作品情報

身がわり令嬢は血まみれ公爵に愛される

「君は淫らな体をしているんだな……この前、拓いたばかりだというのに」

あらすじ

「君は淫らな体をしているんだな……この前、拓いたばかりだというのに」

貧しい生活を送る私生児・クロエは、伯爵令嬢シャルロットの身代わりとして「血まみれ公爵」と呼ばれるトゥレーヌ公爵に嫁ぐことになった。公爵は残忍で恐ろしい男だと噂されるが、クロエは彼が紳士的で優しい一面を持つことを知り、次第に彼に惹かれていく。一方、本物のシャルロットは幸せそうなクロエに嫉妬を募らせ、彼女を殺そうと企んでいて……。

作品情報

作:江原里奈
絵:ちょめ仔

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プロローグ

「……ひ、ぁ……っ」
 透けるほどに薄い布越しに、彼の指先を感じる。
 異様なまでの昂ぶりを覚えて、クロエは細い喉を仰け反らせた。
「おや、これはどうしたことだ。すっかり濡れているじゃないか」
「い、や……」
 指摘されると、恥ずかしさに体が火照った。
 たぶん、触れられる前から、彼の存在そのものに欲情していた。劣情を知られ、言葉で詰られることを待っていたのかもしれない……そんな自分を、クロエは浅ましいと思った。
「君は淫らな体をしているんだな……この前、初めて体を拓いたばかりだというのに」
「……っ」
「それとも、別の誰かを想像して昂っているのか?」
 微かに開いた瞳の合間に、嫉妬じみた双眸が見える。
 彼にほんの少しでも疑われたら、クロエの命が危ない。出自が不確かだということを知られれば、斬られるかもしれない。
「そんなこと、ありません。わたくしは、公爵様としか……、ぁ……っ……!」
 はらりと紐を解かれ、露わにされた花園。その上の指先で凝った花芯を触れられて、思わず鼻にかかった声が漏れた。
 初めて知る己の弱い部分をグリグリと責められ、吐息を泉の源に吹きかけられれば、あまりの快感に見悶えてしまう。
「い、いや……っ、そんな……」
「ここが、いいのか」
「あ、やめて……っ……!」
 そう拒絶しても、聞き入れてもらえなかった。
 あろうことか、尖った花核を捏ねられ、花園の蜜を吸い尽くそうとでもするように舌先で舐められる。これ以上ないほどの淫猥な責め苦に、目を閉じたクロエの脳裏に火花が散る。
「ふ、あ……っ、くぅ……ん……!」
 一気に訪れる波に、肉体を翻弄されてしまう。
「この前の傷は、残ってないみたいだ」
 達したばかりの秘裂は、長い指に触れられて慄いた。
 拓かれ、ゆっくりと肉襞を擦られると、先ほどとは違う深い悦楽が訪れる。
「ふぁ、あ……」
 過ぎた快楽は、時に苦痛に変換されることもある。
 あまりにも感じすぎる自分を、クロエはそら恐ろしいと思った。

 ――自分がここにいることが、そもそもの誤りだ。
 いつかすべてが、暴かれる。わかっていても、彼女の身代わりを続けねばならなかった。
 それが、クロエに与えられた役割だったから――。

