「婚約者同士でしょ? デキてもなんの問題もないよね」
あらすじ
「婚約者同士でしょ? デキてもなんの問題もないよね」
家のしきたりで、第三王子エルヴィスの護衛を務める令嬢レベッカ。敵の目を欺くために婚約者のふりをしているはずなのに、エルヴィスはまるで本当の恋人同士のように接してくるのだ。
今日も街を好き勝手ふらつく王子だったが、レベッカは彼を狙う刺客の視線に気付く。追手から逃れようと走り出す王子に手を引かれ、気づけば妖しい雰囲気の宿に連れ込まれてしまい……
作品情報
作:姫沙羅
絵:ぼんばべ
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プロローグ
「や……っ!」
脱力し、完全に油断していたところでうつ伏せの状態にひっくり返される。さらに腰を上に引き上げられたレベッカは、さすがに怯えるように背後の彼へ振り返っていた。
「も、ぅ……」
「だぁめ」
縋るような目を向けるものの、返ってきたのは言葉に反してとても甘い笑顔だけ。
「っ!」
蜜口に固い屹立の感触を感じ、大きな瞳をさらに見開いた。
「……っぁぁあ……っ!」
直後、ぐっ、と大きく熱いものが潜り込んできたかと思うと身体の中央を貫かれ、レベッカの口からはどこか甘い悲鳴が上がる。
「……ぁ……」
がくがくと内股を震わせながら、レベッカの細い指先は、無意識に前へと逃れるように白いシーツを掴む。
「ほら、逃げるなんてらしくないよ?」
いつも強気な少女が見せるそんな弱々しい抵抗に青年はくすくすとおかしそうに笑い、肩より少しだけ長い葡萄酒色の髪がふるふると左右に舞う。
「っ! や、だ……ぁ……っ、っぁあ……っ!」
引き戻され、奥まで潜り込まれて高い嬌声が上がる。
数刻前までは処女地だった場所を再度拓かれたレベッカは、自然と浮かぶ涙を溢れさせながら身体を小刻みに震わせていた。
「レベッカは本当に優秀だね。さっきまでは処女《おとめ》だったのに、もう男《オレ》を覚えたんだ?」
背後から覆い被さるように身体を屈めた青年は、その蒼銀の髪をさらりと落としながら、少女の耳の奥へ楽しそうな囁きを注ぎ込む。
「や、ぁ……っ!」
途端、ふるりと腰が震えた少女のその敏感な反応は青年の欲を煽るだけ。
「だって、ナカ、すごいよ? 媚びるようにうねってる」
「っ!」
もしかしたら少女自身も、青年の半身へと淫らに絡みつく自身の蜜壁の動きを感じていたのかもしれない。青年が洩らす感嘆の吐息にびくりと肩を震わせて、真っ赤になった少女はなにかに耐えるように唇を噛み締めていた。
「でも、まだナカだけでイクのは難しいかなぁ……?」
「んぁ……っ、あ……っ! っ動か……っ、な……、ぃで……ぇ……っ!」
ん~? と呑気に考え込みながら軽く腰を揺さぶられ、レベッカは懇願の嬌声《こえ》を洩らす。
「レベッカの好きなところ、触ってあげるね」
嫌々と首を振ってもそれは笑顔で黙殺され、レベッカの胸へはむしろ絶望感が広がっていく。
「ぃい……っ! いいからもう抜いて……ぇ……っ!」
なにもかも、こんな感覚は生まれて初めてで、レベッカの口からは許しを乞うかのような悲鳴《こえ》が上がる。
「やだ」
けれど満面の笑みを浮かべた青年はあっさりとそれを拒否してみせると、柔らかな胸元へと手を回してくる。
「ひぁ……っ!?」
直後、すでに実りきっていた胸元の果実を摘ままれて、びくりっ、と少女の肩と腰とが反応する。
「胸、弄られるの好きだよね?」
「そ……っ、な、こと……っ! ぁ……っ、あ……っ」
強すぎた刺激を宥めるように大きな掌で胸を揉まれ、時折指の腹で先端部分を上下に擦られるとびくびくと腰が揺れてしまう。
「や……っ、それ……っ、だ、め……ぇ……」
きゅ……っ、と指先で胸元の果実を摘まみ取られ、甘い官能が背筋を昇っていく。
「ほら、すごい締まった」
「!」
くす、と事実を告げられて一気に顔へと熱がこもる。
大きな掌が胸の膨らみを愛撫する度に蜜口ははくはくとした呼吸を繰り返し、次から次へと止めどなく愛液が溢れ出ていることにはレベッカも気づいていた。
こんな辱めは到底受け入れられるはずもないのに、どうやら淫乱だったらしいレベッカの身体は、持ち主の意思に反してこの淫らな行為を歓んで受け入れていた。
「あぁ、言葉攻めされるのも好き?」
揶揄の言葉にぴくりと反応を示したレベッカの姿を見て取って、青年の双眸が甘く笑む。
「レベッカは、ベッドの中では虐められるのが好きなんだ?」
「違……っ」
普段はどちらかと言えばクールな印象のあるレベッカだが、そのギャップが愉しくて堪らないとばかりににこりと満面の笑みで告げられて、反射的な否定の声が上がる。
「こっちも触ってあげる」
「ひぁ……っ!?」
そこは、レベッカの身体の中で一番弱いことを教えられてしまった部分。
青年の屹立を深々と呑み込んだ蜜口の上。溢れた愛液で濡れそぼる陰核へとそっと指を伸ばされて、レベッカはびくん……っ! と背中を仰け反らせる。
「そこ……っ、や、め……っ」
指先でぬるぬると刺激され、レベッカの細腰は小刻みに打ち震える。
「ぁ……っ、あ……っ!」
「もう一回。今度は一緒にイこう……?」
すでにレベッカは二度、青年は一度達しているが、同時に昇り詰めてはいない。
けれどそんなふうに優しく誘いかけられても、レベッカがそれに同意できるはずもない。
彼とはなし崩し的にこうなってしまったが、本来自分たちはそんな仲ではないのだから、
「も……っ、ぅ、や、め……っ、だめ……ぇ……っ!」
ぞくぞくと背筋が痺れ、今にも手離してしまいそうな理性に必死にしがみつく。
青年に好き勝手にされて我を忘れるほどの快楽を覚えているなど、とても認められることではない。
しかも、今の自分たちは。
「こんな、こと……っ、して、たら……っ」
「大丈夫だよ。こんなところにまで刺客は来ないから」
レベッカの懸命な訴えに、青年はなぜか自信満々の余裕を滲み出しながら、ちゅ……っ、と白い首筋辺りに宥めるようなキスを贈ってくる。
「なに言っ……」
そもそもこんな――、俗に言う〝連れ込み宿〟的な施設に入ってしまったのは、追手の目から逃れるためだった。そんな状況で――、いつ見つかって奇襲を受けるかわからないような状態で、こんな淫行に耽っている場合ではない。
「ほら、それよりコッチに集中して」
「っぁあ……っ、ん……!」
それなのに青年は、どこか不貞腐れたような声色で、まるで意識を逸らした罰だとでもいうかのように、きゅ……っ、と陰核を強く摘まんできて、レベッカの腰は跳ね上がる。
「ベッドの中で暗殺者《他の男》のことを考えるなんて無粋だよ?」
「や……っ! それ……っ、だめ……っ、だめ………ぇ……!」
片手で胸元の果実を摘ままれ、もう片方の指先で陰核を撫でられて腰が揺れる。
「今はオレのことだけ考えて。オレのことだけ感じてて」
「ひ、ん……っ」
そうして今度は緩やかな律動が始まって、レベッカは三カ所から同時にもたらされる刺激に、引き攣った悲鳴を呑んでいた。
「や……っ、ぁあ……っ!」
打ち付けられる腰の強さが少しずつ大きくなっていき、レベッカの口からは堪らず甲高い嬌声が上がる。
「レベッカ? これは命令《・・》だよ?」
「ひぁ……っ、ぁあ……っ!」
ここにきて王族の権力を持ち出されても、もはや快楽が理性を上回り始めたレベッカの意識にまでその声は届かない。
「今は他のことはなにも考えないで、オレのことだけ」
「や……っ、だめ……っ、だめっ、だめ……ぇ……!」
陰核を刺激されながら本格的に揺さぶられ、レベッカは泣き濡れた声を上げて嫌々と首を振る。
青年が腰を打ち付ける度に肌と肌とが触れ合う音が鳴り響き、結合部からは淫猥な水音が聞こえてレベッカの聴覚までを犯してくる。
「ぁあ……っ! 深……ぁ……っ! これ……っ、いやぁ……っ!」
身体の奥深くを穿たれて、レベッカは涙を振り溢しながら、どこか甘い悲鳴を響かせる。
「……っ……、嫌、じゃなく、イイ、でしょ?」
「……ぁ……っ、や……っ、ぁ、あ……っ」
頭の中が白くなって、本当になにも考えられなくなる。
すでに腰から下はぐずぐずに溶けていて、快楽以外の感覚を忘れてしまう。
「っこんな……っ、搾り取ろうとするように締め付けてくるくせに……っ」
無駄にいいその声が、く……っ、と少しだけ掠れた詰めた吐息を洩らしてきて、それだけでも背筋へぞくぞくとした刺激が昇っていく。
「もっていかれそうで……っ」
「ぁ……っ、あ……!」
こんなことをしている場合じゃないのに。
蜜壺を大きな屹立で穿たれながら、絶妙な指使いで陰核を摘ままれると、勝手に腰が揺れ動いてしまう。
それはまるで、もっと、とこの淫猥な行為をねだっているかのようで。
「オレも、もう、限界……っ」
「!?」
耳元で、少しだけ切羽詰まった掠れた吐息を溢されて目を見張る。
その、言葉の意味は。
「腟内《ナカ》……っ! 腟内《ナカ》はだめ……ぇ……っ!」
すでに一度、腟内《ナカ》で出されてしまっている。
それでもレベッカは必死に首を振り、なんとか逃げようと試みるが、その身体をしっかりと抑え込んだ青年は、くす、と策士の笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ。オレたちは婚約者同士でしょ? 出来てもなんの問題もないから」
「なに言……っ!?」
なんの問題があるのかとあっさりと笑ってみせる青年へ、レベッカの瞳は驚きと戸惑いでゆらりと揺れる。
自分たちの婚約関係は敵を欺くための偽装で、本来はこんな関係になっていいものではない。
こんな時でさえそのおめでたい脳ミソが導き出す思考の意味がわからず、レベッカの顔には怯えたような色が浮かぶ。
「も……っ、イク……っ。出すから全部呑んで……っ」
「!? っやぁぁ……!」
腰を掴む手の力が強くなり、その意味を理解して、レベッカの口からは歓喜の混じった悲鳴が上がった。
何度か昇り詰めた快楽の頂は確かに気持ちいいけれど、万が一にも注がれたソレが実ってしまったらと考えると恐くなる。
「一緒にイこう……っ」
「や……っ! や、ぁ……っ!」
拒否の方向に首を振っても、身体は勝手に快楽を拾い上げ、頭の中にちかちかとした光が舞う。
「……レベッカ……ッ」
掠れた吐息で名前を呼ばれ、首筋がぞくぞくする。
「ぁ……っ」
一際強くなった律動に、溢れ出した涙が舞った。
「レベッカ……ッ」
ぐ……っ、と打ち付けられる腰。
「! ひ……っ、ぁあ……っ! ぁあ……――――っ」
直後、身体の奥でどくどくという生温かな脈動を感じながら、レベッカは絶頂の悲鳴を上げ、白くなった世界で意識を手離していた。
一章 ポンコツ王子のお守りはご遠慮願います
殺気を感じたレベッカは、ソレ《・・》を脳で意識するより前に動いていた。
「っ殿下……っ!」
少女の鋭い声が飛ぶ。それとほぼ同時に〝殿下〟と呼ばれた青年は葡萄酒色の髪をした少女に庇われ、その横を鋭い〝なにか〟が通りすぎていく。
トス……ッ、と、妙に軽い音が聞こえ。
「…………」
辺りを警戒するかのような、レベッカの険しい視線が飛ぶ。
そしてその眼光は、すぐに見えるはずのない〝敵〟を見定めたかのように鋭利なものとなり、少女はその方角を睨み付けていた。
その一方で、青年は音の鳴った方へと顔を向け――。
深々と壁へ突き刺さっている一本の矢を目に留めて、ぱちぱちと目を瞬かせていた。
「……あぁ。びっくりした」
青年の口からは、とても驚いているとは思えない、のほほん、とした妙に呑気な声が洩れる。
それに若干の苛立ちを覚えつつ、レベッカは傍に仕える侍女に扮した部下に視線を投げ、たった今青年の命を狙った暗殺者を追うよう無言の指示を出す。
「……捕獲させます」
「うん。そうだね」
一言告げれば能天気な頷きが返されて、レベッカは思わず舌打ちでもしたい気分になりながら、さらなる奇襲がないか周辺へと神経を張り巡らせる。
心情的には自分が敵を追いたいところだが、レベッカに与えられた最優先任務はこの青年を守ること。この状況で自分へと与えられた職務を二の次にするわけにはいかない。
それでも自ら動きたくなってしまうのは、自らが動いた方が早いからだというような理由ではなく……。
単純に、護衛対象であるこの青年の傍にあまりいたくないからだ。
蒼銀の髪に、整った目鼻立ち。はっきり言って、顔だけは無駄にいい。否、顔だけでなく、身体もいい。鍛練をしている場面などお目にかかったことがないにも関わらず、程よくついた筋肉は羨ましいことこの上ない。むしろ恨めしい。
どうやら筋肉のつきやすい体質らしく、歯を磨くだけでも二の腕が鍛えられてしまうと聞いた時には、レベッカの胸には殺意が湧いた。
そんな、眉目秀麗な青年――この国の第三王子で、その名をエルヴィス・クラウンという――が、レベッカの護衛対象だった。
「レベッカは本当に有能だねぇ~」
緊張感など欠片も感じない、間延びした声色に、思わず眉を顰めてしまう。
「恐れ入ります」
レベッカはこの道のプロだ。護衛対象であるエルヴィスを守り抜き、最終的には彼の命を狙う黒幕を捕まえることが、レベッカへと課せられた任務。
自分はこのためにいるのだから、彼の身の安全は保障されているに決まっている。
だが、軽く頭を下げたレベッカの対応に、エルヴィスはその笑顔のまま幼い子供を窘《たしな》める時のような表情を浮かべてくる。
「あ。でも、その喋り方はダメだよ。レベッカはオレの婚約者《・・・》なんだから」
「……」
めっ、というお叱りの声さえ聞こえてきそうで、レベッカは若干の気色悪ささえ感じながら沈黙する。
そう――仮にも伯爵令嬢であるレベッカは、今、エルヴィスの婚約者という立場で常に彼と行動を共にしていた。
もちろんそれは任務のための偽装だが、それでも周りに自分たちの関係が演技だと知られてはならない。普段はきちんと、仲睦まじい婚約者同士を装っている。
とはいえ部外者のいない今くらい、王子の婚約者などという堅苦しい肩書は忘れさせてほしい。だが、こういった油断の積み重ねが不測の事態を招くものだ。それを思えば反論することもできずに、レベッカは己の胸に沸いてしまった苛立ちを懸命に押し殺していた。
