許嫁の君はおカタめ女教師に二度求婚(プロポーズ)する

許嫁の君はおカタめ女教師に二度求婚(プロポーズ)する

「たくさん待たせてごめんね。一緒に、幸せになろう」

あらすじ

「たくさん待たせてごめんね。一緒に、幸せになろう」

 幼いころ海外に旅立ってしまった幼馴染、悠馬のプロポーズを信じて待っていた芽衣。だがぷっつりと連絡が途絶えてしまって以来芽衣は恋をしないまま、ちょっとオクテでおカタめな大人になってしまった。期待するのはつらいだけ。でも時々無性に寂しさが込み上げてくる。

 そんなある日、とびきりのイケメンに成長した悠馬が帰ってきて…

作品情報

作:秋花いずみ
絵:高辻有
デザイン:RIRI Design Works

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本文お試し読み

◆第一章

 昔々、私、岡田芽衣には王子様がいた。
 名前は小鳥遊《たかなし》悠馬。歳は同い年で、お人形のように肌が白く、サラサラの髪の毛に顔は整ったパーツをしていたその子は美少女とよく間違えられ、この小さな町では軽く有名人だ。
 愛らしい顔と愛嬌のある人柄はみんなに好かれ、隣に住む幼なじみの私の自慢だった。
 だけど、幼なじみは可愛いと言われることを酷く嫌っていて、いつもむくれていた。
 考えれば、彼も男の子なんだ。男が可愛いと言われて嬉しいはずがないだろう。
 だから、私は幼なじみを「そうだね、悠馬はかっこいいよ」といつも褒めていた。
 すると、悠馬は嬉しそうに笑い、「芽衣ちゃん大好き!」と言ってくれる。
 それだけで、悠馬の特別になった気に私はなっていた。
 だけど、そんな美少女のように可愛らしい彼も、成長するにつれ身長も高くなっていき、身体つきも逞しくなってちゃんとした男の子になり、小学校高学年の頃には誰もが憧れる王子様に成長した。
 私にしか見えていなかった王子様がみんなの王子様になってしまった。
 都市部に出れば芸能界へのスカウトを必ずされるし、雑誌の写真だって頼まれる。カットモデルも何度頼まれただろう。
 それに比べて私はいつまでたっても地味でスタイルも髪型も顔も普通。取り柄は滅多に肌荒れをしない強靭な肌くらいだろうか。
 ロングヘアーもしてみたいけど、手入れを続ける自信がないからずっとボブカットで、クラスのみんなから「市松人形」って呼ばれている。
 こんな私だから、悠馬の隣に並ぶのを高学年になった頃から引け目を感じるようになってしまった。
 でも、悠馬は隣に住んでいる私の家によく遊びに来るし、誘ってもくれるけど、家の中以外では極力遊ばないようにしていた。
 彼の隣に立つ自信がなかったからだ。
 それは俗に言う恋心が私の中で生まれてしまったから。
 悠馬のそばにいるだけで心臓の音が速くなり、落ち着かない。ずっと顔も身体も熱いし、意識してしまってうまく喋れない。
 悠馬はこんな私と遊んでいても楽しくないだろう。だから、違うお友達と遊んでいいよっていうけれど、悠馬はいつも私と遊んでくれていた。
 それが嬉しくてこそばゆくて……小学校六年生の時は、子どもながら悠馬のことを真剣に大好きだった。
 悠馬は私のことをどう思っているかなんて図々しいことは聞けない。
 ただ、遊ぶときは誘ってくれて一緒にいられることが何よりも嬉しかった。

