イケメン研修医の熱烈求愛に処女(オトメ)なドS女医様は陥落寸前です!

イケメン研修医の熱烈求愛に処女(オトメ)なドS女医様は陥落寸前です!

「俺、今夜は絶対に先生のこと抱きますから」

あらすじ

「俺、今夜は絶対に先生のこと抱きますから」

甘子は大学病院の腕利き外科医。だけど恋愛経験は研修医未満。ふとした過ちでイケメン研修医の刀也とホテルに入ってしまった彼女は、処女なことを隠したいあまり、とんでもないことを言ってしまった。

「挿れずに私を満足させられるまで、この先の続きはないと思いなさい!」

ドS女医様と年下研修医クンの、年の差院内ラブ。秘密の性感研修が今夜も始まります……!

作品情報

作:小野氏ときよ
絵:ゆめゾン

配信ストア様一覧

本編お試し読み

◆00 カンファレンスは真夜中に

「そう……舌の先と、表で……包み込むようにして……んっ、そう、それを……続けなさい。そのまま……」
 深夜のカンファレンス・ルーム。落ち着いた大人の女性の声に、甘い吐息が混じる。スキニーパンツの片脚を脱いでデスクに座り、床に跪いた男の頭を股の間に挟み込んで奉仕させている彼女、外科医銀甘子(しろがねあまこ)は、今この時点でまごう事なき処女であった。
「この間より……濡れて、きてますね……」
 若い男の手のひらが、白衣の上からおそるおそる、彼女の体のラインを撫ぜる。ブルーの医療着(スクラブ)の襟元に、奉仕する彼の涎と、彼女の内腿を濡らす潤みが染みている。
「しゃべってないで……集中しなさい、刀也(とうや)……感じさせようとしないで……尽くして、私に。治療……治療行為だと思って……んっ、ああ……そう」
 舐めさせている秘蕾からリズミカルに伝う優しい痺れに、甘子は明確な快楽を覚えながら、上せ始めた頭で必死に思い出していた。女性向け動画サイトで見つけた、女医もの人気アダルトビデオシリーズ「ラブ・パンデミック・コロニー」。主演の美人女医が蜜事のたびに並べる艶めいた台詞を、恋愛未履修未経験の甘子は必死に真似て演じていたのだ。
(どうしよう……自分で言い出したことだけど、このままじゃ私……)
 彼の舌先が自分のそこの形を丁寧になぞる度、腰がぴくりと跳ねてしまうのを、そろそろ抑え切れなくなっていた。
「もう少し……他の動かし方はないの……? 触診は別方向からの刺激も大事だって……教えた……んくっ、あっ、そう……」
 台詞を辿ってしゃべる事で昂りを紛らわそうとしても、思い出すのは胸も露わな女医が研修医に跨って腰をくねらせる映像の一片ばかりで、腰と太腿をがっちりと捉える彼の大きな手の感触を、余計に意識してしまうばかり。
(でも……あの刀也くんが私の言いなりに、そんなところを一生懸命舐めてるなんて……)
 口唇だけでひたすらに奉仕する刀也が無性に愛おしくなって、甘子は彼の短い髪を一度だけ撫ぜる。
(真面目だなあ……好きだなあ……刀也くん……)
 望んでなった形ではないものの、私は今確かに彼を征服している。それを実感すると、何故だか背筋にぞくりと快感が走る。
(あ、やばい。これ、気持ちいい……かも)
