作品情報

三十路魔女様の初夜研修~炎の魔法に愛されて~

「焦らなくていいから、いつか必ずお前の全てを俺にくれ」

あらすじ

「焦らなくていいから、いつか必ずお前の全てを俺にくれ」

 年齢、結婚、出産。三十路を迎えて悩み多き魔女メディアは、腐れ縁の魔法使いゼノンと交際を始め、互いの秘密を知る。それは二人ともまだ【未経験】ということ。
 多忙の合間に【初体験】に挑戦するも、うまくできないまま朝を迎えてしまう不器用な二人。そんな二人の仲を狙う不穏なお邪魔虫も現れて――!?

 果たして二人は愛を確かめあうことができるのでしょうか。

作品情報

作:更紗
絵:風街いと

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本文お試し読み

第一章

 ――年齢、結婚、出産。
 これらは、女であるがゆえに抱えねばならぬ厄介事の『三大代名詞』にあたるだろう。
 かくいう私も例外ではなく、口煩い人々からこの話題を振られる度、眉を顰めて無言でやり過ごすという対処法を近頃は会得した。
 なぜ他人というものは、ああも人の私生活に踏み込みたがるのか。
 半妖精《ハーフエルフ》でもない人間の寿命など、長寿である彼らに比べれば瞬きをする間に等しい。ならば他人に時間を割いている暇など無いはずだ。
 少なくとも私はそう思っている。
 しかし、理解しがたいと言えばもうひとつ。この場合は『一人』と言う方が正しいか。
 『彼』は今、私の身体の上に裸で覆いかぶさっている。何も身に着けていないのは、私も同じだ。
「っ……そろそろ、構わないか?」
「え、ええ」
 上擦った声で返事をすれば、互いの間に隙間を開けるように身体を起こした男の、深緑の髪の隙間から同色の瞳が覗いた。
 普段は深い森を思わせる双眼にじわりとした熱を宿し、彫り深い顔に落ちた濃い影の中からじっと私を見下ろしている。
 高窓から差した月光に照らされ浮かび上がる体躯は引き締まっていて無駄が無く、艶のある褐色の肌には汗の粒が浮いていた。
 形の良い唇から短く吐き出された息が、冷たい冬夜の空気に白く解き放たれ消える。
 静かな室内に、衣擦れの音が響いていた。
「メディア」
 彼が私の名を呼んだ。
 芯のある低い声が耳に心地良い。彼は片手でむき出しの私の肩に触れると、そっと宥めるように優しく撫でた。
 二回、三回、と。まるで大丈夫だと告げるように……繰り返し。
 きっと、私が恐怖を感じないよう気を遣ってくれているのだろう。そういう男なのだ。
 私は身体の強ばりを意識して緩ませながら、鋭さをたたえる深い緑の瞳を見上げた。額に落ちた髪をそっと耳にかけてやると、ふっと優しく微笑まれ、お礼とばかりに軽い口付けを落とされる。甘い雰囲気に、とろりと心が溶けていく。
 無造作な散切り髪を後ろに流し、通った鼻筋と流れるような輪郭を備えたこの褐色の美丈夫の名は、ゼノン・リグドール。
 我がネオ・ヴォロス王国魔法使団では最優とされる筆頭魔法使であり、私とは学院時代からの腐れ縁の間柄である。
 そしてつい先月、私と彼は『恋人』という関係も結んだ。