「はい、殿下。ありがとうございます」
「だからその丁寧語もいいって言ってるのに」
にこりと最上級の微笑みを作り上げれば、エルヴィスはまだ満足いかないらしく、ふてくされたように唇を尖らせる。
「……そんなわけには」
「レベッカは優秀だけど頭が固いなぁ~」
「……」
困ったように微笑むレベッカへ、今度は恨めし気な目が向けられる。それにまたむかむかとした苛立ちが募っていくが、もちろんレベッカがそれを顔に出すことはない。
この上なく腹立たしいこの青年は声まで良い。だが、その喋り方と口調が全てを台無しにしている。
全てに秀でた神に選ばれたような人間などいない。きっとエルヴィスは、神の最高傑作とも言える外見をしている分だけ中身が残念にできているのだ。
「……殿下は本当に大物ですね」
命を狙われているとは思えないほど能天気なその姿は、呆れを通り越してむしろ感心してしまうほど。
「レベッカにそんなふうに思ってもらえるなんて嬉しいなぁ~」
「……」
嫌味のつもりだったのだが、空っぽの脳みそには通じないらしい。
レベッカが表向き婚約者としてエルヴィスの護衛を任されてから早一ヶ月。その間何度もなにかしらの形で命を狙われているが、エルヴィスが動じている姿を見たことは一度もない。
「あ、あと、〝殿下〟もダメ。オレはちゃんと言ったはずだよね?」
まるで忘れてしまったのかと言われているかのような物言いに、ついカチンときたレベッカは、呼びたくもない名前を口にしてしまう。
「……エルヴィス様」
王族を名前で呼ぶことができるのは、同じ王族を除けば婚約者のみに与えられた特権。
苦虫を嚙み潰したような顔だけは心の中に留めたが、その分作り笑顔が引き攣ってしまう。
「〝様〟もいらないんだけどなぁ~。まぁ、とりあえずは仕方ないか」
残念そうに肩を竦める姿すら、他の人であれば見惚れてしまうほどのものかもしれない。だが、レベッカは今すぐその顔にナイフを突き立ててやりたい気持ちを必死に押し殺す。
仕事柄、レベッカは常に冷静沈着でクールなイメージを持たれがちだが、元来の性格は割と熱血タイプの負けず嫌いだ。
と。
「……レベッカ様」
先ほど敵を追って姿を消した侍女《部下》が戻ってきて、レベッカはす……っ、と冷ややかな空気を纏ってそちらの方へ振り返る。
「なにか収穫は?」
「いえ……」
翳りを帯びた雰囲気で首を振られ、レベッカは眉を顰ませる。
「それが……」
そうして告げられた少女の言葉に、レベッカは「そう……」と小さな吐息を洩らし、エルヴィスはその横で「おやおや」というような呑気な態度で目を丸くしていた。
――「追い詰めましたが、自決しました」
未だ尻尾の掴めない敵に落胆の気持ちを覚えつつ、いつになったらこのポンコツ王子のお守りから解放されるのだろうと、レベッカは隣に立つ偽りの婚約者の顔をひっそりと睨み上げていた。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
レベッカの生家であるクロスシード伯爵家には秘密がある。その歴史は古く、王家と共に歩んできたとも言われているが、真相は定かではない。だが、それはあながち間違った見解ではないのだろうとレベッカは思っている。
レベッカは、兄と姉が二人ずつ、弟妹が一人ずつの七人兄弟だ。同じ敷地内に暮らす従兄弟たちも似たような家族構成のため、クロスシード家は大人数の一族だった。さらには、国中の至るところから孤児を引き取り、広い敷地の一角に建てられた施設で面倒を見ている。
クロスシード家は、莫大な財力を誇る由緒ある家柄であり、社会に貢献する誉高い名家でもあった。
だが、それはあくまでも表向きの顔。
――クロスシード家の裏の顔は、〝王家の犬〟。
諜報活動から時には暗殺まで、永い歴史の中で常に政治の裏で暗躍し、王家の――ひいては国を栄えさせるためにはなんでもしてきた、闇の部分を請け負う忠実な僕《しもべ》。
王に首を掻っ切って死ねと言われればそうするし、身体を差し出せと言われれば、男女関係なく脚を開く。
クロスシード家は一族全員そのために育てられており、孤児院の真の姿も、優秀な手駒を育てるための施設だ。
そんなクロスシード伯爵家本家に生まれたレベッカは、類稀《たぐいまれ》なる才能を発揮していた。姉二人のような妖艶さや色気はないものの、蒼と朱のオッドアイは宝石のように美しく、健康的で可愛らしい容姿をしている。記憶力・判断力・運動能力と、どれを取っても超一流の秀才だった。
だからこそ、今回、エルヴィスの婚約者役兼護衛としてレベッカが選ばれたのだろう。
国王、王妃、そして王太子の三者のみがクロスシード家の真の家業を認知し、当主へと命を下すことができる。そして、今回国王がレベッカの父親であるクロスシード家当主を通してレベッカへと命じた内容は……。
――婚約者として傍に仕え、エルヴィスを護り抜くこと――。
だった。
レベッカより四つ上、現在二十三歳の、正妃が産んだ唯一の子供である、見目麗しい王子様。
――レベッカは、この、能天気な第三王子、エルヴィスのことが嫌いだった。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
表向き婚約者として、常にエルヴィスの傍で護衛をすること早三ヶ月。
今日も今日とて、レベッカは呑気なエルヴィスの行動に振り回され、苛々していた。
しかも、極めつけがこれだ。
「! レベッカ様……っ! 申し訳ありません……!」
真っ青になって駆け寄ってくる、侍女に扮した部下――その名をリタという――の慌てように、嫌な予感が胸に湧く。
「いつの間にか殿下の姿が見当たらなくなっておりまして……っ!」
用を足しにエルヴィスの傍から離れた時間は僅かにも関わらず、その姿はどこにも見当たらない。
自分の犯した失態に震えるリタに、一体なにをしていたのだと叱責してやりたい気持ちも湧くが、今はそんなことに時間を割いている場合ではない。
「……すぐに追うわ」
レベッカは瞬時に着替えるとすぐに走り出す。
エルヴィスは、とにかく空気のように存在感が薄かった。そのため、レベッカでさえ、常に意識をしていないとすぐに視界から消えてしまう。
正直な話、先ほどのリタが、ふらっとどこかへ出て行ってしまうエルヴィスに気づかなかったとしても、仕方がないと思ってしまうほど。だが、レベッカたちはプロだ。一瞬の気の緩みも僅かなミスも許されない。
(どうしてあの人はすぐにこうふらふらと……っ!)
エルヴィスの気配を辿りながら、レベッカは内心舌打ちする。
あの人は、自分の立場をどこまでわかっているのだろうと考えて、わかっていればこんなことを繰り返したりはしないだろうと、ますます怒りは募っていく。
レベッカの特殊能力をもってすればすぐに見つけることは可能だが、その隙に刺客が現れたならどうするつもりなのかと、その胸ぐらを掴んで問いただしてやりたくなる。
(……こんな、超最高難易度の任務だなんて……っ!)
まさか護衛程度で自分がこれほど手こずらされることになるとは思っていなかった。エルヴィスの身に万が一のことがあったなら、死んで詫びる程度では許されない。
あの呑気な王子は、自分の行動が周りにもたらす影響を、全く理解していないのだ。
とはいえ、今回の任務においては、基本的にはエルヴィスの自由を奪わないという指示が盛り込まれているため、大人しく部屋に閉じ籠っていろと言うこともできないのが現状だ。
脳味噌が豆腐で出来たおめでたい王子様は、なにも考えていないだけに質《たち》が悪い。思いつきで動くから先の行動が読めない上に、頭を働かせていないために気配も感じにくい。
(! また城の外に……!)
城下町へと繋がる隠し通路の方にエルヴィスの気配を感じ取り、レベッカは頭が痛くなってくる。
エルヴィスが城を抜け出てお忍びで城下町へと遊びに行ってしまうのは、これで何度目のことだろう。初めての時も、追跡の魔術を行使しているからこそ隠し通路の存在にも気づけたが、そうでなければ完全に見失っていたに違いない。
――そう、レベッカは、簡単な魔術を操ることができた。
魔術は、誰もが扱えるものではない。レベッカには確かに才能があったかもしれないが、全ては血の滲むような努力の賜物だ。
レベッカの姉二人も有能だが、魔術は使えない。もしかしたらこういった事態も考慮して、レベッカがエルヴィスの護衛に選ばれたのかもしれない。
(脚だけは早いんだから……!)
鈍くさく、ことあるごとになにもない場所で躓いているエルヴィスの姿を思い出しながら、ついつい舌打ちが零れてしまう。
レベッカが全速力で追いかけているにもかかわらず、長い隠し通路が終わる頃になっても、エルヴィスの後ろ姿に追いつけない。
いつもそうだ。
エルヴィスが姿を消してからそう時間はたっていないはずなのに、なかなかその背中は現れない。脚の長さは認めるが、そういう問題ではないだろう。
(っ! いた……っ!)
隠し通路から雑木林を抜け、城下町に入ったところでエルヴィスの後ろ姿を見つけたレベッカは、そのまま傍に行くことなく、少し離れた位置から護衛することにする。
王宮内では仲睦まじい婚約者同士を演じていても、町中まではそうではない。お忍びでやってきているエルヴィスは、ここではただのエルヴィスだ。
しばし目を閉じ、千里眼の魔術で辺りの様子を窺うが、妖しい気配は感じられない。これならばわざわざ傍まで行く必要はないだろう。
「よぉ! エルヴィス。ちょうど良かった! 新作を手に入れたんだが寄ってくか?」
両脇に数々の店が建ち並ぶ大通りに入ってすぐ。エルヴィスへとそう声をかけてきたのは、恰幅《かっぷく》のいい酒屋の店主だ。
「あ。ほんと? それじゃあ帰りに寄らせてもらおうかなぁ~」
「おぅ! んじゃ、待ってるぜ?」
酒瓶は荷物になるからと、後での約束を結ぶエルヴィスは、浴びるように酒を飲んでも酔わないザルだった。酔っ払って絡まれても腹が立つが、いくら飲んでも酔わない姿は、それはそれでなんとなくムカムカしてしまう。
さらにその、間延びした語尾が緊張の欠片も感じられずに、さらにレベッカを苛立たせてくる。乙女心はなんとも複雑だ。
「あ。そういや、あの可愛い子ちゃんは今日は一緒じゃないのか?」
そこですぐに話は終わりかと思いきや、ふいに店主から洩れた笑みに、レベッカは陰でぎくりとする。
「レベッカのこと?」
きょとん、と向けられる紫電の瞳は、ひたすらに純粋だ。
エルヴィスのお忍びは、こうして町の人々と気楽に会話を交わし、名前を覚えられてしまうほどには常習犯《・・・》だ。結果、ここ最近ではエルヴィスと共にレベッカも彼らと顔見知りになってしまっていた。
「とうとう愛想つかされてフラれたかぁ~?」
「っ! フラれてないよっ」
カラカラと楽しそうに笑う店主へ、むきになったエルヴィスの子供じみた瞳が向けられる。
「お前がいいのは見た目だけだしな。まぁ、仕方ねぇか」
「だからフラれてないってば!」
フラれるもなにも、そもそもエルヴィスとレベッカはそんな関係ではないのだが、まさか町の人たちにまでそう思われているのかと思うと本気で頭が痛くなってくる。
「お前みたいなヤツの傍にいてくれる子なんてなかなかいねぇぞ~? 大切にしろよ?」
「もちろん」
(っ!)
即答するエルヴィスは満面の微笑みだ。
わかっている。これは、エルヴィスがレベッカと行動することが自然に見えるための言い訳だ。いくらエルヴィスのオツムが子供以下でも、それくらいの計算はできるだろう。だから、その言葉が本気だなどということはありえない。
ありえない、のに。
「おっ、言ったな」
「だって、本当に大切な子だし」
(……っ!)
にっこりと。まるで本心から言っているかのような甘い笑顔に、レベッカはぐっと唇を噛み締める。
頭に花の咲いた無能のくせに、演技だけは超一級なのだから質が悪い。
「かぁ~! 惚気かよっ! エルヴィスのくせに!」
「ごめんねぇ~。やっと手に入れた子だから嬉しくて」
ご丁寧に、そんなバックグラウンドまで作らなくていいものを、あの口は一体なにを言っているのだろう。
「せいぜい見離されないようにな!」
「酷いなぁ~」
がははと豪快に笑う店主に、エルヴィスはあくまで笑顔のまま苦笑する。
「うん。でも、絶対に離さないって決めたから」
その言葉からは、どこか決意のようなものさえ滲み出る。
そこまでの演技をする必要などどこにあるというのだろう。
「熱いこって!」
店主はバシバシとエルヴィスの背中を叩き、そのままその背を押し出した。
「じゃあ、あとでな!」
「うん。またね」
さすがに少しばかり痛かったのか、僅かに目を顰めながら、エルヴィスは店主に送り出されていた。
次にエルヴィスが引っ掛かったのは、三軒隣のケーキ屋だ。
「あらぁ。エルヴィスちゃんじゃない。ちょうど良かった! アップルパイが焼き立てだよ?」
「ほんとうっ? もらうもらうっ」
ふくよかな中年女性に声をかけられ、目を輝かせたエルヴィスは大の甘党だ。与えられた公務をだらだらとこなしながらも、十時と三時のお茶の時間は欠かさない。そしてお茶のお伴は、いつもレベッカが胸焼けしそうなほどの甘味ばかりが並んでいる。これであの体型が維持できているのだから殺意が浮かぶ。
ちなみにエルヴィスに付き合って一口二口一緒にお茶菓子を食べるようになってから、レベッカには肉がついたように思う。――それも、なぜか胸元に。
世の女性たちには羨まれるような事態だが、現実問題、レベッカの仕事柄、ふくよかな胸は邪魔なだけ。ハニートラップを仕掛けるような任務ならば重要だが、レベッカにその手の仕事が回ってくることは一切ないから無用の長物だ。
「タイミングが良かったわ」
「ほら、普段の行いがいいから」
「どの口がそれを言うのかしらねぇ?」
元々寂しかった膨らみが心なしか育っているのを確認するかのように、レベッカが己の胸元へちらりと視線を落としていると、エルヴィスと女性とのおかしそうな会話が聞こえてくる。
「レベッカへのお土産にするから、後でオレが食べる分と二つ包んでくれる?」
(!?)
