作品情報

小国の王女は性欲強めな冷酷陛下から全力で逃亡したい

「……世間のことなど知らない。俺は君を抱きたい」

あらすじ

「……世間のことなど知らない。俺は君を抱きたい」

自然豊かな小国の王女・リゼットは、突然悪名高い隣国の殺戮皇帝・ストラディオへ嫁ぐことになった。幼少期に出会った初恋の彼は、優しく温かい笑顔が似合う人――記憶と噂が一致せず怯える彼女であったが、その裏腹に、天下の皇帝は十数年越しの激重感情によって言葉が足りないだけだった。そんなこととは知らない彼女は、側妃を持たない彼を不思議に思いながら、毎日抗うすべもなく快楽に溺れ続けていた――ところで、愛のないはずの政略結婚にしては閨の頻度が多くないですか!?「(笑顔が見たいから儀礼的な)挨拶はいい」「(大好きだから)抱かせろ」不器用すぎる皇帝の心の声は、はたしてリゼットに届くのか……。

作品情報

作:桜旗とうか
絵:夜咲こん

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9/13(金)ピッコマ様にて先行配信開始!(一部ストア様にて予約受付中!)

本文お試し読み

 一

 レグレシオン帝国のやや東側に位置する帝都は、堅牢な要塞によって守られていた。難攻不落を基礎として、防衛に特化した外郭は遊撃兵が内から攻めやすい構造となっている。その外郭を仮に突破されても、内郭へ至るまでの道中は住民が生活しているため、建造物が多く立ち回りにくい。内郭へ侵入したとしても、城の周囲は開けた場所が多く野戦に適していた。
 レグレシオン帝都に入って、皇帝の指揮下にある軍を退けるのは難しいと言われている。戦争を肯定する国における皇帝の戦歴は並の兵士の比ではない。場数が違う。持って生まれた才能が違う。圧倒的な力で人びとをねじ伏せる彼は、恐怖と畏怖、羨望と尊敬でその名を大陸中に知られていた。
 ストラディオ・ジル・レグレシオン。齢三十となる大帝国の皇帝は、非常に好戦的な人物だった。
 金色の髪が目立つ美丈夫で、赤い瞳はひどく冷えて見える、歴代皇帝の中でも群を抜いた無慈悲な君主。
「こちらにおいででしたか、陛下」
 夜の城塞を昇り、屋根へ出てさらに尖塔へ上がる。さらにその天辺へ出て煌々と輝く帝都を見下ろすのは、ストラディオのたまの楽しみだった。
「戦果なら明日聞く」
 側近に目を向けることもなく彼は言った。
「お伝えするような戦果はございません。我が軍に敗北も不測の事態も起こりえません」
「敗北の二文字を持って帰ったら、その場で自死しろと釘を刺しておけ」
「承知しております」
 レグレシオン帝国において、敗走して帰還するなどあってはならない。そんな不名誉な結果を持ち帰ったなら、ストラディオは将校に剣を差し出すだろう。その場で首を斬れと彼は言う。毒での死などぬるいと、冷酷に迫る。そんな男だった。
「……陛下。今日は風が冷たいですね」
 ストラディオの側近を務めるフォルスが抑揚浅く呟いた。
「頭を冷やしに来たんだ。無能なご老体が孫娘を妻にどうかと迫ってきた。苛ついてご老体を脅してやろうと思ったら、少し加減を間違えてな……」
 ストラディオが、孫娘と縁談はどうかと言い出した老貴族を壁に追い詰めて脅かそうとしたが、壁に大穴を開けてしまったのが三十分ほど前だ。
「兵士が、壁に穴が空いていると泣きそうな顔をして破片を集めていましたよ。偶然そばにいたニール子爵も蒼白な顔をしておいででしたね」
「俺の機嫌が悪いと思ってるなら明日の会議は静かに過ごせそうだ。そのまま放っておけ」
 会議や謁見の場において、ストラディオの機嫌はもっとも警戒すべき事象だ。彼の逆鱗に少しでも触れようものなら首が飛ぶ。
「それで陛下。頭は冷えましたか?」
「俺に縁談を持ち込まないように、きつく言っておけ」
 ストラディオは縁談を極度に嫌う。他者に縛られることを厭うこともあるが、それで彼の手綱を握れると考える貴族院の考えがなにより気に入らないからだ。
 それに――。
「縁談はお断りになるんですね」
「俺は結婚しない」
「では、お断りしておきます。ケイラード王国から打診があったのですが――」
「……参謀部の根回しじゃないだろうな、フォルス」
 ぐっと声を低めて、側近の姿を見た。
 細く見えるが実際はかなり鍛え上げた体躯をした長身の男で、黒髪に彩られる横顔しかいまは見えないが、その端正な顔立ちは国中の女性から熱視線を浴びている。たしかに、男のストラディオが見ても小綺麗な顔をした男だった。頭がいいというより狡猾なのだが、その知恵を生かすために参謀部に入ってはどうかと貴族院から勧められたときには剣一本で己の適性を示した、レグレシオン随一の剣の使い手。否――大陸随一の剣士だ。
 ストラディオは、フォルスに勝ったことがない。訓練ではもちろん、不意打ちをしても勝てる気がしない。
 体格では圧倒的にストラディオが有利なのに、華奢に見えるこの男に力では決して敵わないと思い知らされる。対峙なんてなるべくならしたくない。
 そんなふうに思わせるだけの風采を備えているのだ。
「私が参謀部の言いなりになると思っていらっしゃるのですか?」
「思わないな。お前が参謀部を言いなりにするとは思うが」