「痛かったら、言ってくれ」
 ゼノンが演習場で見かける時より幾分か顔を引き締めごくりと喉を鳴らした。私より数段太い首にある喉仏が、嚥下に合わせ大きく上下に動く。
 彼は骨張った手でがしりと私の両腿を掴み、ゆっくり左右に開かせると、腿がつながる中心――秘所へと視線を落とす。
 柔らかい腿の肉にゼノンの指先が埋まっている。その下に、彼の強い視線を感じた。
 誰にも見せた事の無かった部分が、冷たい夜気に晒されて無意識に身体がぶるりと震えた。
 つま先にぎゅっと力を込める。無防備な自分の姿を見られているという事実に、ぞくぞくとした恐怖にも似た痺れが走った。
 そんな私を、ゼノンはじっと食い入るように見つめている。
 彼がまた喉を鳴らすのが喉仏の動きでわかった。羞恥で全身が茹るように熱い。お願いだからあまり見ないでほしいと身を捩らせると、それを拒否と勘違いしたのか、ゼノンが脚を掴んでいる手に力を込めた。ぱっと彼の綺麗な顔がこちらに向く。
「嫌なのか」
「……嫌じゃないわ」
 端的でも不安を滲ませる声に、挑むように答えたら、安堵したのか彼の瞳が嬉しそうに和らいだ。素直な反応に、私の胸奥がきゅんと鳴く。
 同時に、彼を受け入れる為の場所からとろりと何かが零れる感覚があった。これは何だろうか、と思った時、ゼノンの唇が額に、頬に、口元に落ちてきた。
 ちゅ、ちゅ、と啄むような口付けを繰り返され、くすぐったさにクスクス笑うと、敷布の上に散らばった髪がしゃらりと音を立てる。
「なるべく、優しくする」
 彼自身を受け入れる為に開いた両腿の間に、ゼノンの腰が推し進んでくる。ぴたりと合わさった肌がより強く密着し、私より高い体温と鍛えられた張りのある筋肉を直に感じた。秘所に、彼の昂ぶりが押し当てられる。
「っ……」
 私は覚悟を決めながら、彼の肩越しに見える天井まで積み上がった本の柱を見ていた。
 『初体験』を自分の部屋でしたいと言ったのは私だ。
 ゼノンは高級な宿を取るつもりだったようだけど、ただでさえ落ち着かない事をするのに、自分の領域ではない場所に行くなどとんでもないと私は言った。
 勝手知ったる自分の部屋ならば、何が起ころうとも対処できるからと。
 だから私が住む宿舎の人間がみな出払う今日を経験する日に選んだのだ。一週間かけて肌を手入れし、行為に入る前の入浴で体毛を再度処理し、避妊薬も準備して今日に臨んでいる。自室でなければ、ここまで準備万端には行かなかっただろう。
 『初めて』は、誰でも痛みを伴うらしい。
 これを聞いたのは今からちょうど年齢の半分、十五年前だ。
 その時はいつか経験するのだろうと漠然と思っていた。けれどまさか、三十路を迎える日まで成し遂げられずにいるとは。
 当時は自分も普通の女性と同じように同じような経験ができると思っていたのだ。確信もなく。
 この行為は、相手がいなければ成り立たないというのに。
 けれどそれも今日、変わる。
「……抱くぞ」
「ええ」
 短い宣言に短い返事をしながら、私は高い熱を持った圧倒的な質量が自らの秘所にあてがわれるのを感じていた。

