作品情報

檻の狂愛~復讐の宰相は初恋の王女を堕とす~

「あなたは一生、私の用意した鳥かごの中で――」

あらすじ

「あなたは一生、私の用意した鳥かごの中で――」

 王の死後間もないロムニア国でクーデターが起こる。城から拉致され、見知らぬ部屋で目覚めた王女レナエルの前に現れたのは、かつて彼女が初めて恋をした男、ユベルだった。
 今は腹心の宰相であるはずのユベルは「あなたをここに閉じ込めたのは私です」と笑顔で告げ、レナエルの体に手をかける。王女は結婚まで貞節を保たねばならない。レナエルは部屋の中を必死に逃げ回るが――。

作品情報

作:小達出みかん
絵:スズメ柴

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◆1章 王女、捕らわれの身

 いつもの桃色の天蓋のベッドじゃない。レナエルは目を覚ました瞬間、そう思った。
(ここは、私の部屋ではないわ……) 
 そこでレナエルの全身に震えが走った。そうだ、横になっている場合じゃない。
(城はどうなったの? 私が今いるここは――どこなの?!)
 昨日、レナエルの住む王城に兵が押し入り、レナエルは拘束され無理やりに連れ出されたのだ。馬車に押し込められて気を失い、気が付いたのはたった今。
 レナエルは縛られた手でなんとかベッドから起きて窓へと駆け寄り、蒼白になった。その窓には、鉄格子が嵌められていたのだ。
(まるで罪人だわ…! 私をここに閉じ込めたのは一体……。)
 レナエルの愛する父、ハーゲン王が病で崩御したのはついこの間の事。生前の取り決め通り、レナエルは許嫁のリュカと結婚をし女王として即位するはずだった。その諸々の準備であわただしくしている隙を、敵に突かれたのだ。
 敵はおそらく、生前から父と反目していたベヤルト伯爵だ。領地の重税をなくし、放蕩を止めるようハーゲン王に諫められてから、彼はずっと王を快く思っていなかった。当然その娘が王位を継ぐ事もだ。
 レナエルの頭の中で、点と点が線でつながっていく。今伯爵が最も邪魔に思っているのは、ほかならぬ自分に違いない。
(つまり伯爵は……私をここで密かに処刑して、自分が王位に就くつもりなんだわ……!)
 こんな所で、ひとりぼっちで殺される。そして自分が殺されてしまえば、父王が命をかけて守り継いできたロムニア王国が、あの伯爵の私利私欲によってほしいままにされてしまう。
(だめ……! こんな場所で、死ぬわけにはいかない――)
 レナエルはぐるりと部屋を見渡した。床には毛足の長いゴブラン織りの絨毯が敷いてある。ベッドは広く、上等の絹のシーツが敷かれていた。決して粗末な部屋というわけではない。だが窓には鉄格子が嵌り、分厚いドアには鍵がかかっていた。おまけに手首には縄。
(自力で脱出は、難しそうだわ……)
 レナエルはぐっと唇を噛んだ。何でもいい、何か方法を見つけないと……。
 その時、重たげなドアがギイと音を立てて開いた。部屋に入ってきたのは、よく知った顔だった。艶のある黒髪に、この国では珍しい真紅の瞳、大理石の彫刻のような整った美貌。
「ユベル……! 助けに来てくれたのですね」
 レナエルの幼馴染で、今は宰相となった彼はレナエルの右腕と言ってもいいほどの存在だった。彼が来てくれたのなら、もう大丈夫だ。レナエルはほっとして彼のもとに駆け寄った。
「王城に戻りましょう。伯爵の動向はどうなっていますか?」
 レナエルはいつものように聞いた。するとユベルはその端正な顔に微笑みを浮かべて、扉を後ろ手で閉めた。バタン、と重い音が部屋に響く。
「……ユベル?」
 確認するように見上げるレナエルに、ユベルは笑顔のまま言った。
「戻りませんよ、レナエル。あなたをここに連れてきたのは私ですから」
「……え?」
 ユベルが何を言っているのかわからない。レナエルはただただ彼を見上げた。
「わかりませんか?私が、あなたを、閉じ込めたんです」
 レナエルを見下ろす彼の微笑みが深くなった。いつもと変わらない、綺麗で優しい微笑み。だけど今の目の前の彼の笑顔は、いつもと何かが違った。レナエルの背筋に戦慄が走る。
「な…んで……!?」
 反射的に後ずさったレナエルへ、ユベルは一歩踏み出した。彼の目は、微笑んでいるにもかかわらず、冷たくレナエルを見下ろしていた。
「何でって……あなたに、絶望を味わっていただくためですよ」
 今度こそ、レナエルはぞっとして身を大きく引いた。背中が壁にぶつかる。
「絶望って……ユベル、」
 小刻みに震えるレナエルの手首を、ユベルはぎゅっとつかんで引き寄せた。
「きゃっ!?」
 彼の黒衣の胸元に飛び込む形になったレナエルは悲鳴を上げた。しかし次の瞬間、彼の両手は乱暴にレナエルの体を抱きしめていた。その手は荒々しく、レナエルの体を探り始めた。
(!?)
 レナエルは体をよじって抵抗した。彼の腕は案外あっさりと解けて、レナエルは部屋の逆方向へと夢中で走った。
(彼は……何で、こんな事を……!?)
