のカップルになれたような気がする。
 彼は私のことを腕枕にして甘やかしてくれた。
「大事にするから。絶対に売れて幸せにする」
 その言葉を噛み締めながら私はまどろんで、そのまま眠りの世界へと入った。

第二章

 私たちの交際は順調だ。ただ彼が成功するまで結婚ができないので、私も今できる仕事を頑張ろうと思っている。
 栄子にもやっと恋人ができたと伝えることができて、幸せな気持ちに包まれていた。
 職場でパソコンに向かっていると課長に肩を叩かれた。彼女は子育てをしながら第一線で働いている。誰もが憧れる頼れる女性課長だ。
 面談室に連れていかれ何を話されるのか落ち着かない。
「仕事、慣れてきたようね」
「はい。学ぶことが多いですが楽しいです」
「頑張っている様子を見ていて、次のプロジェクトリーダーを大塚さんにお願いしたいと考えていて」
 驚きの発言だったので、私は目を丸くした。
「私に務まるでしょうか……?」
「あなただったら絶対に大丈夫。やってくれるわね?」
「精一杯頑張ります」
「期待しているからね」
 今までは先輩に教えてもらいながらなんとかやっていた。しかし信頼されて仕事を任されるということは嬉しくてたまらない。
 不安なことも多いけど、前向きにチャレンジしよう。
 その夜、私は葉山くんに電話をした。
 実際に会って報告したかったけど、舞台で全国を飛び回っている。
「プロジェクトリーダーになったの」
『それはすごいことだ。無理しない程度に頑張るんだぞ』
「ありがとう」
 私が抜擢されたことを一緒に喜んでくれる。
 恋人の存在が仕事にも活力を与えてくれる。
 いろんな土地で演技をして頑張っている彼を思うと、私も負けていられない。
 お互いに結果を出して笑顔で再会したい。
 

 それからお互いに時間的にすれ違うようになり、なかなか会えない日々が続いた。でも毎日メールをくれていたし、将来は毎日のように一緒に過ごせるはずだから、頑張れる。
 土日も家に持ち込んで仕事をすることが多くなり、プレッシャーも重なっていた。
「……はぁ、葉山くんに会いたいな」
 気がつけば十月。秋晴れの空を眺めて愛する人を心に描いた。
 衣替えする暇もないなと思いながらぼんやりとカレンダーを見つめる。十月は確か北海道で舞台があると言っていた。
 三週間前に、少しだけ家に寄ってくれて抱き合うことができたけど、葉山くんに会いたくてたまらなくなる。
 今週乗り越えられたら少し余裕ができる。
 そうだ、北海道まで舞台を見に行こう。
 私はそう決めてチケットの予約を入れて、パソコンと睨めっこした。

