作品情報

艶美の魔王は孤独の寵姫を愛で尽くす

「何も考えず、与えられた快感に溺れていろ」

あらすじ

「何も考えず、与えられた快感に溺れていろ」

勤め先が倒産し、帰る場所も失ってしまった孤児院出身の小雪。絶望していたその時、人間界のスイーツをお忍びで買いに来ていた魔王アデルバートと遭遇する。ファンタジー小説好きの小雪は魔王と共に魔界へと赴くが、そこでは愛人として魔王の精を受け続けなければ生きられないと明かされる。帰る場所もないからと承諾した小雪は、初めてにも関わらず魔王の手で何度も絶頂してしまい……!
「何も考えず、与えられた快感に溺れていろ」孤児院出身の小雪は偶然出会った魔王アデルバードと魔界を訪れる。そこでは彼の精を受け続けなければ生きられないと知り……。

作品情報

作:桜井響華
絵:ちょめ仔

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本文お試し読み

一、出会い

 都内では夕方から雪が降り始め、久方ぶりに大雪警報が発表された。
 私、翠川小雪、二十六歳は孤児院で生まれ育ち、身よりもなく帰る場所もない。
 財布の中身を見ても、あるのは僅かな小銭だけ。
 住み込みで働いていた旅館が倒産し行く当てもない。雪が降っているにも関わらず公園のベンチに座っている。私は舞い落ちてくる雪を眺めては溜め息を吐く。
 旅館が倒産してからというもの、インターネットカフェを転々として過ごしているうちに貯金も底をついた。次の就職先も決まらず、保証人も居ないので賃貸アパートも借りられない。食べ物を買うお金すらないので、当然のように寝る場所もなかった。仕方がないのでこのまま寝てしまおうかとすら考えてしまう。
「あっ」
 寒さの中で、ぼんやりとしていた私の前を、銀髪の青年が通り過ぎて行く。青年は綺麗な銀色の長い髪を後ろで束ね、全体的に黒系の服装を身に纏い、長身の痩せ型に見えた。通り過ぎた時に銀髪がサラリと宙に舞って、雪空に溶け込む様子が綺麗だった。
 銀髪の青年は、私の大好きなファンタジー小説に出てくる竜王に瓜二つに見える。
 寒くて、このまま凍え死んでしまいそうだったが、私の脳内は活性化する。まるで、童話に出てくる女の子がマッチを燃やした時に見えたような幻が、私にも見えているのだから……。どうせ死んでしまうのならば、最後くらいは悔いのない時間を過ごしたい。そう思った私はキャリーバッグを引き、彼の後を追うように急ぎ足で向かう。
 彼は一体どこに向かっているのだろう?
 興味本位で追いかけて大通りに出る。彼が向かった先は有名なパティスリーだった。私はパティスリー付近にあるバス停でバスを待つふりをしながら、彼を待つ。僅かな時間をバス停で過ごし、パティスリーから出てきた彼を更に追いかける。
 彼は駅前にある商店街のアーケードに入り、様々な店を物色していた。私は気付かれないように店と店の隙間に隠れつつ、少し離れた場所から彼を見つめている。
 いくつかの店で買い物をした彼は黒くて大きなエコバッグに品物を入れ、先程の公園へと戻って行った。公園の奥にある池まで歩き、更にその奥の森林コースへと足を運ぶ。普段は散歩コースになっている場所だが、雪が降っている為に私達の他は誰もおらず少し不気味な雰囲気だ。
「貴様、何のつもりだ?」
 銀髪の青年は急に立ち止まり、私の方を振り向いて問いかける。彼から距離を置いて後をつけていた私だったが、どうやら見つかっていたらしい。
「私は貴方のことが気になって、ここまで付いてきてしまいました」
 街灯の明かりが彼の顔を照らす。正面から見た彼は薄暗さの中でも分かるくらいに綺麗な顔立ちをしていて胸が高鳴る。
「消されたくなければ、今すぐこの場を立ち去れ」
 冷酷な表情を見せられ、威嚇されていると思った。だがしかし、このまま人生が終わってしまっても構わないと思い始める。私が居なくなったとしても誰も悲しまない。
 消されても悔いはない。目の前に居る興味のある人物にもう少し踏み込んでみたい。そう思った私は銀髪の青年にまずは名前から尋ねることにした。
「消されても構いません。……なので貴方の名前を教えて頂けませんか?」
「名前……?」
 消されるとは殺されるとの意味合いだと推測するが私は引き下がりたくない。怖気付く様子もない私を見て、銀髪の青年は呆れた顔をしていた。
「はい、私は翠川小雪と言います」
「私の名は……アデルバート・オーブリー」
