「……ずっと貴女に会うために生きてきた。私の希望。私の光。私の全て」
あらすじ
「……ずっと貴女に会うために生きてきた。私の希望。私の光。私の全て」
男爵令嬢セシリアは恋焦がれた幼き日の初恋相手・オーリンとの再会を果たす。彼の優しさに再び惹かれるものの、オーリンは魔術庁から派遣された天才魔術師で、魔印によるセシリアの発情を抑える専属主治医として仕えていた。貴族としての義務と家を救うための婚約という重い選択に悩まされながら、セシリアの恋心は激しく募っていく。揺れ動く気持ちの中で、無垢な想いを抱く相手に毎夜淫らな欲望を晒し続ける。「……っお、ねがいさ、さわって」「セシリア様……すっかり淫らなお身体になられましたね」心に秘めた気持ちが溢れ出しそうになる彼女が選ぶ道、オーリンの本当の想いとは――。
作品情報
作:みずたま
絵:ちょめ仔
デザイン:RIRI Design Works
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10/4(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)
本文お試し読み
《プロローグ》
天蓋から垂れる分厚い布の隙間から、濡れた声がかすかに漏れる。セシリアは喘ぎ声を懸命に堪えていた。ぼうっとした感覚に身体を縛られ、身動きが取れない。ふわふわした羽根で、首筋や脇、そして、脚の間をくすぐられている感じ。それは次第に彼女を甘く妖しく捉える。
「ぁ、いゃ……」
思わず両手で口を押さえてしまう。
「……大丈夫。誰も聞いていませんよ。ここには私と貴女だけ。たくさん声をだして、気持ちよくなって、悪いものをぜんぶ、出しましょう」
穏やかな声が耳元で囁く。息を吹きかけられると、快感が体の底から湧き上がってくるようだ。
「……ゃ、ぁあ」
清楚で慎み深い令嬢とは思えぬ甘ったるい声が再び漏れる。
――貴女は私のもの。やっと、やっと会えた――
セシリアが意識を手放す刹那、そんな声が聞こえた。
《一話》
「ねえ、セシリア。このドレスの色どうかしら。私に似合ってる? 侍女のマリーはぴったりって言うのだけど、どうにも信用できないのよ」
キャロル・インクリッド男爵令嬢は鏡と真剣に睨めっこしながら、友人の男爵令嬢、セシリア・ロンデルに尋ねた。粒真珠を胸にあしらった青いドレスを身につけ、支度を済ませていたセシリアは穏やかに微笑んで頷く。
「素敵だと思うわ。貴女の肌は白いから、淡い色がとっても映えているもの」
「そうかしら……? そうね。ありがとう、セシリア。貴女がそう言ってくれるなら安心だわ」
彼女の瞳はこれから始まる豪華な夜を想像して期待に輝いていた。
「だってセシリア、今夜の宴はとても大切なんだもの。貴女だってわかるでしょう? なんといってもトゥーラム公爵家での夜会ですもの。招かれた音楽家は国王陛下の前で何度も演奏したというし、広間の飾りつけも素晴らしいわ。信じられる? 今、この館には大勢の名のある貴族が滞在しているのよ」
「ええ、本当ね」
興奮気味の友人にセシリアは微笑んでみせた。二人は今、その豪華な晩餐会の支度中なのだ。
トゥーラム公爵家はこの国でも五本の指に入る大貴族だ。歴史も古く、国王陛下の信頼も厚い。この春に先代公爵が息子に爵位を譲ったこともあり、館では数週間にわたり祝いの宴が開かれている。大勢の貴族が招かれ連日のように舞踏会、観劇などが催された。国中のありとあらゆる珍しい料理が食卓に並び、金に糸目をつけぬ公爵家の豪勢なもてなしを客たちはおおいに楽しんでいた。
「私ね、昨日はランダル家のご子息とお話ししたわ。気さくな方だったけど、ちょっとグラスの持ち方が嫌だったの。こう、小指を立てるんですもの。あの方よりは、サーセント卿の方がいいかも。見た目もだけれど、何よりお母様が王族の血を引いてらっしゃるの。そうね、婚約するなら間違いなくサーセント様だわ」
キャロルははしゃいだ様子でセシリアに話しかけた。貴族の若き令嬢、令息たちにとってこの祝宴は将来の結婚相手を見つけるかっこうの舞台でもあったからだ。みな、誰が自分に、ひいては自分の家格にふさわしいかを密かに吟味していた。実際、こういった催しの後には何組もの婚約が発表されるものだ。
「セシリア、貴女は良い殿方は見つかって?」