 このままでは、貞操が奪われてしまう。王族の子女が婚前に性交渉を持つなど、あってはならない事だ。婚約者に対しての義務だけではなく、王朝の争いの火種を作る事になりかねない。一歩一歩近づいてくる彼に、レナエルは必死で叫んだ。
「やめてください、ユベル……!」
 しかし彼は歩みを止めない。その頬にはまだ笑みが張り付いている。
 ユベルは聞き入れる気などない。それを悟ったレナエルは、部屋の反対側へと身を翻した。目の前の扉をたたくが、鍵は閉めなおされておりびくともしない。レナエルは再び近づいてきた彼に背を向けベッドの後ろへと逃げた。
 あちらへ、こちらへ、狭い部屋の中を逃げ回るレナエルを見て、彼は楽しそうに笑った。
「ははは、チェックメイトですよ。レナエル」
 両肩を捕まえられ、レナエルはベッドに押し倒された。体が敷布に沈み込むほど、強く。
 ユベルの目が、至近距離でレナエルをあざ笑う。
「やめ……やめなさい……ッ!」
 レナエルは両手を突っ張って彼から自由になろうとした。が、縄で縛られた手はたやすく抑えられ、逆に身動きが取れなくなる。
「抵抗しても無駄ですよ。でも……最初から言いなりの貴女もつまらない。」
 ユベルはレナエルのドレスのリボンに手をかけた。その目が、獲物を前にした獣のように細められる。
「どうぞ思う存分抵抗してください」
 レナエルは無意識に息を飲んで固まった。これは夢だ、悪い夢――。
 でなければいつも優しかったユベルが、こんな事を言うはずがない。
(嘘でしょう……こんな……!)
 レナエルは逃れようと必死でもがいたが、本気の男の力に勝てるはずもない。重たいドレスもコルセットも無造作にむしりとられ、とうとうリネンの薄い下着一枚となった。こんな姿を人前にさらすのは初めてだった。レナエルは震えながら頼んだ。
「お、お願いですユベル、やめてください……!」
 するとユベルはレナエルの耳元に唇を近づけた。
「そういわれて……止める男がいるとお思いですか?」
「っ……!」
 囁かれた耳元で熱い濡れた感触がし、レナエルは思わず体を震わせた。ユベルの舌が、レナエルの耳をぴちゃ、ぴちゃ、と舐めているのだ。耳を伝って脳内へと届くその水音から逃げるように、レナエルは身をよじった。
「暴れないで。噛んでしまいます」
「んっ……!」
 かり、と耳朶を甘噛みされて、レナエルの身体は硬直した。固くなったその首筋から下へ、ユベルの手がゆっくりと降りてくる。薄い下着の紐も解かれて、レナエルの白い胸が露わになった。
「やめっ……!」
 レナエルの頬に、さっと血が上った。しかしユベルは意に介さず、レナエルの羞恥を楽しむかのように零れ落ちた乳房を眺めた。レナエルは耐えきれずぎゅっと目を閉じた。頬だけではない、首も胸元もすべて赤く染まってしまいそうなほど恥ずかしかった。
「う、ぅ……っ」
 しかしその屈辱のうめき声は、すぐに切羽詰まった声へと変わった。ユベルがその肌の上に、すうっと指を滑らせたからだ。
 まるで、柔らかな羽で肌を撫でられるような心地だ。
「くっ……ふ、」
 くすぐったいような、背筋がぞわぞわする動きに、レナエルは先ほどとは違った意味で体をよじらせた。その指が、胸の頂をかすめる。
「あ……ッ」
 レナエルのその反応を、ユベルは見逃さず意地悪く笑った。
「可愛い声を出すじゃないですか」
 レナエルは唇を引き結んだ。しかしユベルの指は再び羽のように、その頂に触れる。びりっとするような感触が体に走り、その熱は消えることなくレナエルの体にわだかまった。
「ほら……桃色のここが、私に触られて固くなっている。声を出していいんですよ、どうせ私以外聞く者もいません」
 レナエルは必死に首を降る。しかしその間も彼は執拗に胸の先端をいじり廻し、ついには口を開けて片方の乳頭にしゃぶりついた。
「ひぁっ……!」
 驚きとその感触に、レナエルの口から思わず声が漏れる。いつも冷静で穏やかな彼が自分の胸元に唇を寄せているその光景は、ひどく煽情的だった。
 両方の乳房を同時に弄られて、下半身にむずむずするような感覚が広がっていく。レナエルは無意識のうちに内ももを擦り合わせ、その熱を散らそうとしていた。
「おや……そんなに足をもじもじさせて。誘っているのですか? 早くここに触れてほしいと」
「な……っ!」
 そんなことない。そんなわけがない。レナエルは慌てて足の力を抜いて平静を装った。しかしユベルはそれを隙と見てレナエルの足の間に手を差し入れた。
「だ、だめぇっ……!」
 レナエルは思わず幼子のような口調で叫んだ。しかし秘所を覆う下着のリボンは解かれ、誰にも見せた事のなかったその場所が――彼の目の前で露わとなった。彼はふ、と笑みをもらした。
「ほら、わかりますか、ここ……」
 彼の指が、その花弁を割って中へと触れた。ぬるりと濡れた感触が、否応なしに感じられる。
「はしたないですねレナエル。婚姻前の王女ともあろう方が、欲しがって涎を垂らすなど」
「し、してません、そんな……っ」
「違いますよレナエル、上の口ではありません。下の口が、です」
 そう言いながら、彼は指をゆっくりと前後に動かした。それはレナエルの秘所にこすれて、つぷ、つぷ、と音を立てる。
「聞こえるでしょう? あなたの下の口が、だらしなく涎を垂らしている音が」
 彼の指は何もかも知り尽くしているように、我が物顔でレナエルの花弁を割って中へと触れ、動き回る。その指先が花弁の上の小さい芯に触れる。
「っひ……ッ!?」
 レナエルの身体が跳ね上がった。今まで体験したこともないような甘い痺れが、体に走ったからだ。
 こんなの、知らない! 自分の身体にそんな場所があったなんて。レナエルはいやいやをするように首を振った。
「あっ……く、や、めて……っ」
 しかしレナエルが嫌がれば嫌がるほど、ユベルは嬉しそうに笑い、くちゅくちゅと指先でその花芯を撫で上げた。
「ふあぁッ……!」
「ふふ、気持ちよさそうな声」
 小指の先よりも小さい肉の芯を、ユベルの指が挟んであやすようにゆっくりと擦る。その刺激から逃れたくても、足を押さえられてかなわない。初めての快感に、頭がぼうっとなりそうになる。
「お、ねが……い、っも……」
 するとユベルはくすりと笑った。
