「――これ以上、気持ちを我慢することなんてできない」
あらすじ
「――これ以上、気持ちを我慢することなんてできない」
大手企業の社長令嬢として育った由衣は、適齢期を迎えてから続く両親からの結婚の催促に、途方に暮れていた。「一人のほうが気楽だし!」といつものように幼馴染の龍哉に愚痴をこぼしていたが、置かれた状況を話すと彼から「偽装結婚」を提案される。龍哉も大手企業の御曹司、同じ境遇を持つ二人は利害一致から仮初の夫婦となった――とはいえ、変わらない関係性に安心していた由衣。だが、その場しのぎの結婚式が終わった途端、彼に思い切り抱きしめられて!?「……ずっと、由衣を女として見ていた」息もできないほどの濃厚すぎるキスに身をまかせ、互いを何度も求め合う二人のうそから始まる極甘新婚生活の行方とは……。
作品情報
作:秋花いずみ
絵:カトーナオ
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本文お試し読み
第一章
私、當間 由衣《トウマ ユイ》はとても恵まれた環境に生まれた人間だと思う。
小さいながらも自社開発の寝具用品を販売する会社を経営し、その仕事に誇りを持って働いている父と、その父を仕事でも家庭でもサポートする母のもとでのびのびと育てられ、なんの不満もなく大人になった。
父は私が中学生になった頃にアスリート向けに上質な睡眠導入を目的とさせたマットレスを開発した。その商品が大ヒットし、事業を大成功させ、大手企業の仲間入りを果たした。
だけど、いくら収入が増え、社員が増え、会社が大きくなっても父の価値観は変わらず、家族が一番、仕事よりも家庭に重きを置く人だった。
そんな両親から愛情たっぷりに育てられた私は、家族が大好きだった。いつでも私の味方でいてくれる父に、厳しくも優しい母は一番の相談相手だ。
そんな私には、家族以外にもう一人大切な存在がいた。それは幼稚園の頃からずっと一緒の幼馴染、西那 龍哉《ニシナ タツヤ》だ。彼も父親が経営者で、大手健康食品会社の次男坊だ。
龍哉は小さなときから目つきが鋭く、厳しくて冷たい印象を与えてしまう顔つきをしていた。だけど、私は彼が本当は優しいことを知っている。
昔から虫を退治せず逃がしてあげるタイプだったし、いじめられっ子を庇う勇気のある男の子だった。
コミュニケーションが苦手なせいか口数は少ないけれど、幼馴染の私とは無言が苦痛ではない関係だ。だから、私は龍哉の隣にいるのが居心地よくて、いつからか一緒にいるのが当たり前のようになっていた。
龍哉には二歳年上の兄、龍斗《タツト》がいる。龍斗は龍哉とは反対で愛想がよく、誰にでも好かれる性格だけど、女性関係が派手で私はちょっと苦手だ。だから余計に、龍哉と一緒にいる方が気が楽で楽しいのだと思う。
それに、お互いの趣味は映画で、学生の頃からよく放課後や休日に二人で観に行ったりもした。大人になってお酒を覚えてからは飲みにも行くし、そのままカラオケやネットカフェに泊まったことも何度もある。
社会人になり、私はお父さんの会社【ソメイユ】で秘書を、龍哉も彼のお父さんの会社【セボン.プール.ラ.サンテ】で秘書室長として働いている。私たちは社会人になっても、時間さえあれば二人で会い、飲みに行ったり遊びに行ったりしていた。
一応、お互い大企業の息子と娘ではあるけれど、私の両親は龍哉と一緒なら安心という考えだったし、龍哉の両親も私なら信頼がおける人間だから、派手な遊びはしないだろうと安心してくれているみたいだ。
毎日が幸せで大満喫していた私たち。だけど、気づけば年齢は二十八歳を迎えていた。
さすがに三十手前にもなってくれば、両親と顔を合わせるたびにこの話題になる。
「由衣、この前のパーティーで誰か見染めた人はいなかったのか?」
「ベンチャー企業からこの辺りじゃ有名な資産家まで集まったレセプションパーティーよ。いい人はいなかったの?」
三人で朝食を取っていると、三日前に行われた新商品のレセプションパーティーで招待をした若い男性たちの話が次々と出された。
私は苦い顔をしながら、龍哉の会社から販売されているノンオイルドレッシングをかけたサラダを口に頬張る。
「いないよ、誰も。好みの人なんかいなかった」
「またなの? あなた、ろくに話もしないですぐそう言うじゃない。いつも言うけれど、龍哉くんとばかり話していないで、少しはほかの男性の方とも話してみなさい」
「龍哉くんと離れろと言っているわけじゃない。ただ、パーティーでも龍哉くんにべったりだっただろう。あれじゃあ、彼にもいい人を紹介できないじゃないか」
両親のお節介を耳にしながら、黙々と朝食を口に運んでいく。本当、私も龍哉も今が充実しているのに、どうして恋人を作らせようとするのだろう。
三日前のレセプションパーティーだって、龍哉の兄の龍斗は呼んでいないのに、龍哉だけ呼んだのは、まだ身を固めていない彼にいい出会いを用意してあげようとしたお節介だ。
龍斗は二十八歳になったとき、自分で見染めた相手と恋愛結婚をした。そうなれば、次は龍哉の番だ。
飲みに行ったとき、いつも「親が結婚しろってうるさい」と愚痴っていたのを聞いているから、きっと私と同じようにさっさと恋人を見つけなさいと言われ続けているのだろう。
「余計なお世話よ。私も龍哉もちゃんと考えているから」
「一人じゃ恋人も作れないから、わざわざパーティーに若い男性を選んで招待しているんだ。少しは親孝行だと思って、結婚について真剣に考えてみなさい」
「あっ、私もう行かなきゃ。ごちそうさまでした」
「由衣!」
朝から小言を聞きたくなくて、早食いで食べ終わり早々にこの場から立ち去る。食器をシンクに置くと、私は逃げるように自分の部屋へと戻った。
中に入り扉を閉めると、盛大なため息をつく。視線を落とし、眉間にしわを寄せた。
「もう、顔を見たら結婚、恋人の話ばっかり。今どき、絶対に結婚をしなきゃいけないなんて時代遅れもいいところよ」
せっかく雨続きの貴重な晴れ間で朝からいい気分だったのに、両親のせいで台なしだ。まあ、私にちゃんと恋人という存在がいて、結婚も決まっていたらこんなに両親を心配させずに済んでいるのだろうけど。
もちろん、結婚をして幸せに暮らしている友人たちも何人もいる。
それを見て、いいなあと思う気持ちはあるけれど、まだ結婚をしたいという気持ちには達していないのが正直なところだ。やっぱり、今はこのままの状態が心地いいし、結婚に縛られたくない。
その原因は、多分、生涯をともにしたいと思えるような男性に、まだ出会えていないからだろうけど……。
「だって、龍哉以上に気の許せる男がいないんだもん」
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