作品情報

理系な社長と秘密のお試し契約~ブルーカラーな職場でティーンズラブな事案が発生するとは思いませんでした!~

「本と同じことをしてみませんか。僕と一緒に」

あらすじ

「本と同じことをしてみませんか。僕と一緒に」

 男所帯の開発・設計部門で働く技術者、やよい。職場で『兄貴』と慕われる頼もしい彼女の密かな趣味は、ティーンズラブ小説を買いあさる事だった。だがある日、職場の社長である義人も同じ趣味を持っていると知る。
 思う存分ティーンズラブ小説について語り合い、同じ秘密と欲求を抱えている事を知った二人は、やがて本の中のラブシーンを実際に試しあう秘密の関係になり……

作品情報

作:ハットリタクミ
絵:ちょめ仔

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本文お試し読み

プロローグ.

「ん、っ……」
「声、抑えなくてもいいです」
 いつの間にか溢れ出ていた蜜が、義人さんの節くれだった男らしい指に絡まっている。まるで壊れ物を扱うように、指は私の足と足の間――秘所の割れ目を撫でる。そのたびにぞくぞくするような気持ちよさが体を駆け抜け、たまらずに息と声を吐き出した。
 慣れないシーツの匂いと混じって、相手の香りが鼻をくすぐる。こんなに近くで彼の体温を感じることになるなんて、数時間前には信じられなかった。
「あ……んっ、う、あぁ……」
 そして、自分がこんなに甘い声を出すなんてことも。
 その間にも、私を抱く義人さんはもう一つの手で胸を包み込み、やわやわと揉みしだく。そのうちに胸の頂きを刺激され、下半身の刺激と合わさって大きく腰が動いた。
「んあああっ!?」
「そう、それでいいです。恥ずかしかったら、僕の顔を見なくてもいいから……思い切りなりきって。あなたのなりたいヒロインに。あなたはとても可愛いのだから」
 見なくてもいい、の言葉に甘えて、彼の胸に顔を押し付けて、漏れ出した嬌声を吐き出す。その間にも、指は執拗に私の蜜口を上下に擦る。時折、入るか入らないくらいの絶妙な力加減でくぼみを押されると、奥から蜜が勝手に溢れてくるようで体がカッと熱くなった。
「あ、あ、やあぁ……おかしく、なりそう……」
「じゃあ、もっと」
 喋りながらも止まらない指が、今一番敏感になっている花の核をつん、と刺激した瞬間、目の奥に光が瞬いた。
「っやああ……っ!」
「おかしくなっていいですから――僕の前では」
 胸を優しく刺激した手が離れて、頬に添えられ――唇と唇が重なる。
 普段は、仕事のことを語るだけの口。ほんの数時間前には、互いに秘めた趣味への思いを語った口。その隙間から、彼の熱い舌が滑り込んでくる。
 
 こんな関係になると思っていなかった相手とのキスは、物語の中で想像していたよりも甘くて、柔らかくて――――見たことのない自分を引きずり出されるようだった。

1.