「もう欲しいんですか? もう少し我慢しないと……痛いのはあなたですよ」
「ち、違い、ますっ……そんなんじゃ……!」
 レナエルが慌てて否定すると、ユベルはぴたりと手の動きを止めた。止めてほしかったはずなのに、その場所はじぃんと刺激を求めて疼くように熱くなって、レナエルを困惑させた。
(こ、こんな風になるなんて……私の身体……一体どうして……)
 動揺し目をつぶるレナエルに、ユベルは冷たく言った。
「何を気取っているんです? ほら、あなたの雌穴は男を欲しがっていますよ。」
 再び意地悪に指が動き、花弁が開かれその入り口が露わになった。外気にさらされひくりとその場所が震える。
「可哀想に、処女なのに欲しがって動いていますよ。婚約者でなくても、誰でもいいんですね」
「そんな、こと……っ」
「あくまで違うと言い張るのですね。でもまぁ、いいでしょう。すぐにわからせてあげますよ。あなたも所詮雌だということを」
 そしてユベルは黒衣を脱ぎ捨てた。想像していたよりも引き締まったその裸体が露わになる。そばかす一つない、体温の低そうな皮膚。
 ずっと側にいながら、一度も見る事はなかった彼の肌。レナエルは羞恥から思わず目をそらした。胸の鼓動がうるさい。しかしそんなレナエルを見て、ユベルは顔をゆがめた。
「私の裸など……見るも耐えないと?」
 その声に苛立ちが混ざる。
「違う、わ、……」
 そういうわけじゃないの。レナエルは抗議したかったが、その言葉は途中で止まった。ユベルが自身の物を、レナエルの目の前に晒したのだ。
(こ…これが、ユベル、の)
 息を詰めるレナエルに、ユベルは満足げに笑った。
「いいですね、その反応! ほら、これが今からあなたの中に入るんですよ」
 レナエルも、処女とはいえ婚姻を控えた大人である。閨の事について、一通りの教育は受けていた。けれど閨教育と、実際目にするのとでは全く違っていた。あんな大きなものが、自分の腹の中に入るとは信じられない。レナエルは本能的に恐怖を感じ腰を引いた。
「逃げたって無駄ですよ、ほら」
 腰をぎゅっと掴まれ、無理やり入り口にユベルのものがあてがわれる。
「指でほぐしてやるべきかと思いましたが……やはりあなたの処女を散らすのは、指よりこちらがいいと思って」
 ぐっ、と彼のものが、レナエルの秘所を割って、潤んだ中へと押入ってくる。
「ひ、あ、うぅ……ッ!」
 メリメリと押し広げられるような圧迫感を感じ、レナエルはうめき声をあげた。
「く……さすがに、きつい……は、痛いでしょう、レナエル」
 ユベルはそう言いながらも容赦なく動きを進めていった。ついに接合部が密着し、ユベルのものが全て入ったのがわかった。
「ほら……今あなたの処女を、貰いましたよ。卑しい身分のこの私が……ッ」
 ユベルは喘ぐように笑ってレナエルを見下ろし、ずるりとそれを引き抜くように腰を引き、再びレナエルのなかにそれを打ち付けた。
「ひぐぅっ……!?」
 まるで突き破られそうにお腹の中がいっぱいで、レナエルは答える余裕なんてなかった。ただ熱くて苦しくて、うわごとのように繰り返す。
「うぁっ、あ、とめ、とめ……て……ッ」
 彼の大きなものが、レナエルの中を行ったり来たりする。そのたびに体が揺すられて、中が突き破られそうな心地がする。
「い…た……おねが、い……っ!」
「はぁ、はぁ、っ、あぁ、仕方ない、ですね……手加減、してさしあげましょう」
 彼はいったん動きを止め、両手をレナエルの顔の横についた。冷静に見えた彼も、少し息が上がっているようだった。
「ほら……ゆっくり、してあげます、から……」
 彼のものが、ゆっくりと引き、またゆるゆると動き出す。先ほどとは違い、トン、と優しい動きでそれがレナエルの奥を突いた。するとかすかにだが、鈍い熱がそこから広がる。
「これなら……いい、でしょう」
 一体どういう仕組みになっているのか。ゆっくりとした動きで奥に押入られると、じわりと甘い快感が広がるのだ。体の奥に熾火《おきび》が起こったような熱と共に。
「あっ、ああっ……」
 思わず高い声が唇から漏れる。ユベルはトントンと奥を突く速度を早くしていく。そのたびに熱が大きくなっていく。まだ圧迫感はあるが、先ほどと違って辛くはない。
 むしろレナエルの奥は、ユベルに突かれる事を求めるように、ぎゅうっと彼のものを締め付けた。
「くッ……ふ、はは、レナエル、あなたの、中……熱い……っ」
 切ない。苦しい。中がいっぱいで、でも来られるたびに気持ちよくて。自分の体に起こっている事が受け止めきれず、レナエルの目から涙があふれた。それを見たユベルは、苦し気に顔を歪ませ――笑った。
「泣くほど、辛いですかっ……」
 レナエルはただ必死で、首を横に振った。もうわけがわからなくて、内心は途方に暮れていた。
「正、直に……おっしゃい……ッ」
 ガツン、と奥を突きながらユベルが詰問するので、レナエルはやっとの事で口を開いた。
「ユベル……わ、私の事……っ…嫌い、だった…のですか……っ」
 するとユベルは目を見開いたあと、ぎゅっとレナエルの腰をつかんだ。彼の身体全体に力が入り、その顔がしかめられた。
「ッ……く」
 どくん、と彼の鼓動が伝わって―次の瞬間、ユベルはレナエルの身体を離し、ベッドから退いた。
「ユ…ベル……」
 やっと圧迫感と熱から解放されたレナエルは、切れ切れの声でユベルに呼びかけた。ユベルは冷たい目でレナエルを見下ろすばかりだった。
「そうです――ずっとあなたの事が、嫌いでした」
 その言葉に、レナエルは息を飲んだ。固まってしまったレナエルを残してユベルは元通り服を身に着け、さっさと出ていってしまった。
 ドアを閉める音と施錠音が、空しく室内に響く。
(ユベル……なんで……)
 レナエルは裸のままの自分の肩を掻き抱いた。
 彼がレナエルのドレスや下着を全部持っていってしまったと、気が付く余裕もなかった。

 § § §

 さんさんと日の光のふりしきる王城の庭園で、幼いレナエルは林檎の樹に梯子をかけて登っていた。レナエルが足をかけるたびに、梯子はきぃ、きぃ、と愉快に軋む。
「王女様、何をしているんですか?」
 突然声を掛けられて、レナエルはびくっと後ろを振り向いた。庭園の木陰から、誰かがレナエルを見ていた。
(やだ、怒られちゃう……っ!)
