作品情報

転生先の乙女ゲー世界でお付きの騎士様に推し変したので、元推しだった王子にはさっさと死んでもらいます。

「『運命通り』、死んで頂くことにしますわ!」

あらすじ

「『運命通り』、死んで頂くことにしますわ!」

18禁乙女ゲームの世界に転生した杏樹。これで最推しのバイエル王子と愛し合えると思いきや、転生先はバイエルに寵愛されるヒロインではなく名もなきモブ令嬢だった。加えて杏樹はバイエルのお付きの騎士オーディンに恋をしてしまう。だがそのせいでシナリオに異変が起き、オーディンは敵国との争いの生贄にされてしまうことに…ゲームに存在しない新たなルートの攻略が始まった!

作品情報

作:柴田花蓮
絵:ぼんばべ
デザイン:RIRI Design Works

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本文お試し読み

(一)
 世界一大きな大陸のほぼ中央に位置しているせいか、交通の要所として遥か古より栄えてきた国・シリエスタ。そんなシリエスタの一日は、朝、丘の上に建つシリエスタ大教会の鐘の音が国中に響き渡るところからスタートする。
「もう、朝か……毎日が楽しいと、時間が過ぎるのはあっという間なのねえ」
 その鐘の音をベッド――ではなく、部屋の机で書き物をしながら耳にした私はそんなことを呟きながら欠伸をひとつ。そしてそのまま立ち上がり、うっすらと夜が明け始めた窓の外を見つめる。

「大陸の宝石」との呼び声も高い、このシリエスタ王国の夜明け。古の時代には、理想郷として崇められ、誰もが皆この国に憧れ、やってきたとされている。
 私はそんな国の伯爵家の令嬢として生まれ、子供の頃から何不自由な生活をして「きたらしい」。
 それなのに、卑屈な性格で浪費家、さらに恋人はおろか友人もろくにおらず、そのくせ結婚相手は国の王子が良いと高望みし、王子以外には興味も持たずに夜会に参加していた「らしい」私は、いつか王子に無礼を働くのではないか、そもそも嫁ぎ先も見つからないまま行き遅れて財を食いつぶすのではないかと、両親の悩みの種のようだ。

「アンジュ。いいですか? 今夜の夜会にはバイエル王子もいらっしゃるのです。くれぐれも失礼がないように。だいたい貴女はいつも……」
「……」
「アンジュ! 聞いているのですか!」
 ――そんな私、実はまだ自分の「名」を呼ばれることにまだ慣れていない。名前というのは生まれた時につけられるものだから、もうこの「名」を十八年聞いているはずなのにずいぶんとおかしな話ではあるのだけれども、
「あ、私? 私よね。はいはい、聞いてますって。バイエル様に失礼がないように、ですよね」
「……全くあなたは。以前に比べて急に人が変わったように素直になったと思ったら、名前を呼んでもボーっとして。どこか具合でも悪いの? ねえ、本当にあなた、大丈夫?」
「大丈夫よ、お母様。とにかく大丈夫ですから、心配なさらないで」
「それならいいのだけれど……とにかく日暮れ前に迎えの馬車が来ますから、それまでに準備を済ませておくのですよ」
 なぜか「他人ごと」のような感覚の私を、お母様はとても心配しているようだった。
 私はこういう時はいつも適当にお母様をあしらい、その場を乗り切るようにしていた。だって、きっと私がどうしてそんな態度なのかをお母様に説明したところで、絶対に理解されないとわかっているから。
 お母様は先ほど「急に人が変わったように」と言った。実は本当にその通りで、実際に「人が変わってしまった」ために、こんな面倒くさい状況になっている。
 と、いうのも――なぜそうなったのかはわからないけれど、私がある朝目覚めたら、「この世界」の住人になっていたことから全ては始まっていた。

