ふしだら再会愛~初恋の歳の差幼なじみが強引すぎて困っています!~

「言っただろ、いくらでもしてやるって。今夜は離さないから」

あらすじ

「言っただろ、いくらでもしてやるって。今夜は離さないから」

 憧れだった年上の幼馴染拓郎と、職場で偶然再会した美沙都。懐かしさとあの日の想いに衝き動かされるまま、二人は一夜を共にしてしまう。

 だが、親会社の重役の息子で仕事の評価も高いエリートの拓郎が、ただの幼馴染の自分を本気で想ってくれるのだろうか。戸惑いが拭えないまま、美沙都は拓郎と何度も体を重ねてしまい……。

作品情報

作:まつやちかこ
絵:まりきち
デザイン:RIRI Design Works

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【第一章】

「堀口《ほりぐち》さん、お客が来てるからお茶出してくれる?」
 総務課長のその一言が、後から思えばすべての始まりだったと、美沙都《みさと》は思う。
「はい、わかりました。お客様は何人ですか」
 だがその時はもちろん、そんなことに気づくはずもなく、いつもの来客対応と同じ調子で美沙都は課長に尋ねた。
「一人だ。あと部長と営業部長がいる。全員男性だから菓子はいらない」
「承知しました」
 給湯室に行き、来客用の茶葉と湯呑みを出して準備する。習慣で棚に手を伸ばしかけてから、お茶菓子は出さなくていいと言われたことを思い出した。
「失礼します」
 応接室のドアを二回ノックし、美沙都がそっと開けると、室内には総務部長と営業部長、彼らに向かい合う形で座る男性の後ろ姿が見えた。
 まずは、来客から。緑茶を七分目に入れた湯呑みを、男性側のテーブルにそっと置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 その声に反射的に顔を上げると、男性と目が合った。
 まだ若い。せいぜい三十ぐらいではないかと美沙都は思った。襟足をきれいにそろえた短髪はやや茶色がかっていて、前髪が少しだけ長い。
 切れ長の黒い目にすっと通った鼻筋、薄い唇。ぱっと見でもわかるレベルのイケメンだった。
 一瞬見とれてしまって、はっとする。
(いけないいけない、仕事中)
 自分を叱咤し、美沙都は残りの湯呑みを二人の部長の前に置く。一礼して去ろうとする美沙都を、総務部長が呼び止めた。
「堀口さん、いい機会だから紹介しておこう。彼は上の社の永峯《ながみね》くんだ。来週から出向でうちに来ることになった。永峯くん、彼女は総務の堀口さん。若いがよく働いてくれている」
 部長が言う「上の社」というのは、ここ日南田《ひなた》製作所の親会社である企業、松浦工業のことだ。戦前から続く老舗の大手であり、家庭向けの電気機器を主に製作・販売しているが、最近はオフィス向けの機器や什器に取り扱い分野を広げている。
 日南田製作所ではオフィス向け什器、いわゆる書棚やキャビネット、パーテーションなどの製作を主に手がけていた。
「総務での手続きは堀口さんにお願いすると思うから、よろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ、はじめまして」
「はじめまして」
 そう挨拶を交わして、今度こそ応接室を後にしたが、何かが美沙都の頭に引っかかった。
(永峯? ……永峯って)
 記憶の中に間違いなくある名前だった。けれどどこで聞いたのか見たのか、どういう関わりがあったのかを思い出せない。
 それに、あの男性の顔にも、なんだか見覚えがある気がする。だがやはり詳細を思い出せなかった。喉元まで出てきているくしゃみを出してしまえない、そんな落ちつかなさを感じながら、美沙都は仕事を再開する。
 ──約一時間後、社員名簿を修正していた最中、ある社員の実家の住所を目にした美沙都の脳裏に、ぱっと記憶がよみがえった。
「ああっ」
 思わず驚きを声に出してしまう。大きい声ではなかったものの静かな総務部の室内には響きわたってしまい、他の社員の視線がいっぺんに集まる。
「堀口さん、どうかした?」
 二年先輩である隣の席の女子社員に、そう尋ねられる。
「あ、す、すみません。ちょっと、忘れてたことを思い出してしまって」
「仕事のこと?」
「いえ、違います……その、プライベートなことで」
 ほんとにすみません、と先輩を含め、目が合った社員全員に頭を下げた。苦笑や微笑みを返されて、若干いたたまれない心地になる。顔がほんのり熱くなってくるのも感じつつ、美沙都は目線をパソコンのディスプレイに戻した。そうしてあらためて、さっき見た住所に目を走らせる。
 その町はかつて、美沙都が家族とともに住んでいた所だった。小学三年生、九歳の夏まで。
 ──当時の家の隣が、永峯家だった。そして。
(お兄ちゃん……あの人、お兄ちゃんなの?)
 永峯家には、美沙都より六歳上の、一人息子がいた。確か名前は──拓朗《たくろう》、だったと思う。ずっと「お兄ちゃん」と呼んでいたから、百パーセント確実にそうとは言えないけど。
 もう十四年も前の、遠い記憶だ。だけど彼のことを、美沙都は大好きだった。同じく一人っ子の自分にとって、拓朗は本当の兄のようであり……初恋の人でもあった。だから顔はよく覚えている。
 記憶の中の顔は中学生の頃だから幼さがあるけど、さっき見た「永峯さん」は当然ながら、れっきとした大人の男性の顔つきだった。だけど面影は重なる。十四年前の「お兄ちゃん」が成長したらきっとあの「永峯さん」になる、と思える程度には。
 どうしてフルネームを聞かなかったのかと悔やまれる。あの時はそんなことはかけらも思わなかった。だが思いついていたとしても、わざわざ下の名前まで尋ねるのはあの場では自然ではなかっただろう。
 そういえば、出向で来週からここに来ると言っていた。それならじきに、個人の書類が回ってくるはずだ。それで確認すればいい。
 ……と決めて仕事に戻ったものの、結局その日は一日中、何かにつけて「お兄ちゃん」のことを思い出してはドキドキして仕方ない、という有様だった。

