「きみの……未来の夫はもう決まっているのだろうか」
あらすじ
「きみの……未来の夫はもう決まっているのだろうか」
山深い国の伯爵の娘アマリアは、亡くなった祖母が最期に過ごしていた療養地の侯爵、マルクスと出会う。
どこか儚げで不思議な雰囲気のマルクスと一目惚れしあったアマリアは、めくるめく一夜を共にした後、彼の住まう緑豊かな療養地を訪れる。
地元でも有数の医院の持ち主であるマルクスだが、アマリアはその地で囁かれる幽霊話を耳にして……。
作品情報
作:日野さつき
絵:いずみ椎乃
デザイン:RIRI Design Works
配信ストア様一覧
本文お試し読み
●始
天窓から、満月が煌々と輝くのが見えた。
「こ……こんなに、明るいなんて……っ」
月明かりは強く、見下ろしてくる彼の表情がよくわかった。熱に浮かされたような微笑みを目にしただけで、アマリアは胸の奥が甘く疼いていく。
「すべて見せてもらうよ。これからきみは、なにもかも俺のものになるんだ」
とっくにあなたのものなのに――そんな言葉を飲みこんだアマリアに覆い被さり、彼は両の乳房を揉みしだきはじめた。
柔肉を弄び、尖り上向いた乳首を指先で嬲る。声が漏れそうになり、アマリアはくちびるを噛んでいた。
突き上げるような欲情にさらわれそうな理性をつなぎ止めたのは、月光に照らされる彼の劣情に満ちたまなざしだった。
「そんなに、見ないで……っ」
上擦った声で訴える。
すると彼はむしろ見せつけるかのように、大きく口を開け濡れた舌で赤い先端をなぞりはじめた。
円を描く舌先の愛撫に、身体の芯からふつふつと、沸き立つように淫欲が目を覚ましていく。
「ん……んぅ……っ」
乳房をついばむようにするくちびるの強さに、アマリアはうっとりしていた。
乳房に顔を埋めている彼の指先が、アマリアの閉ざされているべき場所に降りていく。
へそから下腹部に降り、一帯のやわらかさを楽しむ彼の指に、アマリアは双脚をわずかに開いていった。欲情で秘所が熱くなっている自覚がある。そこを彼に翻弄されたくなっていた。
「あ、ぅ……っ」
きつめに歯を立てられた柔肉が、痺れるように疼いている。痕が残ればいいのに――そう願ったとき、彼の指が秘所を左右に押し開いた。湿った音がして、アマリアは腰を揺らした。
「こんなに欲しがってる」
かすかに笑う声に耳を刺激され、アマリアの羞恥心は掻き立てられる。彼に応じ、アマリアはさらに足を開き秘唇をさらしていった。
彼はアマリアの情欲を揶揄することなく、すぐさま長い指を蜜泉に沈ませた。
「あ……っん」
上半身を起こした彼はアマリアの秘所に視線を注ぎ、両手で敏感な花芯や花孔を弄びはじめた。
好くなる部分を同時に責め立てられ、アマリアは背を浮かせていた。
「や……っぁ、あ……んっ」
頭を振ったとき、視界に彼の屹立を認めた。
「……う、ん……っんぅ……う……っ」
彼の欲望を目にしただけで、アマリアは腰がひとりでにくねるほど強い肉欲を覚えていた。腰の最奥まで彼に満たされたい――アマリアの顔を、彼がのぞきこんできた。
「満月のおかげだ。アマリアのいやらしいところがぜんぶ見える」
微笑み、身を乗り出してきた彼の下腹部で、反り返った男性が重たげにしなっている。
彼のいうとおりだった。
満月のおかげで、彼の猛りをはっきり目にしている。
それとおなじく、彼がアマリアの淫肉で吐精するときの表情も見られるだろう。
アマリアは彼の首に腕をまわした。
開いた双脚の間に彼を受け入れ、蕩けるような時間に身を浸していった。
●1
祖母であるレベッカ・エヴォリニの追悼会は、あいにくの悪天候のなかおこなわれることになりそうだった。
重たげな雲の下、招待した祖母の友人たちが集まってくるところを、アマリアはテラスから眺めていた。
