作品情報

転生姫は愛に戸惑う~推しじゃなかった冷酷王の溺愛が止まりません~

「やっとお前に――すべてを晒したんだ」

あらすじ

「やっとお前に――すべてを晒したんだ」

大好きな乙女ゲームの世界に転生したミーシャは、幼い頃に前世の記憶を喋ってしまったせいで、王宮の奥に軟禁されたまま暮らしていた。そんなミーシャの元に縁談が届く。相手は非道で有名な冷酷王ザウル。ゲームの登場人物の中でも、ルート次第では凄惨なバッドエンドが待ち受けているダークヒーローだった。だがいよいよ初夜という時、ザウルはやけに優しくミーシャを気遣ってくれて…

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作:沙布らぶ
絵:まりきち
デザイン:RIRI Design Works

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第一章

「ミーシャ様、よろしいですか?」
 コツコツ、と部屋をノックする音に、ミーシャ・カレアドナはふと顔を上げた。
 埃臭い書物から顔を上げたミーシャが入室の許可を出すと、幼い頃から自分に付き従ってくれていた侍女のエメルダが部屋の中へと入ってくる。
「エメルダ、どうしたの?」
「国王陛下より、ミーシャ様をお呼びするようにとのご命令がございまして……その、とても重要なお話があるとか」
「お父様から?」
 柔らかく答えた声は絹糸のように繊細だった。
 カレアドナ王国の末姫であるミーシャは、豊かな紅茶色の髪を揺らして椅子から立ち上がると、深いため息をついた。
(どうしよう……お父様からお話ってことは、つまりアレよね? ゲームの中だとこんなイベントなかったのに――)
 鮮やかな空色の瞳を物憂げに伏せる様子は、まるで一枚の絵画のような美しさだった。
 だが、ミーシャの脳裏によぎったのは不穏な予感――こんなのシナリオになかった、と嘆きたくなるのを必死でこらえながら、エメルダに笑みを向ける。
「すぐに向かうわ。案内をお願いしてもいいかしら?」
「かしこまりました。それではこちらへ――その、ミーシャ様? 今日はくれぐれも、その……エスペランサとかいうお話は……」
「えぇ、大丈夫よ。あれは子どもの頃の夢みたいなものだもの」
 侍女の口から出てきた言葉に、ミーシャの胸の中は小さくざわめいた。
 ――ミーシャにとっては、この世界のことこそが夢物語のようだ。
(まさか、ゲームの世界に転生するなんて思わなかったけど……それも、よりによって『陽明王』の世界に……)
 前世のミーシャは、日本という島国に生まれ育ったごくごく普通の女性だった。
 今のように侍女にかしずかれることもなければ、ドレスを身にまとうこともない。いわゆる一般労働階級――そんな彼女の人生をかけた楽しみが、あるゲームをプレイすることだった。
 乙女ゲーム『黎明のエスペランサ』――数々のシリーズ展開がされている人気ゲームに、かつてのミーシャは寝食を忘れてのめりこんだ。
 美しい世界に迫る災厄、それを食い止めるために異世界から召喚された少女と、彼女のために戦う強く華やかな男性たち……特にシリーズ第三作『陽明王に捧ぐプレリュード』は、本編からファンディスク、リメイク版にメディアミックス作品と、端から端までとことん楽しんだ覚えがある。
「ミーシャ様、いかがなさいましたか?」
「……いえ、なんでもないわ。少し考え事をしていたの。お父様がわたしを呼び出すなんて、なにがあったのかしら、って」
 ふとした時に主が物思いにふけることに、エメルダはすっかり慣れている様子だった。
 幼い頃に前世の記憶を取り戻したミーシャは、あろうことかその知識をぺらぺらと人々に言いふらしてしまっていた。
 曰く、この世界は『ゲーム』という作られた世界であるということ。
 曰く、世界に大きな災厄が降り注ぐこと。
 曰く、それを聖女と呼ばれる女性が打ち払い世界に平和がもたらされること。
 もしも両親が信心深い人物であったのなら、ミーシャに預言者の才覚ありとして教会に預けられたかもしれない。
 だが、王族として国を動かしてきた両親は思った以上に現実的であり、ただミーシャのことを気味悪がるだけだった。
 母はミーシャを医者に見せたが、結局それは改善することなく――彼女はまるでその存在を隠されるかのように、王宮の奥でひっそりと育てられたのだった。
(まぁ、お父様とお母様の気持ちを考えると……いきなり小さい娘が世界の災厄とか言いだしたら、普通に気持ち悪いって思っても仕方ないわよね)
 以降、ミーシャはほとんど人前に出ることはなく生きてきた。
 新年祝賀の行事などは王族として出席することがあるが、それ以外の公務は兄姉たちが行っており、ミーシャがこうして父に呼び出されることなどほとんどなかったのだ。
「どうぞ、ミーシャ様。――扉の向こうで国王陛下がお待ちです」
 エメルダに案内され、謁見の間へと通される。
 実を言うと、ここに通されるのもかなり久々だ。父と最後に顔を合わせたのはいつだったろうかと思い出しながら、ミーシャは開かれた扉の中へと足を踏み入れた。
「お父様、お母様、お待たせいたしました。わたくしにご用があると伺ったのですが」
 カレアドナ王国国王ヒンメル、そして王妃のアレハンドラ――実の両親に向けて、ミーシャはゆるりと腰を折った。
「うむ。単刀直入に言うと、ミーシャ――お前に縁談が舞い込んできている」
「は、え、縁談ですか?」
 同じ城の中に住んでいる両親とは、顔を合わせるのも久しぶりだ。
 だが、父はミーシャに対して淡々と、あくまで事務的な口調で話を進めていく。
「そうだ。ミーシャ、お前は今年で十八歳……婚期としては適齢だろう。喜ぶがいい、アーヴァルシア王国の国王が、お前を妻にと望んでいる」
「……は、はぁ」
 なんとも歯切れの悪い物言いに、父はむっと眉を寄せた。
 アーヴァルシア王国は、カレアドナ王国の近隣にある大国だ。若き国王ザウルの政治手腕は非常に優れていると聞く。
 だが、ミーシャの頭によぎったのはそのことではない。
 聞き覚えがあったのである。ザウル――冷酷王ザウル・ド・アルヴァンシアという名前は、かつて前世のミーシャが遊び抜いたゲームの中に出てきたキャラクターその人であった。
「その……アーヴァルシア王国のザウル様というのは……冷酷王……」
「うむ、まさしくそのザウルだ。我が国としても、最近通商に力を入れているアーヴァルシア王国との繋がりができれば、これは非常に有益なものとなる」
 父王は口元に蓄えた髭を撫でつけると、うんうんと何度も頷いた。
 ――冷酷王ザウル。
『黎明のエスペランサ』シリーズ第三作『陽明王に捧ぐプレリュード』の登場人物である彼は、いわゆるダークヒーローの立ち位置で、メインヒーローと対になる非常に人気の高い人物でもあった。
(で、でも……確かザウルの攻略ってめちゃくちゃ難しくて――トゥルーエンドが全然幸せじゃないし、バッドエンドではヒロイン死ぬんじゃなかったっけ? えっ、嫁ぐ? わたしが? ザウルに?)
 どっと噴き出した冷や汗とともに、前世の記憶が高速で頭の中を巡っていく。
 前世で遊びに遊びつくしたゲームではあったが、それだけにミーシャはザウルのことが苦手だった。
 破滅を纏ったような美しさを誇るザウルは非常に人気のキャラクターではあったが、如何せん攻略ストーリーが難しく、内容も陰惨なものだった。それよりもかつてのミーシャは、わかりやすく明朗なストーリー展開のメインヒーローに惹かれていたのだ。
「まぁ、なんだ……多少ザウル王に対し、血なまぐさい噂があることは否定しない。だが、持ち掛けられた縁談を断れば――かの冷酷王の刃は間違いなくこの国に向けられるだろう」
「……そう、ですよね」
 ゲームの中でも無類の強さを誇ったザウルだったが、現実でも血なまぐさい噂はミーシャの耳にまで聞こえてきた。
 不義密通をしていた婚約者を褥で斬殺しただとか、王位を得るために三人いる兄に同士討ちをさせ、その首を城門に三つ並べて晒しものにしただとか、夜ごと火を吐く竜に変貌するとか、そんな噂が城に引きこもりの身にまで聞こえてくる。
「それに何よりも、これは向こうから持ち掛けられた縁談だ。断ることなどできはしない――お前もこの国の王族ならば、自分の身の振り方はしっかりとわきまえているだろう」
 ミーシャには、姉が二人いる。
 年は近いがまだ二人とも嫁いではおらず、大国相手の婚姻となれば本来は二人の姉のうちどちらかという話になるのだろうが――父はしきりに、ミーシャに嫁げと命じている。
 目を伏せたままその言葉を聞いていたミーシャにも、なんとなく父の意図せんとすることは理解していた。
 彼は、一刻も早く自分のことを厄介払いしたいのだろう。
「……かしこまりました、お父様」
「わかってくれるか。――では至急、ザウル王に使いを送ろう。相手はあの冷酷王だ。あれこれと因縁をつけられてもかなわんからな」
 お前は下がれと命じられ、代わりに宰相や侍従長が父に呼び出される。
 母は終始なにも話すことはなく、ただじっと娘を見つめているだけだった。
(それにしても……よりによってザウル王かぁ)
 エメルダとともに部屋に戻ってきたミーシャは、ふーっと息を吐いて手近な椅子に腰を下ろした。
 どうやら侍女の方にも、ミーシャがザウル王との結婚を承諾したという話は伝わっているらしい。ややぽっちゃりした彼女の顔が、ひどく不安げな表情を浮かべている。
「ミーシャ様、なにかお飲み物を……その、どうかお気を確かに」
「えぇ、大丈夫よ。……ただ、その――できればでよかったんだけど……どうせならシオニア様みたいな人がよかったなぁ、って……」
 ぽつりと呟いた人物の名は、この大陸で西の雄とされる快活な王の名前だった。
 その名を、陽明王シオニア――『陽明王に捧ぐプレリュード』のメインヒーローであり、その明るい性格と勇気ある行動に、前世のミーシャはひどく惚れ込んでいた。
 グッズを買い集め、それを飾る祭壇を作り、キャラクターソングを何度も聞きこんだりもした。
 苦難に真正面から立ち向かい、艱難辛苦を乗り越えていく姿に、かつてのミーシャは何度も勇気をもらってきた。
「ミーシャ様は、シオニア王のような方がお好きだったのですか?」
「好きというか……わかっているわ。あの方はもう、二年前にご結婚なさったし――今更こんなことを言っても仕方がないのはわかってるんだけど……」
 この世界でのシオニアは、二年前にある国の姫君と結婚した。
 そのことについてはミーシャも知っているし、それについて残念だという感情も沸いてはこなかった。生まれてから十八年間カレアドナ王国の姫君として過ごしてきたこともあってか、王族が結婚するということの意味はよく理解している。
「お気持ちはお察しいたしますわ。誰だって、あの冷酷王と比べれば天の御使いのようなもの――かの寛大な陽明王がお相手ならばと嘆くお気持ちも、痛いほどよくわかります」
 どうやらエメルダは、ミーシャがひたすらザウルに恐怖していると思い込んでいるようだった。
 前世の話をしても理解をしてくれる人などはいないし、幼い頃から自分を気にかけてくれたエメルダをこれ以上不安な気持ちにさせたくはない。
 彼女が淹れてくれた温かいお茶をのんだミーシャは、深く息を吐いて目を閉じた。
(こんな時、ゲームのヒロインだったら……きっとザウルとの結婚も、しっかり自分の中で納得がいくようにするんだろうけど)
 ミーシャは小国の姫であって、異世界から召喚されたゲームのヒロインではない。
 だが、前世で何度もこの世界を旅した記憶が、ミーシャにそんな考え方をさせるようになっていた。
 ゲームのヒロインならどうするだろう。
 気が強くて行動力がある彼女なら、あるいはザウルと仲良くなれるかもしれない。
(でも、わたしは……? ザウル王がどんな見た目をしているかは知ってるけど、彼を攻略したことなんて何回かしか――結局攻略サイトを見て、やっとグッドエンドにたどり着いたけど――)
 かつてのミーシャにとって、それは全てのルートを踏破したいがために行った作業に等しかった。それほど推していたキャラでもないからか、どうやって攻略したかの記憶もあいまいだ。
「結婚……結婚ということは、もうこの国には帰ってこれないってことよね」
 ぽつりと呟いた言葉に、エメルダも眉尻を下げる。
 ミーシャは彼の国の王妃となるべく嫁ぐのだ。たとえ死んだとしても、二度と母国へ戻ってくることはできない。
 それを知っているエメルダは、なにも言わずに小さく頷いた。
 それを見たミーシャは、懸命に笑顔を作って彼女に笑いかける。
「ねぇ、エメルダ――クリスティアと文通していた時の手紙はまだ残っている? ほら、乳母のメイリーンが届けてくれた……」
「えぇ、残っておりますよ。メイリーンが王宮を辞す前に、やり取りした手紙のすべてをまとめて行ってくれました」
「よかった……私物はあまり持っていけないかもしれないけれど、あの手紙だけはなんとか持っていけないかしら? 全部が難しいなら、一部でもいいわ」
 幼い頃から王宮の奥深くで育てられてきたミーシャには、エメルダの他に乳母が付けられていた。
 病を得て王宮を辞した乳母のメイリーンは、親にも気味悪がられた彼女を憐れんで、自分の親類である少女とこっそりと文通をさせてくれていたのだ。
「確認いたしますね。……こっそりでしたら、クリスティアからのお手紙を数通お荷物に忍ばせても問題はないと思いますよ」
 エメルダの言葉に、思わずほぅっと息が漏れた。
 文通相手のクリスティアは、メイリーンの親類の少女ということ以外何も知らされはしなかった。
 だが、手紙をやりとりした彼女はとても博識で、いつも優しかったのを覚えている。
(クリスティアは、今何をしているのかしら……メイリーンが王宮を辞めて随分経つけれど……)
 今となっては、文通相手の少女がなにをしているのかもわからない。
 けれど、折に触れて彼女の手紙はミーシャのことを励ましてくれた。きっとクリスティアに会うことはもうないと思うけれど、心の支えとして彼女の手紙を持っていくつもりだった。
「他に何か、お輿入れの際にお持ちになりたいものはございますか?」
 エメルダの問いかけに、ミーシャはゆっくりと首を振った。
 他に持っていきたいものなど、なにもない。およそ王女に与えられた部屋とは思えぬほどに質素な部屋を見回してから、できるだけ明るい声を出した。
「荷物が多くても大変なだけだわ。それに、アーヴァルシア王国に嫁げば大体のものはそろっているだろうし……あとは大丈夫」
 なにか言いたげなエメルダだったが、ミーシャがそう言うとそれ以上はなにも言わなかった。
 そして一年後、ミーシャはアーヴァルシア王国の王妃となるべく母国を発った。
 侍女のエメルダとともに馬車に乗り込んだミーシャは、長らく暮らしていた王城が遠ざかっていくのを眺めながらぼんやりと考え事をしていた。
(この一年……お兄様やお姉様がやけに優しくてびっくりしたけど――まぁ、アーヴァルシア王国との繋がりができて、かなり国庫が潤ってきたみたいだし……)
 これまでミーシャは、訳の分からないことを言い出す不気味な妹として、兄姉たちからも距離をとられていた。
 今ではすっかりミーシャもその態度に慣れてしまっていたのだが、ザウル王に嫁ぐと決まったその瞬間から姉はやけに優しくなり、兄は何度も贈り物をしてくれた。
 彼らなりに、冷酷王に嫁ぐ妹のことを気遣ってはくれたらしい。私物はほとんど持って行かないつもりだったのが、姉姫が選んだ指輪や兄王子が送ってくれた短剣などが荷物の中に紛れ込んでいる。
(短剣って……なにかあったらこれでザウル王を倒せってことじゃないわよね……?)