「芽衣ちゃん、たまには遠くに遊びに行かない?」
 小学校を卒業する少し前、悠馬が私の部屋に来て突然、こんなことを言い出した。
 品行方正の悠馬がこんなことを言い出すのはこれが初めてで、私は瞬きも忘れて驚いた。
「どうしたの? 悠馬らしくないよ」
「ほら、お互いお年玉もらったでしょ? だから、ちょっと遠いところまで遊びに行こうよ」
 たしかにお正月の時にもらったお年玉はそのまま置いてあり、全然使っていないから遠くに行こうと思えば行ける。
 ただ、校区外に行くことに躊躇した私はあまり乗り気でなかった。
 だけど、悠馬が両手を合わせて懇願し「どうしても一緒に行きたい! お願い!」と何度も言うので、渋々頷いた。
「やった! じゃあすぐに準備をしてくるから待ってて!」
 天使のように可愛い顔を煌めかせて、悠馬は自分の家へと戻っていった。
「どうしたんだろう……悠馬らしくないな」
 部屋に一人で悠馬を待ち、ポツリと独り言を呟く。悠馬は言葉の通りすぐに準備を終えると私を迎えに来た。
「お待たせ。芽衣ちゃん、行こう」
「うん」
 手を伸ばされ、久しぶりに悠馬と手を繋いで歩いた。
 手を繋いだのなんていつぶりだろう? 低学年以来かな? 思い出すのは、自分とそんなに変わりない悠馬の手の大きさだ。
 でも、今繋いでいるのは、私よりもずっと広くて大きくなった悠馬の手。
 すっかり男の子の手になっていて、繋いだ瞬間驚いた。
 だけど、手の温もりは変わっていなくて、私より少し体温が高いあったかい悠馬の手だ。そのことにホッとして、私と悠馬は家の最寄り駅から一時間半くらい電車に揺られて、都心のシンボルである名物のタワーに到着した。
「一番上まで登らない?」
「えっ、こ、恐くない……?」
「僕がいるから大丈夫だよ」
 悠馬ってこんなに頼もしかったっけ? と思わせるくらい、今の悠馬は私の知らない強引な男の子の部分を出していて、さっきからドキドキが止まらない。
 だけど、彼の言葉を信じて、恐い気持ちを我慢しながらタワーの頂上までエレベーターで上がった。
「うわぁ!」
「すごいね、家がものすごく小さい!」
 エレベーターを下りて視界に広がる世界は、見たことがない別物の世界を見た気分だ。
 見下ろした世界に自分達が住んでいる家があることが不思議でしょうがなく、私はずっとはしゃいでいた。
 でも、悠馬はだんだんと口数が少なくなり、表情も硬くなっていく。
 もしかして高いところが怖いのかな? と思い、心配になってきて悠馬の手をギュッと握った。
「大丈夫? もう降りようか?」
「ううん! まだここにいよう!」
「でも、顔色が悪いよ? 本当は高いところは苦手なんじゃないの?」
「違うよ、これはそういうのじゃなくて……その……」
 悠馬は喋るたびに顔色が青色から赤く染まっていく。
 そして手汗も掻いていて、びっしょり。でも、こんな慌てていても美少年は顔が崩れないのだから、素晴らしい。
 やっぱり悠馬はかっこいいなぁ。私の自慢の幼なじみだ。そう思っていたら、悠馬が瞳を潤わせて私を真っ直ぐ見つめる。
「無理しなくていいよ、悠馬」
「無理なんかしていないよ……!」
「でも、さっきから態度が変だよ。今日、調子が悪いのなら、また今度来ようよ。いつでも来られるし」
 私がそう言うと、悠馬が一瞬泣きそうな顔になり、そして唇を強く噛んでいた。
 驚いた私は言葉をなくし、悠馬を見つめてしまう。
 すると、悠馬は「よし……今しかない……!」と独り言を言って、両眼をぎゅっと瞑った後、勢いよく開けて私を見た。
 その瞳からは固い意志がひしひしと伝わってきて、これは絶対に逃げちゃいけないと幼い私でも理解できた。
 そして、悠馬は震えた声を出す。
「芽衣ちゃん……実は、今日……ここまでキミを連れて来たのには、理由があるんだ」
「理由? なに? 悠馬、さっきから顔が強張ってるよ? 本当に大丈夫なの?」
「僕は大丈夫……今から話すこと、全部驚かないで聞いてほしいんだ」
 真剣な声で言われ、私は黙って頷いた。私の反応を見たあと、悠馬はホッとして深呼吸をする。そして口を開いた。
 その内容はとてもショックなものだった。
 悠馬は小学校を卒業すると同時に、父親の仕事の都合で海外に行ってしまう。場所はカナダだという。
