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堅実OLの秘密の恋~ストイック副社長が甘々彼氏になりました~

「今さら恥ずかしがるのか? 君の白い肌は、俺だけが触れられるものなのに」

あらすじ

「今さら恥ずかしがるのか? 君の白い肌は、俺だけが触れられるものなのに」

 勤め先の社長に突然息子とのお見合いを打診されたOLの奈々美。だが社長の息子涼真は、甘いルックスとストイックな仕事ぶりが評判のエリート副社長だった。
 社長を納得させるため、形だけのお見合いを済ませてお互いに結婚を断るつもりだったはずが、誠実な涼真の人柄に奈々美の胸はときめいてしまい……。

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作:花音莉亜
絵:まりきち

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本文お試し読み

「間宮(まみや)さんは、本当に気配りが上手だね」
 社長室にメモリを届けにいったところで、社長からそう声をかけられ背筋が伸びた。私は頼まれていた会議資料を作成し、それを収めたメモリを持ってきただけだ。
 特別なことはなにもしていないのに、社長からのその言葉は恐縮以外のなにものでもなかった。
「ありがとうございます……。ですが社長、どのようなことで……?」
 “そう言われているんですか?”とまでは口にできなくて、最後の言葉は濁してしまった。いくら社長と一年半のやり取りがあるとはいえ、それほど親しい距離感でもないからだ。
 私はあくまで、秘書のヘルプの一人に過ぎない。首を傾げていると、社長は座ったまま、私を見上げた。
「間宮さんは物腰が柔らかいし、仕事が丁寧だ。浮ついたところもなく、信頼が持てる」
「あ、ありがとうございます」
 いったい、社長はどうしたのだろうと不審になる。お褒めの言葉を貰えるのは嬉しいけれど、あまりに唐突過ぎたからだ。
「そんな間宮さんに、折り入って頼みがあるんだが。聞いてもらえるだろうか?」
「はい。どういったことでしょうか?」
 なんだ、仕事の依頼だったのかとホッとする。それにしても、社長らしからぬ遠回しな言い方だ。
「突然なんだが、私の息子と見合いをしてもらえないか?」
「え……? お、お見合いですか?」
 それはあまりに想像を超えたもので、まともに受け取っていいのか迷うほどだ。でも、社長は日ごろから冗談を言うタイプではない。
 それに、彼の目は真剣そのもので、とてもいい加減に口にしているとは思えなかった。
「そう。間宮さんも、私の息子のことは知っているだろう?」
「もちろんです」
 知らないわけがない。社長の息子の片瀬涼真(かたせりょうま)さんは、この会社の副社長なのだから。それも、女性なら多くの人が惹かれるだろう甘いルックスをしていて、有能として評判のエリート男性だ。
 社内では、本気で狙っている女性社員もいるほどだった。どうして私が、副社長との見合いをお願いされたのだろう。
 呆気に取られていると、社長は静かに続けた。
「失礼だが、間宮さんは何歳かね?」
「は、はい。二十六歳です」
「そうか。涼真は三十四歳だから、八歳違いというわけか。少し年の差はあるが、彼は誠実な男だ。親の私が言うのもおかしいだろうが、その点は保証できるよ」
(ちょ、ちょっと待って! もしかして、話が進んでる!?)
「社長、非常に光栄なお話なのですが、私ではとても副社長のお見合い相手にはなれないと思います」
 心の中の動揺を隠し、冷静に答えるものの、社長は私の言葉を意に介した様子はない。それどころか、首をゆっくり横に振った。
「私は息子に、いくら家柄が立派でも何不自由なく育てられた娘さんより、正直なところ間宮さんのような堅実な女性に結婚をしてほしいと思っているんだよ」
「社長……」
 社長の口調は真摯で、とてもそれ以上の言葉を言い返せない。五十代半ばで大手飲料メーカーの社長職に就き、今年で十年目になる。周囲からは、やり手の経営者だと評されていた。
 私もそう感じていたし、社内での社長はとにかく真面目で仕事に一途な人だ。普段は、業務以外の会話をしたことがなかった。
 だから、社長からそう思われていたことに驚いてしまった。社長は、本気で見合いをしてほしいと願っているようだ。
「もちろん、間宮さんのプライバシーの問題でもあるから、このことは社内では公にしない。どうだろう? 涼真と見合いをしてくれないだろうか?」
 最後は社長が立ち上がり、私に頭を下げた。
「しゃ、社長! やめてください」
 慌てて制するも、彼は頭を上げようとしなかった。私が勤めるこの会社は、国外にも支社がある大企業だ。
 代々同族経営で、社長は名家出身の人でもある。そんな雲の上の人が、私に頭を下げるなんて、それだけでいたたまれなかった。
「間宮さんのような誠実な女性なら、私も本当に安心だ。どうか、見合いを受け入れてほしい」
 社長にそこまで言われて、断れるはずもない。それに、それほど自分自身を評価してもらえたのは素直に有難かった。
「はい。私でよろしければ、よろしくお願いいたします」
 熱意に折れる形で引き受けると、社長は顔を上げ満足そうに目を細めた。
「ありがとう、間宮さん。詳しいことは、また連絡をしよう。涼真から、直接声をかけさせてもらってもいいかね?」
「もちろんです」
「よかった。それでは、また」
 社長に挨拶をして執務室を出ると、自然とため息が漏れそうになり慌てて呑み込んだ。まだ、社長のメイン秘書の部屋を通らないといけないのだ。
 ため息なんて漏らしていたら、不審がられてしまう。
「間宮さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様です。失礼いたします」
 いつもどおり、メイン秘書の山内さんにも挨拶をする。四十代の男性で、社長の右腕の人だ。
 早々と社長室をあとにしながら、廊下で深いため息をつく。副社長とお見合いなんて、どうしてそんなことになってしまったのだろう……。

