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騎士は初恋の姫君を逃がさない

「エイリーン、今夜貴女を抱きます」

あらすじ

 元護衛騎士のパーシヴァルは、妻となったエルデール王国第三王女、エイリーンにそう告げた。
 かつての初恋の人との初夜。それは本来なら喜ばしいことのはずなのに、エイリーンはそれを喜ぶことができなかった。
 政略結婚のため隣国に差し出されたエイリーンは、かつて一度は彼を捨てた。捨てざるを得なかったのだ。

 憎いのなら、私を娶らなければよかったのに――

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作:夕日
絵:桐都
デザイン:RIRI Design Works

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◆プロローグ

「エイリーン、今夜貴女を抱きます」

 二年前まで私の護衛騎士だったその人は、青の瞳に冷たい色を宿しながらそう宣言した。その声音に宿っているのは、あからさまなくらいの苦々しさだ。
 衣擦れの音を立てながら彼のシャツが脱ぎ捨てられ、無駄のない筋肉に覆われた美しい裸体が露わになる。その肌には、戦でついたのだろう傷がいくつも刻まれていた。
 私はその光景を――どこか夢のような心地で見つめていた。
『夢』と言っても、これは『悪夢』だけれど。
「パーシヴァル……」
 掠れた声で彼の名前を呼ぶ。だけど返ってきたのは、こちらを射殺さんばかりの鋭い一瞥のみだった。それを受けて身を震わせながら、私は肌が透けるくらいに薄い夜着の前をかき合わせた。
 今夜は――初恋の人であるパーシヴァルとの初夜だ。
 初恋の人の妻となって、彼に抱かれる。
 それは本来なら喜ばしいことのはずなのに。今の私はそれを喜ぶことができない。
「エイリーン。こちらを見なさい」
 思考は、彼の手がおとがいに触れたことで断ち切られる。そのまま顔を上に向かされると、パーシヴァルの美貌が視界に入った。私が大好きだった……いいえ、今も大好きな彼の顔だ。
 彫りの深い端整な顔立ち。精悍さを感じさせる褐色の肌。横髪がさらりと頬にかかるくらいの長さの、綺麗な黒髪。そして……昔は私への愛情で満ちていた、深い青の瞳。
 彼の瞳には、金色の髪に緑色の瞳の震える女の姿が映っている。その顔色があまりにも青褪めているから……映っているのが自分なのだと自覚するのに少しの時間がかかった。
「パーシ……」
 また名前を呼ぼうとしたけれど、寝台に押し倒されてしまう。そして名を呼ぶなと言わんばかりに、荒々しい仕草で唇を塞がれた。
「んっ!」
 パーシヴァルの舌が唇を割って口内に入ってくる。私ははじめての深い口づけに、驚き身を硬くした。
 柔らかな舌で口内をかき回され、怯えて奥へ引っ込もうとする舌は彼の舌に追いかけられる。捕まり、舌同士を擦り合わされると、体にじわりと熱が灯った。そのことに困惑する間もなく、大きな両手が私の夜着に触れて音を立てて引き裂かれる。パーシヴァルのその乱暴な行為に悲しくなって、じわりと涙がせり上がりそうになった。