 悠馬のお父さんは車関係の会社で働いている。海外にも工場がある大きな会社だというのは、悠馬がいつも誇らしげに話しているから知っていた。
 悠馬は車が大好きで、有名な車のメーカーで働いているお父さんが大好き。だから、お父さんのお仕事の話をしている時は、とても楽しそうに喋っている。
 でも、今は違う。とても辛そうで、苦しそうだ。手を強く握ってあげなきゃ、今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい、悠馬は喉から振り絞って声を出していた。
 辛い表情のまま話してくれた内容は、海外に行ってもお父さんの仕事が軌道に乗るまで、いつ帰ってこられるかわからない、ということだった。もしかしたら、永住するかもしれない。だから、家も売り払ってしまうから、日本に頻繁には帰ってこられない。
 そのどれも全部、泣きそうな顔をしながら言葉にしていた。
「卒業まで……もう一か月もないよ?」
 私がポツリと言った言葉に、悠馬は目をギュッと瞑り、涙を堪えていた。
 悠馬と一緒に過ごせる時間はあと一か月もない……そう考えたら溢れてくる涙は止まらず、私は大粒の涙を頬にたくさん流してしまう。
「ごめん……芽衣ちゃんには悲しい思いをさせてしまうね……」
「寂しいよ……悠馬がいなくなってしまうなんて、寂しい……!」
 ぽろぽろと涙を流す私を、悠馬は人目もはばからず強く抱きしめてくれる。
 私より頭一つ分背が高くなった悠馬の肩に顔を埋め嗚咽をもらし、彼のダウンジャケットのいっぱい涙の染みを作ってしまった。
「芽衣ちゃん……」
 喉をゴクリと鳴らせ、悠馬はずっと泣き続けている私の肩を掴み、少しの距離を取る。
 私はしゃくりあげながら悠馬を見上げると、彼は唇を真一文字にして私を真っ直ぐ見下ろしていた。
 その顔色は真っ赤に染まっていて、泣きそうに潤んでいる瞳はもうそこにはない。
 私は幼いながらも、今、この雰囲気を遮ってはいけないと空気を読み、黙って悠馬からの言葉を待った。
 そして、悠馬は自分のリュックから小さな箱を取り出して、私の手のひらに置く。
「これ……なに?」
「あ、開けてみて」
 悠馬は緊張しているのか、震える声でそう言うと黙り込んでしまった。私は落とさないように丁寧に小箱のリボンを外し、箱の中身を取り出す。
 それは、ドラマや映画のワンシーンでよく見るリングケースだった。
「えー! こ、これ……!」
「指輪……貯めていたおこずかいとお年玉で買ったんだ。芽衣ちゃんにどうしてもプレゼントしたくて……」
「こんな高いもの……どうして?!」
 リングケースを開けると、中にはシンプルなシルバーリングがきらりと輝いていた。
 デザインはフラワーモチーフになっていて、可愛らしい指輪に私の心は激しくときめく。
「でも、可愛い……すごく嬉しい……ありがとう、悠馬」
 初めてプレゼントしてもらった指輪に釘付けになっていたから、ふと視線を合わせた時、悠馬がどれだけ真剣に私を見つめていたのか、初めて気づいた。
 悠馬は軽く深呼吸をして、姿勢を正す。
「芽衣ちゃん」
「は、はい」
「今から大事なことを言うから、聞いてほしい」
「うん……」
 悠馬が熱い眼差しで私を見ている。瞬きも忘れて彼の視線と声に集中していると、はっきりと気持ちを告げられた。
「好きだ、芽衣ちゃん。僕、芽衣ちゃんのことが大好きだ」
「悠馬……!」
「向こうに行っても絶対に芽衣ちゃんのことは忘れないから。だから、待ってて」
「えっ……」
「大人になって帰ってきたら、結婚してほしいんだ。僕と!」
 ぶわっと鳥肌がたつくらい感動した。悠馬の言葉が嬉しすぎて、持っていた指輪を強く握りしめてしまう。
「この指輪はね……もし、僕と結婚すると決めてくれて、芽衣ちゃんが大人になったらつけてほしいんだ。だから、ずっと持ってて」
「うん……うん、わかった……!! ずっと、悠馬が帰って来るまでずっとずっと大切に持っとく……!」
「ありがとう、芽衣ちゃん。大人になったら、必ず迎えに行くからね」
 寂しい気持ちと嬉しい気持ちと、離れたくないつらい気持ちと感動した気持ちがめちゃくちゃにこんがらがっていて、解けない糸みたいに絡まっている。
 でも、一つたしかなことは、私と悠馬は同じ気持ちだってこと。
 お互い、好きだという強い気持ちが同じだったことは堪らなく嬉しかった。