 十四年前まで美沙都が家族で住んでいたのは、父親が当時勤めていた会社の社宅である一戸建てであった。その界隈は、他の住宅地から畑に隔てられ少し離れていて、同じような一戸建てが十軒ほど立ち並ぶ地区だった。同じ幼稚園や小学校の友達は皆、別の地区に住んでおり、近隣には子供がいる家さえ少なかった。
 だから天気が悪かったり時間が遅かったりして友達の家には行けない時、よく訪ねたのは隣の家。両親と年の近い夫婦が、一人息子と三人で住んでいた。
 父親同士だけでなく、母親二人も気が合ったらしく、夕食会をしたり初詣に一緒に出かけたりと、家族ぐるみで付き合っていた。
 親同士の年齢は近かったけど、自分は両親の結婚から八年ほど経って生まれた子供だったため、隣の一人息子とは六歳の年齢差があった。にもかかわらず、というよりはだからこそかもしれないが、自分とその息子とは仲が良かった。自分は彼を兄のように慕ったし、彼も自分を妹みたいに可愛がって面倒を見てくれたのだ。
 彼のことは、ごく普通に「お兄ちゃん」と呼んでいた。はっきり覚えているのは小学校に入った頃からの出来事で、その頃の彼はもう中学生だったはずだが、まとわりつく自分を嫌な顔ひとつせずにかまい、よく遊んでくれる優しい人だった。きっと子供好きだったのだろう。
 本当のお兄ちゃんだったらいいのにと思うほど、優しい彼が大好きで。本当の兄妹にはなれなくても、ずっとそんなふうにいられると、疑っていなかった。
 だが、自分が九歳の夏休み、突然引っ越すことになってしまった。父親の転勤が決まったため、社宅を出なければいけなかったから。

 退社時間、午後五時十五分ちょうどに、仕事を終えることができた。
 やっておいた方が良い仕事が他になかったわけではないのだが、来週でもかまわないからと課長に言われ、今日は失礼することにした。先週から昨日までが残業続きで、退勤が夜七時を過ぎていたのだ。金曜でもあるし、たまには早く帰って、家でのんびりしたかった。
 ちなみに就職当時から、会社から電車で三十分ほど離れた住宅地にあるマンションに部屋を借り、ひとり暮らしをしている。
 着替えを終えて更衣室を出て、社員通用口に向かう。脇にあるタイムレコーダーに社員証を通し、その日の退勤時間を記録する。それから扉を開け、建物の外に出た。
 暦は九月だが、気温はまだ八月並みで、夕方でも暑い。季節の移り変わりを感じるのは、先月よりも夕暮れが少し早くなったことぐらいだ。この空の具合だと、六時過ぎには暗くなってくるだろう。
 さあ帰って何をしよう、時間の余裕はあるから久しぶりに外で夕ごはんを食べて帰ろうか。そんなことを考えながら、建物の表側、会社の正門の方へ回ると。
 向かい合う反対側の道に、誰かが立っていた。どうやら、正門をじいっと見つめているようだ。怪しい。
 戻って、部長とかに知らせるべきだろうか。そう考えながらもう一度その人物を見て、あっと思う。
 遠目にも、グレーの夏用スーツと、その上の顔の判別はついた。
 さっき訪問してきた「永峯さん」だ。
 誰なのかがわかってほっとすると同時に、なぜ今あそこにいるのだろう、という疑問が湧いた。日南田製作所での用事はとっくに済んだはずだ。数時間前に帰る彼を見送って、お茶の片付けをしたのは美沙都自身である。
 もしかしたら、忘れ物でもしたのかもしれない。尋ねてみて、聞けたら下の名前も聞いてみよう。そう考えながら近づいていくと、美沙都が彼の前へたどり着くより先に、相手の方が美沙都に気づいた。
 こちらを見る目がずいぶんと優しげで、当惑してしまう。だがそのまなざしに、美沙都は自分の推測が確信に変わりつつあるのを感じていた。
 そして「永峯さん」の第一声で、完全に確信となった。
「美沙ちゃん、だよね? 堀口さん家の」
「……やっぱり、お兄ちゃん?」
「そう、拓朗だよ。気づいてくれてたんだ」
 嬉しそうに破顔する「永峯さん」──「お兄ちゃん」の表情は、昔と変わらない。その笑顔に美沙都も嬉しくなった。
「お兄ちゃんこそ、よく私って気づきましたね」
「すぐわかったよ。昔と変わらなかったから」
「ええ? 私もう二十三歳ですよ。小学校の時と変わらないなんて、そんなこと」
 ちょっと憤慨して反論すると、「お兄ちゃん」──拓朗はぽんぽんと、美沙都の頭を優しく手のひらで叩いた。
「変わってないよ、すごく可愛らしいところが」
 しみじみとした口調で言われて、頬と耳が熱くなるのを感じる。小さい頃の「可愛らしい」と今のそれは意味合いが違うことを、拓朗は理解しているのだろうか。
 それにしても、近くで見ると彼は背が高い。もともと低くはなかったと思うけど、十四年前の美沙都は小さかったから正確なところはわからない。だが少なくとも今は、女子として平均的であるはずの美沙都でも、完全に見上げなければならないほどの背丈だ。おそらく百八十センチを超えているのではないだろうか。
「お兄ちゃんって、こんなに背が高かったですか?」
「え? うーん、確かに中学ぐらいまでは普通だったかな。高校からだいぶ伸びてね、今年の健診では百八十四って言われた」
 合う服が見つけにくくて困るよ、と拓朗は苦笑する。その笑い方は彼を年相応の大人に見せ、美沙都はどきりとした。
 秘めていた初恋の想いが、じんわりと胸に広がっていく。
「あ、あの。どうしてここに? 忘れ物でもしましたか」
 疑問を思い出し、美沙都はそう尋ねた。予想に反して拓朗は「いいや」と首を横に振る。
「美沙ちゃんを待ってたんだ」
「…………え、どうして」
「懐かしくて。なんせ十……三年、四年? ぶりだろ。せっかくだから話がしたいなって思って」
 親しげで自然な笑みに、美沙都の心臓がとくりと音を立てる。
 これは、食事に誘われているのだろうか。飲みに行こうということだろうか。
 子供の頃だったらあり得なかったシチュエーションに、心臓がさらにドキドキした。
 どうしよう、と一瞬だけ躊躇するも、すぐに返答する。
「はい。私も、お話したいって思ってました」
「そう、嬉しいな。じゃあさっそくだけど」
 もったいぶった口調に首をかしげると、拓朗は美沙都の口を人差し指で指す。
「その敬語やめてほしいな。昔みたいに話して。知らない仲じゃないんだから」
 ふふ、といたずらっぽく上がる口の端に目を見開いた後、美沙都も軽く笑った。