当然のように出た己の名に、レベッカがドキリと鼓動を刻む中。
「はいよ」
それを特になんの疑問も抱いていないかのような女性の返事が響き、レベッカはきゅっと拳を握り締める。
お土産、など。まるで当たり前のように極自然と行動するのは本当にやめてほしい。
しかも。
「ここのアップルパイ、前にレベッカがすごく美味しそうに食べてたから」
(……っ!?)
持ち帰るものとはまた別に、その場ですぐに出来立てのアップルパイへ齧り付きながら告げられた言葉に、レベッカは激しく動揺する。
「おやまぁ! それは嬉しいねぇ……!」
女性はにこにこと嬉しそうに笑っているが、激しい動悸に襲われたレベッカには喜ぶどころではない。
確かに以前、お茶の時間にエルヴィスと食べたアップルパイは絶品だった。だが、それを口に出して伝えた覚えも、さらには顔に出した覚えもない。
「普段澄ました顔してて、それも綺麗で可愛いんだけど。このアップルパイを食べた時、なんだか幸せそうな目をしてて……。ちょこっとだけ笑った口元とちっちゃな吐息が、それはもう……っ!」
可愛くて! と拳を握り締めて語るエルヴィスに、女性はにこにこしながら「はいはい」と頷き返している。
まるで聞き慣れているかのようなその対応は、一体どういうことなのか。
「そういえば、そのレベッカちゃんは今日は一緒じゃないのかい?」
「今日はちょっとね」
そこで、今さらながらきょろきょろと辺りを見回す女性へと、エルヴィスは笑顔を崩さぬままに意味ありげに肩を竦めてみせる。レベッカが傍にいようがいまいが、エルヴィスは思い立つがままにふらふらと城を抜け出していくから、エルヴィス本人も「そういえばいないな」くらいの感覚なのだろう。
本当に、命を狙われているという自覚があるのかどうか疑わしい言動だ。
「喧嘩でもしたかい」
「っしてないってば!」
そんなエルヴィスの反応をどう取ったのか、目を丸くして尋ねてくる女性の言葉を、エルヴィスはすぐに否定する。
「どうしてみんな、そうやってすぐにフラれたとか喧嘩したとかオレが悪いみたいなこと」
それから、ぷぅ、と頬を膨らませる様は、とてもいい大人がする真似ではない。……もっとも、それさえ許されてしまうのは、エルヴィスが美形だからだろう。
美形だという理由だけで大抵のことが許されてしまうこの理不尽さ。レベッカには腹立たしくて仕方がない。
「あはは。悪かったね。でも、それはほら……、仕方ないだろう」
そう。誰もに〝仕方がない〟と納得されてしまうほどには、エルヴィスの体たらくぶりは認識されている。
「酷いよ! みんなそういう反応するんだからっ」
ジト、とふてくされたように睨まれても、女性が動じることはない。
「あんな器量よしな子。心配にもなるだろ」
言外で、いつかエルヴィスがフラれやしないかみんな心配していると告げてくる女性の言葉に、ついにエルヴィスは瞳に涙を浮かばせる。
「レベッカはそんな子じゃないよ!」
その否定はどういう意味なのか。
「わかってるよ。アンタのいいトコをちゃんとわかってアンタを選んでくれたんだろ?」
そんなエルヴィスに女性は宥めるような笑みを浮かべ、瞳には柔らかな色を乗せる。
「あれだけの別嬪さんだ。もっと甲斐性のあるいい男はいっぱいいるだろうに。本当にいい子だね」
その微笑みに、なぜかズキリとした痛みを感じたのは気のせいか。
エルヴィスの傍にいるのも、仲の良いふりをしているのも、全てレベッカへと与えられた任務のため。
それ以上でも以下でもない。レベッカはこのために育てられ、過酷な修行を積んできたのだから。
「……なんかオレ、さりげなくバカにされてない?」
「あはは。そりゃすまないねぇ」
楽しそうに笑いながら、「でも仕方ないだろ?」と向けられるからかいの眼差しに、エルヴィスは仄かな微笑を浮かばせる。
「うん。オレには勿体ないくらいの子だよ」
(……!)
その言葉が、対外向けのものであることなどわかっている。
レベッカとエルヴィスは、本当の婚約者ではないのだから。
「せいぜい愛想つかされないようにね」
「みんなして同じこと言う!」
う~、とふてくされるエルヴィスの子供じみた反応は、女性の笑みを誘うだけ。
「それは悪かったね」
とてもそうは思っていない笑顔で謝られたエルヴィスは、やはり年齢不相応に唇を尖らせていた。
「あら、エルヴィスじゃない」
今度は花屋の前。赤いエプロンが似合っている、少しだけ年上の若奥様に声をかけられ、またまたエルヴィスの足は止まっていた。
「今日は彼女は?」
ここでも出るのはレベッカのこと。
レベッカがエルヴィスの護衛についてまだ三ヶ月。一緒に町中を歩いたことは、片手で……、は数えられないかもしれないが、それでもその程度。にもかかわらず、そこまで印象的だったのかと思ってしまう。
「もしかしてもうフラれ……」
「てないってばっ!」
口元を手で覆い、あらあら、とわざとらしく目を大きくした若奥様に、エルヴィスの慌てたような声が上がる。
「喧嘩したなら花でも買っていく?」
「だから喧嘩もしてないし!」
それもきっぱりと否定したエルヴィスは、どうして誰も彼もそういう思考に到るのかと打ち拉《ひし》がれつつ、弱々しい目を上げる。
「……でも、花はもらう」
しくしくと悲しむように肩を落としながらも購入の意思を見せ、エルヴィスは若奥様の背後で咲き誇る花々へと視線を向ける。
「毎度あり。どれがいい?」
「レベッカに似合いそうなのを、小さな花束にしておいて。帰りに取りに寄るから」
傷んでしまったら困るからと、酒屋と同じように取り置きを依頼して、ここでもエルヴィスはレベッカのための花を注文する。
「了解」
そんなエルヴィスの要望を快く引き受けた若奥様は、次に感心したかのような吐息を洩らす。
「にしても、随分な入れ揚げようねぇ?」
「もう瀕死だから」
「溺死?」
……それは、レベッカを溺愛しすぎて息ができなくなっているという意味だろうか。
へら、と笑うエルヴィスに若奥様が問いかければ、その顔はますますだらしなく緩んでいく。
「だって、可愛いんだもん」
だもん、などという語尾を、成人したいい男が使わないでいただきたい。
もはやいろいろなことを諦め、悟りを開きつつあるレベッカだが、再びずきずきとした頭痛に襲われる。
「普段は澄ました顔してるのに、最近は笑ったり怒ったり」
笑っているのは表面上だけのことで、一方、怒る時は無駄だと知りつつ、一応本気で怒っている。
「アンタに対しては怒ってるイメージしかないけどね」
怒ったり呆れたりの間違いじゃない? と楽しげに笑う若奥様の見解は、正解そのものと言っていい。
とはいえ、まさか、数度しか会ったことのない彼女たちからもそう認識されているのかと思えば、いろいろな意味で複雑だけれども。
「それを言う!?」
自覚があるのか、こちらもわざとらしく傷ついた様子でエルヴィスが声を上げる。
「それはアンタが悪いんでしょ。ヘタレのアンタには、しっかり者のレベッカちゃんが付いててやっと一人前なんだから」
それで一人前になれるだろうか。エルヴィスのマイナス要素が強すぎて、レベッカは口元を引き攣らせる。
このポンコツ王子のお世話は、任務期間中だけで充分だ。一秒でも早く事態を解決して、エルヴィスからさっさとおさらばすることだけが今の希望。
「大切にしなさいよ?」
「もちろん。今は目下、綺麗な花を咲かせるためにいっぱい愛情を注いでる最中だから」
向けられる微笑みに、それ以上のにこにこした笑顔を返し、エルヴィスは幸せそうに笑う。
それはまるで、日々観葉植物に水をあげながら、その成長ぶりを楽しむことを趣味としている人間のような発言だ。
「はいはい、ご馳走さま」
「あーっ! 聞いてない……っ!」
呆れたような表情でしっしっと手を振る若奥様へ、エルヴィスは惚気足りないとばかりの声を上げる。
「それ以上は本人に言いなさい」
「レベッカは優しいけど手厳しいの知ってるでしょっ」
エルヴィスの自由な振る舞いに付き合って傍にはいるものの、一方で常にお説教の絶えないレベッカの姿は町の人々の誰もが知るところだろう。
エルヴィスの甘えをいつも適当にあしらっているレベッカのことを「手厳しい」と哀しげに呟いているエルヴィスに、陰に隠れたレベッカは動揺で瞳を揺らめかせる。
エルヴィスの傍にいるのは、それがレベッカへと与えられた職務だからだ。繰り返すお説教も、レベッカの感情から来ている部分も過分に含まれているけれど、その根っこにあるものは〝エルヴィスの身の安全を確保するため〟。つまりは、こちらも任務のため。
レベッカが優しいわけでもなんでもない。
「じゃ、また後でね」
ひらひらと手を振る若奥様に追い出され、エルヴィスは花屋の前を後にしていた。
その後、結局エルヴィスはあちらこちらの店にふらふらと立ち寄りながら、最終的にはこの町でできた友人たちと居酒屋で過ごしていた。
半地下にあるその店は少しばかり妖しい雰囲気を醸し出してはいるものの、以前レベッカもエルヴィスに連れられて訪れたことがある場所で、気のいい男性陣の溜まり場となっているような店だった。
そうして昼間からお酒を飲んだらしいエルヴィスが、機嫌よさげに再びあちこち立ち寄りながら城に戻るまで神経を張り詰めながら見守って、レベッカはとりあえずの安堵の吐息を洩らしていた。
城内だからといって決して安全なわけではなく、今までもところ構わず、手段も選ばず、あの手この手でエルヴィスは狙われていた。それでも城の外よりは中の方が遥かに安全には違いない。そもそも、王宮内へ刺客が入り込めてしまうこと自体がおかしいのだ。このことからも、王宮内の人間の手引きがあることは間違いなかった。
「はい。お土産」
「……なんですか?」
にこにこと差し出されたそれに、それがなんであるかわかりつつ、レベッカは冷めた目を向けていた。
ここはすでに王宮内のエルヴィスの私室。他人の目のないこんなところでまで〝仲睦まじい婚約者〟を演じる必要はないため、レベッカの対応は淡々としたものだ。
「だから、プレゼント」
素っ気ないレベッカの態度にも怯《ひる》むことなく、エルヴィスは満面の笑みを浮かべたまま。
「ですから、こういうものは……」
眉を顰め、いただくわけには参りません、と他人行儀に遠慮するも、エルヴィスがその手を引っ込める気配はない。
実際こんなやりとりは日常茶飯事で、その度に折れるのはレベッカの方なのだ。ならば初めから諦めればいいのだが……そこは一応、立場の違いというものをきちんと主張しなければならないだろうと思っている。
「お礼の気持ちだから」
「……お礼……?」
なんのことかと戸惑うレベッカへ、エルヴィスはにこにこと口にする。
「近くで見守ってくれてたでしょ?」
「! 気づいて……っ!?」
レベッカへと与えられた任務を考えれば、例えエルヴィスから見える場所にいなかったとしても、近くにいるのは当然のこと。少し考えればすぐにわかることなのに、つい驚いてしまったレベッカへ、エルヴィスの邪気のない笑顔が向けられる。
「ん~ん? なんとなくレベッカならそうするだろうなぁ~、って。プロだから」
ね? と確信を持って問いかけてくる笑顔は、本当に年齢不相応に子供っぽい。
「ありがとう」
本心から言っていることがわかる、なんの計算も裏もない優しい微笑み。
やっぱりこの人のことは嫌いだ、と、レベッカは唇を噛み締める。
エルヴィスの手の中には、白を基調とした花の中に、くすみピンクの薔薇と赤いアネモネが存在を主張する小さなブーケ。「あとで一緒に食べようね」と掲げられた紙袋には、アップルパイが入っているのだろう。
「……ありがとう、ございます……」
渋々と受け取って、レベッカは一応の謝礼を口にする。
これがきっと、形に残るものならば受け取らない。それをわかっているのかいないのか、エルヴィスがレベッカに贈ってくるものは、いつも食べたり時間がたったり、使ってしまえばなくなってしまうものばかりだ。
「いつも本当にありがとう」
――ピンクの薔薇が示すのは、感謝の気持ち。
――赤いアネモネの花言葉は「君を愛す」。
それらは、花屋の女性が選んだもの。
エルヴィスはもちろんレベッカも、花言葉など知るはずがない。
だからこれは偶然で。
「うん。やっぱりレベッカには赤が似合うね」
満足そうに笑うエルヴィスに、レベッカは手に持った花束をぎゅっと握り締めていた。
二章 彼女と髪留め
常に周りを警戒し、機微を察し、物事の裏側を見るようにして生きてきた。それは物心ついた頃から、空気を吸うかの如く自然に。なぜならそれがクロスシード家に課せられた使命だから。
両親や兄弟姉妹の愛情を疑ったことはない。だが、そんな肉親の愛情も、王命の前では二の次三の次となることもわかっている。
レベッカが初めて任務を与えられたのは六歳の時。どこかの御令嬢の身代わりに誘拐されることだった。すでにクロスシード家の人間としての英才教育は始まっていたものの、それでもまだまだ未熟すぎる子供へと課された仕事。身の保障などどこにもない囮捜査に己の娘を使うことに、両親の迷いは見えなかった。
それを恨んだり悲しんだりしているわけではない。今のレベッカが同じことを求められたら、両親と同じことをするだろう。
