作品情報

現代転生悪役令嬢もイケオジ鬼上司の前ではただの溺愛対象でした

「どうする? 俺を本気にさせた責任、取ってくれるのか?」

あらすじ

「どうする? 俺を本気にさせた責任、取ってくれるのか?」

乙女ゲーム世界で処刑された悪役令嬢マリーは、現代のOL茉莉として転生してしまう。
会社の仕事をバリバリこなすうち、茉莉は鬼上司と名高い新部長、剣持の秘書に抜擢される。
仕事一徹の剣持と衝突しながらも彼に惹かれていく茉莉。
悪役令嬢のお役御免とばかりにアタックを繰り返すが、茉莉の浮世離れした雰囲気と年の差のせいで、剣持には恋愛対象として見てもらえず…

作品情報

作:砂月美乃
絵:ハシモトあい

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本文お試し読み

1 それはよくある断罪イベント

「バルヴィエ侯爵令嬢マリー・アンジェリク。素直に罪を認め、ここにいるコレットに謝罪するか。君のしたことは許しがたいが、素直に反省するならば慈悲をかけてやってもいい」
 貴族の子女が集う、シュデール王立学院。しかし美しい薔薇の咲き誇る中庭には、ぴんと張り詰めた空気が漂っていた。
 中央に立つ美しい娘は、周囲からの突き刺さる視線など見えぬように、昂然と頭を上げている。その淡い紫の瞳がきらりと光った。
 バルヴィエ侯爵家の一人娘マリー・アンジェリクは、その美貌だけではなく、気位の高さでも知られている。
「反省ですって? 冗談ではありませんわ。いいえ、認めません。わたくしに、いったい何の咎があるというのです?」
「何を言うか! コレットから全て聞いたぞ」
 前に立つ男が一歩踏み出した。すらりと背の高い、華やかな容姿の若い男。シュデール王国第一王子、フロリアンだ。
 マリーはひるんだ様子もなく、彼を見つめる。フロリアンの顔が神経質そうに歪んだ。
「殿下……」
 小柄な娘が、不安げな声でその腕にすがりつく。
「大丈夫だ、コレット。何も怖がることはないよ」
 マリーに向けたのとは別人のように甘く微笑む王子に、マリーは軽蔑しきった目を向けた。
(まったく殿下ときたら、あんな小娘にすっかりのぼせてしまわれて……。嘆かわしい限りですわ)
 それでも第一王位継承者であるからには、いずれ妃を迎え、王として国を治めねばならない。いよいよ王立学院の卒業が迫り、王太子として立つのも間近となった今、それは決して遠い話ではない。
 その王太子妃の最有力候補とされてきたのが、マリーだった。
 波打つ豊かな金髪に、同じ色の睫に縁取られた紫水晶《アメジスト》の瞳。学院一の美貌として知られ、レディーとしての教養も身のこなしも完璧と謳われる自分以外に、誰が未来の王妃を務められると言うのだろう。――もちろんバルヴィエ侯爵家と言えば名門中の名門、家柄だって申し分ない。
 と言って、別に王子に特別な思いを抱いているわけではない。
 王子フロリアンは見た目こそ美貌の王妃に似て美しいが、中身のほうはあまりたいしたことはない。おおっぴらに言う者こそいないが、少なくともマリーはそう思っていた。
 だが多少中身が残念であろうとも、未来の王には違いない。
(この国で、一番王妃にふさわしいのはわたくしですわ)
 マリーはそう信じていた。
(それなのに……。まさかあんな身分の低い小娘に)
 今年入学してきた、いまいましい娘。
 父親は剣の腕を認められて爵位を授けられたというが、つまりはつい最近まで平民だった男だ。そんな男の娘が、同じ学院で席を並べるというだけでも不快だというのに……、あろうことか王子に気に入られ、今や恋人気取りでその腕に抱かれている。
「マリー・アンジェリク・バルヴィエ。嫉妬にかられてコレットに行った、様々な嫌がらせ。全て証拠もある」
「嫉妬ですって!?」
 どうして自分がこんな小娘に、嫉妬する必要がある? 
 バルヴィエ侯爵家は、過去に幾人も王妃を出している名門だ。マリーも幼い頃から王太子妃候補である自分を、みじんも疑うことなく育ってきた。王族たるもの、恋だの愛だのより立場が大切。剣を振り回すだけが取り柄の野蛮な男の娘など、断じて許すわけにはいかない。
 だからこそ、自分のしたことは当然だ。一片の疑問もなければ、まして罪の意識など起きようはずがない。
 マリーは自信たっぷりに言い返した。
「このような身分の低い、貴族としての教養も足りぬ娘では、殿下に、ひいては王家にふさわしくありませんもの。わたくしは身の程知らずの下賎な娘に、身の程をわきまえるよう教えて差し上げただけですわ」
「そんな、ひどい……。マリーさま」
 小娘――コレット・家名はなんと言ったかしら?――が、声を震わせて俯く。豊かではない暮らしを伺わせる、痩せた肩。しかし恋に狂った王子には、それすらも華奢で愛らしく見えているのだろう。
「あら、本当のことを言っただけですわ。だいたい貴女ときたら……」
「うるさい! それ以上コレットを侮辱するな!」
 顔色を変えた王子が、周囲の制止を振り切って叫んだ。
「コレットは、王子である私が選んだ娘だ。その彼女に、お前は敬意を払うどころか、数々の無礼や嫌がらせを働いた。これは、私に対する不敬と同じ」
 マリーは鼻で笑った。
 コレットと王子は、最近知り合ったばかりだ。当然、まだ婚約もしていない。つまり彼女はまだ王子とは何の関係もない成り上がり、ただの下級貴族の娘だ。そんな相手に払う敬意など、バルヴィエ侯爵令嬢マリー・アンジェリクは持ち合わせていない。
 ……確かにかなりこっぴどく虐めたけれど、それも仕方のないこと。だって平民に余計な夢を見させては、かえって酷というものだから。
「何をおっしゃいます、殿下……」
「黙れ! ――もう許せぬ」
「……殿下?」
 嫌な笑い方をした王子に、周囲が怪訝な目を向ける。
「マリー・アンジェリク・バルヴィエ。――王族に対する不敬により、死罪」

