深遠なる恋愛哲学~ドS教授が私を溺愛する理由~

深遠なる恋愛哲学~ドS教授が私を溺愛する理由~

「集中しろ――私としている淫らな行為に」

あらすじ

「集中しろ――私としている淫らな行為に」

哲学科大学院生の知美は、ドSで有名な高槻教授に片想いしている。飲み会の帰り、男子学生に絡まれた所を高槻に助けられた知美は「先生が優しいなんて、これは夢だ」と思い込んで、つい彼に甘える。すると高槻は不意に唇を重ねてきて――幸せな夢を見た翌朝、目覚めると高槻の部屋にいる知美。夢じゃなかった!?と慌てる知美に、高槻は冷厳な微笑で提案する――「君、私と結婚しなさい」

作品情報

作:フォクシーズ武将
絵:フォクシーズ大使

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本文お試し読み

◆プロローグ

 白石知美は幸福な夢を見ていた。
 眠りにつく前の酩酊が残っているらしく、視界がぼんやりと揺れている。薄靄がかかった視界に愛しい人の姿をみとめて、知美の胸は甘く疼いた。身の内から湧き上がる悦楽に、うっとりと身を委ねる。
「っ、あ……先生、きもち、ぃ……」
 大学ではあれほど冷厳な彼が、今や苛烈と言っていいほどの熱情を微笑に湛えて見降ろしている。
 高槻悟――知美の属する大学院の教授であり、彼女がずっと前から叶わぬ恋をしている相手。
 稀代の天才にして、冷酷なサディストと噂されている彼は、大学ではどんな生徒にも優しい態度など見せたことはない。
 しかし、これは夢の中――彼は冷たい美貌に陶然とした笑みを浮かべ、一糸まとわぬ知美の肌に熱い手を這わせていく。
「先生……私、前から……っ、あ……」
 大きな手が白い胸を包み、すでに熱を集めた敏感な肉芽を、繊細な長い指先が弄ぶ。
「ぁ、ぁあっ……そこ、やぁ……っ」
「前から、何だ? 最後まで言いなさい」
「ぁあっ……せんせ、好、き……すき……!」
 言葉を選ぶこともできず、ただ口から想いがこぼれる。高槻は一層笑みを強め、最後まで言えたご褒美とでも言うかのように、胸先の腫れ上がった突起に口づけした。敏感な神経が温かい粘膜に包まれ、そこに柔らかな舌が絡められると、安堵にも似た甘い快感が全身に広がっていく。
「ぁ、あぁ……」
 快感に蕩けながら、知美は笑みすら浮かべていた。
 こんなに簡単に、先生に思いを伝えられるなんて。こんなに簡単に、先生に抱いてもらえるなんて。なんて幸せな夢だろう。現実でもこんな風に、はっきりと言えればいいのに――
 飽きるほどにそこを舐って、胸だけで知美をぐずぐずに蕩けさせてしまうと、高槻は満足げに顔を上げた。
「……そうだろうと思っていた」
 乱れた髪を掻きあげる妖艶な仕草に、知美はつい見惚れてしまう。
「――君も、私と同じ思いだと」
「え……?」
 耳鳴りがするほどの情欲が脳を侵し、知美は高槻の言葉をまともに聞けている気がしない。だって今、彼も自分を好きだと言ってくれたように聞こえたから。いくら夢でも、都合がよすぎる。知美はむしろ胸が切なくなり、涙がこみ上げた。
「っ……」
「どうした……泣くな」
 彼の優しい指先が頬に触れ、慰めるように唇が落とされる。優しい仕草が嬉しくてそっと顔を傾けると、そのまま深く口づけられた。
「ん……ぁ、せんせ……」
「いい子だ」
 高槻は見たことが無いほど優しく微笑し、いつくしむように知美のこめかみ、ひたいへと口づけを落とした。彼の熱い指先は腹部を辿って下腹に降ろされていき、優しく知美の腿の付け根を撫でる。すでに蜜を零している秘花が、刺激を求めてひくひくと脈打った。
「触れて、ほしいか?」
 耳に唇を寄せられ、柔らかな低音がとろりと流し込まれる。知美は、もう何も考えることができなかった。
「っ、は、はい……っ」
 必死に声を絞り出すと、耳元をくすぐるようにふっと笑いが零される。そして魔法をかけるような彼の指先が、熟れきった肉襞に触れた。
「あ、あ……っ」
 指が蜜を掬いあげ、塗りこめるように花弁を往復する。ぞわぞわと甘い痺れが全身に広がり、知美は身を捩った。指先が敏感な尖りを掠める度、びくんと体が跳ねあがる。そして熱を孕んだ下腹の奥が、きゅん、と切なく疼くのを感じた。
 高槻は一本の指を知美の内側に沈める。充血した媚肉が、待ちわびていた刺激に震えた。ひくひくと切なげに蠕動して、彼の指を食む。
 彼は、再び耳元に唇を寄せ囁いた。
「もう十分柔らかい」
 内側の膨らみを抉られ、知美は悦んで腰を跳ねさせる。彼の言葉通り、彼女の中はもう十分に蕩け、そこを満たす質量を求めて蜜の涙をこぼしていた。
 熱を帯びた柔らかな笑みを浮かべ、彼は昂ぶりを綻んだ淫花にあてがった。幾度か花弁を押し広げるように往復し、彼の熱が蜜口に分け入ってくる。体内を暴かれる苦しさに、知美は息を呑んだ。
「せんせ……おっき……」
 彼はうっとりと微笑し、いとしげに指先で知美の額の髪を払った。
 高槻先生が、私を見ている……こんな、優しい目で……
 知美は不意に、苦しいほどの恋情に胸が締め付けられた。身の内では焼け付くような熱が溶け合い、精神をぐずぐずに溶かしていく。思わず涙をこぼすと、高槻はそっと唇を寄せてそれを拭った。
「考え事か」
 彼が気だるげにくすりと微笑した吐息が再び耳元をかすめて、ぞくりと震えが走る。ゆっくりと熱をぎりぎりまで引き抜かれ、内壁が絞り上げられてつい甘い声が漏れた。そして、再び深くまで押し上げられれば、全身が甘い愉悦に引きずり込まれる。
「あ、あぁ……せ、んせ……」
「集中しろ……私に――」
 低い声が、催眠にかけるように、ゆったりと語りかける。
「――私としている、淫らな行為に……」
 その声に従って、彼の熱と、律動と、快感だけが世界のすべてになっていく。自分を失ってしまいそうで怖くて、知美は必死に手を伸ばし、彼にすがりついた。彼もそれを受け入れ知美の背を抱きしめると、すこしずつ律動を早めていく。
「あっ、ぁあ……っ」
 自我の最も深いところまで、彼に押し開かれる。甘い快楽の熱がすべてを溶かして、身も心もあますところなく開かれてしまう。耳元で彼の熱い吐息が聞こえることが、何よりも幸福に感じて。知美はこぼれる嬌声を抑えることも忘れて、悦楽を貪った。
 ――夢であってもいい。今が生涯で一番幸せな瞬間だ。
 そう思ったとき、ふと脈絡もなく知美の心に、ある考えが浮かんでくる。
 ――夢の中なら、言えるかな……
 ずっと言いたかったこと。ずっと苦しんできた、心の中の棘。今なら、言ってもいいだろうか。
「せん、せ……」
 知美は、心のすべてを受け渡すつもりで口を開く――