「よし、今日は定時ダッシュできそう!」
 夕方。パソコンの電源を切った私は、勢いよく立ち上がり宣言した。
 隣でえっちらおっちら図面と試験表を処理していた同僚の山本さんが「えっ早くない?!」と驚きの声を上げる。
 それを横目に「用事があるんスよめちゃくちゃ重要な用事が」と早口でまくし立てながら、手慣れた様子で机上の工具や文房具を所定の位置に収め、すっかり片付ける。
 ここは、愛知県名古屋市に本社と工場を構える微細精細加工メーカー『株式会社羽生メカニクス』。私、大上やよいは、ここの開発・設計部門で働く技術者だ。 
「まさかいわゆるデート的な? あの大上さんが?」
 山本さんが紙の山の隙間から、恨めしそうな顔でこちらを見る。同僚の彼は、ここ最近付き合っていた恋人に振られたとかで、すぐにこの手の話題にすり替える癖があった。内心「またこれか」と心中ひとりごちながらも、やり過ごすために気持ちを切り替える。
「えー、そんなのと縁があるように見える? この私が? 冗談! 恋愛などにかまけず仕事に生きる女、それが大上やよいの生き方ってもんです」
 作業着に包まれた体の胸元を張り、冗談めかして反論した。
 お世辞にも綺麗とは言えない、肩幅の広い色気と無縁の寸胴体形。くせっ毛だから、ヘアアレンジなど皆無な髪、人懐っこいとは評されるが、決して可愛いとも美人とも言えない己の顔。
 それらを見せつけると、山本さんは「まあ、確かに。羽生の『兄貴』だもんなあ、大上さんは」と当然のように言った。
「妙齢の女性を捕まえて『兄貴』はないよ、ほんと」
 ふーっ、とため息をつく。硬い髪質の頭を掻き天井を仰ぎ見ていると、工場から戻った後輩の田中くんが現れた。「なになに、兄貴の話してるんですか?」と小動物よろしく近寄ってくる。五歳年下の彼は入社から面倒を見ている、人懐っこい後輩だ。
「先輩はやっぱ、兄貴って感じですよね、頼りになるし! どんだけヤベー失敗しても助けてくれるし! 大企業の案件も軽々やってのけるし!」
「そりゃあ誰だって失敗はするもんだからね。でもさあ、田中くん、すぐに報告連絡相談してくれるのは素晴らしいんだけど、注意力散漫なんだよなぁ」
「すんません兄貴」
「だから兄貴は……」
 私の社内でのあだ名は『兄貴』――女性らしさが皆無な見た目、男性社会である製造業の現場でも臆しない態度、そして過去の実績が理由らしい。親しみ半分、からかい半分で、すっかり定着してしまった。
「私のことを兄貴なんて呼ばないのは義人さん……社長くらいだよ」
「社長は真面目ですからねえ」
「私がどうかしましたか?」
 噂をすればなんとやら、である。
 開発室のドアを開けたのは、社内では珍しいスーツ姿の男性。きっちりセットされた七三分けの髪型、野暮ったいデザインの大きな眼鏡、右手にファイルを持っている彼は、今話題になっている社長――羽生義人そのひとであった。
「社長、お疲れ様です」
『羽生メカニクス』は、社員数五十人の小さな会社。世襲の形で社長になった義人さんは、工科大学卒。社長に就任するまでは現場で一社員として働き、すべての業務に関わったあと、半年前に社長職に就いた。
 彼とは出身大学が同じ……つまり後輩にあたる私は、在学中に彼の噂はたくさん聞いていた。
 曰く、性格はおとなしいが、持っているアイディアや技術は高く、社長にしておくのはある意味でもったいない。簡単に言えば、手先が器用な開発者である。
 穏やかで思慮深く、他人の話も優しく聞いてくれる。おまけに顔もどこか可愛げがある(眼鏡が余計にその可愛さを目立たせている)。なおかつ、勢いとノリで生きてきたガサツな自分にも優しく接してくれたこともあり、そこに親しみ以上の感情があるのは否めない。
 まあその、兄貴な自分でも、一ミリくらいの淡い恋心があってもええじゃないか。
「大上さん、今よろしいですか? 新規案件で、少しお願いしたいことがあって」
 新規案件、の言葉で一気にときめきモードから「羽生の兄貴」モードに切り替わる。
「はい、なんでしょう」
「今日、問い合わせの一覧を見ていたら、他社で断られ続けた案件があるみたいで……。回答期限もギリギリなので、取り急ぎ可能かどうか、大上さんに意見を聞いてみようと」
「他で断られた……相当細かい加工が必要なのか、それともポンチ絵から上手いこと設計できなかったんですかね。とりあえず見せていただけますか?」
「うちでやれれば、きっと良い取引先になってくれると思うのです。大きな会社の案件も大事ですが、困っている会社を助けるのも、今後のためになるかと」
 社長職になっても、彼はこうして各部署の仕事を覗き見ては、直接開発部に案件を持ってくる。会社をより一層発展させるために、新規開拓に力を入れたいのだ。それは、二代目のプレッシャーもあるのだが、もう一つ彼の悪癖にある。
「それに、大上さんなら仕様書を見たらワクワクすると思いますから、ぜひ見てほしいなぁ」
「先に社長がワクワクしちゃってるじゃないですか。社長らしいキリッとした顔が崩れてますし、声もめちゃくちゃ浮かれてますよ」
「そ、そうですか……?」
 義人さんは、はにかみながら首を傾げる。あー、すっかり開発室にいたときの様子に戻っている。眼鏡の奥の目尻も下がって、せっかくの仕立てが良さそうなクールなスーツに似合っていませんぞ。
「設計がお好きなのは知ってますけど、顔に出過ぎですよ」
「開発室《ここ》に来ると、どうにも気が抜けてしまって」
 すべての部署を経験はしたが、彼の一番得意なことは開発・設計だ。私を含むメンバーとの関係も良好なこともあって、
「開発室に居るのが一番長かったですもんね、社長は」
 しかし彼は社長職に就いてからというもの、元来持っている物腰の柔らかさの良さを消し、ずっと緊張していて、怖い顔だったり、たまに浮かべる笑顔もどこか貼り付けたようなものだったりするのだけど(全体朝礼なんか、ずっとそんな調子だ)たまにこの部屋に来るときは、昔みたいな顔をしてくれるのが、密かに嬉しいのだった。
「とりあえず、資料を――」
 ドア前の義人さんに近寄り、資料を受け取ろうとした瞬間。「社長、こんなところに?」と訝しげな声と共に人影が割って入った。
「……お疲れ様です、三月さん」
 義人さんの表情がこわばり、警戒するような挙動に変わった。声も冷たくて、先程までの柔和さが消え去っている。
 三月さんと呼ばれた人影は、営業部の古株社員である。もうすぐ五十代の彼は、ダラダラと汗が流れる頭を帽子でこれみよがしに仰いだ。うっわ、汗臭い。
「いやぁ今日も最高気温三十度超えで熱くて、外回りの営業ってのは辛いですわぁ。ん? 社長、この図面をなぜ持っているのです?」
 疑り深い様子の三月さんに対し、義人さんは更に表情を固くしてから、こほん、と咳払いを一つする。
「ええ、ずっと新規問い合わせ未処理のファイルにあったので、まずは開発部に加工可能かどうか確認を」
「そういうの、困るんですよ」
 三月さんは義人さんの言葉を遮る。追い打ちをかけるように、嫌味たらしく「困る、困るんだよなぁ」と繰り返した。
 古株社員である彼は、先代社長(義人さんのお父さん)と懇意にしていた通称「先代派」。先代は会社を立ち上げた創設者でもあり、重役や長く勤めた社員の一部は先代社長のやり方と繋がりを重視して、新しいことをしようとしている義人さんのやり方が気に入らないのだ。
「しかし、これは回答期限が迫っていて、信用問題に関わると」
 対する義人さんも、資料の日付を見せて主張する。社内ルール通りで行けば、とっくに返答をしているもののはずで、義人さんが言っていることは正しい。しかし、三月さんはまったく動じる様子はない。
「うちの新規開拓担当の仕事が遅いのは把握しております。しかし、ここで無理やりねじ込んでしまっては、以前の二の舞になってしまうのではないですかな? いやあ、あのときは苦労しましたなぁ」
「……っ」
 義人さんの表情が、一層険しくなった。「以前」「あのとき」を強調する三月さんの物言いに、一社員として一部始終を知る私も、なにを言いたいのか理解して奥歯を噛む。
「それより、エイシン・ディのことで相談があります。今からお時間よろしいですかな? なにせ明日までにとあちらから仰せつかっておりまして」
 エイシン・ディ――この地域では比較的大きい、自動車部品などを扱う機械メーカーの名。うちにとっては、売り上げの半数をここの発注で賄っているくらい付き合いの深い会社だ。そして、三月さんの担当でもある。
 三月さんは私に差し出そうとした資料を取り上げ、部屋の外に出るように半ば無理やり促した。
「昔からの取引先をないがしろにされては困りますな、若社長。まったく、いつまで経ってもスーツ姿も様にならない。その眼鏡も野暮ったいなぁ。これじゃあ社長じゃなくて、うだつの上がらない昼行灯社員ですわ」
 若社長、と意味ありげに言われた義人さんは、すっかり仏頂面になってしまっている。
 わかりました、と義人さんが静かに答えた。
「大上さん、お邪魔して申し訳なかったです」
 振り返って私を見た彼は、言葉通りの申し訳なさそうな表情をしていたけれど、そこにいくばくかの疲労感が見えた。
「いえ、私は大丈夫です。その……頑張ってください」
 不満げな顔で眺めている三月さんを無視して、小声で励ます。本当は「嫌味なおっさんですね!」と言いたいところをぐっと我慢した。
「……はい」
 義人さんは、ほんの一瞬だけ目尻を下げたが――すぐにしかめっ面に戻って、場を去った。
 足音が消え去ってから、ようやっと私たちはため息をつく。
「営業の三月さんって、ホント嫌味なおっさんですね!」
 おお、可愛い後輩よ。同じことを思っていたのだね。不満が爆発した様子の田中くんに、私と山本さんも「そうだよなぁ」と頷く。
「でも、三月のおっさんはああ見えて古株のやり手じゃん。だから半年前のときも、結局彼のおかげで被害を最小限にできたんだし。そりゃあ社長も頭が上がんない……いや、まあ、俺たちだって大変だったからさぁ。怖い顔するなよ、大上の兄貴ぃ?」
「そりゃあ、確かに最後は三月さんのおかげでどうにかなりましたけどもね!」
 三月さん曰くの「二の舞」――半年前、社長就任した義人さんが新規案件を大量に取り、対応が間に合わなくなった件のことだ。
「まあ、見積もりが甘かったんですよ、社長の。本当は、ベテラン営業と一緒に協力できたらよかったのに、営業のボスがほら……先代派の三月さんなもんだから、孤立無援。それで余計張り切っちゃった社長が案件取ってきたはいいけど、あとは御存知の通り」
「二代目として、会社をもり立てようと必死だったんだよ。さまざまな会社からの難しい案件・需要に応えるという『羽生におまかせプロジェクト』……ニーズはあったんだけどね、ちょっとキャパオーバーだったと私も思う。残業続きだったし、仕事の精度は落ちるし、だからといって通常業務も遅れてはいけなかったし。社長も開発で一緒に残業して手伝ってくれたけども、間に合わなかった」
「あのときの兄貴と社長、鬼気迫る表情でマジ怖かったっす」
「結局、同業他社にまで助けてもらってなんとか凌いだっけ。納期伸ばすのも、三月さんが社長に付いていってさぁ」
 はあ、と当時を思い出して三人同時にため息が出てしまう。
「そりゃあ、付き合いのある会社は大事にしないといけないのはわかるけどさ……それでも、二代目ともなると今までと同じことばっかりやってちゃいけないし。でもさぁ……」
 山本さんの表情が微妙なものになる。
「ううっ、社内では、先代の息子だから社長になっただけって陰口叩かれてますもん。例えば――」
 先代派の古株連中がやれ『経営のことがわかってない』『コスト度外視などお話にならない』『技術系オタクは社長に向いてない』ってもうほんと、うるっさいのなんの。あと『あの野暮ったい眼鏡とヘラヘラした表情が軟弱過ぎる』って、ひとの外見で決めつけるのなんて本当に時代遅れにも程がある。
 そんなことを一通り同僚後輩にぶちまけると、はあ、とまたため息が出てしまう。
「ああでも社長、現場の仕事めちゃくちゃ褒めてくれるから、俺、兄貴の次に好きです! こだわりは二の次で納期厳守厳守って営業みたいなきっついこと言わないし!」
「納期は大事だよ可愛い後輩。でも確かに、無茶な条件での納期厳守は本当にしんどいから、社長はそこもなんとかしたいみたいで……とにかく、現場のことも考えてくれてるから、ほんと、応援したいんだけどねえ……」
 と、そんなことを考えながら時計を見れば、あと少しで夢の退勤時間ではないか!
「あーっこんなこと言ってる場合じゃない、さっさと退勤――」
「クレーム!?」
 声の主は、今しがた外出から帰ってきた野山さんだった。
 電話の受話器を片手に、焦りと苛立ちをどうにか隠したまま話す野山課長を皆が固唾を呑んで見守る。さすがの私も、部屋から出るのをためらう。
 そして課長は静かに社用電話を切ると、はあーっと深いため息をついた。終業時間間際の電話など、嫌な予感しかしない。
「すまん、エイシン・ディさんの下請け工場で、うちの部品の不具合が発生したらしい。本当に申し訳ないんだが……」
 エイシン・ディの名前が出た瞬間、全員が一斉に私を見る。そして課長は、普段は温厚な顔に皺を寄せ「大上さん……」とこちらを見上げた。
「前、君と社長が関わったものなんだ」
 ああ、みなまで言うな。結果は見えている。
 こうなると、工場に出向いて実物を見ないと話にならない。「用事は他人との約束じゃないんで、少しの残業ならできますよ」と言ってしまった私は、密かにため息をついた。

