「必ず会いに行く――もう一度好きになってもらうために」
あらすじ
「必ず会いに行く――もう一度好きになってもらうために」
憧れのホテルで研修中、大好きな上司・綾人と恋に落ちた雅。しかし、彼が隠す「御曹司」という身分、愛する婚約者の存在を知り、その想いに終止符を打つ決意をする。それから4年後、プロのホテリエとして自らを磨き成長を遂げた雅に、運命の再会が訪れる。変わらぬ彼の微笑み、仕草、時折見せる寂しげな瞳――すべてが甘い思い出を呼び覚まし、忘れたはずの感情が再び胸を突き動かす。「好きだ、大好きだ」艶のあるバリトンボイスが耳元で囁き、その声は全身に響き渡る。力強い腕に包まれると、抑えきれない想いが溢れ、二人は熱く官能に溶けていく。再会のなかで語られた、切なすぎる過去を抱える綾人の苦しみ、孤独、そして雅が選ぶ未来は――。
作品情報
作:田沢みん
絵:天路ゆうつづ
デザイン:RIRI Design Works
配信ストア様一覧
12/1(日)各ストア様にて順次配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)
本文お試し読み
1、四年ぶりの再会
立春とは暦の上ばかりで、まだまだ寒さの残る二月末。
『ホテルニューパトリ・雅楽《がら》(Hotel new Patrie GALA)』の社内公募面接は、三十階の第五会議室で行われていた。
私、富永雅《とみながみやび》が廊下に並ぶパイプ椅子の一番端に座って待機していると、会場から退室の挨拶が聞こえてくる。
「ありがとうございました。失礼いたします」
――わっ、もうすぐ私の順番だ。それにしても私が最後だなんて緊張する!
都心のウォーターフロントにそびえ立つ『ホテルニューパトリ・雅楽』は 、海外や地方からの観光客をメインターゲットに『和モダン』をコンセプトとして建てられた新築ホテルだ。財閥の流れを汲む大企業『SATOMIコーポレーション』が経営する『ホテルパトリ・グループ』が新たに展開するもので、今から約二ヶ月後の四月末、ここ、汐留《しおどめ》駅直結という好立地に鳴り物入りでオープンすることになっている。
今回の社内公募はそのためのオープニングスタッフを募るもので、全国にある『ホテルパトリ』で勤務先の総支配人から推薦された者のみが対象だ。面接は職種ごとに分けて行われており、初日の今日は全国からホテルコンシェルジュ希望者が集められていた。
第五会議室のドアがひらき、中から三十歳前半と思しき女性が出てきた。グレーの制服と襟についている金バッジが勤務ホテルの系列と彼女のレベルを表している。
――うわぁ、凄く落ち着いていてベテランっぽい。コンシェルジュ歴が長いのかも。
同じ『ホテルパトリ』グループであっても、シティホテルとリゾートホテルでは若干制服が違う。グレーの制服はリゾート系、紺色はシティホテル系だ。彼女の制服の色がグレーということは、北海道や沖縄にあるリゾートホテルに勤務しているのだろう。いや、『ホテルパトリ』はハワイやグアムにも展開しているから、もしかしたら海外から来ているのかもしれない。
彼女が廊下の椅子に座っている面々に「お先に失礼いたします」と営業スマイルを浮かべると、皆が「お疲れさまでした」と頭を下げる。
互いにホテリエらしく丁寧に挨拶を交わし終えたあとで、彼女は背筋を伸ばしてエレベーターホールへと去って行った。今の彼女も、その前に面接を終えた年嵩の男性も、みんな自分より優秀に見える。
――でも、私だって。
私は身につけている濃紺の制服の襟元に目を向けると、金色に輝くピンバッジにそっと手のひらを当てた。『P』の文字が入った金バッジは、お客様のアンケートをもとに選ばれた優秀社員に贈られるもので、昨年もらった私の誇りだ。我が社でコンシェルジュになるには金バッジ取得が必須条件の一つとなっている。このバッジをもらえたことで、私は昨年の春にとうとう憧れのコンシェルジュデビューをすることができたのだ。
――総支配人、私、頑張りますから!
私は今回の面接に推薦してくれた神取《かんどり》総支配人の柔和な顔を思い浮かべた。彼は私が勤務している『ホテルパトリ横浜』の総支配人で、四月からのスタッフ研修開始に合わせて『ホテルニューパトリ・雅楽』の総支配人に就任することが決まっている。まだ三十五歳で総支配人としては若いほうだというのに、今度は期待の大きい新ホテルの総支配人になるというのだ。本社がそれだけ彼の能力の高さを認めているのだろう。
――その人が私も是非にと推薦してくれたんだ。胸を張って堂々と面接に挑もう。
さあ、いよいよ順番だ。私は後ろでシニヨンにまとめた黒髪が乱れていないかをコンパクトミラーで確認すると、それをポケットにしまって立ち上がる。会議室のドアを三回ノックしたところで「どうぞお入りください」と応答があった。それが聞き慣れた神取総支配人の声だと気づいて若干安心したが、ここで気を緩めるわけにはいかない。私は大きく深呼吸してからフロントクラークらしい上品な笑顔を作って入室した。
ドアを閉めて椅子の横に立ったところで自己紹介だ。
「富永雅、二十七歳。横浜店から参りました。この四月で勤続丸五年になりま……」
笑顔を保ったまま三人の面接官と順番に目を合わせていったが、最後の一人のところで息が止まる。
――えっ⁉
長机に横並びで座っている面接官の中で、私が見知っている顔は神取総支配人だけではなかった。向かって右端、誰よりも一層目立って見える精悍な顔つきの男性は……。
――嘘……っ!
ワックスで撫で付けた艶やかな黒髪と意志の強さそのままのキリッとした目元。彫刻みたいに整った容姿はあの頃より更に大人っぽくなっているけれど。
――それでも私が見間違えるはずがない。だって彼は……。
山瀬《やませ》……いや、里見綾人《さとみあやと》、三十歳。四年前に私を捨てた男性。そして私が今でも処女でいる原因を作った張本人なのだから。
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