作品情報

騎士王子は戀を忍ぶ

「もう二度と、あの朝のような思いはさせない」

あらすじ

「もう二度と、あの朝のような思いはさせない」

 グリンフィル王国のお転婆な第二皇女アリスには、お目付け役の騎士アルファードがいた。腕が立ち容姿も良いが口うるさいアルファード。彼とは喧嘩ばかりだが、アリスにとってそれは楽しい日々だった。
 そんな中、隣国の新王からの縁談話が舞い込む。どうせしとやかな姉クリスにだろうとアリスは思っていたが、新王はなんとアリスを結婚相手に望んでおり――。

作品情報

作:柴田花蓮
絵:高辻有
デザイン:RIRI Design Works

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(一)

「海の向こうから昇る朝日って、どんなものなのかしら……見てみたいなあ」
 夜明け前に城を抜け出し、城の裏手の丘へ。そこから見える大きな湖に目をやりながら、アリス=フォン=グリンフィルは思いを馳せる。
「海を見たいのに、なんで湖を眺めてそれを言うんだよ。付き合わされるこちらの身にもなれよ」
 そんなアリスのすぐ傍には、不機嫌そうな顔で呟く男性が立っていた。アリスの「お目付け役」騎士である、アルファード=フィナである。
 まだ薄暗く、時折身をさすような風も吹いている中、わざわざ城を抜け出すアリスが全く理解できない、とでも言いたげな口調だった。
「何よ、誰もアルファードに一緒に来て、だなんて頼んでないでしょ!」
「頼まれなくても行かざるをえないのが、お目付け役なんで」
「じゃあ見て見ぬふりをすればいいじゃない!」
 到底一国の姫らしからぬ発言であるが、正直なところ、それがアリスの本心なので仕方がない。
「出来るわけないだろ。……それよりそろそろ、日が昇るぞ」
 そんなアリスを呆れながらあしらうも、アルファードは湖を指さしてそう言った。気づけば空の端がうっすらと明るく色づき始めており、ダークブルーだった湖面に少しずつ白い光が広がり始めていた。
「……綺麗ね」
「そうだな」
 二人は一旦言い争いを止めて、静かに夜が明けていく瞬間を待つ。
 アルファードは、なんだかんだ文句は言っても、いつもアリスと共にいてくれる。アリスも心のどこかではそれを分かっているので、例え些細なことで言い争いをすることが多くても、すぐにこうして収まってしまうのだ。
「こんな綺麗な朝焼けが見れたんだから、今日も一日、良い日になるわ」
 背中まで真っすぐに伸びるブロンドの髪を後ろで一つに束ねながら、アリスは笑顔で呟いた。そんなアリスの様子を、アルファードも柔らかな表情で見つめている。
 