 おそらくはお守り、または護身用の短剣ではあるのかもしれないが、一瞬ヒヤッとしたのは内緒だ。
 馬車は数日掛けてアーヴァルシア王国の王都へと向かうが、その道中は至極穏やかなものだった。街道が整備されており、国境付近でも非常に治安がいい。
「アーヴァルシア王国では、各関所に国王直属の執務官が置かれていると聞きます。彼らは国王への絶対的な忠誠を誓っている人間で――恐らくは、国境の治安がいいのもそのせいなのでしょう。野盗などが出ても、ほとんどが即時討伐されるらしいですよ」
「そ、そうなの……でも、この辺りに住んでいる人達は安心よね。すぐに国軍が出動してくれるって思ったら、商人たちだって行き来がしやすいわ」
 数年前に国王として即位したザウルは、まず身の回りの徹底的な粛清と交通要所の整備を始めたのだという。
 そのおかげもあって、アーヴァルシア王国には商人たちが集うようになった。道中で盗賊に襲われたりすることがほとんどなくなったため、大商会の商談なども必然的に増えることとなり――結果としてその国力を底上げすることになったのだ。
(ザウルって、どんな王様だったっけ……ゲームの中では彼の人間性にはかなり焦点が当てられていたけど、どうやって王様になったとか、国がどうとかっていうのはあんまり触れられていなかったような……)
 おぼろげな記憶をたどるミーシャは、そこでふと気が付いた。
 そもそもザウルは、世界に降りかかる災厄を一人でなんとかしようと奮闘し、ゲームの主人公たちの前に立ちはだかる。
 そこで描かれていたのは、どこか純粋すぎる、理想を追い求めながらも力及ばずに破滅へと向かう彼の姿だった。
 国王としてどう振る舞い、民にどう思われていたのか――そんな部分は、ゲームではほとんど描かれていなかった。
(意外と、王様としてはちゃんとしてる人なのかな……)
 王都の街道も人々の声でにぎわっており、豪奢な馬車が通るたびに歓声が上がる。
 本来高貴な立場の人間は窓から顔を出してはならないが、ミーシャはちらりとその様子を覗き見た。
「この街は――子どもたちが一人で出歩けるほど、治安がいい街なのね」
「そういえばそうですね……街並みも清潔ですし、これがかの冷酷王の国だとは……」
 ミーシャが思った以上に、アーヴァルシア王国は栄えているようだった。
 母国と比べると規模が大きいのはもちろんだが、町中が明るく清潔だ。子どもたちが走り回っているのを見ると、とても治安がいいのだろう。
「ミーシャ様、もうすぐ王城に到着いたしますよ――ご用意はよろしいですか?」
「え、えぇ……大丈夫よ。いくらなんでも、馬車を降りた途端に首を斬られるなんてことはないでしょう?」
 とはいえ、相手はあの冷酷王ザウルだ。
 兄三人を次々と退け、実力で王位についた話はミーシャも聞いたことがある。
 そこから先はどこまでが噂でどこからが真実かはわからなかったが、いくらなんでも彼がそこまで短気とは思えなかった。
 三頭立ての馬車はやがて王城の門を潜り抜け、絢爛豪華なアーヴァルシア城の中へと吸い込まれていく。到着が目前となるにつれて、ミーシャは自分の胸が早鐘を打つのを感じていた。
(だ、大丈夫だよね? ゲームの中でも、気難しい性格ではあるけどいきなり斬りかかってくるような人じゃなかったし……そもそも今の時間って、普通なら執務をしてるはず――)
 今回の婚姻は向こうからの申し出なのだし、そこまで気にする必要はないかもしれない。
 だが、生来のやや心配性な性格もあって、ザウルにまつわる恐ろしい噂を芋づる式に思い出してしまうのだ。
「ミーシャ様、お顔の色が……ど、どうかお気を確かに」
「大丈夫よ、大丈夫……きっと大丈夫」
 何度も自分にそう言い聞かせているうちに、はたと馬車の動きが止まった。
 ごくりと唾液を飲み干したミーシャの元に御者がやってきたのは、それからすぐのことだった。
「姫様、扉を開けてもよろしいですか?」
「…………えぇ」
 最後の方は、ほとんど消え入りそうな声になっていた。
 結婚が決まってからの一年間、何度も話は聞いていた。それに、実は数回ではあるがザウルとも手紙のやり取りだってしたことがある。
 開かれた扉から外に出て、御者の手を取る。
 すると、そこには数人の兵士と、官吏用の制服を着た若い男性が立っていた。
「……あれ?」
 その唇から小さな声が零れ落ちたのと、制服の男性が快活な笑顔を浮かべたのはほぼ同時だ。
「無事のご到着をお喜び申し上げます! いやはや、カレアドナからここまでの道中は大変だったでしょう! ささっ、どうぞどうぞこちらへ――」
「え、あのっ……え?」
 喜色満面でミーシャのことを出迎えてくれた若い男性が、ニコニコしながらこちらへ近づいてくる。
 だがそれは、記憶の中にあるザウルの顔とはまるで違っていた。
 となると、彼は迎えの従者かなにかだろうか。
 いきなり声を掛けられて絶句するミーシャに、目の前の青年はかまわず笑いかけてくる。
 見知らぬ男性にここまで軽々と声をかけられたことがないミーシャは、どうしたらいいものかとエメルダの方を振り向いた。
 すると、突如鋭い声が耳を打つ――今度は低くよく通る男性の声だった。
「おい、イェデス! 貴様……執務を放り出して逃走とはいい度胸だな」
 その声に、ミーシャはハッとして声を上げた。
 微かに棘を孕んだ低音が聞こえた方向へ顔を向けると、そこには銀髪を揺らした青年が立っている。
「だって陛下がいつまで経ってもいらっしゃらないから――」
「到着までには用意を終えると言ったはずだ! ……もういい。イェデス、貴様は下がれ……お前のせいでミーシャが困惑している」
 声の主は、まさしくミーシャの記憶にあるザウル・ド・アルヴァンシアその人だった。
 彼はつかつかと大股でもう一人の青年に近寄ると、心底呆れたような表情で溜息を吐いた。
「えー? オレも姫様ともっとお話したいですよぉ」
「阿呆か……ここは王都の社交場ではない。持ち場に戻れ、イェデス」
 低く命じるザウルに、イェデスと呼ばれた青年は不承不承といった様子でミーシャの側を離れた。
 別れ際、彼はちらりとこちらを見て深々と頭を下げてくる。
「姫様、陛下のことよろしくお願いしますね。こんなおっかない顔してますけど、こう見えて悪い人ではないので」
「は、はぁ……」
「イェデス! いい加減にしろ!」
 ザウルに一喝されたイェデスは、結局そのまま行ってしまった。
 残されたミーシャは、いきなり訪れた怒涛のような展開にただぽかんと口を開けて立っていることしかできない。
「……すまない。イェデスは俺の側近で、有能な男ではあるんだが――些か軽薄というか、他人との距離感が近いんだ」
 深く溜息をついたザウルが、ミーシャに向けて頭を下げた。
(……あれ? ザウルって、こんな風に誰かに謝ったりするっけ……?)
 記憶の中の彼はもっと傲岸な、悪く言えば居丈高な人物だったように思う。
 思わず黙り込んでしまったミーシャだったが、ザウルは無礼を咎めることはなかった。
 逆に、彼は申し訳なさそうに軽く頭を下げてくる。
「あぁ――自己紹介が遅れてすまない。……ザウル・ド・アルヴァンシアだ」
「あ、も、申し訳ございません……! ミーシャ・カレアドナです。その……突然のことに、少し驚いてしまって」
 ドレスの裾を摘まんでお辞儀をすると、頭上から小さく息が漏れるような音が聞こえてきた。
 許可を得て頭を上げると、目の前の冷酷王はひどく穏やかな表情を浮かべている。
「……だろうな。初めてアーヴァルシア城の城門をくぐる人間は、大体今のお前と同じような表情を浮かべている」
 口元に薄い笑みすら浮かべているザウルの姿は、知っている彼のものと比べるとかなり穏やかだった。
 ゲームの中では常にヒリヒリしたような空気を纏い、たった一人で戦い続けていた冷酷王。そんな彼が、こんな風に穏やかに微笑むことを知らなかった。
「自分がなんと呼称されているかくらいは知っている――なにも取って食うためにお前を求めたわけじゃない。安心してくれ」
「い、いえ……そんな……」
 クッと喉を鳴らして笑うザウルは、近くの兵士に命じてミーシャの荷物を馬車から降ろし始めた。
「すまないが、俺はこれから執務に戻る……部屋までは侍女が案内するから、まずはゆっくりと体を休めてくれ」
「その……お忙しいのに、わざわざありがとうございます」
「いや、礼には及ばない。俺としても一度、顔を見たいと思っていた」
 国王の執務が多岐にわたることはミーシャでも知っている。
 特に彼はまだ若い。補佐のための執務官を近くに置いてはいるが、その執務の多くを自らの手でこなしているという話は、母国にいた時から聞いたことがあった。
 それなのに、彼はわざわざミーシャの顔を見るためにここに来てくれたのだ。最初は驚いたが、その心遣いは素直にありがたい。
(なんだか、知ってるザウルとはちょっと違うみたいだけど……初見で殺されなくてよかった……)
 安堵と困惑が入り混じる複雑な気持ちになりながらも、執務に戻っていくザウルの背中を見送った。
 すると、すぐに侍女と思しき女性たちが数人やってきて、にこやかな笑みを向けてくる。
「ミーシャ様と、そのお付きの方ですね? お部屋まで案内いたしますので、どうぞこちらへ」
 母国の城と比べると、アーヴァルシア城は非常に広い。
 陽光が差し込む城の中は、多くの人々が行きかっているのにもかかわらず息苦しさを覚えることもなかった。
 これまで城の奥深くで暮らしていたミーシャにとっては、なにもかもが新鮮そのもの――はしたなくきょろきょろと周囲を眺めたくなる気持ちを抑えて、侍女たちの背中を追いかける。
 そうして宛がわれた部屋に到着すると、そこはとても美しい――翡翠をモチーフとした広々とした場所だった。
「こちらは代々、王妃となられるお方が住まうお部屋となります。すぐ隣がザウル様のお部屋となりますが、婚儀が終わるまで行き来をおこなうことはできませんのでご了承くださいませ」
 王妃のための部屋――宛がわれたその部屋の壁一枚向こうには、ザウルが寝起きをするための部屋があるという。
 その言葉に、ミーシャは改めて自分の立場を思い出した。
 これから数日の後、王都の大聖堂で婚儀が行われる。それが終われば、いよいよ自分はザウルの妻となるのだ。
(てっきり、もっとギスギスした感じになると思ってたけど……ゲームとはやっぱり色々違うみたい……)
 事実、結婚式までの数日間は驚くほどに穏やかなものだった。
 エメルダは式典の準備や城内の決まり事を覚えるのに忙しそうだったが、一方でミーシャはほとんどやることがない。
 時折差し入れとして、ザウルから甘いお菓子が届けられるのには驚いたが――かの冷酷王の膝元だということを忘れてしまいそうなほどに穏やかな日々を過ごし、ついに婚儀当日を迎えた。
 伝統にのっとったいくつかの儀式を終えたミーシャは、純白のドレスに着替え、白金のティアラを授けられた。
 先代の王妃が所有していたティアラは、この国の王妃となる人間に代々受け継がれるものだ。
(ついに、この日が……)
 司祭の前で婚礼の宣誓を述べ、神前での契約を終える。
 母国からも大使が訪れていたが、正直ミーシャはこの辺りの記憶がほとんどない。気が付いたら、ザウルの側で貴族たちの挨拶を聞いていた。
 ミーシャはただただ緊張していた。
 今までほとんど王宮の外に出たこともなく、公務らしい公務もほとんどしたことがない。対外的には体が弱く外に出られないということになっていたらしいが、その実はミーシャが突如訳の分からないことを言い出さないために、父王に公務への出席を禁じられていたからだった。
「ミーシャ様は大分お疲れのようですな。……陛下、そろそろお休みになられてはいかがでしょう?」
 出された食事にもほとんど手を付けられなかったミーシャを見て、近くで二人の様子を見守っていた宰相がそう声をかけてくる。
 ザウルからすれば父親のような年齢の宰相は、こちらに目配せをすると他の来客たちの話題と注目を上手く逸らしてくれた。
「あぁ――そうか。ではミーシャ、部屋に戻って休んでいるといい」
 こくりと頷いて、ザウルが侍女を呼んでくれた。
 そっと立ち上がってその場を辞そうとするミーシャを見つめて、彼は何度か目を瞬かせる。
「あの……ザ、ザウル様?」
「俺もすぐに向かう。まずはなにか、温かいものでも飲んで落ち着いてくれ」
 柔らかい声音でそう告げられると、ミーシャは余計に混乱してしまう。
 自分が知っているザウルと、目の前にいるザウルは果たして同一人物なのだろうか。顔の造形が似ている赤の他人、または影武者――そんな考えが、この数日間で何度も頭によぎっては消えていた。
「ありがとうございます。その……ザウル様も、ご無理はなさらず」
「あぁ、問題ない。この場は宰相が仕切っているからな」
 口元に緩やかな笑みを浮かべたザウルに頭を下げて、侍女とともに部屋に戻る。
 ここでようやく一息つけると思ったのだが――綺麗に整えられた髪が解かれたかと思うと、彼女たちはミーシャのドレスを脱がせて湯殿に連れて行こうとする。
「あ、あのっ……休んでいいって言われたのだけど……!」
「申し訳ございません、ミーシャ様。大変恐れ入りますが、休んでいる暇はございません!」
「これから体を清めていただき、ザウル様との初夜に臨んでいただきます。陛下がお戻りになるまでに、全てのご支度を終えねばなりませんので!」
「えっ、え――あのっ」
 ミーシャは思い出した。
 前世で見た、ベルトコンベアに乗せられて運ばれていく荷物のことを――まさしく今の自分はアレだ。
 侍女たちに服を脱がされ、湯殿でたっぷりのお湯を使って体を清められたと思ったら、その体にこれでもかと香油を塗りたくられる。
 当然だが、全年齢を対象にしたゲームの中でそういった描写は全くなかった。
 王女として褥での教育は受けてきたが、それもひどくぞんざいというか、相手に身を委ねれば問題ないというものだった。
(――ていうか、初夜ってことは……つまり、ザウルとそういうことをするってこと、よね……?)
