「感じすぎて、ばかになっちゃうかもしれないけど。責任とってくれる?」
あらすじ
「感じすぎて、ばかになっちゃうかもしれないけど。責任とってくれる?」
淫魔の呪い解消のため、神殿勤務の新人退魔師・エセルは、一途に想う初恋の相手「ランスさん」に甘く激しく抱かれていた。野性むき出しの獣に襲われるようなぞくぞくする刺激と、大好きな人から与えられる甘い痛みに悶えるエセル。数えきれない交わりの後、穏やかな眠りについた彼女であったが、朝を迎えて隣を見るとそこには何故か、「冷徹司祭」と呼ばれる高位聖職者・ランスロットがいた――彼こそ紛れもなくエセルの想い人なのだが、彼女は別人だと勘違いしていて……!?美麗の上官から乱され、快感に溺れるエロティックラブ!
作品情報
作:在原千尋
絵:青日晴
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第一章
遠く、大聖堂の方角から微かに聖歌隊の賛美歌が響いてくる。
エセルにはすでに馴染みとなった、女神の神殿の仕事終わりの時間を告げる風物詩。
「お疲れさま、エセル。明日は休日だったな。ゆっくり休めよー」
まだ風が涼しい、初夏の日の夕方。
勤め先である「女神の神殿 魔物対策室」で仕事を終えたエセルに、窓際の室長席に座った室長のスチュワートがのんびりとした声をかけた。
「ありがとうございます! 今日はこのまま寮に戻らず、実家へ帰ります!」
自分の机の上を綺麗に片付けて立ち上がり、エセルは窓からの夕陽を背に浴びているスチュワートへと体ごと顔を向ける。
エセルは鮮やかな赤の髪に緑の瞳の、新人退魔師。
幼いころから身のこなしが軽く、攻撃魔法の適性もあったことから、神殿の神官に見出されたことをきっかけに修行の道に入り、最近「女神の神殿」に正式採用されたばかりの十九歳。
目が大きく唇は桜色でふっくらとしており、化粧っ気がなくとも可憐な印象の顔立ちであるが、そのせいで年齢よりやや幼く見える。
制服のように身に着けているのは、動きやすさ重視の服装で、白いシャツにレースアップの革のビスチェ、腰回りにはナイフや呪具を引っ掛けるためのベルトを巻き付けている。
すらりとした脚を包む濃緑のズボンには、長めのブーツ。
手足や腰回りが細く、遠目には少年のような出で立ちをしているが、ビスチェに支えられた胸元は衣服の上からもわかるほどに豊かだ。
「実家ってことは、明日はパティスリー『林檎の木《ポミエ》』で看板娘業務か。働き詰めだな」
苦笑交じりに言われて、エセルは「いえいえ」と明るく返す。
「家業を継がずに退魔師の道を選びましたが、お店の手伝いは元から好きなんです。いまは、仕事というより息抜きですね。たびたび実家に帰るからって、仕事をやめたいと思っているわけではないですよ。せっかく憧れの退魔師になれたんですから!」
退魔師は、この国で広く信仰されている女神アウローラの神殿の神官であり、人々の生活を守る戦闘職である。近隣で魔物が出たと一報が入れば駆けつけ討伐するのがその職務で、普段から修練場で体を鍛えたり、哨戒任務で外回りをしていることも多い。
だが、比較的落ち着いている日はこうして、神殿内で事務仕事に従事している。翌日が非番の退魔師が、定時上がりのために割り振られていることが多い。本日のエセルも、その例にもれない。
肉体派で現場主義の退魔師の中にあって、苦手意識も見せずに書類作業もするので、室長スチュワートも目をかけている節がある。
「そうだな。エセルはもう魔物対策室の立派な一員だからな。休み明けにはしっかり戻ってきてもらわなきゃ。ここはいつも人手が足りないことだし」
そう言って笑うスチュワートは、年齢は二十代後半、短めの黒髪に琥珀色の瞳。肌はよく日に焼けており、目や口といったパーツが大きめで、表情はいつも明るい。
