「我を前に命乞いもせぬか。気に入った……食うてやろう」
あらすじ
「我を前に命乞いもせぬか。気に入った……食うてやろう」
聖女ノイエと勇者一行は魔物を打ち倒し、ついに魔王城に挑む。だが魔王の圧倒的な力に打ち負かされた勇者と仲間は、疲弊する彼女を見捨て逃げ出していった……薄情なやつらだな、美しい顔でせせら笑う魔王はノイエを見下ろし「食うてやろう」と宣言。諦めにとらわれる彼女だが、なぜか魔族のメイドに連れて行かれ、湯浴みを済ませ、魔王同席のもと美味しい料理を振る舞われていく。幼いころ読んだ童話を思い出した、とうとうその時。恐怖におびえる彼女を寝室で解きほぐした魔王は、情熱的にノイエを『食べた』。
作品情報
作:いぬい真宵
絵:紺子ゆきめ
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プロローグ
身体《からだ》の中を、得体の知れない生き物が這い回っているかのようだ。しかし怖気《おぞけ》はない。果てしない心地よさをおぼえ、熱を帯びた吐息が口からもれてくる。
「んっ、ああ……っ。んんう……」
自分のものではないようなあられもない声をあげれば。
「いい声で鳴く」
さらり、と。銀色をした絹のような長髪が肩に触れ、耳元で低くささやかれる。それにすら底知れぬ心地よさを感じて、ノイエはびくりと身を震わせた。
一糸まとわぬノイエの、大きすぎず小さすぎない形のととのった双丘を、がっしりとした手が包み込む。やわやわと揉みしだかれれば、中心にうずきがこりかたまっていく。
「あ、はあんっ、やあんっ」
いやいやをするように首を横に振る。こんな声を出してはいけないのではないか。両手で口をおさえ、「んっ、く」と、必死に息を呑み込むと。
「大丈夫だ」
胸を揉み込んでいた手がするりと頬をなぞり、ノイエの手を顔の両脇にどける。ちいさい子どもに言い聞かせるかのように、穏やかな声が耳朶に触れた。
「なにも恥ずかしいことはない。ここには今、我とお前しかいない。もっと聞かせろ。お前の鳴き声を」
胸にくちづけが降り、つんととがった頂《いただき》を軽く食まれて。
「いっ……やああ!」
ノイエはさらなる衝撃に背を弓なりにしてあえいだ。
そのあいだにも、赤い瞳はノイエの生まれたままの姿をまんべんなく見つめる。上半身を堪能していた手が、腰をなぞって下半身へたどりつき、金色の茂みをかき分けていく。ノイエよりも長く武骨な指はしばらく花芽をつまんで遊んでいたが、不意に割れ目へ滑り込む。すでに蜜で濡れていたそこは拒むことなく自分ではないものを受け入れ、喜ぶかのように締めつけた。
「『聖女』にしては見込みがある」
ノイエの形をたしかめるように、中に入ったものをゆっくりと動かし、相手はくっとのどの奥で笑いをこぼす。
「食い甲斐がありそうだ」
(ああ、やっぱり食べられるんですよね)
何度もおとずれる快楽の波に意識をさらわれそうになりながらも、ノイエの頭の奥ではじんじんとそのあきらめが巡っている。
そう、これは前振り。『魔王』が『聖女』を『食らう』ための。
なのに。
(なのに、なんでこんなに気持ちいいんですか!?)
予想と異なる展開に未知への恐怖と期待がないまぜになって、ノイエの思考を支配しようとしていた。
第1章:聖女は美しい魔王に食べられました
敗北。
その言葉がノイエの脳裏を駆け巡る。数多の戦いを経てきた勇者イドとその仲間たちの力をもってしても、目の前の敵にはかなわない。これまでの経験から彼女はそれをさとっていた。
「ノイエ!」
イドのむだに大きい声が鼓膜に響く。
「早く回復しろ! お前はそれしかできねえんだからよ!」
その罵倒にノイエはぐっとくちびるを噛み締める。そう。聖女の自分にできるのは、イドや仲間たちを支えることだけ。それしか存在意義がない。
旅路をともにしてきた相棒である杖をすがるように握り締め、くずれかけていた膝を叱咤する。肩口までの美しい金髪はすっかり傷んで汚れていたが、そんなものを気にしている場合ではない。
修行を重ねていた聖地で習得した呪文を唱え、尽きかけた魔力を振り絞って、回復の術を展開する。ノイエの瞳と同じ青い光を帯びた奔流がきらきらと輝き、明かりが少なく薄暗い部屋の中を照らすように駆け抜ける。傷の癒えた勇者が、双剣士が、弓騎士が、魔導師が、立ち上がって各々の武器を構え直す。それと引き替えにノイエの身体《からだ》からは力が抜けて、その場にへたりこんでしまう。杖に寄りかかって倒れこまないようにするのが精一杯だった。
それでも。
「雑魚が」
言葉だけでその場を凍らせそうなあざけりが、彼らに降った。
「何匹寄って何度立とうと、むだなことだ」
勇者が倒すべき魔族の頭領、魔王は、退屈そうな声色を放ち、赤い瞳で勇者たちを睥睨《へいげい》する。事実、むだなのかもしれない。それはノイエだけでなく味方の誰もがわかっていそうだった。
魔王は玉座に深々と座し頬杖をついたまま、一度も立ち上がっていないのだ。ここまでに大勢の魔族を倒して、たどりついた魔王城もまたたく間に制圧していった勇者一行を前にしても、魔王は少しも動揺を見せることはなかった。
魔王は片手をかざす。それだけで、イドは火球に部屋の隅まで吹き飛ばされた。疾風に、双剣士の武器の片割れは砕けた。いかずちの壁の前に、弓騎士の矢はことごとくはじかれた。聖地一番の実力者であるはずの魔導師が放つ渾身の土魔法も、指一本の一振りで打ち消された。
歴戦のつわものたちの全力が、魔王の前では赤子の遊びに等しかった。
勇者イドは聖剣と銀の盾をかまえたまま、憎々しげに魔王をにらみつけていた。が、一歩、二歩。じりじりと後ずさると。
「お前ら、撤退だ! これは負けたんじゃねえ! 戦略だからな!」
そう叫ぶが早いかきびすを返し、来た道を駆け戻りはじめたのである。
双剣士も、弓騎士も、魔導師も、戸惑いつつその後を追う。ノイエも続こうとしたが、足に力が入らなかった。
「あっ」
ついに杖が手からこぼれ落ち、その場に両膝と両手をついてしまう。杖は乾いた音を立てて床に転がった。
「イド! ノイエが!」
「知るか!」
魔導師が立ち止まってノイエを振り向き勇者を呼ぶが、返ってきたのは無慈悲で身勝手な言い分だった。
「ついてこれねえやつが悪い! 勇者はオレ様しかいねえが、聖女なんていくらでも替えがきくだろうが!」
そう怒鳴り散らしながら勇者の背中が遠ざかっていく。魔導師はすまなそうな視線を一瞬ノイエに向けたが、それきり視線をそらして仲間たちのあとを追う。
よっつの足音が遠ざかった魔王の間に静寂が落ちる。残されたのは、肩で大きく息をするノイエと、いまだ玉座から動かない魔王。それだけだった。
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