 場所は変わって、名古屋市中心部――栄。百貨店やビルが立ち並び、中央分離帯にある縦に長い久屋大通公園にそびえ立つテレビ塔は、LEDで華やかにライトアップ。初夏の金曜夜ということもあり、名古屋の中心は大層賑やかだ。
 そんな街にある本屋の出入り口から出た私は、書店の大きな紙袋を手に提げ、満面の笑みを浮かべた。
「間に合ってよかった!」
 現在時刻、二十時ちょうど。あれから社用車をかっ飛ばし仕事を済ませ、ダッシュで最寄り駅に駆け込み、本屋の閉店時間ギリギリに滑り込んだのだ。
 突然の不具合対応に心も体もヘトヘトだけれど、紙袋の重さがそれを解消してくれる。
 私の大事な用事とは、今日が発売日の本を受け取りに行くこと。ただの本ならば、近所の本屋で買うけれど、この本は少し特殊な趣味のもので、万が一顔見知りに買う現場を見られたら恥ずかしさでいたたまれなくなる。
 だから、人の出入りが多い繁華街の大型書店であえて手に入れる。ゆうに地下鉄五駅は経由する場所だが、用心に越したことはない。
 大切に抱えた本とは、主に女性の大人をターゲットにした、官能小説……俗にいう「TL《ティーンズラブ》」と呼ばれるジャンルのもの。可愛く綺麗なイラスト表紙、主に働く成人女性がヒロインであること、下品でないが刺激的な性描写、そして、優しく時に情熱的にヒロインの心と体を求める男性キャラクターの描写が、私の心を掴んで離さない。
 そして、これは誰にも言えない秘密だけれど、話の中の愛らしいヒロインと自分を密かに重ねるのも、楽しみの一つだった。
 本を読んでいるときだけは、現実での「女性として見られない」自分を忘れられる、ささやかな一時だから。
 嬉しさのあまり、紙袋を抱きしめ中身を見やる。ぎっしりと詰まった本を見ると、ニヤけるのが止まらない。
 今日は新刊を受け取りに行ったのだけれど、棚を眺めているとついつい他の本も欲しくなってしまった。なにせ給料日後だし、さっきのクレーム対応の反動もあったんだと思う。
 気づいたときには十冊ほど両手に抱えていた。いやはや、我ながら煩悩の数がすごい。
 それでも好きなものは好きなので仕方がない。ふふっと思わず声が漏れるほどに浮かれていたそのとき。
「うわっ!!」
 背中から、誰に勢いよくぶつかられ、体が思い切り前に倒れる。衝撃でバランスを崩し、手から荷物が離れ投げ出されてしまった。そして私も地面に衝突しそうになる――が。
「危ない!」
 男性の声と共に、体を受け止められた。柔らかいシャツの感触が頬に触れる。
「大丈夫ですか?」
 そう言いながら、男性は体を優しく押し戻してくれた。優しく遠慮がちなその声にどこか心当たりがある気がしながらも、ふらつきながら立ち上がる。
「あ、ありがとうございま――」
 礼を言おうとした口が、固まった。
『強引社長と淫らなアフター5』『束縛彼氏との愛欲の日々 焦らさないで、お願い』『地味女子なのに、イケメンホストに愛されちゃってます ~ベッドの上でシャンパンコール~』……などなど、口に出して言うのもはばかられるようなタイトルと表紙の本が、栄の歩道に散らばっている。夜の街灯に照らされて、やたらと淫靡な印象が強まったと思った瞬間、背筋が凍った。
 他の誰でもない、私の買い求めた本だからだ。
「あああああっ!?」
 思わず助けてくれた男性を押しのけ、しゃがみこんで拾い始める。しかし、かき集めれば集めるほど恥ずかしさは増していき、うまく本が拾えない。
 こんな恥ずかしいことがあるだろうか。いや、ない。着替えを見られるよりもよっぽど恥ずかしいよこんなの、今すぐ逃げ出したい!
 異様さに慄いて去ってくれればいいのに、あろうことか男性の手らしきものが伸びてきて、落ちている本を拾い上げた。その親切は別のところで使っていただきたい、今だけは!
「あっああっそのあの大丈夫ですのでそのっありがとうござ――」
 慌てて立ち上がるが、手伝ってもらえるありがたさよりも、こんなきわどいものを拾ってもらう申し訳なさが先に立つ。もう一度改めてお礼を、と思ったのに、目に飛び込んできた顔に、思わず絶句する。
 清潔感のある七三分けの髪型、ラフに着こなしたシャツとジャケットは見慣れないけれど、特徴的な眼鏡には見覚えがあった。
「大丈夫ですか、大上さん」
「義人さ……社長……っ!?」
 名を呼ばれたことで、疑問は確信に変わる。
 男性――株式会社羽生メカニクス、つまり自分の勤める会社の社長である羽生義人が、私の買ったTL小説本を手にして、目の前に立っている。
 せっかく見知った人間と遭遇しないように気を遣っていたのに、よりによってこのひとだなんて!
 かといって、取り繕うこともできず硬直していると、義人さんは真剣な表情で近づいてきた。
「この本……」
「ヒッそれはあのええとその」
 受け取ってしまったら「そのエッチな本は自分が買ったものです」と認めることになる。だがすでに腕いっぱいに抱えた本の表紙は丸見えで、今更取り繕ったところでどうにもならないこともわかっている。
 変態とののしられるのか、失笑されるのか。月曜からどう出社すればよいのか頭の中でグルグルしていると、彼は「大上さん……」と変わらず真顔のまま、私をじっと見つめていた。
「この本、僕も好きなんです!」
「……へっ?」
 差し出してきた『強引社長と淫らなアフター5』と彼の大真面目な顔を見比べた私は、さっきまで感じていた羞恥心がすべて吹き飛びそうなほど、間抜けな声を出した。