「アデルバート! 外人さんなのですか? 日本語もお上手ですね」
 答えが返ってきたことが嬉しくて舞い上がって、顔が綻んでしまう。そんな私をアデルバートさんは不思議そうに見つめていた。
「ごめんなさい、追いかけてしまったので驚きましたよね? 実は……私が大好きなファンタジー小説に出てくる竜王にイメージがピッタリなんです。竜王は銀髪で綺麗な顔立ちをしていて……」
「竜王? お前、竜王のことを知っているのか?」
 竜王と聞いた瞬間にアデルバートさんは私に近寄り、肩を掴んで話をする。
「はい、物語の中ですが……」
「物語? 竜王は物語として語り継がれているのか! 憎き竜王は人間界でも悪事をしようとしていた訳か……!」
「悪事? しませんよ、竜王は良い人です」
「竜王が良い人だと……? 極悪非道のアイツがそんなはずはない!」
 血相を変えて慌てているアデルバートさん。私は何となく話が噛み合っていないような気がした。
「ちょっと待って下さい! ……はい、コレです。この人が竜王です。貴方に似てるでしょ?」
 私はキャリーバッグの中から愛読書を取り出し、アデルバートさんに表紙を見せる。
「コレが人間界の書物なのか? 肖像画が表紙にしては滑稽な写しだな」
 アデルバートさんが言っている意味がイマイチ理解出来ないが、気に入った様子がないことに気付く。アデルバートさんは、小説を手に取って不思議そうに眺めていた。
「外国とは小説の作りが違うでしょうけど、もしも日本語が読めるのであればオススメですから読んでみて下さいね! 返すのはいつでも……というか、返さなくても良いです。今後、会えるとも限らないんで……!」
 雪がしんしんと降り続ける中、私は湿った芝生の上でキャリーバッグを思い切り広げる。荷物の下の方に入れていた続編の小説を取り出す。初刊から更に四冊も渡されたアデルバートさんは呆気に取られて、思わず笑みを浮かべた。
「読めなくはないので読んでみることにしよう。……小雪、と言ったな。次に会える時があるならば返すことにする」
 アデルバートさんは興味を持ってくれたらしく、小説を持ち帰ることにしたようだ。次に会える時があるならば……とアデルバートさんは言ったが、私はそんな日は来るはずもないと思う。私自身が明日からの生活すらもどうなるか分からず、明日以降は何をしているのかも分からないので、簡単に約束を取り付けることも出来ない。
「会える日はきっと……ないと思います。実は今、無職で明日からはどこに居るかも分かりませんから。だから、返さなくて良いです。会う約束をしても守れる自信もありませんから! 連絡する術もありませんし。では、失礼します」
 私はアデルバートさんに小説を託し、その場を立ち去ろうとした。キャリーバッグのチャックを急いで締め、お辞儀をしてから逆方向に歩き出す。
「お前、住む所がないと言ったな。……私がこの書物を読み終えるまで借りぐらしをさせてやろう。本物の竜王にも会うと良い」
 アデルバートさんはエコバッグに小説を無理矢理にしまい込み、私を追いかけて捕まえる。腕を掴まれた私は、アデルバートさんの指先が光ったように見えた。森林が生い茂っている景色に真っ黒な小さな穴が開いたことに気付く。小さな穴は瞬く間にアデルバートさんの等身大くらいに広がる。目の前の景色が変わってしまい、私は開いた口が塞がらなかった。
「ここは、お前が言っていた竜王の住む世界だ。人間界とは違い、何処かしこも魔族が潜んでいるから気をつけろ。特に人間は魔族にとって高級食材になる」
 一瞬にして変わり果てた景色に驚愕する。
 生い茂る木々の中、うっすらと太陽の光が射している。血の匂いのような生臭い匂いもして、吐き気が込み上げてきた。
「顔色が悪いな……。やはり、人間はこの地には生存出来ないのか。とりあえず、城に戻るとしよう」
 アデルバートさんは私を抱え、魔力の力で荷物を空中に浮かべる。アデルバートさんの指先から光が見え、先程と同じようにポッカリと開いた穴が広がっていく。
 大好きな竜王様似のアデルバートさんにお姫様抱っこをされている私だが、気分が優れずにテンションが上がらない。
 空中に浮かんだ荷物と共にお姫様抱っこをされている私は、先程と同じような穴の中へと運び込まれた。私の目にはうっすらと家具のような物が映ったが、それが何かを考えることすら出来ないくらいに体調が悪くなっている。アデルバートさんが先程から何かと話しているが私には聞こえづらく遂には目を閉じてしまった。