 ――憎いのなら、私を娶らなければよかったのに。
 ――たとえ憎まれていたとしても、この人に抱かれることが嬉しい。

 そんな相反する気持ちが心の中でせめぎ合い、感情をさらに激しく乱す。
「は、んっ! 待って、パーシヴァルっ……」
「……いやらしい人ですね。過去に捨てた男に、こんなことをされて感じているなんて。淫乱な『姫様』だ」
 騎士らしい無骨な手で胸をまさぐられて思わず声を漏らす私に、パーシヴァルは容赦のない軽蔑の言葉を投げる。
 羞恥で頬は熱くなり、瞳を満たした涙は頬を伝って流れていった。
「そんな、ことは。あっ!」
 胸の頂を指で摘まれ、さらに指先で蕾を転がされて、甘さを帯びた声が口から零れる。『淫乱』なんて屈辱的な言葉は否定したいのに、体はいともたやすく自身を裏切った。
 パーシヴァルは胸に顔を近づけると……右胸の頂をぱくりと口に含む。そしてねっとりと、蕾を舌で転がしはじめた。彼の頭を引き剥がそうと、ぐいと手で押す。だけど彼はびくともしない。
 パーシヴァルは舌で蕾を弄ぶ。そうしながら、左の胸を少し乱暴な手で愛撫しはじめた。
「やっ、だめっ……やああっ……っ!」
 私は嗚咽混じりの喘ぎを、力なく上げるばかりになってしまった。
「ほら、貴女は嘘つきだ」
 パーシヴァルは皮肉げに口元を歪めると、私の体にかろうじて貼りついていた夜着を取り去ってしまう。
「……美しい体をしていますね」
 そして下穿き一枚のみの姿になってしまった私を、不躾な視線でじろじろと眺めた。
「お願い、パーシヴァル。見ないで……」
 羞恥で体が震える。せめてと胸を隠そうとすると、その手は掴まれ無情にも引き剥がされた。
「服の上からでも大きなものだと思っていましたが。本当にいやらしい胸だ」
「……お願い、嫌なのっ……。そんなことは言わないで」
 城に来る客人から不躾に見られることも多かった大きな胸に、私はコンプレックスを抱いている。その部位について明け透けに言及されるのは、死にたいくらいに恥ずかしい。
「なにが嫌なのです? 形は美しく、とても柔らかく。味は甘露のようでした」
 パーシヴァルはからかうように囁くと、見せつけるように自身の唇を舌で舐めた。先ほどあの舌で嬲られたのだと思った瞬間に、たしかな疼きが体に走る。私は彼から、つい目を逸らしてしまった。
 パーシヴァルはそんな私を見て、薄く笑う。そして胸を強く掴むと乱雑に揉みしだいた。その行為は鈍い痛みを生んで、私は小さな呻きを上げた。
「パーシヴァル、痛いっ」
「では『もっと優しくしてください』と、おねだりしたらどうですか? おねだりは、昔から得意だったでしょう」
「――ッ!」
 たしかに一緒にいた頃は、パーシヴァルに『おねだり』を毎日のようにしていた。『王都で評判のお菓子が食べたい』、『一緒に庭を歩きたい』、『勉強を頑張ったから、頭を撫でて欲しい』。それはぜんぶ、日常の中の他愛ない『おねだり』だ。
 閨で殿方に媚びるための『おねだり』の方法なんて、私は知らない。
「……まぁ、どうでもいいですが」
 私が無言でいると、冷たいつぶやきの後に手が胸から下腹部へと移る。手のひらはしばらく腹を撫でた後に、さらにその下へと下りた。長い指が髪と同じ色の柔らかな金色の下生えに触れる。そんなところに触れられることへの羞恥で身を捩ろうとすると、不快そうに小さく舌打ちをされた。
 足の隙間に手を深く差し込まれ、花弁に指が滑る。誰にも触れさせたことがない場所に触れられることへの羞恥がこみ上げ、パーシヴァルの手を太ももで挟み込んで救いを求めるように彼を見つめてしまった。けれど……
「エイリーン。足を開いてそこを私に見せてください」
 彼が口にしたのは、そんな屈辱的な言葉だった。
「そんなことできるわけっ……」
「貴女は私の妻なのでしょう? ここを私の前にさらけ出し、子を成すことが義務のはずです」
「――ッ!」
 あまりの言葉に頭の芯が熱くなり、怒りが胸を浸そうとする。だけどその感情は、彼の氷のような視線に強制的に冷まされた。
 唇を噛みしめながら、嗚咽を殺してゆっくりと足を開く。そんな私の様子を、パーシヴァルはなんの熱も感じさせない表情で眺めている。それはまるで……家畜の健康状態でも見ているかのようで、彼の視線を肌に感じるたびに言い知れない恥辱と悲しみを感じた。
 足が開かれ無防備になった花弁にパーシヴァルの長い指が触れる。そして花弁を少し皮膚がかさついた指の腹が撫でた。
「生娘のように、慎ましやかな花弁だ」
「生娘よ。……貴方が、はじめてなのだもの」
 だって私は、貴方にしか恋をしていない。そんなことを言っても……信じてはくれないだろうけれど。
「それは今から、確認いたしますので」
 言葉と同時に、乾いた蜜口に太い指が容赦なくねじ込まれる。その鈍い痛みに私は身を竦ませた。
「たしかに、狭いですね」
 内側でぐにぐにと指を動かされ、引き攣れるような痛みに涙が滲む。
「――ッ! 動かさないでっ……」
「動かさないと解れませんので。今我慢しないと、後でもっと痛い思いをするだけですよ」