 甘子は言葉通りに身も心も、快感というものが何かを理解し始めていた。外科分野、特にがん手術に関するあらゆる知識と手技(しゅぎ)を、同期の誰より早く自家薬籠中(じかやくろうちゅう)のものとしてきた彼女。その脳が持つ吸収率の良さはこの分野でも存分に発揮され、快楽の正体とその感受のしかたを順調に我がものにし始めていた。
 そして、ふと唇をそこから離した彼は、テーブルを支えにぐっと上半身を持ち上げる。
「俺、絶対先生(あなた)のこと、抱きますから」
 胸の高さまで近づいてきた彼の、自分の顔を映し込んだ眼差しに、甘子はどきりとときめいた。せり上がった彼の肩口が、白衣の下で尖った胸の先端に触れた時、腋窩リンパ節にまできゅんと電気が走った気がした。バルトリン腺液の分泌を嫌でも実感させられた。
 言ってしまいたかった。今すぐにでも抱かれたい。でも、彼の憧れてくれている外科医銀甘子が、実は男女の事については到底受験生未満の知識しかないなどと、まだ知られたくはなかったのだ。
「こ、こら、指は……ひぅうっ……!」
 新調したばかりのショーツの脇から、彼の指がぬるん、と一際強く秘蕾を撫ぜ上げられた瞬間、舌での愛撫よりひどくはっきりした刺激が神経を走った。浮いた足首に未練がましく引っかかっていたスキニーパンツがとさりと落ちる。
「んっ、ちょっと、だめ……あ、あぁっ!」
 甘子の声がいっそう鼻にかかる、刀也は聞き逃さなかった。指の腹を秘蕾の先にぴたり押し当てながら、ぐいぐいと擦り上げるペースを加速させる。
(なに……なんだか急に……びりびりするのが……強く……っ!)
 まるで自分のそこの形はもちろん、肌の下の毛細血管や末梢神経の走り方まで、彼に覚えられてしまったようだった。ついさっきまで自分が彼を支配していたのに、今はもう自分の体を自在に操られてしまっている。もうそこだけを執拗に擦り上げる彼の指を、甘子はもう押し除けることもできなかった。
「あ、ぃ、ひぅっ……んんっ、んぅううう……っ!」
 まだ正体を知りもしなかった絶頂という感覚に抗うこともできず、甘子は衝き上げてきた快感の波のなすがまま、ふわっと意識を奪い去られた。頭の中の何もかもが、あっけなく真っ白に途切れて消えてしまった。
 数秒して、ようやく呼吸という行為を体が思い出す。ピントの合わない甘子の目に、彼の背中にぎゅっとしがみつく自分の手が映る。
「先生、あの、今……」
 必死に呼吸を整えて、出来るだけ声が震えないように、小さく唇を開いて、
「……違うわ」
 甘子はどうにかそれだけ答える。
「え、でも……」
 肩を支えて体を離そうとする刀也に、甘子は顔を見られまいとより強くしがみつく。
「ただの目眩よ。その……激しい運動の時は、よくあること」
「このタイミングで? 大丈夫ですか」
「最近、少し貧血気味だったから。ちょっとふらっとしただけ」
「……そうですか」
「そう。だから、もうちょっとだけこのまま……支えてて」
 荒い吐息で刀也の肩口を温めながら、初めて覚えた絶頂の余韻に、甘子は幸せに浸っていた。
 年下研修医小前刀也(こまえとうや)の求愛に、処女(オトメ)なドS女医銀甘子は、もう陥落寸前であった。