 * * *

「このわたくしが、処刑!? どうしてですの!?」
 王族への不敬は重罪だ。まして王子本人の発言であるからには、もはや疑うべくもない。
 マリーの父であるバルヴィエ侯爵の必死の嘆願も空しく、マリーは翌日処刑されることが決まった。
 侯爵令嬢として、さらには王太子妃候補として蝶よ花よと育てられた彼女には、そこからの騒ぎはずっと悪い夢を見ているようにしか思えなかった。
 翌日。マリーは、虚ろな顔で引き出された。
 執行人が、膝をつかされたマリーの豊かな金髪を掴んだ。仰向かされた瞳に、青い空が映る。
「お覚悟を」
 重い刃が振り上げられた瞬間、マリーの瞳に強い光がきらめいた。
(わたくし、まだ死にたくない)
 ――しかしその思いは、はかない命とともに消えた。


2 はたらく悪役令嬢

 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……。
 無意識に枕元を探った手が、スマホのアラームを止める。
「ん……」
 ゆっくりと起き上がって目を擦り、――彼女は目を見開いた。
「ここは……どこですの……?」

 目覚めてすぐに、違和感に気づいた。――いつもの部屋じゃない。
 四本柱に囲まれた天蓋付きの重厚なベッドに、彼女の好きな薔薇の縫い取りがされた絹の掛け布団。横には侍女が立っていて、洗顔のために薔薇の香油を垂らした水鉢を用意している。
 彼女はぼんやりと辺りを見回した。
 彼女の衣装部屋にも満たない、やけに小さな部屋だ。妙に薄くて軽い布団に、奇妙な音をたてて鳴り響く薄い金属の板のようなもの。――ガーゼケットにスマホだと、不思議な記憶が後から追いついてくる。
(ここは……!?)
 一瞬取り乱しかけたが、すぐにそこが自分の部屋……家だと理解する。
(わたくし……!)
 信じられないことだが、なぜか分かった。今の自分が、マリー・アンジェリクではないことが。
 東城茉莉《とうじょうまり》。それが、自分の名前だ。
 ――ここは、シュデールではない。見たこともない部屋に家具、小物や調度品には初めて見るような材質や色が使われている。どうやら、まったく知らない世界にいるらしい。それが日本《ニホン》という国だと、彼女はなぜか知っていた。
 そこまで考えて、彼女はがばと立ち上がった。
 洗面所へ向かい、鏡を見る。場所など知らないはずなのに、自然に体が動いていた。
「……!」
 そこにいたのは、マリーとは似ても似つかぬ娘だった。
 違う。これまで鏡で慣れ親しんだ顔ではない。金髪でも、淡い紫の瞳でもない。
 茶色の髪、それよりも濃い茶色の瞳。よく見れば、どうやら本来は黒に近い髪を明るく染めているらしい。
「これが……わたくし?」
 呆然と呟いて、その声を聞いてはっとする。記憶にある自分の声より少し低くて……、わずかに舌足らずなところもある。
「信じられない……」
 しかしマリーがしゃべると、鏡の中の娘も同じように口を動かした。そっと頬に触れてみると、鏡も同じようにする。――やはりこれが、今の姿なのだ。
 マリーはしばらく呆けたように鏡を見つめていた。が、突然あることに気づいて声を上げる。
「きゃあっ! な、なんなのこれは……っ!」
 それは、自分の着ているものの酷さだった。
 マリーではない、茉莉がねまきにしていたもので、ワンピースという名のようだ。だが……。
(こ、これではまるで奴隷のようではありませんの?)
 あまりにも布が少ない。そして薄い。この世界では不自然でもなんでもないようだが、マリーの感覚ではちょっと……いや、かなり耐えがたい。
「ど……、どうしたらいいのでしょう……?」
 マリーはへなへなと崩れ落ちた。

 * * *