「お帰り奈々美(ななみ)。どうしたの? 浮かない顔して」
 所属する総務部へ戻ると、同期の伊藤真奈(いとうまな)が声をかけてきた。彼女とは入社以来から親しくしていて、小柄で幼顔に見られる私と違い、真奈はスレンダーで綺麗な女性だ。
 副社長と並ぶなら断然、真奈のほうが絵になるのに……。
「ううん。仕事が大変だなぁって思っただけ」
 いけない、いけない。真奈に不審がられてしまっては、社長と副社長に迷惑をかけてしまうことになりかねない。
 気が重いけれど、表に出さないようにしよう。笑顔を取り繕うと、彼女はクスッと小さく笑った。
「本当ね。私たち、秘書業務も兼務してるもんね」
 真奈はそう言うと、パソコンに視線を戻し仕事を再開させている。彼女の言うとおり、私たちは通常の総務部の業務に加え秘書の仕事も手伝っているのだ。
 メインの仕事は社宅管理や異動の手続きなど、書類作成や外部とのやり取りだった。営業部のような華やかな雰囲気ではなく、どちらかというと地味にコツコツ行う作業ばかりだ。
 その中で役員の秘書仕事は、刺激的なものでもあった。とはいっても、メイン秘書の人から指示される資料作成など雑務がメインではあるけれど。
(あの噂……、あながち嘘ではないのかも)
 社長や専務など、重役の秘書業務を手伝う私たちでも、副社長の仕事だけは任されることはない。
 その理由は、上司である総務部長ですらはっきりとは知らないらしい。だからいろいろな噂が立ち、副社長には女性を近寄らせたくないのではとも言われていた。
 社長の話からだと、副社長の結婚相手にかなり拘りがあるようだし……。だけど、どうして私なのだろうと、やっぱりよく分からなかった──。