けれど、だからこそ。
だからこそ、裏表がどこにもなさそうに感じられるエルヴィスの笑顔が苦手なのだ。
エルヴィスはレベッカの護衛対象。警戒するに値しない存在。もしエルヴィスに害をなされたとしても、それはむしろ甘んじて受け入れなければならないこと。
だから……。
今日も今日とてエルヴィスの自由気ままな行動は止まらない。
「! エルヴィスさ……、エルヴィス!」
町へ入る一歩手前でその背中に追いついたレベッカは、少しだけ迷った後に、今日は声をかけていた。
「あ。レベッカ~」
途端、ふにゃり、と緩んだ顔を向けられてレベッカの眉根が吊り上がる。
「だから勝手にふらふら出ていかないようにと言っているじゃないで……、いるでしょう!?」
城内で第三王子とその婚約者の御令嬢を演じている時は敬語だが、お忍びで町へ降りる時までそうではない。ラフなシャツとズボンを穿いたエルヴィスと、ケープ付の白いブラウスにチェックのスカートを穿いたレベッカは、どこからどう見ても普通の青年と町娘だ。
それでもついついですます調が出てしまうレベッカへ、反省の色一つ見えないエルヴィスの謝罪が返される。
「ごめん、ごめん。確か今日、ミトさん家の新作発売日だと思ったら居ても立っても居られなくなっちゃって」
ミトさん、というのは、先日アップルパイを買ったケーキ屋の若奥様だ。不定期に出される新作ケーキの情報は、エルヴィスだからこそ知り得たものに違いない。
「一言声をかけてくだ……、かけて、っていつも言っているでしょう!?」
エルヴィスが行きたいと言ったなら、レベッカに拒否権など当然ない。だから邪魔をすることなどないと告げれば、エルヴィスはいつも通りヘラヘラと笑いかけてくる。
「レベッカは本当に優しいねぇ~。いつも付いてきてくれるんだから」
「っだからそれは……っ」
初めて護衛の任に就いた時から、エルヴィスはレベッカに甘えた笑顔を向けてくる。
まるで心を許しているかのようなそれは、なぜかいちいちレベッカの心を揺るがした。
エルヴィスに従うのも、いつも傍にいるのも任務のため。そこにレベッカの意思など必要ない。
ただの義務でしかないそれらの行動を、〝優しい〟と言われたり〝ありがとう〟と感謝される度に居心地の悪さを感じてしまうのだ。
「ん」
と。ふいに差し出されたエルヴィスの大きな手。
「……?」
「だから、手」
再度、はい、と掌を上向けられ、レベッカは理解不能だと眉根を寄せる。
「手、繋ご? そしたら離れられないでしょ?」
「!」
そうしてにこにこと笑いかけられ、レベッカはそっとエルヴィスから視線を外す。
「……また変に勘繰られたら困るでしょう?」
なんだか心臓が変な鼓動を刻んでいる気がするのは気のせいだ。
いい大人が、迷子にならないようにと手を繋いで歩くのはおかしなことだろう。もし、年頃の男女が手を繋いで歩いていたとしたら、それは。
「? 変、て、なにが?」
「っ。だから、コイビトドウシ、とか」
きょとん、と向けられる不思議そうな眼差しに動揺する。
「それのどこが変なの?」
「どこ、って……」
どう考えても変なところだらけだろう。
けれどエルヴィスは、そのまま首を傾げてレベッカのことを見下ろしてくる。
「変なレベッカ」
極々普通の声音でそう言われてしまうと、自分が考えすぎているだけなのだろうかと、〝常識〟がわからなくなってくる。――否、絶対に常識外れなのはエルヴィスの方なのだけれど。
「……私が?」
「そう。変なのはレベッカだよ。はい」
なぜだろうか。その紫電の瞳に見つめられると、逆らえなくなってしまう。
紫の瞳は、王家の血を継ぐ者のみに現れる色だという。だから、犬であるレベッカは従わされてしまうのだろうか。
まるで吸い寄せられるように伸びた手を、エルヴィスが嬉しそうに取ってくる。
しっかりと繋がれた手は、とても温かい。
「いつも思うけどレベッカの手は小さいよね」
「……普通よ」
エルヴィスと手を繋ぐという行為自体は初めてのことではない。婚約者を演じている手前、式典や夜会などに参加した際には手を繋いだり腰を抱かれたりは普通のこと。
だから改めてしみじみと告げられて、レベッカは居心地悪そうに目を逸らす。
「やっぱり女の子だね。華奢なのに柔らかくて可愛い」
可愛い、は余計だ。見た目はともかく、中身が伴わないことはわかっている。そしてその外見すら冷めた内面が滲み出ているだろうから、素のレベッカの評価は「可愛くない女」に違いない。
「ちょっと力を込めれば壊れちゃいそうなのに強いし」
「……エルヴィスに壊されるほど柔じゃないわ」
ほんの少しだけ抱いてしまう緊張感は、慣れない言葉遣いのせいだ。
「そ?」
「当たり前でしょ!」
疑うように笑われて、カチンとなって言い返す。
レベッカはあらゆる戦闘訓練を受けたプロだ。だらだらと好き勝手に遊んでいるエルヴィスと一緒にされたら堪らない。
「んじゃ、今度試してみる?」
それなのに、なぜか挑発するような悪戯っぽい目を向けられて、レベッカはぽかん、と瞳を瞬かせてしまう。
「は?」
試す、とは、手合わせでもするつもりだろうか。
と。
「っ!」
一瞬。本当にほんの一瞬だけれど、敵意の混じった視線を感じ、レベッカは神経を張り詰める。
「……どうしたの?」
「付けられている気配が」
さすがにレベッカの変化には気づいたらしいエルヴィスが不審そうに顔を顰める。
「……そ、っか」
いくら能天気なエルヴィスでも、事態を把握できないほど馬鹿ではない、と信じたい。
やれやれとでも言いたげに肩を落としたエルヴィスは、次ににっこりと楽しそうな笑みを浮かべてくる。
「それじゃあ、ますます仲の良さを見せつけてあげないとね」
「は?」
レベッカがその言葉の意味を理解するより前に腰を抱き寄せられ、体温を感じるほど密着した身体に、思わず動揺してしまう。
「なにを……っ」
「もしあちらさんがオレのことを第三王子《エルヴィス》だと確信できていないなら、ただの恋人同士だと認識してくれた方がいいでしょ?」
エルヴィス、という名前も、レベッカ、という名前も、決して珍しいものではない。それでも本来であれば、お忍びで町に出る際には偽名を使うべきだった。それが出来なかったのは、エルヴィスが昔から本名のままふらふらしていたからだ。すでに〝エルヴィス〟と認識されてしまっているのに、今さらそれを変えることができるはずもない。
レベッカに関しては手痛いミスだったと、思い出す度に自己嫌悪に陥ってしまう。その辺りの相談をするより前に、例の如くエルヴィスが城から消えてしまったのだ。慌てて追いかけ……、なんの打ち合わせもしていなかったため、居合わせた町人にレベッカはレベッカとして紹介されてしまったという経緯があった。
この時、当然のようにレベッカの名前を口にしたエルヴィスには本気で驚いた。驚いて、エルヴィスのことを本物のポンコツだと認定した。
エルヴィス自身の名前は仕方がないとはいえ、一体なにを考えているのかと。……なにも考えていない結果がこれなのだけれど。
「それは……」
第三王子エルヴィスと、その婚約者のレベッカ。この組み合わせの名前を耳にして、第三王子の婚約者まではさすがに把握していない町人たちはともかくとして、刺客がただの偶然だと思ってくれる可能性は低いだろう。
それでも、万が一、他人だと勘違いしてくれるのであれば、それに越したことはない。だが、そんな低い可能性に賭けるほど、レベッカは楽天家ではない。
「まさかこれがあのエルヴィスとレベッカのはずはない、って思わせるくらいいちゃいちゃして見せればいいんだよ」
「……そんなこと……」
できるはずもないし、それで誤魔化されてくれるとも思えない。
けれどそうにっこりと笑うエルヴィスは、やはり脳味噌が沸いているのだろう。
とはいえ、今のレベッカは、万が一のことが起こった時に即時に対処できるよう、ただ警戒を怠らないようにするだけのことしか術がない。
なんだかんだと言いくるめられている気がしなくもないが、レベッカは意識を遠くへ向けながら、エルヴィスに付き従っていた。
「あ! 見て見てっ、レベッカ。旅の行商さんが来てる!」
その一方で緊張感の欠片も見当たらないエルヴィスは、通りの一角で店を広げる見慣れぬ商人の姿を見つけ、嬉しそうにレベッカを連れて行く。
「へいっ。っらっしゃい」
旅の行商人、とエルヴィスが判断したのも当然で、そう笑顔で二人を出迎えた褐色の肌をした青年の言葉は訛っており、身につけた衣装も異国風のものだった。
「うわぁ~。なんか珍しいものばっかり」
「おっ、兄ちゃんよくわかるな! この辺じゃ手に入らないものばかりだぜ」
ひっくり返した酒瓶の空箱を机代わりにシーツを引き、その上に並べられた数々の装飾品を興味津々と覗き込むエルヴィスへ、行商人はニカッと白い歯を覗かせる。
「こっちは真珠のイヤリングで、こっちは珊瑚から作られたペンダントで……――」
陽気な性格をしているらしい青年は、次から次へとそれらの装飾品を紹介し――。
「ねぇ、どれがいい?」
「……え?」
ふいに振り向いたエルヴィスに笑顔で尋ねられ、レベッカはきょとん、と目を丸くしてしまっていた。
「オレはこの、ピンク珊瑚の髪留めなんて似合うと思うんだけど」
似合う、とは、誰に、だろうか。
「それはなかなかのおすすめ品だぜ? 一点ものにも関わらずこのお値段だ!」
どうだ! と胸を張る青年を背景に、エルヴィスの期待に満ちた瞳が向けられる。
「どう?」
「……どう、って……」
「気に入らない?」
この流れからすると、エルヴィスが購入しようとしているのはレベッカのもの以外あり得ない。
だが、さすがにそれはどうかと思うのだ。
装飾品を買うつもりなら、それは母親か誰かに贈ればいいだろう。
「……いえ、可愛い、とは思う、けど……」
「姉ちゃんもこの価値がわかるなんてお目が高い!」
さすがに店主の前で「いらない」と突っぱねることもできずに、しどろもどろと返事をするレベッカへ、青年は己の膝をバシッ! と叩いて大袈裟な感動を表現する。
エルヴィスが指し示した指の先には、金縁に白い花や草の模様、そしてピンク珊瑚でできた大きな薔薇の花があしらわれた髪留めが置かれていた。
陽の光で輝くその装飾品は美しく、純粋に素敵だとは思うけれど、それを素直に言葉にすることは難しい。
購入する気満々なエルヴィスを、どうしたら止めることができるだろうか。
「今なら初めてのお客さん、てことで、こっちのイヤリングのおまけ付きだ!」
どうだ!? と気合いの入った青年は、どうやらここへはまだ来たばかりらしい。
「買った!」
「!? ちょ、ちょっと、エルヴィス……ッ!」
と、青年の勢いに乗せられたエルヴィスが即決する。
当然慌ててそれを止めかけたレベッカだが、それはやれやれ、という青年の溜め息を前に停止する。
「ここまで来て待ったはなしだぜ? 姉ちゃんよぉ」
「そんなことを言われても……」
エルヴィスの散財癖は知っている。今までも、食べ物や花に始まり、物珍しいお香や入浴剤やらと、いろいろなものを受け取ってきた。
だがそれらは全て、形としては残らないものばかりだったから。
ここに来て突然装飾品を贈られるなど、どうしていいかわからない。
「こういう交流は大事だから」
「エルヴィスのはただの散財癖でしょ……!」
にこにこと悪びれなく笑うエルヴィスへ、レベッカはそれは違うと断言する。
けれど、一度購入を決めたエルヴィスが、レベッカの説得に耳を貸すはずもなく。
「いいからいいから」
自分が押しに弱いタイプなのかもしれないと思ったのはここ最近だ。
「はい。ちょっとそっち向いて」
言われるがままに少し横を向けば、意外にも器用な指先がレベッカの葡萄酒色の髪を緩く結い、パチリと髪留めが飾られる。
「おっ。いいじゃねぇか」
「うん。似合う似合う。すごく可愛い」
口笛混じりの行商人の声と、満足そうなエルヴィスの笑顔に、なんだか居心地の悪さを感じてしまう。
「じゃあ、このまま貰っていくね」
「毎度あり~!」
あっさり代金を手渡すエルヴィスに、青年はほくほく顔でそれを受け取り……。
「ちょ……っ」
「……レベッカ」
制止の声を上げかけたレベッカを、エルヴィスの強い瞳が制止する。
「……」
こんな時だけ強制力を持つ紫色は、例えポンコツだとしてもエルヴィスが紛れもなく王族だからだろうか。
「~~~~っ」
レベッカはぐっと拳を握り締め、あちらこちらへ視線を彷徨わせ――。
「……今回だけだから」
「うん。ありがとう」
ぽつり、と溢した了承に、エルヴィスがにこにことレベッカを見下ろしてきて、なんとも居たたまれない心地にさせられる。
ありがとう、という感謝の言葉は、本来贈り物を受け取った側の人間が言うことだ。
「ちゃんと着けてね」
どこかに仕舞っておくのではなく、ちゃんと使ってほしいと笑顔を向けられ、レベッカはしばしの間の後、「……はい」と小さく頷いた。
品が品だけに身につけていなければすぐにわかってしまうから、これからは毎日、頭にこの髪留めを飾らなければならないということになるのだろうか。とはいえ、一点モノ、という話だから、〝第三王子の婚約者〟としてのレベッカがこれをつけることは不可能だ。つけるとしたら、〝町娘のレベッカ〟でいる時に限られるだろう。髪留めから同一人物であることを悟られるような初歩的ミスは冒せない。