◆   ◆   ◆

プロジェクトリーダーは初めてのことだったので、緊張の連続だった。年齢に関係なくリーダーとしてまとめていかなければならない。
 私にできるのだろうかと不安しかなかったが、期待され任されたことがいい意味でプレッシャーとなり、積極的に発言をして企画をまとめていった。
 それが社内で評判となり、ある一定の評価を収めたのだ。
 このことで社会人としての自信が少しついたかもしれない。働くというのはこのような楽しみがあるのだと知った気がした。
 今まで頑張ってきたから今日は少しだけのんびりとしてこよう。
 私は葉山くんには内緒にして、サプライズで北海道に行くことにした。
 北の大地に降り立つと空気がひんやりとしている。もう少し厚着をしてきたらよかったかなと思いながら、札幌市内にある舞台ホールに向かった。
 明治初期を舞台にしたシナリオで、内容的にも楽しみだ。
 私の席は公演ギリギリにキャンセルが出た、前から三列目の席。ステージが近いので役者の息吹が感じられる場所だと期待に胸が膨らむ。
 会場内の照明が落とされ幕が上がる。
 葉山くんは主役ではなかったけれど登場すると一気に場の空気が変わった。
 演技に引き込まれて私は不覚にも自分の恋人に泣かされてしまった。
 演劇が終わり会場を後にした私は、今夜どうしようか考える。
 葉山くんに来ることを伝えていなかったから、急に会いたいと言っても迷惑かもしれない。打ち上げとかもあるかもしれないし。そう思いながら歩いていると、スマホに着信が入った。
『あかりちゃん、見に来てくれてたの?』
「あ、わかった? 仕事が落ち着いたからどうしても舞台観てみたくて」
『わかるさ。愛している人だから。もしよかったら楽屋においで』
 私なんかが行ってもいいのか迷ったけれど、お言葉に甘えてお邪魔させてもらおう。
 楽屋に入ると別世界に飛び込んだような気がした。
 主役は誰もが知っている大物俳優。すごく有名な人なのに腰が低いようで一人ずつに丁寧に挨拶をしているところだった。
 女優さんも今をときめく人ばかりで、自分がここにいるのはやっぱり間違いだ。
 引き返そうとしたが、葉山くんの知り合いだと知ると温かく声をかけてくれる。
「葉山の彼女か?」
 大物俳優が話しかけてきた。葉山くんは顔を赤くしてぺこりと頷く。
「はい!」
「これからお前は人気が出るはずだ。パパラッチに気をつけるんだな」
「アドバイスありがとうございます」
 大物俳優と話し終えると、メガネをかけた一人の女性が近づいてきた。
「紹介するよ。うちの会社の村上さん」
「初めまして、村上と申します」
「大塚あかりと申します」
 鋭い視線を向けられた気がしたけれど、あまり気にしないようにした。
 打ち上げは最終公演の後に行われるようで、自由時間となった。
 宿泊先を決めないできたことを伝えると、葉山くんはせっかくだからとツインの部屋を予約してくれた。でも彼にはお金がそんなにないから私が支払おうとしたのに、先にカードで精算してくれた。
 今回の舞台で収入が上がったらしい。とはいってもビジネスホテルだった。それで私は十分だ。
 葉山くんがそばにいてくれたら、他にほしいものは何もない。
 二人で札幌の味噌ラーメンを食べて、ホテルに戻ってきた。
「あかりちゃんに会えるなんて思っていなかった」
「突然来てごめんね」
「舞台からあかりちゃんの姿を見たときは動揺したけど、すごく嬉しかった」
 にっこりと笑って長い腕で抱きしめてくれる。
「しばらく会えていなかったから寂しかったんだ」
 私と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しい。ビジネスホテルというムードも何もない殺風景な部屋なのに、夢の国に来ているかのような幸せな気持ちに包まれた。
 二人だけの空間になり、私たちは至近距離で見つめ合い唇を重ね合わせる。唇を割って舌が入り込んできた。
 私たちはすぐにキスに夢中になり、立ったままお互いにコートを脱がせる。
 ワンピースの背中のファスナーが降ろされ、床に落ちる。
 壁に背中がつけられて、激しくキスをされた。いつもより余裕がないように見えるのは気のせいだろうか。
 情熱的に求められて、私もそれに応えたいと思った。ブラジャーが外され胸の先端にしゃぶりついてくる。
「あっ……んっ……」
「ずっとこうしたかったんだ。あかりちゃんがいないと俺はだめだ」
 そんな甘い台詞を呟きながら彼は膝をついて立った。ちょうど葉山くんの視線のところに私の秘部がある。
 脱がす時間も惜しいというようにショーツを横にずらす。
「待って……」
 人差し指と親指で花びらを開くと私の敏感な部分はぷっくりと膨らんでいた。まるで彼に刺激してほしいとでも懇願しているようだ。それを確認した葉山くんは唾をごくりと飲む。半開きにした唇から肉厚な舌が姿を現す。
 ゆっくりと近づく。彼の熱い吐息がかかり、それだけで秘所がひくついた。
 舌先を硬くして突かれる。
「ひゃぁあっ」
「あぁ、美味しい……あかりちゃんの味だ」
 そんなはずはないと否定しようとしたのに、彼は一気に赤く膨らんだ果実にしゃぶりついてきた。