 * * *

「……でですね、ここでヒロインに黙って胸を貸すシーンが好きなんです。行為のあとだけど、そこからは抱き合ったまま一夜を明かす……体温の温かさと、満たされた想いが伝わってくると同時に、ヒーローがもう一度体を重ねたいと思うのをぐっと我慢している部分がこれまた、たまりませんね」
 少し暗めの照明の下、つまみとグラスを挟んだダイニングバーの個室。義人さんがロンググラスを片手に、うっとりと語る。
「わかります、わかります! ヒロインがヒーローに安心していると同時に、もっと好きになって手を出したいって思っちゃうヒーローいいですよね!」
 向かい合って座る私も、同じく片手にグラスを持ち、コクコクとその言葉に頷く。
「ああ……こんな話ができるなんて……とてもいいシーンなんですけど、なかなかレビューにも書かれていなくて」
「うんうん、私もそう思います」
 はぁ~、とため息をつく義人さんの頬は緩みきっている。まるで開発室に来たときのような表情だ。この話ができて嬉しかったことが、言葉だけでないのが表情からも伝わってきて、彼の言葉は嘘偽りないのだとよくわかる。
「しかしまあ、義人さんがTL小説のファンだとは思いませんでしたよ」
 ――本屋の前で私がTL小説をぶちまけて、小一時間ほど経った。
 あのあと、本の回収を手伝ってくれた義人さんは、なんと私をバーに誘ってきたのだ。ここで断ったら、あとでどうなるかわからなくなるのでは、と怖くなった私は彼の誘いに乗った。
 そして馴染みだという個室のダイニングバーに案内され「自分もTL小説を読むことが趣味」だと打ち明けられたのだった。
 そこからは知っている作品の話題で盛り上がり、今に至る。
「こんなこと、普段は言えないんですけど……あれだけ大量に買ってるひとが身近にいるなんてと思ったら、つい。ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。見られたときは人生終わったかと思いましたけど」
 相手が相手ですしねー、と笑うと、義人さんは「怖がらせるつもりはなかったんです……」と肩を落とすので、慌てて「いやむしろ声をかけてくださって嬉しいですよ!」とフォローする。
「でもなんで、TL小説なんですか? その……男性向けのエッチな本って、たくさんあると思うんですけど」
 不躾な質問だとも思ったけれど、酔っているのも相まって、どうしてTLに興味を持ったのか知りたくなった。すると、彼は目を丸くしたものの「それはですね……」と話し始めてくれた。
「TL小説ってロマンチック。ヒーローのかっこよさも、ヒロインの可愛さも楽しめる。大人が多いから、行為のシーンも安心して読めることが多い。別の世界を覗いているようで、すごく楽しいって思ったんだ」
 こんなことを他人に話したのは初めてです、と義人さんは少し恥ずかしそうに言った。
「一種のストレス解消かな。子どものころから、会社を継ぐのは決めていたけれど、最近は特に、上手くいかなくて……すいません、社長としての僕は本当に、情けなくて」
 夕方の一件を思い出したのか、義人さんはどこかバツの悪い顔になる。
「いや、大丈夫です。プレッシャー、すごいと思いますよ。二代目ですもん。しかも、あんな頭の固いおっさんどもに。あ、大丈夫ですよ! 誰にも言わないので! アハハ!」
 まあ開発室の面子にはバレてますけど……と追い打ちをかけるのは、かわいそうなのでやめた。
 義人さんは、一気にグラスの中身を煽る。「お酒もさほど酔わないんですよ。だからストレス解消にはあまりならないんです」と困ったように笑いつつ「大上さんはどうして?」と小首を傾げた。
「私は……」
 つい言い淀んだが、素直に話してくれた手前、繕うほうが逆に失礼になるかもしれない。なら、私も嘘偽りない言葉で答えようと思った。
「私もストレス解消です。ほら、職場で『兄貴』なんて呼ばれて……いや、頼りにされるのは嫌いじゃないし、親しみを込めて呼ばれているのもわかってるつもりです。でも」
 テーブルの上で手をさすり合わせながら、言葉にしていく。
「心のどこかで、お話の中のヒロインみたいになってみたいなって思って……」
 酒の勢いも手伝って、ずっと心に秘めていた思いを打ち明けていた。
「やーははは、ほんと! 似合わないのはわかってるんですけどねえ、一回くらいは本みたいなことしてみたいですよねえ……恋愛なんてお呼びでないので、冗談ですけど!」
 面と向かってTL小説談義ができた嬉しさもあったし、なにより秘めている思いを気兼ねなく喋る気持ちよさが勝った。うっかり口に出してしまったのは、こんな自分には到底縁のない話だと諦めているからだ。
 アハハハ、と叶わない夢、冗談であることをアピールしようと笑うと、義人さんがなぜか神妙な表情になってこちらをじっと見つめていた。
 それは、先程までの温厚でひとのよい表情というよりは、真剣に図面や制作に向かうときの顔で。
「あ、あの……義人さん……?」
「それ、僕と一緒にやってみるってのはどうでしょう」
 笑うでもなく、かといって、からかうでもなく、義人さんの低い声が私の耳を打つ。
 今、なんと仰いました?
「あなたさえよければ、本と同じことをしてみませんか。僕と、一緒に」
 本と同じことを。その言葉の意味を理解した心がぐらりと揺れる。心身ともに疲れていた私には、あまりにも甘美な誘いに聞こえた。

2.