1.偽物のシャルロット

(誰も、私に話しかけないで!)
 栗色の髪の乙女は、心の中でそう願っていた。
 最近、公爵夫人になった彼女――シャルロット・ド・トゥレーヌにとって、今いる場所はこれまで見たどこよりも雅やかだった。
 天窓から陽光が差し込む温室は、うっかりするとまどろみが訪れるほどの心地よさ。今が晩秋だということを、一瞬忘れそうになる。森にさえずる小鳥のような貴婦人たちのおしゃべりも、外のテラスで葉巻を嗜みながら経済や政治など、むずかしい話をする紳士たちの姿も、蚊帳の外にいる若き公爵夫人にはひどく遠い存在に思えた。
 ここでは、誰も彼女を助けてくれない。そう……夫であるトゥレーヌ公爵さえも。
 ヴィクトール・ド・トゥレーヌ――またの名を「血まみれ公爵」。アグニス王国の存亡をかけたアエタ帝国との戦争において華々しい軍功をあげた彼には、国王アンリ六世から勲章と公爵位が与えられた。今回の夫人との結婚についても、国王の計らい……つまりは政略結婚である。貴族の結婚には思惑があり、彼もそれに従って彼女を妻にしたに過ぎない。
 ヴィクトールは、闇夜のような黒髪と琥珀色の切れ長の瞳が印象的な美しい男。
 この地方の領主である彼のご機嫌を取ろうとする輩の真ん中で、彼は時折うるさそうに頬にかかる前髪を指先で払っている。その様子には、貴族的な優雅さと軍で戦ってきた粗暴さの両方が混じり合っている。
 他の紳士たちと並んでも体格は秀でており、少し離れているシャルロットから見ても彼の横顔がはっきりと見えた。
(……あの方の、妻になったなんて……)
 そら恐ろしい気持ちで、シャルロットは思う。国王の命令でもなければ……そして、様々な思惑が噛み合わなければ、彼女になど目もくれなかった眩い相手である。
 この場に溶け込み、彼の妻……トゥレーヌ公爵夫人らしく振る舞わないといけない。そう思えば思うほどに表情が強張り、肩に力が入ってしまう。
 そんな自分が、どうしようもなく情けない。
「トゥレーヌ公爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
 背後から声をかけられて、思わず声を出しそうになる。
 振り向くと、今日のこのサロンの主催者であるサヴォワ伯爵夫人が立っていた。
 ぽってりとした肉感的な体つきの貴婦人で、髪を流行の形に綺麗に結い上げている。肌に皺が目立つことを考えると、自分の母親と同じくらいの年代だろうか。
 急いで微笑むと、シャルロットはドレスの裾をつまんでお辞儀をした。
「お……お招きいただきありがとうございます、伯爵夫人」
「まぁ、お噂通り可愛らしい方だこと! お独りのとき、トゥレーヌ公爵は当家にいらっしゃらなかったものですから、ぜひこれからは頻繁にお越しいただきたいものですわ」
「ありがたいお言葉でございます。夫にもそう伝えておきます」
「そうそう……夫人は、音楽がお得意って伺いましたわ」
「えっ……!」
 それは、シャルロットが一番触れられたくない話題だった。
「何でも、異国に留学していた音楽家も認めるほど、美しい音色を奏でるとか。ぜひとも、我が家のピアノで一曲弾いていただけないかしら?」
「そうですわ。この地方では、シャルロット様ほどのピアノの名手はおりませんわ。ぜひ、聴かせてくださいませ」
 伯爵夫人の話に興味を持った他の貴婦人方も、一人また一人とシャルロットの周りに集まってくる。好奇の視線に取り囲まれ、若き公爵夫人は言葉を詰まらせた。
 作り笑いをするのも忘れ、彼女は貴婦人たちの中で怯えている。
 この部屋には、象嵌が嵌め込まれた美しいピアノが置かれている。こうしたサロンが催される際には、誰かが弾くことになっているのだろう。
(まさか、それが私だなんて……!)
 いっそのこと、ここで気を失ってしまえれば楽なのに。そう思うほどに追い詰められ、顔から血の気が失せていくのが自分でもわかった。
 シャルロットは、唇を震わせながら言い訳を考え始めた。「体調が悪い」や「指を怪我している」など、咄嗟に頭に浮かんだどれもが、領主であるヴィクトールの妻としてふさわしくないような気がして頭が混乱してくる。
(もっと、いい口実はないかしら……)
 その時、肩をギュッと抱き寄せられる感覚で、シャルロットは我に返った。
「申し訳ございません、サヴォワ伯爵夫人」
 艶のある低い声が、サロン内に響く――それは、ヴィクトール・ド・トゥレーヌのものだった。
「妻は大勢の人の前で演奏するのが、少々苦手なのです。生まれつき体が弱かったせいでしょうか……実家でしか弾いたことがないそうで、実はこの私もまだ聴かせてもらったことがないのですよ」
「あら、そうでしたの」
「華やいだ場所に慣れましたら、また機会をいただければ光栄です」
「まぁ、残念ですわ……! 気分が乗りましたら、次の機会に……ねぇ、皆さん?」
 集まっていた貴婦人たちが嘆息し、同時にトゥレーヌ公爵を見て頬を赤らめる。
 このサロンが誰のものであっても、この地方の領主は彼なのだ。ここにいるほとんどの紳士より若くとも、領主である彼の発言は、ここでは国王陛下の言葉と同等の重みを持つ。
 それゆえ、公爵に弾けと命令されなかったことに、ともかくシャルロットは安堵した。
 胸を撫で下ろす新妻を見て、ヴィクトールは首を傾げた。
「……おや、顔色が悪いな。どうしたのだ?」
「あら、本当ですわね。客間で少しお休みになられてはいかが?」
 メイドを呼ぼうとする伯爵夫人を、公爵は手で制した。
「申し訳ありませんが、今日はこれで帰らせていただきます。妻が心配ですから……」
 通常、サロンが始まったばかりのタイミングで辞去するのは失礼に当たる。
 しかし、それをするのが領主であるなら致し方ない。サヴォワ伯爵夫人は、敢えて止めることはなかった。
「……そうですか。お気をつけてお帰りになってくださいませね」
 シャルロットは裾をつまんで会釈をして、先に部屋を出て行く夫を追った。

