作品情報

恋する野獣~初心な乙女は夢の中で愛を知る~

「……泣かないで、リリーシャ。きっと大丈夫」

あらすじ

「……泣かないで、リリーシャ。きっと大丈夫」

没落寸前の子爵令嬢リリーシャは、突如謎の辺境伯・フランに嫁ぐことを命じられる。財政難の為に覚悟していた彼女だったが、相手のフランには気になる噂があった。それは「頭が切れるが変わり者」「常に仮面をつけ素性が知れず、不気味で恐れられている」人物だということ――心細くも一人で彼の元に向かうが、城は無人で静まり返っていた。打ちひしがれそうになる彼女であったが、城内で心やさしい獅子と出会い互いに友情を深めていく。だがある夜の日を境に、見ず知らずの美男に淫らに抱かれる夢を見るようになって……!?

作品情報

作:柴田花蓮
絵:noz
デザイン:RIRI Design Works

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(一)

「リリーシャ、本当に一人で大丈夫? せめて向こう様の城までは一緒に……」
「大丈夫よ、お母様。少し落ち着いたらお手紙を書きますから……心配しないで」
「そうは言っても……急に迎えもよこさず、一人で来るようにだなんて! 噂は聞いていたけれど、侯爵様はやはり変わっていらっしゃるのかしら……ああ、本当にあなた大丈夫なの?」
「もう! ……支度金もたくさんもらって、こうして馬車まで手配してくださったのですもの、それくらいは我慢しなくちゃ。とにかく、落ち着いたらお手紙書きますから安心して。……では馬車を出して」