「アマリア、そろそろ広間に」
「……お父さま、ほんとうに神父さまにお話をしていただかなくていいの?」
祖母の葬儀で家族に寄り添ってくれた神父は、今日は気軽な格好で姿を見せていた。今日は神職者ではなく、祖母の知己のひとりとしての来訪だ。
「今日はお客さまとして、気兼ねなく過ごしていただこう」
祖母のレベッカが亡くなったのは、昨年末のことである。
遠方に暮らす親しい友人を訪ねた日だった。
とっておきの酒肴でもてなされた祖母は、友人の屋敷にしばらく滞在する予定でいた。
夜遅くまでおしゃべりに興じ、翌日には名高い楽団の演奏を聴きに出かける――その予定のなかベッドに入り、祖母は二度と目を覚ますことはなかった。
客間で祖母が亡くなったことは、友人にすれば災難だろう。
しかし祖母当人にしたら、これ以上ない満足な死に方かもしれない――アマリアが挨拶に向かった広間では、追悼会に集まった面々は口々にそう話していた。
その友人からは、追悼会を欠席する旨が知らされている。関節の痛みが理由に上がっていた。いずれ祖母の形見分けの品を届けよう、と両親がうなずき合うのをアマリアは目にしていた。
広間と庭園が開放され、もてなしの用意は万端となっている。
集まりはじめた客人たちの談笑が海の波を思わせた。幼いころに、一度祖母が海に連れていってくれたのだ。寄せて返す波と、客人たちの声の強弱はよく似ていた。
黒と見紛う暗い赤の正装をまとったエヴォリニ家の面々に対し、客人たちはみな気軽な装いだった。
エヴォリニ家がホール中央に揃うと、客人たちの談笑が消えていった。
父や兄の後ろに立ったアマリアは、集まった顔ぶれをそっと見渡す。
これまでに祖母を訪ねてきてくれて、そのときに挨拶をしたことのある顔ばかりだった。国内の貴族や名のある楽人が多い。友人である祖母が亡くなった後にも、招待に応じてくれた。そのことにアマリアは感謝している。
「本日は亡きレベッカ・エヴォリニのためにお越しくださり――」
客人たちのどの顔にも、悲しみの色は見られない。闘病の末に生命を落としたなら悲壮感も漂うものの、祖母のそれは遊興のなかでの昇天だ。
「堅苦しい挨拶は亡き母も喜びません。どうぞ本日はゆっくりお楽しみください」
父の挨拶は短く、終わると同時に、給仕たちが飲みものを提供するために客人たちの前に散っていった。
アマリアたちエヴォリニ家の家族も会場に散っていく。すこし進めば、客人から声をかけてくる。それぞれと祖母の思い出を語る、追悼会としてはなごやかな空気であり、みな肩に力のこもらない様子だった。
会場では好みの料理を自分で取り分ける、立食での気楽な様式を取っていた。それは正解だったようで、各自が用意された酒と料理を口にし、各所に用意された長椅子で休憩を取る。
祖母の話題で持ちきりで、ときには笑い声が響き渡る。
――故人が好んだのは、こんな会だった。
陽気だった祖母の追悼なのだから、故人の気性に合った会になるのが一番いい。
祖母の明るい笑い声は、もう聞くことがない。アマリアは残念だったし、とても寂しく感じていた。
日が落ちはじめると、追悼会の様子は変わっていった。
酔いがまわり出した客人のために楽人が歌い出し、持参していた楽器を奏ではじめる。すると追悼会から宴会に様相が変わりはじめ、長椅子がすべて埋まっていった。その近くにテーブルが用意され、酒肴が移されていく。父であるヴァイナモ・エヴォリニらも、その輪に加わっている。
客人の対応に疲れを覚えたアマリアは、その場をそっと抜け出した。酒を好まないためか、途中で母から頃合いを見て中座するように、と耳打ちされていたのだ。
宴の声や音楽に背を向け、屋敷の裏庭へと足を向ける。
厚い雲に覆われた空の下、石畳を進む。
