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失恋して絶倫ホテル王のセフレになりました~一夜からはじまる蜜愛関係~

「――きみは綺麗だよ。なにを着ても、着てなくても」

あらすじ

「――きみは綺麗だよ。なにを着ても、着てなくても」

婚約間近の恋人に裏切られ、何もかもを失った麻実は高級ホテルグループの代表・彰吾のセフレとなった。『次の男を悦ばせるために、その方法を学びたい』利害一致による期間限定の関係だが、彼の欲望は絶えず彼女に鮮烈な快感を与え、元より二人で一つの体だったかのように、不思議なほどしっくりとくる。彰吾と会うのは週末の二日間だけ。真剣な愛情はルール違反、後腐れなく別れなくてはいけない――でもいつからか引き返せないほど強く愛してしまって……。「あなたが、欲しい」甘美な夜を幾度も共にしながら愛に溺れるドラマチックラブ!

作品情報

作:長曽根モヒート
絵:逆月酒乱

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8/2(金)より各ストア様にて配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)

本文お試し読み

 

 ロビーにある案内板を前に、古林麻美《こばやしまみ》はちいさくうなった。
 困った。まさかこんなに広いだなんて。
 約束の時間はとっくに過ぎている。この迷路のようにだだっ広い施設のなか、いったい有紗《ありさ》はどうやってレストランまでたどり着けたのだろう。駅で落ち合うはずが、少し先に到着したから早めに入っていると連絡してきた友人を心底尊敬してしまう。大型商業施設のなかでいちばん大きなビルに入っているホテルのレストランを目指しているものの、ここはどこもかしこも広くて入り組んでいる。
 わざわざこんな立派な場所で誕生日のお祝いなんてしてくれなくてもよかったのに。
 もちろん、その気持ちは嬉しいけど。
 先週二十五歳を迎えた麻美に、親友が用意してくれたプレゼントは赤坂にある高級ホテル〈グランド・イーグル〉のアフタヌーンティーだった。去年は入浴剤の詰め合わせだったのに今年はこんな豪華なお祝いだなんてちょっと、いやかなり腰が引けてしまう。これは間違いなく、最近麻美の身に起こった一大事件を思ってのことだろう。一カ月前のことを思い出すと、麻美の心はとたんに沈んだ。
 自分の人生を顧みて、なんて無意味な時間を過ごしてきたのだろうと後悔と屈辱、そして途方もないやるせなさがこみあげる。この一カ月ずっとくり返してきたことだ。ひとり部屋に閉じこもり、無力感に苛まれ、過去を嘆いて鬱屈とする。
 でもそんな日々にもそろそろうんざりしていた。だからこそ今日はベッドから這い出してここまで来たのだ。少しずつでも日常を取り戻さなくてはならないと思って。
 とにかくいまはこの迷宮からレストランを探し出さないと。案内板にはたしかに四十階と書いてあるのに、さっき行ってみたらレストランという雰囲気ではなかった。あれはどちらかというと……。
「なにかお困りですか?」
 案内板とにらめっこをしていると、ふいに後ろから声をかけられた。落ち着いた低声に、てっきり従業員かと振り向く。しかし違った。スーツ姿の男性だ。それもとても背の高い男性。
 百八十センチは余裕で越えているだろう。赤茶色の髪を軽く後ろに流し、人のよさそうな笑みを浮かべる顔は驚くほど整っていた。三十代半ばから後半くらいだろうか。彫りが深く、くっきりとした垂れ目気味の目が印象的だ。品のいい肉感的な口もとは、こちらを面白がるように綺麗な弧を描いている。
「あの……」
 驚くほど綺麗な男性を前に、麻美は一瞬言葉を失った。
 ほのかに漂ってくる彼の香水のにおいに思考がかき乱される。サンダルウッドやスパイスや花の香りが混じり合う、複雑だけどとてもいいにおい。この男性によく似合っている――エキゾチックで、どことなく危険な香り。
「レストランを探していて」
 蚊の鳴くような声でしぼり出すと、彼は「ああ」と笑った。
「それならお手伝いできそうだ。私もこれから行くので、よかったらご案内します」
「あ、ありがとうございます」
 彼もお客だろうに、声をかけてくれるなんてとても親切だ。相当困って見えたのだろうか。
 少し恥ずかしさを覚えつつも、すでに約束の時間に遅れている麻美はありがたく彼についていった。きらびやかなロビーを抜けて中央のエレベーターホールへ向かう。
「ここへははじめていらっしゃったんですか?」
「ええ、実はそうなんです。だから迷ってしまって」
「従業員に聞けばよかったのに」
 男性の疑問はもっともだ。しばらく引きこもっていたせいで、いまのいままで人に聞くという基本的な選択肢すら頭に浮かばなかった。元々、他人に声をかけるのは苦手だし。
「ですよね」
 麻美は苦笑いして肩をすくめた。
 到着したエレベーターには誰も乗っていなかった。うながされて麻美が先に乗りこみ、彼があとから乗る。節くれ立った形のいい指が四十階のボタンを押した。
「え」
 思わず声をあげると、男性が振り返る。綺麗な目と目が合ったとたんに、頬が熱くなった。
「いえ、すみません。実はさっき四十階には行ったんです。でもレストランっぽくなくて」
「ああ。もしかして西側のエレベーターで上がりませんでしたか? 四十階にはレストランのほかに会議室がいくつかあるんですよ。今日は婚活パーティをやるんじゃなかったかな」
「婚活パーティ?」
「入り口に書いてありましたから。十三時からだから、そろそろ始まるころだ」
 腕時計に視線を落としながら彼が言う。入り口にそんな案内が書いてあったなんて、まったく気づかなかった。たしかに、さっきは中央のエレベーターホールが混んでいたので別の乗り口から四十階に向かった。
 それにしても、婚活パーティとは。
「やだ……全然気づかなくて」
 どうりで奇妙な雰囲気が漂っていると思った。一度は四十階にある受付に向かったものの、とおされた室内はレストランというにはあまりにも簡素だったし、似たような年代の男女ばかりが集まっていた。プロフィールカードを手渡されたとき、なにかおかしいと思って引き返してきたのだ。じゃあ、あの入り口に書いてあった名前は、レストランの名前ではなくイベント会社の名前か。違和感を覚えながらもその場に残っていたら、もしかするといまごろ婚活パーティに参加していたかもしれないなんて。
 想像して思わず笑ってしまうと、つられたように彼もほほえみを浮かべた。
「惜しいことをしたかな?」
 からかうように彼が尋ねる。
「いえ、まったく」
 エレベーターの奥側はガラス張りで、吹き抜けのロビーが見おろせた。ぐんぐん上がっていく景色とともに、うっすらとガラスに反射した自分が映る。
 自分と目が合った刹那、麻美はこの一カ月感じてきた大きな喪失感を思い出した。
 暗い焦げ茶色の髪のあいだからこちらを見つめるのは、いかにも気の弱そうな女性だ。化粧っ気がなく冴えない顔。薄手のモヘヤのオーバーサイズのニットにジーンズ姿は、どこもかしこも洗練されたホテルではあきらかに浮いて見える。でもドレスコードはないと聞いていたし、はりきっておしゃれをするような気分にもなれなかった。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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