◆第一章 その懊悩に意味はあるのか

 智慧の鳥は夕暮れに羽ばたく。
 西日にきらめく書架を見上げて、知美はそんな言葉を思い出した。
 清楚な白いブラウスに、紺のタイトスカート。束ねた髪は細く柔らかな毛質のため、ふやふやと後れ毛が踊っている。いかにも飾り気のない研究者らしい姿でありながら、どうにも秀才然としないのは、下がり気味の眉と厚ぼったい二重のせいだろうか。
 白石知美・二十四歳。
 よく可愛らしいとか癒し系とか言われる彼女だったが、自身ではぼんやりして見られるその顔立ちが好きではなかった。今だってこんなにも熟考していても、傍から見ればきっと何も考えず立ち尽くしているように見えてしまっているのだろう。
 手に取るべき本は決めて大学図書館まで来たはずだったが、書架を前にするとどうしても指先が迷ってしまう。陳列する背表紙に踊る種々様々な文字たちが、一斉に話しかけてくるかのようだ。
 ――やっぱりプラトンはひと通り読まなくちゃ。中世哲学の勉強もまだまだ不十分……
 様々な考えが渦巻いて、知美はもう十分以上そこに立ち尽くしていた。一旦考えに耽ると、際限がない。研究者を目指す者としては一概に短所とは言えないが、知美のそれは度を越していた。ほら、また知美ちゃんが夢を見てる。両親や親戚からそんな風に言われる度に、知美は自分のこの悪癖を恨んだものだ。
 しかし望む分野で大学に入り、大学院に進む頃には、この生来の傾向は悪化していくばかりだった。むしろ鍛え上げられたように、知美を引きずり込む夢の力は強くなったと言える。
 