 駅前商店街の居酒屋に、席を二人分取ることができた。
 生ビールのジョッキを注文し、声をそろえて乾杯する。
 こんな場所に「お兄ちゃん」と一緒に来るなんて、想像したことがなかった。いや、できなかった。
 彼とはもう会えないと思っていたから。
「あの、お兄ちゃん。うちが越してからどうしていたんですか……じゃなくて、どうしてたの? 手紙が全部返ってくるようになっちゃったから、心配だったの」
 そう、引っ越して最初の数年は、手紙や年賀状のやり取りをしていたのだ。だが自分が中学に上がった頃から、送る手紙がすべて返送されるようになった。年賀状も同じくで、いったいどうしたのかと両親ともども心配していたのだ。
「ああ、大学入った年にうちも親が転勤になったんだけど……住所変更ちゃんとできてなかったのかな。俺も一人暮らし始めたとこだったからそこまで気が回らなくて。悪かったね」
 そう言って拓朗は頭を下げる。彼が謝る必要なんてないのに、そんな優しさはやっぱり昔と変わらないのだなと、美沙都は安心すると同時に、胸の内が温かくなるのを感じた。
「お兄ちゃんのせいじゃないもの、気にしないで。元気にしてたのならいいの。大学は理系を目指してるって言ってた気がするけど、結局どうしたの?」
「そんなこと覚えてたのか。美沙ちゃんは頭いいな。うん、いちおう行くには行ったんだけど、理系だと研究室に残るにも就職するにも、案外行き先がなくてね……教員免許も取ったんだけど、最終的には見てのとおり、普通の営業職だよ」
 両手を広げて、結果はこんなもんだよというふうに拓朗は話すが、口で言うほど出来が良くなかったわけではないはずだ。松浦工業に入社したという事実だけでもそれは察せられる。高度経済成長期やバブル期のような勢いはないにせよ、今でも充分に大手と言える企業で、入社試験だって簡単ではない。集団面接の一次に始まり社長・役員面接の四次まであると聞く。それをくぐり抜けてきたのだから、ある程度以上に優秀なはずだと思う。
「そう言う美沙ちゃんは、どうして日南田に? 大学は行ったの」
「うん、短大だけど、介護学勉強して。ヘルパーの免許も取ったけど、使う機会は今でなくてもいいかもしれないって思って、一般企業受けたの。その中でたまたま、事務系で実家からあんまり離れてなくて、内定もらえたのが日南田製作所だったの」
「そうだったんだ。すごい偶然だね」
「ほんとだね。……あの、お兄ちゃん」
「ん?」
「その、……ずっと、ちゃんと謝りたかったの。引っ越す前のこと」
「引っ越す前? ……もしかして、花火した夜のこと?」
 拓朗の問いに、美沙都はこくりとうなずく。どうしても、直接謝っておきたかった。