 レナエルは慌てて梯子を降りようとした。が、いきなり動いたせいで、樹に立てかけた梯子がぐらりと傾く。
「きゃっ……!」
 地面に落っこちる! レナエルはそう思ってぎゅっと目を閉じた。が、レナエルの背中を受け止めたのは、柔らかな腕だった。
「おっと……あぶない」
 びっくりして見上げると、その腕の持ち主は、レナエルより少し年上の少年だった。彼は微笑みながらレナエルを見下ろした。濡れ羽色の黒髪、宝石のような紅い目。
「怪我はありませんか、王女様」
 その微笑みは、まるで王宮の広間に飾られた絵に出てくる貴公子のように、優しく美しかった。レナエルは目をぱちくりさせた。
「なぜ私が王女だと知っているの?」
「絵姿で見て存じておりました。王女様は太陽の色の髪に、空のような青い目をしたお方だと。」
 太陽の色の髪に、空のような青い目――。
 その言葉に、レナエルは固まった。
 今までレナエルの髪や目の事を、そんな風に表現してくれる人などいなかった。
 ハーゲン王の一人娘のレナエルは、『ロムニアの宝石』とまで呼ばれた王妃レジーナの忘れ形見でもあった。母はこの国で一番に美しかったらしい。だから皆、無意識に母とレナエルを比べる。
「まぁ、薄青の目なのね。王妃様の目はエメラルドのようだったけれど……」
「髪も目も、王妃様ではなく御父上に似たのですね」と。
 王宮に出入りする貴族や、サロンのご婦人たちは皆、はっきりとは口には出さない。けれどレナエルが母に似ていなくて、がっかりしているようだった。だからレナエルは、自分の色の薄い髪も目も、あまり好きではなかった。
(太陽の髪に、空の目……)
 レナエルはもう一度、その言葉を胸の中で繰り返した。たった今自分にそう言ってくれた男の子は、目の前で優しく微笑んでいる。この子はいったい、誰なんだろう。名前を知りたい。
「あなたは、どなた?」
 すると男の子は答えた。
「ユベルと申します。ルノー様のお側に仕えております」
「ユベル……私はレナエル。よろしくね」
 彼にふさわしい、素敵な名前だ。彼の名前を知る事ができたから、呼ぶことができる。レナエルの心が無邪気に弾んだ。
 あの時――きっとレナエルは、もう彼の事を好きになっていたのだ。
 だからレナエルは、彼の姿が見えれば満面の笑みで駆け寄り、後ろをついて回った。「王女様が気に入られたのなら、どうぞ遊び友達に」と、ルノー侯爵は彼を連れて頻繁に王城に顔を出してくれた。
 兄弟も同じ年ごろの友達もいなかったレナエルは、3歳年上の彼がとても立派で素敵なお兄さんに見えた。実際彼は本を読む事が好きで、レナエルの知らない事をたくさん知っていた。図書室の本を読み聞かせてもらったのも、一度や二度ではない。彼の膝の間でゆったりとした声に身を任せていると、内容は何であろうと心が落ち着き、暖かでくすぐったいような気持ちになるのだった。
 ユベルはそんなレナエルを、面倒がらずに相手をしてくれた。レナエルが読んで欲しいと言えば、すぐにその本を見つけて持ってきてくれた。遊び疲れたら、紅茶を淹れて飲ませてくれた。レナエルだけでなく、使用人や庭を飛ぶ小鳥にまで、自分より立場が下の者や弱い者には優しい人だった。
(本当に――前のユベルは、そういう人だったのに……)
 ある日、はしゃいでいたレナエルが階段から落ちそうになった事があった。その時横を歩いていた彼は、とっさにレナエルを助け、自分が階段から落ちた。
 幼いながらも、レナエルはショックを受けた。自分の不注意な行動で、彼を痛い目に合わせてしまったのだ。
(父上にはいつも……臣下を助けられるような、立派な王女になる事を心掛けなさい、って言われているのに……!)