 美しく澄んだコバルトブルーの瞳を輝かせながら馭者に馬車を出すように指示を出したリリーシャ=ウェルナは、最後の最後まで心配する母・ヘレンに別れを告げて屋敷を出発した。
 リリーシャの住むエトリビア王国は、大陸の中でも海に面している部分に領土を広げている国で、当然他国との交易も陸だけでなく海も利用しており、そのために経済が非常に潤沢な国としても名が知られている。ただそんな国である故にその領土を狙われることも多く、特に他国との境界である地域に関しては、常日頃緊迫した状況が続いているという。リリーシャはそんなエトリビア王国の子爵令嬢として生まれた。子爵とはいえ貴族ではあるので、直接領土争いの戦いに家が巻き込まれることはないものの、昔から商人とは繋がりを持つ家だったため、現在父親も、王に仕える傍ら、それらに関連した商いも行っているようだった。ところが――
「なに!? 約束の品物が届かないだと!? あの商人はどうしたのだ!」
「そ、それが……連絡が取れないのです! 近隣の町なども探させているのですが……!」
 半年ほど前のある日、ウェルナ家を揺るがす大事件が勃発した。なんと、父・ダイデンが仲介し、自身の恩人であるバリレス伯爵に販売予定であった骨董品を届けるはずだった商人・ヒュッテが、約束の日に姿を現さなかったのだ。
 その骨董品はかなり珍しく貴重な代物だったらしく、骨董品収集家として有名だったバリレス伯爵もその話を聞いてたいそう興味をもったようで、かなりの大金をヒュッテに前払いで渡していた。ヒュッテは、国中を歩き回り古い時代の壺や装飾品、古代の魔道具など広い範囲で骨董を扱っていることを自身の売りにしており、今回も「どこそれの遺跡に眠っていた、古代の王妃が愛でていた珍しい壺だ」と、当時のことを記した歴史書を見せながらダイデンに売り込んできたのだ。その説明があまりにも詳細で論理的だったので、ダイデンも彼を信用し、いつも世話になっているバリレスに自信を持って紹介した。
 ダイデンのことを信用しているバリレスだったので、この商人の話を信用し、かなりの大金をヒュッテに支払ったのだが――ヒュッテは約束の日に姿を現さず、バリレスは金だけとられる形になってしまったのである。結局、国中にヒュッテの手配書を配るなどして必死にその行方を捜したものの、ヒュッテをみつけることはできなかった。当然、ダイデンはヒュッテをバリレスに紹介した責任を取り、バリレスが持ち逃げされた金を彼に弁済したのだが、その金額はダイデンにとっては財産の大半を占める額で、その直後からあっという間にウェルナ家の財政は傾いてしまった。おかげで数か月たった今では、ウェルナ家は没落寸前。かなり危機的な財政状況となってしまったのだった。
 宝石も高価な調度品も売却できるものは全て売却し、屋敷で雇っていた使用人もほとんど解雇した。日々食べるものも、可能な限り節制をした。それに加え、詐欺被害に遭ったことで商いの方にも悪い噂が立ってしまい、そちらも廃業するはめになり収入源がほぼ途絶えてしまった。となるともはや夜逃げか、破産かという追い込まれた状況のウェルナ家だったのだが、神はまだリリーシャたちを見捨てていなかったようで――このタイミングで、なんとリリーシャに縁談が舞い込んだのである。
「……我がエトリビア王国の西側、アユワリ地方は隣国のムエロ王国とその領地が隣接しており、日々その境界を巡って戦が起きている。そのことは知っているな?」
「え、ええ」
 エトリビア王国は大きく四つの地方から構成されている。王都を含む北側に位置するノーン地方、港を中心に賑わうサザメ地方、農作物が育つ豊潤な大地が広がるイーバス地方、そして、常に好戦的な隣国との領土争いが起こっている、古の遺跡などが色濃く残る文化遺跡の多いアユワリ地方だ。
 リリーシャは城に近いノーン地方の街に住んでおり、船に乗るためにサザメ地方には何度か連れて行ってもらったことはあったものの、それ以外のイーバス地方、アユワリ地方には生まれてからこのかた、足を踏み入れたことはなかった。
 とくにアユワリ地方については、『歴史的な構造物が多く貴重な街並みが美しい』『今では珍しい言い伝えもたくさんある』など人づてでは聞いたことがあり興味もあるものの、史跡を荒らす骨董収集家を名乗る盗賊のような者が多数いたり、また、常に隣国との領土争いが起きていたりする地域ということもあり、貴族たちには「危険で野蛮な地」と認識されていた。
 リリーシャはアユワリを野蛮な地、とは思っていなかったものの、そこが危険な場所であり、用が無ければ自ら赴くことも無いだろうとは認識していた。
 そんなアユワリ地方の話を、何故父が。リリーシャは返事をしながらも首を傾げる。すると、
「現在アユワリ地方は、ムエロ王国との境界近くに築かれた小城・アユワリ城を拠点に、ギルティノーバ侯爵殿が治めておられる。侯爵殿はエトリビア国王陛下とも血縁があり、その手腕は非常に優秀だと聞いている」
