「セラフィア、×××××=あいしてる=」
あらすじ
「セラフィア、×××××=あいしてる=」
魔力で地位が決まる国。魔力ゼロで孤児院育ちの公爵令嬢セラフィアには、謎の病があった――それは『愛の言葉が聞こえない』こと。突然決められた政略結婚のお相手が誰より好きな幼馴染・魔王ルキウスであることも、彼から囁かれるたくさんの甘い告白も、セラフィアにはまったく届かない。するとルキウスは仕方なく、彼女を専属メイドに任命して……!?「魔王に仕えるメイドの仕事とは、俺の昂りを受け止めて鎮めることなんだ」「はいいいいいーっ?」【絶倫辺境伯の熱情は流浪の令嬢をみだらに射抜く】書き下ろしSSも収録!
作品情報
作:水田歩
絵:七夏
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本文お試し読み
1 お嫁入り? 冗談じゃありません、出奔します!
「セラおねーちゃん、おはなしして!」
「いいわ、みんな集まってる?」
「うん!」
イスカイム王国の田舎。の、そのまた奥地の僻地……の、さらに外れにある孤児院の食堂で、セラフィアが小さな子ども達に囲まれていた。
庶民の彼女には名字はない。ただ、名前のみ。生まれた当初、セラフィアには公爵家の家名がついていたが、捨てられたときに剥奪されたのだ。
……そのため、彼女が着ているのはこの地方特有の詰襟で袖になんの飾りもなく、貧しい者が着るような膝丈である。裾の下に男と同じような股引きを身につけ、服には狩りをすることを示す、矢筒をぶら下げられる帯がついている。
時刻は太陽が沈みかけている頃合い。
――貧しい者は、太陽の恵みを最大限に生かすため、朝日と一緒に起きて夕日が沈み一番星が瞬く頃には眠る。そのほうが明かりに使う魔石の節約になる――
弟妹達が眠る前に、セラフィアが恒例の読みきかせをするのだ。皆の顔が期待に輝き、シーンとした。セラフィアも晴空のような瞳を煌めかせる。
「数千年前」
セラフィアが絵本に書かれた物語を語り始めると、早速一番小さな妹から質問が飛ぶ。
「セラおねーちゃん。それって、きのーのこと?」
「ばか、違うよ! 院長様がすっ転んで泥だらけになった日ぐらい前ってことだよ」
彼女の次に年長の弟がたしなめる。……院長が、洗い立ての服に着替えたあと、すぐに汚してしまったのは一週間前だ。
「惜しい、それもハズレ。数千年前ってのはね、あなた達はおろか私も生まれてない頃。そうね、院長様があなた達くらいのときだったかしら?」
彼女がちゃめっ気たっぷりに言ってみた。すると、反響が半端なく大きい。
「院長様ってそんなに長生きなの?」
「すげーっ」
……ごめんなさい、院長様。ものすごいご長寿にしてしまいました。セラフィアは内心院長に詫び、咳払いをひとつして話を続ける。
「ずーっと、ずーっと昔。もしかしたら院長様も生まれていなかった頃」
この世界は、今よりも沢山の善いマナで満ちていた。生きとし生けるものはマナを自身の魔力として取り入れ、魔石や魔道具に反応させたり魔法を生み出して使いながら暮らしていた。けれど、天災が起こったり人が悪しき方向に向かうと、マナは影響を受けてしまい、悪い大気=瘴気となる。瘴気を帯びた大気は災厄を世界中に運んで、蝕んでいく。
「マナを吸って益獣や聖獣、薬草になるはずの動植物たちは、瘴気のせいで魔獣や毒草に。
人間達は闇に囚《とら》われて、争いのために魔力を使うようになりました」
――瘴気が立ち込め、魔獣や毒草しか生息できない地域を『魔境』という。人境は魔境に囲まれるようにぽつん、ぽつんと存在していた――
「するとマナは穢されて、ますます悪い瘴気に変換されてしまうので、天地は激しく乱れます。悪循環は嵐のように大きく育って世界を脅かし、最後には滅びへと進んでしまうのです」
……とは、いうものの。
歴史を紐解けば、瘴気も魔獣も天災も、割と世界のどこかしらで発生している。
人々も慣れっこだから小さな範囲……例えば一市町村レベルであれば、領地お抱えの魔導士や雇われ冒険者が瘴気を追い払う。一領地レベルであれば、国をあげて。国レベルであれば、世界中から腕利きの人間を呼び寄せれば、なんとか出来る。
けれど、彼らだけではどうしても解決できない事象――それが大災厄だ。
「人々が争い続けた結果、瘴気が溜まってマナは少ししかありません。やまぬ雨に建物を吹き飛ばす風。地面は裂けて火柱が吹き上がり、空からは雷光が落ち続けます。悪しき魔獣が世界中にはびこり、善き動植物は死にかけていました……大災厄が始まったのです」
「そこで調整者が現れたーっ」
みんなが一斉に声をあげる。そう、だから『調整者』が必要なのだ。
「そうね。調整者様は、なんでそう呼ばれているんだっけ?」
「【奥深き器をもつ者現れ、悪しき気を調整すべし】!!」
赤児でも知っているこの世界の真理。調整者は、世界を救ってくださる大切な方。
「はい、正解。さあ、みんな。今日のお恵みを調整者様に感謝してからお休みしましょうね」
「はぁーい!」
セラフィアが言えば、口を揃えて返事をしてくれる。彼女は感動した。
「なんて、いい子達なの」
セラフィアのにこにこ顔を受けて、子ども達も彼女に気持ちを返してくれた、のだが。
「セラおねーちゃん、××××=だいすき=ーー!」
まただ。ガヤガヤして聞き取れない。……十三歳のときに行われた魔力検査でセラフィアは「好き」「愛している」という二つの単語が聞こえないと判明した。呪いの形跡はない。なぜなのか解明できないので、治しようがないと言われた。
長じて、症状はどんどん強まっているようで、それ以外の単語も聞き取れなくなってきている。どうも、セラフィアに向けられる好意的な言葉が壊滅的なようだ。
『……もしかしたら、いずれ全ての言葉が騒音のようにしか思えなくなるかもしれない』
というのが、ようやく貯めた金で診断してもらった魔法医師の見立てである。
『なら、顔や唇の動きを読めばいいだけですから!』
勢いよく試みたのだが、その単語に関しては、発した人間に黒いもやがかかる。文字で書いてもらっても同様。瘴気も同じく黒いもやに見えるので、正視するのは恐ろしい。セラフィアには好意なのか悪意なのかわからない。しかし。
「騒音や黒いもやは良いことだって思うことにしたから、問題ないです」
言いながらセラフィアは裏切られたり、襲いかかられたとき、咄嗟に対処できるよう心と体を鍛えようと思った。
「おまえは前向きすぎです」
とは孤児院を経営している、院長の弁である。
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