◆01 シルバー・ナイフとレジデント

「銀先生! こちらにいらっしゃいますか?」
 ベテラン看護師の安西が甘子を呼んだのは、彼女が手術室のスチールの扉を背に、四巡目の消毒用アルコールを手指に擦り込み終えた時だった。
「……どうしたんです?」
 言いながら甘子は、安西が何故こんなにおろおろしながら自分を探しにきたのか、おおよそ予想できていた。うっすらと汗に濡れた黒髪の下から、切れ長の瞳がぴたりと安西を捉える。手術を終えた直後の甘子の、研ぎ澄まされた冷たい覇気の余韻に、彼女と同じ職場で長く働いている安西でも、少しぞくりとする。
「あの、六〇四号室の太田さんの手術、十六時から四辻先生が執刀なんですけど……」
「けど?」
 もう外していいはずの、長い髪を束ねていたネットに、甘子はまだ手をかけない。なぜなら。
「急な腰痛で動けないって、今連絡が入って……」
「……わかりました」
 他の先生は? 予定はずらせないの? と余計なやり取りをするのも、甘子には面倒だった。自分がやったほうが早い。名前を聞いただけでその体の内外の状態と、今日そこに施すべき処置が子細にシミュレートできていた彼女には、その確たる自信があった。
 天道大学病院消化器外科医、銀甘子准教授。
 三十二歳の若さにして、同院内現役医師内での食道がん手術執刀実績ナンバーワンを誇り、国内同分野での同院の評判を格段に押し上げた、名実ともにエースと呼ばれるに相応しい女性外科医であった。
 もちろん彼女の他にも、甘子の師たる当の総合外科部長、四辻(よつじ)教授を始め、海外からの引く手数多な専門医、認定医も在籍している。だが、こうしたちょっとした理由で執刀医を変更せざるを得ない時、彼女にやたらお鉢が回ってくるのには理由があった。
「次、全員第三手術室」
 扉を開けた彼女の一声に、廊下で術後ミーティングを待っていた数人の研修医たちが、もれなく戸惑いざわつく。
「えっ、今からですか?」
「だってもう今日、朝から二件開腹手術してるんですよ」
 朝八時からと昼十二時半から、それぞれ異なる患者の手術を甘子は終えていた。まるでカルガモの子たちのような、幾人もの研修医たちを率いて、だ。
 この二、三年、聞きつけた噂の名医に憧れて、彼女のいる消火器・一般外科を志望する研修医が大きく増えていた。彼らは無邪気にも甘子を名指しで教えを乞いたがり、他の先輩医師たちはその無礼を笑って受け入れてきた。
 メスを代わりに持たされるようになったのも、「後進の育成は銀先生が一番でしょう」と体よく仕事を押し付ける彼らのせいだった。もっとも甘子自身は、他の医師たちより多くの経験と実績を積めることに感謝こそすれ、微塵も苦に思ってなどいなかったのだが。
「それが何?」
 甘子の一言に、研修医たちはぴたりと固まった。
「ねえ安西さん。太田さんって、分割手術の二回目だったわよね」
「え、ええ」
 研修医たちを冷たく睨みつけたまま、甘子は安西に確認させる。
「カテーテル取って十二指腸つなぐだけのRーY(ルーワイ)法。先月も一例見せたわよね、あんた達でもできるくらい簡単じゃない」
「で、でも先生が今日無理に実施しなくても……」
「お気遣いありがとう。じゃ、あなた代わってみる?」
「いえ、僕らもまだ今日の二件のサマリーが……」
 目を泳がせる研修医達に聞こえるように、甘子はわざとらしくため息を吐いた。
 この子たち、何のために私について回ってるんだろう。
 当の甘子は徹底した現場主義であった。手術の後は一緒に座学でおさらいなどと、優しく育ててやる気は毛頭なかった。それは、彼女自身がそうして自らを磨いてきたからだ。
 大学の講堂ならまだしも、ここは患者の生を預かる歴とした病院だ。カルガモの子のように黙って親についていくだけで何でも教えてもらえると考えているなら、そもそも医者を目指す素質がない。それが彼女の考えだった。命と対峙し、自ら手と頭を動かそうとしてこそ、初めて得るものがある。甘子自らそれを実行し、医院ナンバーワンの誇るべき成果とともに体現してきた。
 そうしようとする者にこそ、彼女は惜しみなく教えを与えてきた。たとえば、そう。
「銀先生! 俺に助手、やらせて下さい」
 今自ら手を挙げて前に出る、彼のような。
「小前くん。いけるの?」
 清潔に刈り込んだ短髪に、情熱に溢れた眼差し。研修医たちの中でも特に大柄な青年、小前刀也は、力強くうなずいた。
「はい。準備しておきますから、先生はその間少しでもお休みになってもらえれば!」
「……他は?」
 彼に返事をする前に、甘子は他の研修医たちにもちらちらと視線を流す。彼に触発されてでも学びを得ようとするなら、それは良し。だが。
「……わかった。支度して」
 目を逸らしたままだんまりを決め込む他の研修医たちに、甘子は当面の間、何の期待もしないことを決めた。
「はい!」
 刀也は溌剌(はつらつ)と返事を残し、一足先に廊下を駆けていった。
 残った研修医の一人の肩を、甘子は手の甲でぺし、と叩く。
「あんた、縫合遅い。もたもたしてればそれだけ縫合不全の確率が上がるの。マフラー編んでんじゃないんだから」
「すみません、練習します」
 もう一人、おどおどと様子を伺っていた研修医を睨みつけて、
「あんたはペアンとコッヘル、見分けついてないの? 一回間違って渡そうとしたわよね」
「……気をつけます」
 苛立ちをまとめて吐き捨てるように、「はあ、もう」と甘子は息を吐く。そして。
「手術は数よ。当然、質を高く保った上で。でも、ひよっこのあんたたちが質を上げるには、結局今は数を重ねるしかないでしょう」
 安西から無言で受け取ったカルテを見せつけるようにひらめかせながら、これが最後のつもりで甘子は研修医たちに言い聞かせる。
「他科じゃどうだか知らないけど、外科じゃこういう時率先して動けない研修医(ヤツ)はできない研修医(ヤツ)なの」
 今手をあげて動いてくれれば、まだ諦めずに教えてあげるから。薄い期待を胸に、わざと露悪的に言葉を選んで叱咤した甘子だったが、それでも手をあげる者はいなかった。
「……大学受験から人生やり直したら?」
 やるせないものを感じながら、甘子は沈む彼らに背を向けて、まっすぐ第三手術室へ向かった。