 自分は普通の人とは違う。常に王女としての義務と責任を忘れてはならない。そう言い含められていたレナエルは自分の行いを反省し、足を怪我したユベルを毎日見舞った。
「ごめんなさい、ユベル。痛くない?」
 ユベルはベッドの上で、困ったように笑った。
「大袈裟です、レナ。なぜそんなに謝るんです」
「だって……私のせいで怪我をして、申し訳ないと思っているんだもの」
 レナエルが心からそう言うと、ユベルの顔から笑顔が消えた。
「…どうしたの?」
 しかし彼はすぐに元の笑顔に戻り、首をわずかにかしげてレナエルを見た。
「いいんですよ、そんなの。レナが怪我をしなくてよかった」
 一瞬の不自然な間だったが―その彼の笑顔に、レナエルはドキドキしながら目をそらした。
 彫刻のように冷たく整った顔立ちの彼だが、笑うと一気に目じりが下がって、はっとするほど優しい顔つきになる。おそらく彼は、自分の素顔が冷たく見える事を知っていて――ことさらに笑顔を浮かべるように心がけていたのかもしれない。だとしても、レナエルはユベルのその笑顔が好きだった。
 生まれて初めて好きになった男の子は彼だったし、実を言えば大人になった今でも好きだった。許される思いではないとわかっていたから、成長するにつれレナエルはその気持ちを抑え込み、彼と少しづつ距離を取った。
 けれど本当は昔のように、手を繋いで庭園を歩きたいといつも思っていた。絶対に手に入らない物ほど、まぶしく輝いて見える。だからその許されない恋情を、レナエルは墓の下にまで大事に持っていこうと決意していた。
 しかし、レナエルがずっと好意を募らせていた間、ユベルは笑顔の下で別の事を思っていたのかもしれない。
(わからない。どうして、いつからなの、ユベル……!!) 
 そこで、レナエルははっと目を覚ました。日の降り注ぐ穏やかな庭園ではなく、鉄格子の嵌った部屋のベッドで。
「寒いわ……」
 手足が冷え切っている。ユベルが服をすべて持っていってしまったので、レナエルは裸だった。こんな情けない姿で一晩を明かしたなんて。心許ない思いで、レナエルはベッドシーツを体に巻き付けた。
 朝の光が、この部屋にも差し込んでいる。白いベッドシーツがまぶしいほどだ。太陽の光は、すべてを平等に正直に照らし出す。
 昨日このベッドで、レナエルはユベルに力づくで辱められたのだ。その事実を、レナエルは俯いて考えた。
(ユベルは、ずっと私の事が嫌いだった。だから――こんな事をした?)
 しかし、すぐにはそれを認める事はできなかった。夢で鮮明に思い出した通り、昔のユベルは優しい男の子だったのだ。自分の本心を口に出さない傾向はあったが、行動ではいつもレナエルのためを思って、一番に本を探してくれたり、怪我から庇ってくれたりしていた。
 大人になってからも、宰相になったユベルは政務の傍らいつもレナエルを助けて見守ってくれていた。
(あの優しさも、笑顔も、ぜんぶぜんぶ嘘だったと、言うの……?)
 あまりの事に、レナエルは顔を上げて宙を仰いだ。窓の外の青空が目に入る。
(空のような目、と言ってくれたユベルだったのに……。)
 その空の青さに、レナエルははっと気がついた。一体、外はどうなっているのだろう。この場所がどこかはわからないが、王城には今、ベヤルト伯爵がふんぞり返って王権をほしいままに振るっているのかもしれない。
(そうだわ、こんな事で落ち込んでいては、いけない)
 レナエルは立ち上がって、窓から外を見た。青空の下に、木立と山々が連なっているのが見える。ここは結構高い場所のようだ。塔なのかもしれない。
 窓から外を見下ろすレナエルの心の中に、とある光景がよみがえった。
『レナエル、見てごらんなさい、この灯りを』
 夜のバルコニーだった。父王はレナエルを抱きあげて、そこから城下町を指さして言った。
『街の灯りね? お父様』
『そうだ。今はちょうど、夕餉の時間だ。私とレナエルが今していたように、家族皆が家のテーブルについて、食事をしているんだよ』
『皆も今夜はチキンのスープなの?』
 父王は笑ってレナエルの頭を撫でた。
『そうかもしれない。魚のソテーかもしれないし、ラムチョップの可能性もある』
 レナエルはきゃっと笑った。
『美味しそう!』
『そうさ。家族で一緒に食べるご飯は美味しい。一日の中で、一番大事な時間だ。私とレナエルが幸せなように―あの灯り一つ一つの下に、同じ幸せがあるんだよ』
 あの、数えきれないほどたくさんのオレンジの光の下に、それぞれ幸せがあるのか。それってとても素敵な事だ。そう思ったレナエルは父を見上げた。
『灯りの数だけ、幸せがあるのね!』
『そうだ、レナエル』
 父王はレナエルをじっと見つめた。真剣な眼差しだった。
『だから、この国の王である私の仕事は、その幸せを守る事だ。あの灯りを一つでも消さないように――』
 そう、父はそう言っていた。
 そして父のいない今、あの灯りを守る力を持つのは、レナエルしか居ないのだ。
(戻らないと、王城に……!)
 どうにかして、脱出の方法を考えなくてはいけない。レナエルは縛られたままの両腕を、じっと睨んだ。
 するとその時、扉の向こうから足音が聞こえた。レナエルはビクッとして扉を見つめた。ギイイと音がし、その扉が開く。
「……そんな所に立って、何を?」
 昨日と同じように、ユベルは薄い微笑みを顔に浮かべて入ってきた。彼は抜かりなく扉を締め、内側の鍵をかけた。彼が上着の内側にその鍵をしまうのを、レナエルはじっと観察した。
「これが気になりますか?」
 鍵の場所を指さし、ユベルの笑顔が歪む。
「たとえ鍵を手に入れても、その恰好でどう逃げるんですか? レナエル」
 彼は小脇に布の塊を抱えていた。きっと別のドレスだろう。なぜ、彼はこんな事を言うのだろう。レナエルは沸き起こる悲しみと怒りをぐっとこらえて、うつむいて静かに言った。
「ええ。この恰好では寒いです。どうか着るものをください」
 しかしユベルは待っていたかのようにとうとうと言った。
「そうですね……では、あなたが私の言うことを素直に聞いたら、このドレスを差し上げましょう。ベッドに腰かけてください」
「また、無体を働くつもりですか?」
 身構えながらも腰を下ろしたレナエルの目の前に、ユベルは迫った。
「無体? いいえ。あなたはもうレナエル様でも、女王様でもないのですよ」
「なぜ?」
 承服できず、レナエルは眉をひそめた。
「事実です。あなたはここに捕らわれ、私の気分一つでその命をどうにでもできる。いわば奴隷ですよ」
「なっ……!」
 屈辱に我を失うレナエルを見て、ユベルはふんと笑った。
「自分の立場をわからせてあげる必要がありますね、レナエル。ほら」
 言葉を失うレナエルの眼前に、彼は自身のモノを出して突き付けた。
「これを口でしゃぶりなさい。場末の娼婦がするように」
 あまりの事に、レナエルはばっと身を引いた。ベッドに手をついて倒れそうになった体を支えるが、その手も震えてくずれ落ちてしまいそうだ。
「な、なにを……っ、しまって、ください……ッ」
 レナエルは必死で、そそり立つ男根から目をそらした。
「清純ぶっても無駄ですよ。昨日もう見たでしょう。それに……」
 ユベルはその先端を、無理やりレナエルの頬に押し付けた。
「言う事を聞かない限り、あなたは裸でずっと過ごすことになりますよ、レナエル。昨晩はさぞ寒かったことでしょう。ずっと強情を張っていれば、命を落とす事になるかもしれませんね」
 彼の言う事に、レナエルはぎゅっと頬の内側を噛んだ。あんなものを、口に入れるなんて。だが――これから冬が来る。彼の言う通り、ずっと裸で過ごす事などできるわけがない。
(ここで意地を張って私が死んだりすれば――)
 レナエルの脳裏に、むかし父王と見たオレンジ色の灯りが浮かぶ。
(このロムニアは……あの城下町の灯りは……!)