 古めかしい大学図書館の七階に、哲学系の専門書籍を集めた「哲学研究室」と名づく一室がある。哲学科の大学院生たちは、その部屋の書架に併設して、研究用の席を与えられていた。隣接して、自動販売機やコーヒーメーカーのある談話コーナーもあり、大抵の院生はいつもここに溜まって喋りこんでいた。哲学科教授たちの教授室も、同じフロアに設けられている。
 大学院修士二年生の知美も、修士論文の準備のためにこのところ毎日ここに詰めていた。書架から数十冊もの書籍を代わる代わる参照し、持参のノートパソコンに一文一文十分に吟味しながら論文の草稿を綴っていく。もともと慎重な知美だが、修士論文については殊更だった。修士論文のでき次第で、研究者としての道が開かれるか否かが決まる。知美にとっては、気の抜けない正念場だった。
 修士論文の締め切りは十二月、査問会は一月。今、初夏の日の差す七月に入り、他の修士二年生たちもにわかに焦燥を見せ始めていた。知美は人一倍遅筆で、一度迷いに陥るとなかなか抜けられない。それを自覚していたので、心がけて早め早めに進めようとしてきた。しかし、重要な論文だと思うほど、キーを打つ指はさらに鉛でできているように重くなる。進捗は芳しいとは言えなかった。
 やはり書き進めるには知識が足りない、と思い再び書架に足を運ぶ。そして膨大な書架を前に、いつもの熟考に陥ってしまって、今に至る。
 そんな彼女の姿は、やはり傍から見ると呆然としているように見えたらしい。談話コーナーで談笑していた他の院生の一人が、声をかけてきた。
「白石さん、今日の飲み、来る?」
 知美はすっかり書架と哲学者たちに思いを馳せていたので、自分に声をかけられていると気づかなかった。
「おーい、白石さん」
「あ……ごめんなさい、何?」
「ぷ……白石さんは二回呼べって、ほんとだったんだ」
 呼びかけに気づかないことの多い知美は、学科内ではそう噂されているらしい。知美は恥じ入ってうつむいた。面白がるように、また別の院生が話しかけてくる。
「修論どのくらい進んだ? 俺やばくてさ、まだ二割」
 修論とは修士論文の略称だ。知美は縮こまって答える。
「まだ、本文はちゃんと書き始めていなくて……」
「え、やばいでしょ。よかった、俺よりやばい人いたわ」
 彼は大げさなほど驚いてみせる。知美はいたたまれない気持ちになった。
「……で、飲みは来るの?」
 初めに話しかけてきた一人が、再び問いかける。知美のおっとりした返答のせいか、その声には少し鬱陶しげな音が含まれていた。
「うん、行くよ……」
 論文が進んでいない、と明言した直後でそう返事をするのは決まりが悪かった。案の定、彼らの間にかすかに冷笑がかわされる。
「前期の打ち上げだし……みんな行くのかと思ったから……」
 思わず言い訳じみた言葉が口をついた。そんな自分が恥ずかしくて、どんどん声が小さくなる。
「え、何?」
 聞き取れなかった様子で、一人がわざとらしく聞き返す。
「でも、レアキャラだよな、白石さん」
 論文について尋ねてきた方の院生が、面白そうに言う。
「飲み、めったに来ないもんね。ゆっくり、修論の愚痴でも話そ」
 彼らからの物珍しい動物のような扱いにはかすかに落ち着かないものを感じはしたが、話そうと言ってくれるのは素直に嬉しかった。
「うん、後で――」
 言いかけたとき、研究室の扉が音を立てて開いた。
 叩きつけて開かれたわけではないが、そうではない範囲のぎりぎりの勢いで開けられた扉が、ぎい、と軋む。その開け方で入ってくる人物は決まっていたので、知美は身を固くする。
「よほど暇らしいな」
 冷厳な低い声が響いた。談笑していた院生たちが一斉に口をつぐむ。
 哲学科教授の高槻だった。若干三十五歳にして、国内のデカルト研究の第一人者。この春、異例の若さで准教授から教授に昇進を果たした秀才だ。校内では近世哲学と芸術学を中心に、多くの講義を持っている。厳格な指導で知られ、学生たちからはひどく恐れられていた。
 高槻教授は滅多に見せない笑みを浮かべて、射すくめられた学生たちを睥睨している。稀代のサディストと噂される彼は、怒っているとむしろ笑顔を見せると言われていた。その笑顔に、一同は一層凍りつく。
「すみません……うるさかったですか?」
「理由もわからず謝るのはやめなさい」
