作品情報

イケメンエリートが本気(マジ)で落としに来たら~ライバル同期に甘く優しく絆されて~

「……俺、結構ずるい男だから」

あらすじ

「……俺、結構ずるい男だから」

文具メーカー勤務の杏梨は恋も仕事も難航中。恋人の浮気に悩み、日々の仕事も手につかないそんなある日、杏梨はとうとう職場で大きな失敗を犯してしまう。するとその時、同僚である昂輝が彼女に手を差し伸べた。入社当時からライバル関係にあった彼と残業をしながら、つい弱音を吐き突っかかってしまう杏梨。だが、対する昂輝は至極真面目な表情で甘く優しく「俺はずっと好きだった」と告げ、杏梨の唇を奪ってきて……!?

作品情報

作:沙布らぶ
絵:夜咲こん
デザイン:RIRI Design Works

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9月15日(金)各ストア様にて順次配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)

本文お試し読み

 第一章

「木崎さん、この前提出してもらった企画書見たんだけど……ちょっと詰めが甘いかなぁ。企画の趣旨そのものと、イベントで紹介する商品がちょっと合ってないんだよね。もう一回直してもらっていい?」
 企画書のチェックを依頼していた上司が、やや申し訳なさそうに声をかけてきた。
「す、すみません! すぐに直します……!」
 突き返された企画書を受け取った杏梨は、ぺこぺこと上司に頭を下げてから自分のデスクに戻り――そうして、大きなため息を吐いた。
「はぁ……またダメだった……」
 杏梨が勤めているのは、国内大手の文具メーカー、リトー文具株式会社だ。
 元々文房具が好きで、数年前に地方営業所での勤務を経て本社に転勤してきたのだが――現実はなかなか難しい。
(正直、今回はちょっとダメかもって思っちゃったしなぁ……)
 今回杏梨に任されたのは、自社で行う大規模な文房具の販売イベントだった。
 毎年リトー文具では、自社の主力商品や押し出したい新商品をもって大規模な見本市を行う――テレビや各種メディアで大きく取り上げられることも多く、このイベントが成功するか否かによって知名度が段違いに変わってくる。
 これまで様々なイベントで好成績を収めてきた杏梨だからと任せてもらった企画だったが、何度企画書を直しても返ってくる反応はいまいちだった。
「んー……もうコンセプトから考え直しちゃおうかな……」
 ふーっと深く息を吐いた杏梨は、上司から戻された企画書を捨ててしまおうと手に取った。
 すると、すぐ隣のデスクから声がかかる。
「なに、それ企画書? 今度のイベントのやつ?」
「そうだけど……やっぱりダメだったみたい。もう一回、最初からアイディア出ししなくちゃ」
 つい先ほどまで取引先と電話をしていた同僚――本宮昂輝は、ちらりと杏梨のデスクの上に視線を向けた。
 昂輝は同い年の同僚だったが、絶賛低迷中の杏梨とは違って同期の中でもエースと呼ばれている。有名大出身のいわばエリートで、地方から出てきた杏梨とはなにもかもが対極的だった。
「……ちょっとそれ見せて」
「あっ!」
 その昂輝が、いきなり杏梨が手に持っていた企画書を取り上げる。
 そうしてそれをぱらぱらとめくりながら、同時に目の前のパソコンでカタログをチェックし始めた。
「い、いきなりなんなの!」
「いや……木崎に限ってコンセプトからダメってことはないだろって思って。……この春出た新しいライン押したいんだろ」
「……そうだけど」
 暗いブラウンの髪を軽く掻いた昂輝は、色素の薄いダークグレーの瞳で杏梨のことを見つめてきた。
 本人曰くもともと色素が薄い体質なのらしいが、杏梨にはどうにも彼が軽薄そうに見える。
「あー、なにもライン全部を売り出さなくていいんだよな。一つか二つインパクトのあるやつ持ってきて……好きな人は多分全部見てくれるし」
「それはわかってるけど……どうせならこう、売り出せるもの全部売り出したいというか」
「木崎の気持ちはわかるけど、それで目玉の商品が見てもらえないってのはちょっと違うかな。企画書もさ、今回は――ペン? それに合わせて商品組んでみたらいいんじゃない」
 印刷された企画書の端にちょっとしたアイディアを書き残して、昂輝はそれを杏梨に返してきた。
 確かに彼が言っていることは理解できるし、その通りだとも思う――だが、他でもない昂輝にそれを指摘されたことがなんだか少し悔しかった。
「どうよ」
「うっ……さ、参考にはさせてもらうけど」
 とはいえ、昂輝が提案してくれたものの方が優れているのは間違いない。
 再び電話がかかってきた彼はひらひらとこちらに手を振ってから受話器を取ったが、杏梨はムッとした表情を浮かべたまま手渡された企画書を睨むしかなかった。
(本宮さんの言ってること、確かにその通りなんだけど……)
 昂輝はいつだって、杏梨の一歩前を行っているような男だった。
 田舎から出てきてがむしゃらに働いている自分と、人当たりがよくていつも余裕を持って働いている昂輝――同期だからと比べられることも多く、その比較もほとんどの場合昂輝が勝っていた。
(なんか最近、本当に上手くいかないなぁ……)
 憧れのリトー文具に入社して、はじめのうちは順風満帆だった。
 地方営業所ではエースだった杏梨は、営業部から企画推進部に転属となり、新しい商品ラインナップの提案や販促にいそしんできた。
 元々営業のノウハウもあったのでそれなりに成果は出せていた。その時は昂輝よりもいい成績を出していたという自負もある。
