「俺は君が思ってるより、ちゃんと恋を知ってるし……君が好きだよ」
あらすじ
「俺は君が思ってるより、ちゃんと恋を知ってるし……君が好きだよ」
村娘のエルヴィールは、人買いに売られそうになったところを、国一番の天才魔法使い・ヴィルへイムに救われ、押しかけ弟子に。貧乏で甲斐性なし、ぐうたらだけど優しい彼と過ごすうち、気づけば恋心でいっぱいになっていた。思い切って「お嫁さんになりたい」と告げると、彼は困ったように頭をかいた。やっぱり、好みじゃないのかも。――そう思った矢先、左手の薬指にそっと指輪が。恋も生きるのも不器用な彼。でもその不器用さこそ、たまらなく愛おしい。任務を終えた夜、ヴィルへイムはめずらしく甘く囁く。「今日は初夜だろ。寝かせると思ってる?」けれど彼は、心の内に重く苦しい過去を抱えていて――。
作品情報
作:桜旗とうか
絵:ぼんばべ
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6/6(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)





















本文お試し読み
プロローグ
コンコンコン。
――ごめんくださーい。先日助けていただいた村娘のエルヴィールです。お礼をしにまいりました。
コンコンコン。
――いらっしゃいませんかー。奮発して焼きたてのパンを買ってきました。ごめんくださーい。
コンコンコン。
扉が開いて娘が額をぶつけるまで、あと三拍。
一.不精者の魔法使いはなんでも屋をする
「先生! おはようございます! お仕事の時間ですよ!」
ざっとカーテンを引くと、部屋に光が差し込む。
「うぅ……まぶし……」
ベッドでこんもりと盛り上がった膨らみが呻いている。そこに人が寝ていることは一目瞭然だ。
「先生、起きてください! お仕事ですよ!」
「あと十八時間くらい寝る……」
「だめですよ!」
もう、と唇を尖らせながら、盛り上がる物体の上に座り込む。とても不安定だ。
「先生、食料がありません」
「買ってこい」
「買うお金がありません!」
「なにか質に入れていいから。あ、本はだめだぞ」
「本以外に入れられるものなんて、もうありませんよ!」
布団を頭から被って蓑虫然としている先生を揺すった。ちっとも起きる気はないみたいだ。
マーデルク王国の王都の郊外にある赤褐色の小屋。台所と洗濯場、部屋がふたつと地下室があるだけの殺風景なここに私が押しかけてきたのは、約半年前だ。
貧村で生まれ育った私は、食い扶持を減らすために人買いに売られることになっていた。貧しい村ではよくある話だけれど、私が人買いに連れていかれようとしていたまさにそのとき、いま、ここで蓑虫になっている先生が助けてくれたのだ。「そいつはタチの悪い奴隷商だぞ」と言って。
よほどやましい手段を使っていたのか、人買いは激高して先生に飛びかかった。
大柄な人買いを相手に、足元もおぼつかないほっそりとした男性が勝てるわけなさそう、と気の毒に見ていたのだが、先生は魔法使いだった。
不思議な力を使って人買いをコテンパンにやっつけたあと、私に好きなところへ行けばいいと言って、格好よく立ち去ろうとして、行き倒れた。
お腹がぐうぐう鳴っていて、這いながら帰っていく先生は……超ダサかった。
ダサかったけど、私にはどんな英雄よりもかっこよく見えて、一目惚れをした。はっきりいって私、チョロい。
そして、芋虫よろしく這う先生についていき、家を突き止めて、翌日にパンを手に押しかけたのだ。先生はパンの匂いに釣られて、内側に引いて開けるはずだった扉を外に押し、私の額を殴打するという暴挙に出たけれど、そのお詫びに居座ることを許してくれたので結果オーライというやつだ。
「先生! 起きないと地下室の本を全部質屋に入れますからね!」
「だめだっつってんだろうが!」
がばっと先生が起き上がるから、上に乗っていた私はひっくり返って転げ落ちた。ぼとっと音がして、先生が「あ」なんて声を上げる。
「いたたたた……もう。先生、本を質に入れるか仕事をするかです。ほら、選んで!」
「……仕事ってなに?」
綿飴みたいな柔らかい、薄茶色の髪をガシガシとかき上げて先生が聞く。あらわになる顔は年齢のわりに幼くて、造形はきれいに整っている。青空を切り取ったような青い目が、その人を美人たらしめていた。
ヴィルへイム・トーテル。国一番の天才魔法使いと呼ばれる人だ。全然見えないけど。
「今日の仕事は、貴族のお屋敷の庭掃除と、お店の落書き消しです」
「ふうん。なんか、手に負えない感じ?」
「お屋敷の庭掃除は、突然木が折れてしまったみたいです。精霊《メルト》がいたずらしたのかもって疑ってるようでした。現場もちらっと見ましたけど、近くの木も傷んでて可哀想でした」
ベッドから抜け出し、ふらふらと洗面所へ向かう先生のあとをついていく。
「もうひとつのほうは?」
「これは、子どものいたずらかもとおっしゃってたんですが、お店の外壁に落書きがされていました。全然消えなくて、困っていたところをお仕事に繋げました」
バシャバシャと顔を洗う先生にタオルを渡したあと、ダイニングテーブルへ向かう。テーブルには、四分の一くらいにちぎったパンが載ったお皿をふたつ用意しておいた。
「……パンちっさ」
テーブルを見た先生がぼやく。
「仕方ないじゃないですか。最後に仕事をしたのが三週間前。報酬は金貨百枚のいい仕事でしたけど、ほとんど使って本買っちゃったから!」
「珍しい古書があったら惜しまず買うだろ」
「生きることをちょっとは考えて!」
先生がこの調子なので、私も街へ出掛けて日払いの仕事をもらっているけれど、全然足りない。
「エル。さっきの仕事。どっちが魔法にかかわってると思う?」
椅子に座ることなくパンを取り上げ、一口でぱくりと食べる先生を見て首をひねった。
「依頼人が言っているように、貴族のお屋敷が精霊の仕業じゃないんですか?」
「実際に両方見たんだろ。なにも感じなかったか?」
「貴族のお屋敷おっきいなぁとか、街のお店をじっくり見て回りたいなぁと思いました」
ぐっと握りこぶしを作って言うと、先生からでこぴんをもらった。痛い。
「なんだろうなぁ、俺の見る目がないのかなぁ。なんか才能はありそうな感じがするんだけど、エルは精霊が見えないんだよなぁ……なんでだろ」
顔をまじまじと寄せて見られ、頬が熱くなる。
先生は金銭管理ができないし、天才魔法使いと呼ばれているのにそれらしい仕事にもついていなくて、なんでも屋をやっているけれど、顔は抜群にいい。超好み!
だから、頬を赤く染めるのだって普通のはずだ。
「先生。私、魔法学校の適性試験落ちてますよ?」
「それは聞いたけどさ。……っかしいなぁ」
首をひねりながら「まあいいか」と考えることを諦めたようだ。
「とりあえず仕事しに行くぞ」
「行ってくれるんですか!?」
「それなりに払ってもらえるんだろ。それに、片方は魔法絡みだ。レクチャーしてやるから準備しろ」
「はい、すぐに!」
先生が久しぶりに仕事をする気になってくれたことがうれしくて、弾むような足取りで身支度を調え、依頼主の元へ向かった。
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