「うわあ……」
 部屋に足を踏み入れた瞬間、今まで想像でしかなかった本物の「ラブホテル」の景色に感嘆を漏らした私は、こわごわ周りを見渡す。
 モダンなモノトーンの内装、淡く光る照明。存外落ち着いた内装なんだなぁなんて安心していたら、置かれている大きなベッドと、ベッドサイドに置かれた薄い真四角のパウチが目に飛び込んできて、一気に心臓がドキリとした。
 そうですよね、そういうことをする前提の場所ですもんね!
 ソワソワしていると、上着を脱いで一息ついた義人さんから「どうしました?」と声をかけられた。
「いやその、存外オシャレっていうか、綺麗なんで驚いちゃって。なんか、テキトーな服装で入ってよかったのかなって。いや、ラブホなんだから別にいいんですよね!? すごいなあカクテル飲み放題ですって! いやさっきしこたま飲みましたね!?」
 適当に「そうだそうだ荷物を置きましょうそうしましょう」などと言いながら、態度をごまかす。ラブホテルに入るなんて初めての経験だし、もっといえば、男性と付き合った経験すらない私は、とてもうろたえている。
 そんな私を見た義人さんが突然、くすっ、と小さな笑いを漏らす。小馬鹿にするというよりは、微笑ましいものを見た、というような好意的な様子だ。
「可愛いですね」
「かわっ!?」
 予想外の言葉に、荷物をどさりと落としてしまった。
 自分に対して「可愛い」などという言葉が向けられる機会が、このウン十年あっただろうか。いや、ない。
 動揺し固まっていると、いつの間にか義人さんが私の荷物を拾って、丁寧にソファ横に置く。そして、流れで彼と一緒にすとんと腰を落ち着けてしまった。
 しばし無言の時が流れるが、さすが沈黙に耐えられなくなったので、おそるおそる口を開く。
「きょ、今日はどんな感じで進めればいいですかね……?」
 とはいうものの、どんな気の利いたことを言えばいいのかわからない。
 だからって、まるで取引先との打ち合わせのような言葉が飛び出したのは少しまずいんじゃなかろうか。
 しかし義人さんは笑うこともなく「そうですねえ」と手を口に当て真面目に考えだした。
「とりあえず、初めてのデートのあと、初めてベッドインする恋人、みたいな感じで行きましょうか? まずは王道のシチュエーションから始めたほうがいいと思います」
「ああ、はい、王道ですね!」
「ああでも、まだ付き合ってない二人が、偶然が重なって一緒の部屋に泊まらないといけなくなって……そこから体を重ねる、というのもなかなか」
「良いですね!」
 二人で「TL小説みたいなセックス」をしましょう――義人さんの提案は、言葉だけ聞けば完全に「セックスフレンドになりませんか」の意味にも聞こえたが、重要なのはセックスそのものではなく、シチュエーションを共有することだ。
 二十歳を過ぎ、一昔前の結婚適齢期とやらも過ぎてしまった私には、厳格な貞操観念はない。というよりは、諦めに近い思いを抱いている。大学も男性だらけの場所で青春を過ごしたが、恋人関係になるような深い付き合いになる人間はいなかった。
 曰く『どうしても性格が男っぽく思える』『女性として見ることができない』――淡い思いを抱いた相手から、悪気なく言われた言葉だ。実は何度か、女性らしくなろうと試したこともあったのだけれど「やよいらしくない」なんて失笑してしまわれては気持ちを折られてきた。
 女として見られない、つまりセックスする機会もないということだ。そんな自分に手を差し伸べてくれる相手が、しかも、同じTL小説好きの相手、おまけに、自分がほのかに憧れを抱いていた相手だなんて、ものすごく幸運なことじゃないだろうか。
 大上やよい、一世一代のチャンス、逃しはしません!
「こう……きっかけさえあればいつでも手を出せる! チャンス到来! というのがいいですね」
 そういえば先月の新刊でそのシチュエーションありましたねえなどと熱く語ると、義人さんが微笑を漏らした。
「はい……今、まさにそんな感じですね」
「え?」
 私が彼の言葉の意味を正しく理解する前に、義人さんが体の距離を近づけ、手を優しく掴んできた。まだふわふわと酔いの残る体は引き寄せられて、暖かな胸元に収まってしまった。
 ついに始まってしまった。唐突にも思えたけれど、まさかスポーツの試合みたいに「今から始め!」なんて言わないものだろうし、これこそまさにTL小説のシチュエーションだ。
 シャツの向こう側にある義人さんの体も、壊れ物を扱うように触れる手も、どこか熱く感じるのは気のせいだろうか。異性と至近距離になる経験など学生時代のフォークダンスか満員列車のときくらいだ。そのことに気づくと心拍数が上がり、ドッドッと己の心臓の音だけが大きく聞こえてくるのがわかった。
 なにもできずに固まっていると「キス、してもいいですか」と真剣な声音で囁かれる。瞬間、ひときわ大きく心臓が跳ねた気がした。
「は、はい……」
 緊張から魚のように口をぱくぱくさせながらも、どうにか同意を伝える。義人さんが眼鏡を外したのか、カチッという音がやけに部屋に響いたように聞こえた瞬間、顔が近づいてきて、唇が優しく触れ合った。
 最初だけは気遣うように唇を当てていたけれど、やがて角度を変え、唇を啄まれた。ちゅっ、と軽いリップ音が響き、刺激と音に驚き体がびくりと震える。ん、と意図しない声が漏れて、同時に息がしたくなって、とっさに体を離してしまった。
「っ、すいません、やっぱり無理強いしてしまいましたか」
 拒否したような仕草に思われたのか、義人さんが気遣うような様子になる。違います違います、と慌てて首を振った。
「ちっ、違うんです。その、キスは……未経験で」
「み……えっ?」
 義人さんの表情が変わる。
「そのですねつまり、その先のことも実際にしたことがないんです……すいません……」
 最初から言えばよかったのに、舞い上がって言うのを忘れていた。この歳で未経験は初々しいを通り越して、人生経験の乏しさを表しているような気がする。
 いっそのこと事を成さずに「なかったこと」にするなら今ですよと言いかけた瞬間、義人さんはぎゅっと体を抱きしめてきた。まるで、逃さないと言わんばかりの力で。
「いいんですか、僕で」
「え、僕で、って」
「大上さんの初めての男がってことです」
「歓迎しますよ。TLみたいなことしてくれる男に、最初に抱かれるなんてラッキーじゃないですか? むしろこっちがなんも経験なくって申し訳な――」
 言い終わる前に顎に手がかかり、顔が引き寄せられる。
「じゃあ、遠慮なく」
 そして最初よりもずいぶんと性急で、深い口づけが落ちてきた。
「んっむ……!?」
 食べられるのではないかと思うほど唇を啄まれ、口を割りぬるりと舌が入ってくる。真正面ではなく角度をつければ、かすかに鼻で息ができることがわかったので、少し力を抜いて相手に体を委ねる。
 湿って熱い舌で自分の口内を舐め尽くされる感覚。舌同士が絡まって吸い上げられる。引っ張られているのに、その刺激が痛いよりも気持ちよさに変わっていく。
 口の中を暴かれるって、こういうことなんだ。 
 離れてしまうと、やけに物足りない。自分から舌を差し出すと、更に強く絡められ、頭の奥が痺れそうになる。
「は……ふ、ぁ……」
 口の端に垂れた唾液を舐め取られた。その質感に体に熱がぶり返す。
「そ、そんなところ舐めなくてもいいのに」