人目を引く美丈夫といった顔立ちで、鍛え抜かれた精悍な体つきをしている。
エセルにとっては頼りになる上司であり、神殿の女性たちの間では憧れの男性といった存在のようで、いつも遠巻きに熱い視線を送られている。
(贔屓目なしにカッコイイもんね、室長。何より、とてもお強いし)
その部下であるというだけで、エセルも誇らしい気持ちになる。
本人は「家督を継ぐ予定がないので、実質自分は平民だから」とあまり触れないが、もともとは貴族階級の出身。
豪放磊落に振る舞っていてさえ、気品が感じられる。
庶民育ちのエセルから見ても、動作の端々に至るまでほれぼれとした男ぶりであった。
ただし、そこにあるのは憧れの感情のみ。
男女交際の意味で、お付き合いをしたいと考えたことは一度もない。
スチュワートと出会ったときにはすでに、エセルには慕っている相手が他にいたのだ。
その相手は、銀色の長い髪で、すらりと背の高い青年。
いつも髪で顔の大半を隠しているので、どんな顔をしているのかはっきり見たことはないのだが、声は優しい。穏やかで、気遣いに満ちた話し方をする。
エセルの実家であるパティスリー「林檎の木《ポミエ》」の常連、ランス。
(ランスさん、明日は会えるかな~。この間はオレンジ風味のチーズケーキが気に入ったって言ってくれたけど、今回は何をおすすめしよう。なんでも幸せそうに食べてくれるから、見ていると本当に癒やされるんだよね~!)
退魔師となったエセルは、実家を出て神殿の寮暮らしとなっていたが、休みともなれば頻繁に実家に帰るようにしている。
周りには「息抜きです!」と言っているが、実際にはランスが店に訪れるのを心待ちにしているのだ。
一言、二言話せるだけでも幸せで、その休日のおかげで厳しい仕事も頑張れる。エセルにとって、ランスはそういう存在だった。
仕事が終わってしまえば、あとはもう一刻も早く神殿を出て、街中にある実家へと帰りたい。エセルは、壁のフックに引っ掛けてあった外套を手にして軽く羽織り、ドアへと向かう。
「それでは失礼します!」
ドアを押し開けながら振り返ってスチュワートに挨拶をし、出ていこうとしたそのとき。
神官の真珠色の法衣が、視界を埋めていた。
気づいたときには勢いがついていて止まることができず、思いっきりそこに立っていた相手の胸に飛び込み、額をしたたかに打ち付けてしまう。
「あうっ……」
思わず、声が出た。
法衣は体の線を拾わない作りをしているが、相手は筋肉質に引き締まった体つきをしているようで、額が弾かれるような衝撃があった。
痛みで瞬間的に目を瞑る。涙が滲んできて、閉じた目をすぐには開けられない。
「エセルさん。大丈夫ですか」
足がふらついたのを気にしたのか、相手が腕を伸ばして背を支えてくる。
姿を見ないまま聞いた声が、今しがた考えていた相手にそっくりで、エセルはがばっと顔を上げた。
(ランスさん⁉)
潤んだ目を瞬きながら確認すると、そこに立っていたのは神殿の神官であり、もちろん「ランスさん」ではない。
人が言うところの「冷徹司祭」こと、ランスロット様である。
艷やかで淡く光を放つかのような銀色の髪に、神秘を湛えた紫水晶の瞳。高い鼻梁に、端正で引き締まった口元。まなざしは涼やかで、間近で見ると目が痛くなるほどの、凄まじい美貌の持ち主だ。
「前を見ずに飛び出して、失礼いたました! お怪我はありませんでしたでしょうか⁉」
新人であるエセルよりは、はるかに格上。気軽に口をきける相手ではない。
それでも、ぶつかってしまったのはエセルの過失なので、思い切って尋ねてみる。
ランスロットは、目を細めてエセルを見下ろしてきて、よく通る声で答えた。
「私は大丈夫です。君は? 涙が出ている」
「こ、これはびっくりしただけで! 大丈夫ですから!」
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