「あ、あとこれも」
「え……」
それからついでとばかりに〝おまけ〟のイヤリングを渡されて、レベッカは一瞬時を止める。
〝おまけ〟は〝おまけ〟だ。髪留めの付属品のようなもの。それでも。
「いらなければ誰かにあげて」
「…………」
すでに目的は果たしたとばかりににこにこと笑いかけてくるエルヴィスに、レベッカはどうしたものかと答えに迷う。
それならば自分で近しい誰かにあげればいいと思うのに、あくまでエルヴィスはレベッカに、そのイヤリングの処遇を委ねるつもりのようだった。
「……今度の、パーティーなら……」
「ん?」
ぼそ、と零れたレベッカの呟きに、エルヴィスの甘い瞳が向けられる。
ちょうど一週間後、王宮では社交パーティーが開かれる予定だった。
定期的に開かれる王家主催のパーティーは、当然エルヴィスも出席しなければならないため、表向き婚約者であるレベッカも否応なく参加することになっている。
だから、その時に。
「……今度の、パーティーで。付けさせてもらいマス」
その真珠のイヤリングを耳元に飾ってパーティーに出てもいいと告げたレベッカに、エルヴィスは本当に嬉しそうな笑顔になる。
「うん。ありがとう」
楽しみだなぁ~、と浮かれたエルヴィスに手を取られて歩き出すと、背後からは「毎度あり~!」という威勢の良い声が響いてくる。
二人はその声に送り出されるように大通りを歩いていき……。
「どう?」
レベッカがいつも以上に神経を張り巡らせているのを察してか、窺うようにかけられたエルヴィスからの問いかけに、レベッカは厳しい表情を浮かべていた。
「……まだ付けられてますね」
「それは困ったねぇ~」
そう肩を落としつつ、エルヴィスの口調は相変わらずのほほん、としたものだ。だが、それに苛立ちを感じる余裕もなく、レベッカはどこからか感じる監視の視線に神経を研ぎ澄ませる。
相手もそれなりの手練れなのだろう。不快な空気を感じても、潜んだ位置を掴ませるような真似はしない。
恐らくはそれなりの距離があるのだと察するが……。
「ねぇ、レベッカ」
「はい」
レベッカの意識は完全に敵《・》へと向いていた。
こちらが気づいていることを悟らせないよう、慎重に目だけをあちらこちらへ投げて敵の位置を把握しようとしていたレベッカは、横からかけられた呼びかけに、ただの反射で返事をしていた。
だから。
「キス、しよ?」
「…………。……!? へっ!?」
突然肩を引き寄せられ、悪戯っぽく告げられたその言葉に、レベッカは驚愕する。
「甘々な恋人同士なわけだし」
「……は……っ?」
耳元でそっと艶っぽい囁きを落とされて、そのこそばゆさに首を竦めながらわけがわからないと目が泳ぐ。
この人は、一体なにを言っているのだろう。
もしかしたら、自分がおかしな幻聴を聞いてしまっただけだろうか。
「こっち」
けれど、思いの外強い力で腕を引きながら、エルヴィスはずんずんと裏通りに入っていく。
「ちょ……っ、エルヴィ……ッ」
わけがわからず、レベッカはらしくもなく混乱する。
エルヴィスと関わるようになってから、レベッカの調子は狂いっぱなしだ。
「エルヴィス!?」
そこは、人気のない裏通路。
ぐいっ、と腕を引かれたかと思うとくるりと身体が反転し、背中に冷たい壁の感触がした。
「――っ」
目の前には、上から覆い被さるかのようなエルヴィスの綺麗な顔がある。
「待……っ、これじゃ……っ」
その至近距離にもドキリとするが、今はそこを気にしている場合ではない。
壁に押し付けられたレベッカに覆い被さるエルヴィスは、背中が完全にがら空きだ。
この位置関係では、なにか起こっても瞬時にエルヴィスを守れない。
「いいから黙って」
ぐい、と顎を持ち上げられ、目の前に迫った紫電の瞳に動揺する。
「エルヴィ……ッ」
ふわり、と、春の草原で感じるような、爽やかな薫りがした。
「ん……っ」
刹那、唇に触れた柔らかな感触。
「――――っ!?」
近すぎて焦点の合わないエルヴィスの綺麗な顔と、塞がれた唇の感覚に、キスをされていることを理解した。
だが、なぜこんなことになっているのかわからず混乱する。
――どんな時でも冷静であれ。
幼い頃から叩き込まれている教えが、がらがらと崩れ去っていく。
「ん――っ!」
恐らくは、この隙を狙われたなら、レベッカは対処できないだろう。
ぎゅう……っ、と固く目を瞑り、なにをしているのだと訴えるように腕を突っぱねるも、硬いエルヴィスの胸元はぴくりとも動かない。
接近戦も、身体を拘束されかけた状態からの反撃法も、身体に染み込まされているはずなのに。
「……ふ……っ」
「……ねぇ」
ほんの少しだけ唇が浮いた合間に、エルヴィスの甘い吐息が落ちてくる。
「初めて?」
近すぎる紫の瞳がぼやけて見えた。
吐息が唇にかかるほどの至近距離。
「……え?」
「キスするの、オレが初めて?」
真剣な瞳が真っ直ぐレベッカを射貫いてきて、少し遅れてその意味を理解した頭が沸騰する。
「な……っ!?」
余りの動揺に言葉を失ったレベッカの大きな瞳を見つめたエルヴィスは、ふわりと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……そっか。それは嬉しいな」
なぜかエルヴィスの方が照れたように口元を緩め、親指の指先がレベッカの唇を右から左へと辿っていった。
「それじゃ、もう一回ね」
「!?」
再度近づいてきたエルヴィスの顔に唖然とする。
「ん……っ」
二度目の口づけは先ほどと同じように柔らかく、とても優しいものだった。
「レベッカの唇、柔らかくて甘い。癖になりそう」
すぐに離れた口づけの合間に、エルヴィスの甘い吐息が落ちてくる。
「ん……っ、ふ、ぅ……っ」
好き勝手に触れては離れていく唇に、息をするタイミングがわからなくなって涙が滲む。
「鼻で息をするんだよ」
くす、とおかしそうに笑うエルヴィスは、もしかしたらこういった行為に慣れているのだろうか。
「ふ……っ、ん、ぅ……、んんぅ……っ!?」
時折離れるタイミングを縫って懸命に息をしていると、エルヴィスはレベッカの髪を耳の後ろへかけてきて、その指先がそっと首筋を伝い降りた感触にぞくりと背筋が粟立った。
さらには。
「んん――っ!」
酸素を取り込むために薄く唇を開いたタイミングを見計らい、ぬるり、となにかが口の中へと潜り込んできて、レベッカは驚愕する。
「大丈夫。オレに任せてて」
ぴちゃ……、と口元から響いた水音が生々しい。
舌と舌とを触れ合わせたまま告げられて、レベッカはその余りの衝撃から拒否をすることすら忘れてしまう。
「ん……っ、んぅ……っ、ん……っ、ん……」
食むようにして唇を重ねられ、器用に舌先で舌を掬われ、レベッカはただそれを受け入れることしかできなくなる。
「そう、上手上手」
決して応えているわけではないのだが、自然と溢れた唾液を飲み込んでいたレベッカに、エルヴィスから子供を褒める時のような微笑みが向けられる。
「……は……っ、ぁ……」
やっと離された唇に、レベッカの口からはどこか甘い吐息が零れ落ちる。
瞳は潤み、顔は上気していた。
身体にうまく力が入らずにくたりと身体を預けてしまったレベッカに、エルヴィスは目元に一つキスを落として甘く笑う。
「レベッカ、可愛い」
なにが可愛いというのだろう。
「行こっか」
抵抗する気力のないレベッカへにっこりと笑いかけ、エルヴィスはその肩を抱き寄せると少しだけ先を急ぐように歩いていく。
「……どこに……」
「ん~? イイトコロ?」
くす、と笑ったエルヴィスの、どこか意味ありげな瞳を前にして、レベッカはぞくりと背中を震わせていた。
そこは、裏通りの奥にある、隠れ宿のような場所だった。
一階には飲み屋のような食堂があり、階段下から二階を見れば、いくつかの扉が並んでいる。
「おいおい、エルヴィス。今日は女連れかよ」
突然の来客者にも特段驚いた様子もなく、店主と思われる中年男性が意外だとばかりに目を丸くする。
「部屋、借りていい?」
にっこりと笑ったエルヴィスの問いかけに、店主の男性はますます驚いたような顔になり、それから眉を顰めて口を開く。
「……いつもの部屋なら空いてるが」
「ありがとう」
エルヴィスと店主の男性との間で交わされた会話はそれだけだった。
まるで旧知の仲なのかと思わせるほどそのやり取りはあっさりしていて、レベッカはエルヴィスにぐいぐいと手を引かれるまま階段を登っていく。
「ちょ……っ、エルヴィス……ッ!? ここ、なに……」
レベッカに与えられた任務は、緊急事態でもない限り、基本、エルヴィスの自由にさせた上での護衛。
そのため、ここに来るまでの間にもろくな抵抗ができなかったレベッカは、二階、三階、と階段を登っていくエルヴィスに、困惑の瞳を向ける。
「ん~? 俗に言う連れ込み宿、的な?」
「!?」
悪びれもなく返ってきた答えに言葉を失う。
しかも先ほど、いつもの《・・・・》、と、常習的にここを使っていることを匂わせていなかっただろうか。
例えここが連れ込み宿だとしても、エルヴィスがそういう目的《・・・・・・》でここに来ているとも限らない。
……限らない、けれど。
「こんなところ、なんの用があって……っ」
ぐいぐいと廊下を歩いていくエルヴィスの背中に、レベッカの瞳は不安と戸惑いに揺らめいた。
後を付けられている可能性が高い中、レベッカをこんなところへ連れてきて、一体なにを考えているのだろう。
「こんなところで済ませる用なんて、一つしかないでしょ?」
だが、四階の廊下の突き当たり。この宿の中では恐らく一番上等だと思われる部屋の扉が開かれて、その奥に見えた寝台の存在にレベッカの声は裏返る。
「……は!?」
この男は一体なにを言っているのだろう。
気づけば室内に引き込まれ、ふらりとレベッカの身体は傾いた。
ぱたり、と閉じられた扉。
「抱かせて」
至近距離から真面目な声が落ちてきて、レベッカの思考回路は停止する。
「っ! ……はい……っ!?」
面白いほどすっとんきょうな声が上がり、そんなレベッカの動揺に、エルヴィスの綺麗な顔は、へにゃり、と情けなく緩んでいく。
「だって、レベッカの身体、すごく柔らかくて気持ちいいんだもん。しかも、なんかいい匂いまでするし」
「ちょ……っ!?」
ぐ、と。思いの外強く身体を引かれ、エルヴィスの胸の中に抱き込まれる。
くんくんと鼻を動かしているその姿は、まるで大型犬にじゃれつかれているような感覚に近いものがあるものの、エルヴィスはそんな可愛い生き物などではない。
「あ~。この抱き心地、堪らない……。こんなの我慢するなんて無理」
「っ、なななな……っ!?」
さわさわと背中をまさぐられ、レベッカは完全に混乱する。
我慢、とは、なんだろうか。
しかも先ほどこの男は、とても不穏な言葉を口にしなかっただろうか。
「美味しそう」
「!?」
レベッカのことを美味しそうなどというのは、後にも先にもきっとこの男くらいに違いない。
日々鍛錬を欠かすことのない身体は、お世辞にも柔らかいとは言えないし、貧弱ではないものの、胸だってそう大きくない。
スレンダーと言えば聞こえはいいが、そんなに可愛いものでもないだろう。
「こ、こんなことしてる場合じゃ……っ」
ぎゅうぎゅうと痛いくらいに抱き込まれ、慌ててその胸を押し返してみるものの、シャツの薄生地を通して感じた筋肉は意外と硬く、ぴくりとも動かない。
「大丈夫だよ。敵さんも、まさかこんなところで襲ってきたりしないでしょ」
にこにことレベッカの髪やうなじの匂いを嗅ぎながら、エルヴィスの能天気なセリフが落ちてくる。
ここは、四階の角部屋。いざとなれば窓から飛び降りるという手段もあるが、基本的に退路がないのはあちらも同じ。
だが、エルヴィスが言っていることは、きっとそういう意味ではない。
「そんな野暮なこと」
そういう意味では、刺客にとっては遠慮する理由にはなり得ない。むしろ、行為の最中など、無防備もいいところだ。
だが、こんなところで騒ぎを起こすなど、向こうにとっても好ましいことではないだろうから、確かにここで襲われる可能性は低いとも思われた。
……あくまでも、可能性の話だけれど。
「ちょ……っ!? 待……っ」
いつしかブラウスの裾から潜り込んできた手に混乱する。
ブラウスを捲り上げてくるエルヴィスの動きは淀みなく、レベッカの制止の声などまるで届いていないようだった。
「閨の指導とかなかったの?」
耳元で、吐息をかけるように落とされた疑問符。
「そんなの、な……っ、ぁ……」
カリ、と耳朶を甘噛みされ、ぞくりと首筋が震えた。
「諜報活動の中には色仕掛けとかもあるでしょ?」
「それ、は……っ、ない、わけじゃない、けど……っ」
耳、耳の後ろ、首筋と、薄く唇を這わされてなぜか背筋がぞくぞくする。
諜報活動の中には、確かに〝ハニー・トラップ〟的な、色仕掛けでターゲットから情報を得るものもあるけれど、現実的にはそれは少し古い手法だった。
最近では、標的と親しい者や意中の女性に金銭を渡すなどして協力者に仕立て上げ、標的を陥落する手間を削る方法が取られている。
「けど?」
