作品情報

名実ともに君は俺のもの~初心な秘書は年上御曹司の腕の中で幸せに酔いしれる~

「……愛してる。もう絶対に離れるなんて言わないで」

あらすじ

「……愛してる。もう絶対に離れるなんて言わないで」

愛経験ゼロの大学生・楓は、海外留学中の夏休みに意気投合した男性・知哉に、大手企業への紹介を受ける。優しく紳士的な彼に惹かれて恋に落ちる楓。だが、彼にもらった連絡先に何度も電話をするものの、どうにもつながらない。卒業後、揶揄われたこと覚悟で彼の職場に就職を決めた楓は、副社長の秘書に任命される……その副社長はなんと、知哉だった。運命的な再会に喜ぶ楓だったが、どうやら彼はあの時の出会いを覚えていないようで!?再会から始まるじれキュンすれ違いラブストーリー♡

作品情報

作:Adria
絵:ちょめ仔

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序章 運命的な巡り合わせ

「わぁ、素敵……!」
 感嘆の声を漏らした板屋《いたや》楓《かえで》は、きらきらと目を輝かせた。
 イギリスの大学に進学して今年で四年目。もうすぐ卒業だというのに、勉強ばかりで観光らしい観光をしてこなかった。今まで頑張った自分へのご褒美に、思いきってフィレンツェ旅行を計画したのだがやはり正解だった。
 さすが花の都と謳われるだけのことはある。街並みですら絵画のように美しい。
(うふふ、来て良かったわ)
 楓はその興奮のままに、世界最古の薬局へと足を踏み入れた。その瞬間、店内を包む華やかな香りが鼻腔いっぱいに広がる。
(ああ、いい香り……! イギリスや日本にも支店はあるんだけど、一度本店に来てみたかったのよね)
「まずは何を見ようかしら。やっぱり一番有名なオーデコロン――『王妃の水』かな……」
 楓は弾む気持ちでお目当ての売り場へ向かい、アンティーク感あふれるボトルを手に取ろうとした。そのとき、隣にいた男性と手が重なり合う。
「……っ! す、すみません!」
「いや、俺もすまない」
 慌てて手を引っ込め英語で謝ると、日本語で返事が返ってくる。異国の地で久しぶりに聞く馴染みのある言語に、思わずその日本人男性の顔をジッと見ると、その端正な相貌に目を奪われた。百八十を超える長身と服の上からでも分かる筋肉質な体躯。ややつり目で一見きつそうな印象を受けるが、彼が見せた困ったような表情にその印象が塗り替えられた。
「いくらアモーレの国だからって初対面の女性の手に触れるなんて、不躾な真似をして申し訳なかった」
「いえ、こちらこそすみませんでした。頭を上げてください。えっと……フィレンツェにはご旅行ですか? それともお仕事に?」
 頭を下げる彼を制止して、首を横に振る。そして話題を変えるために彼の渡伊の目的を聞いた。すると、彼が柔和な笑みで答えてくれる。
「ああ、仕事かな。十日くらい滞在予定なんだ。君は?」
「私は卒業旅行に来たんです。実はイギリス留学をしているんですが、ずっと勉強ばかりでどこにも行かなかったから……最後の夏休みを使って気になっていたフィレンツェに来てみたんです」
「それはいい。なら、素晴らしい旅にしないとな。では先ほどの詫びと言ってはなんだが、君に合った香りを探す手伝いをさせてくれないか?」
 そんなの悪いとは思ったが、彼の微笑みを見ているとなんとなく甘えてみたい気持ちにもなった。
 お店の中にはオーデコロンだけじゃなく、たくさんの香りの色々な商品がある。自分一人では目移りして選べないかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか? えっと……」
「俺は定岡《さだおか》知哉《ともや》。君の旅を少しでも彩れたら嬉しく思うよ」
「ありがとうございます。私は板屋楓です。よろしくお願いします」
 握手を交わしながら微笑むと、彼がとても嬉しそうに笑った。その笑みに『恋は理屈じゃなく感覚で落ちるもの』という心理学教授の言葉が脳裏をよぎり、慌ててかぶりを振る。
(私、今何考えた……!?)
 勉強のしすぎで恋愛経験が全くないからこそ、男性に声をかけられただけでどぎまぎしまうのだ。しっかりしなければ……。
 楓は胸中を悟られたくなくて、誤魔化すように棚に置かれているオーデコロンに手を伸ばした。すると、知哉が先に取ってくれる。
「このオーデコロンはイタリアからフランス王室に嫁ぎ、その生涯の大半をフランスで過ごした王妃のためにつくられたものなんだ。女性は皆プリンセスだからね。これを選んだ君は素晴らしい。とてもよく似合うと思うよ。それに古くからある香水にありがちなトニック臭もしないから使いやすいんじゃないかな」
 彼はそう言って、楓にそのオーデコロンを渡してくれた。
 女性は皆プリンセスだなんて歯が浮くセリフ……それを言ってもバシッと決まるのは彼の持つ容姿と雰囲気のせいなのだろうか。それともまるで宮殿の一室のようなアンティーク感あふれる店内の雰囲気に呑まれているからなのだろうか。
 知哉の言葉に目を伏せ、渡されたオーデコロンをぎゅっと握る。
「……ということは、これは慣れない文化や慣習の中で生きなければならなかった彼女を癒したいと思い、つくられた香りなのですね」
「え?」
「生まれ育った国を離れ、勉強のために留学をするだけでも最初は不安でいっぱいでした。嫁ぐなら尚更です。なのに自分の肩に王妃という役目がのし掛かるなんて――その不安は私なんかでは想像できないくらい重く大きいものでしょう。生まれた国で育てられたハーブや草花を使って作られたこの香りは、きっとその王妃様の心を慰めたと思います」
 そう言って笑うと、知哉が目を見張った。見当違いなことを言ったのだろうかと不安になって、慌てて顔を俯ける。
「変なことを言っちゃいましたね。忘れてください」
「いや、素晴らしい考えだなと感心したんだ。楓さんはとても優しい人なんだね」
 優しく笑う彼に、ポッと顔に花が咲く。少し熱くなった頬を押さえて、か細い声で「いえ、そんなことは……」と答えた。

