「……君は、男の欲望というものを甘く見すぎているな」
あらすじ
「……君は、男の欲望というものを甘く見すぎているな」
若く真摯な騎士隊長・アルベルトは、野盗に襲われた伯爵令嬢・ヘレナを救い出した。伯爵から報奨を受け彼女と結婚したが――妖精のように儚く、小さく愛らしい花嫁に、自分の凶悪な本能を受け入れさせるのが怖くて、初夜も結ばれてはいない。目の前の妻はあまりにも純粋で美しすぎる。抱きたいという欲望に苦悩するアルベルト。だが、そんな夫にひとめぼれしたヘレナもまた、なかなか抱いてくれないことに悩み……?優しすぎる夫と、一途に夫を想う花嫁。ふたりの甘くもどかしい夫婦生活は――。
作品情報
作:猫屋ちゃき
絵:ちょめ仔
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7/11(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)
本文お試し読み
プロローグ
アルベルトは、寝台に横たわる新妻ヘレナの姿を見て、恐れをなしていた。
おそらく今夜のために特別にあつらえさせたであろう純白のガウンをまとい、日頃は結い上げている亜麻色の髪を下ろしている。
本来であれば、扇情的な姿なのだろう。
だが、それよりも侵しがたい神聖さを感じさせられて、そのことがアルベルトは恐ろしかった。
(これは、触れてはいけないものだ……)
子猫を思わせる灰青色の瞳に見つめられ、髪を撫でようと伸ばした手を思わず引っ込めた。期待に満ちた眼差しに応えてやらねばならないと思うのだが、同時に触れてはならないとも感じる。
まだあどけなさの残る愛らしい顔や、細く華奢な体を前にして、劣情よりも罪悪感が湧くのだ。
言ってみれば、教会で目にした女神像に劣情を抱いたときのような、そんなバツの悪さだ。
ヘレナは十九歳で、もう大人の仲間入りをしていることは承知している。
それでも、自分のような者が触れてはいけないと感じさせるほど、目の前の妻はあまりにも純粋で美しすぎた。
「……やはり、このような子どもっぽい体では、アルベルト様をその気にさせることはできないのですか……?」
アルベルトがじっと見つめるだけで触れることすらしなかったからだろう。
不安になったようで、見る間にヘレナの大きな目に涙が溜まる。
初夜に挑もうと覚悟を決めて寝台で待っていた妻にすることではなかったと、アルベルトは慌てた。
「違う! 断じてそのようなことは……あまりにも美しくて、触れるのがためらわれただけだ」
「……そのような嘘で、気づかっていただかなくて結構です」
言い訳じみて聞こえたからか、ヘレナはぐすんと鼻をすすってそっぽを向いてしまった。
泣かせたかったわけではないから、どうしたものかとアルベルトは悩む。
憎からず思っている女性が裸も同然の姿で横たわっているのを前にして、高ぶらないわけがないのだ。
その証拠に、アルベルトの中心には血液が集まり、すっかり硬くなっている。
まだ無垢そのものの妻にそんなことを知られれば恐れさせるだろうと堪えていたが、それゆえ泣かせてしまったのでは本末転倒だ。
アルベルトは着ていたものを脱ぎ捨てると、その裸身をヘレナの前に晒す。
「ヘレナ、俺を見てくれ」
「……きゃっ」
そっぽを向いていた彼女に声をかけると、拗ねた様子のままこちらを見た。だが、すぐに両手で顔を覆ってしまう。
「……アルベルト様、それは……?」
「美しい君を前に欲情しているのだ。男のここは、交わりのためにこんなふうに形を変えるんだ」
「……そんなに大きなものが……」
指の隙間からアルベルトのものを見つめるヘレナの顔が、赤くなったり青くなったりしていた。
恥ずかしいのと恐ろしいのとで、心の中は混乱しているのだろう。
無理もない。
強く逞しい体つきのアルベルトのものは、当然それに見合って雄々しい。
小さなヘレナの体がそれを受け入れることを恐怖するのは、当たり前のことだ。
「君を前にその気にならないなど、ありえない。こんなにも浅ましく、俺は君への劣情を滾らせている」
「……っ」
彼女の体に覆い被さり、硬くなった自身を押し当てた。ガウンの上からとはいえ、その大きさが伝わったのか、彼女は息を呑んだ。
(そうだよな、恐ろしいよな……こんな砂糖菓子みたいな繊細な体で、俺のものを受け入れられるわけがないんだ)
彼女の柔肌に押し当てたことで、さらに血液が中心に集まるのを感じた。浅ましいが、やはり新妻を前に滾らないわけがないのだ。
だが、どうやってもこの小さな体に己のものが収まるところを想像できなかった。
理性と欲望がせめぎ合う中、アルベルトは葛藤していた。
どうすれば妻の心も体も傷つけず、結婚初夜をやり過ごせばいいのだろうかと。
第一章
柔らかさを感じさせる陽光が射し込む一室で、騎士アルベルトはその大きな体を緊張させていた。
ここはエストマン伯爵家の屋敷の応接室。
アルベルトは伯爵に直々に招かれて、この場を訪れていた。
王立騎士団に所属しており、一隊を任される隊長だ。日頃貴族階級の人々と接することはあるとはいえ、このように一対一で向き合うとなるとやはり緊張してしまう。
加えて、わざわざ「お礼がしたい」と呼び出されているのも、緊張に拍車をかけていた。
「先日は我が娘を助けてもらい、本当に感謝している。感謝してもしきれんよ」
伯爵は人の良さそうな顔にさらに笑みを浮かべ、アルベルトの手をギュッと握っている。
「いえ。自分は騎士として当然のことをしたまでで、そのような過分なお言葉をいただく必要は……」
「いやいや。大事な娘を危うく失うところだったのだ。本当に、どう感謝を伝えたものか」
謙遜してみたものの、それは逆効果だったようで、伯爵は握ったアルベルトの手をぶんぶんと上下に振った。
仕事柄、人助けをすることなどよくある。今回助けたのがたまたま伯爵家の人間だったというだけで、このように恩を感じさせてしまうのは落ち着かない。
数日前、アルベルトは王都と地方都市を結ぶ街道で野盗に襲われそうになっている馬車を助けた。
商人たちがよく襲われると前々から騎士団に報告が上がっており、警備と偵察に向かった矢先の出来事だった。
馬車を取り囲んでいた野盗たちを縄で縛り上げたあと、中を見てアルベルトは驚いた。
そこにいたのは、亜麻色の髪と灰青色の瞳が美しい、妖精と見紛うほどの美少女だったからだ。
「ありがとうございます、騎士の方」
目を潤ませた少女がそう言ったことで、彼女が妖精ではなく人間なのだとわかった。妖精ならば、人の言語は話さないだろう。
馬車を見れば、エストマン伯爵家の紋章がついている。つまりこの妖精じみた少女は伯爵家のご令嬢なのだ。そう理解したアルベルトは姿勢を正した。
「ご無事で何よりです、レディ。これより目的地まで我々が護衛を務めさせていただきます」
「ええ、ありがとう。……心強いです」
声をかけたアルベルトに令嬢はか細い声で答えた。
そこからは、彼女たちの目的地である地方都市まで、声をかけながら進んだ。
とはいえ、休憩のたびに体調を気づかい、気持ちが緩むよう配慮しただけのこと。
特別に感謝されるようなことをしたわけではないのである。
仕事で誰かを助けるたびに、このように呼び出されることなどない。
つまりは、「感謝を伝えたい」などという名目で呼び出されたとなると、何か別の理由があるのではと勘繰ってしまうのだ。
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