 帰りの馬車の中、窓の外を流れるのどかな景色をシャルロットはぼんやり眺めている。
(……よかったわ。彼が助けてくれて)
 サヴォワ伯爵邸での一件について、ヴィクトールはあっさりと問題を解決してくれた。
 ――とは言っても、本質的な問題はまったく変わっていない。もしかしたら、触れられたくない事実を、彼が察知した可能性もある。それを思うと、シャルロットは途端に浮かない表情になる。
(結婚したけれど、形式的なものですもの……この先も、同じようにしてくれるとは限らないわ)
 横にいる公爵に、ちらりと視線を移す。
 結婚式からひと月が経つのに、二人の間には世間で想像するような関係は皆無だった。結婚契約書に書かれている条項に、『トゥレーヌ公爵家の跡継ぎを産むこと』という項目があったが、『白い結婚』のままでは城に新たな家族が増えることは望めそうにない。
 そういうシャルロットも、結婚式の前までは、『血まみれ公爵』と恐れられた男に指を触れられるなんて、おぞましいこと以外の何物でもない、と思っていた。戦場で降伏した敵兵を殺したという残虐な男は、まるで怪物のような見た目をしている、と故郷では噂をされていたからだ。
 それが今では、どうしたことだろう? 広大な城の中で、彼が何一つ関わりを持ってこようとしないことが、どうにも寂しいような気さえしている。その理由は、自問自答してもよくわからなかった。
 彼がシャルロットを無視し続けるのは、彼女にとって都合がいいことのはず。
 そう……彼女の使命は、ただ一つだけ――それは一生をかけて、『シャルロット』としての演技を続けることだった。