 この日は遅くまで二人で一緒に過ごした。手もずっと離さないで、無言の時間が惜しくてなんでもいいからいっぱい話をした。
 案の定、親には「こんな時間までどこに行っていたの!」と怒られたけれど、悠馬から海外に住むという話を聞いて、ずっと一緒にいたと伝えたら、お母さんの怒りはすぐに静まり、つらそうな表情に変わっていた。
 お母さんも悠馬のお母さんと仲が良かったから、きっと寂しいんだろうな……と理解できて、私も「ごめんなさい」と謝り、自分の部屋に行く。
 部屋に戻り、勉強机の上に置くのは今日悠馬からプレゼントしてもらった、大切な指輪だ。絶対に無くさない。一生、大切に持っていて、この指輪のサイズに合う大人になったら、毎日欠かさずつけていよう。
 いつ悠馬が迎えに来てくれてもいいように、ずっとつけているんだ。
「ひっく……悠馬……」
 それでも、心強いお守りがあってもやはり離れるのはつらい。
 この日はずっと泣き続けて眠れない夜を過ごした。

  § § §

 そして小学校を卒業して悠馬はカナダへと旅立っていった。
 隣の悠馬の家はすぐに売りに出され、買い手が見つかって私と同い年くらいの女の子がいる家族が引っ越してきた。
 名前は西条なつめと言って、歳は私と一緒の十二歳。この子もお父さんの仕事の都合で大阪から東京に引っ越してきて、友達は当然誰もいない。
 だけど引っ越しの挨拶の時に家族みんなで来てくれた時に、一家のフレンドリーさで一気に仲良くなった。
「私、なつめっていうねん。名前、何て言うの?」
「私……岡田芽衣です」
「芽衣ちゃんかー! 可愛い名前! 同じ中学校に通うし、これからよろしくね! あっ、よかったら一緒に登校してくれへん? 私、この辺り何も知らんから色々教えてほしいな」
「うん、いいよ」
「ありがとう! じゃあ早速明日からよろしく!」
 こんな感じでなつめとの付き合いは始まり、今でも続いている大切な唯一無二の親友だ。悠馬がいなくなった寂しさを埋めてくれたのもなつめであり、親友と呼べる女友達もなつめだけだ。今でも、なつめが引っ越してきてくれて心の底から感謝をしている。