  § § §

「――だからね、貴女もいい加減良い歳だし、そろそろ考えた方がいいと思うのよ」
 ネオ・ヴォロス王国で初雪が観測された日。
 所属する魔女隊宿舎のとある一室で、部屋の中央奥に座す年配の魔女越しに私はちらほら降り落ちる白いものを眺めていた。
 そうでもしなければ、魔女隊の監督官である上司に呼び出され告げられた言葉に、今年一番の渋い顔をする自覚があったからだ。
 忙しい研究の合間を縫って呼び出しに応じた結果がこれかと、呆れと憤りを感じながら私は、ふうと溜息を吐く上司を見ながら今日の予定を考えていた。
 この寒さでは、氷結術の実験は難しいだろう。なにしろ術者の方が凍りそうだ。
 内心、上司よりも深い溜息を吐きたいと思いつつ、既に何度目かになる話を聞き流す。
「メディアも今月で三十歳でしょう? 魔女隊の筆頭魔女である貴女が、未だに独身というのは流石に部下達に示しがつかないと思うの」
「……そうでしょうか」
「そうよ」
 相槌のつもりで告げた言葉を、上司は疑問文と勘違いしたらしく、きっと眉をつり上げて指先で机をカツカツ叩いた。赤い爪が使い込まれた飴色の机上で撥ねる。
「こういうこと、言われるのが嫌なのは知ってるわ。だけどわかるでしょう? この国で魔女の結婚は『まだ』強制ではないけれど、ほぼ義務ともいえるもの。最近は晩婚が増えているし、法的に強制される可能性だって無くはないわ。それを回避するためにも、自ら進んで婚姻を結んでいくのが望ましいのに……」
「存じております」
「わかっているなら少しは考えなさいと言っているの!」
 つい口を挟めば、上司が机をぱんっと鳴らし、般若の如き形相で怒鳴った。
 白髪と茶の髪が混じるひっつめ髪から数本の後れ毛が飛び出している。上司は五十も半ばを過ぎているが、髪の色以外は私が入隊した頃からほとんど変わっていない。榛色の瞳に泣きぼくろのある美貌の上司は、恋愛結婚で今年三十年目の結婚記念日を迎えた。
 口を開けば「結婚は良いわよ」と告げる彼女が美しいのは、夫に未だ愛されている証拠なのだろう。
「……私が結婚したのも二十歳過ぎてからだし、それだって平均より遅かったけど……貴女はそれより十年も過ぎてるのよ。あまりこういう事は言いたくなかったけど、いい加減自分の年齢を考えなさい。十五で婚約するお嬢さんからしたら、もう倍の歳になるんだから」
 耳に痛い言葉を並べられて、胃に穴が空きそうだが、私はなんとか頭を垂れるだけで凌いだ。
 彼女も普段は良い上司なのだ。四人の子供を抱え、全員が魔力持ちだと判明してからは仕事と育児、そして無邪気な子供達への魔法指南に奔走している。
「お願いだから、せめて婚約者《こいびと》だけでもつくりなさい。完全独身状態の今のままじゃ、下手をすれば王からお呼びがかかるわ。それは貴女も本意ではないでしょう?」
「……はい」
 渋々返事をする私に、上司はこめかみを抑えて嘆息した。
 我がネオ・ヴォロス王国では、魔力を持つ子供は国の養成機関に預けられる。それは貴族、平民に関わらず拒否する事は許されない。魔法使いと魔女の数がそのまま国の軍事力に反映されるからだ。
 私は平民だが、十の時に受けた魔力検査で発現が確認されたため、国の機関である学院へ入学した。魔力持ちの子供たちはそこで男は魔法使い、女は魔女として育成される。私とゼノンが出会ったのもその時だ。
 全寮制のため親元から離れることにはなるが、魔力が認められた子供は強制的に入学させられるかわりに、国から多大な恩赦を受ける。
 私の両親もそのおかげで裕福になり、今は故郷で静かに暮らしている。……時々、結婚はまだか、良い相手はいないのか、等という催促の連絡はくるが。
 孫の顔を見せてやれていないことは、確かに申し訳無く思っている。けれどそれもどうしようもない。結婚どころか身を任せたいと思える相手が、今までいなかったのだ。現時点で結婚が義務でない以上、機があれば程度にしか考えていなかった。
 仕事だけに没頭していたツケが、三十を迎えた今頃やってきたらしい。
「メディア。貴女は優秀な魔女よ。実力で言えば監督官である私よりも能力がある。そんな貴女の評価が、仕事以外の所でされてしまうのは私も納得できないのよ」
 厳しい顔をしていた上司の表情が私を案じるものに変わる。それに罪悪感を感じながら、私は深く頭を垂れた。
 自分が着ている魔女服の紺色の裾と、赤い絨毯が視界に映る。この魔女隊の制服を初めて着た時から十二年の月日が流れた。私自身はそれほど変わっていなくとも、世界の時計は確実に進んでいるのだ。自分の年齢も含めて。
「ご心配、ありがとうございます。……善処します」
 厳しいけれど心優しい上司へ本心からそう告げて、私はその場を辞した。