 そうだ。指よりももっと太いものをここに挿れられるのだ。閨教育で教わったことを思い出し、私は顔を青褪めさせた。
「パーシヴァル……」
 涙目になって見つめると、パーシヴァルはなぜか小さく息を呑む。そしてあからさまに不愉快だという様子で舌打ちをした。それを聞いて、胸にずきりと痛みが走る。
「――仕方がないので。じっくりと解してさしあげます」
 指を抜かれて、ひとまず安堵する。だけどじっくりってどうやってなのかしら? 正直なところ、嫌な予感しかしない。
 言葉の意味を考える暇もなく、無骨な手で太ももをしっかりと掴まれ大きく割り開かれる。そして躊躇なく花弁に顔を寄せられたので、私は驚きに目を瞠った。
「な、なにをするの!」
「解すと言ったでしょう」
 言うやいなや、パーシヴァルは花弁に唇で触れる。そのあまりにも猥雑な光景を、私は呆然としながら眺めることしかできなかった。
 数度花弁に口づけをされ、ぬるりと全体を舐められる。彼はしばらく花弁に舌を這わせた後に、蜜口に差し込んだ。意外に硬い感触の舌が入り口をこじ開け、内側で生き物のようにうねる。はじめての感覚と羞恥から逃げたくて、私は足をばたつかせた。
「暴れるのなら、濡らさず挿れます」
 舌を引き抜き、暴れる私にちらりと視線をやると、パーシヴァルはそんな恐ろしいことを言う。その痛みを想像して、私は涙目になって黙り込んだ。それを了承と受け取ったのか、彼は蜜壺への愛撫を再開する。
「……っ! 待って、まっ……ああっ!」
 制止の声を上げながら、パーシヴァルの硬い髪をぎゅっと握る。だけど今度は、彼の動きは止まらない。
 心は様々な感情で軋んで冷えているのに、体は簡単に彼の舌で熱せられ、浅ましく快楽を拾っていく。これではパーシヴァルの言ったように『淫乱』じゃないの。
「あっ……あっ。いや、ああっ」
 声に甘さが灯り、じわりと蜜壺に蜜が滲む。その蜜はパーシヴァルの舌によって丁寧に拭い取られ、時にはすすり上げられた。
「ダメ、ダメっ」
「なにがダメなのです。貴女のここはこんなに喜んでいるというのに」
「ひゃあっ!」
 ちゅっと花芽を吸い上げられ、その強い刺激に達しながら体を震わせる。内腿をぬるりと唾液と蜜が入り混じったものが流れ、羞恥心を激しくかき立てた。
「さて、もういいでしょう」
 義務は果たしたとばかりの口調で言うと、パーシヴァルはトラウザーズの前をくつろげた。そして一気に下穿きごと引き下げる。すると……そそり立つ熱が、勢いよくその姿を現した。
 なんだかグロテスクな形をしたそれは、彼の腹につかんばかりに勇壮に立ち上がっており、赤黒く濃い色をした先端を透明な液体がてらりと濡らしている。その液体は幹を伝って、ぬるりと滴り落ちた。
 ……大きい。指なんて問題にならないような大きさだ。もしかすると、私の手首くらいの太さはあるかもしれない。
 それに、殿方の『もの』というのはこんなに恐ろしい姿をしているの? これが、正常なのかしら?
 恐怖で引きつった顔をしている私を見て、パーシヴァルは意地の悪い笑みを浮かべる。そしてわざとらしく見せつけるようにしながら……熱の先端を蜜壺に押しつけた。熱と花弁が触れ合う生々しく淫猥な感触に、私は身を竦ませた。恐れから体を引こうとしたけれど、その動きはパーシヴァルに腕を掴まれ阻まれてしまう。
 体を硬くして身を震わせている私には構わず、パーシヴァルは腰を進めた。
「――ッ!」
 文字通りの身を引き裂かれる痛みに、私は魚のように情けなく口をぱくぱくとさせる。
 舌での愛撫で感じた淡い快楽は、痛みによってすべて吹き飛んでしまった。
「……血が。処女であることは信用できそうですね」
 冷静な口調で告げられた言葉に、胸が氷柱で刺されたかのように激しく痛む。
 なにか言い返したくても、内側を裂かれる痛みに耐えることに必死で声すら出せない。
 大きな杭で貫かれ、それを奥まで無遠慮にねじ込まれ。ずるりと引き抜かれたかと思えば、また奥へと突き挿れられる。処女相手なのに、その行為に気遣いは一切見受けられない。
「う、あっ」
 色香なんてものはない苦痛の呻きが零れ、『もう終わって』とそれしか考えられない。
 何年も待ち望んだはずの、彼との交合。それは苦痛と恥辱に満ちたものだった。
 パーシヴァルの肩越しに見える天井を、揺さぶられながらただ必死に見つめる。
 そうしている間にも彼の息が荒くなり、動きが急に激しくなる。きっと終わりが、近いのだろう。
「――ッ!」
 ぎゅうと強く抱きしめられ、パーシヴァルの体がわずかに震えた。
 大きな体に抱きしめられると胸が締めつけられ、『幸福だ』という錯覚が起きそうになる。こんなの、ただの反射的な行動だろうに。
 パーシヴァルは少し息を切らせながら私を抱きしめていた。そして、少しだけ身を離しこちらをじっと見つめ……頬に大きな手を添えた。
 ――口づけでも、してもらえるのかしら。
 そんな浅ましい期待は、すぐに裏切られてしまう。
 パーシヴァルは小さく舌打ちをしてからなにも言わずに距離を離すと、背中を向けてしまったのだ。
 当然ね。だって彼は私を憎んでいるんだから。
 憎まれるようなことを、私がしてしまったのだもの。