 レナエルは歯を食いしばった。
 どんな手を使ったって、自分は生きてここを出て、王城に戻らねばならない。そう――どんな屈辱的な事を行っても。
 レナエルはふうと深く息を吐き、覚悟を決めた。
「わかりました」
 ユベルは無言で冷たくレナエルを見下ろしていた。ならばさっさとしなさい。その目はそう言っていた。レナエルは口を開け、その先端を唇で食《は》んだ。骨が入っているかのように、それは固かった。
「……そう、もっと……舌を使いなさい」
 言われた通り、レナエルは舌を彼のものに這わせ、舐めた。
「ん……ッ、思ったよりも……上手、です、ね……レナエル……」
 彼の声が、少し乱れる。もしかして、ユベルは気持ちいいのだろうか。レナエルはふとそう思って、ぐっと口の奥まで彼のものを受け入れた。ドクン、と彼のものが強く脈打ったような気がした。
「う……! く、なぜ、です。もしかして、した事、が……あるのですか」
 レナエルは舌を動かしたまま軽く首を降った。こんな事、した事があるわけがない。
「は……っ、ぁ…レナ、エル……っ」
 彼の手が、ぎゅっとレナエルの頭をつかんだ。それと同時に口の中のものが怒張し、どろりと生暖かい液体が口の中に染み出た。
「く……はぁ、えらいですね……噛まないでやりきるとは、思っていませんでした……」
 彼がやっと解放してくれたので、レナエルは口を半開きにした。口の中に残る液体の処分に困ったのだ。そのわずかな液体は、レナエルの口内から滴って唇を汚した。
 それを見て、ユベルは目じりを下げて笑った。その頬がわずかに上気している。今までの冷たい笑みとは少しちがった、高揚した笑いだった。
「ふふ、あなたの綺麗な顔が汚れてしまいましたね」
 そういわれて、レナエルはさっと目をそらした。そんな心ない言葉は聞きたくなかった。
 太陽の色の髪に、空の色の目――。レナエルの劣等感を晴らしてくれたあの美しいたとえ言葉も、おそらく嘘だったのだ。本心からレナエルを綺麗だと思っているはずがない。
(ユベルだけは――私の容姿を見て、がっかりしなかったと思ったのに)
 その気持ちが胸の中で膨れ上がりそうになるのを、レナエルは必死で抑えてうつむいた。そうしなければ、涙が出てしまいそうだったから。
「飲みこめとは言いませんよ。ほら、ここに出して」
 ユベルはハンカチを出して、レナエルの口元にあてがった。しかしレナエルはためらった。
 一度口に入れたものを出すなんて。それに、ハンカチが駄目になってしまう。レナエルは仕方なく、そのどろりとした液体を飲み込んだ。
「んっ……」 
 レナエルの喉が上下したのを見て、ユベルは少し驚いたようにレナエルを見た。
「飲み込んだのですか?」
 言う通りにしなかったと、責められるかもしれない。そう思ったレナエルは聞かれてもいないのに言い訳をした。
「口から物を出すのは、礼儀作法に反しますから……ハンカチも汚れてしまいますし」
 ユベルはレナエルの顎に手をかけ、わずかに持ち上げた。その視線が唇から喉、胸へと移動する。ドキドキして固まるレナエルだったが、彼はすぐに手を離して、ドレスを広げた。目が覚めるような真っ赤な色だった。
「約束は守ります。ほら、着なさい」
 両手が縛られ動けないレナエルに変わって、ユベルがそれをレナエルに着せた。彼の指が肌に当たるたびに、体が震えそうになる。
 しかし着終えてレナエルはそれどころではなくなった。着せられた真っ赤なドレスは、見た事もないようなドレスだった。布の節約のためなのか、それとも下着なのか――胸は半分以上見えそうなほどに深く開き、裾は太ももが露わになるほど短い。
「わ……私の元の服を、返してください……」
 レナエルは蚊の鳴くような声で頼んだ。しかしユベルは肩眉を上げて首を横に振った。
「いいえ? だから言ったでしょう。あなたはもう王女ではないと。あんな布の多い、ごてごてしたドレスはもういりません。必要なのはシンプルなドレスです」
「シンプルって……これでは、下着です」
「そうです。これは城下町で客を取る娼婦のドレスですよ。今のあなたにはそれが似合いだ」
 そう言って、ユベルはぐっと胸元の布を押し下げた。
「ひっ……!」
 まろび出た乳房をぎゅっと掴まれて、レナエルは短い悲鳴を上げた。さらにあってないようなドレスの裾がめくり上げられ、足の間に手が侵入した。
「こうしてすぐに胸が出て、足の間に突っ込める。脱がす手間がなくてうってつけでしょう。あなたには、私専属の娼婦になってもらうのですから」
「いや……! やめて、やめてください……っ!」
 再び逃げようと体をひねるレナエルを、ユベルは後ろから押さえつけた。
「何をもったいぶっているんです。昨日初めては済ませたでしょう。同じことをするだけですよ」
 縛られたままの両手で、レナエルはベッドを這って逃げようとした。しかし、その腰をぎゅっと掴まれる。短いスカートがまくり上げられ、お尻を見られているのがわかった。これでは秘所まで丸見えだ。挿入されるのにうってつけの体勢になってしまった。レナエルは必死で言った。
「待って、待ってくださいユベル」
 しかし彼がレナエルの言う事を聞いてくれるはずもない。
