「ヴィーの血の匂いは……ダメだな」
あらすじ
「ヴィーの血の匂いは……ダメだな」
平凡な村に住む仕立て屋の一人娘、ヴィヴィアンは実は転生者。前世で事故に巻き込まれ、RPGゲームの世界に転生してしまったのだ。シナリオとは正反対の平和な世界で『モブなりに平穏な人生が送りたい』彼女であったが、突然魔王の婚約者として選定されて……!?戸惑うヴィヴィアンの前に現れたのは、彼女の好みどストライクな魔王。ゲーム内とかけ離れた美しく優しい彼に、彼女は思わず一目惚れしてしまう。だが、不注意で手をケガした彼女を見た瞬間、突如魔王は細い首筋へ顔を埋め、鋭い痛みと淫らな執着がヴィヴィアンを襲って――
作品情報
作:春宮ともみ
絵:八美☆わん
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本文お試し読み
第一章
今いるここが――前世コアなファンが多かった、アクションゲームの世界だと気付いたのはいつごろだっただろうか。十歳になるころ、いや、もう少し前から知っていたような気もする。
「お父さ~ん。糸、紡ぎ終わったよ~」
ヴィヴィアンの生家でもある小さな工房は村のはずれにあって、すぐ隣には森が広がっている。工房の前には踏み固められた細い道が一本、村の中心部へと続いていて、そしてまたその先には魔の森と呼ばれる広大な森林が広がっていた。
「おお、ヴィー。いつも悪いね」
羊毛が入った木箱を抱えて工房に入ってきたニコラスは嬉しそうに顔を綻ばせると、ヴィヴィアンがテーブルに積み上げた糸巻き棒の数を数えはじめた。ヴィヴィアンは、普段母と一緒に森へ出掛け、染料に使う木の実や薬草を採ってくるのだが、今日はニコラスに頼まれて朝から紡績作業に勤しんでいた。
「うん、これなら十分足りる。助かったよ」
「よかった。それにしても、最近緑の糸をたくさん作っているのはどうして?」
ヴィヴィアンの父親であるニコラスは、毛織物を中心に仕立てる職人だ。ブリットン家は前世の世界で言うところの、いわゆるオートクチュール――仕立て屋を営んでいる。工房と住まいが一緒の敷地内に建っている小さな家だけれど、仕立ての腕は確かで、特に紡績・織布の技術には定評があった。近隣の村や王都からわざわざ足を運んでくれる客も少なくない。
ここラディグス村は人口三十人足らずの小さな村で、主な産業は農業と放牧、それから狩猟だ。森で鹿や猪を狩り、毛皮や肉、角などの素材を加工して様々な品へと作り変えて王都や魔の森の住人たちへと卸している。
豊かな自然に恵まれた土地なので、木を切り倒して作った材木で家を建て村の中心部には酒場を作ったりと、村人たちは森の恵みとともに生きている。
なかでもブリットン家の仕立て屋工房は、近隣で採集した植物由来の染料で染めた糸を紡ぎ、織物として仕立てる技術が代々受け継がれていて、工房の隣で放牧をしているスティード家から仕入れた羊毛を染め、糸を紡いで織物に仕上げることで生計を立てていた。
「もうすぐ王都で、シャルル王太子殿下の婚約者を選ぶ舞踏会が行われるらしくてね。緑のドレスがたくさん出回りそうだという噂だ」
「へえ、そうなんだ」
椅子から腰を上げたヴィヴィアンはニコラスの言葉に頷きながら、糸巻き棒を手に取り数えつつ、木箱のなかに納めていく。
――そっか。魔王を倒した『ウィルフレッド』がエピローグで『シャルル』に謁見して、その褒賞の舞踏会でのちの結婚相手と出会うシーン。ちらっと見えていたけど、シャルルはエメラルドの瞳をしているんだったわ。
魔王を倒しに行くというアクションゲーム『百夜城物語』――ヴィヴィアンが前世で学生のころにプレイしたそのゲームの主人公『ウィルフレッド』が生まれ育った村となるのが、このラディグス村だった。ゲームの中では、魔王城に近いラディグス村はたびたび魔族に襲われているという設定で、狩人であるウィルフレッドが村、ひいては王国を護るため、魔王を倒そうと旅をするというシナリオだった。
プレイヤーは『ウィルフレッド』を操作し冒険を進め百の夜を超えて、ゲームの最終局面で無事に魔王を討伐し、村へと凱旋する。
ヴィヴィアンはそのゲームの中で、ウィルフレッドが凱旋する際、彼に王宮へ登城するためのマントをプレゼントする村娘の一人、つまりはモブキャラ《・・・・・》だったのだ。
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