 恐る恐る問いかけた院生の一人に、高槻はにべもなく言い捨てる。
「君たちの時間を有意義にしてあげよう」
 高槻は手にしていた十冊ほどの古書めいた書籍の中から一冊ずつ、談話コーナーにいる院生の研究机においていく。それを見て、院生たちの顔色が青ざめた。
「先生……! 俺論文があるので、今日はお手伝いできません」
「そこで無駄話をする暇はあるのに?」
 高槻は再び片頬に冷ややかな笑みを浮かべて振り返る。
 彼が置いたのは、ラテン語やドイツ語の貴重本だ。表紙が破れ紙魚がくい、もうボロボロになっている。これをデータ化する作業を、院生たちは余裕があるときアルバイトとして任されている。しかし薄給な上に、ひたすら外国語をスペルミスしないよう文字起こしをするのはかなり苦痛となる作業のため、院生の間では密かに「苦行」と呼ばれていた。
 普通、修士論文を前にしている二年生ならば断って良い作業だが、雑談していた手前そうもいかず、談話コーナーの院生たちは意気消沈して席に戻っていった。
「……で、君はまた呆けているのか」
 ただ様子を見守っていた知美の目の前に、いつの間にか高槻が立っていた。見下すような視線に気圧されて、ついおどおどしてしてしまう。
「あ、あの……」
「君には、これ」
 有無を言わさず手渡されたのは、ひと際古びた分厚い本だった。一方的に談話コーナーの院生たちから話しかけられていたとはいえ、知美も雑談に参加していた以上、例外とは見なしてもらえないらしい。知美は、作業自体の億劫さよりも、研究室でサボっていたと思われた恥ずかしさにうつむいてしまう。高槻に先程までの冷笑はなく、どこまでも冷徹な視線が知美を射抜いている。
「は、はい……ありがとうございます……」
「何の礼だ、意味がわからない」
 受け取ったことに思わず礼を言ってしまうと、高槻は眉をひそめてきっぱりと言い捨て、さっさと書架の奥に去ってしまった。怒られたような気がして、知美は惨めになる。
 やっぱり、高槻先生は私のこと、嫌いなんだ――。
 聡明で機敏な高槻にしてみれば、人一倍鈍くさい自分は当然好かれはしないだろう。だがそれ以上に、知美にはそう確信するだけの理由があった。その理由のために、知美は高槻に顔を合わせる度にどうしようもなく申し訳なくなり、縮こまってしまうのだ。
 知美は仕方なく自分の机に戻り、高槻に手渡された本を開く。
 あれ、この本――
 表題のラテン語に見覚えがあり、ページをめくってみて確信する。それはデカルトの『方法序説』の古い版だった。『方法序説』は知美が修士論文の題材に取ろうと考えている書籍で、早く原書に当たらなければとちょうど思っていたものだった。
 よかった、これなら修論のためにもなる。
 高槻は知美の修論の題材はまだ知らないはずだ。だから、これが彼の気遣いだ、と思うほど知美も楽観的ではなかったが、少なくとも彼が自分の研究分野を覚えてくれていたらしいことはわかる。それだけで、知美は嬉しかった。
 奥の書架にいる高槻の様子を、知美はこっそり盗み見る。射抜くように睥睨していた冷厳な視線は、今はまっすぐ書架に据えられていた。高槻は膨大な書架のどこにどの本があるか完全に把握しているようで、迷い無く数冊の書籍を選び取っていく。いかにも優秀な研究者らしい洗練された彼の姿に、知美はつい見とれていた。
 高槻はすらりと背が高く、間違いなく美青年と呼んでいい容姿だ。日本人離れしているほど彫りが深く、切れ長の凛とした目元は長いまつげで彩られ、唇は薄く上品。かすかに緑がかった深い黒曜の瞳は、いかにも知的な印象を与える。表情のせいもあって冷淡な印象はあるが、ミステリアスな美しさで、女子学生の間で評判だった。色素の薄い栗色の髪はふわりとセットされ、いつも一点物のユニークなシャツに上等な仕立てのジャケットを纏い、式典の日でもビジネススーツは着ない。芸術哲学を教えているだけあって、独特の優美なセンスの持ち主だった。優雅な立ち姿は英国の映画俳優を髣髴とさせ、伝統的な古めかしい学舎が立ち並ぶ校内を闊歩する様は、まさしく映画のようだ。
 知美は、学部生の頃からずっと高槻が好きだった。
 ほとんど会話を交したこともないまま、ただ一方的に憧れていた――

(――つづきは本編で!)

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