「えっ!?」
 退社間際、社内メールが届き確認をした瞬間、声を大きくしてしまい肩をすくめた。オフィスの視線を一斉に浴びてしまい、恥ずかしさでパソコンに顔を隠す。
 でも、それだけ驚いてしまった。なぜなら、メールの送り主が副社長だったからだ。
(まさか、社長はもう話したの?)
 今まで、副社長からメールを貰ったことはない。だから、これが見合いのことだろうと予想できる。件名には『連絡』とだけあり、緊張しながらメールを開く。すると、そこには仕事が終わったら、副社長室へ来てほしいと書かれてあった。
 間違いなく、見合いのことだろう。副社長は、今回の話をどう思っているのだろうか。不安でいっぱいのまま、退社準備をしたあと副社長室へ急いだ。
 本社が入っているこのビルは、十五階建ての自社ビルだ。最上階に、社長室と副社長室があり、そのひとつ下の階に他の役員の部屋がある。
 私が所属する総務部は十三階なので、裏階段を使い副社長室に向かった。重い鉄扉を開けると、すぐ側が副社長室だ。
 金色のプレートに黒字で書かれた『副社長室』の文字を確認すると、木製のドアをノックした。
「はい」
 数秒でドアが開けられ、男性が顔を出す。彼は、秘書の杉山さんだ。黒縁メガネがトレードマークのインテリな感じの人だった。
 杉山さんも男前だけど、どこか冷たそうな印象で少し苦手なタイプだ。
「総務部の間宮です。副社長にお会いしたいのですが」
 バクバクと心臓が鼓動を打ち、自分が緊張しているのが分かる。杉山さんに不審がられたら、どう説明しようかと考えていると、彼はすんなりドアをさらに開けてくれた。
「どうぞ。奥が、副社長の執務室になります」
「あ、ありがとうございます」
 私が来ることは、伝えられていたのだろう。そう感じるほどに、杉山さんはあっさり案内してくれた。
 秘書室を奥に進んだところに、もうひとつドアがある。それをノックすると、中から副社長の声が聞こえた。
「どうぞ」
 今までも、彼の声は聞いたことがある。でも改めて聞くと、とても低く色気のあるものだった。
「失礼いたします」
 初めて入る部屋に背筋が伸びる思いを感じながら、ゆっくりドアを開ける。中が見えると、思った以上に窓が大きく開放感に溢れていた。
「間宮さん、すまない。突然呼び出して」
 私が入ったと同時に、デスクに座っていた副社長が立ち上がる。そして、大股でこちらへやって来たかと思うと頭を下げた。
「ふ、副社長!?」
 突然の彼の行動に、戸惑いで焦ってしまう。副社長にまで頭を下げられては、どうしたらいいのか分からなくなるからだ。
「父が、無理やり見合いをお願いしたようで、本当に申し訳ない」
「い、いえ。そんな……。あの、頭を上げてください」
 やっぱり、呼び出された内容は見合いのことだったようだ。でも、こんな風に彼に謝ってほしいわけではない。
 混乱していると、ゆっくりと副社長が顔を上げた。間近で見ると、その眉目秀麗さがよく分かる。
 なんて整った顔立ちをしているのだろう。身長も高く、姿勢を正した副社長を見上げる形になった。
「社長である父に頼まれたんでは、間宮さんも断れなかっただろう?」
「それは……」
 ズバリ彼の指摘どおりで、どう答えたらいいか考えあぐねる。口を噤んでいると、副社長が大きく息を吐いた。
「気を遣わず、断ってくれていいと言いたいんだが、父は一度決めたら押し通す性格で、きっと間宮さんに何度もお願いしてくると思うんだ」
「はい……」
(それは、なんとなく分かる)
「だから、時間を貰って申し訳ないんだが、一度見合いだけでもしてもらえないだろうか?」
 副社長は、一社員でしかない私に深々と頭を下げる。彼のことは、同じ本社にいて名前や雰囲気を知っていたとはいえ、こんなに丁寧な接し方をする人だとは想像もしていなかった。
「あ、あの。頭は下げないでください。社長が満足してくださるなら、お見合いはさせていただきます。副社長にも、お相手が私で申し訳ないくらいですが……」
 同じ会社の私と知り合ったところで、副社長にとってなんの得にもならない。未だに、どうして社長が私を選んだのかが謎なくらいだ。
「ありがとう。でも、間宮さんがそう思う必要はない。きみの貴重な時間を貰えて、ありがたく思うくらいだ」
「いえ、そんな」
 副社長がこんなに優しい人だったのかと驚くくらい、彼の態度は真摯で魅力的に映る。意外な一面に戸惑うばかりの私を、彼は申し訳なさそうに見た。
「見合いのあと、間宮さんは俺を断ってくれていい。きみの名誉のためにも、俺は間宮さんから断られて諦める形にするから」
「いえ! それでしたら、お互いに断りませんか? そのほうが、社長も納得してくださると思うので」
 さすがに、そこまで気を遣ってもらうわけにはいかない。公平に……というのもおかしいかもしれないけれど、そもそも私は副社長に釣り合う女性ではない。
 さすがに、私が一方的に断るという図式は気が引けてしまった。
「分かった。そうしよう。本当に、いろいろ申し訳ないが、見合いのときはよろしく」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
 なんだか、変な挨拶になってしまったけれど、副社長がとても誠実でホッとした。私を選んでくれた社長には申し訳ないけれど、見合いは形だけにさせてもらおう。
 自分には雲の上の人過ぎて無理でした……、答えも思いついたから──。