 ――グリンフィル王国は内陸にあり、領地内に海はない。山水豊かで気候も穏やかな、恵まれた立地にある国である。それゆえに資源も豊富で、その昔より国内外の交易が盛んであり、経済的にも潤っていた。当然ながら、その国力に目を付けた強国による侵攻を受けそうになることも多かったが、歴代の国王の手腕で近隣各国との同盟関係には余念なく、この数十年は特にそういった脅威にさらされることもなく平和な時間が流れている。
 アリスは、そんなグリンフィル王国の第二王女だ。上には一卵性の双子の姉であるクリスがいる。
 そして国自体は兄であり第一王子のリカルドが継ぐことになっている為、アリスが将来この国を背負うことはない。
 女性的で穏やかな性格のクリスと違い、アリスはよく言えば天真爛漫、悪く言えばお転婆。活発な性格をしている。その為様々なことに興味を持っており、クリスを始めとした女性たちが安定した結婚や生活を望んでいる中、それよりも一度は世界を旅してみたいと考えている。
 まだ見たことのない、世界各国と繋がっているという「海」というものを見てみたい。湖に映りながら昇る朝日が美しいのなら、巨大な海に映ったものはどんなものだろう! 想像するだけで胸が躍るアリスなのである。
 とはいえ、年頃になってもそのような考え方のアリスに、クリスだけではなく流石の両親も気を揉んでいるようで、ついにこの二か月前に「アリス専用の臣下」――と言えば聞こえはいいが、要はお目付け役をつけられてしまった。
 それが、アルファードであった。
 彼の素性はよくわからないが、どうやら剣術・馬術に長けており、その腕を買われて登用されたらしい。しかも侍従達に聞いたところによると、登用当初から城内でもかなり噂の人物だったようで、彼の容姿に惹かれ登用間もないのに心を奪われた女性が何名もいるとのことだった。
 実際、アリスが初めてアルファードと顔を合わせた際も、容姿についてはとても印象に残った。
 漆黒の衣服を身に纏い、同じく漆黒の美しい黒髪を靡かせ動く所作は、見るものの目を奪う。アリスよりも頭二つ分は高い身長と、薄紫色の瞳も印象的だ。身内以外の男性でこんなに印象的で、目を奪われた相手は正直初めてだった。これに剣の腕も確かとなれば、確かに多くの女性は放っておかないだろう。
 とはいえ――そんな目立つ姿のお目付け役がいたら、これまでのように自由に過ごすことは出来ないし、こっそり気軽に城下へ遊びに行くこともままならない。アリスは丁重に断ろうとするも、
「大丈夫、彼は腕も立つ。これからは何も心配することはないぞ」
 その力量を既に知っているのか、登用間もないというのに彼に絶大な信頼を置いている父にそう押し切られては、アリスはどうにもすることが出来ない。結局お目付け役の件を了承する他なかった。
 登用したばかりの一介の騎士に何故そこまで信用を置くか理解に苦しむものの、そこまで言うのなら、と考えた。
 ちょうど、リカルドとその妻のターニャが、城を出て別の小城に移り住んだばかりの頃でもあり、少々身の回りに不安や寂しさを感じていた頃でもあった。お目付け役というのなら、きっと話し相手にもなってくれるかもしれない。
 それならばちょうど良いか――そう考えたアリスは安易にお目付け役の件を承知したのだった。が、
「踊りが下手。よくそれでグリンフィル王国の王女が務まるものだな」
「なっ……」
「それに、所作に色気を感じない。致命的だな」
 ――話し相手になるどころか、無礼千万。しかもアリスを「姫」として認識しているのかも怪しいほどの配慮の無さ。アリスが想像していた「お目付け役」とは程遠かった。
 アルファードはことあるごとにアリスのやることなすことに口を出す。
 気の進まない夜会に行かなければならず、その為の教育を受けている様子を見ては文句を言い、支度が終わり城を出る見送りをしながらも、言いたい放題だ。
「お世辞でも綺麗、とか上手になりましたね、とか言ったらどうなの!」
「お世辞を言う気にもならないな。同じ顔でも、これほど姉と違うとはもはや滑稽だ」
「そんなに言うなら、クリスのお目付け役にしてもらえばいいじゃない!」
「はっ。そもそもそういう人には目付け役などいらないだろう? そういうところがあるから、目付け役が必要とされるのではないか? アリス様」
「くっ……」
 アルファードは、アリスと二人でいる時には何故か敬語も使わないし、遠慮もせず物を言う。
 一体、どうやって生きてきたらこのような性格になるのだろう。端麗な容姿からは考えられない性格だと、アリスは思っていた。
 ところが他の者が側にいれば一転して言葉遣いは改める。アリスにしてみれば、このような失礼な人間がどうして、父や兄の信頼を勝ち取っているのかが理解できない。あまりのことにクリスにも泣きついたアリスだったが、
「まあ、そんなことを言うものではないわ。アルファードはアリスの為に色々と助言をしてくれているのでしょう?」
「あれは助言の範疇ではないわ。暴言よ!」
「ふふ……ならアリスも、覚悟を決めて王女としての自覚を持つことね」
 アリスとは違い、何もかもを卒なくこなすクリスは、アリスを慰めるどころか笑顔で諫めるのだった。きっとクリスは誰かに暴言を吐かれるようなことはないので、アリスの気持ちはわからないのかもしれない。

 ――アリスもクリスも、その容姿は、近隣諸国にもその名を知らしめる程恵まれていた。
 背中まで伸びる金色の長髪も、透けるような白い肌も。果実の様に真っ赤に染まる肉付きの良い唇も、ぱっちりとした大きく澄んだ瞳も。
 緩やかなウエーブのかかった髪かストレートかで区別しなければわからない程、一卵性の双子は顔もそっくりである。
 もしもそんな二人を髪型以外で見分けるとしたら、「雰囲気」だろうか。
 まだどこか幼い雰囲気の残るアリスとは違い、クリスは大人びた雰囲気を醸し出していた。大好きだという薔薇の花の香水をつけ、自分にあうドレスや化粧も知っている。ここがきっと、アルファードの言うところの「色気」に繋がる部分なのかもしれない。
 クリスは子供の頃から教育も真面目に受けていた。数回に一回の割合で夜会に参加するアリスとは違い、声が掛かれば必ず夜会にも参加するし、ほぼ毎日のように縁談話も舞い込んでくる。
 縁談話はたいていが、「グリンフィル王国、第一王女のクリス様に」と条件付けされているのである。未だかつて一度もそのような話が舞い込まないアリスとは、天と地の差である。
 どんな男性も、たいていクリスと一度話をすれば夢中になる――どこかの王子がそのような事を言っていたのを聞いたこともある。
 美しく教養があるだけでなく、いつも嫋やかな笑みを浮かべ、穏やかに話すクリス。各国の王や王子達が彼女を側に置いておきたいと願っても不思議ではない。
「……クリスは、お嫁には行かないの?」
「良い話があれば喜んで行くわ」
 クリスが言うところの「良い話」というのは、このグリンフィル王国にとっても、という意味を含むのだろう。
 自分の幸せと国の幸せを常に考えているクリスのことを、アリスは素直に尊敬しているし、大好きでもあった。
 こんな姉に比べ、自分はなんて未熟なのだろう――考えるだけでも落ち込んでしまうが、それでも今はまだ姉と共にいたいとも思っていた。
「もしもアリスがお嫁に行くことになったら、私が何でもお手伝いするわ」
「本当に? 嬉しい」
「だから、アリスもあまりアルファードの手を煩わせては駄目よ?」
「え、ええ……」
 結局は毎回、クリスに諭される始末だった。
 そうは言っても、そうそうアルファードとの関係は改善されるわけでもない。
 いくら自分が穏やかに接しようとしても、相手が違えばどうにもならないのだ。