 音を立てながら激しく上下に舌を動かされ、私は思わず葉山くんの頭を手で押さえた。しかし、どんどんと彼の唾液で濡らされていく。あまりにも激しいので私は太ももを震わせて快楽に打ちひしがれる。
「あっ」
 敏感な蕾を吸われた。蜜が伝い太ももを滑っていく。その透明な液体を人差し指ですくって私に見せつけてくる。
「こんなに濡らして」
 耳が痒くなってしまいそうなほど甘い声で呟かれ、彼はその人差し指を私の潤いの泉に挿し込んできた。
「……あぁぁっ、んっ」
「すごい……俺の指をどんどん飲み込んでくる」
 指を下から突き立てられ、喘いでしまう。
「だめ、激しっ……イッちゃう……」
 指の動きを止めて立ち上がり、腕を引いてベッドに寝かされた。
 組み敷かれ熱視線を注がれる。
「葉山くん……」
 愛しい気持ちがこみ上げてきて手を伸ばし両方の頬を包み込んだ。彼は微笑を浮かべ、私の右手を取って自らの唇に押しつける。
 口の中に私の指を入れてペロペロと舐めた。
 指先を舐められているだけなのに体温が上昇して呼吸が乱れる。色っぽい瞳が私のことをとらえているのだと思うと心臓の鼓動が加速した。
「あかりちゃん……会いたかった……」
 愛おしそうな声が鼓膜をくすぐる。五感のすべてが彼に集中していて、二人だけの空間にいるような気持ちになり幸せが押し寄せる。
 会えない間、葉山くんの表情や体温も思い出して寂しさを紛らわせてきた。
 会えなかった時間を埋めるかのように無我夢中で私たちは抱き合う。
 仰向けになっている私の足を大きく開き、その間に身体を滑り込ませてくる。熱の塊が割れ目に沿って添えられ擦りつけてくる。
 ダイレクトに感じる彼の体温。ゆっくりと腰を前後に動かす。二人の体液が混ざり合って滑りがよくなり、くちゅくちゅと水音がした。そのまま上半身を倒して唇を重ね合わせる。そして私の耳元で囁いた。
「このまま挿れてしまいたいけど、今妊娠したら困るから……コンドームつけるね」
 本当は私も同じ気持ちだった。薄い被膜が煩わしいと思うほど、ぴったりとくっつきたい。でも順序というものがある。
 いつかの未来に愛する人の子供を授かって産むことができたらなとつい想像してしまった。
 避妊具を装着した彼が近づいてきて、潤いの泉に静かに沈めていく。
 先端が入り込むだけで、私の窄まりがひくつく。浅いところで抜き挿しを繰り返す。
「はぁっ……んっ、あっ……」
 緩慢な動きを繰り返され焦燥感に駆られる。ぬかるみにどっぷりと入り込んでいく男の象徴。
「あぁ、しまる」
 無意識に彼のものを離さないと密動が締め上げる。そうすると余計に体が敏感になっていくのだ。腰の動きがだんだんと加速され、穿たれる。
 何度も貫かれた後、体を回転させられて尻を高く持ち上げられた。そのたびにパンパンと肌がぶつかり合う音が聞こえる。
「あぁっ……あぁっ」
 背後から手を伸ばして胸が揉まれる。頭が真っ白になるほど容赦なく撹拌され、蜜壺が泡立っていた。
「上……向いて。あかりちゃんの感じている顔がみたい」
 仰向けにされ背中に手を回して抱きしめられる。今にも達してしまいそうだったが、一呼吸を置くことができてほっとしたのも束の間。
 今度は起き上がってキスをした状態でひとつになった。私は彼の首にしっかりと抱きつく。
「自分で動いてみて」
「……恥ずかしくてできない」
「二人で気持ちよくなろう」
 甘えてくるので断ることができず、ぎこちないながらも腰を浮かせて沈めてみる。自分の体重が加わって更に深いところまで届いているような感じがした。
「あぁぁぁっ」
 私の動きに合わせて下から突き上げてくる。子宮の中まで犯されているような気持ちになって、頭の中がトロトロに蕩けていく。
「葉山くん……あ、……好き……あぁっ……」
「俺も……愛してる……はぁっ、あかりちゃん……好きだ」
「もう……イッちゃう」
「一緒にイこうっ……」
「あぁああああああああっ」
 パンと弾け意識が遠のく。
(幸せ……すぎる)
 何度も絶頂を迎えてお互いの力がなくなって、ベッドで少し休んだ。
 甘く香った空気が部屋の中に充満していた。
 二人で狭いバスルームに向かいシャワーを浴びる。
 お互いのことを丁寧に洗って、またそこで愛し合う。
 私たちは会えない時間が多い分、こうして会えた時は濃密な時間を過ごしたのだった。

 その年の年末。
 たまたま通りがかった書店の雑誌を見ると、表紙に葉山くんが起用されていた。
 雑誌を手に取ろうとした時、近くにいた女子校生がキャッキャ言いながらその雑誌を持つ。
「葉山蓮って、すごくかっこいいよね」
「ネクストブレイク俳優って言われてるみたい」
 やっと彼の時代が来たのだ。
 すごく嬉しかったのに冷静になって考えてみれば、これだけ顔が知られるともう普通にはデートができないんだとちょっと残念な気持ちになった。
 でもやっと彼の夢が叶うチャンスなのだ。心から応援していこうと思った。

(――つづきは本編で!)

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