「目が覚めたか?」
 うっすらと目を開けると横から男性の声が聞こえて来た。
「丸一日寝ていたぞ。死んだのかと思ったが、生きていたようだな」
「ここは……何処ですか?」
 私は広いベッドに寝かされ、その横には黒革の椅子に座った銀髪の青年が居た。
「魔界だ。魔界に連れて来た結果、お前は気を失って倒れた。……やはり、人間は魔界では生きられないのだろう。安心しろ、今は私の魔力を纏わせているから今のところは生活に支障が出ないとは思うのだが……」
「魔界……」
 ぼんやりとした頭で考える私だったが、きっと夢なのだという結論に達する。夢ではないのだとしたら、童話に出てくる女の子が、マッチを燃やした時に見えたような幻なのかもしれない。こないだの夢の続きを見ているだけな気がする。
「回復したのならば食事をすると良い。今すぐ用意させよう」
 そう言った彼は重そうな扉を開け、何処かに出かけたようだ。
 ベッドの上から部屋の中を眺めると薄暗い灯り、黒と紫で統一された家具は魔界と言われればそれらしく思える。私は記憶を辿ってみると……銀髪の青年に出会った日に連れてこられた気がした。
「アデルバート・オーブリー……」
 私は思い出したように、その名を呼んだ。ここが魔界だとしたら、彼は魔族なのだろうか? そんなことを考えながら、恐る恐るベッドから降りてみる。
 ふと立ち上がり部屋の中を眺める。黒薔薇の縁の姿鏡に自分の姿を移すと黒と紫色の妖艶なドレスに身を包まれていた。いつの間にこんなドレスを身に纏ったのだろうか? 私は疑問に思ったが、不可思議な点は全て夢だと思うと納得がいった。
「魔王様ともあろう者が、人間を飼うなどと本気でそんなことをお考えですか?」
「ヒューゴ、飼うのではない。一時的に置いておくだけだ。彼女は住む場所もなく、尚且つ私は彼女から借り物をしている。借り物の対価として置くことに決めただけだ」
 姿見で自身の姿を確認していると、アデルバートさんと誰かが話している声が扉の向こうから聞こえて来た。扉に顔を近付け、耳を澄まして声を聞く。
「借り物ですか? 何ゆえ、人間からそのようなことを……」
「彼女は竜王が人間界の書物に載っていると言った。確認しておくことは悪いことではないだろう」
 ドンッ。いきなり扉を開けられ、私の頭にぶつかり鈍い音がした。
「小雪……?」
「いたた……。え……?」
 扉が開いて目の前に立っていた彼は銀髪の青年、アデルバートさんに似ているが更に背丈が高く紫の瞳に耳も尖っていて、二本の黒い巻き角も生えている。束ねていない髪も彼よりも長く、身震いする程に整った麗しい顔付き、血色の悪そうな顔色。彼のあまりの美しさに驚愕し、見た瞬間にゾクゾクと悪寒が走った私は力が抜けてしまいそうだった。
「起きても平気か?」
 元気になった私を見て優しく微笑んだ彼。
「アデルバート様、一時的に魔力を身につけたと言っても彼女からは人間の匂いがプンプンします。低級の魔族に嗅ぎ付けられたら直ぐにでも襲いかかってきます故、彼女をこの部屋から出さないようにお気を付け下さい」
 魔王様にアデルバート様……?
先程も、気を失う前にもアデルバートさんが、魔界がどうとか言っていた。アデルバートさんに黒い巻き角を生やし、耳を尖せれば……確かに本人だ。本人と納得出来るが、魔王様の姿の方が美しい。
 私は足が竦んで立ち尽くしたままだ。一緒に居る男性は肩までのストレートな黒髪に涼やかな薄い紫の瞳、スラリとした手足に耳は尖っている。服装も黒と紫をベースにしたもので、本で見た魔術師のような格好をしている。
「安心しろ、その辺はわきまえている。食事を準備する間に湯浴みをさせてやってくれ。丸一日、寝ていたから汗もかいているだろう」