石畳の道の突き当たり、赤煉瓦の壁にひとつの大きな鏡が置かれていた。
背にかかる金の髪を流したアマリアが、そこには映し出されていた。
ひたいを出したアマリアの顔つきは、あまり祖母に似ていない。勝ち気そうだった祖母と、おっとりした印象だった祖父。エヴォリニ家の子供たちは、みな顔立ちに祖父の家系が表れていた。
あたりを見回し、アマリアは鏡にふれ、力を加えていく。
多少のコツはいるものの、鏡はドアのように開くことができる。
そこには隠された短い通路があるのだ。
奥には小部屋のようなつくりの庭園がある。
おもてからは存在がわからない小部屋だ。天蓋のような蔓薔薇の屋根があり、ベンチも置かれ、一息つこうとしたとき真っ先に思い浮かぶ場所だった。
ベンチに腰を下ろしたアマリアは、わずかな肌寒さを覚えた。
蔓薔薇の隙間からのぞく空は暗く、夜が近づいていると思わせた。
「降るかしら」
すこし頭が重い。雨になる前、アマリアは時々軽い頭痛を覚えることもある。
客人たちが帰路に着くまで、天候が保ってくれたらいい――アマリアは靴を脱ぎ、ベンチの上に足を伸ばした。
この小部屋は祖母が好んでいた。読書をしたり書きつけに考えをまとめていたり、ただ空を見上げてくつろいでいたり。小部屋で祖母を見つけたとき、いつもなにかを楽しんでいるようだった。
庭園全体に行き渡らせるための水路がつくられており、目を閉じ耳を澄ますとかすかな水音が聞こえてくる。
水音に意識をかたむけると、心が静かになっていく気がした。祖母もこのベンチでおなじ音を聞いていただろうか。
水音に集中するうちに、アマリアはうとうとしはじめていた。
まどろむなか、ふと足音を聞いた気がして顔を上げる。
「……誰?」
家族のものとは違う、耳慣れない足音だ。
身を起こしたアマリアが靴に爪先を入れたところで、小部屋につながるドアが開く音がした。
「え?」
知らない足音だと思ったが、家族か使用人のものだったか――そちらをうかがったアマリアは、見たことのない男性が姿を現すのを目にしていた。
長い黒髪がひたいから頬にかけて流れている。すぐにアマリアに気づいたのだろう、彼の深い夜のような瞳が細められた。
「失礼、休んでいる方がいらっしゃるとは」
「いいえ、お気になさらないでください」
慌ててアマリアは靴を履き立ち上がった。
向かい合った男性は背が高く、アマリアよりわずかに年上のようだ。喪服ではないだろうが、彼が身に着けた丈の長い黒い上着は、まさしく喪に服しているように見せている。
おたがい死者を悼む装いで向かい合い、わずかな時間見つめ合っていた。
「失礼ですが――祖母のお知り合いでいらっしゃいますか?」
祖母の友人かなにかの子息か、類縁か。会ったことのない相手だ。会っていれば忘れるはずがない、と思ってから、アマリアは自分がそう考えたことにすこしばかり驚いていた。
「申し遅れました。私はマルクス・パティネシラと申します。追悼会にご招待いただいたものです」
薄く微笑んだ彼の目元は優しげで、いつまでも見つめていたくなるものだった。
「パティネシラさま?」
聞いたことがあるのだが、即座に頭に浮かんでこない。エヴォリニ家と親しい間柄ではなさそうだった。どこのどなたですか、などと口にできるわけもなく、アマリアは笑顔を心がける。
「祖母の追悼会にお越しくださり、ありがとうございます。わたくしはアマリア・エヴォリニと申します」
「あなたがアマリアさんですか? レベッカ殿からお名前をお聞きしています。じつは数年前、レベッカ殿が私の領地にある療養所に滞在されたことがあるのです。そのときに親しく話をさせていただきました。とても明るい、楽しい方でしたね。年齢の差がありましたが、それを感じさせない朗らかな方でした」
