「絶対に手離さない。今度こそ、なにがあっても」
あらすじ
「絶対に手離さない。今度こそ、なにがあっても」
結婚目前、憧れのホテルでプロポーズを待つばかりの彼氏に突然婚約破棄を言い渡された柑奈は、泣きながら去る寸前、誰かに引き留められた。それは、ここにいるはずのない学生時代の元彼・遥――どうやら彼はこのホテルに配属されたらしく、柑奈の失恋を慰めようと、最上階にある一切非公開のVIPラウンジを取ってくれる。初めての非日常に超一流のサービス、ロマンティックなシチュエーションに酒が進む彼女であったが、朝起きると隣には見知った途轍もない美形がいて!?身体は重だるく、切れぎれの甘やかな記憶まで蘇ってきた柑奈は、咄嗟にダッシュで部屋をあとにしたものの、遥と仕事で思わぬ再会を果たすこととなって……
作品情報
作:如月そら
絵:稲垣のん
デザイン:RIRI Design Works
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本文お試し読み
1.信じられない別れと再会
「……痛った……」
ズキズキする頭の痛みで目が覚めた。これって二日酔い?
目に飛び込んできたのは見慣れない天井だ。真っ白で綺麗な柄が入っていて天井のライトはおしゃれだけれど、明らかに私の部屋のものではない。
天ヶ瀬柑奈《あまがせ かんな》、二十八歳の私はフローベル・インターナショナルホテルのコンシェルジュをしている。適度にお酒は嗜むけれど、今まで記憶を失くすほどに呑んだことはない。
それなのに見たことのない部屋にいたのだ。
肌に直に触れるシーツと、先ほどから自分を包むぬくぬくと温かく気持ちのいい人肌。
「ん……柑奈?」
後ろからきゅっと抱きしめられたら、その気持ちの良さにまた睡魔に引き込まれそうだ。
「まだいいだろう?」
耳元で囁かれた明らかな美声に聞き覚えはあるけれど、それはここにいるはずのない人の声だった。
そっと顔を動かすと、甘やかな表情で私を見ていたのは途轍もない美形だ。真っすぐで意思の強そうな眉の下には切れ長の瞳。とおった鼻梁と薄めの唇の口角がきゅっと上がっているのは、彼の機嫌がいい証拠だった。
目が覚めたと同時に一気に切れぎれの記憶もよみがえってくる。
「わ、わたしっ……」
重だるい身体は明らかな事後だ。声まで掠れているのは昨日散々喘がされたせいなのも間違いない。
顔が赤くなったのを自覚して、私はシーツで身体を隠した。
彼が私に向かって手を伸ばす。指先までも見惚れそうに綺麗な人。すらりとしてその長い指が昨日の夜、私に触れた。まざまざとその感覚までよみがえってきて、いたたまれなくなる。
思わずその手を避けてしまって、ベッドの上をあとずさると彼は軽く目を見開く。
「ご……ごめんなさいっ」
床に散らばった服をかき集めて、私は経験したことのないスピードで着用すると、カバンを手にしてその部屋をダッシュであとにした。
「柑奈!」
その声を無視して廊下を駆け抜け、発見したエレベーターのボタンを激しく連打する。
嘘でしょう!? いたしてしまった! しかも……っ、あの人と!
* * *
時間は少し戻る。昨日のことだ。
女の子なら誰でも憧れるシチュエーション。とても素敵なレストランで、大好きな人に『ずっと一緒にいたい。結婚してくれないか?』とプロポーズされること。
私は憧れのホテル『ソシアルグランドホテル』のレストランで恋人の柏木拓海《かしわぎ たくみ》を目の前にして心臓の音を大きく高鳴らせていた。
焦げ茶色のロングヘアは仕事のときはアップにまとめていたり、一つに結んでいたりすることが多いのだけれど、今日は憧れのホテルでの食事だからとほどいて肩から流している。大きいねと称されることの多い瞳を彩るまつ毛も、今日はマスカラを丁寧に施していた。
柏木さんは三年付き合っている私の彼氏だ。商社に勤めているいわゆるエリート会社員だった。
私と彼との出会いは、フローベル・インターナショナルホテルで商社勤務である彼が海外からのお客様をアテンドしたときのこと。彼の仕事をお手伝いしたことが縁で交際がスタートした。
柏木さんはデートもエスコートもとてもスマートな人で、今こうして私の目の前で食事をしている姿も、とても洗練されているのだ。
ところで私が胸を高鳴らせているのには理由がある。
そろそろ彼との交際は三年になろうとしていた。私は二十八歳を過ぎたところで、柏木さんは三十二歳。互いにいわゆる適齢期でもある。
さらに前回のデートのときに「昇進を考えたら結婚も視野に入れないといけない」と柏木さんは真剣な表情で言っていたのだ。
遠回しなプロポーズかとも思ったのだけれど、そのあと結婚のことが話題になることはなく、今日という日を迎えた。
しかも『柑奈、ソシアルグランドで一度食べてみたいと言っていたよな? 予約しておいてくれるか?』というメッセージ付きだった。
食事は前評判どおりに素晴らしく、期待以上のものだったと思う。けれど正直に言えば緊張で味など分かったものではなかった。
無理だわ……味わうのは諦めよう。
またゆっくり仲のいい友達と来てもいいかもしれないと、私はワインを口に含む。芳醇な香りと上質なアルコールの温かさが喉を滑り降りていった。
「柑奈……」
低くてよく通る柏木さんの声に心拍数は急上昇だ。
き、きたっ……!
メインディッシュを目の前にして、柏木さんがゆっくりと口を開く。
「結婚を考えているんだ」
大きな人生の転機となるその言葉を、胸を高鳴らせて私は待った。
「うん」
「別れてくれないか」
──は?
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