  § § §

「……相手、か」
 宿舎の長い廊下で、自分の仕事場へと戻る道すがら窓の外を見ながら呟いた。
 降り出した雪はすでに景色を一面の白へと染めていて、葉を落としきった木々は綿の花を咲かせたように雪を纏っている。
 純白は、無垢や純真、そして純潔を彷彿とさせる。だからこそ、花嫁の身を包む色とされているのだろう。
 かつて大国の女王が輿入れの際に自らの純潔を示すため、純白のドレスを身に纏ったのだという。すべてはそれが始まりらしい。女の地位が今よりも低かった時代は、婚家の色に染まるという意味あいも含んでいたのだとか。
 自分がこの雪のように白く美しいとは言えないけれど、純潔という意味では同じだ。
 結婚より何より、私には『そういった』経験が全く無い。
 恋愛経験も無ければ、誰かと肌を合わせた経験も無いのだ。……今月、氷重《こおりがさね》の月、十の日《ひ》には、三十を迎えるというのに。
 私達魔女や魔法使いは、出生率を上げるために婚前交渉が是とされている。その為結婚前に致してしまう者も多く、近年では『授かり婚』という言葉も生まれた。
 なのに私のようにこの年齢になるまで経験が無いというのは……割と、というかかなり珍しい。
 男性の間で三十路まで経験が無ければ『魔法使い』と揶揄されることもあると聞いたが、それならば私は生粋の『魔女』になるだろう。
 この年齢まで誰からも求められなかったという事実は、結婚よりも私の心に重くのしかかっている難題だった。
「結婚以前の話よね……」
 どうして他の女性は、自分の身を相手の男に任せられるのだろう。どうして、そこまで信用できるのか。
 性交とは相手の一部を自らの体内に受け入れることだ。この歳にもなれば流石にその位の知識はある。
 私には、他人の肉を自分の身の内に入れるという行為がどこか恐ろしく感じてしまう。
「――おい、おいっ。メディア!」
「あら……ゼノン」
 考え事をしながら歩いていたせいか、背後からかけられた声に気付くのが遅れた。振り向くと、深い緑の髪を無造作に流した秀麗な男が立っていた。
 任務の帰りなのか、戦闘用の黒い胴着を着ている。右肩には青い護封石《ごふうせき》のブローチがあり、長く垂れる青紫色のマントを留めていた。男性魔法使いが戦闘時に身に着ける代表的な衣装だ。
 昨今は情勢が安定しているため大きな戦などは起っていないが、国境沿いでの小競り合いや黒い森から発生する魔物の討伐などは日常的だ。中でもこのゼノン・リグドールは、我がネオ・ヴォロスにおいて国防を司る王国魔法使団戦闘部の大将《リワーア》を務めている。
 魔女隊の女将《クブタン》である私とは同等の地位とされているものの、国への貢献度は比べるまでもなく彼の方が上だ。戦闘部の彼らは任務に命をかけるが、私達は魔法術や薬の研究が主な仕事で、直接的な危険はないからだ。わかってはいても、魔女は戦闘部には入れないので少し悔しい思いはある。
「監督官から呼び出されたのか。一体何やらかしたんだ」
「別に何もしてないわ。人を呼び止めたと思ったら、喧嘩を売りたいの?」
 ジト目で問い返すと、濃い緑の瞳が楽しげに弧を描いた。一瞬、虹彩がきらりと赤く輝き、形の良い唇の端がにやりと上がる。
 やや傲慢な物言いをするこの男はその態度の通り貴族の地位を持っている。それも第二位となる侯爵位だ。先祖にエルフの血が混じっていたらしく、時折瞳が赤く見える。学院時代は、容姿の良さとその血ゆえの高魔力のせいでよく周囲からやっかまれていた。
「そんなつもりはない。ただ少し話がしたいだけだ」
「早く戻りたいから、話ならここでしてくれる?」
 溜息交じりにそう言うと、ゼノンはなぜか余裕ありげな表情から一転し、え、と虚を突かれたような顔をした。そしてぐっと眉間に皺を寄せ「ここでか……いや、むしろ都合が良いか」などと呟いている。
 丁度その時、高い鐘の音が鳴り響いた。昼休憩の合図だ。
 それは私達が立つ宿舎の長い廊下にも鳴り響き、次第にちらほら人の姿が見えてくる。
「ちょっと、何なの一体。早くして」
 本来なら午前中に済ませるはずだった研究が、呼び出しの為に途中になっていた私はやや苛つきながら彼を急かした。
 するとゼノンがちらりと緑の瞳をこちらに向けて、唇を引き結び真面目な表情をする。
 冬、それも雪が降っているというのに、彼の瞳の奥で何か燻るものが見えた気がした。
 ……この時の私は考えもしなかったのだ。
 まさか、二十年来の腐れ縁の男に、その場で公開告白されるなどとは。