 侍女たちの手でされるがままになっていたミーシャは、そこではたとそう思い至った。
 いや、今までだって漠然とそうなることは理解していたはずだ。嫁ぐ以上は子を作るのが王族の務めだと言われて育てられてきたし、その必要性も頭ではしっかりと理解できていた。
「……むり」
「え? あ。あの――ミーシャ様?」
「無理よ、わたし……だってザウルと、そ、その――」
 侍女たちによって体を磨き上げられて、ようやくその実感が沸いてきてしまった。
 ゲームの中では、ヒロインとキャラクターが両想いになってその物語が幕を閉じる。そこから先のことなんて当然描かれていない。
(こ、こんな時、ヒロインならどう考えるの? どの選択肢を選んだら――いいえ、そもそも選択肢なんてないし……!)
 この世界には、攻略本も攻略サイトも存在しない。
 ミーシャは画面の向こうのキャラクターに恋をする少女ではなく、現実にこの世界に存在している人間だ。
 つまり、これから自分は実際にザウルに抱かれることになる。そう認識してしまったら、頭の中が真っ白になってなにも考えられなくなってしまう。
「ミーシャ様、大丈夫ですよ。どうか落ち着いてくださいませ」
「すべて殿方にお任せしていればいいのです。ザウル様だって、寝室に剣を持ち込むほど無粋なお方ではありませんわ」
 侍女たちは、ミーシャがひたすらザウルを恐れていると思っているらしい。
 苦笑交じりに宥められて素肌にたっぷりと香油を塗りこまれたミーシャは、薄手のドレスを着せられて再び部屋へと戻された。
「エ、エメルダ……どうしましょう、わたし……い、今になって怖くなってきちゃって……」
 幼い頃から自分のことを見守っていてくれた侍女に助けを求めるが、彼女も小さく笑ってお茶のお代わりを注いでくれるばかりだ。
「お気持ちは痛いほどよくわかります。ですが、こればかりはわたくしも……とにかく、なるようになれという気持ちを持っていただくとしか……」
 申し訳なさそうに眉を下げるエメルダに、とうとうミーシャはなにも言えなくなってしまった。
(これなら、全然知らない人が相手って言われた方が気が楽よ……だって、ゲームの中のキャラクターとそんなこと……)
 夢なら覚めてくれ、と心から願うミーシャだったが、無情にも時は過ぎる。
 やがてザウルが部屋に戻ってくると、侍女たちはミーシャのことを隣室――つまりザウルの寝室へと案内した。
「あ、あの……失礼します……」
「あぁ、入ってくれ。――ずいぶん疲れ切った顔をしているが、大丈夫か?」
 なんとも言い難い気持ちを抱えたまま入室したミーシャに、ザウルは心配そうに眉を寄せた。まさか「あなたとの初夜が嫌です」と答えるわけにもいかないミーシャは、曖昧に微笑んで手近な椅子に腰かけた。
「少し疲れてしまったみたいで……その、申し訳ありません」
「お前が謝ることじゃない。人も多かったし、儀式というのはどれも疲れるものだ。……しかし、なんでそんな所に座っているんだ?」
 ほんの少しザウルから離れた場所に座っているミーシャに、彼は小さく首をかしげて尋ねてくる。
 部屋の中は王の寝所というだけあって十分に広い。
 わざわざ彼の側に近づくのもどうかと思っていたのだが、ザウルはそんな新妻に向けて小さく手招きをした。
「こっちに来るといい。……まだ俺が怖いか?」
「あ――い、いえ、怖いわけでは……」
 ふるふると首を振ったミーシャは、そっと立ち上がってほんの少しだけザウルに近づいた。寝台の上に腰かければいいと言われたのでそれに従うが、二人の間にはなんとも微妙な空気が流れていた。
(怖いっていうか……ザウルがどんな人なのか、どんどんわからなくなっていくのよね……)
 もしもゲームの中のザウルを知らなければ、恐らくミーシャは何事もなく彼に接することができていた。
 冷酷王などと呼ばれてはいるが、その実はとても優しい人なのだと思えていたのだろうが、どうしても前世の記憶がそれを邪魔してしまう。
(冷酷王ザウル……ゲーム中の彼は、その呼び名にふさわしいくらい冷たく、悲しいキャラクターだった――でも、今の彼は全然そんな感じはしないし……)
 考えれば考えるほどに混乱してしまう。
 だが、当のザウルはミーシャのそんな気持ちなどわかるはずもない。単純に緊張していると思ったのか、彼はそっと新妻の側に腰を下ろした。
「よく見てくれ」
「……え、と」
「丸腰だ。護身のために剣を置いてはいるが、なにも寝台の中に持ち込んだりはしない。なんだったら、触って確かめてみてくれてもいい」
 じっとこちらを見つめてくる緑色の瞳は、冬の冷たい海の色をしていた。まっすぐに視線を向けられると、なにもしていないのに申し訳ないような気持ちになってくる。
「存じて、おります。……ザウル様、もしかしてお酒を召されませんでしたか? あまりお酒には強くないのでしょう」
 触れて確かめろだなんて、ゲームの中の彼ならまず言わないだろう。
 そう思ってつい口にした言葉に、ザウルはきょとんとした表情を浮かべて目を丸くした。
「それほど飲んではいない。だが――不思議だな。酒に弱いことをお前に話したことがあったか?」
「えっ……あ、あの――どこかで耳にしたような……」
 そこまで口にして、ミーシャは内心で頭を抱えた。
 彼が酒に弱いという話は、今生では一度も聞いたことがない。確か前世の、ゲームのファンディスクで明らかになった情報だ。
 失言をしたと口元を押さえるミーシャに、ザウルは柔らかい笑みを向けた。
「そうか。……いや、お前に隠すようなことでもない。確かに俺は酒があまり得意じゃないし――むしろ醜態を見せる前でよかった」
 クツクツと喉を鳴らしながら、彼はそっとミーシャの肩を抱く。
 てっきり要らぬことを言うなと叱責されると思っていたミーシャは、突然のスキンシップに肩を跳ね上げた。
「っあ……」
「驚かせたのなら謝ろう。だが、触れなければ何もできない――恐ろしいとは思うが、少しだけ我慢をしてくれ」
 ミーシャの肩に腕を回したザウルは、その紅茶色の髪を一房持ち上げて指先に絡め始めた。
 弄うようなその仕草に、つい視線が釘付けになってしまう。
「ミーシャ」
 低く、色気のある声で名前を呼ばれる。
 軽く伏せられた深緑の瞳には、寒々しいような孤独も、自らを守るように纏う刺々しい雰囲気も感じられない。
 どき、と胸が高鳴るのを感じながら、ミーシャは掠れた声でその言葉に応える。
「は、はい――」
「悪いが、お前をこの部屋から逃がしてやることはできない。わかっているだろうが……初夜を終えねば、婚儀を終えたとは言えない」
 さざ波立つ心が、優しい声で鎮められていく。
 おそらくはザウルも、ミーシャがひどく混乱し怯えていることに気付いているのだろう。至極穏やかなその声を聞いていると、強張っていた体から少しずつ力が抜けてきた。
「俺はお前を傷つけない」
 短く、けれどはっきりとした宣誓の後で、そっと唇をついばまれた。
 柔らかく触れてくるその感覚に、ミーシャの体はふるりと小さな震えを覚える。
「ぁ、んん……っ、っふ、ぁ」
 ちゅ、ちゅ、と触れるだけのくちづけを繰り返してくるザウルに応えるように、ミーシャの唇からは小さな声が漏れた。
 なんのことはない、ただのキスのはずなのに――くすぐったいようなそのくちづけを繰り返されるたびに、どんどん体の奥が厚くなっていく。
「ザ、ザウルさま……」
 唇が離れると、ミーシャははぁっと深く息を吐いた。その吐息がやけに熱っぽくて、妙な気分になってしまう。
 ぎゅっと抱きしめられるとより強く彼の鼓動が伝わってきた。シャツの上から感じる彼の体温は思ったよりも熱く、鼓動は力強い。
 長い指先で紅茶色の髪をかき上げられ、二度目のくちづけを受け入れた。今度は先ほどとは違い、熱い彼の舌先が唇の合わせ目からゆっくりと潜り込んでくる。
「ん、ぅっ……ぁ、んんっ」
 歯列をなぞられて、そのまま口蓋や頬の裏側を丹念に愛撫される。
 触れるだけのくちづけよりも深く濃厚なそれに、ミーシャはくらくらと眩暈を覚えてしまっていた。
 触れ方は優しいのに、まるでミーシャの呼吸から感覚までを支配しているような、そんなくちづけ――体の内側がどんどん熱くなってくるのを感じていると、ゆっくりとその唇が離れていった。
「……まだ怖いか?」
 微かに掠れた声が耳元で聞こえてきて、ふるふると首を横に振る。
 ミーシャが思っていたほど、彼との触れ合いは恐ろしいものではない。生々しい皮膚の感覚や体温を感じるたびに、不安な気持ちが少しずつ払しょくされていく。
「怖く、ないです……あなたのことが、怖いわけじゃ……」
 ミーシャは決して、彼が理不尽に怒ったり、簡単に誰かを傷つけるような人間だとは思っていない。ただ、自分の知っている彼と目の前の彼の違いに混乱してしまうだけだ。
 だが、今は余計なことを考えている余裕などない。
 火照る体を軽く摺り寄せると、ザウルはさらに強くミーシャの体を抱きしめた。
「そうか。……お前にそう言ってもらえると、少し救われたような気持ちになる」
「え――あ、ぁっ……」
 その言葉を理解するより早く、ミーシャの体は軽やかに寝台へと押し倒された。
 覆いかぶさってくるザウルの目元はにわかに赤くなり、彼が多少なりとも高揚しているのが見て取れる。
「大体の人間は、俺のことを恐ろしい怪物のように思っているからな」
「それは――その、まぁ……」
「他人にどう思われようと知ったことではないが、お前には……お前だけには、俺のことを恐れずにいてほしい」
 そっと首筋に触れた唇は、はっとするほどに熱かった。
 ミーシャはその熱に思わず目を閉じたが、代わりに彼の背中にそっと手を回す。少なくとも、真摯に自分と向き合ってくれている彼を拒絶する気はない。
「大丈夫。……恐れません。わたしは、あなたの妻なので」
「そうか。お前の口からそう聞けると、安心する」
 小さく笑ったザウルは、軽くミーシャの頬にくちづけると柔らかい生地のドレスのリボンに触れる。
 長い指先は、まるで魔法のような鮮やかさでそれを解いてしまった。
「っ……ぁ、あの――灯りを消していただくことは、できませんか?」
「灯り? あぁ……」
 とっさに唇からこぼれた言葉に、ザウルが片眉を上げる。
 部屋の中はいくつかのランプで照らされている。
 昼間のように明るいわけではないが、お互いの体も表情もしっかり見えてしまうのだ。それが恥ずかしくて顔を背けると、ザウルは一度起き上がって手近な灯りを消してくれた。
「これで大丈夫か? 俺は割と夜目がきく方なんだが――お前はそれで怖くないのか」
「大丈夫、です。……その、今日は月が明るいので」
 窓から差し込む月光は、部屋の灯りを小さくしたことでより明るく、より玲瓏に輝いている。
(それに――ザウルには、なんだかこっちの方が似合うような……)
 温かいランプの光より、外から差し込む白い月明かりが似合う。
 どこか冷たさを帯びたような、あるいは静かに夜を照らすような――彼の銀髪に跳ね返るその光の美しさに、ミーシャは思わずほう、と息を吐いた。
「そうか。……あぁ、お前がいいなら俺は構わないが」
 そう頷いたザウルは、再び寝台に上がってミーシャのことを見下ろしてくる。
 今度はじっくりと、まるで観察するように見下ろされるものだから、ミーシャの方もどんどん頭の中に疑問符が浮かんできた。
「どうされましたか?」
「いや――ようやく実感が沸いた。この数日何度も、夢なのではないかと思っていたが」
 小さく笑ったザウルが、ほどけかかったミーシャのドレスのリボンをするりと引っ張った。完全に服が脱げ、心許ない下着があらわになる。
「んっ……」
「現実だな。ミーシャ――お前は、ここにいる」
 噛みしめるようなその言葉の後で、再び唇が塞がれた。
 柔らかく唇を食まれると、彼の手が素肌を這ってくる。薄い下着まで簡単に脱がせられたミーシャは、その手際の良さと与えられるキスにふるりと体を震わせた。
「ッあ、んっ――んぅっ」
