「大丈夫。俺には全部見せて。……さっきみたいに、受け止めるから」
あらすじ
「大丈夫。俺には全部見せて。……さっきみたいに、受け止めるから」
友人の結婚式の帰り道、業務に励むOL・紗那は、深いため息をついた。その理由は、人には言えない悩みがあるから。――それは、性欲が強すぎること。その足でお気に入りのBarに向かった彼女だったが、酔った勢いもあり、なんとその悩みを常連のワタナベにこぼしてしまう。彼は落ち着いていて、優しくて、カッコいい理想の男性。最悪だ。これはもう、完全に変な女認定だ。けれど、彼は静かに言った。「俺も同じ悩みを持ってるんだ」共通の秘密と、囁かれる甘い誘い。「一度、確認してみる?」普段は大人で穏やかな彼の瞳に宿った、獣のような熱に心も体も溶けていく。だが彼は“もうひとつの秘密”を隠していた――。
作品情報
作:小日向江麻
絵:haruka
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5/16(金)各ストア様にて順次配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)





















本文お試し読み
プロローグ
「んっ、やぁあ……」
先刻見たスマホの待ち受け画面では、夜中の三時をすぎていた。
……あれ、三時って夜中? それとも朝方だろうか?
わからないけど、ひとつ確かなのは、私たちは日付が変わるずっと前から、このホテルの一室でともに快楽を追求し続けているということだ。
「紗那ちゃんは耳が弱いね。ここに吸い付くと、すごく甘い声がこぼれて……かわいいよ」
「あっ……だめぇ……」
ベッドの上で私を背後から抱きしめたワタナベさんは、耳朶に吸い付きながら時折歯を立てて、甘美な刺激を与えてくる。
ひと晩で数えきれないほど睦み合ったために、もれ出る声は掠れている。身体も疲労感が色濃いのに、彼から新たな愛撫が与えられるたびに従順に反応し、また火が点いてしまうのだ。
「そ、そんなにしたら、もっと変な声出ちゃうっ……!」
背中に感じる熱い胸板の感触にもドキドキしながら、私は情けない声を出す。すると、彼は耳元で吐息交じりにくすりと笑った。
「聞かせてほしいからこうしてるんだよ。俺、紗那ちゃんのそそる声……かわいくて、セクシーで、大好きだ」
「大好きって……んんぅっ……!」
――まるで、私に気持ちがある、みたいな言い方だ。
そう早とちりしてしまって、早鐘を打つ心臓。でもすぐに、この場限りの台詞だろうと考え直す。紡ぎかけた言葉は、快感による喘ぎに取って代わった。
「……うん? なに?」
「な……なんでも、ないです……く、ぅうんっ……」
耳輪を舌でなぞりながら問いかけるワタナベさんに、私は緩く首を横に振る。
「恥ずかしがってる顔も素敵だよ。……こっちを見て」
彼は幸い、私が羞恥のあまり言葉を詰まらせたのだと思ってくれたようだ。言われるがままに彼のほうを振り向いた。俳優さんみたいに整った美しい顔が見えたとたん、キスをされる。
「ふぅっ……む、んんっ……」
ゆっくりと絡まる熱い舌が、私の意識をクリームのようにとろとろと溶かしていく。と同時に、余計なことが考えられなくなる。
「蕩けた顔……キス、気持ちよかったんだ」
「気持ち、よかった……ですっ……」
唇が離れると、ワタナベさんが囁き声で問うたので、素直に答えた。
頭がぼーっとして、身体の中心に再びじわじわと劣情の火が灯る。
――こんなキスされたら、また……おかしくなっちゃうのに……。
「今日はもう遅いし――というか、もう朝に近い時間なのかな」
縋るように彼の黒く大きな目を見つめていると、その表情が柔和な笑みに彩られる。
「だから休もうか。明日もお互い仕事だからね」
「っ……」
煽るだけ煽られて、突き放された気分だった。
さんざん求め合ってようやく収まった衝動を再び揺さぶってきたのはワタナベさんの方なのに。私はついつい恨みがましい目で彼を見てしまった。
「ほら、どうしたの? シャワーを浴びようか」
私の思いに気付いていないらしいワタナベさんは、いつも通りの優しい物言いで支度を促してくる。
「っあ……あの、っ……ま、まだ、したいですっ……」
今夜のところはそれに従うべきという理性に対し、本能が打ち勝ってしまった。私は羞恥のあまりワタナベさんの顔を見ることができなくなって、彼の逞しい二の腕のラインを辿るように視線を逸らした。
「もっとワタナベさんがほしい、ですっ……ほ、本当はわかってますよね……?」
「……ごめん、いじわるして」
前半の言葉を放った直後、ワタナベさんが満足そうに声を立てて笑ったので、ようやく視線を彼の表情に戻した。優しげな微笑みに、いたずらがバレた子どものようなニュアンスが交じる。
「今日はだいぶ振り回しちゃったから、そろそろ終わりにしなきゃって思って。でも、紗那ちゃんが俺を求めてくれてるような気もしたから……試すようなことを言ってしまった」
彼もほしいとは思ってくれながら、私に無理をさせないようにしなければという気持ちとの間で板挟みになっていたみたいだ。私は首を横に振る。
「気を遣わないでください。私たち、同じ悩みを持つ、その……仲間、なんですから」
「仲間か。そうだね」
つい先刻、初めて知ったお互いの秘密が頭を過る。背徳感と親近感が綯い交ぜになった、まるで共犯者みたいな心持ちで、私たちはうなずき合う。
「――じゃあ、もっと紗那ちゃんをほしがっていいのかな?」
私はもう一度うなずいた。
断るはずなんてない。たとえ私たちが『仲間』でなかったとしても、ずっと憧れていたワタナベさんと愛し合えるチャンスなんて、もう二度とないかもしれないのだから。
「ん……ありがとう。こうなったらお互い限界が来るまで求めあうっていうのも、いいかもしれないね」
「ぁ、ワタナベさんっ……んんんっ……!」
ワタナベさんは私の身体を掻き抱くと、波のように撓む白いシーツの上に押し倒した。
半日前は、彼と身体を重ねる関係になれるなんて、思いもしなかった。
こんなのいけないのかもしれない。きちんとお付き合いしていない人に身体を投げ出すなんて、浅はかで奔放だと責められても仕方がない。
でも、誰になにを言われたとしても、今はとにかくこの時間を楽しみたい気持ちが強かった。
私はずっと想い焦がれてきた人と肌を合わせられるよろこびに、身を委ねた。
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