「しかし、お召しになっているものを脱がれますと魔力が半減してしまうため、小雪様の存在を知っている係以外にも人間が居ると知られてしまうのでは……。万が一、アデルバート様が人間をかくまっていると城外に知られるようなことが起きれば災いが生じるかもしれません。先代の魔王様に代わり、アデルバート様が魔界をおさめている間は無用な争いは避けて頂きたい。安心して暮らせる世界を希望したのは貴方なのですから……」
「……はぁ。ならば、湯浴みは結界を張り、私が自ら担当しよう。ヒューゴ、下がって良いぞ」
「ア、アデルバート様……! 最後までお話をお聞き下さい……!」
 魔王姿のアデルバートさんがパチンッと指を鳴らしただけで勝手に扉が開き、ヒューゴさんは物凄い速さで、透明な何者かに押されるように部屋の外へと出された。部屋の外から扉を引く音がしているが、一向に扉が開く気配はない。扉を叩いても声をかけても反応がないことに諦めたのか、扉の向こうは静かになった。
「ヒューゴの話は長くて疲れる……」
 溜め息を吐き、椅子に腰掛けた魔王様と呼ばれる者は小雪をじっと見つめる。
「あの、貴方は……アデルバートさんなの?」
 私は伏し目がちで尋ねる。
「私は紛れもなくアデルバートだ。これが本来の姿であり、魔界の王である。……人間界には時々行っているが、あの姿ではないから怖いか?」
「魔王様……。怖くはありませんが美しさにまともに顔が見れません」
「美しい? 私が?」
「えぇ、とても。人間界には存在しない美しさです」
 アデルバートさんは私の頬にそっと手を触れる。魔王の強すぎる魔力のためか、私は頬に痺れを感じた。
「……っ」
「すまない、頬が赤く腫れてしまったな。……小雪、付いて来い。薬草の湯に案内する」
 アデルバートさんに言われるがまま、湯浴みに連れて来られた。アデルバートさんは魔城の中でも能力を使い、一瞬で浴室へと移動する。私が他の方に見つからない為の配慮なのか、普段から能力で移動しているのか……、尋ねてみたいのだが今は聞く暇はなさそうだ。湯浴みをするにもアデルバートさんが誰も入っては来られないように周りに結界を張る。結界を張っている間もなるべく息を潜めろと促された。
「小雪、もう話をしても大丈夫だ」
「……っぷは」
 私は結界が張られるまで、息を止めていて苦しくなっていた。アデルバートさんは「息は止めることはなかった」と言って穏やかに笑っている。
 その後、脱衣所に案内された私はドレスを脱ごうとしたのだが、脱ぎ方が分からずに手こずっていた。
「一人では脱げないのか?」
 腰周りのリボンを解いたのは良いが、その先をどうしたら良いのかが分からない。背中側に縛ってあるリボンを解けば良いのかもしれないが、手が届かずにもどかしい。
 戸惑っていた私に気付いたアデルバートさんは、魔法をかけたように触れないままでドレスを脱がせた。瞬く間に露わになった身体をアデルバートさんが見つめてくる。
「……み、見ないで下さい」
「名前の通り、雪のような白い肌をしているな。私は小雪に借りている書物を読みながら待っていることにしよう。思う存分、身体を休めてくれ」
 アデルバートさんは脱衣所の隅にある椅子に腰掛け、小説を読み始めた。その姿を確認してから浴室の扉を開ける。
 魔城の浴室は広いけれど薄暗く、怪しげな緑の明かりが灯っている。不気味な雰囲気に恐る恐る、一歩を踏み出す。どこに何があるのか分からず、辺りを見回していると足元を何かでつつかれたような感触がした。
「うわぁぁ、な、何?」
「小雪様、初めまして。小雪様のお世話をさせていただきますクレアと申します。お背中流しますね。こちらに座って下さいー!」
 足元を見るとピンク色の小さな竜が固形の石鹸のような物とタオルを持って立っていた。先程は姿も見えずに驚いて叫んでしまったが、よくよく見てみると小さくて可愛い竜。
「魔王様に命じられて来ました。まだ人型にはなれませんが、雌の竜なのでご安心下さい!」