 ちゅ、と音を立てて一瞬唇が離れたかと思うと、かすかに唾液で濡れた唇には彼の親指が押し寄せられる。
「ぁ……ぁむ、ぅ」
 軽く親指を押し込まれたので軽く食んでみると、ザウルは満足したように目元を綻ばせ、しばらくの間ミーシャの唇に触れていた。
「ん……んちゅ、ぅ」
「柔らかいな。爪を立てたら爆ぜるんじゃないかと心配になる」
「んむ……」
 いくらなんでもそれはない――そう反論しようとしたが、唇を指で押さえられているためにくぐもった声しか出てこなかった。
 やがてその柔らかい感触にも満足したのか、彼は月光に晒された白い裸体を今一度見下ろしてきた。
 暗がりの中で、ミーシャの白い肌は浮き出るように照らされている。
(そういえば――夜目がきく、って言ってたっけ……)
 先ほどの彼の言葉を思い出した瞬間、体が羞恥で一気に熱くなる。思わず晒された乳房を隠そうとしたが、俊敏なザウルの両手にそれを阻まれてしまった。
「や、ぁっ……!」
「隠すな。ちゃんと見せてくれ――ほら、傷一つない綺麗な体だ」
 そう言うと、彼は丸い乳房の先端にちゅっと唇を押しつけてきた。
 纏うもののない小さな蕾に触れられて、思わず体がびくんっと跳ねる。
「んぁ――っ、ぅ……」
 触れるだけではない。ザウルは唾液をたっぷりと纏わせた舌先で、にわかに尖り始めたその場所を丹念に舐め上げてきた。
「ッく、ふぁ……ッん、ぁ」
 途端に、ゾクゾクッ……と言い知れぬ感覚がせりあがってくる。
 触れられている場所がまるで火傷をしているのかのように熱を持ち、唇からはあえかな声が次々とこぼれ出した。
「ま、って――ぁ、あっ」
「待てない。……もう十分に待った。これ以上お預けを食らったら、俺は本当にどうにかなってしまう」
 低く色気を孕んだ声で呟いたザウルが、ぢゅっとその場所を強く吸い上げた。
 すると、もどかしくくすぐるようだった刺激が途端に鋭敏になる。
「ふぁ、あっ……! や、ぁあんっ」
 ほんの少し触れられただけ。それなのに、自分の体がまるで言うことを聞いてくれない――ミーシャはぎゅっとシーツを掴んで快感に耐えようとしたが、芽生え始めた愉悦はなかなか収まってはくれない。
「怖がらなくていい。大丈夫――お前を傷つけたりはしないから」
 先ほどと同じ言葉なのに、声には確かに熱が込められている。
 これが本当にあの冷酷王なのかと思うほどに優しい声が、鼓膜を犯しているようだった。
「恐ろしいなら、なにもしなくていい。だが、どうか拒まないでくれ……ミーシャ」
「ぁ、んんっ……」
 深く吐き出された息の後で、大きな手のひらがミーシャの柔らかい乳房を覆う。
 少し乾いた手のひらが勃ち上がってきた乳首に触れるだけでも悦かったが、やがてその手のひらでぐにぐにと乳房全体を揉みこまれる。
「あ、んぁっ――や、これっ……」
「痛くないか? 力は加減しているつもりだが、あまり女体に触るのに慣れていない」
 痛みはなかったので、ミーシャは何度か首を横に振った。
 確かにザウルは力を加減してくれているのだろう――だが、そのせいで余計に体がもどかしく熱を宿す。
 下腹部の辺りには熱っぽいような疼きを感じて、ミーシャはもじもじと足を擦り合わせていた。
「こちらにも触れるぞ。……多少濡れているようだから、あまり心配はしていないが」
「そん、ぁっ……! や、待って、ザウルッ……!」
 ひゅ、と喉が鳴ったのと同時に、秘された割れ目にザウルの長い指先が押し当てられた。
 微かに潤んだその場所を指先でそっとなぞり上げられると、胸を触られるのとはまた違った感覚が波のように押し寄せてくる。
「いいな――悲鳴じみた声なのに、自分の名を呼ばれていると思うと高揚する。女を痛めつけて喜ぶような外道になり果てた覚えはないが……」
 くち、と音を立てて淫裂に触れられて、ミーシャは再び高い声を上げた。
 痛いわけでも苦しいわけでもない。むしろその逆で、触れられると胸の奥がざわめくような感覚を覚えてしまう。
「お前の声に、どうしようもなく昂ってしまう」
「っあ……!」
 すり、と秘裂をなぞり上げられて、ミーシャの体はぶるりと大きく震えた。
 前世なら、付き合ったことがある男性はそれなりにいた――だが、今のミーシャにとってこの行為は未知そのものだ。知識としてしか知り得なかった感覚をもたらされて、頭の中が真っ白になる。
「んぁ、やっ……」
「触れると溢れてくるな。……だが、これではまだ苦しいだろう。少し慣らすから、我慢してくれ」
「え、ぁ、あの――ザウル、さま……?」
 ばさりと音を立てて上着を脱いだザウルは、妖艶に目を細めて笑うばかりだ。
 シャツの下からしっかりと鍛えられた体があらわになると、ミーシャの視線はその肉体に釘付けになった。
 肌は色白く、しっかりと筋肉はついていたが――うっすらと、肌の上に傷痕が走っている。
「あ……ザウル様、その傷は……」
「あぁ、子どもの頃に負ったものだ。今はもう塞がっているが、痕が消えなくてな」
 肩口の傷痕はそれなりに大きいものだ。成長した彼の体でもそれほど大きいのなら、子どもの頃にどれほどの大怪我を負ったのか――思わずミーシャは、体を起こして彼の傷痕に手を添えた。
「こんなに大きな傷……い、痛かったですよね。子どもの頃にって仰っていましたけど……」
「もう痛くない。だが、なんだ……お前に触れられるとくすぐったいな。そこだけ少し皮膚が薄いから、感覚が鋭いのかもしれない」
 クッと喉を鳴らしたザウルに手を取られて、そのまま抱き寄せられる。
 手のひらで彼の胸に触れるような形になると、力強い脈動が肌の上から伝わってきた。
「もっと触れてみるか? 傷痕だけじゃなくて、この身体の隅々まで」
「そ――そんな、あのっ」
 ――ザウルって、こんなこと言うようなキャラだったっけ。
 最早前世の記憶を頼れるだけの余裕もない。再び寝台に転がされたミーシャは、高鳴る胸をなんとか抑えつけてごくっと唾を飲み込んだ。
「冗談だ。だが――いずれは慣れてもらわないと困るな。これでも一応、お前の夫の体なのだから」
「それは……そう、ですけど」
 薄い傷跡以外は、まったく美しい肉体だ。月明かりに照らされると、肌のしっとりとした質感と陰影が描き出す筋肉がよく映える。
「もう少しお前に触れてもいいか? あまり我慢させられると、後から抑えが利かなくなりそうなんだが」
「……はい」
 諦めたようにこくんと頷くと、またザウルが笑った。
(本当に別人みたい……主人公の前では、ほとんど笑ったりすることなんてなかったのに)
 それが、ミーシャの前で彼はよく笑う。
 大口を開けて快活に笑うような人ではないのはわかっているが、ふとした時に見せるほころんだ表情が、強く心を揺さぶってきた。
「慣らさないと、お前が辛い思いをするだけだ。……このまま触れるぞ」
 そう言うと、ザウルは寝転んだミーシャの膝を立て、その間に体を割り込ませてくる。
「んっ……」
 先ほどと同じように、指先で秘裂をなぞり――にわかに溢れ出てきた淫蜜を掬い上げると、彼はぐっと身をかがめる。
「っあ、ぁっ……!」
 ぢゅる、と水っぽい音が聞こえてきたのはその時だった。
 それと同時に、なんともいない感覚が腰のあたりから湧き上がる。
「ザ、ザウルさまっ?」
 あろうことか、ザウルはミーシャの秘された場所を舌先で愛撫し、こぼれる蜜を啜り上げている――驚きに声を上げたミーシャだったが、次の瞬間には大人しくなっていた身体中の熱が一気にぶり返してきた。
「んぁ、ぁあっ……! や、ぁっ」
 ヒクつき始めた淫裂を舌先で優しく愛撫され、下腹部がわななく。
 にわかに頭をもたげ始めた快感に身悶えするミーシャだったが、ザウルの逞しい腕は彼女のことをしっかりと捕らえて離さなかった。
「まっ、あ……ンぁ、あっ……だめ、ぇっ……」
 そんなところに唇を押しつけられ、丁寧に愛撫されるだなんて思っていなかった――ミーシャはふるふると首を何度か横に振ったが、それで責めが止まるわけではない。
「駄目だ――俺から逃げるな」
「ッんぃ、……ひぁ、あ、んっ」
 くぐもった声が、足の間から聞こえてくる。
 微かに吐き出された息が吹きかけられて、それだけでも恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなのに、時折聞こえるぢゅるぢゅるという音に鼓膜を嬲られる。
「んぁ、っ……や、だめ、ぇ……」
 言葉とは裏腹に声は期待でどうしようもなく上ずっている。
 丹念な舌遣いで蜜口をなぞられるたびに、甘く逃れがたい熱がミーシャを苛んだ。
「っふ、ぁ……」
「多少は慣れてきたか? 痛みがあるなら教えてくれ」
「ん、ぁうっ……ない、ないです、ぅっ」
 舌先に代わり、くぷっと音を立てて挿入された指先が、内側に残る熱い蜜を絡めて奥へと進む。
 異物感こそあれ、痛みはなかった。既に限界まで高められた体は従順で、長い指先が軽く動くたびに快感を伝えてくる。
「あ、ぁんっ……ッあ、くぅっ」
 そろそろと、悦い場所を探り当てるかのようなザウルの触れ方に、頭の中がめちゃくちゃになりそうだった。
 内側に触れられ、あられもない声を上げるたび、なにも考えられなくなってしまう。
「もう少し、我慢できるな? お前を苦しめたくないんだ」
 柔らかい口調ではあったが、ザウルの声には反論を許さない響きがあった。
 そこだけはゲームと同じ――そんなことを考えているうちに、膣内を攪拌する指先が二本に増えた。
「ッう、んんっ……」
 やはり痛みはない。
 そこは彼の丹念な愛撫のおかげだったが、バラバラと全く違う動きで膣内をまさぐられると自然と腰が揺れてしまう。
「あ、ぁっ……ザウル様、ぁっ」
 助けを求めるように彼の名を呼びながら顔を上げると、じっとこちらを見下ろすザウルと目が遭った。
 深い緑色の瞳は常に冷静だったが、今は隠しきれない情欲の火がともっている。
「ミーシャ」
 艶めいた声で名前を呼ばれると、もう駄目だ。
 今ここで、自分のことを滅茶苦茶にしてほしい――そんな淫らな願望が、一気にミーシャの内側を染め上げていく。
「お前を奪うぞ」
 熱を帯びた言葉に、いつしかミーシャは頷いていた。
 膣内をかき混ぜる指先がくぷっと引き抜かれると、思わず物欲しげな声が漏れてしまう。
「っぁ……」
 もどかしい熱に体を苛まれて、ミーシャは震える息を吐いた。
 すると、ザウルはそんな妻を宥めるようにそっと頭を撫でてくれる。
「そのまま、力を抜いていてくれ。恐らく、最初は苦しいばかりだと思うが」
 そう言って、彼は下穿きを緩め、窮屈そうにおさまっていた雄杭を取り出してきた。
 思わずその一部始終を凝視してしまったミーシャは、それを心から後悔する――視界に入ったそれは、ミーシャが考えていたものよりも随分凶悪な造形をしているように思う。
「……無理」
 ぽつりと呟いたその言葉も、思っていたより大きく部屋に響いた。
 一瞬ザウルが動きを止めてこちらを見つめてきたので、しばし二人の間に沈黙が漂う。
「無理です、それ……は、入りません」
「入らないということはないと思うが……大丈夫だ。時間はかかるかもしれないが――」
 ふ、と息を吐いたザウルが、完全に勃ち上がった肉楔を足の間に擦りつけてくる。
 火傷してしまいそうなほどに熱いその質感に、思わず腰が跳ねた。
「んぅっ……」
 蜜で濡れそぼった淫裂に猛ったものを擦りつけらると、ぐちぐちと水っぽい音が鼓膜を犯す。
 音だけでも十分に羞恥を煽ってきたが、怖がる妻を落ち着けようというのか、ザウルは何度もその肌の上に唇を落としてきた。
「ぁ、あっ……やぁ、んっ」
 彼に触れている場所が、ぐずぐずと蕩けてしまいそうだ。
 ぬちぬちと淫らな音を立てる蜜口から、徐々に主張を始めて敏感になりつつある淫芽までを肉幹でなぞり上げられて、次第に淫らな熱がぶり返してくる。
「っは、ン……」
 鼻にかかった甘ったるい息を吐きだしているのは、本当に自分なんだろうか――そんなことをぼんやりと考えているうちに、円い先端がぐぷっと小さな蜜口から押し入ってきた。