療養地と聞いてアマリアはうなずいた。祖父が亡くなった後、祖母は折に触れ体調不良を口にし、療養といって各地を旅行してまわっていたのだ。
「レベッカ殿からここの……庭園の小部屋のことを聞いておりました。勝手とは思いましたが、レベッカ殿が気に入っておられた場所でしたので」
エヴォリニ家の家族なら、誰もが祖母のお気に入りの場所だったことを知っている。それを家族外にも話していた――アマリアはマルクスに親しみを抱きはじめていた。もっと彼と話をしたくなっている。
ベンチに並んで腰を下ろし、祖母が療養地でどう過ごしていたか聞かせてもらえたら、きっと楽しいだろう。それをアマリアから誘うのは不躾だろうか。
「あの、マルクスさま、もしよろしければ……祖母の話を」
意を決したアマリアがいいかけたとき、マルクスの顔が空を向いた。
「雨が」
彼の開いた手のひらに、ぽつりと雨粒が落ちるのが見える。
ひとつ確認すると、さらにひとつ、ふたつと雨粒は続いていった。
「濡れたら大変です、こちらにどうぞ」
アマリアは後ろ髪を引かれる思いだったが、ドアを開き屋敷への道をたどりはじめた。
屋敷に戻ったときには、雨はこれから強くなると思わせるものになっていた。慌てた様子の給仕たちが、テラスに出ていた席を片づけている。
「アマリアさん、お会いできてよかった。私はエヴォリニ卿にご挨拶をさせていただきましょう」
微笑み、背を向けたマルクスを見送る。
アマリアは落胆していた。
目に見えないちいさな手のひらが、内側からアマリアの胸を叩いている。きっとそれは彼を引き留めろと訴えているのだろう。もっと彼のことを知りたくなっていて、上背のある背中が離れていくのがとても残念だ。
どうしてこんなにもがっかりしているのか――それをじっくり考える間もなく、アマリアは声をかけてきた親類の対応に追われはじめたのだった。
追悼会に集まったのは、誰もが祖母の親しかった面々だといっていい。
追悼会は酒宴に変わり、降り出した雨も手伝って、夜を徹してのものになりそうだった。
兄が客間が調えられているか確認するよう命じると、給仕たちがうんざりした視線をそっと交わす。夜から明日にかけ、彼らの仕事がどっと増えるのだ。
それをアマリアは目にしていたが、給仕たちの表情はすぐ正反対のものになった――祖母の追悼なのだから、と両親が給仕たちにも酒肴を振る舞いはじめたのだ。客間の確認に数人の給仕が走って出ていったが、彼らはほどなく戻ってくるだろう。
――そこでアマリアは席を辞することにした。
酒宴にはつき合っていられない、という気持ちがあったのと、マルクスもまた席を辞して客間への案内を受けていたからだ。
挨拶だけで申しわけない、とマルクスが父に詫びていた。遠方からの来訪を父が感謝していたことから、祖母への義理を立て駆けつけてくれたのだろう。
客間は別館に用意されている。彼との距離が開いていくと思うとなんだか寂しかった。
彼が視界から消えても、アマリアの胸の高鳴りは続いていた。
自室に戻ったアマリアは、胸に手のひらを押し当てる。
ずっとマルクスの姿が脳裏から離れないでいた。追悼会の席では彼に話しかけることはなかったが、何度もマルクスと視線が合っている。そのたびに彼の深い色の瞳が微笑みかけてきて、アマリアの胸はかき混ぜられたようになっていた。
眠るための支度は済んでいたが、ひとりになった寝室からアマリアはテラスに出ていった。
雨は止んでいたが、湿り、冷えた空気に頬がさらされる。それを心地よいと感じたアマリアは、自分の頬が火照っていたのだといまさら気づかされていた。
首を巡らせると、屋敷の広間――開いた窓からひとの笑う声が流れてくる。すでに祖母の思い出話は尽きているだろうが、追悼を機に友人たちが楽しい時間を過ごせるなら、祖母も本望のはずだ。