「今日は、本当にいい天気ですね」
 と、私の父が言えば……。
「本当にそうですな。まるで、二人の未来のようだ」
 と、豪快に社長が笑う。社長が、こんなに大きな声で笑う人だとは知らず、私は愛想笑いを浮かべながら戸惑いが広がっていた。
 今日は、とうとう見合いの日。社長からの突然の依頼から一ヶ月後、大安晴天の日曜日に私は再び副社長と顔を合わせた。
 社長が日頃から贔屓にしている日本料理の料亭で、和室の部屋からは日本庭園が見渡せる。小さな池に架かる石橋や鹿威しがとても風情で、見合いにはぴったりの店だ。
 私の両親にとって、社長も副社長も面識はない。見合いの話をしたときは、すぐに信じてもらえなかったほどだ。
 両親はかなり緊張していたようだけど、社長夫妻が想像以上に親しみやすく、すっかり打ち解けている。特に社長夫人は柔和な方で、私にも優しく接してくれていた。
「私たちばかりが話をしても仕方ないですから、ここはお決まりの二人だけの時間を作りましょうか」
 社長がそう切り出すと、皆が納得したように頷く。こういうとき、本来は恥ずかしいと思うのだろうけど、私たちにとっては好都合だった。
 なぜなら事前に副社長と、二人きりの時間になったときに、見合いの断り理由の確認をする予定にしていたからだ。
「それじゃあ、涼真。くれぐれも、失礼がないように」
「分かってます。じゃあ、行こうか」
 副社長は私に小さな笑みを見せる。私は頷いて彼に続いて立ち上がった。それにしても、滅多に着ることのない着物だからか、身体が重たく感じてしまう。
 それに、少し足が痺れたかも……。と思った瞬間、足がもつれて身体がよろけてしまった。
「あっ……」
「危ないよ!」
 咄嗟に身体を支えてくれたのは副社長で、部屋を出る前の出来事に社長たちは嬉しそうな顔をしている。
「す、すみません……」
「足が痺れた? 手を貸そう」
 大きく筋張った手を差し出され、それを受け止めるべきか迷ってしまう。ちらっと彼の顔を見上げると、クスッと笑われてしまった。
 クシャっとした彼の表情に、ドキッとしてしまう。また転びそうになっても迷惑だし、副社長の好意を素直に受け取ろう。
「ありがとうございます……」
 ドキドキしながら自分の手を重ねると、ぎゅっと強く握られた。今日は、断るための見合いなのに、私がときめいていてどうするのだろう……。