「あ、っ……んぁっ、く、ぅうっ……!」
 獣のように唸る、低い声が聞こえた。
 凶悪と形容できるほどに長大な雄杭で蜜路を踏み荒らそうとするザウルは、これでもかというほどゆっくりと、なるべくミーシャに負担を掛けまいと腰を進めてくる。
 そのおかげか、破瓜の瞬間は思ったよりも痛みがなかった。全くそれを感じないわけではないが、まだ耐えられる――ぎゅっと唇を噛み締めると、ザウルはぐっと腰を進めて目蓋に唇を落としてきた。
「ぁ、ザ、ザウル様……」
「もう少しだけ耐えてくれ。――こういう時、どうしても男はその辛さがわからないものだ」
 深い色の瞳を陰らせるザウルの表情に、胸の奥が鷲掴みにされたような気持ちになる。
 こんなに必死な表情を浮かべる人だなんて知らなかった。
 彼がそれほど懸命に自分を求めてくれていると思うと、下腹部に灯った熱がじわじわと広がってくるような気さえする。
「だい、じょうぶ、です。あの……す、少しくらいなら、動いても……」
 情けなく震えた呼吸交じりの言葉で、懸命にそう伝える――すると、それまで張り詰めていたザウルの表情がふっとほころんだ。
「そうか。……少しずつ動くが、無理はするな」
「は、はい……っあ、んんっ」
 言葉通り、抽送はかなり緩慢に繰り返された。
 負担を掛けないようにという心遣いなのか、彼は一度肉幹をギリギリまで引き抜くと、浅い位置で慣らすように腰を動かしてくる。
「ん、ぁっ、ぁあ、ッふ……」
 先ほどたっぷりと指で嬲られたその場所は、奥と比べると圧迫感も少ない。
 それと同時に、柔らかく揺れる乳房も触れてもらった。少しずつ快感を拾えるようになってきた体は、二つの異なる刺激を次第に強く求め始める。
(お腹のところ、むずむずする……)
 インクが滲むように、思考がぼんやりと広がっていく。
 もどかしいのはザウルの方も同じのようで、白い肌にじわりと汗を浮かべたまま、彼は何度か腰を動かし、ミーシャの肌に吸い付いた。
「ッふ、ぁあ……ぁ、ザウル様――」
 もっと、と口に出してしまったら、一体どうなるんだろう。
 自分がめちゃくちゃになるまで彼に求められているところを想像すると、きゅう、と蜜壺が収斂する。
「く、っ……」
 切なげに眉を寄せたザウルが、徐々にその律動を強めてくる――より深い場所を、より強く穿たれるようになってくると、ミーシャも痛みより快感を強く覚えるようになってきた。
 ずぷずぷと深い場所を突き上げてくる感覚は、切ないほどに重い。
 微かに濡れた唇が、乳房や鎖骨を這い、時折戯れるように吸い付いてくる。
「ミーシャ――俺の、ミーシャ」
 ちゅ、ちゅ、と肌に吸い付きながら、熱に浮かされたような声でザウルが囁く。
 吐息が肌の上を滑ってくすぐったかったが、今のミーシャにとってはそれも快楽として置き換わってしまう。
「んぁっ、ぁ――も、ッん……」
 体格に勝るザウルにしっかりと体を絡めとられ、何度もキスをされながら抱き伏せられる――深い場所をぐぷっと突き上げられるごとに、自分でも聞いたことがないような声が唇からこぼれ出してきた。
「やぁっ、ぁ、んんっ……ぁ、あんっ」
 奥を突き穿たれて、あえかな声が漏れる。
 蕩けた媚肉は刺激を受けるたびにいじらしく蠕動して、より奥へとザウルのことを誘っているようでもあった。
「んぅっ、ぁ――ッは、ぁっ……」
 少しずつ早く、重くなっていく抽送に、ミーシャはたまらず眉を寄せ、虚空に腕を伸ばした。
 するとその指先をザウルが捕らえる。
 ほっそりとした白い指を、にわかに赤く染まったザウルの唇が柔らかく食んだ。
「ッ、ぅ……!」
 ぞくっ、と体が震えるのとともに、なんとも言えない感覚が体の内側から湧き上がってきた。
 逃れがたい熱が思い切り爆ぜるような感覚に、頭の中が真っ白になっていく。
「ッあ、あ……! んぁあっ……」
 ぎゅうっ、と強く膣窟が収斂したかと思うと、ザウルが震える息を吐いて強く腰を打ちつけてきた。収斂する胎内を踏み荒らすような抽送は、先ほどの丁寧なそれとは比べ物にならないほどに荒々しい。
「んっ、あ、ぁっ……」
 突き上げられるたびに柔らかい乳房が跳ね、その先端を軽く摘ままれると痺れるような快楽がせりあがってくる。
 極限まで高められた熱はザウルの抽送によって爆ぜ、ミーシャは何度も甘い絶頂を極めることになった。
「っふ、ぁ――ぁっ、く、ぅんっ……ザウル、ぅっ」
 忘我の極地に押し上げられるたび、強烈な愉悦がミーシャの体に襲い掛かってくる。
 なにも考えられないほど強く、激しく求められ、うわごとのようにザウルの名を何度も呼び続けた。
 名を呼ぶごとに強く繰り返されるピストンはミーシャの弱い場所を徹底的に刺激しつくし、何度目かもわからない快感の極みに押し上げられ、蜜壺がぎゅっと強くわなないた。
「は……っ」
 低い声が鼓膜を揺さぶるのと、ザウルが身震いをしたのはほぼ同時だ。
 一拍遅れて、熱い奔流が勢いよく流し込まれる――その鮮烈な感覚にすら感じてしまって身震いをすると、ザウルは凄艶な笑みを口元に浮かべ、それからきつく体を抱きしめてきた。
「やっと、お前のことを――」
 切なげに囁かれた言葉の意味は、ついぞ聞き取ることができなかった。
 緊張と疲労、そして繰り返された絶頂の疲労感に襲われたミーシャは、そのままふっつりと意識を途絶えさせたのだった。

第二章

「……やっぱり、思ってたのと違う」
 穏やかな日差しが降り注ぐ私室の中、ミーシャは神妙な面持ちでそう呟いた。
 王妃としてアーヴァルシア王国に嫁いできて数日。無事に結婚式を終えたミーシャとザウルは、波風のない平穏な毎日を過ごしていた。
「思っていたこと、ですか?」
「だ、だって……ザウル様ったら、もっとこうピリピリしてるっていうか――言葉は悪いけど、怖い人だって思っていたから」
 侍女のエメルダにお茶を淹れてもらいながら、ミーシャは何度もここ数日の記憶を思い返した。
 やっぱり、前世の記憶と今のザウルがどうしても一致しない。むしろ顔だけそっくりな全くの別人だと言ってくれた方がまだ信じられる。
「一緒に食事をする時も、すごく気にかけてくれるし……なんか、思ってた『冷酷王』とはかなり……」
「た、確かにそうですねぇ。私も最初は驚きました。でも、異名通り本当に冷酷な方よりはずっといいのではありませんか? 気にかけてくれているということは、それだけザウル王がミーシャ様を愛しておられるということですよ」
 エメルダの言っていることも、確かに理解はできる。
 恐らく、自分はザウルに愛されている――そう実感できるほど、彼は優しかった。
 一日の終わりに今日あったことを話すと嬉しそうに目を細めるし、共に寝る時はいつも幸せそうだった。
 これが本当にあの『冷酷王』と名高い男なのか――前世の記憶と合わせてみてもやっぱり同一人物とは思えない。
「それに、せっかくの新婚なのですから。仲が睦まじいに越したことはありませんよ」
「そうね……うん、わかってはいるんだけど」
「きっと、ザウル王も嬉しいのではないでしょうか? ミーシャ様はお輿入れなさってから、しっかりとご自分の役目を全うしておられます。かの王はとてもまじめな方ともお聞きしますから、そういった点でもミーシャ様を評価しておられるのでは?」
 ミーシャも王妃として、慣れないながらも毎日の公務にいそしんでいる。
 王妃の仕事は国政に関わるということよりも、福祉や医療分野のものが多い。いくつかは嫁入り前に勉強してきたものの、それでも毎日教師についてもらったり文献を読み漁ったりしながら少しずつできることを増やしてきた。
「そうかしら……普段からちゃんと公務に出ていたら、今こうして苦労することもなかったんだろうけど――」
 とはいえ、母国でのミーシャはほとんど外にすら出してもらえないような有様だった。
 王妃の仕事は大変だが、同時にかなりやりがいもある。不慣れながらも、与えられた役割はしっかりとこなしていきたかった。
「そうだ……よかったら、今度イェデス様をお招きしてお話を聞いてみればどうですか?」
「イェデス様――えぇと、確かザウル様の補佐官をなさっている……」
 うら寂しい王宮の奥での暮らしから一転し、ミーシャの周りには人が増えている。言われた名前に該当する人物を頭の中から探し当てるのに少し時間がかかったが、ふと脳内の人物録に思い当たる人物がいた。
「そうです。覚えていらっしゃいますか? この国にミーシャ様が到着された時、ザウル様よりも先にご挨拶をされた――」
 覚えているというか、イェデスに関する記憶のほとんどがそれだ。
 最初は驚いたものの、後から聞いたところによると彼は非常に優秀な補佐官で、ザウルからの信頼も厚いという。
(確かに、執務をしてる時のザウルはわたしもよく知らないし……ていうか、そもそもイェデスなんてキャラクター、ゲームで出てきたこともないし……)
 登場人物を逐一ノートにまとめて攻略データを取っていた前世の記憶を駆使しても、イェデスというキャラクターに覚えはない。
(お父様とお母様も、ゲームには名前すら出てこないし……そういうこともあるのよね。ゲームの中では、この世界のすべてを語ることなんてできないし)
 執務中に呼び出してしまうのは申し訳なかったが、一度執務中のザウルの話を聞いてみたい。彼は一体どうして自分にこれほどよくしてくれるのか――あるいは、冷酷王などという恐ろしい異名自体がなにかの間違いなのか。
 普段自分が見ることができないザウルの一面を知る人から、話を聞いてみたかった。
「覚えているわ。……そうね、一度イェデス様とお話をしてみたいわ。彼の時間がある時で構わないから、いつかお茶にお誘いできるかしら」
「かしこまりました。それでは、イェデス様にお時間をうかがっておきますね」
 にこやかに頭を下げたエメルダに礼を言って、ミーシャは入れてもらったお茶を飲み干した。
 国王の補佐官なのだから、きっと彼は相応に忙しいはず。
 こちらが時間を合わせるとはいえ、イェデスと会えるのは数日後になるだろう――そう思っていたミーシャだったが、彼は翌日、あっという間に王妃との謁見を約束してくれた。
「いやぁ、王妃様自らオレに御用だなんて恐悦至極! 麗しの王妃様のためでしたら、徹夜してでも時間を空けますよぉ」
「は、はぁ……」
 ザウルの執務が始まってほんの少ししか経っていないのに、イェデスは自分に与えられた仕事を大半片付けてきたのだという。
 驚くべき処理速度と気さくな――些か気さくすぎる口調に気圧されるミーシャだったが、彼はぺらぺらと軽快に喋り続ける。
「それで、オレにお聞きしたいことっていうのはなんでしょう? これでも情報収集は色々気を使ってましてね……貴族と侍女の禁断の恋から、明日の食堂のメニューまでなんでもお聞きください!」
「あ、あの……聞きたいことは、禁断の恋でも食堂のメニューでもなくて……」
 それはそれで気になるところではあるが、ここで話を脱線させたらなかなか戻ってこられない気がする。
 ちらりとイェデスの方を見ると、明るい髪色をした補佐官はにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、ザウル様のことですかね?」
 こちらの考えを見透かしたように笑ったイェデスに、ミーシャはこくりと頷いた。
 おそらくは彼も、ミーシャがなにを聞きたいのかを分かっていてここに来てくれたのだろう。
「ザウル様がどういう方なのか、……どうして冷酷王なんていう名前で呼ばれているのか、それがわからなくて。だってあの方は――」
「王妃様にはとても優しい。……物騒なあだ名がまるで嘘のように、あの方はあなたをとても慈しんでいる」
 一つ一つ言葉を選ぶミーシャに、イェデスはゆっくりと頷いた。
 エメルダにお願いして二人分のお茶を淹れてもらいながら、彼女はとても慎重にイェデスのことを観察する。そもそも彼がどんな人なのかもわからないのだ。
(ゲームだと、こういう人に限って後で裏切ったりするのよね……いや、でも案外普通にお助けキャラ……?)