マルクスが休んでいるだろう客間のある、別館の方向をうかがってみる。いくつかの部屋の窓から明かりが漏れていた。
どの客間にマルクスが通されたか、そこまでは知らない。
眠れそうにないアマリアは、薄着のまま足を踏み出していた。
まだ空を覆う雲は厚いようだ。星はまったく姿を見せず、屋敷からの薄い明かりを頼りにアマリアは歩を進める。
ただ屋敷を散策するように足を動かしていたはずなのに、アマリアは気づけば別館へと近づいていっていた。
客間のどこかにマルクスがいて、いまは身体を休めているかもしれない。別館に近づけば、それだけ彼との距離が縮まる。そんな気がして、アマリアの頭から自室に戻るという選択肢が抜け落ちてしまっていた。
本館と別館をつなぐ石畳は乾いているところが多く、このまま降り出さなければ、翌日には地面も雨の痕跡などなくなっているだろう。酒宴を楽しむ面々は、雨のことなど覚えていないかもしれなかった。
両手の指先をこすり合わせて暖める。足を止め、そろそろ引き返したほうがいいだろうと思ったとき、どこかで扉の開く音が聞こえた。
「……アマリアさん?」
ささやくような声に、アマリアの肩が跳ねる。
振り返ると、明かりの漏れる客間のひとつ――そこのテラスに面した扉が開いていた。
「どうしたんだ、こんな時間に」
そこに立っていたのは、ほかならぬマルクス・パティネシラそのひとだった。薄い光を背後にした彼の、長い黒髪が肩から落ちた。
「パティネシラさま」
マルクスが身を乗り出してきて、アマリアもまたそちらに向かっていた。
「そんな薄着で……よければ、部屋に」
手を差しのべられ、アマリアは頭のなかが真っ白になっていた。
彼の手のひらは大きく、重なったアマリアの手を包みこむようだった。
引かれるままテラスから客間に入ったアマリアは、自分の身体が冷え切っていることに気がついた。客間をとても暖かく感じ、身震いまでしてくる。
「寒くは……? アマリアさん、そこにかけて」
勧められるまま長椅子に腰を下ろすと、マルクスが毛布を抱えてくる。マルクスの手ずから毛布が広げられ、アマリアの身体を包みこんだ。
「失礼」
マルクスの手のひらが、アマリアのひたいにふれてくる。息が詰まるほど胸が苦しくなり、アマリアはされるがままになっていた。わずかに彼から酒気を感じ、見れば長椅子の横のテーブルに、ワインとグラスが鎮座している。
「身体が冷え切ってる。なにかあったのか? こんな時間だ、屋敷の方に声をかけたほうが……」
「いいえ、あの……眠れなくて、歩いて……」
アマリアはうつむいてしまった。
眠れないからといって、ふらふらと出歩くなんて誇れたことではない。
「なにか、悩みでも? 俺でよければ聞くが」
用意されていたグラスの予備に、マルクスがワインを注ぐ。長椅子のとなりに彼は腰を下ろし、アマリアにそれをにぎらせてきた。
「すこしなら、身体も暖まるし気持ちもほぐれる」
酒は得意ではない――しかしアマリアは受け取ったグラスに口をつけた。どうしたらいいかわからなくなっていて、ただひたすらアマリアは嬉しくなっている。マルクスがとなりに腰を下ろし、アマリアのことを気にかけてくれているのだから。
「パティネシラさま、ご迷惑をおかけして……」
「俺のことはマルクスと。こうして話をする機会が持てたんだ、他人行儀はよさないか?」
「では私のことも……アマリアと」
「そうだな、俺もアマリアと呼ばせてもらうよ」
マルクスに名を呼ばれて、舞い上がりそうな心地になった。
微笑んだ彼が、自分のグラスをあおる。赤い液体が彼ののどに流れこみ、アマリアもならうようにワインを口にする。
「マルクスさまは、お酒を楽しまれることが多いのですか? 酒宴は参加されなかったようですが」