「すみません、副社長。これだと、いい雰囲気だと思われたかもしれないですね」
 庭に出た頃に、ようやく足の痺れも取れ彼が手を放した。中庭といっても、とても広くて散策するには十分な広さがある。
 今の時間は私たちだけのようで、話をするにはぴったりだけど、余計に緊張が増してしまった。
「いや、仕方ないさ。それより、間宮さんは着物が似合うな。お世辞じゃなくて、綺麗だと思う」
「あ、ありがとうございます……」
 さらっと言われたけれど、私はすでに心の中が混乱状態だ。やっぱり、事前に考えておいた“私には雲の上の人過ぎて”は、断り理由にぴったりだと感じる。
 今日は副社長との見合いということで、母が自分の実家から代々着てきたという薄いピンクの着物を送ってもらったのだ。
 それなりに高級なもので、きっと副社長も価値が分かったのだろう。そういうところは、さすがだと感心してしまう。
「間宮さんのご両親は、とても素敵な方だな。お父さんは銀行にお勤めで、お母さんはお父さんを支える専業主婦。とても、奥ゆかしい方だと思ったよ」
「そう言ってくださって、両親も光栄だと思います。ありがとうございます」
 掛けてくれる言葉も気遣いに溢れていて、知れば知るほど副社長は魅力的な男性だと感じてしまう。
 そんな人が、そもそもなぜ見合いで結婚相手を決めることになったのだろう。彼くらいの人なら、いくらでも女性を選ぶチャンスはあるはずなのに。
「社長も奥様も、あんなに親しみやすい方だとは思ってもみませんでした。特に奥様は、私に優しく接してくださって……」
 副社長の端正な顔立ちは社長譲りで、紳士的な性格は社長夫人譲りだろう。つくづく、自分が社長の目に留まったことが信じられない。
「父は、俺に早く身を固めてほしいみたいなんだ。だから、今日こうやって間宮さんが見合いを受けてくれて、かなりご機嫌なんだよ」
「社長は、そんなに早く副社長にご結婚してほしいんですか?」
 二人でベンチに座りながら、彼に問いかけた。なぜ、そこまで急ぐ必要があるのだろうか。
「ああ。俺があまりにも、恋愛に興味を持たず仕事ばかりしているからだろうな」
「えっ? そうなんですか……」
 こんなに素敵な人なのに、恋愛に興味がないほど女性が言い寄ってこない……? いや、そんなことはないはずだ。
 どこか信じられない気持ちで見ていると、副社長に苦笑された。
「興味がない……、と言うと語弊があるかな? もちろん、安らぎを感じられる女性と出会いたいんだが、なかなかそうもいかなくてね」
「副社長は……。その、素敵な方なのに?」
 こんな言い方は生意気だろうかと不安になるけれど、その疑問を口にした。すると、副社長は言葉を選ぶように言った。
「どうしても、肩書きに惹かれて声をかけてくれる女性ばかりでね。一緒にいて、とても窮屈なんだ」
「そうでしたか……」
 それは想像に難くないことで、なんて声をかければいいのか迷うほどだ。華々しくさえ見える彼の肩書きも、悩みになってしまうなんて。
「父も、そういう女性が苦手なんだよ。だから、間宮さんに声をかけたらしい。きみは、とても誠実で堅実だからと」
「そう言われるとおこがましいですが、どうして社長が私を選んでくださったのか、なんとなく理解できました」
 私の個人的なイメージだと、副社長のような立派な家柄の人は、同じような立場の女性を好むものだと思っていた。
 でも、社長も副社長もそうではなかったらしい。それが、より一層意外でもあった。
「母は、ごく普通の家庭の女性でね。父が猛アタックして、やっと振り向いてもらえたらしいよ」
「素敵なエピソードですね。たしかに、社長のお気持ち分かります。副社長のお母様、とても温かい感じの方でしたから」
 社長が猛アタック……。意外とロマンチストな人なのだと、少し親近感が湧いてくる。夫婦仲がいいだろうことは、副社長の人柄からも分かる気がした。
「父は特に、肩書きや家柄目的で近づく女性を不信に思ってる。代々の同族経営だからね。片瀬の名前だけで、輝いて見える人が多いらしい。だから、間宮さんとの見合いを成功させたいんだよ」
「そうですか。社長が、それほどまでに思ってくださるのは有り難いんですが……」
 やっぱり、副社長とこのまま進展するのは想像できない。そもそも、肝心の副社長がその気でないのだ。
「こんな風に言うと、きみに負担だろうかとも思ったけど、あやふやな理由のまま見合いをしてもらうのも不誠実だから」
「話してくださって、ありがとうございます。ただ、このお見合いを破談にしたとしても、社長はまたお話を持ってこられるんじゃないですか?」
 ふと心配になり言うと、彼は困ったような顔で微笑んだ。
「そのとおりだよ。でもそのときは、間宮さんとうまくいかなかったんだから、他の人でも無理だと押し通す」
「副社長ってば」
 彼のどこか茶目っ気のある言葉に、表情が和らいでしまう。ふふっと笑った私に、彼も笑みを見せた。
「間宮さんは、休日はどんな風に過ごしてる?」
「私は、のんびり過ごすことが多いですね。家で映画を観たり、一人でウインドーショッピングとか」
 そう話していると、我ながら色気のない休日を過ごしているなと思ってしまう。副社長の休みは、どんな感じなのだろう。
 聞いてみようかと思ったら、副社長が口を開いた。
