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偏愛ディープラーニングルーム

「もっと深くまで、あなたに私を刻みこみたい」

あらすじ

「もっと深くまで、あなたに私を刻みこみたい」

教育関係企業に事務職志望で入社した秀美は、社長の鋼野に「新型AI」教育係の仕事を持ちかけられる。破格の待遇に興味の湧いた秀美は二つ返事でOKしてしまうが、連れて行かれた先は「ディープラーニングルーム」と名付けられたベッドルーム。新型AIとは「性教育AI」で、その教育方法とは、鋼野とのエッチを撮影した映像を用いて行うものだった――

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作:小野氏ときよ
絵:フォクシーズ大使

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◆00 業務時間外プロローグ

「社長……まだ、 まだするんですか……?」
 呼吸の整わない胸の奥から、私はどうにかそれだけ、言葉をしぼり出した。
 彼のシャツの袖にくっきり残った、自分の指の形の波を見て、火照った頬がもっと熱くなる。私はどれだけ強くしがみついたんだろう。まぶたの裏に光を焼き付けられるような快感の中で。
「ええ、しますよ秀美さん。というか、まだ何もしていません」
 天井のオレンジの照明を背負って、私の上司のその人、鋼野學(はがねのまなぶ)さんは、どうしてか嬉しそうだ。髪も乱さず、シルバーの眼鏡の位置もそのまま。はだけた肩と胸板は、スーツ姿の時の印象よりがっちりしてたくましく見えて、まだ汗ひとつもかいてない。私ばっかり息が上がっている。お水が欲しい。
「だって、そんな……もう私、何度も……」
「まだです。まだ準備を整えただけですから。君の、身体の」
「そんな、んんっ……!?」
 鋼野さんは一度、私の秘蕾をくり、と一周こねくりまわしてから、少し骨ばって細長い人差し指と中指を私に見せつける。私の身体の中も外も這い回ってきたその指先が、乳白色のさらさらした液体で濡れている。かあっと顔が熱くなる。指先の潤いを明かりにさらして、つまんだり、こすったりして、見せつけるように弄んでいる。
「やめて……ください」
 私のそこからそんなのが出ている、と知らされたようで、鋼野さんと目を合わせていられない。のどがかすれて蚊の鳴くような声しか出せなかったけれど、鋼野さんにはちゃんと聞こえたらしい。表情が、動きが、一度ぴたり、と固まる。
「嫌ですか? 本当に」
 問い詰めるように顔を寄せる。だけどその瞳はどこか、拒まれることを恐れているように見えて、私は首を縦には振れなかった。
「業務内容は伝えたはずです。あなたは私に」
 鋼野さんは答えられずにいた私の、力の入らない両脚をぐいと開いて、自分の身体を割り入れてきて、
「ただ愛されれば、愛されていてくれればいいですから」
 命じるように、だけど同時に懇願するように、そう言った。
 私は気圧されるまま、一度こくりと頷いてしまう。遊園地のジェットコースターに初めて並んだ時のような、ほんの少しだけ怖さの入り混じった期待感の鼓動。それが耳の奥でずっと響いていて、抗うことができなかったのだ。
 眼鏡の奥で切れ長の目を細めて、鋼野さんは、ほんの何ミリかだけ口端を上げて微笑んだ。
「どちらにしろ、ここでは止められそうに……」
 視線が交差したのと同時に、鋼野さんの、熱の塊を閉じ込めたラテックスの先端が、私の入り口をぴたりと探り当てて、
「ありませんから」
 ぐぐぐ、とゆっくり押し入ってきた。
「んふ……っ!」
 お腹の底から押し上がってきた身体の中の空気の塊に、私は思わず吐息を漏らした。
 痛がったと思ったのか、鋼野さんは私の背中と頭にたくましい両腕を回して、包み込むように抱きしめてくれる。暖かい、と感じた次の瞬間、私の中にいる鋼野さんのそれが、ぐぐ、ぐぐっと、中の形を確かめるように、慎重に掘り進んでくる。
「んっ……あっ、んうっ……!」
 少し深く進んできては、ゆっくり退いていって、また入ってきて。なすがままに身体も意識も揺さぶられる心地よさの中で、私はふと、ナイトライトの影で赤く点滅する、小さなLEDの光を見つける。
「あ、ふあああううっっ… …!」
 片手で背中を抱かれ、ぐいと上半身を持ち上げられる。あぐらをかいた彼の上にまたがる形にさせられて、その拍子に今までと違う角度で、彼の先の丸みが私を突き上げて、恥ずかしいほど大きな声が出てしまう。
「はう……ぅ……」
 足りなくなった酸素を、私の手も支えを探して、自然と鋼野さんの背中に回る。
 彼の大きな手に背中と腰を支えられて、あやされる子どものように軽々と揺すられながら、私は彼の背中越しに部屋のそこかしこに目を走らせる。
 オーシャンビューを向こうに隠したカーテン、ワイングラスやカトラリーの棚、古めかしいレコードプレイヤー。まるで映画のセットか何かのような、少し嘘っぽさまで感じる調度品。そこに潜んだいくつもの小さな赤い目は、確かに私たちを見ている。
「まだ…まだですか……鋼野さん……っ!」
「まだです。もっと、もっと……」
 私を押し上げる波が少しずつ、少しずつ早くなっている。
「もっとあなたの喜ぶ姿を、あの子に見せてあげないと」
「や……んっ、んんっ、あっ……ああぁっ!」
 身体の奥へ小刻みに叩きつけるような動きに変わる。快楽に耐えられなくて、また私はぎゅっと彼にしがみついて、ただただ喘ぐことしかできない。
 どうして私は、すんなり受け入れてしまったのだろう。
 今日会ったばかりのこの人を。そして、自分たちのこんな姿を、映像に収めるなんてお仕事を。

