「誰よりも幸せになろう、幸せになる権利があるんだ」
あらすじ
「誰よりも幸せになろう、幸せになる権利があるんだ」
友好関係であったはずの隣国に、母国を滅ぼされ父を殺された第一王女、リリアレット。大好きだった婚約者、隣国の第一王子ジェルベールこそが母国の敵。強い憎しみと悲しみを抱き、彼女は父の仇をとるため復讐を誓った……一方、ジェルベールは愛するリリアレットを想い、心を痛めていた。彼女の父、サフィレオ国王は、家族以外を人間と認識しておらず自国民に悪政を敷く愚王だったのである。『何としてでも彼女を救いたい』彼がそう国王に進言すると、敵国の元王女を王宮に迎える条件として【ジェルベールの閨教育係】が挙げられて……
作品情報
作:ひなの琴莉
絵:稲垣のん
デザイン:RIRI Design Works
配信ストア様一覧
本文お試し読み
プロローグ
変わり果てた祖国をゆっくりと歩いていた。
建物は壊れ、焼け焦げた臭いが漂っている。
人々は避難し、この辺りにはもう誰も住んでいない。
元々この地域は、大きな公園があって過ごしやすい場所だった。
国境付近で私の父であるサフィレオ国王が殺害されたと聞き、ここまでやってきた。ここに来るまでの間に付き添ってくれた母は病で倒れ天国へ逝ってしまい、私はひとりぼっちだった。
見つけた形見は、父が身につけていたブレスレットだけだった。
二ヶ月前から、我が国は隣国ソラーリー王国の支配下に置かれてしまった。
私は、サフィレオ王国第一王女、リリアレット・ティリ・バーグ・サフィレオ。
王宮が襲撃されたとき、なんとか逃げ出し命だけは助かった。しかし、その場にいた使用人たちとはバラバラになってしまい、皆が今どこかで生きているのか、それとも亡くなってしまったのか、私にはまったくわからない。
第一王女だったのは過去のこと。
この二か月間は優遇されることなく、その日その日を食べて生きていくだけで必死だった。
ふと水たまりに映る顔を見ると、大きなルビー色の瞳の自分と目が合った。
ピンクブロンドの背中まであるストレートヘアーは、ボサボサになっていて無造作に一本で束ねられている。
逃げてきたときに着ていたドレスは、道中でボロボロになっていて破れ穴が空いている。ものすごく悲惨な状態だった。
ソラーリー王国が憎い。復讐することでしか報われない。
そんな気持ちが湧き上がり、握りこぶしを作った。
家族を失う悲しみ。絶望。
明日の見えない生活。
希望を持ちたくても悲しくて悲しくて、涙の沼にずっと落ちていくような感覚だった。
私はいつか心から笑える日がくるのだろうか。
ソラーリー王国第一王子、ジェルベール・サッシャ・アード・ソラーリーのやさしくて穏やかな笑顔が脳裏に浮かんだ。
胸が締めつけられたように苦しくなる。
(……大好きだったのに)
サフィレオ王国とソラーリー王国は隣国で、互いに良好な関係だった。
そのためジェルベール王子とは幼いころから何度も交流を重ねていて、私は将来彼と結婚するものだと信じ込んでいた。父からもそのように言われていたのだ。
あのころの私は、それが運命であるのなら光栄なことだと喜びに包まれていた。
幼いころから先日まで、私の心は彼に奪われ完全に恋をしていたのだ。
それなのに、こんなことになってしまったなんて……。
これは何かの夢だと、今でも信じられない気持ちでいる。早くこの悪夢から目が覚めてほしい。
どちらかというと、我がサフィレオ王国のほうが国土や人口において優位で、ソラーリー王国は外交の際、我が国を立てていたらしい。
しかし今、立場は完全に逆転してしまった。
どんな目的があって、ソラーリー王国は我が国を滅ぼしたのだろう。
立ち止まって薄暗い曇り空を見あげた。
そして両手の指を重ねて、亡くなってしまった父に祈りを捧げる。
「お父様。私が仇を打ちます。どうかお守りください」
立っているのもやっと……。
(お腹が空いて力が入らない。もしかしたらこのまま死んでしまうのかもしれない……)
私はその場に倒れてしまった。
第一章
俺は執務室から、窓の外を眺めていた。
二ヶ月前の父のやり方は、はたして本当に正しかったのだろうか。
確かに、サフィレオ王国の多くの国民の不幸と悲しみを救うためには、隣国である我が国ソラーリー王国が介入しなければならなかったのだ。
しかし、その計画が愛するリリアレットを心から悲しませてしまったことに違いはない。
ドアがノックされ、振り返った。
入室の許可を出すと側近のリチャードが入ってきた。
「ジェルベール様、リリアレット様の目撃情報を入手いたしました」
「なんだって!」
「我が国とサフィレオ王国の元国境付近にある村で、第一王女だったという身分を隠して、その場しのぎで毎日を生きておられるようです」
心臓を貫かれたような痛みが走り、とたんに悲しい気持ちで支配された。
我が国がサフィレオ王国を襲撃したせいで、リリアレットは毎日、苦しい生活をしているのだ。
命の危険にさらされながら、なんとか今日まで生き抜いていたのだろう。
そしておそらく、俺たちのことを心から憎んでいるに違いない。彼女は自分の父が祖国の国民にしていた恐ろしい行いを知らないのだから。
「すぐに彼女を保護したい」
「そうは申されましても……」
「いい方法はないのだろうか。俺はリリアレットをなんとしても救いたいのだ!」
感情をあらわにする俺の姿を見て、リチャードは困惑しているようだった。
ところがいいアイディアを思いついたのか、とたんに彼の表情が明るくなった。
「ジェルベール様は、以前からリリアレット様がお作りになる菓子がお好きでしたよね」
「あぁ。そうか。なるほど」
「ええ。王子専属の菓子作り係として王宮に受け入れることができれば……」
「リリアレットと一緒に過ごせる可能性があるな」
それには、父である国王陛下を説得するしかない。早速、面会を申し入れた。
(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)