 きっとこの婚姻は……彼から私への復讐なのだ。

 昔と変わらない、パーシヴァルの大きな背中を見つめながら……
 幸福だった時代のことを。そして、パーシヴァルの手を放してしまった時のことを。
 涙で視界を滲ませながら、私はそれを思い返した。

◆一章 私と貴方が幸せだった頃、そして別れ

 私、エイリーン・プロウライトはエルデール王国の第三王女として生まれた。
 子煩悩な両親に砂糖漬けにされそうなくらいに甘やかされ、さらに年の離れた兄姉に可愛がられて育った割には、わがままになるでもなくおっとりと育った……と思う。
 十歳から十八歳までの私の人生は、とても幸福だった。それは自信を持って言える。
 だって大好きなパーシヴァルが……ずっと側にいてくれたから。
 パーシヴァル・スタンフィールドは、代々王家に仕える騎士の家系であるスタンフィールド伯爵家の三男だ。そして私が十歳、パーシヴァルが十七歳の時に……彼は私の専属護衛騎士となった。
 その頃。騎士と貴族の令嬢との身分違いの恋物語を描いた小説が、女性たちの間で流行っていた。
 私も例に漏れず大好きで、全二十巻にもなるそれを夢中で読んだものである。
 だから……『私のところに専属護衛騎士が来る』と聞いて、顔合わせの前の夜は期待で眠れなかった。
 パーシヴァルと王宮の私室ではじめて顔を合わせた日のことを、私はよく覚えている。
「パーシヴァル・スタンフィールドです」
 その日現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ美貌の騎士だった。
 ふわりと黒髪が風に揺れ、褐色の頬にそれがかかる。彼はその精悍な美貌に笑みを浮かべながら、優美に私の前に傅いた。
「エイリーン殿下。今日から貴女のための剣となりお仕えいたします」
 そう言って優しく手を取られた瞬間。少女だった私の胸は高鳴った。それは、素敵な騎士との恋物語のはじまりそのものだったから。
「パ、パーシヴァルというのね。エイリーンよ……その、貴方が私を守ってくれるのね」
「はい、命に代えても」
 生真面目な口調でそう言うと、パーシヴァルは深い青の瞳で私を見つめる。その瞳は昼の光の中できらきらと輝いていて。今まで目にしたどの宝石よりも綺麗だと、私はそれに見惚れてしまった。