 こういう時、ゲームのヒロインならばどんな風に彼と接するだろう――そう考えながら、ミーシャはイェデスの言葉を待った。
「そうですねぇ、オレから見ても最近の陛下は大分落ち着いてらっしゃいますよ。俺のことを側近に登用してくださった時は、今よりもっとピリピリしてて……こう、抜身の剣みたいと言いますか」
「そ、そうなんですか?」
 抜身の剣――そう言われて思い出したのは、ゲームの中で見たザウルの姿だ。どちらかと言えばその姿の方が、前世から知っている彼の姿に近い。
「自分の話をしますとね、オレは元々名前ばっかりの貧乏貴族の出身で、間違っても王様の補佐官になれるような立場の人間じゃないんですよ。この国はちょっと前まで、個人の能力よりも家の力がモノを言ってましたからね」
 そういう話は、この世界の国ならばどこにでも転がっている。
 国王が力を持つ国というのは得てしてそうなりやすい。ミーシャが育ったカレアドナ王国でも、平民は一定以上の官職につくことはできず、要職は貴族が独占していた。
「わかります。わたしの国でもそうでした……一定水準以上の教育を受けられるのは、やはり貴族ということになるので、仕方がないとは思いますが」
「えぇ、そうなんですよね。教育の拡充さえできれば、家にとらわれずに有能な人材を採用することができる――そこは陛下も、王妃様とお考えが同じみたいですよ」
 ニコッと笑われて、なんだか照れ臭いような気持ちになる。
 というか、ザウルも同じことを考えていたというのが素直に驚きだ。
「陛下は徹底した実力主義です。ご自身の過去のこともあるんでしょうけど、基本的に古株の貴族のことは信用してません。よく言ってますよ――忠誠心だけしか取り柄がない無能を取り立てるより、野心を持った有能な人間を登用する方が国が栄える、って」
「それは……言っていることはわかりますけど、国王がそんなこと言っちゃっていいんですか?」
「ねぇ、そう思うでしょう? でも、本人は至極本気で言ってるんですよ。ご自分の兄が三人、その無能な奴らに殺されたみたいなもんですからねぇ」
 焼きたてのクッキーを齧りながらそんなことを言い出したイェデスに、ミーシャははっと目を見開いた。
 ――ザウルの、三人の兄。
 それは確か、彼が冷酷王と呼ばれる所以となった事件のはずだ。
「え、えぇと……ザウル様のお兄様って、それはつまり……」
「巷では、陛下が王位を得るために兄君たちを全員殺した、なんてことになってますがね……アレは与太話もいいところだ。実際は、それぞれの派閥の家臣たちに焚きつけられて、三人で殺し合ったんですよ」
「こ、殺し合い?」
 イェデスの口から飛び出してきた不穏な言葉に、ミーシャは上ずった声を上げた。
 驚きの表情を浮かべる王妃の様子に、イェデスは小さく苦笑する。
「あの人、本当に自分のこと話さないんですねぇ」
「す、すみません……」
「いえいえ、王妃様が謝るようなことじゃありませんよ。こういう大事なことを話さないあの人が悪いんです」
 ぱっと自分の主君を一刀両断したイェデスは、少しだけ考えるような仕草を見せてから話を続ける。
 なんだか、ミーシャが思っていたよりもザウルの過去は複雑そうだ。
「ザウル様の父君……先代国王陛下には、三人の妻がいました。そのうち王妃と第二妃は力のある貴族の出だったんですが、第三妃――ザウル様の母君だけは、田舎の下級貴族の出身で後ろ盾がなかったんです」
 ザウルの母は大変美しい人ではあったが、その出自から妃たちの中でも立場が弱く、政治的な権力もほとんど与えられなかった。
 さらにザウル自身も国王の第四子であり、王位の継承は限りなく不可能に思われていたという。
「その母君も、ザウル様が幼い頃に亡くなってます。そのおかげで、あの方は大分苦労されたみたいですよ。幼い頃は今と違って、体も強くなかったみたいですし」
「ザウル様が虚弱? ……そんな描写あったっけ……」
「え、なんですか?」
 小さなつぶやきに、イェデスがきょとんとして首をかしげる。
 危ない――いらないことを言うところだったと、ミーシャは慌てて笑顔を取り繕った。
「いえ、なんでも――その、今のご様子を見たら、虚弱だったなんて思いもよらなくて」
「そうでしょうねぇ。今じゃ見違えるくらい頑丈になったって話で――まぁ、男なんて成長したら大体そんなものじゃないですか? ともかく、子どもの頃のザウル様って結構悲惨だったみたいですよ」
 確かに、母親もおらず力のある後ろ盾もないとなれば、末席の第四王子は肩身が狭いかもしれない。
(ウチはお兄様もお姉様も、同じお母様から生まれているし――)
 ミーシャも国王の末娘ではあったが、兄姉や自分は全て王妃である母の子どもだった。
 妙なことを口走ったら困るからと公務からは遠ざけられてきたが、少なくとも生まれで不遇な扱いを受けたことは一度もない。
「オレがあの方に取り立ててもらったのは、陛下が王位に就いてからです。その前のことは宰相の爺さんから聞きかじった話なんですが……先王陛下が病に伏した時に、王位継承を巡った兄弟間の争いが表に出てきたみたいで」
 母が同じである第一王子と第三王子が結託して第二王子を暗殺、その後は同じ母から生まれた二人の王子が血で血を洗うような争いを繰り広げたのだという。
「そりゃもう酷い有様だったみたいですよ。宰相の爺さんも、あの時は職務放りだして領地に帰ろうと思ったくらいだって――」
 そんな凄絶な王位争奪戦の末、生き残ったのはザウルただ一人だった。
 誰からも期待をされていなかった、後ろ盾のない第四王子――だが、誰からも期待をされていなかったおかげで彼はその命を繋ぎとめたのだ。
「この国では、数年前に一度大規模な人事粛清が行われたんです。即位したばかりの陛下と宰相の爺さんで、王子たちを焚きつけて殺し合いを行わせた貴族連中を一掃したんですよ」
「あ……確かに、そんなことをする人たちが周りにいたら――次はザウル様の命も……」
 自分たちの利権のために王子たちを争わせ、自らは安全な場所から甘い蜜を啜っていた貴族たちを排斥し、ザウルは周囲を有能な人材で固め始めた。
 下級貴族出身の学者だったイェデスもそうして選ばれ、彼はザウルの補佐官に任命されたのだという。
「えっ、イェデス様学者だったんですか?」
「意外でしょう? めちゃくちゃ他の人にも言われるんですよ! 実は奨学金を借りて最高学府に通ってたんです。寒冷地でもうちょっとマシな農作物を作れないかって研究をしてたら、いつの間にか陛下の雑用係になってましたねぇ」
 快活に笑うイェデスだったが、一方でミーシャは少し混乱していた。
 聞くところ、ザウルの過去が凄惨なものであることは理解した。だが、それとここ最近の彼の様子が落ち着いていることの説明がつかない。
(むしろ今の話を聞いてる限りだと、ゲームの中のザウルが落ち着いて見える……)
 凄惨な権力闘争で兄弟を亡くし、たった一人になってしまったザウル。
 本人は多くを語りたがらない故に、反発した貴族たちによって彼が兄たちを暗殺したという噂まで流されてしまったのだという。
「どうして……ザウル様は、謂れのないことを否定しないんでしょう。兄弟を殺したなんて、根も葉もないことを――」
「まぁ、単純に言ってしまえば、そこまで気にする余裕はなかったんでしょうね。オレも陛下の元で働き始めて思ったんですが、あの人の周りはとにかく人が足りない。自分が信用できるって確信した人しか近くに置かないから、いつだってやることが山積みなんです」
 今はもう少し、彼の取り組みに賛同する若い学者や平民出身の官吏が増えてきたという。
 だが、即位したてのザウルにはとにかく味方がいなかった。
 国王が病に臥せる中で懸命に国を守ってきた宰相と、ほんのわずかな人材だけで国を回すためには、そのような噂に構っている暇もなかったのだろう。
「それと、陛下はまだお若いですから。確か今年で二十六でしたっけ……この規模の国を動かしていくのに、若くて力のない王だって思われると交渉事だって不利になります。それなら、多少血なまぐさい噂の一つでもあった方がいいっておもったんじゃないでしょうか」
 ザウルにとってみれば、自分自身の評価は二の次だったのかもしれない。
 恐ろしいあだ名をつけられ、あらぬ噂を流されても、国王として政治の手腕を発揮すればいずれその評価も改まる――そう思っていたのだが、いつしかその悪評の方が勝手に独り歩きしてしまったらしい。
「それでも、同じように玉座に座る人間にはあの人の誠実さは伝わるみたいですよ。陽明王……シオニア・ダーズベルト国王も、何度かウチに通商を求める使者を送ってますし」
「えっ、シオニアが?」
 前世で何度も聞き、また何度も呼んだ名前に、思わずミーシャはぽろっと声をこぼしてしまった。
 気安い口調に、イェデスが疑問符を浮かべながら首をかしげる。
「あれ? シオニア王とお知り合いでしたっけ?」
「あ――い、いえ……かの陽明王の噂は、よく母国で聞いていたから……」
 前世の推しキャラです、とは口が裂けても言えない。
 慌てて両手を振って話題を逸らそうとすると、イェデスは成程と何度か頷いた。
「まぁ、あの王様有名ですもんねぇ」
「そ、そうですね……」
 曖昧に笑ったミーシャだったが、それでも疑問は尽きない。
 そもそも、ザウルの過去のことだって今初めて知った――ゲームの中でも描かれなかった側面を現実として受け止めるのは、なかなか難しいことだ。
「でも、やっぱり変わったなって思ったのは王妃様との結婚が決まったあたりからですね。明らかに精神が安定し始めたっていうか……アレですかねぇ、やっぱり所帯持つと変わるもんなんでしょうか」
 オレ独身だからわかんないんですけど、と付け加えて、イェデスは再びクッキーにかじりつく。
「もしかして……王妃様と陛下って、どこかで会ったことあるんですか? そこでプロボーズされたとか、そういう恋愛物語みたいな……」
「な、ないです! ……生身のザウル様にお会いしたのは、この国に来た時が初めてでしたから」
「あぁ、じゃあ姿絵とかで見てたとか、話だけは聞いていたみたいな感じだったんですね。なるほど……じゃあやっぱり、陛下に直接理由を聞いてみた方がいいんじゃないですか?」
 二人の間に、一瞬沈黙が流れた。
 ザウルに直接理由を聞く――その言葉の意味を、ミーシャが頭の中で正しく咀嚼できなかったからだ。
「えぇっ……? ザウル様に直接――こんなこと聞いて、怒られたりしたら……」
「大丈夫ですよ。付き合いの長いオレから見ても、陛下は王妃様のことが大好きですから。砂糖菓子より甘々なんで、怒られることは絶対にないです。万が一なんか怒ってそうだったら、オレのせいにしちゃって構いませんから!」
 大丈夫だと繰り返すイェデスの圧に負けて、ミーシャはついうっかり頷いてしまった。
「わ、わかりました! わかりましたからっ……ちょっとだけ、今日の夜にでもお話を聞いてみます」
「えぇ、ぜひそうしてやってください――オレの口を介するより、そっちの方が絶対いいですよ」
 そうしてまたクッキーを一枚頬張ってから、彼はミーシャの前を辞した。二人でそれなりに話し込んでいたらしく、これから彼は午後の職務に当たらなければならないという。
(たくさん話は聞けたけど……むしろわからないことが増えたような気がする……)
 イェデスからザウルの過去を聞けたのはありがたかったが、ミーシャの中では余計に彼の変貌ぶりの理由がわからなくなっていた。
(直接、ザウルに聞くって言っても……昔のことを話すのは、彼にとって負担にならないかしら)
 誰しも、辛い過去を思い出すというのは相応に苦痛を伴うはずだ。
 ミーシャだって、幼い頃前世の記憶をあちこちに言いふらして回っていた時のことは思い出したくない。
 ましてや、生まれが原因で立場が弱く、兄三人を次々と亡くしたというザウルなら尚更だろう。
(ヒロインなら、こんな時……ちゃんと彼に向き合って話を聞くんだろうな。だって彼女はそういう人だから――自分の信念を曲げずに、ちゃんと彼の内面に踏み込んで話を聞くはず)
 だが、その選択は時として誰かを傷つけてしまう。
 前世では気づかなかったが、今を生きているミーシャはそう考えている。
他の世界からやってきた、この国のことをなにも知らない人間であったのなら、ミーシャも同じように振舞うことができたかもしれない。
だが、自分は生まれてから今までをこの世界で生きてきた。王族として、多少なりともザウルが抱えているものの重さや、その孤独については少しだけでも理解できていると思う。
(どこまで踏み込んでいいんだろう――ザウルの妻として、この国の王妃として……)
 自分はもう、物語の外側からゲームを楽しんでいた人間ではない。
 この国でザウルとともに生きる、彼の妻だ。
 その過去にどう接するのか、ザウルがどんな人となりをしているのかを真に理解するためにはどうしたらいいのか――答えのない疑問が、ミーシャの頭の中をぐるぐると回っている。
 悶々とした気持ちを抱きながら、ミーシャは午後の公務を執り行った。貴族の夫人から集めた寄付を受け渡しするため、二か月ほど後に施療院を訪れることになっている。
 視察の側面もあるのだが、今施療院に必要なものはなんであるのかをしっかりと把握しておく必要があった。
(だめだ――全然集中できない……)
 だが、頭の中には今日イェデスと話したことが残り続けている。
 それほど仕事も進まないまま日が暮れて、夕食を共にするためにザウルが部屋に顔を出した。
「イェデスを呼びだしたようだが、なにかあったのか?」
 ともに食事を摂りながら、ザウルはふとそう尋ねてきた。
 彼としても、普段一緒に執務を行っているイェデスが突如ミーシャに呼び出されたことに疑問を持っていたのだろう。
「あ……その、少し伺いたいことがあって。恐らくイェデス様にお聞きするのが一番早いかなと――」
「なんだ? もしかして寒冷地用の農作物栽培についてか? 今その研究は、最高学府の教授陣が研究を引き継いでいるはずだが――」
「あっ、そうではなく……! でも、元々学者だったという話は伺いました。その……ちょっと意外でしたが……」
 なんとか表情を取り繕い、明るい声を出す。
 確かにイェデスが行っていた研究が成就してほしいとは思うが、今は違うことで頭がいっぱいだ。
「あの男は軽薄そうに見えて、かなり頭が回る。仕事の手も早いし、口がよく回ると言っても決して浅はかなわけではない――補佐官としては非常に頼りになる男だ」
 そう言って何度か頷くザウルにも、曖昧な笑みを返すことしかできない。
 そして、その取り繕うような笑顔は、あっという間に彼に見抜かれてしまうのだ。
「……顔色が悪いな。もしかして、俺には相談できないことをイェデスに尋ねていたのか?」
「え……?」
「その――例えば、母国が恋しいだとか、体調が悪いとか……直接俺の耳に入れられないようなことだから、他人を介して伝えようとしていたんじゃないか?」
 まっすぐに、深い色の視線がミーシャのことを射貫いてくる。
 心配そうに――ともすれば、やや心細そうにも見えるその表情は、ミーシャが初めて見るものだった。
「は……ぼ、母国が恋しい? いえ、そういうことでは……」
「違うのか? ならばこの国の風土や気候が合わないとか、食事が口に合わないとか――」