 十四年前。引っ越しが決まってから、美沙都は毎日泣いていた。転校して友達と別れなければいけないこと、「お兄ちゃん」と会えなくなることが悲しくてたまらなかった。だが自分が泣こうと駄々をこねようと当然ながら事態は変わらず、お盆明けの引っ越しが決まった。
 その何日か前、めずらしく「お兄ちゃん」の方から家を訪ねてきた。餞別にとお菓子や何やらを持って来たのだが、美沙都は二階の部屋に隠れていた。会いたいのはやまやまだったけれど、拓朗の顔を見たら泣いてしまいそうで恥ずかしくて、母親と彼が一階で話す声を聞きながら膝を抱えていた。
 ふいに話し声が途切れ、階段を上がってくる足音がした。扉を開ける音に顔を上げたら「お兄ちゃん」がいて、見た途端にやっぱり、涙があふれてしまった。
 ぐすぐすと泣きじゃくる自分の頭を、彼は長いこと撫でてくれていた。もうすぐそんなこともしてもらえなくなると思ったらさらに悲しくなって、しつこく泣き続けた。
「花火、やろうか」
 ふと思いついたように、拓朗がそう言った。その前年まで毎年、お盆の前後に家族そろって、近所の公園で花火をするのが恒例だった。だが急な引っ越しで両親が忙しくなったせいもあって、その年はしていなかったのだ。
「引っ越しの前の日になっちゃうけど、土曜日の夜でいいかな」
「あらまあ、ごめんなさい。受験生なのに」
「いえ、土曜は塾が昼間だけですから」
 申し訳なさそうな母の言葉に、彼は笑って答えていた。晩ごはん早めに食べて迎えに来るから、と言ってくれた優しさが嬉しくて、何度もうなずいた。
 そして土曜日の夜。
 母親に無理を言って、自分の分だけ夕食を先に用意してもらい、六時頃には食べ終えて待っていた。
 ……だが、六時を過ぎて七時近くなっても、拓朗は来なかった。
「お兄ちゃん、塾の追加補習で帰るのは八時頃になるんですって。あきらめなさいって言ったのに、ずっとあそこにいるのよ」
 玄関の上がりかまちに腰を下ろして待ち続ける自分に呆れたように、母親が父親に話している声が聞こえた。だが何度あきらめろと言われても、そうする気にはなれなかった。
 拓朗は必ず来てくれる。約束したことはいつもちゃんと守ってくれた。だから絶対に今度も迎えに来てくれると。
 そしてついに玄関チャイムが鳴り、飛びついて開けたドアの先に、拓朗がいた。慌てて出てきた母親が、後ろで驚く声がした。
「ごめんね、遅くなって。すみません、三十分ぐらいで連れて帰りますから、今からいいですか」
 自分が持っていた花火セットを引き受け、母親が驚きつつも許可を出すのを聞いて、彼は「すみません」ともう一度言い、自分の手を引いて外へ出た。
 昼間晴れていた空には雲が多く、月や星をほとんど隠していた。通りへ一歩出ると、辺りはまばらな水銀灯だけが夜道を照らすだけになり、やけに暗く思えた。
「風が出てきたな……これじゃ難しいかな」
 空を見ながら拓朗がつぶやく声に、また不安がこみ上げてきた。彼と花火ができる、一緒にいられる最後の日なのに。
「ああ、泣かないで。ちょっとだけでもやって帰ろう。仕掛け花火とかはできないけど」
 拓朗が一生懸命なだめてくれる声で、どうにか涙はこらえた。じきに近所で一番近い、古い公園にたどり着いた。
 花火は、楽しかった。短い時間をめいっぱい楽しもうと、あるだけの手持ち花火を片端からやった。拓朗は、はしゃぐ美沙都を見張りながらロウソクの火にも注意を払わねばならず、大変だったろうと思う。
 だから二人とも、気づいていなかった。
 にわかに風に、湿気が混ざり始めたことに。
 残りが線香花火だけになり、二人してしゃがんで、赤い玉の周りに飛び交う火花の美しさに夢中になっていた時。
 ぽつり、と公園の砂地を水滴が濡らした。
 はっとする間もなく、大粒の雨が、暗い空から一気に降り注いできた。じりじりと赤い玉を震わせていた線香花火が、一瞬で消え、その煙すら雨と闇に紛れて見えなくなった。
 持っていた花火とライターを放り出し、拓朗が美沙都の手を引いて立ち上がらせた。そのまま、公園の端にあった東屋を目指して走り、屋根の下に駆け込んだ。
「降ってきちゃったか……通り雨ならいいんだけど」
 という拓朗の願いもむなしく、その後しばらく、雨は勢いを弱めることなく降り続けた。どのくらいの間だったかは、時計を持っていなかったから美沙都はわからない。だが拓朗が携帯電話を見ながら渋い顔をしていたから、それなりの時間は経過していたに違いない。
 風が吹き、濡れた服を冷やしていった。寒気がして鼻がむずむずして、美沙都はくしゃみをひとつ発した。「寒い? こっちおいで」と拓朗が手招きしてくれて、大きな手で肩を抱き寄せてくれた。手のひらの温かさが冷えた体に沁みた。
 何度目かの時間確認の後、拓朗がこちらの顔をのぞき込んで言った。
「ごめんね美沙ちゃん、帰るのが遅くなっちゃって」
 申し訳なさそうに言う彼に、美沙都は反論した。
「そんな! お兄ちゃんのせいじゃないよ」
 自分の必死な声にも苦笑いを返すだけで、拓朗は黙って空を見上げていた。謝るならむしろ、自分の方だ。こんな時間になったのに「花火はもういいから」と言わなかった自分が悪い。断じて拓朗のせいではない。
 なんとか拓朗に笑ってほしくて、美沙都は懸命に考えた。そして言った。
「ねえお兄ちゃん。わたしはすっごく楽しかったよ、花火」
「そっか、よかった」
「ほんとだよ。約束、守ってくれてうれしかった。ありがとう。だから──またいつか会えたら、花火いっしょにしてくれる?」
 美沙都の声に、拓朗はちょっと目を見開いた。真剣すぎる声音が伝わったのだろうか。しばらくの沈黙ののち。
「もちろん。楽しみにしてるね」
「うん!」
 拓朗が微笑んでくれたのが嬉しかった。そんなふうに彼が言ってくれたなら「いつか」は必ず来る、そう思えて。
 やっと雨が弱まった頃には、濡れた服が風に冷やされ、すっかり寒くなっていた。そうして家に帰った頃にはずいぶん時間が経っていて、自分も彼もそれぞれの親に懇々と説教された。
 翌朝、三十九度の熱を出した自分は、父親におぶわれて当時の家を後にした。それさえ記憶が曖昧な状態で、拓朗とは顔を合わせていない。もし自分が無理に訪ねていったとしても会えなかっただろう。後で聞いたところによると、彼も熱を出して寝込んでいたそうだから。
 ちゃんと別れを言うことも、謝ることもできなかった。最後に交わしたのはあの約束。
『またいつか会えたら、花火いっしょにしてくれる?』
『もちろん』
 あの時の彼の笑顔と、帰り道でつないだ手のぬくもりは、どれだけ時間が経ってもはっきりと思い出せた。そのくらい、美沙都にとっては大切な、大事な思い出だったのだ。