 だから、いまフォルスが言ったことは国内でストラディオを落ち着かせたい者の企みではない、ということ。
「……ケイラード王国から縁談が、な……」
 海を挟んだ大陸の西側に小さな島国がある。自然が豊かで、農業国家として発展してきたのがケイラード王国だ。
 世界中が、この小国を虎視眈々と狙っている。
 大陸ではレグレシオン帝国とそれに敵対する国が常にどこかで戦をしており、土地は荒れ果てていた。代わりに工業で大きく発展を遂げて豊かではあるが、ケイラード王国のような自然の豊かさは望めない。
 食料を生み出せるかの小国は、さながら金の卵なのだ。ケイラード王国を制圧した国が勝利を手にするといわれるほど、彼らの食料生産力は高い。
 戦を続けるうえで必要なのは、戦力はもちろんだが、その戦力を高く維持できる士気が不可欠だ。その士気は、兵糧によって保たれる。食事も満足にできずに戦は続けられない。ゆえに、ケイラード王国は皆が欲する国となった。
 軍事力はないが戦渦に巻き込まれていないのは、その土地を蹂躙することの意味を皆が知っているからだ。それに加えて国王の手腕も大きい。そして、レグレシオン帝国がケイラード王国へ侵攻することを許さなかった。
 いつだったか、ケイラード王国に侵攻しようとした国があった。軍事力の乏しい国なので容易に制圧できると考えたのだろう。しかし、その国は行軍できないまま潰走。国に至っては、一夜にして滅んだという。
 ストラディオ皇帝が手を下したのだと噂され、実際にレグレシオン帝国は滅びた国を自領として占拠した。
 ケイラード王国に迂闊な侵攻を仕掛ければ、レグレシオン帝国に滅ぼされる。しかも、一夜ですべてが灰となるのだ。
 豊かな大地と食料は魅力的だが、それは国があればこその話。そして、頻発するレグレシオンと周辺国の小競り合いも、帝国が手心を加えているゆえの競り合いなのだと知らしめる出来事となった。それ以来、ケイラード王国は戦に完全な不干渉でいられる立場となった。
 その国がレグレシオンに縁談を持ちかけてきた――というのだから驚きは隠せない。
「リゼット姫を陛下の側妃にでもしてほしいとのことでした」
「側妃に? リゼットを?」
 不機嫌そうなストラディオの声に、フォルスが苦笑いを浮かべる。
「側妃はいらないと、お断りしておきました」
「それはいいが……なぜ、ケイラード王はリゼットを寄越す気になった?」
 ケイラード王国には、三人の王の子がいた。王太子レオナルド、第二王子アーサー、第一王女リゼットだ。
 ケイラード王は子を皆慈しんでいたが、リゼットだけは別格だった。兄二人もリゼットを溺愛していたので、王宮の花が可愛くて仕方なかったのだろう。
 リゼットには縁談が多くもたらされていたが、ケイラード王はすべてを蹴っていたと聞く。愛娘には幸せな結婚をしてほしいと望んでいるらしく、政略結婚などはさせない構えだ。それなのに、ケイラード王から縁談を持ちかけてくるとは思いもよらないことだ。
「ケイラード王国は、程なく国内が荒れるのではないかと思われます」
「どこの情報だ?」
「勘です」
 ならば下手な間諜の話より信憑性がある。この男の『勘』は的中率が異常に高い。遠く世界を見通して情報を集め、真実と可能性を掬い上げることのできる判断力は、もはや才能だ。しかし、それをいつも「勘ですよ」の一言で片付けてしまう。
 ストラディオには決してできない、未来を見る力。
 その能力に気づいたのは、側近に取り立ててだいぶあとだった。
 ある日、ふらりと仕官しにきたフォルスを側近にまで取り立てたのは、どこにも属さない風来だったゆえ。敵でも味方でもない人間は、どちらに転んでもわかりやすかったからだ。敵になればすぐさま斬り捨てる。味方でいるなら僥倖。そんなところだ。
 あの日から十年。この男は公正で、無遠慮。変わらず敵でも味方でもないが、どちらかといえば尽くしてくれているだろう。
「ケイラード王国で内紛……」
「アーサー王子を王太子に擁立したい勢力があると聞きます」
「それは俺も知っている」
 だが、勢力争いでリゼットを国外へ追い出すのはかえって危険ではないのだろうか。
「突き返した縁談ですが……」
「リゼットとのか?」
「はい。先ほど、ケイラード王から返答がありました。ならば正妃でどうか、と」
「正……妃……?」
 胸が躍った。小国の姫ならば側妃がせいぜいだ。それをケイラード王もわかっていないはずがない。だから側妃でと縁談を申し入れてきていたのだろう。しかしフォルスが勝手に断った。もちろん、ストラディオに指示を仰がれても断る内容だ。リゼットを側妃にするなんてあり得ない。
「戦に不干渉な立場でいられるのに、あえて俺と手を結ぼうというのか、ケイラード王は」
「正妃にしてしまったら、公表しないわけにもいきませんからね。ケイラード王もそれは計算尽くでしょう」
「……そうだろうな」
 レグレシオンと公に手を結べば、ケイラードで内紛が起こっても帝国が介入できることになる。最速でケイラード王国内の騒動を鎮圧できる権限を、こちらに与えたのだ。
 それはつまり――。

(――つづきのお試し読みは各ストア様をご覧ください!)

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