「結局最後まであんた一人だったわね。途中からでも来れば、まだ見込みもあったのに」
 手術を終えたのは夜十時過ぎ。この時間帯に近所で唯一開いているファミリーレストランで、甘子は刀也と遅い食事を摂っていた。
「もったいないですよね! 銀先生のオペなんて毎回超勉強になるのに。今日もあんな小さな転移、見逃さずにしっかり切っちゃうなんて」
 興奮気味に語る刀也は口調こそ軽いものの、それは学びに対するひたむきさの表れだと、甘子はもう知っていた。
「一期目で残した第三リンパ節の転移が二期目で見つかるのは、まあないケースじゃないわ。術中診断のいい症例が見られたじゃない。覚えときなさい」
 他の研修医に対するそれと変わらぬ口調で、さして特別なことでもないようにそう言いながらも、甘子は悪い気分ではなかった。いい手術ができた。その手応えは数を重ねても、それなりに嬉しいものだった。
 だが、それ以上に甘子は。
(ああ……やっぱり小前刀也くん……いいなあ)
 無邪気に質問を重ねてくる目の前の若い研修医のことを、それとは悟られないよう視線を外しながら、内心ぽんやりと見惚れていた。
(やっぱり他の子たちとはひと味違うわ……真面目だし……患者さんにも誠実だし……こうして技術にも貪欲で、吸収もよくて教えがいがあって……)
 春から研修医として天道大学病院に入った刀也は、内科のローテーションを終え、この秋から外科の甘子のもとに来ていた。天道大学病院には他にも三人、同期の研修医が入ってきたが、その中でも刀也は、意欲はもちろんのこと、知識や手技の練度、何より飲み込みの良さが抜きん出ていた。
 今日でこそ、延長戦を嫌った研修医たちを冷たく突き放した甘子だったが、実際は全員均等に学びの機会があるよう、気を使ってきたつもりだった。だが彼ら自身の積極性にこうまで差があると、刀也のような人間を出来るだけ自分の近くで学ばせたくなるのも人情だ。
 実際、刀也は優秀だった。通例であれば、外科ローテーションの後半から修練を始める開腹、胃摘出の手術も、最初の一度目から既に、単独での執刀に十分耐えうるほど練度の高い手技を見せた。道具を使った基礎練習の反復はもちろん、事前に伝えた術式を映像アーカイブで十分に予習してきた成果だと、甘子には理解できた。
 そしてこの一ヶ月、自分から懸命に学び取ろうとする彼をずっと見てきた甘子だった。彼に対して抱く自分の感情は、ただ優秀な研修医に対する評価だけではなくなっているのを、甘子はうっすら自覚していた。
「来週の五〇一号室の後藤さん、また俺、助手入っていいですか」
 刀也は頸部食道ガン手術を控えた患者の名前を挙げ、またいつものようにきらきらした目を甘子に向けた。
「……いいわ。どうせ他にやりたがる人もいないでしょ」
「銀先生、単独で初めて食道ガン切ったの、いつでした?」
「なに、やりたいの?」
「食道はまだ正直、ちょっと怖いですね。消化器外科の中じゃ超難しいほうって言うじゃないですか」
 得意とする食道ガン手術に言及されて、甘子は少しの間考える。自分の知識と、覚えているだけの症例。知り尽くしている臓器のイメージに、刀也の手技の練度を照らし合わせて、少し考えてから。
「大した事ないわよ。けど、さすがにあんたでもちょっと早いかもね」
 甘子はくすりと笑って見せた。
 体の中心を通る食道という臓器は、たった4ミリの厚さの壁でできている。太い血管や気道、神経が近いことはもちろん、リンパ節への転移も早い食道ガンの切除手術は、数ある外科手術の中でも難易度の高いものだった。
 たかだか一ヶ月とはいえ、同じ現場に立った時間は長い。そんな教え子が自分の分野に挑戦しようとする姿勢は、やはり嬉しくて、くすぐったい。貪欲ではあっても、無謀ではない。刀也の聡明なところにも、甘子は好感を持っていた。
「あんたと同じ、研修の時に確か一回執刀したわね。あ、ああ思い出した。その時も四辻先生腰痛起こして、その場で私に執刀替わったんだわ。君なら大丈夫だから、って」
「うわ、すごいじゃないですか! さすが伝説の女医、シルバーナイフ」
「……やめなさいよ、それ」
「え、かっこいいじゃないですか」
 師が勝手につけて広めたあだ名を、正直甘子は好きではなかった。医院のエース級執刀医のことをトップナイフと呼ぶ風習はあるらしいが、師曰く「メスっぽくないからナイフ」とのこと。見目と裏腹にそのくらい、浮ついた話が上がらないことでも有名な甘子だった。
 甘子の誇るべき成果と名声は、ひとえに彼女の一途な勤勉さの表れであった。だが同時にそれは、彼女が同じ年頃の他の女性が得ていて然るべき機会、男女の関係の知識や経験を得る機会を自ずから犠牲にして、獲得したものでもあった。
 甘子自身、これまでそんなことを気にもせず、いち外科医として患者に貢献する道をひたすらに邁進(まいしん)してきた。だが、こうして予期せぬ恋の現場に立つことになった途端、自分にその分野の知識経験があまりに不足していることに、甘子は一人密かに悩んでいたのだ。
 しかも、自分は三十二歳で刀也は二十四歳。その年の差は八つ。その上指導医と研修医という関係の相手に抱いた、十数年ぶりの恋心を、果たしてどう処置したものだろう。そんな症例でのインフォームド・コンセント(※医師が患者に病気を説明し納得した上で得る治療方法や方針、手術等への同意)など、どうやって取ればいいというのか。
「俺も将来、なんかコードネームみたいなのもらえないですかね。シルバーナイフの弟子で小前刀也だから……ショートナイフ?」
「自分で勝手に名乗りなさいよ。そしたら放送で呼び出してやるわ」
「うっわ、それ超恥ずかしいです!」
 お揃いならあだ名もいいかな、なんて思ってふふと笑う。そんな自分の症状もひどく滑稽で、甘子はまた頭を悩ませるのだ。