「本当に、あの時はごめんなさい」
 美沙都が頭を下げると、拓朗は苦笑した。
「そんなこと今さらいいのに。手紙でも電話でも、ちゃんと謝ってくれたじゃないか」
「でもっ、ずっと直接謝りたかったの。私のせいでお兄ちゃん、熱出したって聞いたし」
 美沙都は意気込んで言ったが、拓朗は優しい表情で首を横に振る。
「気にしなくていいんだよ。美沙ちゃんこそ大変だったんじゃないか、引っ越しの日に熱出して」
「私は……半分覚えてないの、引っ越しの日のことは。何もしないで寝てただけだと思うし」
「ほら。謝るなら俺の方だよ、小学生の子にそんな思いさせて。後から親に、また怒られたっけな」
「そんな──お兄ちゃんのせいじゃ」
「いいんだって。俺が不注意だったのは間違いないよ。ところで」
 話を区切り、拓朗はぴっと人差し指を向ける。この仕草はさっきも、会社の建物の前で見た。
「その呼び方やめよう。お互いもう大人なんだし」
「え」
 美沙都はうろたえた。
「……じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「名前でいいよ。拓朗さんって」
「そ、そんなの無理っ」
 いきなり名前でなんて呼べない。十四年前まで、いやついさっきまで、ずっと「お兄ちゃん」と呼んできたのだ。もちろん心の中でも。
「どうして?」
 心底不思議そうに、拓朗は首をかしげて問うてくる。どうしてって、と先を続けられず、美沙都はあたふたする。
 ──久しぶりに会った拓朗は、想像していた以上に格好良くて大人で。
 かつて憧れていた頃よりも、ずっと素敵になっている。そんな人を名前で呼ぶなんて、恥ずかしくて照れくさくてできない。
 拓朗に見つめられているのを感じながら、美沙都は視線をテーブルに落として懸命に考えた。そうして出した結論は。
「……永峯さん」
「ええ? 他人行儀だなあ」
「来週から会社で会うんだもの。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ」
 ここは譲れない、といった決意できっぱりと言うと、拓朗は渋々といった様子で「わかった」と返した。
「会社では永峯さんね。俺も堀口さんって呼ぶように気をつける」
 けどプライベートでは別だよ、と言わんばかりの、余裕をたたえた笑みを拓朗は向けてきた。うっと詰まると同時に、その表情のかもし出す大人の雰囲気に、釘付けになった。
(ああ、本当に、あれから十四年経ったんだな)
 お互いの変化に、美沙都はあらためて、時の流れを実感したのだった。

 その夜の居酒屋での時間は、楽しかった。
 家族の近況、互いの十四年間の細かい話で盛り上がり、美沙都はいつもは控えているアルコール類をけっこう飲んでしまった。ビールだけでなく、チューハイ、カクテルまで。
 そして、拓朗が手洗いに立った合間に、甘いお酒が回った心地良さで、美沙都はウトウトしてしまっていた。