「へえ……」
「そのギルティノーバ侯爵殿より、お前に縁談の申し入れがあったのだ。しかも、縁談を受けるのなら我が家を経済的に援助するとも」
「!」
「……もちろん、私は承諾した。すでに支度金も受け取っている。急な話ではあるが、これは我がウェルナ家にとって決して悪い話ではない。私の代でウェルナ家を潰すわけにはいかないのだ。リリーシャ、このウェルナ家を救うためにも、嫁いでくれるな?」
 ダイデンはそう言って、リリーシャに頭を下げる。リリーシャは急な縁談話に驚いたものの、このダイデンの頼みに対して抵抗する気持ちはほとんどなかった。
 リリーシャは、没落寸前とはいえ、子爵家に生まれた娘。そうなれば、自分の結婚相手も強制的に決められて「家の為に嫁ぐ」ということもあるというのを、幼いころから教育されていたのだ。その知らせがいつ届くか、というだけであり、それが今だったというだけ。幸いリリーシャには恋人も、憧れの相手もいない。没落寸前で経済的にも非常に厳しいウェルナ家を救えて、父と母が幸せになるのなら、リリーシャに断る理由などない。
「……分かりました、お父様。このお話、お受けいたします」
「そうか! ありがとう、リリーシャ。追って、ギルティノーバ侯爵殿の使者より連絡があるとのことなので、お前は頂いている支度金を使って、準備を進めよ」
「はい。そうだお父様、嫁ぐ前に、ギルティノーバ侯爵様のことをもう少し知っておきたいのですが」
 リリーシャはダイデンに縁談の了承をすると何気なくそう伝えたのだが、
「え? あ、ああ……そうだな。まあそのうちに……」
「? お父様?」
「まあ、その内わかるだろう。それでは、私はこの後バリレス伯爵のところに行かねばならないので、外に出る」
 何故かダイデンの歯切れが悪く、話をそのまま切り上げてしまった。一体どうしたのだろう、と不思議に思ったリリーシャが、城の内情に詳しい友人の伯爵令嬢に話を聞いたところ、ダイデンの奇妙な様子の理由がわかった。それは――彼にまつわる、数々の奇妙な噂が原因だった。
 ギルティノーバ侯爵、ことフラン=ギルティノーバは、御年二十三歳。若くして侯爵の爵位を持つ男性で、ダイデンの言う通り、現エトリビア王の遠縁にあたる人物らしい。幼いころから頭脳明晰だそうで、両親が亡くなったのをきっかけに王に城で仕えるように命じられていたそうだが、なぜかそれを固辞し、自ら「辺境伯」としてアユワリ地方への移住を希望したそうだ。アユワリに移り住んで以降は、なんと自らも領土境界を争うその戦いで兵たちの指揮を取っているとのことで、その戦いざまは非常に勇猛果敢で、他国ではその姿に別名で揶揄する者もいるのだとか。
 ここだけ聞くとただの「若くて将来有望な侯爵」なのだが、彼には城にいた短い間、どうやら「頭は切れるが変わり者」「女性嫌い」「周りの貴族と距離を取っていた」など数々の噂があったそうで、当時も今も、貴族連中の間で彼と親しくしている人間はほぼいないらしい。それに加え、人々が彼を倦厭していた理由がもう一つだけあった。それは――彼は常に仮面を身につけてその素顔を隠していたということ。貴族たちの間では、もっぱら「戦いでひどい傷を負い、隠すために仮面をしている」「あまりの醜さを恥じて仮面を手放せない」と噂されていたそうで、国王の信頼は厚かったものの、貴族たちの間では不気味な存在として扱われていたそうだ。当然、年頃になっても縁談話などは全く持ち上がらず、貴族側からも彼の元に誰も嫁ぎたがらないという状況だったそう。
 ――なるほど、それだと確かに嫁の成り手がいないわね。私がちょうどいいってことか。
 友人からフランの数々の「よからぬ噂」を教えてもらい、どうして国王の血縁でもある侯爵家の人間の縁談相手が没落寸前の子爵家令嬢なのか、について、ようやくリリーシャは理解した。が、現実問題、ウェルナ家を再興するためには金が必要で、そしてなんだかんだ言って金が無ければ生きてはいけない。自分には今気になる相手もいないし、この世界、家同士が決めた結婚など「ビジネス」のようなもの。潤沢な資産でウェルナ家を支援してくれるフランに感謝こそすれ、文句を言う筋合いはない。あとは、リリーシャが割り切ればいいだけの話だ。
「リリーシャ、大丈夫? よりにもよって『あの』ギルティノーバ侯爵と結婚なんて」
「大丈夫よ。お父様が決めたことですもの。それにアユワリ地方なんてめったに行けない土地でしょう? 戦いは起こるけど、街並みはとても綺麗だと聞いたこともあるし、楽しみよ」
 心配する友人たちに、リリーシャは気丈に笑って見せる。が、受け入れざるを得ない運命だとわかってはいても、心の奥底ではどこか、不安も消し去ることができないリリーシャだった。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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