 悠馬とはカナダに行ってからも、お互い持っていたスマホでずっと連絡は取り合っていた。毎日メールはするし、時間が合えばテレビ電話をして顔を見て話もした。
 それがどれだけ会えない寂しさを紛らわしていてくれたか……
 だけど、一年が経ったある日を境に、ぱったりと悠馬からの連絡が途絶えてしまった。
 私からメールを送ってもエラーになって戻って来る。電話も使用されていないのか、繋がらない。
「何かあったのかな?」
 あまりにも悠馬らしくない行動に、嫌な想像ばかりが頭の中で思い浮かぶ。
 スマホの調子が悪い程度ならいいけれど、事故でもあったのかな? 家庭内で何かトラブルでもあったのかな? カナダでの生活はうまくいっていないのかな……
 色々と聞きたいことはある。だけど、返事が返ってこなくて、電話も出てくれない状況だから黙って悠馬からの連絡を待つ日々が続いた。
 でも、いくら待っても悠馬からの連絡は来ることはなく、結局メールの一通も届かぬまま日々は過ぎて行く。
 気付けば私は中学三年生になり、受験勉強に集中しなければいけない時期になっていた。もうその頃には悠馬からの連絡を期待する自分はいなくて、自分の日常から彼の存在が消えていく。
 その日々は本当に辛くて、毎日涙ばかりが零れた。
「きっと向こうの生活が楽しくて、私のことはもう忘れてしまったんだろうな……」
 悠馬の笑顔を思い出すことはできても、声を忘れかけている自分がいる。
 楽しかった思い出は嫌な思い出に変わりそうで、私は悠馬のことを思い出すことをやめた。
「もう男の子を信じることはやめよう。約束を破られるのは嫌だ」
 これだけ放置されているのだから、悠馬は大人になったら私を迎えに行くという約束はもう忘れているだろう。
 彼のことを思い出すのが嫌で、いつでも眺められるように勉強机に飾っていた、指輪が入っているリングケースも、引き出しの奥に閉まった。
 悠馬とのことを知っているなつめには、もう彼を想うことはやめたと、次の日の学校の昼休み時間に伝えた。なつめは私の代わりにたくさん怒ってくれ、そして彼を忘れるために色んなところに遊びに連れて行ってくれ、受験勉強も一緒に頑張った。
 こうして悠馬との約束は私の中で忘れられ、男の子を信じられなくなった私は恋愛をすることもないまま高校生活を過ごし、そして大学も卒業した。

◆第二章

 もともと本を読むことが好きで、国語の成績は他の教科よりも得意なこともあり、特技を生かしたいと思って大学は教育学部を選択し、公立高校の現代文の教師になった。
 自分に自信がない性格だから人前に立つのは苦手だったけれど、教師生活も二年目を迎えると随分と慣れ、今では緊張せず授業を行えるようになっている。
 昔と比べたらハキハキと喋れるようになったし、職業柄思ったことをしっかりと伝えられるようになった私は、別人のように成長したと思う。
 なつめとはまだ親友関係は続いており、もともと好奇心旺盛だった彼女はフリーのグルメライターとして活動している。
 グルメライターのなつめに付き合って、美味しいご飯屋さん巡りは私の趣味にもなっていて、休日はよく二人で食べ歩きをしていた。
 たわいない話をして、たまに仕事の愚痴も言い、美味しいご飯に舌鼓を打つ。
 この時間のために働いていると言っても過言ではないってくらい充実している。
 些細なことが幸せだなぁとようやく噛みしめ始めていた。
 自分に余裕ができて、趣味も楽しめるようになってきた。これが大人になるってことだろう。
 それでも、時々無性に寂しさが込み上がってくるのは、一人の女性として仕方のないことかもしれない。
 それは、クリスマスやバレンタインデーのような特別なイベントの時、本当なら大人になって迎えに来てくれるはずだった人が、今でもいないことだ。
 悠馬……大人になったら迎えに行くって言ってくれていたのに、結局成人式も帰ってこなかった。
 やっぱり、私との約束なんて忘れているのよね……
 こうして彼を思い出してしまうのは、やはりどこか期待をしているからだろうか。
 でも、悠馬は今、どんなふうに成長して、どんな生活をしているのか私は全く知らない。
 だから、期待するのはつらいだけ。彼の思い出に蓋をしては時折、思い出しては懐かしむ。
 そんな無駄なことを時々繰り返しては、寂しい思いを積み重ねていた。

