「俺の愛おしい奥方――もっと啼くがいい」
あらすじ
「俺の愛おしい奥方――もっと啼くがいい」
齢五十を過ぎて尚、軍神として名を馳せる老練の辺境伯フランシスと結ばれ、辺境伯夫人となった男爵令嬢ミレーネ。第一子を授かりながらも情欲は尽きることなく、絶倫である夫からの寵愛に包まれる日々。「今日は褥にずっといたほうがいい」夫の独占欲に満ちた声に背骨がぞくりとした。愛おしい妻にしか見せぬ深い慈しみの瞳、そして熱い視線を注がれると、身も心もその情熱に包まれていく――だが、平穏な日々も束の間。「毒花」と名高く美しくも冷酷な隣国の王女が現れ、ミレーネの地位を奪おうと画策していて……。
作品情報
作:水田歩
絵:haruka
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12/23(月)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)
本文お試し読み
プロローグ
サンゴール東部を預かり、敵国グラシダと教王国に睨みをきかせる辺境伯アレオン領は、喜びに湧き立っている。
ことに東部地方で最大の都市である領都アルレリオン――普段は単純に『東都』と呼ばれている。東都といえば、サンゴール国民なら誰しもアレオン辺境伯領の都、アルレリオンを想起するからだ――では、民がソワソワと出入りを繰り返し、せっせと道や己の家を綺麗にしている。
「なんせ、閣下と奥方様が顔を見せに来てくださるかもしれないからな!」
店を営んでいる者は、往来にはみ出さんばかりに商品を並べ出している。
飲食を商う者は、歩きながら食べられるような料理を作っておくのに余念がない。
「このはしゃぎっぷりはどうしてだ。なにか祭りでもあったか?」
世情に疎い者がうっかり訊ねようものなら、満面の笑みを返される。そして陽気な声で叫ばれるのだ。
「なんたって今日は、奥方様が来られた日から、ちょうど三年目だからな!」
ミレーネ・ヴェルデ・アレオン。
男やもめと言うには色っぽすぎる領主、フランシス・アレオン辺境伯を射止めた、唯一の女性だ。
彼女は三年前の戦勝祝いのパレードで、勇ましく領民達の前に現れた。馬の前に飛び出した子供を命がけで救ってみせたのである。気を失った彼女は、フランシスの腕に抱かれたまま入城を果たした。
「あの時から、お館様の奥方様を見つめる目にはただならぬ愛情がこもってらしたもんなぁ」
したり顔の店主に、周りの者達も同調する。
彼女は城のみならず領全体を活気づけた。
そして、次に起こったグラシダ戦役では、フランシスひきいる黒騎士団を救い勝利に導いたのだ、と声高に語り合う。
「王陛下より功績を讃えられて、我が国初の女男爵におなりになった!」
優美さより尚武を愛するアレオン領では、闊達でありつつ、戦略を講ずるミレーネの人気はことのほか高い。
これまでもフランシスの誕生日には勝手に盛り上がっていたが。今ではミレーネの誕生日に加えて二人の結婚を披露した日、そして彼女がアレオン辺境伯領にやってきた日まで祝っている。
ミレーネは恥ずかしがっているものの嬉しそうだし、フランシスもまんざらでもないらしい。
領民達はまだ、朝の一点鐘が鳴ったばかりなのに、ここぞとばかりにジョッキを掲げては乾杯しあう。
ことに。
「奥方様はご婦人を領に連れて来てくださった!」
「花嫁学校様様だ!」
……『花嫁学校』とは。ミレーネが生きる術のない女性達に教えを授けていたら、いつしか称されるようになった事業のことである。
生徒達は、前《さき》のグラシダ戦役で戦場となった砦に取り残された女性達だ。
初めは、戦勝に伴い砦がアレオン辺境伯領に組み入れられたことから、女性達を生まれ故郷に戻そうとした。けれど女性達が砦に連れて来られてからは、村自体が消滅していた。戻る場所のない彼女達にミレーネは同情し、彼女らが自活できるよう、読み書き計算に刺繍や薬草の種類などを教えこんだ。
ミレーネが予定していた課程を教え込んだ彼女達が、いよいよ『花嫁学校』を卒業する日。求婚する男達が城門に殺到する騒ぎになった。
……大陸での女性の出生数は、男性の五分の一ほどだ。男性のなかには、生まれ落ちてから一度も女性と話さずに死んで行く者もいる。
特に国の防衛線であるアレオン辺境伯領には、武勇で身を立てたい男達が集まってきている分、女性の割合は他の領より少ない。男性は貴族でも庶民でも、家を継ぐ者のみしか妻を娶ることを許されない。けれど女性側が望んでくれれば嗣子以下でも結婚できた。
彼女達のおかげで、結婚を知らせる祝福の鐘は、例年より多く鳴らされた。
それもこれも、ミレーネの始めた事業『花嫁学校』が女性を領に呼び寄せたと、領の男性達は感謝している。
「奥方様、また『花嫁学校』をしてくださらないかな」
三期まで終えたあと、しばらく開催されていない。
「……また開催してくださったら、もしかしたら今度は俺達も、嫁さんをもらえるかも」
男達は期待の眼差しで城を見上げる。
……ミレーネがアレオン辺境伯領を訪れた日は騎士達にも喜ばしい日であるに違いないが、日常に変わりはない。
フランシスが城に常駐の者達と鍛錬をしている最中、男が駆け込んできた。
「閣下!」
国の軍神たるアレオン辺境伯が各地に放っている密偵の一人である。
喫緊の用だと悟った騎士達が一斉に動きを止める。部下達に鷹揚に頷き、フランシスは執務室へと戻った。密偵のほかに、部隊長らや執事もついてくる。演武場から遠ざかった男達に、稽古が再開された物音が届いた。
石畳の通路を歩いている間誰も口をきかなかったが、執務室に入るなり密偵は叫んだ。
「閣下、『毒花』が我が領を目指しております!」
「入れるな」
部下の報告に対して、辺境伯の応えは簡潔だった。
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