「この世界」というのは、シリエスタ王国のこと。そしてこのシリエスタ王国というのは、私が「目覚める前の世界」で狂ったようにプレイし、寝食忘れ嵌りまくっていた乙女ゲーム「シリエスタの丘に死す」に出てくる世界。つまり私は、ある朝目覚めたら、大好きだった乙女ゲームの世界に転生してしまっていたのだ。
「シリエスタの丘に死す」は歴史ファンタジー要素の強い乙女ゲームだった。とある王国が困難を迎え、それを乗り越えて再び平和になって行くというのが大筋の物語で、プレイヤーは主人公の侯爵令嬢・メルディスになり、ゲームを進めながらイケメンの男性キャラクターと恋愛をし、物語に関わっていく。
 ゲームの中では何人かの男性キャラクターの恋愛ルートを選択できる設定があったものの、私が好きだったのは、シリエスタの王子・バイエル様のみ。当然、最愛の推しであるバイエル様以外は興味がない私は、バイエル様以外のルートは未プレイだった。何度もバイエル様ルートをプレイしては、幸せな気分に浸って、またその繰り返し。攻略本も購入したし、隠しコマンドや隠しアイテムなんかも全てゲット。「シリエスタ王国に納税」という名の課金をし、バイト代を全てつぎ込んで特別なイベントスチルを手に入れたこともある。こと、バイエル様ルートに関してはオールコンプリートしていたといっても過言ではなかった。
 ちなみにこのゲームには通常版とR指定版があって、転生前の私は確か年齢の関係上、真面目に通常盤のみをプレイしていた。でもようやく十八歳になり、念願のR指定版を手に入れたのだ。それまで男性経験はおろか恋人もいなく、それこそバイエル様にガチ恋愛モードだった私は、R指定版ももちろんバイエル様ルート以外プレイするつもりもなく、R指定版を誕生日にプレイすることを自分への誕生日プレゼントとしてとても楽しみにしていた。
 そうしてまずは愛用のポータブルゲーム機にR指定版のバイエル様ルートのデータをダウンロードし、バイエル様ルート専用の攻略本も準備、さあやるぞ! と意気込んだところまでは覚えている。ところが私の記憶はその部分で途切れていて、その後目覚めたら、このゲームの世界に転生していたのだった。

 そりゃあ、最初目覚めた時は驚いた。いや、驚いたなんてものではなかった。
 目覚めた瞬間飛び込んできたのは、「覚えはあるが自分にとっては馴染みのない光景」。しかも、私が寝食忘れて嵌りまくってプレイしていた、あの「シリエスタの丘に死す」によくでてくる、主人公・メルディスの部屋ともよく似ている。
 ベッドサイドにはなぜか、私が使っていたポータブルゲーム機と、バイエル様ルート専用の攻略本があった。どうやら何故か一緒にこちらの世界に来てしまったらしい。
(もしかして、ゲームへの想いが強すぎて、こんなことに……?)
 考えても全く理由など分からないし混乱はしていたものの、そこで私はふと、思い立つ。
 そう、もしもここがゲームの世界で、私が転生したというのなら――
「ああ、もしかして私、ヒロインのメルディスになったってこと!? てことはこれからリアルであのバイエル王子と結ばれるの!? やだ、どうしよう!」
 そう、想いが強かろうが、そのせいで時空が歪んだとか何らかの理由があろうが、そんなこと私にはどうでもよかった。それよりも、私がメルディスとなり、大好きなバイエル様と結ばれるんだ――そう思ったら、思わず大声で叫びながら走り出してしまいたいくらい嬉しくて仕方がない。
(ああ、こうしてはいられない。早く着替えて、バイエル様とまずは出会わなければ! 最初は確か……)
 そんなことを考えながら私はベッドから飛び起きてクローゼットに向かうも、ふっと窓ガラスに目をやった瞬間、立ち止まる。
 窓ガラスに映っていたのは、我が最推しにして最愛のバイエル様に愛される侯爵令嬢・メルディス――ではなかったからだ。
 メルディスは確か、肩につくくらいの長さのブロンドの髪をくるんと愛らしく巻き、小柄でスレンダー体型の「愛らしい少女のような女性」だったはず。しかし今窓ガラスに映っているのは、背中まである真っすぐのブルネット髪が良く似合う、メリハリのあるボディをした「女性」。メルディスを「可愛い」と表現するのなら、今ガラスに映っている女性は「綺麗」と表現するのが適当だ。
「えっ……誰?」
 自分の姿を見て「誰?」と表現するもの変な話だったが、ゲームの中にこんな姿の女性がいたかどうか、私には覚えがない。ゲームは数えきれないほどやり込んでいるし、バイエル様ルートに関しては完璧に、そこに出てくるキャラクターも憶えているはずだった。それなのに、今ガラスに映っている自分が誰なのかが私にはわからない。
 とりあえずベッドサイドにあった攻略本を確認してみても、「私」らしきキャラクターの名前はない。
(でも、ここにいるということは、ゲームの中のキャラクターであるはずよね?)
 そう思った私が必死に考えた結果、ようやく「私」の正体が分かった。
 名前が分からなくて当然だった。だってゲームの中で、「私」の名前は『令嬢B』としか表記されず、しかもセリフもたった一言だったのだから。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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