  § § §

「お疲れ様でした」
 今日も日報作成を終え、まだ残っている先生方に挨拶をしてから学校を後にする。
 校舎を出たらすぐ深呼吸をして、仕事から解放された気分を味わっていた。
「今日は早く帰れたな。ちょっと外食したい気分だし……なつめを誘って、駅前に新しくできたカフェにでも行こうかな」
 最寄り駅へと歩きだす前にスマホをトートバッグから取り出してなつめにメッセージを送る。一瞬で既読がつき、返事を待っていると泣き顔のスタンプが送られてきた。
「ごめん、行きたいのは山々なんだけど、〆切が近くて無理……なるほど、原稿がまだできてないのね」
 残念のため息をした顔のスタンプで返事をして、「無事に原稿を書き終えたら行こうね」とメッセージを送った。
「仕方ない。今日は帰るか」
 ため息をつき空を見上げると、視界がぱっと明るくなるような色鮮やかなオレンジ色に色付いている紅葉が、沈んだ心を救ってくれる。
 きっと今日は早く帰れというお導きなのかもしれない。そう前向きに考えてスマホをトートバッグに戻すと、落ち葉の音を鳴らしながら帰り道をゆっくりと帰った。

 そこそこに混んでいる電車に揺られ、駅に着くと空も暗くなり始めていた。
 まだ実家に住んでいる私は、電車通学をしていた高校生の時から使用している改札を抜け、家まで徒歩で帰宅する。動きやすいようにスニーカーで通勤している私の足は、一般の女性よりも早足だ。
 ウォーキングがてら、しっかりと地面を足で踏みしめて歩き続けると、見慣れた我が家の近くまで来た。
 でも……ちょっと待って。誰かが私の家の前に立っている。ものすごく背の高い人だ。
 顔も小顔で、まるでモデルみたい。
 もう少ししっかりと顔を見てみたいけれど、十メートルくらい離れた位置ではこの暗さもあり、姿かたちしかわからなかった。
 誰、あの人……どうしてウチの前で突っ立っているの? 新手の勧誘? それともウチを待ち合わせ場所に使われている?
 まさかね、どこにでもある住宅街なんだもの。待ち合わせ場所なんかになるわけがない。
 そうか、お母さんかお父さんの知り合い? それならインターホンを鳴らして、直接会うはず。色んな可能性を考えたけれど、どれもしっくりこず、結論はもしかして変質者……?!
 ま、待ち伏せ……? もしかして変質者が若い女が通るのを待っている?!
 もしそんな人なら、今、家に帰ろうとしたらみすみす捕まえられに行くようなものだ!
 一気に冷や汗を掻いた私は、急いでもう一度人通りが多い最寄り駅へと戻ろうとした。
 その時、肩の力が抜けてトートバッグが地面に大きな音をたてて落ちた。
「あっ……!」
 しかも、つい大きな声を出してしまった。しまった……あの変質者かもしれない人に、絶対に気付かれた! トートバッグを急いで拾い、私は走り出そうとする。
 しかしその勢いは、彼が放った声と言葉でピタリと止まった。
「芽衣ちゃん!!」
 聞いたことがない男性の声が、私の名を呼んでいる。
 そして背後からはこちらに向かって走って来る靴音が聞こえてくる。
 えっ、誰?! 私にこんな男の人の知り合いなんていないし、芽衣ちゃんだなんて最近呼ばれたこともない。
 だって、私を芽衣ちゃんって呼ぶ人は一人しかいなくて……
 驚愕のあまり身体が動かないまま、後ろから走って来る男性に腕を掴まれてしまった私。恐る恐る振り返ると、肩で息をして目をキラキラと輝かせた男性が私を捕まえていた。

(――つづきは本編で!)

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