「……ちゃん、美沙ちゃん?」
 はっとして顔を上げると、拓朗が怪訝な表情でこちらを見ていた。
「どうしたの、大丈夫? 今の話、聞いてた?」
 どうやら酔ったせいでぼんやりしていたらしい。美沙都は焦りつつ謝罪する。
「ご、ごめんなさい。飲みすぎてボーッとしちゃってたみたい」
「美沙ちゃん、よく飲んだもんな」
 拓朗に微笑みながら言われて、恥ずかしくなる。お酒のせいだけでなく顔が熱くなってしまう。
「聞いてなかったみたいだから、もう一回言うけど」
 こほん、と大仰に咳払いをして、拓朗は前置きをした。気のせいか、拓朗の方も、酔いのせいだけではない赤みが顔に差しているように見える。
「その、美沙ちゃん──俺と付き合う気ない?」
「……はい?」
 後で思い返しても、ずいぶん間の抜けた声で反応したものだと思う。
 けれどそのぐらい、聞かされた言葉は、美沙都にとって現実感のないものだった。
「つ、付き合うって」
「言葉通りだよ。……その、何て言うのかな、さっき久しぶりに会った時、すぐ美沙ちゃんだってわかったんだ。で、すごく綺麗になったなって思って──気づいたら、部長と話してる間もずっと、君のこと考えてた」
 一目惚れしたかもしれない、と拓朗は髪をいじりながら言った。とても照れくさそうに。
「だから、もし美沙ちゃんがよければ、付き合ってほしいんだけど」
 こちらを見る拓朗の目は、とても真剣だ。少なくとも美沙都にはそう見えた。
 だけど、どう考えても、現実とは思えない。今日再会したばかりで、しかもこんなイケメンになった拓朗にそんなことを言われるなんて、夢じゃないのか。
 そうでなくとも、美沙都にはこういうことに慣れていなかった。告白された経験がないわけではないが数えるほどの人数だったし、交際したことがあるのは短大時代のひとりだけだ。他の男子とは違う、温和で素朴な人だったから付き合ってみたけれど、お互い物慣れなくてぎこちないままで、結局は半年ほどで別れてしまった。
 そんな自分が、拓朗みたいな人と付き合うなんてことができるだろうか。嬉しくないわけではない──いや、とても嬉しいのだけど、どうしたって躊躇を感じてしまう。憧れが強い分、もしうまくいかなかったらと考えると怖くなるのだ。
 美沙都の躊躇を感じ取ったのか、拓朗はまばたきをして「そうだよな」と言った。
「いきなりこんなこと言ったら困るよな。久しぶりに会ったところなのに」
「え、あ、その」
「いいよ、返事は今でなくても。でも、考えといて」
 バツが悪そうに笑ってそう言うと、ジョッキに残っていたビールを飲み干す。すみませんお代わりください、と店員に声をかけてから、拓朗はメニューを見ながら「食べたい物はない?」と美沙都に尋ねた。
「……あ、えっと、もうない。お腹いっぱいになってきた」
「じゃあ残ってるの食べたら出ようか。時間も時間だし」
 とスマートフォンの時計を確認しながら言う拓朗は、さっき言ったことをもう忘れたかのように、普通に見えた。これが、大人の余裕というものなのだろうか。
 なんだかずるい、という気分になった。
 自分は十四年経っても、小学校のころと変わらないみたいに「可愛い」と言われて頭を撫でられるような成長しかできていないのに──拓朗は、あの頃からもちろんカッコ良くはあったけど、その何倍もイケメンの大人になって美沙都の前にいる。
(きっと、私よりも綺麗な人と、付き合ったりしてたんだろうな)
 これだけの容姿、そして人当たりの良さなら、女の子からの告白は引きも切らなかっただろう。そんな人が、自分に交際を申し込んでくるなんて、ずいぶん都合のいい話だ。
 やっぱり夢を見ているのかもしれない、と美沙都は半ば本気で考えた。
 皿に残っていた炒め物や唐揚げ、サラダなどを適当に分けて食べ終えた後。
「じゃあ出ようか。……もう九時半近いのか」
 という拓朗の言葉で、三時間半以上店にいたことに気づく。
 会計でちょっと押し問答をして、結果、奢ってもらうことになった。
「ごちそうさまでした」
「いいよ、礼なんて」
 にっこりと笑う拓朗は、本当に満足気で、なおかつ大人の魅力にあふれていて。
 こんな人が彼氏になったなら、すごく誇らしいのだろう。……だけど、自分みたいな普通の女子では、きっと釣り合わない。最初は良くてもいつか、拓朗に恥をかかせてしまう。
 駅まで歩く道すがら、美沙都は、申し訳ないけど駅で別れる時に断ろう、そう考えていた。
 だが、商店街を抜けるより前に。
 ──ぽつり、と水滴が顔に当たった。え、と空を見上げるのとほぼ同時に、ざぁっと音を立てて大粒の雨が降ってくる。
 戸惑って立ち止まってしまった美沙都の手首をつかみ、拓朗が走り出した。手近の、営業を終えてシャッターの閉まった店舗の軒先に駆け込む。
 その時にはもう、一帯は大雨の中だった。天気予報では降ると言っていなかったから、通り雨だろうか。すぐ止めばいいけれど、長引くと時間的に困る。
 雨の中にいたのはほんの短い間なのに、髪からは水滴がしたたり、サマーニットやスカートが少し体に貼りついてしまっている。嫌なタイミングで風まで吹いてきて、濡れた体や服を冷やした。
 くしゅっ、と思わずくしゃみが出る。同時に軽い寒気を感じて肘を反射的にさすると、背中から何かが被せられた。はっとして振り向くと、ジャケットが肩に掛けられている。拓朗が居酒屋で脱いで、さっきまで腕に掛けていたそれが。
「ちょっと濡れてるけど……まだ寒い?」
 え、と照れと戸惑いで美沙都がとっさに答えられずにいると、またくしゃみが出る。それを耳にした拓朗は、今度は、美沙都の肩を引き寄せてぴったりと体をくっつけてきた。
 驚いて離れようと身じろぐが、拓朗の手の力は意外に強くて、離れられない。
(──あ)
 その力と、手のぬくもりに、ある思い出がよみがえる。
 十四年前の花火の夜。あの時も、こんなふうに雨に降られて。
 こんなふうに肩を引き寄せられ、体をくっつけて温めてもらった。
 あの頃は子供で、今は大人だから、ひどく恥ずかしいけれど。
 だが、服越しにじんわり伝わってくる温度に、心に灯がともるのを感じた。その灯りは、心の奥底に眠らせていた想いを照らし出し、否応なく美沙都に見せつけている。
(……ああ、私……もしかしたら今でも)
 好きなのかもしれない──拓朗を。
 そう気づいて、頬が熱くなってくる。ただでさえこわばっていた体が、ますます固くなってしまうのを感じた。
「美沙ちゃん」
 拓朗に呼ばれ、反射的にびくっと肩が跳ねた。おそるおそる、顔を振り向ける。
「え、な、何……?」
 見上げた拓朗の表情に、さらに驚いた。先ほどまでの穏やかさはどこへやら、少し怖くなるような顔をしている。何か、強い感情を無理やり抑えているような。
 視線に縫い止められたようになって顔を動かせずにいると、いきなり「ごめん」と言われる。疑問に首を傾げる暇もなく、顔が近づいてきて唇がふさがれた。
「んっ」
 急に呼吸を止められて戸惑う。重ねられた唇は、ビールの名残で少し苦かった。
 キスされた、と気づいたのは唇が離れてからだ。ぼんやりした気持ちでもう一度見上げると、怖いような表情を変えずに拓朗が、抑えた口調で言った。
「……駅の向こうにホテルあるけど、連れてっていい?」
 ホテル。
 その意味がわからないほど、美沙都は子供ではない。けれどこういう場合にどう返事していいのかはわからない。美沙都には男性経験がなかった。短大時代に付き合った人とも、キス以上はしていない。
 目に、じりじりと燃える炎のような熱を浮かべて、拓朗は再度問うてきた。
「嫌ならはっきり言って。無理強いは、したくない」
 ──どうしよう、と迷ってしまう。再会したばかりの相手とホテルに行くなんて。幼なじみとはいえ、拓朗のことをよくは知らないのに。
 けれど、彼に求められている、と感じるのは嫌ではなかった。拓朗が自分をほしがっている、そのことが感じられるのが嬉しい、と思う。
 だから、迷いをまだ残しつつも、美沙都はうなずいた。拓朗ならかまわない、そう思って。
 抱きしめられ、今度は軽いキスをされる。腰を引き寄せられた格好で、ホテルまでの道のりを歩いた。