 どれだけそうしていたのか分からない。
 ふとマリーは、不思議な音に気がついた。どうやら自分の、お腹のあたりから鳴っているようだ。
(何の音なの……?)
 答えはすぐに追いついてきた。これは「お腹が空いている」ということらしい。侯爵令嬢だったマリー・アンジェリクの暮らしは、王族に次ぐ豊かなものだった。だからこれまで「お腹が空く」という経験をしたことがなかったのだ。
(こんなの、初めてだわ)
 首をかしげながら立ち上がり、部屋を見回す。――たぶん、あそこだろう。どうして知っているのかは分からないけれど。
 銀色の大きな扉を開いてみると、透き通った小箱に入った食べ物らしきものがあった。マリーはこれまで、自分で料理どころか皿さえ運んだことはない。しかし今は流れるように小箱を取り出し、隣にある窓のついた扉のような箱に入れ、何か文字の書いてあるつまみやらでっぱりやらを操作していた。
 こんな道具を見るのは初めてだ。温めたり冷やしたり、まるで魔法みたいだ。大きな箱はレイゾウコ、窓のある箱はレンジと言うらしい。
(変ね。どうして分かるのかしら?)
 隣の棚に、可愛らしい花が描かれた小さな鉢と、籠に入ったスプーンがあった。温めた食べ物をそこへ移し、おそるおそる口に運ぶ。
「まあ、美味しいわ!」
 マリーは思わず頬をほころばせた。
 初めて食べるものだが、なぜかよく知っている味のような気もする。忙しくスプーンを動かし、気づけばあらかた平らげてしまっていた。
 お腹がふくれると、ようやく落ち着いて考えられるようになった。改めて部屋を見回して、考える。分からないことだらけだが、一つだけはっきりしていることがある。
(どうしてか分かりませんけど。……やっぱりわたくしは、マリー・アンジェリク・バルヴィエではないのですわ)
 さっき鏡で見たとおりだ。完全に、見た目も声も変わっている。
 自分は「東城茉莉」という女性になっているようだ。ここは「茉莉」の住まいらしい。初めて見るものばかりなのにそういうことを知っているのは、茉莉の知識なのだろう。
(……不思議なところだわ)
 部屋のなかにある物どれをとっても、見たこともないものばかりだ。バルヴィエ邸に比べると哀れなほど小さな窓の外には、巨大な石造りの建物がいくつも見えた。マリーの目から見ると、ひどく角張って無骨に思える。
 窓辺に寄って視線を下げれば、大きな黒い塊がものすごい速さで走り抜けていった。
「きゃっ!」
 あれは「車」、大きな石の建物は「ビル」や「マンション」。茉莉の知識として知っているはずでも、マリーとして見る限り驚きは抑えられない。
 たくさんの人、見たこともない不思議なもの。
 マリー・アンジェリクは初めて途方にくれていた。
(どうしましょう。わたくし……どうしたらいいのかしら?)
 そのとき、向かいのマンションの隙間から一筋の光が差し込んだ。誘われるように目をやると、青空が目に入る。マリーの脳裏に、あの時の青空が甦った。王子への不敬ゆえに処刑場に引き出され、髪を掴まれて仰向かされて……その後の記憶はない。
 ただひとつだけ、覚えていた。
(わたくしは……。あの時、生きたいと思ったのだったわ)
 どう考えても、あの場で処刑されなかったとは思えない。それなのに、自分が今ここにいるということは……。
(わたくしは、処刑されて死んだのかしら? そして見たこともない世界へ生まれ変わったと? だとしたら、これは……)
 神が下されたもうた機会なのか、それとも……?
 マリーはもう一度顔を上げた。シュデールと同じ色の空だ。
(生きてみましょう。新しい、不思議なこの世界で)
 どんな運命が待っているか、彼女はまだ知らない。
 令嬢マリー・アンジェリクは、東城茉莉になった。