「違います! あの、食事はおいしいですし、気候もこちらの方が温かくて暮らしやすいなとは思うんですけど……!」
 迫真の表情でテーブルに身を乗り出してくるザウルの姿は、少し面白い。
 思わず吹き出してしまったミーシャだったが、彼は眉尻を下げて首をかしげるばかりだ。
 ……もしかして、ミーシャがずっとこの国に不満を抱いていると思っていたのだろうか。
「では、一体何が――やはり、俺には話しにくいことか……?」
「え、えぇ……その、ごめんなさい、ザウル様」
 これはもう隠し立てできない。というか、こんな風に不安をあらわにする彼の前でこれ以上話の内容を隠し通すことは無理だ。
 イェデスが万が一にも叱責を被ることがないように言葉を選びながら、ミーシャは慎重に昼間の出来事を話していく。
「実は、ですね……ザウル様のお話を聞いていたんです。イェデス様はザウル様のお近くで働いていらっしゃるので、詳しいお話が聞けるかと思って」
「は――俺の話? ……何故俺に直接聞かないんだ」
 心底意味が分からない、といった表情で、ザウルが何度か目を瞬かせた。
 こういうまっすぐというか、まどろっこしいところを嫌うあたりは非常に彼らしい。
「ザウル様の子どもの頃の話を聞いたんです。どんな方だったのかが気になって――イェデス様も、宰相様から聞いた話しか知らないとは前置きなさっていましたが」
「あぁ――では、兄上たちの話も聞いたんだな?」
 いきなり核心を突くような話題を出されて、ミーシャは一瞬言葉に詰まる。
 だが、彼は別に悲壮な表情をしているわけでも、その話題を忌んでいるわけでもなさそうだ。単純に、事実の確認をしている――そう思えると、少しだけ気持ちが軽くなった。
「そうです。……巷では色々と、恐ろしい噂を伺っていたので」
「あぁ、俺が兄上たちの食事に毒を盛ったとかいう話だろう」
「はい――実はわたしも、母国にいるまではなんとなくその話を聞いて……恐ろしいと思っていました。ですが、実際にザウル様ご本人と話していると、どうにもその噂に違和感を覚えて」
 そもそも、ザウルが暗殺や謀殺などということができる人間だとは思えなかった。
 ゲーム内でも彼は純粋で――純粋かつ一本気であるがために孤独に戦い続けていた。いくら推しのキャラクターでなかったとはいえ、傲慢ではあるが高潔と言われた彼のストーリーが高い人気を誇ることは知っている。
 それに、実際に生身のザウルと接してみてもそう思う。いつだって彼は、ミーシャに対して誠実でいてくれた。
「違和感?」
「はい。ザウル様なら、暗殺じゃなくて――多分剣を携えて、真っ向から勝負を挑んでいくんじゃないかなって。たとえそれが、勝ち目のない戦いだとしても」
 政治にしたって、後ろ盾のない学者や平民出身の官吏を多く登用するより、地位や権力を有した有力貴族たちを懐柔した方がやりやすいはずだ。
 だが、それが必ずしも民の、そして国のためになるとはいえない――兄たちが権力の贄として次々に死んでいった状況を知っているからこそ、ある意味彼はここまで潔癖に振舞っているのかもしれない。
「違いますか……?」
「――面と向かってそう言われると、回答に困るな。できるだけ誠実な人間でありたいとは思うが、政を執るということは綺麗事だけではどうにもならないと、今身をもって学んでいる」
 先ほどまで不安げだったザウルの表情が、花がほころぶように緩んだ。
 淡い笑みを口元に浮かべた彼が、そっと傍らに立つ侍従に目配せをした。すると、彼はすぐさまその盃に何かを注ぐ――やや緑がかった透明なそれは、よく冷やされているらしい。
 グラスを曇らせているそれは、同じようにミーシャの盃にも注がれた。
「これは……?」
「先日シオニア――あの小うるさい男の使者が、土産にと持ってきたものだ。冷やして飲むと美味い茶葉で……まぁ、茶葉に罪はないからな。味は甘味が強く飲みやすい。東国の寒冷地が原産らしい」
 一瞬だけ表情を歪ませたザウルだったが、冷たいお茶が入ったグラスを傾けるとその表情も和らいでいく。
 続いてミーシャもグラスに口をつけると、馴染みのある甘さとほんのりとした苦みが舌の上を転がっていった。
(これ、緑茶……? 甘い香りがついてるけど、味はかなり緑茶っぽい……)
 この世界での「茶」は基本的に紅茶なので、緑茶というのは本当に久々に飲んだ。ぱっと表情を輝かせた彼女は、もう一口冷たい緑茶を飲んで喉を潤す。
「こ、これ……美味しいですね……! わたしはもう少し苦みが強い方が、肉料理にも合うと思うんですが――」
 それでも、久々に飲んだ緑茶の風味は気持ちを落ち着かせてくれる。
 前世では緑茶の他にほうじ茶や玄米茶を楽しんでいたことを思い出して、なんだか懐かしい気分になった。
「そうか……茶葉の産地による違いはあるかもしれないが、恐らく我が国でも同じようなものは作れると思う。寒冷地で採れる茶葉なら、イェデスに調べさせておこう」
 ゆるく笑みを浮かべたザウルも、もう一口グラスの中身を嚥下する。
 そうして喉を潤した彼は、再び妻の方を見つめてきた。
「それで? イェデスから他になにを聞いたんだ」
「あ、えぇと……他にもいろいろ。即位されてからも大変なご苦労をなさったことも聞きましたし――イェデス様をはじめとする若い学者を積極的に登用されていることも」
「他には?」
「他には……えぇと――」
 そこで、ミーシャの声は途切れた。
 彼の過去の話が、こんなにあっさりと流されてしまうとは思っていなかったのだ。
 てっきりミーシャは、ザウルがこの話をするのを嫌うと思っていた。だからもう少し嫌な顔をされたり、下手をすれば叱責を受けるとすら思っていたのに――他になにを聞いたのかと尋ねられると、返答に窮してしまう。
「なんだ、一番大切なことは聞いていないんだな。……いや、俺もあいつに、この話をしたことはなかったか――なんなら宰相も知らないはずだ」
 クッと喉を鳴らしたザウルは、右手を上げて給仕の侍従や侍女たちを下がらせた。
 人払いを済ませて二人きりになった室内で、彼はおもむろにある人物の名前を口に出す。
「クリスティアという少女の名前を、聞いたことはあるか?」
「え……?」
「古びた小窓のクリスティア。窓の外の景色はいつも薄暗くて、手紙ばかりが私のともしび――この一文を、まだお前は覚えていてくれているだろうか」
「それ、は……」
 クリスティア――古びた小窓のクリスティア。
 その名前は、ミーシャが幼い頃に何度も何度もやり取りをした――文通相手の少女の名前だ。
「覚えて……えっ、あの――ど、どこでその名前を……?」
 輿入れに際して持ってきた、ミーシャの数少ない私物。
 その中に、幼い頃やりとりをしていたクリスティアの手紙も入っていた。異端だと、あの娘はなにかがおかしいのだと言われて閉じ込められた王宮の奥で、クリスティアだけが外の世界にいる友人だったのだ。
「……クリスティアは、俺だ」
「はぁ……? えっ、じゃあザウル様は……女性――では、ありませんよね……?」
 閨で見たザウルの体は確かに男性のそれだった。
 思い出すのは少し恥ずかしかったが、記憶をたどっても彼が肉体的に男性であるということは疑いようもない。
「あぁ、女性ではないな。クリスティアという名前は、俺が遠く離れた友人と文通をするために名乗っていた……ペンネームのようなものだ。メイリーンという女性を覚えているか?」
「はいっ……! 覚えています。わたしの乳母だった人で……病気になってしまって、今はどこにいるのかわからないんですが」
 まさか、幼い頃の文通相手がザウルだったなんて。
 あの頃は女性と男性の筆跡の違いなんて分からなかったし、そもそもあの手紙は今見ても流麗な筆致で書かれている。
 呆然とするばかりのミーシャだったが、幼い頃を一緒に過ごした乳母の名前に思わず声が上ずった。
「彼女は俺の母方の縁戚だ。幼い頃に母を亡くした俺を憐れんで、自分が仕えている一人の少女と秘密裏に文通をさせてくれていた。……今、メイリーンはこの国の南部で暮らしている。国王直轄領は温暖な土地で、病がちだった彼女も今は随分と回復している」
「そんな……メイリーンが、この国にいるんですか? それも、っ……そう、ですか。体はよくなったんですね……」
 安堵の溜息と、言いようのない感情が一気にせりあがってくる。
 メイリーンは心の優しい女性で、それゆえに王宮の激務で体を壊してしまったのだ。今ならば病院や再就職先の斡旋もできただろうが、あの頃のミーシャにはそんな力はなかった。
(国王直轄領ってことは、ザウルが直々に治めている場所――そこなら、きっと安心して暮らすこともできるはず……)
 震える息を吐きだしたミーシャの様子に、ザウルはゆっくりと頷いてから席を立った。
 そして、テーブルの対面――ミーシャの元にやってくると、そっと膝を折って床に跪く。
「ザ、ザウル様!?」
「メイリーンのことは心配しなくていい。俺も彼女には恩がある……彼女のおかげで、俺は生きる希望を得られた。いずれこの手紙を書いてくれた少女に会いに行く。その為には絶対に、弱いままここで死ぬわけにはいかないと」
 こちらを見上げてくる深緑の視線は、強く高潔な意思に輝いている。
 後ろ盾もなく、誰からも期待されていない四番目の王子――そんな彼が、地獄ともいえる王位争奪戦をたった一人で生き残った理由は、たった一つだった。
「俺は、お前に会うために王になった。生きるためには王位に就かなくてはならない――結果として兄上がたが自滅した形にはなったが……まぁ、いざとなったら俺も戦っていたかもしれない。暗殺などという回りくどい手段ではなく、一騎打ちになっていただろうが」
 ただ、ミーシャに会うために。
 そのためにザウルは王冠をその手に得て、結果として国を発展させる若き王として君臨している。
 冷酷王とも呼ばれる彼の始まりが自分と交わしていた手紙だということを知ったミーシャは、言葉もなく呆然としたまま夫のことを見つめていた。
(うそ――じゃ、じゃあ……わたしと手紙のやりとりをしていなかったら、もしかしてザウルは……)
 この国の王が、ザウルではなかった可能性もあり得る。
 ごくっと喉を鳴らすと、彼は何度か瞬きをしてミーシャの手を握ってきた。
「っ……」
「クリスティアと名前を変えて文通をしていたのは、検閲を逃れるためだ。俺の名前で出した書面は、兄上がたに見つかってしまうかもしれない。それに……その方が、お前と仲良くなれるかもしれないと思って……」
 いくら自由がないとはいえ、ミーシャは未婚の女性王族だった。たとえ年端のいかない少女であっても、他国の男子との手紙のやり取りなどできるはずもない。
 名前を変え、ミーシャより少し年上の少女として手紙を書くのは、手紙の仲介役をしていたメイリーンの考えでもあったのだという。
「そうだったんですか……わたし、なにも知らなくて」
「昔のことだ。お前が覚えていなくても仕方がないと思っていた……俺は幾度となくその手紙に勇気をもらっていたが、お前は違っていたかもしれないと思うと、なかなか言い出せなかったんだ」
 ミーシャがクリスティアの正体を知らなかったように、ザウル本人もミーシャの当時の状況は詳しく聞かされてはいなかったようだ。
 国同士の物理的な距離が離れていたこともあったが、なにせミーシャはほとんど公の場に出てきたこともない。
「お前が王宮の奥で育てられたことも知っている。ここではない世界のことを語り、不思議な技術のことを話す――そのせいでほとんど外に出られず、公務にもあまり顔を出さなかったこと……逆に言えば、俺はお前からの手紙に書かれていたこと以外は知り得ないが」
「……そう、でしたね。あの頃のわたしは――あなたにそんなことまで、話していたんでしたっけ」
 ミーシャの兄はいずれ国王になるために多くの臣下や学友と連れ立っていたし、姉も同年代の少女たちが周囲を取り巻いていた。
 兄姉たちと違って、ミーシャだけは一人ぼっち――唯一友達と呼べるのは、一度も会ったことがない文通相手のクリスティアだけだった。
(ザウルはずっと――ずっと、わたしの側にいてくれたんだ。なのにわたしは……)
 思えば、今までずっと目の前にいる生身のザウルを見てこなかったような気がする。
 常に彼を前世の記憶と比較して、自分に接してくれているザウル本人の行動や、自分にかけてくれる言葉を正面から受け止めきれなかった。
 幼い頃から彼が自分と文通を交わし、事あるごとにその手紙を読んで奮起していてくれたのに――自分はいつだって、彼のことを『ゲームの中の人物』と思って接していた。
「ミーシャ……? どうかしたのか」
「いえ――なんだか自分が、恥ずかしくなってしまって」
 彼はいつだって誠実に、ミーシャのことを見ていてくれた。
 手紙に勇気をもらい、希望を抱いていたのは彼だけではない。ミーシャも同じだったのに。
「なにを恥じることがある。お前は立派に王妃の役目を――」
「違うんです。……わたしは、どこかであなたのことを、遠い世界に住む人だと思っていました。わたしには手が届かない、全く別の世界に暮らしている人だって」
 前世のミーシャは、いつだって画面の向こうの世界に憧れていた。
 けれど、その憧れと同じくらい現実を見ていたのだ。この華やかで美しい世界は、自分には手の届かないものだからこそ美しい――そう諦めて現実の世界を暮らしていた。
(いつだって、わたしは……ゲームのヒロインならどうするかばかりを考えてきたわ。わたし自身の考えで行動を起こしたことは、一体どれだけあったか――)
 ザウルはこれだけ真摯に自分のことを見ていてくれたのに――そう思うと、これまでの自分の振る舞いが恥ずかしくて仕方がなかった。
 そうして肩を落とすミーシャだったが、ザウルはそんなミーシャの手をぎゅっと握り、意思のはっきりとした目で見上げてくる。
「それは今までの話だろう。俺がクリスティアを名乗っていたことも知らなかった――それは当然だ。これは俺が、自分の胸のうちにずっと秘めてきたことなのだから」
 低く落ち着いた声は、さざ波立つミーシャの心を少しずつ宥めてくれるようだった。
 彼の言っていることと、ミーシャが考えていることは必ずしもすべてが合致しているわけではない。
 けれど、自分のためにここまで言葉を尽くしてくれるザウルの心遣いは非常に嬉しかった。
「お前が恥じることは一つもない。たとえお前が、ここではない別の世界――神の御座からやってきたと言われても驚きはしないし、俺がそれを咎めることはないと誓おう」
「か、神の御座からやってきたわけでは……いえ、子どもの頃の、ただの夢物語だと思ってください」
 真面目くさった表情でそんなことを言うから、ミーシャも思わず笑ってしまった。
 そう――ザウルはきっと、こういう人だ。
 どっか神経質で、真面目すぎる。それゆえに誤解されやすいが、とても誠実な人。
 これまで「これは本当のザウルじゃないんじゃないか」と何度も繰り返してきた自問自答に、一つの答えが出たような気がした。
「なぜ笑う……とにかく俺が言いたいのは、お前が王妃として――一人の人間としても恥じるところなどないということだ。現に、お前はよくやっているじゃないか」
「そうでしょうか……でも、ザウル様にそう言ってもらえたら、なんだか気持ちが楽になりました」