それでも、〝ハニー・トラップ〟が完全になくなったわけではない。戦闘能力に欠けると判断された少女の中には、そういう方面の教育を受ける者もいる。
「……私は……っ、受けてない……っ」
先を促してくるエルヴィスへ、レベッカはふるりと身体を震わせながら首を横に振る。
万が一にも、敵に囚われてしまった時。自決の手段は山ほどあるが、それさえ敵わない状況に置かれた際は、女性は常に別の身の危険に晒されることになる。そのため、知識そのものは一通り教え込まれているが、それ以上の実地までは学んでいない。
頭でどれだけ理解していようと、実践がなければ効力は半分以下となることなどわかっている。
「じゃあ、ちょうどいいからオレが教えてあげる」
まるでレベッカの経験値を上げる手伝いをするかの如く楽しそうな笑みを浮かべ、エルヴィスはそっと耳の奥へと囁いてくる。
「男を虜にする方法」
「っ」
妙に艶のある甘い声に、背筋へぞくりとしたなにかが昇っていった。
「そ……、なの……、いらなぁ……っ」
いつしか部屋の中央にある寝台まで追い込まれていたレベッカは、どさりとその上へ押し倒されていた。
三章 淫らな指導
「ん……っ、んぅ……っ」
ぴちゃ……っ、と響く水音が生々しくて、それだけで羞恥が沸いた。
「ふ……っ、ぅ……っ」
唇が少し浮いたタイミングで懸命に呼吸を整えようとするものの、すぐにまた塞がれてしまって息をするのもままならない。
「んっ、ん……っ」
わけがわからないまま舌を絡まされ、逃げることもできずに涙が滲む。
いつしかどちらのものともつかない唾液が溢れ出し、レベッカの唇の端から伝い落ちていた。
「ちゃんと飲まないと」
零れ落ちるそれにくす、と笑ったエルヴィスは、その唾液を舌先で器用に掬い上げ、そのままレベッカの喉の奥へと注ぎ込んでくる。
「ん、ぅ……っ」
それを反射的に飲み込んで喉を鳴らせば、エルヴィスは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「うん。上手」
完全に息の上がってしまったレベッカは、そんなエルヴィスの甘い吐息に、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
日々の鍛練よりも、よほど呼吸が乱れていた。
思考が白くなり、なにも考えられなくなってしまう。
「その蕩《とろ》けた表情《かお》もすごくいいよ」
「……ぁ……っ」
まるでご褒美だとでもいうかのように目元へとキスを落とされて、ぴくりと肩が反応した。
「めちゃくちゃそそられる」
「ん……っ」
言葉を耳の奥へ注ぎ込むかのように吹き込まれ、耳を舐められてぞくりとする。
「それじゃ、次ね」
それからにっこりと笑ったエルヴィスは、濡れた唇をレベッカの首筋へ落としてくる。
「あ……っ」
唇で軽く肌を食まれ、ちろりと舌先で舐め上げられると、レベッカの口からはどこか甘やかな吐息が洩れる。
「敏感だね。素質あるんじゃない?」
「……っ!?」
「初めてなのに」
くすくすと笑いながら、ちゅ……っ、と軽いリップ音を立てて首筋を吸われ、レベッカはぞくぞくと背筋を震わせる。
「ぁ……っ、や……っ」
エルヴィスの唇や舌が這う度に、腰から甘いなにかが昇ってきて身体が小刻みに反応する。
自分の意思ではどうにもならないそれに、手元のシーツをきゅっと握り締めたレベッカに、エルヴィスのとても甘い囁きが落ちてくる。
「すごく可愛い」
「……ぁ、ん……っ」
する、と、悪戯に脇腹を撫で上げられ、びくりと腰が揺れた。
「ボタン、外そうか」
「!?」
そのまま胸元へ伸びてきた指先が、ブラウスの一番上のボタンを外そうとして、レベッカは驚いたように目を見張る。
「や……っ」
「ほら、抵抗しないで」
思わず突っぱねかけた腕はすぐにエルヴィスに捕らえられ、頭のすぐ上で拘束されてしまう。
「レベッカの綺麗な肌、オレに見せて」
「や……っ、嘘……!?」
エルヴィスがなにをしようとしているかの知識はあっても、理解が追いつかない。
冷静さなどとうの昔に見失い、完全に混乱したレベッカは、怯えたような瞳をエルヴィスへ向けていた。
「可愛い」
にっこりと笑うエルヴィスの瞳の奥には、獰猛な光が見える気がした。
「レベッカのいろんな顔、もっと見せて?」
「や……っ! 待……っ!?」
慌てて制止の声を上げるも、思いの外強い力と器用に動く指先のせいで、レベッカの胸元はすぐに空気に晒されてしまう。
「可愛い胸」
「っ!」
胸元の膨らみを下から掬い上げられ、びくりっ、と肩が震えた。
「美味しそう」
「ゃ……っ、やだ……っ!」
下着を上げられ、露にされた胸元に、羞恥とも悔しさともわからない涙が浮かぶ。
「ちゃんと善《よ》くしてあげるから。レベッカはただ感じてくれていればいいよ」
満面の笑みでそんなことを言われても、そう簡単に甘受できるはずがない。
「あ……っ!」
胸元の果実を舐め上げられて、びくり、と腰が揺れた。
「可愛いピンク色」
空気に触れた胸元の果実は、エルヴィスのその言葉の前にふるりと震え、己の存在を主張する。
「ぁ……っ、や……っ、ぁ、ん……っ」
もう片方の胸元はやわやわと優しく揉み込まれ、時折長い指先で先端の果実を摘ままれたり弾かれたりを繰り返され、腰からぞくぞくとした熱が沸き上がってくる。
「あぁ、育ってきた」
「ぁ、ん……っ、ぁあ……っ」
エルヴィスの口の中へと含まれた果実は、舌先で転がされ、押し潰され、唾液で淫猥な光を帯びて、つん、と硬く勃《た》ち上がる。
「ほら、ぷっくり実って美味しそう」
「ゃ……っ!」
そこをじっくりと見つめられていることがわかって、レベッカは反射的に身を捻る。だが、意外にも強い力でエルヴィスに抑え込まれ、逃げることはできなかった。
「食べてあげるね」
「っ! ぁあ……っ、ん……!」
ぱく、と生温かい口の中へ含まれて、そのまま優しく吸い上げられてびくりと腰が揺らめいた。
その反動で胸を突き出すような動きをしてしまえば、エルヴィスは紫電の瞳へ愉しそうな笑みを浮かばせる。
「こっちも食べて欲しい?」
「ひぁ……っ!?」
片方の果実を舌先で潰しながら、もう片方の果実を指先で弾かれて甲高い悲鳴《こえ》が上がる。
「ちゃんと両方してあげる」
「ぁ……っ、や、ぁん……っ」
もう片方へ移った唇が実った果実を舌で掬い、歯で甘噛みし、その間にも、エルヴィスの指先はもう片方の果実を弄んでくる。
「やらしく実った」
柔らかな膨らみの頂で、つん……、とその存在を主張する赤い果実を見て取って、エルヴィスの唇が満足そうな笑みを刻む。
「胸だけでイけるようになるのは、さすがにまだまだ先だよねぇ~」
「っひぁ……っ!?」
最後に両方の果実を優しく弾かれて、レベッカはびくんっ! と胸を突き出すように身体を仰け反らせる。
「ぁ……っ、も、ゃめ……っ」
「なに言ってるの。本当のお楽しみはこれからでしょ?」
わけがわからずふるふると首を振るレベッカへ、エルヴィスはこれくらいで音を上げるのかと可笑しそうな笑みを洩らしてくる。
「ぁ……っ、あ……っ!」
胸の周り。脇腹、腰の横、腹部へと、エルヴィスの手と唇の愛撫はどんどんと下がっていき、びくびくと身体が打ち震えるのが止まらない。
「次は、ほら、脚開いて」
「!? や……っ!」
そうしてついには、促すように膝へと手をかけられて、レベッカはびくりと身体を震わせる。
性交渉というものがどういうものかは知っている。それが、愛を伴わなくてもできるものだということも。
生まれついた家柄ゆえ、恋だの愛だのというものにも夢を見たことはない。いつか自分が結婚することがあったとしたら、それはこの国か家の有益になると判断されたものになるのだろうと。
だから、いつか、こういうことをする日が来るとしても、それは淡々と受け入れればいいだけのことだろうと思っていた。
それが。
「優秀なレベッカは、こういうこともちゃんと勉強してきたんでしょ?」
「や、ぁ……っ」
これすらエルヴィスの護衛任務の一環なのだと言われたら、レベッカは逆らえない。けれど、これは違うはずだ。
「一人で弄って自主学習とかしてたんじゃないの?」
「そ……っ、なの……っ、しなぁ……っ」
愉しそうな揶揄の声に、レベッカはふるふると首を振る。
確かに、閨の知識は平均以上にあるだろう。だが、今自分の身に振りかかっていることは、知っているはずの行為とかけ離れすぎていて、どうしたらいいのかわからない。
こんなに恥ずかしくてわけのわからない行為を、ただ淡々と受け入れるなど、どうしたらできるのか。
「ほら、レベッカ。これじゃあ男を楽しませられないよ?」
「そ、なの……っ、いらな……ぁ……っ」
まるで本当に指導してくるかのような余裕の微笑みに、レベッカは必死に拒否の声を上げる。
自慰の経験が全くないわけではない。性交渉のあれこれを知識として教え込まれたその時に、興味本意で触れてみたことがある。
だが、確かに気持ち良いことだと認識しただけで、ただそれだけだった。それなのに、触れてくる相手が自身ではない他人の手になっただけで次から次へと甘い痺れが湧いてくる。この感覚がレベッカにはとても恐ろしいことだった。
――相手がエルヴィスだから、なんて。
そんなことなど、ありえるはずがない。
「ほら、レベッカ」
その甘い声で名前を呼ばれると、首筋がぞくぞくする。
この男は本当に、声はいい。
だから、そんなふうに囁かれると、抵抗する力が抜けてしまって。
「脚、開いて。もっと気持ちいいこと、知りたいでしょ?」
レベッカは勉強熱心だからね。と笑われて、なんとか首を横に振る。
だが。
「仕方ないなぁ……」
「あ……っ!」
言葉通り、諦めたように吐息をついたエルヴィスが、ぐっ、と膝を割ってきたかと思うスカートを上まで捲り上げてきて、レベッカは瞳を揺らめかせていた。
「レベッカって、下着まで可愛いんだね」
「っ!」
「下着とか気にしなそうなタイプなのに」
上下お揃いの、白地にピンクのレースがついた下着を見つめたエルヴィスが、そう言いながら愉しそうに下肢へ触れてくる。
「や……っ」
「あちこち隠し持ってる武器も邪魔だね」
「っ!」
その言葉に、レベッカは途端正気に返って息を呑む。
スカートの中の太腿辺りには、いつでも取り出すことができるよう、小型のナイフが括り付けられている。エルヴィスの言うように、他にもそんな隠し武器はあちこちに装備されていて。
「こんなこと……っ、してる場合じゃ……っ」
「黙って」
器用にそのナイフも下着も取り払ってしまったエルヴィスは、レベッカの訴えなどあっさり流して、強引に開かせた脚の間へ顔を埋めてくる。
「ぁあ……っ!」
直後、いきなり陰核へ舌を這わせられたレベッカの身体は、びくんっ! と大きく跳ね上がる。
「その可愛い声だけ聞かせてて」
「や、ぁあ……っ!」
エルヴィスの舌が容赦なく陰核を舐め上げてきて、びくびくと腰が波打った。
「レベッカが悪いんだよ? 本当は、もっとちゃんと脚とかも可愛がってあげたかったのに」
「あ……っ」
こんなふうに。と、するりと大きな掌が太腿を撫でてきて、レベッカの口からは甘い吐息が零れ落ちる。
「こんな時まで任務任務って、野暮なこと言うから」
「ぁ……っ、それっ、やめ……ぇ……っ、ぁ、あ……っ!」
ぴちゃり……っ、と、唾液を塗り込めるように舌先で陰核を刺激され、触れるか触れないかくらいの優しさで脚を愛撫されると勝手に腰が揺らいでしまう。
「あぁ……。すごい溢れてきたね。さっきも濡れてはいたけど、やっぱりこっちの方が好きなんだ?」
「や……ぁ……っ」
自分でも、身体の奥から快楽の証が滲み出ていることがわかってしまい、レベッカはあまりの羞恥に身を震わせる。
こんなポンコツ男に好きなようにされているかと思うと、悔しくて泣きたくなってくる。
「やらしい。レベッカ」
「ぁ、あん……っ!」
一度陰核から離れた唇が、今度は内股へと舌を這わせてきて、ぞくぞくとした刺激に襲われる。
「腰、震えてる。物足りなくなっちゃった?」
くす、とからかうように笑うエルヴィスの瞳の奥には、獰猛な光が覗く。
「まるで誘ってるみたい」
「ん……っ」
立てた膝を、脚の付け根から膝に向かってエルヴィスの唇が辿っていって、ぴくり、と肩が反応する。
いくら護衛対象相手だからと、こんなことを許していいはずはないのに、ろくな抵抗ができない自分に涙が滲む。
なぜ、自分は、こんなことを許してしまっているのだろう。
「舐めて欲しいんだ?」
「あ……っ!」
ちゅ……っ、と膝の横にキスを落とされ、まるでそれを肯定するかのように内股が震えた。
「ち、違……っ」
「レベッカは素直じゃないんだから」
首を横に振るレベッカの瞳は、怯えを現すように揺れていて、エルヴィスは仕方ないとばかりに苦笑する。
「こっちの口はこんなに物欲しそうにひくひくしてるのにね」
「……や……っ! 見なぁ……っ、ぁ、あ……っ」
まるで先を強請るようにはくはくとした呼吸を繰り返す蜜口は、止めどなく愛液を溢れさせ、エルヴィスがそれを確認するかのように指の腹で秘花をそっと撫で上げてくる。
「ひぁ……っ!?」
その瞬間、びくんっ! とレベッカの身体は跳ね上がり、涙の雫が零れ落ちた。