◆02 準備万端アーキテクチャー

 AIディープラーニングルーム。
 最上階のエレベーターフロアから通路をまっすぐ進み、黒いカードキーで入った社長室のさらに奥のドアに、そんな表記のプレートを見つけた。
「社長、あの、ここって……」
 自分の体が強張るのがわかる。なぜなら明らかにここはベッドルーム。まるでリゾートホテルのような広い部屋の真ん中に、まくらが二つ寄り添って並んだキングサイズのベッド。
「そうです。ご想像のとおりです」
 鋼野さんの表情は、眼鏡の奥の目の色は、窓からの月明かりが隠してしまって見えない。
「かけて下さい。ご説明しましょう」
 これまでと同じ自然な仕草で、鋼野さんは私にそう促した。手が示すのはベッドではなく、厚手のカーテンに覆われた窓の近くの、木製の丸テーブルに並んだ腰掛け。
「ガク、ルームライト」
 鋼野さんは部屋の真ん中のどこかに向かってそう言う。スマートスピーカーがどこかにあるのだろう。常夜灯のオレンジ色が静かに灯って、部屋をぽうっと染め上げる。
 私の隣に腰掛けた鋼野さんは、ひとつ大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。
「AI Schooling Education eXperience、というのは、大半の支援者や協力者に対する表向きの名前なんですよ、秀美さん」
「さっきの、アイセックス、がですか」
 この部屋で口にすると、改めてその響きに他の意味合いが見え隠れしてしまう。そして、今度はそれはあながち的外れなものではなかったようだ。
「私が本当に作りたいものは、AI(エー・アイ)Sex(セックス)Education(エデュケーション)eXperience(エクスペリエンス)アプリケーション。つまり性教育の教育者を正しく育てられるAIの開発です。先ほども申し上げた、私たちがもっと子どもたちに、自信を持って教えなければいけないこと。それが、正しい性教育ではないかと私は考えています」
「……はあ」
「性教育の不全が原因で、性への知識が欠けていたり誤っていたことで、大事な体や命を傷つけてしまうことが多々ある世の中です。それ以前に、男女のことの実際を知らないままその場に直面したことで、つらい目や、不当に悲しい目にあったりする人もきっといるはずです。そういったことへのフォローも、性教育の分野が担うべきではないかと私は考えていて……」
 鋼野さんが懸命に話していることそれ自体を、私は否定も肯定もできなかった。というより、しようがなかったのだ。性教育という言葉が鋼野さんの口から出るたびに、私はベッドのほうばかり気にしてしまっていたからだ。
 ちらちらとそれる私の視線に、当然鋼野さんも気づいていたのだろう。
「お願いしたいことは、ご想像のとおりです。私がここで、あなたを愛します」
「や、やっぱりそうなんですね……」
「はい。どういった感情がどういった行為につながり、それがまたどんな感情を生むのか、映像で記録し、ガクに学ばせるんです」
「え、映像も残すんですか……!?」
 改めて言われると、体がそわそわして落ち着かなくなってくる。両膝をきゅっと揃え直してしまう。ブラウスのボタンは外れていないか、下着は何を着けて来ただろうか、前の生理はいつだったっけ、とか……ううん、気にするべきはそこじゃない。
「あの、私そういうのは、その……社長の恋人なり奥様と……」
「ごもっともです。ですが残念ながら、私はこれまでこの考えを理解してもらえそうな女性と出会えなかった……いや、それは私が責任逃れをしているようで違いますね。訂正します。つまり……」
 今度は鋼野さんのほうが、私を見ないようにしている。必死に取り繕おうとしているけれど、下の階で協力をお願いされた時よりもしどろもどろで、しきりに眼鏡を直している。