キャロルは無邪気に尋ねた。
「わ、私は、まだ……」
もちろんセシリアも男爵令嬢としていつ婚約してもおかしくない年齢だし、彼女の両親もとある事情によって一人娘が早々に婚約することを密かに期待している。
興味津々の表情で聞かれてしまい、セシリアは曖昧に目を逸らした。
「あら、そんなんじゃ素敵な婚約者様は見つからないわよ。滞在中になんとしても良い方を探さなきゃ」
キャロルはふさふさした羽根のついた扇を手にとり、セシリアを見た。腰まである金髪は豊かに波打ち、青い瞳は海の底で煌めく宝石のようだ。白い肌に形の良い鼻、ふっくらとした唇。セシリア・ロンデル男爵令嬢は同い年のキャロルから見ても可憐で美しかった。しかも、彼女は本当に優しい心根の持ち主なのだ。キャロルは友人の顔を覗き込んだ。
「ね、どうしたのセシリア。屋敷に来てから元気がないわ」
「いえ、そ、そんなつもりはないのだけれど……」
セシリアは急いで首を横に振った。この滞在をおおいに楽しんでいる友人に余計な心配をかけてはいけない。
「ダメよ、隠さないで。久しぶりに会えたのに、貴女が沈んでいたら寂しいわ」
キャロルはぐっと顔を寄せてきた。セシリアは少し躊躇ってから打ち明けた。
「……実は……お父様のお加減があまり良くないの……」
「まぁ」
昨年、セシリアの父親であるロンデル男爵は倒れてしまった。元々身体は強くなかった上に心労が重なり、とうとう病に伏してしまったのである。今回の宴にもロンデル家は家族で招待されていたが、セシリアは侍女だけを伴い一人で参加することになった。
『セシリア、貴女は楽しんできてね。せっかく公爵にご招待していただいたのだから』
彼女の母はそう言って送り出してくれたが、ついつい思い出しては心配になってしまう。セシリアは目を伏せた。
「そうだったのね。快復に向かっているとばかり……本当にお気の毒だわ」
キャロルはセシリアの手をとった。そして、少し言いにくそうに口にした。
「セシリア、確か、お兄様が、その……行方知れずとか」
「ええ……」
「まだ見つからないの?」
セシリアはこくりと頷いた。
「もう一年近く経つわ……そのこともあって、お父様の具合も悪くなってしまったの」
「そう……大変な状況なのね。でも、元気を出してセシリア。ここにいるときくらい、楽しみましょうよ。きっと貴女のお母様もそのつもりで送り出してくれたのだわ」
「そうよね。ありがとう、キャロル」
彼女は微笑んだ。友人の励ましはとても嬉しい。
「それならなおのこと貴女、素敵な殿方を見つけなければいけないわ! 婚約者が現れればきっとご両親も安心なさってよ」
キャロルは真剣な顔でセシリアにそう言った。
「え、ええ。そうよね……」
「素敵な殿方と結ばれるのは私たちの役目であるもの。そうでしょう?」
もちろん、キャロルの言うとおりなのだ。両親が彼女を一人でトゥーラム家に寄越したのもそういう意味があるはずだ。だが、セシリアの気分が浮かないのはそのせいでもあった。
(婚約相手を見つける……。私に、できるのかしら。忘れられない人がいる、この私に)
セシリアは無意識に、鏡台に置いてある詩集に手を伸ばした。そしてお気に入りのページに挟んである栞を手に取る。可憐な白い花の栞。これは、八年前にもらったものだ。だというのに花びらは今朝採ってきたような瑞々しさをたたえている。
――セシリアお嬢様。いつか必ず、迎えに行きます――
花とともに告げられた言葉が蘇る。印象的な銀紫の髪の少年は、想いを込めて彼女にこれを渡してくれた。セシリアはまだ十一歳だったが、彼の約束に頬を染めて頷いたのだ。
(あれは、遠い日の子どもの戯言……わかっているけれど)
今となっては、もうあの少年とは会えないと知っている。誰にでもあるような淡い初恋の思い出だ。だが、セシリアはどうしてもその初恋が忘れられないのだ。
(こんな気持ちでは婚約者様なんて探せないわ……でも、お父様とお母様のためには)
「どうしたの、セシリア?」
キャロルが心配そうに声をかける。彼女ははっと顔を上げた。
「いえ、なんでもないわ。さぁ、広間に行きましょう。もう宴が始まるわ」
セシリアは栞をそっと撫でて本に戻すと静かに立ち上がった。
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