「上の口は強情だなぁ~」
こっちはこんなに素直なのにね。と笑いながら、エルヴィスの顔が再度脚の間に埋められる気配がして、レベッカは恐怖に身を震わせる。
これ以上なにかをされてしまったら、いつまで正気を保っていられるかわからない。ただでさえすでにおかしくなっているというのに、このまま我を忘れてしまったらと思うと恐ろしくて仕方がない。
「でも、いつまで耐えられるか、それはそれで楽しいけど」
「やめ……っ! ぁ……っ」
なんとか逃れようとシーツを蹴り上げかけた脚は、あっさりとエルヴィスに捕えられてしまう。
「ご主人様を蹴ろうとするなんて、悪い脚だね」
意地悪く囁いたエルヴィスは、その脚にちゅっ、と一つキスを落とすと、まるで逆らった罰だとでもいうかのように、これ以上なくレベッカの内股を広げさせる。
「やだ……ぁ……っ!」
「ダメだよ。悪い子にはおしおきしなくちゃ」
「ひぁ……っ!」
直後、蜜口を舐め上げられたかと思うと陰核を唇で挟まれて、容赦なく与えられる舌先での刺激に、レベッカはびくびくと身悶える。
「ぁぁあ……っ! それ……っ、だ、め……ぇ……っ!」
いきなりの激しすぎる刺激に感覚が追いつかず、頭の奥にちかちかとした光が舞う。
知識はあっても経験のないレベッカには、これが快楽なのだとすぐには理解できずに、ただただ激しい刺激に翻弄されることしかできなくなっていた。
「ぃやぁ……っ! あっ、あ……っ! 激し……っ、苦し……っ」
大きすぎる快楽は、まるで拷問のようにレベッカを追い詰める。どうしたらこの責め苦から逃れられるだろうかと嫌々と首を振れば、大きな瞳からは涙が次々と溢れ出る。
「気持ちいい、って言うんだよ」
「あ……っ!」
少しだけ唇を浮かせたエルヴィスが妙に優しく囁いてきて、レベッカはびくりと腰を震わせる。
「気持ちいい、って、素直に身を任せた方が楽になるよ?」
それはきっと、悪魔の囁き。
こんな男に好き勝手されて快楽を得ているなどとても認められなくて、レベッカはそれだけは言ってなるものかと唇を噛み締める。
「ん……っ」
「ほんと、強情」
そんな反抗は、却ってエルヴィスの嗜虐心を煽る結果になってしまったらしい。
「まぁ、レベッカはそういう可愛くないところが可愛いんだけど」
「んん……っ!」
相変わらず陰核を口に含みながら蜜壺の入り口へと指を伸ばされ、レベッカはなんとかその刺激をやり過ごそうと、ぎゅっと硬く目を瞑る。
「んんん……っ!」
けれど、そのせいか却って聴覚が鋭くなり、ぴちゃ……っ、と耳に届いた淫猥な水音に、レベッカはふるりと身体を震わせる。
「んん……っ!」
エルヴィスの指先がくちゅくちゅと蜜壺の浅い場所を掻き回してきて、その度に次から次へと愛液が零れ落ちていく。
「んぅ……っ、んん……っ!」
陰核を食みながら舌を這わされ、蜜壺の浅い場所を刺激されながら周りまで指の腹で愛撫されると、もうどうにもならなくなる。
快楽を感じていることを認めたくないレベッカは、いつしか口に含んだ指先を噛み締めて、必死にその刺激に抗っていた。
けれど。
「それじゃあ、指、入れるね?」
「!?」
いつまでたっても素直にならないレベッカににっこり笑ったエルヴィスは、そう宣言した直後につぷり、と指先を蜜壺に含ませてくる。
「んぁ……っ!」
ゆっくりと異物が押し入ってくる感覚に、レベッカの口の隙間から小さな喘ぎが洩れる。
「ぁ……っ、あ……っ」
決して痛くはないけど、初めて自分の内側で感じる他の存在は違和感が凄かった。
「あ……っ!」
それなのに、エルヴィスの指を受け入れた蜜壺は、まるでそれを待ち詫びていたかのようにひくひくと蠢いて、潜り込んできた異物に絡み付く。
「すごいね、レベッカ。こんなにオレの指を締め付けて。そんなに欲しかった?」
「違……ぁ……っ!」
くすくすと愉しそうに笑われて、レベッカはどこか甘い否定の声を上げる。
まだかろうじて残されたレベッカの理性は今すぐこんなことは止めてほしいと思うのに、頭の奥のどこかはそれとは正反対のことを感じている。そしてそんなレベッカの気持ちを代弁でもするつもりなのか、エルヴィスの指に絡み付いた蜜壁は、もう離さないとでもいうかのようにそれを締め付けていた。
「ほら、ダメだよ、レベッカ。そんなに締め付けたら二本目が入らないでしょ?」
「や……っ! や、ぁ……っ!」
「ほら、レベッカ」
「ぁあ……っ!」
埋め込まれた指を前後左右に揺さぶられ、くちゅくちゅと淫猥な水音が鳴り響く。
「ちゃんと慣らしておかないと、後で辛い思いをするのはレベッカだよ?」
「んぁ……っ、あ……っ!」
それから抜き差しする動きへ変わった指先に、レベッカの細腰はびくびくと痙攣する。
「ほんと、こっちは素直でいい子だね」
「ぁ……っ、ぁあ……っ」
その刺激に慣らすかのようにゆっくりと蜜壺から指を出し入れされ、レベッカの口からは堪え切れない甘い吐息が溢れ出す。
じくじくと疼く熱は出口を求めて駆けめぐり、レベッカの腰を脅かしてくる。
「ほら、解《ほぐ》れてきた……」
「ぁあ……っ、ん……っ」
いつしか差し入れられる中指を柔らかく迎え入れるようになった蜜口に、エルヴィスの感嘆の吐息が聞こえてくる。
「あぁ……、すごい……。こんなに物欲しそうに涎を垂らして」
「ゃ、あ……っ」
くちゅ……っ、くちゅ……っ、と。長い指が引き抜かれる度に溢れる愛液はエルヴィスの掌までを濡らし、お尻の方まで伝い落ちていることがわかって、レベッカはあまりの羞恥に消え入りたくなってくる。
もう止めてほしいと本気で思うのに、それと同時に物足りなさも感じてしまい、レベッカの腰はまるで強請るかのようにゆらゆらと揺れ動いていた。
「二本目、あげるね」
「っ! や……っ、む、りぃ……っ!」
「うそ。さっきからいやらしく腰を揺らしてるくせに」
涙を溢れさせながら嫌々と首を振るレベッカに、エルヴィスは愉しそうな笑みを洩らし、ぎりぎりまで引き抜いた中指に薬指を添えさせる。
「挿《い》れるよ?」
「!」
ぐ……っ、と潜り込んできた異物の感覚は、先ほどよりもかなり大きかった。
「ひぁ……っ、ぁ……っ」
それでもしっかりと二本の指を根本まで呑み込んだレベッカは、がくがくと腰を震わせる。
「レベッカは本当に優秀だね。初めてなのに上手に咥え込んで」
「ぁあ……っ!」
そうして揃えた指をくちゅくちゅと抜き差しされ、レベッカの内股はびくびくと痙攣する。
「も……っ、や、ぁ……っ」
「まだそんなこと言うんだ?」
自分の身体が自分の意思に反する動きをすることにレベッカは嫌々と首と振り、そんなレベッカの抵抗に、エルヴィスはどこか拗ねたような声を洩らす。
「そんな意地っ張りなレベッカにはおしおきね」
「ひぁ……っ!」
途端、ばらばらと指を動かしながら蜜壁を擦られて、レベッカの口からは掠れた悲鳴が上がる。
「ぁあ……っ、あっ、あ……っ、ぁ、ん……っ!」
まるで溢れる愛液を掻き出すように抜き差しされ、お腹の裏側辺りの蜜壁を擦られると、ぞくぞくとした刺激が背筋を駆け昇っていく。
「あっ、あ……っ、ぁあ……、ん……っ!」
腰は勝手に揺れ動き、はしたない愛液が次から次へと溢れ出ていくのがわかって、レベッカは泣き濡れた声を上げて抵抗する。
「もう一本、ね」
「っ! や……っ」
くす、と零されたエルヴィスの酷薄な微笑みに、大きく見開いたレベッカの瞳から一雫の涙が零れ落ちる。
「ぁあ……っ!」
人差し指まで加えられた異物の違和感は今まで以上だった。
けれど本能的に大きく脚を開いてそれを受け入れたレベッカは、埋め込まれた三本の指にがくがくと腰を痙攣させていた。
「さすがにちょっとキツい、かな……?」
「は……っ、ん……」
三本の指を懸命に呑み込んだ蜜口を見つめながら、エルヴィスが僅かに眉を顰めて呟いてくる。
そんなエルヴィスの独り言にも近い疑問符に、もはや抜いてほしいということもできずに、レベッカは肩で大きく息をつく。
「でも」
「あ……っ」
くちゅ……っ、と緩く指を動かされ、レベッカはびくっ、と肩を震わせる。
「オレの指を三本も呑み込んで、すっごくいやらしい……」
「ぁ、あ……っ」
しっかりとそこを覗き込んでくるエルヴィスの刺さるような視線を感じ、レベッカの顔はかぁぁ……っ、と燃えるように熱くなる。
「ココにオレのを挿《い》れたらどうなっちゃうんだろう……」
「ゃ、あ……っ!」
まるでその時の感触を想像しているかのようにくちゅくちゅと指を動かされ、内股が小刻みに打ち震える。
「いやぁ……っ! だ、め……ぇ……っ」
「そんなこと言って、今、すっごい締まったよ?」
その言葉通り、一度きゅっとエルヴィスの指を締め付けた蜜壁は、お腹の奥で大量の愛液を沸き上がらせてくる。
「蜜も溢れてきたし」
次の瞬間、こぽ……っ、と溢れ出た愛液。そのあまりのはしたなさに本気で泣きたくなってくる。
けれどここですすり泣いて許しを乞うなど、レベッカのプライドが許さなかった。
「あっ、ぁ……っ、ぁあ……!」
まるでレベッカに思い知らせるかのように、ぐちゅぐちゅと音を立てて指を抜き差しされ、悲鳴にも似た嬌声が部屋の中に響き渡る。
「でも、今日は初めてだからね。特別。ゆっくり優しくしてあげる」
にっこりと笑ったエルヴィスの優しさは、レベッカにとっては拷問でしかない。
「も……っ、ゃめ……っ」
「次も意地を張るようならもう容赦しないからね?」
レベッカの懇願を笑顔で封殺したエルヴィスは、甘い吐息で不穏な言葉を口にする。
――次、と言った、その意味は。
「や……、ぁ……っ!」
途端、拒絶の嬌声《こえ》を発したレベッカに、エルヴィスは意地の悪い笑顔を浮かべる。
「嫌、じゃなくて、イイ、でしょ?」
「あ……っ、ぁあ……っ!」
レベッカの蜜壺を出入りする指の動きはますます激しくなり、レベッカは掠れた悲鳴を上げながら身悶える。
「そろそろ素直にならないと、いつまでたってもこのままだよ?」
「ぁあ……っ、あっ、あ……っ」
「あぁ、それとも、レベッカはずっとここを弄られている方がいいのかな?」
そんなに気に入った? と低く笑うエルヴィスは、まるでレベッカへ見せつけるかのようにゆっくりと脚の間へ顔を埋めてくる。
「あ……っ!」
「そろそろイきたくない?」
勿体ぶるように陰核を舐めながら絶妙な動きで指を抜き差しされ、もうおかしくなりそうだった。
喋りながら陰核に這わされるその動きが、〝焦らされている〟と感じてしまうことに愕然とする。
それでももう、このわけのわからない感覚は限界で。
「ほら、レベッカ。素直になって」
「あ……っ、ぁあ……っ!」
「気持ちよくなることは悪いことじゃないんだから」
これが性的な快楽を得ているための苦しみだと教え込まれ、背筋がぞくぞくと震え上がる。
「誰にも見せたことのないレベッカの可愛い表情《かお》、オレだけに見せて」
「あ……っ!」
ちゅ、と宥めるように陰核にキスをされ、甘い悲鳴が零れ出た。
「ね? 気持ちいい、よね?」
あまいあまぁい囁き。
そのまま身を委ねてしまいたくなる美声に、レベッカの瞳には涙が浮かぶ。
「レベッカ」
自分の名を呼ぶその声に、全身に甘い毒が巡っていった。
「気持ち、ぃ……っ!」
とうとう理性の焼き切れたレベッカは、エルヴィスに促されるままに卑猥な言葉を口にする。
「うん。気持ちいいね?」
そんなレベッカにエルヴィスは満足そうな笑みを零し、蜜壁を擦りながらまるでご褒美だとでもいうかのように優しく陰核を舐め上げる。
「……ぁあ……っ、ん……っ、気持ち、ぃ……っ」
「それから?」
涙を零しながら身悶えるレベッカに、エルヴィスは嬉しそうに尋ねてくる。
「……ぁ……っ、もっ、と……っ」
「っ!」
そうして零れ落ちたレベッカの甘い声に一瞬だけ驚いたように目を見張ったエルヴィスは、次にすっかり膨れ上がった陰核へと口を寄せる。
「おねだりできるなんていい子だね」
「ぁあ……っ!」
陰核を食むように吸い上げられ、レベッカは歓喜の悲鳴を上げて身を震わせる。
気持ちがよくて、気持ちがよくて。
もうそれだけしか考えられなくなって、与えられる快楽を貪るように自ら腰を揺らす。
「レベッカが望むなら、もっともっと善くしてあげる」
「あ……っ、ぃ、い……っ、気持ち、ぃ……っ」
快楽が弾ける予感に、がくがくと腰が痙攣する。
「ぁあ……っ、ん……っ、あ……っ!」
頭の中が真っ白になって、ちかちかと光が舞う。
「めちゃくちゃ可愛い」
完全に快楽に溺れ切り、次から次へと溢れる涙。
「あ……っ!」
舌先で陰核を押し潰され、レベッカはぞくりと背筋を震わせる。
「イっちゃ……、ぅ……っ!」
これが絶頂一歩手前の快楽だと理解して、勝手に言葉が零れ落ちる。
「いいよ。イって」
「……ぁ……っ」
くす、と笑ったエルヴィスが一際強く陰核を吸い上げてきて、腰が小刻みに揺れた。
「ぁあ……っ! あ……――――っ」
レベッカの口から、細く甲高く上がった悲鳴。
世界が真っ白になって、頭の中の光が弾け飛ぶ。
「……ぁ……っ」
背中を仰け反らせ、がくがくと身体を震わせていたレベッカは、絶頂からゆっくりと戻ってきた快楽以外の感覚に、呆然と身を震わせる。
任務中だということもすっかり忘れ、ただただ快楽に溺れてしまった自分をどんどん許せなくなってくる。