  § § §

「――思ったより余裕だな」
 まだひと月ほどしか経っていない過去を思い返していると、気に障ったのかゼノンが不貞腐れたように告げた。美しい緑の双眼を僅かに細め、じっと私を見据えている。常緑樹の色を映したようなそれと艶のある濃い肌は、確かに人間以外の血を引いているのだなと納得する。
 こんな状況で余裕なんてものある筈無いのに、彼はどうも私を過大評価しているきらいがあるなと思う。思えば、学院時代からそうだった。
「少し、考え事をしていただけよ」
 事実を述べただけだったが、ゼノンは納得いかなかったようで、眉間に皺を寄せたまま少し強引に唇を重ねてきた。僅かに開けていた隙間に、熱い舌をねじ込まれる。
「ん……は、ぁっ」
「こういう時は、俺だけ見てくれ」
「ちょっと、まっ……ん、む、ぅ、はぁっ」
「俺だけを」
 息つく暇もなく口内を蹂躙されて、苦しくなった頃ようやく唇を離したゼノンが告げた。嫉妬を含んだ言い方に、私の下腹部がずくりと震えた。
 こんな風に甘く求められると、否が応でも本能が刺激されてしまう。素直に反応を見せる自分の身体に、自分が女だったことを思い出してしまう。
 ぬちゃりと粘着質な音がして、ゼノンが秘所にあてがった昂ぶりを擦りつけた。硬く、重みのある存在にそこがひくつく。
 本当に……入るのかしら。あんな大きなものが。裂けたり、しないのかしら。
 服を脱いだ時に見えたゼノンの張り詰めたものを思い出し、一抹の不安を抱く。掌の下にある敷布を握り込むと、布地が軋む音がした。
 あの怒張した肉の塊を見て、驚かなかったかと言えば嘘になる。男性は普段と性交時では大きさが変化するのだと聞いてはいたものの、知識で知っているのと実際目にするのとでは、まさに雲泥の差だった。
「っく」
 ゼノンが、獣じみた呻きを上げぶるりと背を震わせた。私はしがみ付くように彼の身体に腕を回し、逞しい肩甲骨の辺りにぐっと指先と掌を押し付ける。背に浮いた彼の汗で、私の掌が湿るのを感じた。
「あ、……あっ、やっ!」
 ずりゅ、ぬりゅ、と粘ついた音を響かせながら、ゼノンの昂ぶりが私の秘裂を上下に擦る。奥から滲み出た愛液を纏いながら何度も強く押し当て擦りあげられて、花唇を左右に割り開き、時折一番敏感な芽を擦られる。
 すると喉から突き上げるような快感の喘ぎが零れた。
「っ、ここ、にっ」
「きゃ、あっ……ああ!」
 ぷちゅ、と一番敏感な部分を先端で強く突かれて、私はひと際高い悲鳴を上げた。目の前がちかっと白くなるような刺激に、全身が震える。
 既に蜜壺は文字通り蜜を溢れさせ、しとどに濡れている。内腿まで広がっているのが、粗相をしたようで恥ずかしい。
 けれどゼノンは私の秘所をぐちゃぐちゃ擦るばかりで一向に挿入をしようとしない。なのに何かに追い立てられるように、焦りを滲ませ腰を突き動かしているにちゃにちゃと耳奥にまで届く淫靡な音色に、心が羞恥と恍惚で翻弄される。
「あ、まっ、って……ゼノ……!」
「っく、メディア、早く、ナカにっ」
 刺激と熱で朧げな思考に、珍しいゼノンの焦れる声が聞こえた。それに一瞬私の冷静な部分が覚醒し、ようやく彼がどうして昂ぶりを私に埋めないのか理由に思い至る。
 あら……?
 もしかして。彼は……? 
 浮かんだ疑念は恐らく間違いでは無いだろう。
 上がった息をなんとか整えながら、私は彼の背中をぽんぽん叩いて待ってくれるよう訴えた。すると、彼も荒い息を抑えながら、どうした、と目で問いかけてくる。
「……ねえ、ゼノン」
「なんだ」
「その、違うわ……よ? 入れるところが」
 指摘すると、ゼノンの動きが凍り付いたようにピタリと停止した。というか呼吸が止まっている。
 まるでメドゥーサに見つめられたかのように硬直し、微動だにしない。特に石化の魔法は使用していないのに不思議だ。どうしたのかと深緑の瞳を覗き込むと、はっと我に返ったように彼の瞳に光が戻った。そして、ゆっくり顎から額までを赤く染め上げると、どもったような声を出す。
「そ、そうか」
「貴方もしかして、性交を見たことがないの?」