「もう処女ではありませんから、手加減しませんよ」
 ぐっ、と後ろから、ユベルのものが侵入してくる。
「うっ……く…ッ!」
 レナエルはベッドに顔を伏せ、歯を食いしばった。前から入ってくる時とは、違う圧迫感があった。体を串刺しにされるような感覚だ。レナエルはうめいて耐えていたが、ユベルは一気にそれを奥まで押しこんだ。
「ぅ……ッ!」
 衝撃に力が抜けそうになるレナエルの腰をしっかりつかみ、ユベルは自らのほうに引き寄せる。逃れる手立てなんてない。
 ぱしん、ぱしんと二人の皮膚のぶつかる音がする。そのたびに体の奥に衝撃が走る。
「く……ッ」
 だけど声を出したくなくて、レナエルは必死で拳を握って耐えた。体も服も行動も、相手に握られていいようにされている。だからせめて声だけは、聞かれたくない。レナエルのわずかな抵抗だった。
「ん…っ、どう、したんです、レナエル……ッきゅうに、黙りこんで……ッ!」
 後ろからユベルの声がする。振り向く余裕なんてなくて、表情はわからない。けれどその声は、少し焦っているようだった。
(こんな事をして、どんな顔……しているのかしら……)
 無様な様子を嗤っているのか、それとも黙ったレナエルが心配で眉をひそめているのか。しかしレナエルは心の中で首をふった。
(心配なんて……。それならもともと、こんな事しないもの。ああ……)
 本当に、いなくなってしまったのだ。レナエルの好きだった彼は。小鳥にもレナエルにも等しく笑いかけてくれた、優しいユベルは。
 奥を容赦なく突かれながら、レナエルの胸と目頭はじわりと熱くなり、とうとうその目から涙が沁み出た。
「レナエル……、どうしたんですか……ッ、何とか、言いなさい……ッ!」
 彼がとうとう動きを止めた。しかし泣いている顔など絶対に見られたくはない。
(これ以上、彼にひどい事を言われたら――)
 本当にみっともなく、泣きわめいてしまうかもしれないからだ。悪魔になってしまった彼の目の前で、そんな醜態を晒したくなどない。
 だからレナエルは必死で言葉を絞り出した。
「つ、つよ、すぎて……すこし、動きを……緩めて、ください……」
 声は揺れてしまったが、彼はレナエルが泣いているとは気が付かなかったようだった。すこし安堵したような声で彼は言った。
「わかりました。聞いてあげますから……また無視したら、許しませんよ」
 無視? 彼を無視したつもりなどなかったのだが――。しかし彼が返答を待っている気配がしたので、レナエルうなずいた。
「はい。無視……しません」
「いいでしょう」
 そういって、彼はまた動きを再開した。今度はゆっくりと、彼のものが入ってくる。隘路《あいろ》を慎重に進むように、動きに制限をかけて。
「っ、どう、ですか……レナエル」
 なんと答えればいいかわからなくて、レナエルは再びうなずいた。
「だ……大丈夫、です」
 答えた瞬間、彼のものが奥へと到達し、優しく奥の壁を突いた。
「ぁ……っ!」
 昨日と同じに、熱い疼きが腹の中に芽生える。レナエルのその声を聞いて、ユベルは再びゆっくりと同じ場所を突いた。最初は小さな火種だったその疼きが、突かれるたびに火をくべるように大きくなり、かあっと燃え上がった。もっと、もっと欲しい。レナエルの身体を強張らせていた抵抗感が抜け、その快感を求めるように一時的に身体が柔らかくなっていく。声にならない熱い呼吸が、その口から漏れる。
「はぁ…ッ」
 しかしユベルはそこで自らのものを引き抜き動きを止めた。レナエルの中は逃すまいとするように彼のものを締め上げたが――ユベルはそのまま自分のものを抜いた。
「ッく、はぁ……っ」
 彼は荒い息遣いを整えているようだった。そして一時ほどして、レナエルに命令した。
「こちらを向いて……顔を……見せなさい」
 なんでだろう。レナエルは熱くてぼんやりする心地の中、体ごと振り向いた。するとすかさず肩を掴まれ、仰向けに倒された。
「また、無視、しましたね」
 彼のその目は怒っているようだった。レナエルは慌てて首を横に振った。
「し、してません……! ちゃんと、答え、ました」
「昨日は突くたびに声を上げていたじゃないですか。なぜ今日は、押し黙っているんです」
 押し黙っていたわけではなくて――さっきは快感に翻弄されて、声も出なかったのだ。
 けれどそんな事を素直に口に出せるはずもなく、レナエルは困って唇を噛んだ。
「そうして耐えられるのはとても不愉快です。嫌なら嫌と叫びなさい。泣いて懇願しなさい」
 そういわれて、レナエルは眉をひそめた。
「嫌と言ったら――やめて、くれるのですか」
「いいえ?」
 彼はそう言って、レナエルの両足を無理やりに開いた。レナエルが抵抗する隙もなく、再び彼のものが入ってくる。
「うっ……!」
「やめませんよ…っ! 言ったでしょう、私はあなたが、苦しんで泣きわめく所が見たいんです」
 最奥に、待ちわびた衝撃がやってくる。心とは裏腹に、身体はその熱を求めていた。そんな自分が情けない。
「あぁぁっ…!」
 その瞬間、レナエルは耐えきれず目をきつく閉じて高い声を上げた。その波が去り切る前に、彼が再び奥を強く突く。レナエルの身体が、弓なりになる。ユベルの苦し気な声が降ってくる。
