「入倉に恋している男のキス、味わってみたらいい」
あらすじ
「入倉に恋している男のキス、味わってみたらいい」
男運皆無なデザイナーの卵・葉純は最近、職場で隠れドSな上司に狙われていた。神頼みにかけて縁切り神社に向かう彼女だが、偶然居合わせたのはイヤミなおっさん。腹立つ葉純は上司に加え彼との縁切りを願う……が、御利益あってか人事異動が決まった後日、挨拶をした美麗の新上司・鳥海の正体は、あのおっさんで!?ハイスペ男子は鬼門。再び絶望する葉純だったが、第一印象最悪な新上司は少女漫画さながら、真実の愛、ピュアな恋愛、運命の人を探しているらしい。彼に真剣な目で見つめられると、葉純の身体中は熱を持ち始め、腰の辺りは淫らに震える――神様、これが本当の恋ですか?
作品情報
作:橘柚葉
絵:浅島ヨシユキ
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本文お試し読み
プロローグ
「ほら、これが大人なキスだ」
「っ……はぁ……んッ」
耳を塞ぎたくなるほど甘ったるい声。これが自分の声だなんて信じられなかった。
身体の芯が情欲によって熱を持ち、それを発散したくて堪らなくなる。
下腹部が何かを求めて震え、それが満たされないのだと知ると身体が異常に反応してしまう。
――ダメ、ダメだよ……。こんなキス。
私の唇に触れているのは、上司となったばかりの男の唇。柔らかくて、優しいその感触が私の身も心も虜にしていく。
ゆっくりと口内に彼の舌が侵入してきた。唇より熱さを感じるそれは、私の何もかもを奪っていく。そんな気がして少し怖かった。
だが、すぐに快楽の渦へと巻き込まれ、私の舌は彼の熱を欲しがる。
彼の舌が絡みついた瞬間、甘露のような吐息が零れ落ちてしまう。
互いの唾液がクチュクチュと淫らな音を立てる中、私の舌はもっとその甘くて刺激的な快楽がほしいと強請る。
それは彼にも伝わったようで、私の頬を優しく丁寧な手つきで撫でてきた。
羽根で触れられているかと思えるほど、優しいタッチだ。それなのに、頬に残る彼の体温が心地よくてもっともっとと欲しがってしまう。
「……ぁ」
私の残念そうな声が漏れてしまった。もっとほしいと願っていた彼の熱が離れていってしまったからだ。
目の前の彼に思わず恨みがましい視線を送ってしまう。それを見て、彼はククッと意地悪く笑う。
「そんなモノほしそうな顔をされると、制御できなくなりそうだ」
彼の目に、私はどんなふうに映っているのだろう。
それを知りたくて、彼の瞳の中にいる自分を探す。そこには淫らな表情をした自分がいた。
意識は現実へと戻り、慌てて顔をそらす。すると、また彼は小さく笑う。
「誰だ? キスなんて何にも感じないって言っていたヤツは?」
確かに私は先ほどそんなことを言った。だけど、撤回してもいいだろうか。
――どうしよう、本当に気持ちがいい。こんなキス、初めて。
彼の目が好戦的に光る。反論したいところだが、それもできない。それは、目の前の彼にも伝わっているはずだ。
ただ、ジッと彼を見つめることしかできない。視線の熱さで、理解してほしい。
すると、彼の目元がほんのりと赤く染まった。
え、と驚いていると、彼は熱に浮かされたように甘さを含んだ声で囁いてくる。
「そんな蕩けた顔をして……」
「蕩けた、顔?」
舌っ足らずな話し方しかできず、彼を見上げる。必然的に上目遣いになった私を見た彼の目が一瞬ギラリと妖しく光った気がした。
「もっと、かわいい入倉《いりくら》が見たい……」
これ以上はいけない。彼の表情を見て悟ったのだが……時すでに遅かった。
私が止める間もなく、彼は私を優しく抱きしめてきてキスを再開させたのだ。
淫らな息づかいと唾液が交わる音。いつも二人で仕事をしているオフィスでは、絶対に聞こえることはない。いや、聞こえてはいけない音だ。
だけど、今の私たちにとってはこの場所がオフィスだと脳裏から抜け落ちていた。
二人でキスに酔いしれて、互いの唇を、そして相手自身を懇願するだけ。
彼のキスは、情熱的で優しい。愛情が伝わってくるキスだ。
初対面のときは『この男とは二度と会いたくない!』そう思っていたのに。どうしてこんなことになったのだろう。嫌悪するどころか、むしろ――。
あまりの気持ちよさに耐えきれなくて足がガクガクと震え、私はそのまま床に座り込んでしまった。
ハァハァと荒立った息を吐いていると、彼は私の足下にしゃがみ込んでくる。
恥ずかしくなって咄嗟に彼から顔をそむけた。
だが、それを許さないとばかりに、彼の手は私の顎を掴んだ。
「ほら、こっち見ろよ」
促されるがまま彼の方を向いた。すると、顎を掴んだまま情熱的なキスを仕掛けてくる。
しかし、拒もうとは思わなかった。
男女の触れ合いに対して、あれほど嫌悪感を抱いていたのに。
彼とならばいい。この先に進んでも……。そんなふうに心を許している自分に気がついた。
一度唇が離れ、彼と視線が絡み合う。情熱的な目で射貫くように見つめられ、身体にゾクリと甘美な痺れが走った。
その大きな手のひらで優しく愛撫されたら……私は、きっと身体を委ねてしまうだろう。
私の中にいた〝女〟が男を求め始めてしまう。
流されるまま、私は彼の唇の熱さに夢中になっていた。
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