 質問すると、ゼノンの眉が動き眉間に濃く深い皺が寄った。おまけに彼の魔力が漏れ出すのを、むき出しの肌で感じる。
 空に走る雷のように、ピシリと音を立て空気に細い線が光るのが見えた。魔力漏れは、術者の苛立ちの証拠だ。
 私は何か、彼が気に入らないことを口にしたらしい。性交を見た事がないと図星をついたのがいけなかったのだろうか。
「……お前は、あるのか。見たことが」
 なぜか地の底から響くような低い声で問われ、私は素直に答えを口にした。
「あるわ。オークのものなら。催淫剤の依頼でね。彼らと私たち人間の身体構造は酷似しているのよ。彼らの生殖器官は、特に男性の陰茎は人間の男性とも差異が無いらしくて――む」
 質問に答えようとしたのに、ゼノンはなぜか言葉を続けようとした私の口元を片手で覆い、深い溜息を吐いた。それもがっくりと肩を落とし、項垂れている。私の肩に、彼の毛先が当たって擽ったい。それにいつの間にか彼の魔力漏れも収まっている。
 なぜ魔力が漏れたのかも引っ込んだのかもわからないが、せっかく説明をしようと思ったのにこの不遜な態度はなんだろうか。
「……頼むから、閨でオークの生殖器について講義を始めるのは勘弁してくれ」
「講義だなんて」
 ただ少し説明をしようとしただけなのに、あんまりな言い草にむっとした。そもそも、先に聞いたのはそちらの方ではないか。
「見たことがないというか……」
 すると、言いにくそうにゼノンが口を開く。
 彼が言うには、私と同じようになんとなく知識で知ってはいるものの、具体的な方法、つまり膣口に挿入する際はどのようにすれば入りやすいかなどは不明らしい。確かに膣口はやや下側についているし、よく見なければ狙って入れるのは一度も経験が無いと難しいだろう。愛液で滑るというのもある。何しろ、私もゼノンもお互い『初めて同士』だ。
 ……それを知ったのは告白された当日だったが。
 私も、恥ずかしいあまり彼にちゃんと見せなかったのが良くなかったのだろう。そして彼も同じ事を思ったのか、ふむ、と一拍考える素振りを見せてから真剣な表情で口を開いた。いつのまにか、彼の手が私の下腹部に置かれ、指先が茂みを撫でている。なんだか嫌な予感がした。
「悪いが、ここをよく見せてくれないか。そうしたら把握できる」
「え、嫌よ」
 迷わず即答すると、彼の眉間にぎゅうと皺が寄った。けれど怒っているのではなく「どうしたものか」と考えている様子だ。
 顔はこんなに真剣そのものなのに、秘所にあてがわれたままの屹立は少しも衰えていないのが不思議である。萎えたりはしないのだろうか。
「ならせめて、指で触れて確かめさせてくれ」
「え、あ、ちょっ……んぁっ!」
 私が返事をするより早く、彼の手がするりと茂みの奥に滑り込む。途端、びり、と小さな電流が身体を走り、背が仰け反った。
 柔らかい指の腹が膣口付近をやわやわとなぞる。円を描くように周囲を辿り、上まで来ると芽の部分を軽く引っかかれた。
「くぅ……っあっ!?」
 探るようだった指先が、目当ての場所を見つけてつぷりと内側を確かめる。瞬間、自分の体内に他者の肉が入ってくるのを恐れるように、ひくん、と身体が反応した。外側をいじられていた時とは違う鮮烈な感覚に、空気を飲み込む。
 敏感な肉壁を、指先で撫でられている。
「やはり狭いな。俺のものを入れたりしたら、裂けるんじゃないのか」
「え?」
 先ほどの私と同じような感想を真面目な顔で述べる彼に、思わず快感を忘れて素にかえってしまった。
 そしてこんな状態だというのについ吹き出してしまう。同時にゼノンの指先がぴたりと止まった。なんで笑うんだ? とでも言いたげな表情だ。
 なんだか、こうまで女を知らない彼が可愛らしく思える。
「大丈夫だと思うわ。だって子を産む場所でもあるのだし」
「子か……そうか」
「あ、やぁっ」
 私の返事を聞いたゼノンが形の良い唇の端を上げ、嬉しそうに再び秘所をいじるのを再開した。まるで、今話した事を心待ちにしているかのような彼の態度に、胸の奥がきゅっと絞られる。彼が子供の話題を嫌がらなかったことが、私は嬉しいらしい。
「ふむ、理解した。……入れるぞ」