「そうなのね、ありがとう」
 魔城にはピンク色の竜が居る。アデルバートさんに頼んでノートを貰い、記載しておこう。人間界に戻った時に忘れないように……。
「小雪様は人間界から来られたのですね。人間界はどんな所ですか?」
 固形石鹸のようなものを泡立てて、背中をタオルで優しく洗われている。誰かに背中を洗ってもらうなんて、孤児院に居る時以来だ。
「そうね……、日が差している時は明るくて暖かい。見晴らしの良い綺麗な景色と美味しい食べ物が沢山あるの。クレアちゃんが人型に変身出来るようになったら、一緒に行ってみましょう。その時は、行っても良いかどうかアデルバートさんに私から頼んでみるね」
「わぁ……! 良いんですか? ありがとうございます。魔界で人間界の話をするとヒューゴ様に怒られてしまいますが、魔王様はこっそりとお菓子をくれたりします。クッキーという甘くてサクッとした食べ物が好きです」
 背後に居るのでクレアちゃんの顔は確認できないが、きっと目を輝かせて、わくわくしながら話をしているのだと思う。
 クレアちゃんと人間界のアレコレを話しながら、湯に浸かった。薬草の湯で頬を濡らすと、みるみるうちに赤みが治っていく。クレアちゃんとの楽しいひとときを過ごし、お風呂上がりには薄い紫色のドレスを身に纏った。
「魔王様、お待たせ致しました。小雪様の身支度が整いました」
 クレアちゃんはパタパタと小さな羽を動かして私の頭上を飛んでいる。
「ありがとう、クレアちゃん」
 私は手を伸ばして、クレアちゃんを胸の前でギュッと抱きしめる。抱き心地は、固くてザラザラな角質の感じがする。竜の手触りはトカゲなどの爬虫類に似ているのかしら? 見た目はこんなに可愛らしいのに。
「小雪様、侍女を胸に抱くことなどしないで下さい~! 小雪様は魔王様の大切なお客様なのですから、そのようなことは……!」
 抱きしめて頬擦りした時、クレアちゃんがバタバタと暴れ出して腕からすり抜けた。
「私はお客様ではなく、勝手に付いてきただけなの。クレアちゃんのような可愛い竜にも会えて嬉しくてつい抱きしめちゃった! ごめんね」
 クレアちゃんは侍女の決まりを守りたかったのかもしれないが、いきなり抱きしめられて恥ずかしかったのもあるのかも。クレアちゃんは私の背中側に隠れてしまった。
「クレアは人間界に興味を持っていたので小雪の世話係にちょうど良いと思っていた。小雪も気に入ったようだし、世話係はこのままクレアにお願いすることにしよう」
「魔王様……」
 背後からひょこっと顔を出したクレアちゃんは、まだ恥ずかしそうに顔を俯き加減でモジモジしている。
「これからもよろしくね、クレアちゃん」
 私はクレアちゃんの方を向いて、頭を撫でる。クレアちゃんは、はにかみながら頷くと「魔王様、小雪様、私はここで失礼致します。御用の際は直ぐに参りますので、いつでも呼んで下さい~」と言って、小さな羽を動かして飛んで行った。
「わっ、いたた……」
「クレア、まだ結界は解いてないのだ。すまない……」
 アデルバートさんがかけた結界の幕にぶつかり、クレアちゃんは頭をぶつけたようで宙返りをしたかのような体勢になった。
 私はアデルバートさんに手を引かれ、一瞬で部屋へと戻される。部屋に戻ると食事が用意されており、良い香りが胃を刺激してきた。
「これは人間界で手に入れた食材だ。思う存分、堪能すると良い」
 テーブルには様々な料理が並んでいる。お味噌汁にハンバーグ、ピザにスコーン、クリームシチュー。それから、唐揚げに鯖の味噌煮。汁物が二品も出ているし、和洋折衷でメニューにまとまりはない。しかし、私の為にと沢山用意してくれた気持ちが嬉しい。感謝しつつ、ありがたくいただくことにする。