「珍しいですね。先生がそんなに酔い潰れるなんて」
 日付も変わった頃。病院通用門に近い裏道を、甘子は刀也に肩を支えられ、自分はアルコールにがんがん痛む頭を支えながら、よたよたと歩いていた。後遺症の処置やリンパ節郭清(かくせい)の判断、今の手術チームの体制のあり方に至るまで。デキャンタの赤ワインをお供に、二人はついつい話し込んでしまったのだ。
「いいから……病院戻って……」
「ダメですよ。そしたら先生、また仕事しちゃうでしょ」
 真正面で真剣に話を聞く刀也への、口にはし難い悩ましいときめきも、甘子の酒の進みを手伝った。院にきた頃より少し頬のこけた、それでもはつらつとした刀也の端正な顔に、何度も見惚れてグラスを傾けてごまかした。
「私にばっかり……ついてないでいいから……他の先生んとこもちゃんと行きなさいね……」
 ぐらぐらする頭で、日頃から言わなきゃと思っていたそれを、どうにか口にした。当然彼のキャリア形成のためではあったが、これ以上ずっと一緒にいるとどうにかなってしまいそう、そちらの思いのほうが本音ではあった。
「たんかん……じゃない、肝胆膵(かんたんすい)の……誰だっけ、土嶺(つちみね)准教授。あの人も、そうね……まあまあよ」
「そうなんですか。でも俺、今は……」
「今は?」
 言葉の途切れた刀也を甘子が見上げると、刀也の瞳も、じっと甘子を見ていた。視線が結びあって、ただでさえ上昇していた心拍数が急加速する。
 でも。
「銀先生みたいな名医のもとで学べて、俺は幸せです」
 ちくり、と刺さった何かが、即効性の麻酔のように、胸の高鳴りをしゅん、と抑制していった。
「名医、ね」
 聞こえて察して欲しいような、欲しくないような。複雑な気持ちで、甘子はぽそりと呟いた。
「あ、ここでひと休みしていって下さいよ」
 もう一つ二つ角を曲がれば病院、というところで、刀也は足をそう言って止めた。質素なタイル張りの塀の陰から、奥の敷地へと緩やかなスロープが伸びている。
「え、ここって……」
「ビジネスですけど。確か、患者さんのご家族の方が長期滞在する時に使うところですよね」
 ホテル、シティ0(ゼロ)。無機質なグレーの壁にコピーアンドペーストで小さな窓を並べたような十階建てのビルは、一見すると刀也の言う通り、平凡なビジネスホテルのように見えた。だが、飾り気のないシャープなデザインのロゴで記されたそのホテル名は、医院のナースステーションに長く籍を置く看護師や医師たちには、よく知られたものだった。
「あ、あのね。待って、刀也くん……」
「落ち着くまで、ここでひと休みして下さいよ。もしコールあっても俺出ますし」
「ち、ちょっと……」
 ちゃんと回らない頭に、ただでさえ不慣れなシチュエーション。純粋に自分を案じてくれている彼を甘子は上手く制止できないまま、半ば引きずられるようにしてずんずん先へ進んでしまう。
 するりと自動ドアが開き、かすかにクラシック音楽の流れるロビーをきょろきょろと見渡す刀也。フロントと記されたカウンターに張られた黒い仕切り板の、丸い小窓に話しかけて、さっさとチェックインの手続きを始めてしまう。
「こ、こま……あの、ちょっと待ってって」
 呼ぼうとした名前を、甘子は思わず飲み込んでしまう。誰が聞いて、誰とわかるわけでもないはずなのに、ここで個人の名前を出すのはどうしても躊躇われた。何故なら。
「……あの、もしかして、ここって……」
 初老の女性のものらしき手が、黒い仕切りに開いた穴からにゅっと伸びて、無造作にキーを置く。ここまでのやりとりを経て初めて、ようやく刀也は気づいたようだ。
 はあ、と甘子はため息を吐いてから。
「ら……」
「……ら?」
 顔が耳までやにわに火照ってくるのを感じながら、出来るだけ声を抑えつけて。
「……ラブホテルなのよね、ここ」
 蚊の鳴くような声でそう言うのが、甘子には精一杯だった。