 ぎゅっと目を瞑りこくりと頷くと、額に優しい口付けがおりてきた。それに幾分か恐怖が和らぎ、身体から強ばりが抜ける。
 けれど次の瞬間感じた痛みに、私の喉が引き攣った。
「っい!?」
 焼いた熱杭を差し込まれるような痛みに、一瞬呼吸を忘れた。鼓動がどくどくと耳鳴りになって響き、あまりの衝撃で心臓が破けそうになる。
 強烈な圧迫感と、身体を無理やりこじ開けられる感覚に背中が勝手に仰け反り、私は思わず硬く敷布を握り締め歯を食いしばった。
 奥歯を噛み締めても、生理的な涙が堪えきれず目尻がじわりと熱くなる。額に脂汗が滲むのを感じた。
 痛い。痛いどころでは無い。まるで身体の中心から真っ二つに引き裂かれるような激痛だ。明らかに、許容量以上の質量が押し入っている。
 破瓜の痛みとは聞いてはいたが、こんなにも痛むとは。
 皆これを乗り越えてまで相手と繋がっているのかと思うと、全ての女性を尊敬してしまう。
「そんなに、痛むのか? まだ頭くらいしか入っていないんだが……」
「え。嘘」
 いや本当だ、と言われて、慌てて右手を隙間から入れて結合部を探ると、ゼノンが小さな呻き声を上げた。痛んだのかと思い慌てて手を引っ込め謝る。
「ご、ごめんなさい」
「いや。確認したいんだろう? ゆっくりなら大丈夫だから触ってみるといい。本当は抜いてやりたいんだが……」
「待って。ひとまずこれでどこまで入っているのか知りたいから」
 腰を引こうとしたゼノンを咄嗟に制止し、痛みに耐えつつも今度はそうっと触れてみる。すると確かに私の膣口と彼の陰茎が繋がっているのがわかった。
 けれどまだ互いの下半身には結構な隙間がある。全て入りきったなら、ぴたりと密着する部分だ。半分程度埋まっていたとしても、もう少し鼠径部が近づいているだろう。
 なのにこうも間があるということは……。
「えっ、まさか、これ、まだ、全然……?」
 呆然としながらゼノンの顔を凝視すると、気まずげに頷かれた。何てことだ。
 確かに彼の陰茎は目に見えて大きいと感じた。他の男性のものを見た事がないから判断はしかねるけれど、以前目にしたオークの大きさに近い気がする。彼らは人間の男性と同タイプの性器を持つとされているから、恐らくゼノンのものは一般的なはずだ。……たぶん。
 ということは、もしかすると私の膣口が一般的な女性より極端に狭いのだろうか? その可能性はなくはない。
 だけどそんなこと、どうやって調べたらよいのだろう。女性の膣口が平均直径どのくらいあるかなど、数多くの資料を目にした私でも見た事がない。十二年も研究部に所属し、秘薬から人体の構造に至るまでほとんどの書物に目を通したというのに。
 何より今これが私の中に入る気が全くしない。ついでに言えば今後も入れられるか不安だ。大いに不安だ。
 気付けば、ゼノンから心配げな視線が注がれていた。きっと今の私はとても情けない顔をしているのだろう。自分でも眉が下がっているのがわかるし、目尻に涙が滲んでいる。泣いたのなんて何年ぶりだろうか。思い出せないくらい久しい気がする。
 特に痛みに弱いというわけではないはずなのに、どうしてこうも痛みが酷いのかわからない。痛みで涙目になるなど幼子のようではないか。
 心では受け入れたいと思っているのに、身体は全く逆の事を訴えている。自分がとても情けないし、ゼノンにも申し訳無かった。
「こんなに、痛いなんて……」
「確か、女性の膣には処女膜というのがあって、それが破れる際に痛みを伴う……のだったか。悪い、俺がもっと経験があれば何らかの方法があったんだろうが……」
 彼の手が私の頬を撫で、そして目尻に浮かんだ雫を攫う。身体は引き裂かれるかと思うほどなのに、その手はとても優しい。
 じんじんと熱するように痛みを訴える身体の中心が、ほんの少し楽になる。
「惜しいな……もう少しで開通すると思うんだが」
 けれど次の言葉を聞いた瞬間、甘やかな空気が一気に霧散し私の頭が冷静さを取り戻した。おかげで思わずジト目になってしまう。
 開通、ときたか。
 今度は眉を顰めながら、ゼノンの顔を睨み上げた。けれど目にした彼の表情に、え、と驚く。
 彼は苦しげに、何かに耐えるような表情をしていた。自分の痛みに必死で彼の表情をよく見ていなかったから気付かなかった。