「さっきまであなたの口を貪っていたのに? ああもう、そんな反応されたら、ものすごく可愛いじゃないですか……」
「だから、可愛くなんて――」
 つい否定をすると、そっと唇に義人さんの指が当てられ、言葉を封じられた。
「今日はその言葉、禁句にします。もっと可愛いところを見せてください。だってあなたは今日、ヒロインなんでしょう?」
 つう、と唇を横にゆっくりと撫でられる。緩慢な動きは、これからなにをするのかを、私の体にわからせているようだ。
 眼鏡がない分、視線が直に刺さるようで恥ずかしいし、存外に長いまつ毛がよく見えて、ひときわセクシーに見える。
 なんか、私の知っている義人さんじゃないみたいな感覚。まるで本当に、TL小説から抜け出てきたヒーローみたいだ。
「ゆっくり触れていきますから」
 唇を撫でた指が、耳たぶを触った。
 普段他人に触られることのない部分だから、ひゃっと短い悲鳴が出る。また顔が近づいて、キスされるのかと思いきや、義人さんは反対の耳たぶを甘噛みした。
「ふひゃ!?」
 舌先でつん、と突かれるように舐められた。ほんの少しの刺激なはずなのに、体がびくんと跳ねてしまう。今度はちゅっと音を立てて吸われ、ついに舌は耳の穴にまで侵入した。
「ひゃああぁんっ!」
 ぐちゅぐちゅという卑猥な音が直接耳から脳に響くと同時に、もどかしさが体を支配して、普段なら出ない高い声が私から漏れる。
 体の奥から、じわりと熱くなる気がした。
「んんっ……っ、あ、ふぁ……? ッ、あ……やぁぁ……」
 リズムをつけ、ちゅ、ちゅっと舐められるごとに、私の口からこぼれ落ちる声は、まるで自分のものではないみたいだ。
 やがて義人さんの唇が首元へ軽く降りてくる。数回触れるだけの口づけを落とすと、ついに腰元に手が触れた。
「ベッドに行きましょうか」
「ん……は、い……」
 そう耳元で囁かれた私の頭はぼうっとして、返事すら危うくなっていた。
 ベッドになだれ込み、間髪入れずにキスをされる。浅く、優しく軽いタッチでされるキスを今度は抵抗なく受けていると、義人さんの手がシャツの下にするりと入り込んだ。
 脇腹を通る手がくすぐったくて「ひっ……ひひっ、やめ、これ、くすぐったい……」と情けない声を上げると、義人さんが「くすぐったいですか?」と聞いてくる。
「はひ、っ、こそばゆい……」
「ふむ……知ってますか、くすぐったいって思うってことは、そこは気持ちよくなる場所だってことなんです」
「へ……っ?」
 突然豆知識を披露され、ふんふんと聞き入っている間にも彼の手は優しく脇腹や太ももをさすり続けている。そのうちに、触られた箇所がくすぐったいというよりは、どこか熱を持ったように温かく感じるようになり――次第に、説明しがたい疼きが湧いてきて、小さく身じろぎをする。
 ふ、あ、と小さく喘いでいると、ついに手がブラジャーに触れた。「服を」と促され、思い切って上半身を起こし、着ていたリネンシャツを脱いだ。
 さすが下着まで脱ぎ去る勇気が出ずにまごついていると、すぐに後ろから抱きすくめられる。私が脱いでいる間に、義人さんもシャツを脱いでいたのだろう。肌の温かい感触に、一気に顔へ熱が集まってしまった。 
「外します」
 肩にキスを落とされる間に、背中に指が走ってブラジャーを取り去られてしまう。真正面から体を見られることがなくてよかったと謎の安堵をしていると、胸の膨らみにふわりと手が添えられた。 
 むに、むにと、義人さんの手で形を変えられていくと、時折彼の指が先端をかすっていく。擦られるたび先端は疼き、やがてつまめるほどにまで硬くなったそれを捏ねられた瞬間、体に甘い痺れが走って、思わずのけぞる。
「っ、っひゃんっ!?」
「柔らかくて、手に吸い付くみたい……ずっと揉んでいたいです」
「そ、それはどうも……っ……ふ、あ、やあぁっ!?」
 先端を短く切られた爪で軽く引っかかれる。痺れが体を熱くし、生理的な涙すら滲んできて、声が抑えられない。
 義人さんの指が動くたび、手のひらが肌を撫でるたび、体の中に熱が溜まっていく。
 そのうちに、お腹の下のあたり――つまりは下着の中の部分に、じんわりと潤みを作っていく感覚に気づいてしまった。自覚してしまえば体は素直だ、もどかしさから足を擦り合わせてしまう。
「ここも……いいですか」
 一段と低くひそめた声が、耳元で響く。同時に、指先が唯一残っていたショーツに触れていた。合わせていた足の力を緩め、彼に身を委ねる。
 Vラインの上を指がなぞり、ついに柔肉の上に触れる。触れただけで、中の蜜液がどろりと出そうになるのを感じて「や、だっ」と思わず口走る。
「痛かったですか?」
「ちが、違……あの、そのっ……」
 なんと言えばいいのかわからず言葉を濁す。ただ体を触られていただけなのに、私の花弁の奥はすでに滴っているだなんて、恥ずかしくてたまらなかった。
「……染みてきているから?」
「――っ!」
 言いながら指をショーツ越しに軽く押し込まれ、すでに愛液に塗れている蜜口がはしたなく布に染みをつけるのが、見なくてもわかる。恥ずかしさのあまり、子どもがするように首を横に小さく振り、いやいやとしてみせると「あ」と義人さんの声がこぼれた。
「ごめん、いじめるつもりはないんだ」
「わかっ……わかってます……でも、さっきから、ずっと、熱くて、その……義人さんが、触って、くれてるから……」
「じゃあ、僕の愛撫でこんなに感じてくれたんだって、思っていいのかな」
 嬉しいな、とどこか実感のこもった囁きがしたかと思ったら「これ以上、下着を痛めてもいけないので」と義人さんの指がショーツをするりと脱がしていった。一糸纏わぬ姿になった私の秘所に、再び手が伸びた。
 揃えてもない茂みをかき分け、襞の淵に指が這う。指が優しく上下するたびに、うるみが更に増していく。慣らすように幾度も行き交う指の動きに、自然と腰が動くのが止められなかった。まるで、もっと奥まで突き刺してほしいと希うように。
 二人で横に倒れ込み、更に胸も口も責め立てられ続けたあと、割れ目の上にあるもっとも敏感になった部分をつままれ、体をひときわのけぞらせた。
 まるで、頭からつま先まで、電気が痺れたみたいな衝撃と一緒に。
「――っあー……はあああっ……!」
 反射的に太ももをきゅっと閉じ、ぶるぶると体を震わせる。その間にもあえかな喘ぎ声は止まらなくて、耐えるように義人さんの体にすがりつく。
 大きく反応したのに、義人さんはその手を止める気はない。むしろ「もっと」とねだったように聞こえたのか。柔らかく押して、離して、今度は押しつぶされて。そのたびに甘い痺れが体を駆け巡り、最奥がとめどなく潤う。
「そろそろ、中もほぐしていきます」
 男のひとの大きな指が、ぬるりと隘路を割って入る。
「……あ、あ……っ」
 今までの人生の中で、興味本位で気まぐれに自分の指を入れることしかなかった(それも入り口付近までの話だ)場所に、初めて他人を受け入れている。
 十分に熟れた中は痛みを感じず、むしろ指が蠢いて内壁を擦るたび鈍い刺激が気持ちよさと共にやってくる。
 ぬぽっ、くちっ、と軽く引き抜く音が響いたのが聞こえた瞬間、自分がどれだけ濡らしているのかわかって、あまりの卑猥さに顔へ熱が集まった。
「中、とろっとろ……すごい……」
 再び指を深く沈められると同時に、すっかり勃ってしまった真珠を別の指でこね回されて、その刺激に思わず腰を引く。