「先ほども言いましたとおり、本当にお嫌なら、予定通り事務職に就いて頂いてかまいません。こんな話に拘束力はないし、増してや脅して協力して頂けるようなことではありませんから。私は今すぐあなたに引っ叩かれて、セクハラで通報されたとしても当然のことを発言していると、重々承知の上です。ですが、その上で……」
 持って回った早口が次第に淀んで止まって、それから鋼野さんは一度大きく咳払いをして。
 オレンジの明かりの下でもわかるくらいに、顔を真っ赤にして、言い切ったのだ。
「あえて単刀直入に言います。私はあなたと、秀美さんとしたい」
 満を持しての直球勝負。下唇を噛んで私の答えを待つ鋼野さんに、私はつい、
「AIの研究を?」
 そんなふうにはぐらかそうとしてしまって、
「そうじゃないです。あ、いや、そうなんですけど……セックスを、です」
 うろたえる鋼野さんを見て、また和んでしまう。
「これはお仕事、なんですよね」
「もちろんお仕事です、あなたにとっては」
「じゃあ私は社長に、その、無理にいろいろ捧げるというか、愛情を持ったりしなくてもいいということでしょうか」
 そう聞き返したその時、ただの一瞬、鋼野さんが言葉に詰まった。私が見つめ返した眼鏡の奥の瞳に、か弱い光を私は見つけた。まるで迷子の子どものような、頼るものを見失いすがりつくような、震える光。
 それでも鋼野さんは、
「それで構いません。ですが……少なくとも僕は、自分の仕事に、自分の持っている感情をサンプルとして捧げることを厭いません。つまり、その」
 たどたどしく言う鋼野さんの視線は、部屋のそこかしこを忙しなく泳いでから、答えを見つけたように私のところに戻ってくる。
「出来うる限りのことで、愛させて欲しいと思っています」
 鋼野さんが言葉をひとつひとつ、慎重に、懸命に選んでくれているのが伝わってきてしまっ た。胸が詰まる。ガクくんが「おしえて?」と私に望んだ時と同じ、それでもはるかに強い衝動。久しく知らなかった、自分を望まれることへの喜びに、私は抗うことができなかったのだ。
「わかりました」
 鋼野さんの細かった目が、驚きにほとんどまん丸になった。
「……本当ですか」
「その、一度はお受けしてしまったことなので」
 私は不思議と、下の階で答えた時よりもはるかに冷静に、鋼野さんの申し出を受け入れていることに気づいた。それもあろうことか「AIの教育」ではなく「セックスの申し出」をだ。AIや教育云々だなんて曖昧なことでなく、自分に求められていることがはっきり伝わったからかもしれない。
 それ以上に、私は期待していたんだろう。この男性が、どんな風に私のことを愛してくれるのかを。一度受けてしまったからだなんて、白々しい言い訳だ。
 鋼野さんは目を泳がせたり、口元に手をやったり離したり、何か私に聞きたげだった。自分の交渉が成功してしまったのが、きっと信じられないのだろう。それはそうだ、私自身、ちょっと驚いているくらいだし。
「でも、意外と不器用なんですね。社長」
 思ったことをついそのまま、ぽろりと口に出してしまった。
「不器用、でしょうか」
「ごめんなさい。でもその、大企業の社長さんならやろうと思えば、社長権限でとか、このビルに監禁してとか、有無を言わせず従わせるなんていくらでもできそうなもんじゃないですか」
「社長職にひどいイメージ持ちすぎですよ、それは」
「ごめんなさい。でも、なんだか見た目の印象と全然違ったので」
 鋼野さんも私もくすりと笑う。そして。
「不器用……そうですね、そうかもしれない。じゃあ」
 がたり、と椅子を寄せて、私との距離を詰めてきた。肩と肩がふれあうほどに。お互いスーツ姿なことが、私たちがただの上司と部下の関係であると思い出させて、どきり、と胸が高鳴った。
「本当にそうか、確かめてみてもらえませんか」
 視界いっぱいに鋼野さんの端正な顔が広がる。眼鏡と眼鏡がこつり、と当たって、わかりやすいキスのメタファーみたいで、鼓動を加速させる。

――つづきは本編で!

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