 これまで自分を覆っていたものが、ほろほろと崩れていったような気がする。
 重い鎧を脱ぎ捨てたかのような解放感を覚えて安堵の息をこぼすミーシャを見て、ザウルは目元を綻ばせて立ち上がった。
「そうか。お前の気分が楽になったのなら――それでいい」
 立ち上がりざま、こめかみに唇を押しつけられて体が跳ねる。
 肌に触れるだけのキスはとても幸福で、ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
 これでようやく――本当の意味で、ザウルの妻になることができたような気がする。
「そうだ、ミーシャ。お前に一つ言っておかなければならないことがある」
「は、はい……? なんでしょうか……」
 立ち上がったザウルは、思い出したかのように妻のことを見下ろし、神妙な面持ちで眉を寄せた。
 なにか彼の気に障るようなことをしてしまったかと身構えると、彼はコホンと小さく咳払いをして、にわかにその白い頬を染めた。
「なにか心配事や、聞きたいことがあるなら……まずは俺に言ってくれ。イェデスは信頼ができる男だが――お前の夫は俺なのだから」
 俺を頼れ、と付け足された言葉に、ミーシャは表情を綻ばせて頷いた。
 胸のうちに巣食っていた靄が晴れるような感覚とともに、ミーシャはようやく、自分がこの世界に生きていることを実感することができたような気がした。

 ザウルの長い指先で髪を梳かれるのは、心地好くて好きだ。
 紅茶色の髪が彼の白い指先を彩っているようで気分がいいし、何より彼に触れられているという事実が胸の中を温かくしてくれる。
 寝台の上に座り込んだミーシャの長い髪を指で梳きながら、ザウルは戯れるようにそこへ唇を落とした。
 こういう伊達男じみたことをするような人ではないと思っていたけれど、いざそういうことをされてみると気恥ずかしさより愛しさが勝る。
「なぁ、ミーシャ」
「はい?」
「クリスティアはどんな人物だと思っていた?」
 こめかみにくちづけをされながらそんなことを尋ねられて、ミーシャは目を見開いた。
 今となっては、憧れのクリスティアも目の前にいる美青年だということを理解してしまったが――幼い頃のミーシャはどう考えていただろう。
「えぇと……わたしより背が高くて、綺麗な――あっ、髪の色はブロンドだと思っていました。お人形みたいな青い瞳で……」
「なるほど。俺とは真逆というわけだ」
「そ、それは――だって、外見のことなんて一つも手紙に書かれていなかったから。だからずっと、頭の中で想像していたんです」
 ミーシャが思い描いていたクリスティアの姿は、柔らかいブロンドの髪に聡明な蒼い瞳――華奢で美しく、どことなく儚げな印象がある文学少女なのだと思っていた。
(まぁ、華奢っていうところだけは合ってるかもしれないけど……)
 儚げでもなければそもそも女性でもないので、本当にミーシャの予想はほとんど外れていた。
「……そういうザウル様は、わたしのことをどう思っていたんです」
「まず、俺より年下の少女という話は聞いていた。だが、俺もお前の姿は想像するしかなかったから――きっと優しくて、甘いお菓子の香りがするのだと思っていた。男兄弟で、自分よりも年下の少女などあまり見たことがなかったから」
 そう言って、ザウルはミーシャの耳朶を軽く噛んだ。
 ピリッとした甘い痺れが湧き上がると同時に、体の芯がじわっと熱を灯す。
「っふ……ぁ」
「お前との文通が終わってからも、何度も考えていた。今あの時の少女はなにをしているのか――カレアドナ王国の末姫は滅多に人前に顔を見せないからな」
 熱い舌先が、にゅぷ……と耳の形をなぞる。
 ミーシャは小さく体を震わせながら、熱い息を吐いた。ほんの少しだけ彼に触れられているだけで、いやらしくお腹の奥が疼き始める。
「ん……」
「妻にするならお前しかいないと思っていた。他の王侯貴族に取られる前にと思っていたが」
「わ、わたしは――自分が誰かに嫁ぐことなんて、考えていませんでした。母国には姉がいます。とても美しい人ですし、それに……」
 それに、自分と違って妙な噂もない。
 体が弱いだとか、妙なことを言いだすとか――そういった噂が付きまとう自分は、いつまでも住み慣れた王宮の奥に一人ぼっちなのかもしれないと思ったこともあった。
「もちろん、請われれば誰かに嫁ぐことも……あったかも、しれませんが」
「カレアドナ王国の末姫は、病弱だが美しい深窓の姫君だという噂だ。……正直、シオニアが結婚したのを聞いた時は肝が冷えた」
 結果として、シオニア王は全く別の女性を妻に迎えたわけだが――ザウルがそんなことを気にしていたのかと思うと、なんだか少し面白い。
「もしわたしが、その……他の誰かの妻になっていたら、どうするおつもりだったんですか?」
「奪っていただろうな。一応王という立場にある以上、子を残さなければ要らぬ禍根が残る。だから俺は――お前を奪ってでも自分のものにしていた……と、思う」
 至極真面目にザウルがそんなことを言うので、一瞬ミーシャの顔はヒクッと引きつった。いくら一国の王であるとはいえ、誰かの
「……冗談だ」
「じょ、冗談に聞こえませんでした……!」
「そうなる前に――誰かに奪われてしまう前に、お前を妻にと望んだ。……お前以外を伴侶にする気がなかったんだ」
 ぢゅ、と音が聞こえたかと思うと、唾液をまぶした舌先がぬぷりと耳孔に挿し込まれる。
 ぞくっ……と体が震えあがったが、それも一瞬だ。次の瞬間には、くすぐったさといけないことをしているような罪悪感が、快楽と一緒に身を苛んでくる。
「ンぁあっ……あ、ん……」
 くちゅくちゅと耳を責められ、頭の中で水音が響き渡る。
 まだ体にはろくに触れられていないというのに、反響するその音が全身の感覚を奮い立たせているようだった。
 芯から広がる熱が、もどかしく下腹部の辺りに集約する。
「ん、ぉ……ッふぅ」
 大きな手がドレスを脱がせてきて、そのまま下着まで剥ぎ取られる。
 あっという間に一糸まとわぬ姿にされたミーシャは、それでも彼の腕から逃がしてはもらえなかった。
 ちゅ、ちゅ、と執拗なまでに耳を責められて、体から力が抜ける。腰が疼いてどうしようもなくなってしまう。
「やだ、ぁ、あ――ッは、ぁ」
 ガクガクと無様に体が震えても、ザウルはミーシャの体を手放してはくれない。
 まるで宝物を守るかのようにその肢体を抱きかかえ、太腿にねっとりと手を這わせられる――その艶やかな触れ方が、ミーシャに快楽の予兆を感じさせた。
「ん、ふ、ぁあ――ンっ」
「少しずつ濡れてきたな……? 耳も弱いのか」
 クッと喉を鳴らすザウルが、にわかに湿りけを帯びた秘裂を中指でなぞる。
 とろっ……と溢れ出てきた愛蜜は彼の指先を濡らし、にちにちとねばついた音を立てた。
「んぁ、あ、ぁ……ザウル、さま……」
「俺がどれだけお前に焦がれていたか、よくわかっただろう。初めてお前を抱いた時も、必死で堪えていた――でなければ本当に抱き潰すところだったからな」
 恐ろしい言葉を口にしたかと思えば、ザウルは割れ目をなぞっていたその指先でまた別の場所に触れてくる。
 ほんの少し、かすかに顔を出した淫芽を、円を描くように刺激されて、思わずミーシャも腰が跳ねる。
「ふ、ぁあっ! や、そこ、だめ――ぁ、あっ」
 直接蜜口を触れられるより、その場所に触れられた方が鮮烈な快感を得ることができる。
 ビリビリと痺れるような愉悦が、腰のあたりから背骨を伝って駆け抜けてくるような感覚を覚えながら、ミーシャは必死にザウルの体にしがみついた。
「あ、ぁんッ……そこ、さわっちゃ、ぁあっ」
「随分と高い声で啼く――我慢をする必要はない。俺はただ、お前のことを余すことなく愛したいだけなんだ。お前の反応が薄いと、不安になるぞ」
「だって、ぁ――これ、ぇっ……! んっ、ぁ、だめ、ダメっ……」
 くちっ、くちっ、と丁寧に淫核を嬲られたかと思うと、別の指先が蜜壺の中へと侵入してくる。
 しっかりと整えられた爪の先で蕩ける媚肉をカリッと引っ掻かれて、目の前で光が爆ぜた。
「ぁぐ、ぅ――ン、ぁふ、ぅっ……」
 長い指先が、隘路を抉じ開けるような感覚――淫芯から与えられる強烈な快感も相まって、今はそれすらも感じてしまう。
 小刻みに体を揺すり、強い快感を逃そうと躍起になっても無駄だった。逞しい腕がしっかりとミーシャのことを捉えて離さない。
「あぅ、ん……ッは、だめ、これぇっ……」
「一度達しておくか? ……こんなに指を締め付けて、もどかしいのも辛いだろう」
「そん、ぅうっ……! あ、アッ――」
 カリカリカリッ、と膣内を指で嬲られながら、淫核を押し潰される――その鮮烈なまでの刺激に、ミーシャはとうとう耐えることができなくなった。
 へこへこと腰を揺らしながら、そのまま絶頂に押し上げられる。
「んぅうっ……ぁ、あっ……ぁ、はっ……」
 絶頂の余韻で脱力するミーシャを抱き留めたザウルは、耳元でそっと名前を呼んでくる。
「ミーシャ」
 今はそれすらも快感を引きだす呼び水になってしまって、ミーシャは震えながら身じろぎをした。
 すると、ザウルは寝台の上に横たわり、こちらに向かって手を差し出している。
「あ、の……」
「俺の上に乗ってみろ。……できるか?」
 確かめるような言葉に、胸がどくんっと脈打った。
 彼の上に――自分で腰を落とし、ザウルを求めろというのだろうか。
 彼はほとんど着衣を乱してはいなかったが、視線をずらすと下穿きを持ち上げるものの存在がしっかりと目に飛び込んでくる。
(ザウルのって、確か……)
 初夜に見た凶悪ともいえる造形を思い出して、思わず身震いする。
「難しいようなら別の方法にする。だが――どうだ?」
「それは……その……」
 できないわけではない、とは思う。今のミーシャの体は程よく蕩けていて、きっと普段の通りならば彼を迎え入れることはできるだろう。
 ただ、彼の上に乗って――そう考えると、体がゾクゾクッ……と震えを帯びる。
「ぁ――で、できると、思います」
 それが恐怖ではなく、期待だと気付いたのは次の瞬間だった。
 なんとか返した言葉は上ずっており、先ほど彼の手で蹂躙された柔肉の奥はとろりとした蜜を湛えている。熱に浮かされるままに頷くと、ザウルは目を細めてするりとベルトを緩めた。
「――こちらへ。自分で挿入れられそうか?」
「ん、と……ぁ、頑張ります……」
 既に屹立しきった肉楔に視線を落とすと、子宮の辺りが熱く疼く。
 それを堪えてザウルの膝上に跨ったミーシャは、猛る切っ先を自らの蜜口に押し当てた。
「あ、ぁっ……待って、ザウル……」
 その先端は熱く、触れた場所から蕩けてしまいそうだった。
 ほんの少し、彼の腹筋についた手から力を抜けば一つになることができる――頭ではそうわかっていたが、突き立てられる質量を思い出してどうしても怖気づいてしまう。
「んぅ、ぁ――ぁ、ふぅうっ……」
 けれど、触れた場所はくちくちと音を立ててミーシャのことを誘っている。ザウルが微かに腰を動かしたのか、蜜をまぶした淫裂は先走りを纏わせる亀頭を掠め、かすかな快感を生み出した。
「あ、ぁ――ンぁ、ぁ……」
 くぷぅ、と小さな音が聞こえたのとほとんど同時に。
 湧き上がる微かな快感に耐えきれなかったミーシャが、ぐっと背中を反らしながら腰を落とす――その瞬間、ぐぷぷっ……と太い切っ先が柔らかな蜜窟へと突き立てられた。
「あ、ぁ……ン、入って、ぇっ……」
 挿入の衝撃で腕から力が抜けると、自重でもって肉杭がずぷずぷとミーシャの中に突き立てられる。
 夫の手で十分蕩かされ、高められたその場所は容易く彼のものを飲み込んだが、背筋から駆け抜けていく愉悦は今までの比ではない。
「んぁ、ぁ――これ、すご、ぁ……」
 みっちりと、自分の内側をザウルが満たしている――普段とはまた違った角度で彼を受け止めているのだと気付いた時に、膣壺がきゅうぅっ……と肉楔を締めあげた。
「最後まで入ったか……そのまま動けるか?」
「ぁ、むり――無理、これっ……ッあァ……!」
 挿入の快感だけですっかり腰が抜けてしまって、身動きが取れない。
 ふるふるとミーシャが首を振ると、ザウルの手が腰に添えられた。そのまま息を吐いて、体を弛緩させようとするミーシャだったが、ゆっくりと腰を揺さぶられて悲鳴が上がる。
「ンぁあっ……! あ、あっ……」
 甘やかな刺激に身を捩ると、ザウルが腰に添えた手を放してミーシャの指先を握ってくれた。
 触れた場所から感じる彼の熱が、余計にミーシャの官能を煽っていく。
「自分で、少しずつ動いてみるといい――ッ、あぁ、そうだ……」
 言われるがままに、ミーシャは小さく腰を前後に揺さぶってみた。
 そうすると、また違った場所が刺激されて快感が生み出される――しっかりと鍛え上げられたザウルのお腹に手を添えて、ミーシャはいつの間にか自ら快感を得ようと腰を揺さぶってしまっていた。
「ッあ、ザウル、ぅ……」
 切ない声で夫の名前を呼ぶと、彼はそれに反応するかのように上半身を起こした。
 その刺激だけでも軽く達してしまいそうなほど気持ちよかったが、なおも彼はゆっくりと腰を打ちつけ、ミーシャのことを焦らしている。
「口を開け」
 短く命じられて唇を開くと、そのままザウルが咥内を貪ってくる。
 ミーシャは柔らかな自分の胸を彼の胸板に押し付けながら、快感と幸福を享受した。
「ん、ふぅうっ……ぁ、んちゅ、ぅっ……」
 唇を重ね合わせながらも、ザウルは強く膣奥を突き上げてくる。
 その度にぐぷぐぷと卑猥な音が聞こえて、羞恥で燃えてしまいそうになった。
(恥ずかしい……けど、すごく――)
 その羞恥が、徐々に快感へと置き換わっていく。
 体の熱は次第に高められ、甘い絶頂の兆しが下腹部からむずむずと広がっていくのがわかった。
「ぁ、あんっ……んちゅ、ザウルさま……、あ、もっ……」
「いいぞ――存分に果てろ、ミーシャ」
 ずんっ、と下から強い突き上げを受けたと思ったその瞬間――これまで意識の外にあったミーシャの淫芽が強くつまみあげられる。
「ッンぁ、あっ……! やぁ、ァっ……」
 予期せぬ快感をぶつけられたミーシャの体は、がくがくがくっと震えてきつく緊張する――絶頂の階を上り詰めたミーシャは、膣内をぎゅっと収斂させてザウルにしがみついた。
「っ……」
 ふる、とザウルが震えたのと、膣奥で熱が爆ぜたのはほとんど同時だ。
 何度か腰を揺さぶられて、奥までたっぷりと精液を流し込まれてしまう。
「んぅ、ぁ――」
 深く腰を鎮めたミーシャの体を、ザウルは強く掻き抱いた。熱を失った肉杭が抜き取られたかと思うと、今度は弛緩しきった体を寝台に横たえられる。
「あ、あの……? ザウル様……?」
 絶頂後の気怠さを体に残したまま、ミーシャは夫を仰ぎ見た。月光に照らされた深緑の瞳が、スッ……と艶めかしく細められる。
「――悪いな、一度だけでは終われそうにない。やっとお前にすべてを晒したんだ。これまで募らせた想いの分だけ愛させてくれ」
 そのまま唇を塞がれると、彼を拒むことはできない。広い背中に手を回したミーシャは、結局明け方近くまで彼に抱かれることになったのだった。

(――つづきは本編で!)

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