 ホテルの部屋に入った途端、美沙都はベッドに押し倒された。
 覆いかぶさってきた拓朗と抱き合い、三度目のキスを受ける。先だっての二回とは違い、ほぼ最初から、舌が唇を割って入ってくるキスだった。唐突な息苦しさに戸惑ったが、次第に感じられてきた心地良さに、気づくと美沙都は、拓朗の頭と背中に腕を回していた。
 貪られるような深い口づけは続く。舌が口腔内で絡み合い、混ざり合った唾液が唇の隙間からこぼれ落ちる。
 こんな濃厚なキス、二十三年生きてきて、今この時までしたことがない。短大時代の彼氏と何度かしたキスは、フレンチ・キスというのだろうか、触れ合わせるだけの本当に軽いものだった。
 急に深まった息苦しさに、思わず喉で咳き込む。それに気づいた拓朗が、慌てたように唇を離した。
「ごめん、苦しかった?」
「……ちょっと」
 美沙都が正直に、小声で言うと、じっと見つめられる。
「もしかして、こういう所に来るの、初めて?」
 問われて、一瞬のためらいの後、美沙都はこくりとうなずく。
「そうか、……本当に、いいの? 意味わかってる?」
 慎重に尋ねてくる拓朗に、美沙都は再度うなずいた。
「途中でやめたりはできないよ、俺も男だし」
 そんな忠告に、三たびうなずく美沙都に、拓朗は少しだけ表情を緩ませた。美沙都の髪を撫でながら「できるだけ、優しくするから」とささやくように言う。
 そして再び、キスが始まった。今度は唇をついばむような動きから始まり、次第にまた、強く押し付けられるようになってくる。唇を割って入ってきた拓朗の舌に、美沙都は自分からも舌を絡め、舌先で彼の歯列を、歯茎をなぞってみた。拓朗が息を飲むような反応を見せる。
 次に唇が離れた時、ようやく彼の顔全体が見えた。酔いと興奮のせいで頬が上気し、呼吸が浅くなっている。
「意外と大胆だね、美沙ちゃん」
 目を見張って、けれど少し嬉しそうに言われて、途端に頬に血が上った。微笑むその目は、さっきよりも強い熱と、光を放っている──これが、欲情している証ということなのだろうか。鋭く熱いまなざしに、美沙都の体の奥がぞわぞわと震えた。
 初めてでもこんな感覚が出てくるのか。マンガや小説で見た描写を思い出し、心臓の鼓動が速まる。
「そういうの、嫌いじゃないけど」
 口の端を上げる拓朗の表情は、今日見た中で一番、大人の男らしいと思った。期待に輝く、濡れたような黒目で美沙都を見ている。その中に映る自分は確かに、自分が知らない女の顔をしているようだった。気づくとひどく恥ずかしくて、狼狽してしまう。
 拓朗が上半身を起こし、ネクタイを緩め、引き抜いた。その仕草にも大人の男の色気を感じて、ドキドキする。
 シャツのボタンが二番目まで外された。ちらりとのぞいた彼の肌は、服から出ている部分よりも白く見えた。シャツをまとったままの腕が再び伸ばされ、長い指が美沙都の頬に触れる。頬の曲線をするりと撫でられただけで、これからされることを想像して体が震える。
 もう一方の手が首筋を触り、そのまま拓朗の顔も近づいてくる。ふっと息をかけられ、直後、唇がすうっと這った。
「あっ」
 初めて与えられる感覚に、全身がこわばる。唇が触れた箇所から電流が流れてくるかのように、体がしびれてくる。
 唇が肌に繰り返し吸いつき、舌先がちろちろと舐めていく。その感触が、これまで知らなかったところにある感覚を徐々に呼び覚ましてきた。
「あ、ああ……ああっ」
 声が漏れるのを抑えられない。自分が出せるとは思ったことのない響きの声で、勝手に体が熱くなってくる。
「美沙ちゃん、そんな声出すんだ──可愛いよ」
 言って、拓朗は吸いつきを強くする。ちゅっ、ちゅっと聞こえるリップ音が肌のみならず耳も刺激し、次いで、耳たぶが唇と舌で同時に刺激された。
 それと並行して、拓朗の大きな手は、サマーニットの上から胸の膨らみを撫で、揉みしだいている。服越しに探り当てられた蕾を、指の腹でごしごしと擦られると、未知の刺激で頭がキーンとしてくる。腹の中にたまる何かを吐き出さずにはいられず、浅い呼吸を繰り返した。
「はっ、はっ……はああ」
 腹の奥がきゅんと疼き、一瞬呼吸を止めた後、深く息をつく。そのタイミングで刺激がいったん途切れ、両腕を上げられ、サマーニットがキャミソールごと脱がされる。続いてブラジャーもはぎ取られた。