「ひゃぁっ! つ、っん……! や、だ、だめぇ、だめです、おかしくなっ……」
「おかしくなっていいですからね……本当に可愛いひと」
 そしてなにより「可愛い、可愛い」と義人さんに繰り返し囁かれながらそんなことをされるので、羞恥心と気持ちよさで頭がぼうっとしてしまう。
 時折理性が戻り「違う、そんなこと無い」と言おうとするたびに唇で塞がれて、下は彼の指がふやけるんじゃないかと思うほど弄ばれ、更に泣かされるのが続いた。
「ふ……っ、ぁ、や、あ……」
 すでに義人さんの指は二本も私の孔に入っていて、上下左右、そして奥までくまなく動いては私の中を広げ、感じる場所を探している。
「……っ!? やっ、そこ、グリグリ、きもちい……」 
「気持ちいいですか? じゃあちょっと、強く」
「んんっ、ふ、ああっ……!」
 中で指を軽く曲げ、強く押されるととても気持ち良い場所があった。脳天直撃と表したくなるような快楽に太ももを擦り合わせ、思わず中もきゅっと収縮させてしまう。
「んッッ!」
「う……中で、締めないで……期待してしまいます」
 ぐっ、と抱き寄せられると、お腹のあたりに熱くて固いものの感触がわかった。雄々しい男の欲望そのものだ。
「挿れていいですか」
 熱い吐息が耳にかかる。はい、と息も絶え絶え言うと、指が引き抜かれる。ぽっかり空いてしまった秘所は、これからのことを期待してひくひくと動いているのが嫌でもわかった。
 ぐったりとベッドに仰向けになっている間に、義人さんも下の服を脱ぎ去ったらしい。かすめ見た彼の下半身に、そそり立った雄の証しを見た。
 当然なのだが、きちんと避妊具をつけていることに安心していると、たくましい体が再び私を組み敷いた。
 入り口にぴたりと当てられたまろい感触に、体が自然と硬直する。
「痛かったら言ってください」
 すっかり指でほぐされた蜜口に、切っ先が押し込まれる。優しく、ゆっくりと――指とは比べ物にならない大きさの剛直が、中を暴いていった。
「っ……ふ、あ……ッ!」
 しっかり中をほぐされたおかげで、予想していたよりも痛みは無い。むしろ、緩慢な動きから与えられる甘ったるい刺激で、これが奥まで収まり、あまつさえ激しく動かされたらどうなるのかという期待に胸がはやる。
「……んっッ!」
 熱い杭はすべて収まったのか、義人さんはピッタリと体をくっつけると「ふうっ」と一息つき、私を見下ろす。
「大丈夫ですか? しばらく動かないから、安心して」
「んっ……だいじょう、ぶ……」
 どこまでも優しくて、本当に夢のような相手だ。どれだけはしたなく高い声を出しても、一度もらしくないと貶すことはなかった。
 急にじわり、と目元に涙が滲む。
「……っ、わた、し……こんなに優しくされて……可愛いって言われたこと、今までなかっ……」
「大上さん……」
 仮初めの関係なのに、自分の欲望が満たされていく。丁寧に扱われ与えられる気持ちよさと、秘めていた自分の願いを叶えてくれる心地良さに抗えなかった。
 嘘でもいい、今はただこの心地良さに溺れていたい。
 ついに涙が溢れて、頬に流れる。すると、義人さんが私の体を掻き抱いて、ちゅ、と目元の涙を吸い取った。
「なにも考えないで。あなたは、とても、可愛い……ッ」
 動きます、と囁かれ、繋がっていた箇所から、緩慢に剛直が離れていく。すっかり吸い付いていた媚肉が切なく擦れたと思ったそのとき。
「――んっ、ああぁっ!」
 再び押し込まれた肉欲は、最初よりも更に熱く、力強く私を貫いた。
 波のように押し寄せる気持ちよさに、恥も外聞もなく喘ぐ。ゆっくり、深く深く中を穿たれると、そのたびに中が熱を持って溶けていく感覚。
 ドロドロに溶けて、戯れに混ぜられるアイスクリームのような甘い快楽に何度も嬌声をこぼしているのに、覚えたての体はものすごく素直で貪欲だった。
「もっと……ほしい……です……」
 最奥に誘い込むように腰と足をくねらせて、ねだる。不意打ちだったのか、義人さんがうめき声を上げた。
「……ッ、こんな誘いかた、エッチ過ぎます……!」
 太ももをがっちり掴んで、足を更に広げられる。すると彼の腰つきが先程の緩慢なものから一転、短い間隔で穿つものに変わった。
「あッ……! んんッ――ッ! やぁ、あ、くう……んっ!」
 頭の中が真っ白になりそうなほどの、怒涛の刺激。
 ぱんっ、ぱんっ、と肉がぶつかる音って本当に鳴るんだぁ、なんてことを考えながらも、すぐに頭は気持ちよさに引きずられる。
「や、ぁ、ハァん! っあ、あ……き……きもちい……っ……」
「僕もです……っ!」
 腰の動きは止まらない。ただ抜き差しするというよりは、己の切っ先を深く中に沈めて、痕を付けようとするような獣じみた動き。それを更に助長するような、荒く余裕のない義人さんの息遣いが、更に私の情欲を掻き立てた。
 何度も何度も最奥にぶつけられ、体を揺すられるたびに、あ、あ、とだらしない喘ぎ声が溢れる。今となっては、中だけじゃなくて、体のどこを触られてもきっと快感に震えてしまうかも。そんなことを考えていたら、義人さんは私の手首をシーツに縫い付けるようにして、顔を近づけてくる。
「顔、見せて」
「ん……っ、ふ、ぁ……な、んで……」
「表情も体も、とろとろ……時々締めてこられると、もう、本当に……」
 唇を貪るようなキスは、今日一番の熱さと強引さだった。チュッ、チュといっそう一層大きな音を立ててお互いの舌を絡め合えば、それだけでびくびくと体を震わせてしまう。
 すると、手首を押さえているだけだった彼の手が、私の手に絡まった。
 上からも下からも与えられる快楽に耐えられず、手をぎゅっと握りしめる。すると、同じように彼の手からもぎゅっと力が加わった。
 ――握り返して、くれ、た?
「ん……ふ……っ!」
 それがとても嬉しくて、手だけではなくて、下で繋がった箇所もきゅっと締めてしまう。
 同時に激しく突き上げられて、体に電流が走るような衝撃にはく、と息を呑み、弓なりに体をのけぞらせる。
「――ッッ!」
 思考が吹っ飛ぶ。全身が快楽の沼に落とされて抜けられないような底なし感に支配されて、しばらくの間、荒い息をしながら義人さんにしがみついていた。
 ……まさか、私、初めてでイッた? イッちゃった??
 嘘だー……!?
「もしかして、その……イキました?」
「あ、は……そう、みたいで……やたらめったら気持ちよくて……」
 驚きつつも気遣う義人さんの声で、やっと正気に戻ってきた。ハハ……とついうっかり素に戻った笑いを漏らすと「っ、ほんとに、あなた……っ!」と腰を打ち付けられた。
「もう、本当に、可愛い……」
「ひゃ、あっ、待っ……!?」
 さっきの気持ちよさがまだ甘ったるく残っているところに、ぐっと雄を押し付けられ、更にピストン運動が強められた。中に埋まっている剛直がはち切れそうに膨らんでいる気がする。そう思った瞬間、浅ましくも私の中で新しく蜜がじゅわりと溢れ出る。
「お願い、このままイかせてください……っ」
「っっン、あ、や、やっ……あーっ!」
 震える腰で擦り付けられ、一層強く抉るように押し込まれた。クッ、と耐えるような義人さんの吐息と共に、最奥に放たれる。
 ひくひくと痙攣する体を抱きしめられながらされたキスは、やたら余韻があって、しばらく離してもらえなかった。