「いや――俺も、眠れなくて。ワインでも飲めば眠りやすいかと思ったんだが、そううまくいかなかった」
「私、お邪魔では」
「いいんだ」
マルクスの手がアマリアの腕にふれてきた。毛布越しだったが、彼の手のひらの大きさに、アマリアは胸の奥に鈍い痛みが広がっていく。
「……アマリア、きみのことを考えていた」
「私……?」
「ゆっくり話をしてみたいと……まさか、かなうとは思っていなかったが」
マルクスは視線を泳がせるようにすると、祖母が領地にやってきたときの話をしはじめた。
彼の所有する療養所があり、祖母はそこに一年ほど滞在したという。
そこで祖母は時々ひどい頭痛がするのだ、と訴えていたが、それ以外のときは健康そのもので、実年齢より十は若く見えていたそうだ。
祖母はここエヴォリニ家から薬草の種を持ち出しており、マルクスの持つ薬草園などで現在旺盛に繁殖している。薬効も確立されつつあり、その礼もできないうちにレベッカは逝ってしまった。
マルクスはとても残念そうに語った。
話を聞いている間に、アマリアは彼の家――パティネシラのことを思い出していた。隣国といったほうがいいくらい離れている、ニスレア国の西を所有する侯爵家だ。
「アマリア、立ち入ったことを訊いても?」
咳払いをし、マルクスは緊張した声を出していた。
「なんでしょうか」
「きみの……未来の夫はもう決まっているのだろうか」
返事をするより先に、アマリアは激しく首を横に振っていた。
「ど、どうしてそんな……っ」
「もしきみが誰か約束をした相手がいるなら、こういった時間を持つのは――正しくはないだろう?」
頬にふれてきた指は温かく、のぞきこんでくる彼のいたずらっ子のような微笑みに、アマリアは涙がこみ上げそうになっていた。
「そんな方はいらっしゃらないし……はじめてお会いしてから、ずっと……どうしてかしら、マルクスさまのことばかり考えていたの」
マルクスが破顔する。
ただの笑顔なのに、アマリアは嬉しくて天にも昇りそうな気分だった。
彼の顔が近づき、くちびるが重なってきても、アマリアは一切抵抗をしなかった。
舌先でくちびるを割られ、アマリアは目を閉じる。
「ぅ……んっ……っ」
マルクスの舌の感触に、アマリアは短い声を漏らしてしまった。濡れた舌同士がふれ合い、はしたない音が上がる。男性との接触がはじめてのアマリアにとって、すべてが刺激的だった。
翻弄されるようなくちづけが終わったときには、アマリアは彼の腕に捕らわれていた。抱き寄せられ、彼の腕の強さにうっとりしながらも、アマリアは自分の夜着があまりに薄過ぎることに気がついていた。
「マルクスさま……っ」
ずり落ちていった毛布だけでも取り戻そうと、彼の腕のなかで身をよじろうとした。しかしマルクスの力は強く、さらに強く抱きしめられただけだった。
「きみをもっと知りたい」
熱っぽいその言葉の意図を悟ったアマリアは、言葉ではなく身体の力を抜くことを返答にした。
預けた身体はたやすくマルクスに抱き上げられ、アマリアは床に落ちた毛布を視界の端に入れながら、客間のベッドへと運ばれていった。
いつの間にか、身体がひどく火照っている。
マルクスの手が夜着を剥ぎ取っていくにつれ、アマリアは自分がどれだけはしたない行為に及んでいるか自覚していく。
アマリアを守っていた布地を奪ったマルクスの手は、いまは彼自身が身に着けている部屋着をむしり取っていた。乱暴にも見える動きは、彼が強くアマリアが求めようとしている証左だ。
胸に痛みが満ちていく。甘く重いそれもまた、アマリアがはじめて経験するものである。胸を高鳴らせ、アマリアはおずおずと腕を開いていった。
「アマリア……会えてよかった」
一瞬でアマリアは彼の腕に包まれていた。
(――つづきは本編で!)