 ――『シャルロット』でないなら、彼女はいったい何者なのか。
 彼女の本当の名は、クロエ・ミルラン。父は南部の領主であるモンフォール伯爵の弟・コンラートで、母であるロザリーは伯爵家に奉公している女中だった。
 いわゆる私生児として生まれ育ったクロエが、偽りの名前を使ってトゥレーヌ公爵に嫁いだのは、ひとえに貧しさとこの世の不条理のためである。
(せめて、お父様がまだ生きていたら、こんなことにはならなかったはずだわ)
 亡き父のことを思い返しては、クロエは悲嘆に暮れる。自分の身の上もそうだが、自分の母親はもっと悲惨だった。
 ロザリーのお腹にクロエが宿るのを知ると、モンフォール伯爵は彼女を屋敷から追い出した。それは、戦争が始まったばかりで、軍人であるコンラートが任務に行っている隙を狙った卑劣な行為である。
『モンフォールの血を継ぐ者が、平民の女と結婚するのは許さん!』
 そう言われ、寒空の下をさまようなんて、どんなに心細かったことだろう。
 大きなお腹を抱えて路頭に迷った彼女を憐れんだ伯爵家の小作人・ジャンは、家畜小屋として使っていた場所にロザリーが住むことを許した。家事や農作業の手伝いをしながら、彼女はクロエを産んだ。
 コンラートさえ戻ってくれば、きっと何とかしてくれる。クロエは伯爵の姪に当たるのだから、それ相応の教育を受けさせてもらえる……そんな母の淡い希望は、無残に打ち砕かれた。
 父は生まれてきた娘を見ることはなかった――敵軍に討たれ、戦死したのである。
 貧しいロザリーには、恋人の死を悲しむ暇はなかった。クロエを育てるために身を粉にして働き、物心ついた頃から娘もまた、小作人夫婦から母に割り振られた仕事を手伝ってきた。
 しかし、母は長年の栄養失調からか、原因不明の病気になってしまった。スープさえも満足に飲み込むことができず、痩せ細っていく母の姿にクロエの心は痛んだ。
「すまないなぁ、クロエ。俺たち、なんもしてやれなくて」
「ジャンおじさん、いいんです。ずっとこちらに置いていただいているんですもの……母の病気の件、私が看病しますから」
 幼い頃から面倒を見てくれたおじさんも、もう白髪混じりの老人になっている。
 ずっと音信不通だった息子が嫁と子どもをつれて戻ってきたのが、つい先日のこと。何かと物入りだろうから、これ以上、母の病気のことで心配をかけるわけにはいかなかった。
「私が母の分も、お仕事は頑張ります。おじさんたちに、ご迷惑はかけません」
 貧しさゆえに、薬を買うのはどう足掻いても無理だ。せめて、自分が母の分も働いて栄養を摂れる食事を確保しなければ。
 意気込むクロエを見て、ジャンおじさんは気まずそうに視線を外す。
「それでなぁ、言いづらいんだけどさぁ……あんたらがここにいること、伯爵様にばれちゃったみたいなんだよなぁ。この前、執事さんがあんたらのこと根掘り葉掘り聞きに来て……」
「えっ!?」
 ジャンおじさんは、隣にいるおばさんを肘でつついた。
「悪く思わないでくれよ、クロエ。うちも息子たちが帰ってきたもんで、食いぶちが増えちゃってさ。あんまり余裕ないんだよ……あんたたち二人分の仕事は、息子たちがやってくれるって言うしさ……」
 おばさんの言葉に、クロエは継ぎ接ぎだらけのスカートの裾をギュッと握りしめる。
「もしかして、ここを出て行けっていうことですか……!?」
「……申し訳ないんだけど、そういうことさ。うちも苦しいから、恨まないでくれよ」
「そんな……!」
 思わず感情的になって声を荒げるクロエに、小作人夫婦は困ったような顔をした。
 そうこうするうちに、入口のほうから声を掛けられた。
「お取り込み中、ごめんください」
「あ、あなたは伯爵家の……」
「さようでございます。先日伺ったルブランでございます」
 ルブランと名乗った煤けた金髪の中年男は、黒い帽子を取ってクロエにも挨拶をする。
 小作人の粗末な家に紳士のなりをした人物がいるのは、どうにも場違いである。クロエはこれから自分がどうなってしまうのだろう、と不安になった。
「クロエ嬢、初めまして。早速ではございますが、モンフォール伯爵があなたにお目にかかりたいとおっしゃっております。伯爵家にご同行いただけませんでしょうか?」
「……なぜですか?」
 きつい目で問い返すクロエに、ルブランは穏やかな声音で答えた。
「お母様が伏せってらっしゃる、とお伺いしました。そのような状況を聞けば、伯爵はあなたがたを悪いようにはなさらないでしょう」
 クロエは、叔父にあたる男――モンフォール伯爵を、毛嫌いしていた。
 小作人の一家が住んでいるのは、伯爵家が所有する敷地の片隅。少し先の小高い丘の上には領地の景色を見渡せる伯爵家の別荘があり、たまに紋章が入った立派な馬車が行き来する。
 その中にいるのが誰なのか、何のためにそこに行き来しているのか興味はなかった。貧しいクロエが心を配るのは、作物の収穫時期だったり世話をしている家畜の健康だったり、と目先のことしかなかった。
 たとえ、自分の中に青い血が流れていようといまいと、私生児として生まれた以上、貧しさから逃れることはできないのだから。
 もし、父さえいたら……もしくは、モンフォール伯爵が哀れな母を路頭に迷わせることなんてしなければ、と思うことはある。そうだったら母は女中を続けていて、自分もあの広大な屋敷の女中部屋に暮らすことを許されていたかもしれない。
 それを思うと、どうにも心が痛くて仕方がない。
(でも……会わないわけにはいかないわ。だって、住まいも仕事もなくなったんだもの)
 粗末な上に不衛生な小屋でも、雨風は凌ぐことはできた。それを追い出されたら、これからどうすればいいのかわからない。病気の母を抱えながらだと……身売りをするくらいしか生きる道は残されていないのか、と絶望していたところだ。
 そんな瀬戸際だからこそ、モンフォール伯爵の顔を見てやろうという気になった。
 なぜなら、生娘であるクロエにとって、得体の知れない男に体を売ることは最も恐ろしいもの――女にとって一番悲惨な目に遭う前に、最後の賭けに出てみる価値はある。
 迷いを取り払って、クロエは執事に向き合った。
「わかりました……ルブランさん、私を伯爵家に連れて行ってください」

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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