 ゼノンは褐色の肌にもわかるほど頬を上気させ、苦悶するように唇を引き締めている。
 彼も身体が辛いのだろうか。そういえば、女の初めては痛むのがほとんどだと知っていたが、男性がどうなのかは聞いた覚えがない。いくら柔い人の体内への挿入といっても、膣が狭すぎればもしや男性側も痛みを感じるのだろうか。
 呼吸が乱れ、肩で息をしている姿は焦燥さえ感じる。紅潮した肌や首筋からは汗も流れ落ちていた。まるで何かを耐え忍ぶように眉根を寄せ、唇を歯で噛んでいるのを見て、そんな風にしたら皮膚が切れてしまう――とそう思って腕を上げ指先を近づけた。
 すると、ふいっと避けるように顔を背けられた。途端、胸に冷えた風が吹く。
「っ、今、はっ……、触らないでくれ。色々と、まずい」
 掠れた声で撥ねつけられる。まずいとは何のことだろうか。よくわからずに首を傾げると、はあ、と呆れたように溜息を吐かれた。
「そろそろ、抜いていいか。俺ももう、限界だ」
「んっ」
 そして耐えかねたとばかりに上半身を離される。膣を広げているものに振動が伝わり、ほんの少し痛みが走る。悪い、とゼノンが呟く。
 けれど離れた彼の肌が戻ることはなかった。ゼノンは私と距離を取りたがっているようだ。
「……開通なんて。人をトンネル扱いしないで頂戴。いいわ、抜いて」
 受け入れられなかったから幻滅されたのだろうか、と拗ねた心で思いながら、痛がっている顔をこれ以上晒したくなくて苦し紛れの文句をつけた。
 ゼノンがぽんぽんと私の頭を軽く撫で、押し当てていた下半身を離す。すると蜜口からくぽりと音がして、彼が去ったのを感じた。膣口に空気があたる。身体は熱いのに、そこだけが寒い気がした。零れた蜜が冷えていく。
 まるで、彼を受け入れられなかったことが悲しいと、嘆いているようだ。
 きっと今の私は、酷い顔をしていることだろう。
 まさか、これほどの痛みとは。多少なら耐えようもあるが、これは別次元だ。他の女性は一体どうやって、これを乗り越えているのだろう。
「……」
「今日は、難しいか」
 一瞬ためらってから頷く。
「そうか」
 ゼノンの言葉を最後に、気まずい沈黙が空間を支配した。
 なぜ、私達はこう上手くいかないのだろう。誰もが経験する、しているであろうことが出来ないなどと。
 それも、二人ともこの国きっての魔女と魔法使いの地位にある者が。
 他人からすれば滑稽なことこの上ないだろうが、私達にとっては由々しき問題だ。まるで自分が欠陥品とでも言われたような感覚すらある。
 実際のゼノンは何も言っていないのに、勝手に責められているような気分だ。なぜ、好いているのなら受け入れられないのかと。
「……それじゃ」
「ああ」
 無言のまま身繕いを終えた私とゼノンは、恋人同士とは思えない端的な言葉だけを交わし、夜も明けきらぬ扉の前で別れた。
 本来なら共に迎えるはずだった朝にはまだ早い。
 けれど私達はそれぞれのいるべき場所へと戻るために踵をかえす。
 歩き出した時、振り返ろうかと思った。けれど、彼の背中を見るのが嫌で私は重い足取りを何でもないかのように淡々と動かした。そうしなければ、感情に押されて彼を引き留めてしまいそうだったのだ。
 だから後ろからじっと深い緑が追ってくるような気がしたのはきっと、私の気持ちが起こした錯覚だ。
 好いた相手とまだ共に過ごしたいと嘆く心を、一歩進むごとに横にずらすように仕事へと思考を切り替える。
 この術《すべ》を覚えたのは、いつの頃だったろう。仕事に私情を挟まないのは当たり前の事だが、いつの間にか呼吸をするようにできるようになった。
 私達は後ろ髪など引かれていられない。それはお互い様だ。
 年齢を経ているからこその、自らが負うべき責任や裏切ってはならない信頼というものがある。
 それを理解しているからこその今の地位だ。
 十代、二十代の若人のように、恋に我を忘れるなどあってはならないのだ。
 ――決して。

(――つづきは本編で!)

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