「肉などを調理しても良かったのだが、魔界の調味料などは小雪の身体には合わないかもしれないと思い、予め調理されているものにした。スープに使用した水は人間界の物を沸かしたので安心してくれ」
「お気遣いありがとうございます。アデルバートさんは缶詰や冷凍食品などを幅広く、ご存じなんですね」
 スープとはきっと、お味噌汁のことだろう。お味噌汁に使用する水のことまで気にしてくれるなんて……細かい部分への配慮が嬉しい。
 見た所、温めれば食べられる食品ばかりだった。冷凍食品の唐揚げは温めるだけで美味しい物が食べられるし、お味噌汁もフリーズドライした物にお湯を注げば出来たてそのものを味わうことが出来る。簡単な方法で常に美味しい物が食べられるのは幸せだよね。
「人間界の食物は実に興味深く、色々試している。魔城のコックと試食しながら、日々のメニューにレパートリーを増やせないか研究しているのだ」
「なるほど……! それで人間界に買い物に来ていたのですね」
「まぁ……、簡単に言えばそういう訳だな」
 アデルバートさんはお味噌汁に手を伸ばし、フォークを使って飲んでいた。箸を使う概念はないらしい。私も「いただきます」と言って、フォークを手に取り、お味噌汁を口に含む。魔界でお味噌汁を飲んでいるなんて、何だか変な感じがするが、現実なのだ。
 思いがけず、寝る場所と食事にありつけた私は幸せ者。アデルバートさんに出会わずにいたら、私は雪の中で凍え死んでいる可能性が濃厚だったから……。
「小雪に話さなければならないことがある」
 食事を済ませ、食事のティータイムの時だった。クレアちゃんが紅茶とフルーツを持って来てくれて、お腹いっぱいだけれども別腹枠を味わっている。そんな時にアデルバートさんが深刻な趣きで私に話をかけてきた。
「何でしょうか……?」
 やはり魔界には私を置いておけないとか、そういうことだろうか? 私は不安に思いつつ聞き返す。
「小雪は魔界では生きていけない、そう話したと思うのだが……」
「はい」
「魔力を身に纏えば魔城の中で暮らすことは容易いかもしれないが、脱いでしまえば人間の匂いが強くなって、低級な魔族に狙われやすくなる。即ち、魔族にとって人間は高級な獲物でもある。これは先に話したことだ。それに付け加えて話すが、小雪の身体の内面から魔族に近い分類にならないと魔城を出て魔界の中を出歩くことは出来ない。魔力を身に纏うことは、一定期間しか効果がないので、内面的にはもしかしたら身を削っているのかもしれない」
「魔族に近い分類……?」
 それはつまり、どういうことなのだろうか? 人間の私が魔族になることなど有り得るのだろうか? 
「初めは三日三晩、儀式に費やす。小雪の身体が人間から魔族になれるかどうかを見極める為に重要な儀式だ。その後は毎夜、魔力を与え続けていく」
「儀式……!」
 魔界の儀式とは一体、どんなものだろう? 拷問などの痛い系ならば耐えられる自信がない。それとも黒魔術系の薬を盛られるとか? 全くもって想像が出来ず、心中穏やかではない。
「小雪には苦痛かもしれないが、私の魔力を与える為には身体を重ねるしかないのだ。小雪が眠りについていた間に書物で調べたのだが、その方法が一番良いと思った」
 身体を重ねるというのは、もしかしなくても……アデルバートさんとセックスをするという解釈であっているのだろうか?
「身体を重ねるって……」
「人間界で言うセックスだ」
 やはり、そうなのね!
 私の顔はみるみるうちに火照りだし、きっと頬が真っ赤に染まっているに違いない。アデルバートさんと出会ったばかりなのに、こんな展開になってしまうとは……。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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