 ――その日は知哉からアドバイスを聞きながら、オーデコロンやローズウォーターなどを購入し、ご満悦で宿泊しているホテルに戻った。
(こういう出会いも旅の醍醐味というやつなのかしら)
 楓は思いがけない出会いを嬉しく思いながら、その日買ったローズウォーターをリネンに振りかける。こうして使えば、とてもよく眠れると知哉に教えてもらったのだ。
(明日は、ガイドブックに書いてあった王道スポットでも巡ろうかしら。ふふっ、楽しみ)
 楓は高揚した気持ちのまま、バラの匂いに包まれて目を閉じた。

 ***

「わぁ! これが噂の子豚さん?」
 楓は興奮気味に、ヴェッキオ橋を渡った通り沿いにある子豚の噴水に近寄った。外見はイノシシなのだが、『幸運の子豚』と呼ばれているので、きっとこの子は子豚なのだろう。楓はそのブロンズ像をジッと見つめた。鼻の部分を触ると、幸運をもたらすとかまたフィレンツェに戻ってこられるとか、素敵な言い伝えがあるせいか、皆に触られて鼻だけがピカピカになっている。自分も触ってみようとドキドキしながら手を伸ばすと、子豚の鼻の上で誰かと手が重なり合った。
「す、すみません……!」
「いや、こちらこそ申し訳ない」
 慌てて手を退け頭を下げると、聞き覚えのある声が聞こえてきて顔を上げる。すると、そこにはとても驚いた顔をした知哉がいた。
(知哉さん……!?)

「……ぐ、偶然ってあるんですね。すごくびっくりしました」
(二日も続けて会っちゃうなんて、まるで運命みたい)
 あの邂逅のあと、近くにあるバールでコーヒーでも飲みながら話そうということになったのだが、楓は知哉との予期せぬ再会に胸が張り裂けそうなくらい、ときめいていた。こうして向き合うと、さらに心臓が普段とは違うリズムを刻む。
「まあ、観光地だからね。自然と行く場所が限定されてくるせいもあるのかな」
 知哉がメニューを見ながら、苦々しく笑う。その表情に胸がつきんと痛んだ。
(そう言われれば確かにそうなんだけど……)
 モデルコースをまわっているからだと言われればそれまでなのだが、やはりそれだけではない何かを感じてしまう。そう思っているのは自分だけなのかと思い、寂しさを感じて目を伏せた。
「でもだからと言って、こんなにも人が多い場所で会えるなんて運命を感じるかな。何事もタイミングというのは大切だからね。俺たちは運とタイミング――その両方を味方につけたのかも」
 そう言って笑った彼の言葉に弾かれるように顔を上げると、知哉がこちらをジッと見ていた。その強すぎる視線になんだかゾクっとして逃げるように視線を逸らす。
「と言っても、明日の午後から一週間――みっちり仕事が入っているから遊んでいられるのも今日までなんだ。もう偶発的に会うのは無理かな……」
「え……? それは残念ですね」
(もう会えないんだ……)
 それが分かってしまうと、途端に楽しかった気持ちが落胆にすり替わる。楓が肩を落としながらホイップクリームがのったカッフェ・コン・パンナを一口飲むと、知哉の手が伸びてきて、すっと拭われた。
「~~~っ!」
「唇にホイップクリームがついてる」
 拭ったクリームがついた指を舐める彼の仕草に、ボッと顔に火がつく。真っ赤になった顔で口をパクパクさせていると、知哉がくつくつと笑った。
「楓さんは可愛いな」
「……っ! 揶揄わないでください」
「揶揄ってなんてないよ。それより、楓さんは英語以外も話せるの? 初めて会ったときに少しだけ聞いたけど、綺麗な発音だったな」
「え? は、はい。イタリア語とフランス語を少しなら……」
「それは素晴らしい。じゃあ、今からイタリア語とフランス語を使っておしゃべりをしようか」
(え……?)
 彼の意図が分からなかったが、突然始まったイタリア語の会話に、つい応じてしまう。そのあとはフランス語や英語も投げかけられ、会話の途中でくるくると変わる言語に目が回りそうだった。
(大変だけど、すごく勉強になるわ)
 気がつくと、日が暮れてきてアルコール類のオーダーができる時間帯になっていた。
「じゃあ、乾杯しようか。運命的な巡り合わせに」
「はい」
 ワインをオーダーしグラスを掲げて微笑むさまが、とても絵になっていて小憎らしい。彼からあふれる自信と色気に当てられてしまいそうだった。

「大丈夫か? もう酔った?」
「いえ、大丈夫です……」
 頭の中がふわふわする。彼とは色々な話をした。大学で何を学んでいるか、留学中何に興味を持ったか。そして彼がどんな仕事をしているのか。知哉とする話は楽しくて時間を忘れるほどで――気がつくとたくさん飲んでしまっていたのだ。
(どうしよう、眠くなってきちゃった。もっと話していたいのに……)
 そうは思っても重くなった瞼は目を開けていたいという楓の望みを無視して、何度も閉じそうになる。うつらうつらしていると、突如体がふわりと浮いた。
(気持ちいい……)
 その浮遊感が心地よくて、楓の意識は微睡の中に落ちていった。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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