「はぁ……っ、あなたの中、絡みついて、きます……ッ」
 彼もまた目を閉じていた――が、うっすらその目が開いて、紅い目がレナエルを見下ろした。その熱を帯びた視線にさらされて、レナエルの頬も体も、同じ真っ赤に染まってしまいそうだ。
 それほど恥ずかしいと思っているのに、しかし中は貪欲に彼のものを求めて疼いている。
「たった1日で…ッ……こんないやらしい、体になって、しまうなんて……ッ」
「ち…が…っ…あぁ、あっ……」
 反論する余裕のないレナエルに、ユベルはうわごとのように言う。
「こんな体では…ッ…もう、結婚など、できませんね…っ、はぁ、あなたは、一生……! 私の用意した、鳥かごの中で……」
 彼の双眸がぎらりと歪んだ光を放ち、レナエルの目をとらえた。ぞっとするほど、深くて鮮やかな真紅。理性を灼いて燃えさかる煉獄の炎の色。
「―――っ!」
 レナエルの背中に、戦慄が走る。その視線は強く、恐ろしく――レナエルの矜持も意思も、全て飲み込むような破滅的な引力があった。これ以上見ていれば、自分も焼き尽くされてしまいそうだ。
 彼の目を受け止めきれず、レナエルは思わず瞼を閉じた。視覚を閉ざした事によって、体の感覚が鮮明になる。胎の奥に灯った熱い炎が、あっといまに全身に燃え広がるような心地になって、レナエルは思わず手探りでぎゅっとシーツを掴んだ。
 目を開いていても、閉じていても、彼に翻弄されるのは変わらなかった……。
「レナエル……くッ」
 次の瞬間、ユベルの体がレナエルの上に覆いかぶさった。彼の体がびくっと痙攣し――ずるりと男根が引き抜かれた。ぽた、と太ももに温かい液体が滴る。
 体はまだ熱かったが、ユベルの挿入から解放されたとわかったレナエルはうっすらと目を開けた。
「ひっ」
 目の前にユベルの顔があったレナエルは短い悲鳴を上げた。しかし、ユベルは指でそっとレナエルの目じりをなぞった。
「…涙の流れたあとがある」
 詰問するように見つめるユベルに、レナエルは思わず目をそらした。ユベルは爪を噛んでレナエルを見下ろす。
「ああさっき、後ろからしていた時か…。あなたは案外強情な所がありますね、レナエル」
 そしてレナエルの頬を優しく撫でた。
「あなたの泣く所が見たいと言ったのに。次は隠さないで下さいよ」
 彼の目が、笑みの形に細くなる。レナエルは逆に目を見開いて言った。
「いいえ…泣きません。もうぜったいに、泣くものですか」
「へぇ。では泣かずにはおれない程ひどい事をしましょうか。例えば――」
 レナエルはユベルを遮った。
「何をされても、あなたの思い通りになんか……! でも、一つ聞きたいです。私の事が嫌いなら――なぜあの日、庭園で私に声をかけたのですか」
 するとユベルの微笑は消えた。レナエルは畳みかけた。
「なぜ、私に近づいたのですか。友達になったのですか。最初から、こうすると決めていたわけではないはずです。一体あなたは――」
 今度はユベルがレナエルを遮った。
「最初から、ですよ」
 レナエルははじかれたように彼を見上げた。
「嘘です! だって……だって、小さいころのあなたは、本当に優しかったもの…!」
 それを聞いて、ユベルは立ち上がった。その拳はきつく握られている。
「私が、優しい? ――あなたが私の、何を知っているというんですか」
「いつも、庭の小鳥たちに餌をあげていたわ。小さい私のために、本を探してくれたわ…! 他にもたくさん、覚えています!」
 するとユベルは、ベッドの上のレナエルを冷たく見下ろした。
「それらを全て――私が本心から行っていたと、お思いで?」
 レナエルはぎゅっと胸元をつかんだ。聞く声が、震える。
「本心では……なかったの?」
 ユベルは再び微笑んだ。ナイフのようにするどい笑みだった。
「ええ、そうですよ。あなたは私がロムニアに来る前、どこにいたか知っていますか? 私の出生地を?」
 予想もしなかった問いかけに、レナエルは首をかしげた。
「ルノー侯爵の領地…では、ないの?」
「違いますよ。私が生まれたのは……侯爵の領地ナイラスのその向こう、アルカラ王国です」
 その言葉に、レナエルは目を見開いた。
「アルカラ――!? それは、昔お父様が戦いに行った……」
「ええ、そうですよ。あなたのお父様はアルカラを打ち負かした――。そして幼かった私は奴隷として繋がれて、ロムニアまで連れてこられたのです。その時に私は復讐を誓った」
 あまりの事に、レナエルの両手は力なく垂れ下がり、目は見開かれたままだった。ユベルはそんなレナエルに冷たく告げた。
「これが、私があなたを嫌う――いえ、憎む理由です」
 そしてレナエルの両手を縛る紐の結び目を一つ解いた。縛られたままではあるが、両腕の間の縄が伸びて、少し両手が自由になった。
「しばらく留守にします。世話人をよこしますが、くれぐれも妙な真似をしないように」
 彼はレナエルと目を合わせずに冷淡に告げ、そのまま部屋を去った。
 後には、今しがた聞いた事実を受け止めきれないレナエルだけが残った。

(――つづきは本編で!)

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