◆02 ラプチャー寸前心血管

「あの、お水ここ置きますね」
「……ありがと」
 気怠さに任せて身を投げ出したベッドのやわらかさに、甘子はひと時ほっとした。横になって体の力を抜くだけで、少し頭痛も楽になった気がした。だが、その分思考もはっきりしてきて、さてこれからこの場所で、何をどう振る舞うべきかを考え出してしまうと、心拍数は上がる一方だった。
「ま、まあラブホテルだからって、普通に休んでちゃいけないわけじゃないですし」
「……悪いわね、面倒かけて」
「いえ、気にしないで下さい」
 やりとりのぎこちなさを、きっとお互い感じている。これはそんな空気。不謹慎極まりないとは思っても、ある程度自覚と覚悟のあるがん患者に告知する時の緊張感にも、少し似たものを甘子は感じる。やっぱり、とお互い思っているであろう場面の、奇妙なシンクロニシティ。
(これって、そうよね。そういう空気よね)
 刀也のほうに背を向けていながら、甘子は確かに、彼がそわそわと落ち着かないのを感じている。どうしたいか、どうなるのが自然か、でも本当にそうするべきなのか、手も言葉も出しかけては引っ込めているような、そんな雰囲気。
(確か彼と私、十才近く離れてるのよね。しかも指導医と研修医って関係で、こんな場所にいるだなんて……もし誰かにバレでもしたら……って、違う違う)
 ぐったりして動けないフリを見せながらも、甘子は甘子で、しわ一つない白いシーツや、さりげなく二枚重ねのハートマークがあしらわれた壁紙に、そわそわと視線を巡らせる。それは。
(あんなに憧れてくれてるのに……はじめてだからよくわかんないの、なんて絶対言えない……!)
 そう、外科医銀甘子三十二才、恋愛課程未履修未経験。持ち得る時間と精力のすべてを費やして医学に打ち込んできた彼女には、男性経験が一度もなかったのだ。
(この年で……しかもあれだけ偉ぶってて、処女だなんて……絶対引かれる……)
 そんな経験の有無で人格を評価されるなどナンセンスの極み、甘子はそうわかっているつもりではあった。だが、いざこうした場に初めて遭遇してみると、これまで何も知らずに生きてきた自分のことが、ひどく恥ずかしく思えてしまった。三十過ぎて性体験ゼロの人間は、人間関係不適合者として世間では馬鹿にされるもの。気にせず生きてきたはずのそんな偏見が、今になって気にかかって仕方がない。
 刀也の前で、憧れの先輩医師としての威厳を保ちたい。幻滅させたくないあまりに彼女は、素直にそれを告白することができなかったのだ。
 彼とそうなることを、甘子は望んでいないわけではなかった。ただ、どのような術式でその成果に至れるのか、甘子はこれまで学んで来なかった。その症例に出会す機会がなかったのだ。
 頭の中の、あまりに少ないヒントをたぐって、甘子はこの緊張状態をどう動かせばよいのか必死に考えた。やっぱりここは、年上の自分から何かしたほうが自然じゃないだろうか。甘子がその結論に至り、きゅっと唇を噛んだその時だった。
「じゃ、俺、先に病院戻ってますから」
「えっ! ま、待って!」
 予想外の刀也の一言に、甘子は脊髄反射で思わず引き留めてしまった。ぱっと伸ばした手が、彼のシャツの袖にしっかり届いていた。
「……銀先生?」
 刀也が驚いた顔で甘子を見た。手を伸ばした甘子自身は、きっと自分は彼よりもっと驚いた顔をしていると思った。顔の熱がだいたい五度から十五度、ほんの一秒で上がった気がした。何を言おうか、咽頭のすぐそこまで用意していたはずなのに、いざ見つめられてしまったら、あっさり吹っ飛んでしまった。
「えっと……」
 研修生たちに散々皮肉も言ってきた口が、水から上がった金魚みたいにぱくぱく動く。
(何か言わなきゃ! 自然に彼を引き止められて、それでいて彼の憧れてくれてる銀先生が言いそうな……威厳あるその……アレを!)