「俺も、のんびりしてることが多いな」
「副社長もですか?」
 なんとなく、ホームパーティーとか、そういうアクティブで華やかなものを想像していたので驚いてしまう。すると、彼は深く頷いた。
「週末は、社交パーティー的なものも多いが、休日はできるだけ静かに過ごしたくてね。学生の頃は、友人とアウトドアが多かったけど、最近はゆっくりしたくて」
「そうですか……」
 きっと、日々の仕事や人間関係が大変なのだろう。今日の見合いですら、彼にとってはとても負担だったのかもしれない。
「副社長、もしご迷惑でなければ、私のお勧めの場所をご紹介しますよ?」
「お勧めの場所?」
 興味を持ってもらえたようで、彼に少し期待に満ちた目を向けられた。
「はい。郊外の海沿いの町なんです。島なので、橋で渡るんですが……」
 そこは、私が学生の頃に友人たちとよく遊びに行っていた場所だ。夏は海水浴客で賑わうけれど、離島ということもあり混雑することはない。
 特産物を売っている店や、地元の食材を使ったレストランなどもある。生活圏でもあり、小さな学校も海の近くに建っていた。
 そういうことを説明すると、副社長は感心したような顔をしている。
「そんな場所があったとは、全然知らなかったよ。小さな島なのか?」
「はい。島一周するのに、車で一時間もあれば十分だと思います」
 今は海水浴シーズンではないし、より落ち着いた雰囲気のはずだ。とてものどかで、副社長も快適に過ごせると思う。
「今、スマホで見てもいいか?」
「どうぞ。海水浴場は人気エリアですから、そこから調べてもらえれば」
 副社長はジャケットの内側からスマホを取り出すと、私にも見えるように検索をした。キーワードを入れるとすぐに出てきて、副社長は食い入るように見ていた。
「たしかに、とてものんびりした感じだな。普段の喧噪を忘れるような」
「ですよね? ここからだと、車で二時間も走れば着くんですよ。私のお勧めです。いつか、足を運んでみてください」
「ありがとう……」
 副社長は短く言うと、スマホの画面を消した。でも、それをおさめるでもなく、じっと見つめている。
(どうしたんだろう……)
 あまり、楽しくない話だっただろうか。気を遣って見てくれたのなら、申し訳ない。
「じゃ、じゃあ。そろそろ戻りますか?」
 これくらい二人の時間を過ごせば、両親たちも不審に思わないだろう。このあとは、日を改めて見合いの断りをするだけだ。
 社長には本当に申し訳ないけれど、それが私と副社長の希望だから割り切って考えよう。立ち上がりかけたとき、副社長に手首を掴まれベンチに座り直した。
「ふ、副社長?」
 まだ早かった? 触れられてドキッとしながら、彼を訝しげに見つめる。すると、副社長は真剣な眼差しで私を見つめ返した。
「さっきの島、一緒に行かないか?」
「え……?」
 言葉が続かず、頭が少し混乱した。だって、私たちは今日限りで、もう会うことはないはずだから。
「勝手なことを言って、すまないと思ってる。でも、間宮さんさえよければ、一緒に」
「で、ですが……」
 また私たちが会えば、社長はとても期待するかもしれない。私の両親は説得できても、社長は私たちがそのあとに断ったとしたら、かなりがっかりしてしまうのではないか。
 それを想像すると、不安でもあり心配でもあった。
「迷惑なのは、重々承知してる。そのあと、きみからの断りに関しては、俺が責任を持って父を説得しよう。だから、一度だけでも……」
 副社長があまりに真剣だから、これ以上渋ることに罪悪感すら覚えてしまう。彼がそこまで望むなら、受け入れてみようか……。
「分かりました……。ぜひ、ご一緒に」
 控えめに返事をすると、副社長はようやく表情を緩めた。
「ありがとう。じゃあ、次の休みはどうかな?」
「は、はい。土日のいつでも大丈夫です」
 週末にまったく予定が入っていないのもどうかと思うけれど、彼はそんなことを気にも留めず少しの間考えて言った。
「じゃあ、次の土曜日でいいか?」
「はい。ぜひ……」
 まさか、次の約束があるなんて思ってもみなくて、まだ現実味がない。それでも私たちは連絡先を交換し、土曜日に再び会うことになった。
「見合いのことは、身内しか知らない。だから、また明日から間宮さんと会社で顔を合わせても、今までどおり挨拶だけにしておきたいんだ」
「もちろんです。それは、分かっていますので」
 絶対に、気さくに彼に声をかけることはしない。それは、社長から見合いの話をされたときから決めている。副社長に、迷惑がかかることはしたくないから。
「だから、素っ気ない態度を取るだろうが、それは決して本意ではないから誤解しないでほしい」
「副社長……」
 深い意味などないだろうに、どうして私は胸をときめかせているのだろう。そう思うのに、副社長と接していると、端々に優しさや思いやりを感じて心が揺れてしまう。
 言葉を繋げられない私に優しい笑みを向けた彼が、私の手を取りゆっくり立ち上がった。
「戻ろうか」
「はい……」
 副社長と並んで歩きながら、鼓動が速くなっていることを自覚する。本気にしてはいけないのに、私は彼にときめきを感じていた。

(つづきは本編で!)

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