「――もっともっと可愛らしい顔を引き出したくなる」
あらすじ
「――もっともっと可愛らしい顔を引き出したくなる」
若き女王・ウィルヘルミナには、側近の私欲で政治判断を誤り、初恋相手に失望された過去がある。この経験は彼女にとって、己を律する女王としての教訓であると同時にトラウマでもあった。そんなある日、彼女は国の未来のため結婚をすることとなる。告げられた婚約者の名は、公爵・レブラント。彼こそ、今でもウィルヘルミナの心に棲みつく初恋相手であった――彼に女王として認められたい、本当は可愛いものが好きなことも、密かな想いも知られてはいけない。ところが、レブラントはそんな彼女を堪らなく甘やかしてきて……?
作品情報
作:ちろりん
絵:小島きいち
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序章
「ウィルヘルミナ様の心の中に、今度は夫として棲み付かせてください」
目の前の男にそう乞われて、ウィルヘルミナは目を見開いた。
本当のところ、唖然として思わず口が開きそうになったが、どうにかこうにかすんでのところで止めた。
自分は王だ。
腑抜けた顔を見せるわけにはいかない。
特にこの男――レブラント・フォウゼンには。
だから凛々しい顔を取り繕い言い放つ。
「訳が分からないことを言うな。揶揄っているつもりなら性質《たち》が悪いぞ」
掴まれた手を取り返し、毅然とした態度で。
だが、すぐに背を向けた。
(……これ以上は、無理!)
限界だった。
わけが分からず、どうしてこんなことになっているか、どうしてレブラントがあんなことを言ってきたのか理解ができない。
混乱している姿を見せることもできなくて、ウィルヘルミナは部屋を飛び出した。
――自分たちは夫婦になる。
それは理解できている。
女王であるウィルヘルミナには伴侶が必要で、レブラントは議会に推薦されてその候補に挙げられた人。
政略結婚で、無理やりあてがわれた婚約者。
厳しくて冷徹で毒舌で、王であるウィルヘルミナに一切の忖度もなく言葉を投げつけ、そしてより良い国に導こうとしてくれている人。
でも一方で、その昔、ウィルヘルミナに失望し、嫌っている人でもある。
そんな人と上辺だけの結婚をするのかと思っていたし、相手もそのつもりで了承していたのに……。
「私の心の中に棲み付きたいって! 皮肉にしても酷すぎるわよ! 私の気持ちを知っているの!?」
まさかあんな言葉を投げかけられると思っていなかったウィルヘルミナは大混乱だ。
部屋に入った途端に叫び、悶える。
ずっと好きだった、でも嫌われていると思っていた相手にそんなことを言われたら、もう冷静さを保っていられない。
(……どういうつもりなのよ……レブラントっ)
女王になって六年。
ウィルヘルミナの人生は、レブラントによって大きく揺り動かされてきた。
ようやく王としての治世が安定してきた今日この頃、またもや彼によってウィルヘルミナの世界は変えられようとしている。
それは、小さな小さな秘密の部屋を必死に守ろうとしているウィルヘルミナにとって、一大事だった。
第一章
「聞き分けろ、ラディアン伯爵。これはもう議会で決定したことだ」
「そうは言いましてもねぇ、陛下。ない袖はふれないというものでして」
にやついた顔でそんなことを言ってくる男の態度を見て、ウィルヘルミナはぴくりと眉尻を跳ね上げた。
ウィルヘルミナを「陛下」と呼びながらも、まったく敬った様子がない。
軽薄な笑みを浮かべ、のらりくらりと話を躱そうとしている。まったくこちらの話を真摯に取り合わない態度は、目に余るものだった。
それもこれも、彼がウィルヘルミナを軽んじているからだろう。
王は王でも、年若い女が君主では従いたくないと見える。
だが、そんなことでいちいち悋気を起こすことはしない。
似たような態度は幾度となく取られてきた。
そのたびに不逞な輩と渡り合い、いなしてきたのだ、今回も同じようにするだけのこと。
ラディアン伯爵は先日亡き父親に替わって爵位を継いだばかりだ、ウィルヘルミナがどんな人間か知らないのだ。
ならば教えてやらねばなるまい。
「ない袖だと? 貴様が領民への税を密かに重くしていることを知らないとでも思っていたのか?」
「……なっ!」
彼の顔がサッと気色ばむ。
「さらにその増えた税で賭場をつくり、随分と客から金を巻き上げているそうではないか。しかも港町だ、諸外国からやってくる紳士淑女はたくさん金を落としていってくれるだろうな」
「……べ、別に何も問題ありませんでしょう。領民への税の裁量は領主に一任されているはず。それに賭場も違法ではないでしょうに、何を咎められることがありますか」
ちゃんと法の範囲内で行っているのだ、皆の前で辱めるように糾弾されることではないとラディアン伯爵は言いたいのだろう。
もちろん、ウィルヘルミナだってそれは分かっている。
「たしかにそれに関して私は咎められんな。……だが、賭場でいかさまが行われていて、不正に客から金を巻き上げているのであれば話は別だが」
責められる咎はあるだろう? と匂わせれば、ラディアン伯爵の顔はいよいよ青褪めた。
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