けれど。
「上手にイけたね」
「あ……」
指を引き抜き、伸び上がってきたエルヴィスに、頬へと「いい子」と嬉しそうにキスをされ、今さら顔が沸騰する。
悪いのは全てこの男だが、今は怒りでエルヴィスを責めることよりも、羞恥の方が大きかった。
「その表情《かお》、めちゃくちゃ可愛い。堪らない」
「ん……っ」
額、目元、そして再度頬にキスをされ。最後に唇へと下りてきたエルヴィスのそれを、抵抗することも忘れて受け止める。
「……ねぇ」
そっと離れた唇が、至近距離から欲に濡れた吐息を落としてくる。
「そろそろオレも入っていい?」
「――っ!?」
途端、一気に正気に戻ったレベッカは、エルヴィスの下から逃れようと暴れ出す。
「離し……っ」
「離すはずないでしょ?」
けれど、驚くほど強いエルヴィスの腕にがっしりと囲い込まれ、逃げることは許されない。
これが男女の差というものかと悔しさが滲むが、この状況から反撃できないような訓練は受けていない。
ならばなぜ……、と、困惑に襲われる中、
「こんなチャンスを逃すほどオレはバカじゃない」
にっこりと笑ったエルヴィスが、驚くほど真剣な声色で囁いてきて、レベッカの瞳はゆらりと揺らぐ。
「なに、言……っ」
「いいよね?」
「!」
有無を言わせない強引さで服を剥ぎ取られ、レベッカは息を呑む。
「いいわけ……っ、あ……っ!」
するり、と内股を滑った大きな掌。
「ほら、ここはまだこんなに蕩けてる」
「ぁ……、あ……っ、や、め……っ」
すぐに秘花へ伸びてきた指先がまだ潤んでいる蜜口を愛撫してきて、ぞくぞくとした刺激が背筋を昇っていく。
「今度は指なんかじゃなくて、オレ自身を受け入れて」
「あ……っ」
その吐息は欲に濡れていて、なぜかぴくりと身体が反応してしまう。
「ほら、また蜜が溢れてきた」
「あ……っ、や……」
エルヴィスの指を誘うように蠢く蜜壺は、まるでなにかを期待しているかのように再び愛液で満ちていく。
「破瓜の痛みは仕方ないとして、それ以外は優しくしてあげたいんだから大人しくしててね?」
「や……っ!」
そうしてぐっ、と膝を上げられて、それがエルヴィスを受け入れる体勢だと理解したレベッカは、ぞくりと身体を震わせる。
「や……っ、う、そ……っ」
脚の間になにか硬いものを感じて一気に顔が青くなる。
残念ながら普通の令嬢ではないレベッカは、その意味がわからないほど無知ではない。
初体験に、なにか夢を見ていたわけじゃない。
恋など自分には関係ないことだと今も思っているし、愛のある結婚も考えていなかった。
王命だと言われれば、誰にだって身体を差し出す覚悟もある。
けれど、これは、なにかが違う。
命じられたわけでもなく、レベッカの意思でもない。
――エルヴィスの自由を守った上での護衛。
その命令に、この行為が当てはまるはずがない。
「力抜いて」
「や……、ぁ……っ」
逃げられないことを悟って、その意味を知りたくなくて、レベッカはふるふると首を振る。
精一杯の拒絶を示すように身体を硬くすれば、なぜかエルヴィスは困ったように眉を下げていた。
「……レベッカ」
「ん……っ」
耳元で甘く名前を囁かれ、ぴくりと肩が反応する。
「レベッカ。オレを受け入れて」
「ん……!」
吐息を注ぎ込むかのように告げられて、勝手に肩から力が抜けていく。
「レベッカ……」
そっと顎を掬われて、優しく唇が重なった。
「ん……っ、んん……っ」
啄むようなキスをされ、その心地よさに酔わされる。
思考がぼんやりと緩んできて、レベッカの瞳がとろん……、と甘く溶けた時。
「そう。そのまま……」
「っぁあ……っ!」
ぐっ、と。蜜口を強引に押し開かれる痛みに、レベッカの口からは悲鳴が上がる。
「や……っ、ぁあ……っ!」
「っ、ごめんね? ちょっとだけ我慢して……っ」
エルヴィスも辛いのか、僅かに荒くなった声色で謝られ、レベッカの眦《まなじり》には涙が浮かぶ。
「ぁ……っ、や……ぁ……っ」
「まだ半分も入ってない……っ」
震える指先で縋るようにシーツを掴めば、それに気づいたエルヴィスが己のそれと指を絡ませてきて、ぎゅっと手と手を握り合う。
「あ……っ、あ……!」
「そう……。いい子だね」
ゆっくりと潜り込んでくる屹立に、本能的な自己防衛もあるのか、自然と浅い息を繰り返して呼吸を合わせるレベッカに、エルヴィスは嬉しそうに甘く笑う。
「レベッカ……」
「ん……っ」
なぜか、とても愛おしそうに聞こえる己の名に、レベッカの背筋に僅かな快楽が伝わった。
「っこの先は、一気にいくから……っ」
「!」
それが、処女喪失を意味することだと理解して、レベッカは大きく息を呑む。
「ゃ……」
今さら拒否の声を上げてももう遅い。
「ぁあ……――っ!」
直後、身体の中心を貫かれる痛みに、レベッカは甲高い悲鳴を上げていた。
「……っ、キツ……ッ」
一方、全てをレベッカの胎内《なか》へ埋め込んだエルヴィスも、息を詰め、こめかみにうっすらとした汗を滲ませる。
それでも、痛いほどに握られた手の強さにレベッカの苦痛を感じ取ったらしいエルヴィスは、一度奥歯を噛み締めてから、優しい微笑みを浮かべてくる。
「……ごめんね? 痛かった?」
苦痛に顔を歪ませていたレベッカは、顔中に降らされる優しいキスの感覚に、ゆっくりと涙に濡れた瞳を開ける。するとそこには、申し訳なさそうに眉根を下げたエルヴィスがいて、なんだかおかしくなってくる。
レベッカへ有無を言わせない無体を働いてきたのはエルヴィスなのに、それはまるで、本当はこんな思いはさせたくないのだと言われているかのようで。その矛盾は、一体どこから来ているのだろう。
「でも、これは、レベッカがオレを受け入れてくれたことの証だから」
「ん……っ」
優しく髪から頬を撫でられて、なぜか胸の中に温かな気持ちが広がっていく。
とても嬉しそうなエルヴィスの微笑みは、どこにも嘘を感じられなくて。……いや、改めて思い返してみれば、今までエルヴィスから〝嘘〟を感じたことは一度もない。
「覚えていて? レベッカの初めてをもらったのはオレだよ?」
愛おしそうに見下ろしてくる、エルヴィスのその瞳の意味がわからず困惑する。
そもそも、なぜ、エルヴィスはレベッカにこんなことをしたいと思ったのだろう。
見えそうで見えない答えに、レベッカはただ、甘く笑うエルヴィスを見つめることしかできなくなる。
「ゆっくり動くね」
「あ……っ?」
笑顔のまま甘く宣言したエルヴィスがゆっくりと腰を引き、それから緩い動作でまた腰を打ち付けてくる。
「あ……っ!」
ぐちゅり……っ、と卑猥な音が鳴り、緩やかとはいえその衝撃に、レベッカは小さく身を震わせる。
「あ……っ、あ……! ぁあ……っ!」
レベッカの様子を見ながら始まった律動に、どこか甘い声が上がる。
「あ……っ、ぁ……っ」
ぎゅっ、と握り合った掌。
その手は、とても温かくて。
けれど、少し迷う様子を見せたエルヴィスがそれをゆっくり解いていき、申し訳なさそうにレベッカの手を己の背中へ回させる。
「……背中。爪立ててもいいから、抱きついてて」
不安げに揺れるレベッカの瞳に困ったように笑いかけ、エルヴィスは空いた片手でレベッカの腰を固定して、もう片手はそっと脚の間へ潜り込ませてくる。
「まだ胎内《なか》だけで快楽を得るのは難しいからね」
「あ……っ」
そうして陰核へ伸びてきた指先に優しくそこを愛撫され、レベッカはびくりと身体を震わせる。
「あ……っ、あ……っ」
少しずつ大きくなっていく律動に、痛みと快楽が混じり合い、レベッカの口からは仄かに甘い吐息が零れていく。
「あぁ……、でも、いい子だね。上手に絡み付いて搾り取ろうとしてくる」
少しだけ息の上がったエルヴィスが、気持ちよさそうに喉を鳴らし、レベッカに甘い囁きを落としてくる。
だが。
「オレを咥えたままもう一回イけるかなぁ……?」
「え……っ?」
本当に純粋に洩らされた問いかけに、レベッカの思考回路は一瞬停止する。
あの恐ろしい感覚を、もう一度、など、冗談ではなかった。
「や……っ、無理……っ!」
「だって。痛いだけなんて嫌でしょ? オレはレベッカにも気持ちよくなってほしいんだよ」
「い……っ、いいから……っ!」
それは真実、エルヴィスの本当の願いかもしれないが、そんなことを気にするくらいなら、今すぐこの行為を止めてほしかった。そして、もしそれが叶わないならば、痛みを感じても構わないから、さっさと終わってほしかった。
それなのに。
「あ……っ、ぁあ……っ!」
内側をエルヴィスの屹立で擦り上げられながら陰核をゆるゆると刺激され、否応でも腰へと甘美な熱が溜まっていく。
「あっ、あ……っ、ぁあ……、ん……っ!」
いつしか痛みよりも快楽の方が上回り、見えてきた頂に、レベッカはふるりと身体を震わせる。
早く昇り詰めたいと願う気持ちと、それを怖がる思いが混在する。
「や……っ、ぁあ……っ!」
それでも、どんなに抗いたいと思っていても、エルヴィスの巧みな指遣いに、身体はどんどん昇り詰めていって。
「も……っ、だめ……ぇ……っ!」
ぎゅう……っ、とエルヴィスの背中に抱き着いたレベッカは、限界を訴える甘い悲鳴を上げていた。
「うん。イって」
強い力で抱き着かれたエルヴィスは、途端とても嬉しそうな笑顔になって、レベッカへと優しい囁きを落としてくる。
「レベッカ。可愛い」
その美声は、本当に毒のようにレベッカの全身を痺れさせてくる。
「……レベッカ……」
少しだけ緩めた律動の合間に、きゅ、と陰核を摘まみ取られ、まるで雷が落ちた時のような衝撃がレベッカの背筋を走り抜けていった。
「ぁぁあ……っ!」
「……く……っ、締め付けが……っ、すご……っ」
絶頂に甘い悲鳴を上げたレベッカに、エルヴィスはぐっと奥歯を噛み締める。
そうして絶頂の余韻にがくがくと腰を揺らすレベッカが少しだけ落ち着くのを待ってから、エルヴィスは両手で細腰を掴み直してくる。
「なに……っ?」
「ごめん。オレももう限界」
今度はなにをする気かと怯えるレベッカの瞳に、申し訳なさそうに苦笑するエルヴィスの顔が映り込む。
「あ……っ!」
ぐ、っと腰を押し付けられたレベッカはすぐにその意味を理解して、愕然とした表情を浮かばせる。
「待……っ」
「ほんと、ごめん……っ」
「ぁあ……っ!」
本当に余裕のなさそうな声色で謝られ、すぐに再開された律動に、レベッカの口からは掠れた悲鳴が上がる。
「いやぁ……っ、あっ、あ……っ!」
今まで以上に大きく身体を揺さぶられ、レベッカはされるがままに甲高い嬌声を上げることしかできなくなる。
「……ほんと、もう、限界……っ、レベッカの胎内《なか》、気持ち良すぎて……っ」
「ひぁ……っ、あ、あ……っ!」
切羽詰まったようなエルヴィスの吐息にも、なぜか官能を刺激され、レベッカは無意識に腰を揺らす。
「あ……っ、あ……!」
「……ね。レベッカはどんな男性《ひと》が好きなの……っ?」
レベッカを好き勝手に揺さぶりながら、ふとエルヴィスがそんな疑問を投げてきて、レベッカは涙に濡れた瞳で精一杯エルヴィスを睨み付けてやる。
「少なくとも、貴方みたいな人じゃないことは確かよ……っ!」
こんな、能天気で、ポンコツで、自分勝手な人。
そんな最低最悪な人のことを、好きになんてなるはずがない。
「私は、私より強い人じゃなくちゃ絶対に嫌……!」
だから、貴方なんて絶対に嫌! と鋭い目を向ければ、エルヴィスは困ったような笑みを浮かべてくる。
「……そっ、か」
「あ……っ!」
とはいえ、腰を打ち付けるエルヴィスの動きが緩むことはなく、レベッカはそれ以上反論することができなくなる。
「あ……っ、あ……!」
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を響かせる抽出は激しくなり、レベッカはただエルヴィスに揺さぶられるがままに身悶える。
「……でも、離さないよ?」
「ぁあ……っ!」
腰を打ち付けながら落とされたエルヴィスのその囁きは、もうレベッカの耳にまで届かない。
「君はもう、オレのものだから」
「……や、ぁあ……っ!」
さらに激しくなった律動に、レベッカは無意識に首を横に振る。
「オレの傍から離れるなんて許さない……っ」
「……ひ……、ん……っ」
そうして、ぐ……っ、と奥深くまで穿たれたかと思うと熱い迸りを感じ、レベッカは愕然と身を震わせていた。
「…………」
ぼんやりとした意識の向こう側。なにやらエルヴィスがぶつぶつと呟いているような気がしたが、レベッカは強い睡魔に負けてしまう。
「……本当にレベッカは強情で手強いなぁ……」
やっと意識を奪えた。と、そんな安堵の吐息が聞こえた気がするのも気のせいか。
「まぁ、レベッカがそんなだから、オレはレベッカのことが好きなんだけど」
自嘲気味の笑みと共に、目元に感じた優しい感触。
「……レベッカ」
とても甘い美声。
「好きだよ」
そして、それ以上の蕩ける声色で告げられた愛の言葉。
それでも。
「……利用してごめんね」
申し訳なさそうに謝ったエルヴィスが、そっと部屋を出ていくのを、レベッカは遠いどこかで感じながらも、意識はぷつりと途絶えていた。
(――つづきは本編で!)