 切羽詰まった彼女の脳裏を、ふと何かの映像が過(よぎ)った。それは手術中の診断で、過去のレアケースをふと思い出して、最適以上の処置ができた時のような、手応えある閃きに似ていた。
 甘子は外科医としての自分のセンスを、積み上げてきた確かな経験と技術を信じた。脳裏の映像の中で出てきた言葉を、甘子はそのまま辿って口にした。
「……今日4件目の執刀医、やってみたくない? ここで」
 自分の脳のどの部位から引っ張り出したのかわからない、あまりに芝居めいた誘い文句だった。言ってから思い出した。確か出典は、テレビのチャンネルをザッピングしていてたまたま目にした、海外の医療ドラマだ。ブロンドのセクシーな女医が、他院の権力者である初老の男を、ホテルのベッドに誘ったシーン。
(何言い出してんだ私はー!)
 自分の選択がこうまでポンコツだったことが、果たして今まであっただろうか。甘子は後悔したが、もう遅かった。
「きゃ……!」
 甘子が次の行動を考える間もなく、刀也は甘子の手を握り返して、ぐっと彼女を引き寄せた。そして。
「ん……っ!」
 そのまま肩を引き寄せ、唇に唇を強く押し当てた。切羽詰まった甘子が口にしたその誘い文句は、刀也が必死に必死に抑えつけていた衝動を解き放つのに、十分すぎるほど強力なトリガーだったのだ。
(来ちゃった……っ!)
 いきなりの刀也の口づけに、甘子は後から慌てて目を閉じた。受け入れることを求めるように、刀也は、甘子のルージュのかすれた唇を何度も啄む。甘子がきゅっと結んでいた唇を恐る恐る解(ほど)くと、刀也の舌が唇の裏を、舌を舐め始めて、ああこれがキスなのねと甘子は実感する。中学二年生で告白してきて三週間で甘子をフっていった、同級生の初彼とのただ一度のファーストキス以来、実に十八年ぶりのキスであった。
「ん、んんっ……ふぁ……」
 背中と腰を強く引き寄せられ、息継ぎもできないほどに唇をひたすらに舐(ねぶ)られているだけで、頭の中に熱が籠もっていく気がする。自分も彼を真似て舌を動かし、彼の唇を少し味見してみる。つるりとした感触(さわり)が心地よくて、ついここも、ここもと舌を這わせてしまう。いつの間にかどこかに行ってしまったアルコール頭痛のことなどもう忘れて、甘子は長い長いキスをどきどきしながら味わう。
 情熱的な刀也の唇が、名残惜しそうに離れていった時、甘子はつい、ぷわ、と息をついてしまった。まるでミルクを飲み終えた子どもみたい、と後から来た恥ずかしさがまた甘子の顔を火照らせる。
「……いいんですね、銀先生」
「えっ? あ……えっと」
 甘子の蕩けてしまった頭では、彼が何の同意を求めているのか、少しの間考えが及ばなかった。言葉で聞かれて、ほんの少しだけ理性を取り戻す。
(いけない。彼にされるがままじゃなくて、もっと余裕ある感じでいないといけないんじゃ……刀也くんの憧れてくれる、先輩医師らしく!)
 甘子のオーバーヒートした頭が捻り出した、次の言葉も。
「いいわ……術式は任せるから、好きにしてみて?」
(何そのエロ女医設定!? 手術台プレイでもする気!?)
 言った自分が恥ずかしくなるくらいならやめればいいのに、と後から思っても、今の甘子にはもう自分の脳がうまく制御ができなかった。正直続けてほしい、でも幻滅されたくない。この土壇場で突きつけられたコンプレックスとプライドのせいで、甘子の脳は今明らかに奇妙な方向に急速回転していた。
「……そうします」
 刀也は片腕で甘子の背中を頼もしく支えながら、ゆっくりと彼女を押し倒す。枕が後頭部でとさりと優しくたわんで、逃げ場のないことを甘子に教えてくれる。
「や……ん、ふっ……」
 刀也は甘子の首筋に、そっと顔を埋めて唇を這わせる。現場での動きやすさ重視で買った、プチプライスのギンガムチェックのシャツ。耳元にかかる彼の吐息が熱くて、甘子はそれだけでぞくりと肩を震わせる。