 ――いつからだっただろうか。仕事が空回りし始めて、私生活までうまく回らなくなってきたのは。
(……ダメだ。プライベートのことまで考えたら頭痛くなってきた……)
 一度外の空気を吸って、頭の中をスッキリさせよう。
 そう考えて立ち上がった杏梨は、オフィスの中にある休憩フロアに向かうことを決めた。
 スマートフォンだけをもって休憩フロアに向かうと、そこでは営業部の同僚だった友人が缶コーヒーを飲んでいた。
「……美樹」
「あれ、杏梨も休憩? めずらしー!」
「ちょっと息抜き。私もコーヒー飲もうと思って」
 リトー本社に入社した時の同期で、今は法人営業部に所属している白橋美樹は、あれこれ考えがちな杏梨と違ってさっぱりとした性格をしていた。
 営業部にいた頃は何かと相談に乗ってもらっていたが、最近はお互いの時間が合わなくてあまり話もできていなかったのだ。
「……杏梨さぁ、なんか顔疲れてない? 企画推進部ってそんなハードなの」
「いやぁ……ハードっていうか、最近自分自身がたるんでるなぁと……」
 美樹と同じようにアイスコーヒーを買った杏梨は、友人の隣に腰かけてまたしても深く息を吐いた。
「なんか、こう……いろんなことがうまくいってないんだよね」
「それって、仕事のこと? 本宮さんだっけ、企画推進部のあのイケメン」
「イケメンって……」
「法人営業部にもファンいるんだよねー。結構いろんな部署の人と交流あるし。独身だったらわたしも狙ってたかも」
 ケラケラと笑いながらコーヒーを飲む美樹の左手薬指には、美しい輝きを放つ真新しい指輪がはめられていた。
「んー、なんかさ、本宮さんチャラそうじゃない?」
「性格までは知らないよ! むしろ杏梨の方が知ってんでしょ。……どうよ、彼氏くんと比べてみて」
 ニヤッと笑った美樹がそう尋ねてきたが、杏梨はぐっと言葉に詰まるばかりだった。
「……良悟、は……」
 付き合って三年経つ恋人の松田良悟は、元々リトー文具で一緒に働いていた同僚だった。同じ営業部だったので、当然美樹との面識もある。
 今は転職してしまって別の会社で働いているが、そんな恋人とも近頃はうまくいっていなかった。
「え、どうしたの。松田くんと杏梨、めちゃくちゃ仲良かったのに」
「あの、さ。多分なんだけど……良悟、浮気してるっぽくて」
 その一言を呟くまで、たっぷりと時間がかかった。他人にこのことを言うのは初めてだし、おそらく美樹相手でなかったら口に出すことはなかっただろう。
「浮気って……えっ、それ本当?」
「うん。あの……前に、メッセージ間違えて送ってこられちゃって。名前とか、向こうは打ち間違えただけだって言ってたんだけど……」
 恐らく浮気相手は、恋人が勤めている会社の同僚だ。
 最近は恋人と一緒に休日を過ごすこともなくなってきた。最後に良悟と会った日は、もう半月以上も前になっている。
「勘違いとかじゃなくて?」
 心配そうに尋ねてくる美樹の言葉に、杏梨はこくんと頷いた。
 確かに、メッセージを送られただけだったら自分だってただの勘違いか、ちょっとしたミスだと思うだろう。浮気という言葉が頭に浮かんでも、決定的とは言えなかったかもしれない。
「……良悟の家に、ピアスが落ちてて。私のじゃないし、明らかに女性のものだったし……」
「うわ……マジで? それ牽制されてるんじゃない?」
「だと思う。多分、わざと落としていったんじゃないかな」
 良悟の心がどちらに傾いているかというのは、その態度を見れば一目瞭然だ。
 いっそのこと自分から別れを切り出そうと思っているのだが、なかなかそれも言い出せずに今に至る。
「誰かにこのこと、相談した?」
「してない。美樹だけ」
 他の友人に、このことを相談しようとも思えなかった。
 いや――正直に言うと、美樹にもこのことを話そうとは思っていなかったのだ。
「誰かに言うの、ちょっと怖くて」
「電話とかしてくれたらよかったのに! 話ならいつだって聞くし……」
 割と面倒見がいい彼女は話を聞いてくれただろうが、結婚したばかりの美樹にこんな話を聞かせたくはなかった。
 今日こうして顔を合わせなければ、おそらくはずっとこのことを一人で抱え込んでいただろう。
「あのさ、杏梨。前からそうだけど、自分で色々背負い込みすぎ! 杏梨のそういうとこ、真面目過ぎてよくないってば」
 呆れたような表情を浮かべた美樹は、杏梨の肩をポンッと軽く叩いてきた。
「もうちょっと、誰かのことを頼れるようになった方がいいよ。わたしでもいいし、他の人でも……じゃないと杏梨、いつか本当に潰れちゃうから」
 そう言うと、彼女は空っぽになったアイスコーヒーの缶をごみ箱に捨て、明るい笑顔を杏梨に向けてきた。
「今度の休み、一緒にご飯いこ! 後でメッセージ送るから!」
「う、うん。……楽しみにしてる」
 ぎこちなくはあったが、なんとか杏梨も笑みを返す。
 正直このことはしばらく胸の内に秘めておくつもりだったので、美樹の言葉は大きな救いになった。
 だが、それでも「迷惑をかけてしまった」という気持ちがぬぐえない。
(美樹だって、今色々忙しい時期なのに……心配かけちゃったなぁ……)
 杏梨の方もアイスコーヒーはすっかり飲み終えてしまって、とぼとぼと企画推進部のフロアへと戻る。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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