 その後、体を綺麗にして、二人して泥のように眠って迎えた朝。
 ベッドの隣はすでにもぬけの殻で、寝ぼけまなこでソファを見れば、洋服に着替えた義人さんが二人分のマグカップを用意して座っていた。
「おはようございます、大上さん。具合、悪くないですか?」
「おはよう……ございます、具合……? はっ!?」
 ベッドまで持ってきてくれたマグカップを流れで受け取ったあと、まだホテルのバスローブ姿である自分と、その下はショーツ一枚しかつけていないことに気づいてしまった。
 そして、昨日の夜になにをしたのかも思い出すと、その場で固まってしまう。
「その……初めてだったのに、ずいぶんと無体をさせてしまったみたいで」
 突っ立ったままの義人さんは、成人男性に似合わぬしょんぼりとした表情に(まるで、叱られた大型犬みたいだ)なる。よく見たらいつもの眼鏡姿で、昨日の夜にいろいろとしてくれた男性と同一人物だったのか、少し疑いたくなるくらいに違う。
 そこまで考えた私は、はたと自分の状況に気づき、慌てて「いえいえいえ!」と首を横に振る。
「その節は親切丁寧にご指導ご鞭撻を賜り……ていうか、すごく、気持ち良かったですし」
 正直な感想だった。
 初めては痛いだの感じないだのというのが定説らしいのだが、いやそんなことはあるめぇ!? と声を大にして叫びたかった。なんなんだあのめくるめく官能の世界は!
 そして自分の痴態を思い出し、顔から火が出そうになる。
 ……あー!? あーーーー!? なにやってんだ私ー!?
 望み通りだからって、だからってあんなことやこんなこと! しかも義人さん相手に!
 とりあえず落ち着こう。せっかく淹れてもらったコーヒーが冷める……とカップに口をつけて、一口。苦味で混乱した頭を一旦リセットさせると、はてさて今度はどう接すればいいのかハテナが浮かんだ。
 この関係は……なんだ? 告白をしたわけでも、受けたわけでもない。お金の契約があって体を渡したわけでもない。
 同じTL小説好きとして「TL小説みたいなエッチ」をしただけだ。
 そう思うと、楽しかった反面、少しだけ心の奥がずきんと痛んだ気がした。
 だけどそれは、私に義人さんへの憧れがあるからで、恋愛関係ではないことに勝手に寂しがっているだけ。私だけの感情だ。
 私は大人だ。こういった感情にいちいち振り回されていては、自分も相手も傷つけて関係を失ってしまう。ましてや、私と義人さんは公的には雇用関係にある。プライベートで起こったことであっても、深入りするのはまずい。
 なりたい自分と、実際の自分は別物。
 ここは、さっさと身支度を調え、礼を述べて綺麗サッパリお別れするべきだ!
 それでも頭の隅っこで「でも気持ちよかったよね? あわよくばまたやりたいよね」と思うだらしない自分がいたりする。ああ、欲望に正直。それでもなけなしの社会人プライドで脳内の自分を追い払って身を起こすと、義人さんはスマートフォンを取り出した。
「連絡先、プライベートのものをお渡ししてもいいですか?」
「……へ?」
 メッセージアプリの招待画面を見せられ、私はぴたりと固まる。
「大上さんさえよければ、僕はまたあなたとこういうことがしたいのですけど」
 はい、なんですと? ぽかん、と間抜けに口を開けたまま、私は義人さんとスマホを見比べる。
「無理にとは言いません。でも……せめて、たまにはTL小説の話ができたらすごく嬉しいと思って……だめでしょうか」
『こういうことがしたい』
『TL小説の話ができたら』
 欲望に正直な自分がダッシュで出てきて、私もスマホ片手に登録したのはほんの数秒後のことだった。

続きは本編で!

(――つづきは本編で!)

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