 * * *

 この世界で生きると決心して間もなく、彼女は仕事に行かなくてはならないことを「思い出した」。
(仕事ですって? このわたくしが? 侯爵令嬢マリー・アンジェリクともあろうものが……)
 一瞬憤然としたが、そもそももう自分はマリーではないのだ。
 それによくよく記憶を辿ってみるに、この世界には身分の差というものがほとんどないようだ。従って、大部分の人は働くのが当たり前らしい。
(うう、仕方ありませんわ。貧乏だけは、耐えられませんもの)
 そこまでは良かったが、家を出るまでがまた一苦労だった。
 まずはクローゼットを開いて絶句した。
「こっ……。この世界の人は、本当にこんなものを着ていますの!?」
 いや、分かる。そうだということは、ちゃんと理解している。ただ――これまでの世界で身につけていたドレスに比べると、明らかに短い。そして、薄い。襞もレースも飾りも刺繍も……布の使用量が、圧倒的に足りないのだ。
 ハンガーの一つを手に取り、鏡の前で恐る恐る当ててみた。
「きゃああっ!」
 顔を背けるのと同時に、ハンガーをはねのけた。
(む、無理ですわっ!)
 美しい花柄に惹かれて手に取ったスカートだが……膝から下が剥き出しになる。この世界では普通らしいと分かっていても、マリー・アンジェリクとしての十八年が、どうしても受け入れることを許さない。
「いやあ、足が……!」
「う、腕が……?」
 鏡の前で目を白黒させてようやく選んだのは、水色のワンピースだった。襟なしのシンプルなスタイルだが、ふんわりと膨らみを持たせた七分袖の袖口には、リボン飾りがついている。ミモレ丈のスカートも、ぎりぎり許容範囲だ。さらさらした布地もなかなか良い。
「こ、これならなんとか……」
 ほっとしたのもつかの間、下着やらストッキングやらでさらに驚くことになるのだが……。それでもどうにか身支度を調え、マンションを出た。
「さ……さあ、行きますわよ」
 小さく自分に喝を入れ、茉莉は表情を引き締める。向こうの世界でしていたようにつんと頭を起こし、軽く顎を上げて歩き出した。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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