  § § §

 パーシヴァルと過ごす日々は、あっという間に過ぎた。
『恋物語の騎士様』と違って、彼は甘い言葉なんて言わない。どちらかというと無口で、不器用で、生真面目で。……小言がとても多かった。
 こういう人を『堅物』と言うのねと、その言葉を知った時には生意気にもそう思ったものだ。
『恋物語の騎士様』とはまるで違うけれど。パーシヴァルと過ごす時間は……穏やかでとても心地良かった。そんな彼との時間を、私は宝物のように感じていた。
 そして。私は十五歳、彼は二十二歳になり――
「殿下。走ると危ないですよ」
「大丈夫よ、パーシヴァル」
「大丈夫と言って、先日も転んだでしょう。殿下はもう十五なのですから……殿下、話を聞いていますか!」
 王宮の庭を走る私を、いつものようにパーシヴァルが咎める。その眉間には、渓谷のように深い皺が寄っている、一見するとなんとも迫力のある怒り顔だ。うららかな春の日差しと色とりどりの花が咲く庭には、とても似合わないわね。
 この表情が『怒り顔』ではなく実は『困り顔』であることに、彼と知り合って二年目くらいに私はようやく気づいた。気づいた時には心の底から驚き、次にはおかしくなって大笑いをしてしまい、パーシヴァルに盛大な苦笑いをされたものだ。
「もう転ばないってば! ひゃっ!」
 パーシヴァルの『困り顔』を眺めながら後ろ向きに足を進めた瞬間。私は石ころに足を取られてしまった。
「殿下!」
 大きな手が伸び、腕を力強く掴まれる。そしてそのまま彼の方へと、軽々と引き寄せられた。
 パーシヴァルの胸にトンと額が当たり、頭の上でため息が吐かれる。そして肩に大きな手がそっと乗せられた。
「だから、危ないと言ったでしょう」
 呆れたような口調でパーシヴァルが言う。けれど私は内心、それどころではなかった。
「ご、ごめんなさい。あの、パーシヴァル」
「殿下のお体は、嫁入り前の大事なものなのですよ。大きな傷でもついて、婚約に差し障ったらどうするのです」
「ねぇ、パーシヴァル!」
「なんですか、殿下」
「お小言は……もう少し離れてからでもいいかしら」
「あ……」
 そう。私はパーシヴァルに……抱きしめられるような体勢になっていたのだ。
 肩にある手は大きくて、今日は甲冑をつけていない彼の体温を感じるくらいに、体同士が触れ合っている。触れ合ったところから感じる彼の体温は……私よりも少し高い気がした。見上げると、パーシヴァルの端整な顔がしっかりと視界に入る。鼻がとても高いわね。睫毛も長くて綺麗。野性味のある褐色の肌は、彼の美貌に精悍さを加えている。
 私たちはしばらくの間……その体勢で見つめ合ってしまった。
「これは……失礼を!」
 我に返ったらしいパーシヴァルは慌てた様子で私から離れると、地面に片膝をついた。そこまで畏まらなくてもいいと思うのだけど……
「いえ、その。大丈夫よ。ごめんなさい、走ったりして」
 自分の頬にそっと手を当てる。手のひらから感じるのは、驚くくらいの熱だ。私の顔はきっと真っ赤に茹だっているのだろう。
 だって……パーシヴァルが、あんなにも近くにいたのだもの。
「その、殿下。危ないのでお手を」
 パーシヴァルは軽い咳払いをしてから立ち上がると、こちらに手を差し出してくる。どうやら、エスコートをしてくれるつもりらしい。
「ふふ、嬉しいわ」
「転ばれては、困りますので」
「私の騎士様にエスコートをしてもらえば、もう転ばないわね」
「……そうですね」
 すっかりいつもの無表情に戻ったパーシヴァルの差し出す手に、自分の手をちょこんと乗せる。するとそれは想像したよりも優雅な動きで、優しく引かれた。さすが名家の三男だ。
 ――思えばこの頃から、私は彼に恋をしていたのだろう。
 それはまだ淡くて、小さな想いだったけれど。……年を経るごとに、甘く濃い色へと色づいていった。

(――つづきは本編で!)

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