 いっぺんに上半身をむき出しにされ、反射的にぶるりと震えた。同じくシャツを、そしてスラックスも脱いで下着一枚になった拓朗は、服を着ている時よりもたくましく思える。
 思わず落としてしまった視線の先に、彼の、男性の象徴が立ち上がっているのが見えてしまった。思わず視線をそらすと、ふっと笑った気配がする。
「見慣れない? まあ、そうか」
 顔をのぞき込まれて言われ、美沙都は自分でもわかるほど真っ赤になった。
 拓朗の口調は優しいが、もしかしたら、面倒くさいと思われてしまったかもしれない。経験者は初めての女を面倒がると聞いたことがある。
 ところがそんな思いに反して、拓朗はまた言った。
「俺が最初だなんて、嬉しいな」
「……めんどくさくないの?」
「なんで? 美沙ちゃんの初めての相手になれるなんて、すごく光栄だよ。俺が君に気持ちいいこと教えてあげられるんだし」
 気持ちいいこと、と言われてますます顔に血が上る。
 ……本当に、気持ちよくなれるのだろうか。最初はとにかく痛いもの、というイメージが強い。そんな逡巡が拓朗にも伝わったのか、彼は美沙都の髪をそっと撫でてきた。
「はじめは、たぶん痛いけど。優しくするから。絶対に気持ち良くしてあげる」
 そう言う拓朗の目は、今も濡れたように光っているけど、同時に気遣いの色も浮かんでいた。
 あれこれ悩んでみても、結局なにもわからないのだ。だったら拓朗を信じよう、身をまかせてしまおう。
「──よろしくお願いします」
 夢なのに、ひどくかしこまった言葉が出てしまった。
 拓朗がくすりと笑い「こちらこそ」と返してくれる。
 すっと細められた目に、炎がともったように思った。
 乳房を大きな手が包み込み、人差し指と親指で先端の蕾をきゅっと潰される。あまりに鋭い刺激に腰が勝手に跳ねた。
「はんっ!」
 喉からほとばしった甘い声に、自分で驚く。その声は拓朗の目の炎を煽ったようで、乳房を揉みしだく動きが強く大胆になっていく。もちろん、先端への刺激も絶えることなく続けられていて、美沙都は自分の奥からあふれ出てくる何かを感じた。
「あっ、や……ん、おにいちゃ……」
「違うだろ。『拓朗』」
「た……あ、はぁん、あんん」
 濡れた感触が強まってきて、太もも同士を思わずすり付ける。直後、スカートをまくった手のひらが強引にそこへ入れられて、ショーツの上から股の割れ目をすっと撫でられた。
「ああっ」
「気持ちいい? ここ」
 美沙都よりも長く太い、力強い指先が、下着越しに何度もそこを往復する。そのたびにじわじわとこぼれ出るのがはっきりとわかって、たまらなく恥ずかしい。
 ショーツはもうぴったりと貼りついてしまっている。じんじんと疼くその場所を、早く、直接触ってほしい。
 そう思ったのが伝わったのか、拓朗の手が、美沙都のスカートのホックを外して引き下ろす。間髪入れずにショーツも脱がされた。
 そして足をかぱりと割られ、反射的に腰が引けてしまう。濡れている所が丸見えだ。足をもじもじさせるが、閉じさせてはもらえない。
「すごいな、びしょびしょだ」
「や、はずかし……んっ」
 照れを封じるように、唇が塞がれる。ちろちろと舌が唇を舐めるのに合わせて、拓朗の指が、美沙都の蜜の沼に侵入してきた。くちゅり、という音を立てて。
「んんんっ!」
 花びらをめくられ、たっぷりと潤った中に潜む花芯を、強く摘まれる。胸の蕾の時よりも格段に強い刺激が、頭からつま先まで突き抜けた。
「んっ、はっ……ああ、はぁぁん、ああっ!」
「美沙ちゃん、気持ちいいんだな。ここは?」
 長い指が沼のさらに奥へと入り込み、繰り返し壁を擦る。美沙都は感電したかのように背を反らせて、叫んだ。
「あああっ! やっ、そこっ、そんなにしちゃ……っ」
「嫌なの? じゃあやめようか」
「あんっ、いじわ……るぅっ、やめないでぇっ……」
「ごめんごめん。──そろそろ、いいかな」
 ちゅぷ、と指を引き抜いた音がひどくいやらしく響く。だがその音にすら反応するくらい、美沙都の沼からはとめどなく蜜があふれてくるようになってしまっていた。

(――つづきは本編で!)

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