(どうしよう、ブラとショーツも三着まとめ買いのあれだし、笑われないかな……これからはもっと……)
 重くて邪魔としか思っていない自分の胸を包む下着のことを、甘子は初めて気にした。自分以外の誰かが、まともに目にする予定のないものだった。そして。
(え? 何私、これからって……ああもう!)
 今日この時だけで終わって欲しくないと早速願っている自分を見つけて、甘子はさらに気恥ずかしさを覚える。
 刀也の手が、甘子の体のラインを確かめるように、シャツの上を丁寧に這い回る。片手でくい、くいっと不器用にボタンを外す彼の仕草に、甘子は少しだけほっとする。きっと彼も、そんなに慣れてるわけじゃなさそうだ。
「……いた、っ」
 肌の薄皮を何かが引っ掻いた感触に、甘子が小さく声を上げてしまう。刀也はびくりと飛び跳ねるように体を離して、
「す、すみませんっ!」
 現場でそうするのと同じように謝った。シャツの下から背中に滑り込んだ刀也の手が、勢い余ってブラジャーのホックを引っ掛けてしまったのだ。
「ううん、大丈夫……」
 突然のことで、つい声を上げてしまっただけのことだった。傷にもなっていないと思う。安心させるように、甘子は彼に微笑みかける。
「あの先生が、俺のこんなに近くにいると思うと……緊張しちゃって」
 そう言ってはにかむ彼の素直さに、思わず頬が緩んでしまいそうになる。胸がむずむずとくすぐったい。
 だが、そんなときめきに、ほんの少し遅れて。
(ああ、この人は本当に、外科医銀甘子のことしか見てないのね)
 寂しさに似た感情が、甘子の心のどこかを、ちくりと刺した。
 懸命に自分を求めてくれる刀也に身を委ねているはずなのに、彼が手と唇を触れる肌からの感覚は、どうしてかこそばゆさの方が勝ってしまっていた。とびきり甘い色の吐息は肺から勝手に洩れるのに、自分の感じているそれが、いわゆる「快感」というものだとは、甘子にはまだ思えなかった。
 何より甘子はこれまで、自慰というものすらほとんどしたことがなかった。快楽を欲しがるきっかけも、自身に与えてやろうと思えるタイミングも、今日までの自分の人生に見当たらなかった。
「ん、んんっ……!」
 刀也の手のひらに、ブラジャー越しに胸の先端を転がされて、甘子は自分の体がぴくん、と跳ねるのを感じる。充血して張り詰めて、敏感になった自分の乳首から走る、甘い痺れの入り混じったくすぐったさ。あ、これ、もっと欲しい。甘子は確かにそう思った。
「んぁ、や、あは……んっ」
 甘子の反応を鋭く見て取ったのか、刀也は甘子の胸を手のひらで持ち上げるように包み込みながら、時折親指で先端のあたりを押して擦ったり、鼻の頭を押しつけてくりくりと転がしたりするようになる。
「ん、っ……んふっ、んぁ、あぁ……んんっ」
 知識と人体の機能は知っている。これを続けて受け止めていれば、自分のどこが、どうなるか。
(ちゃんと、濡れて……来てる? 性器の周辺は確かにやたら過敏になって、むずむずはしてきてる。でも……)
 甘子は刀也に悟られないように、自己診断のつもりで内腿をほんの少し摺り合わせたつもりだった。だが。
「んぁ、やあ……っ!」
 見逃さながった刀也はそれを、そこに早く触れて欲しいサインだと捉えたようだった。スキニーパンツのベルトも外さず、少し強引に手を押し入れてくる。
 そして、ショーツのクロッチの横から、刀也の指が潜り込んできて。
(どうしよう、バレちゃ……)
 甘子のようやくほぐれ始めた秘肉の隙間に、ゆっくりと沈み始めた、その時だった。

――続きは本編で!

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