「……さ、日も昇ったことだしそろそろ帰るぞ」
 ――やがて完全に日が昇り、辺りも明るくなった頃。それまで黙ってアリスの傍で朝日を見ていたアルファードがそう呟いた。
「も、もう少しここにいてはだめ?」
 その言葉は何だか急に大切な時間を終わらせてしまうかのようで、少し寂しくも感じる。
 と、不意に傍を吹き抜けた風に、アリスはぶるっと身を震わせる。今朝のアリスは、薄手のミントグリーンのミドルドレスを身に纏っている。ここに来る時には朝日を見たいということに夢中で気にも留めていなかったが、立ち止まってこうして景色を眺めていると、少し肌寒い。アルファードはそんなアリスに「ほらな」とぼやくと、
「お前がお前の時間をどう使うかは自由だが、他の者に心配をかける、無謀な過ごし方はするな。お前が風邪を引けば、多くの者が心配するんだ」
 と、自分が纏っていた外套をアリスの肩にふわりとかける。
 相変わらずの口調ではあるが、アルファードが言っていることは正しい。わかってはいるものの、アリスにはそれが癪に障る。
 とはいえ、身体を覆う外套はとても温かかった。アリスの身体だけでなく、心も優しく包み込まれたような気もした。
 アリスはふいっと横を向き、小さな声で「わかったわ。戻るわよ」と答える。
 アルファードはそんなアリスに「そうしてくれ」と呟くも、目は完全に昇った朝日を映す湖へとやりながら、
「海か……確かに、湖とは全く違うから、見ごたえはあるかもしれないな」
「え! アルファード、見たことがあるの!? 海を!」
「あ、ああ。まあな……」
「いいなあ……私、夜会以外でこの国を出たことが無いから……」
 内陸の国の周辺も、多くは内陸。そして、たいがいは海から離れた場所に城は建っている。
 国の周辺には世界有数の山脈もある為、はるか遠くにある海を、直接この目で見ることは出来ない。アルファードは元々この国の者ではないようだし、ここへ来る前に、もしかしたら海の見えるどこかの国で騎士として仕えていたことがあるのかもしれない。羨ましいと、アリスは心から思う。
「……どうせお嫁に行くなら、海のある国の王子様がいいなあ」
 まだ結婚するつもりなどないし、そもそも自分には縁談など舞い込んでこない。でも、自由に旅に出ることができないなら、いっそ。アリスはそんなことを思いながらぼそっと呟く。すると、
「一つだけある。お前が何の問題もなく海を見ることが出来る方法が」
 アルファードが不意にそんなことを呟いた。アリスが驚いて彼の顔を見るも、何故か彼は意地の悪い笑みを浮かべている。
 ――絶対に何かよからぬことを考えているわ。アリスはすぐに察知する。
 案の定、アルファードは、「教えて欲しいか?」とアリスに尋ねる。
「教えて欲しいわ。あ、でも海のある国に嫁に行く、以外にしてよ。それは私も考えたのだから」
「勿論。でも、タダで教えるわけにはいかない」
 アルファードは意地の悪い笑みを浮かべながらそう言うと、不意にアリスの顎を指でくいっと挙げた。
「それ相応のものをもらわないと」
「それ相応?」
「そうだな、例えば……」
 アルファードはそう言って、不意にアリスに顔を近づける。
「きゃっ……!」
 唇が触れてしまうかもしれないと思えるその距離感に、アリスは思わず身を捩り彼の腕を振り払った。
 驚くぐらい、自分の胸が鼓動しているのも感じていた。
 底意地の悪い性格はともかく、彼は容姿だけは良い。薄紫色の力強い澄んだ瞳に引き込まれるような不思議な感覚に、アリスは自分でも驚いた。
 キスと言えば、挨拶として手の甲にされる程度のもの。それぐらいの経験しかないアリスにとっては、たとえからかわれているだけのことでも、刺激的なものだった。
 アルファードはそんなアリスの様子を可笑しそうに見ている。
 勿論、アリスのそのような状況を分かっているゆえ、更にそんなアリスの様子が滑稽に見えるのだろう。
 女性にだって慣れているだろうと思われるその仕草に、アリスは少し複雑でもあり腹が立って仕方ないが、それよりも収まりのつかないこの胸の鼓動を絶対に彼に気付かせたくないと、必死で取り繕う。
「その様子だと、まだ誰とも? だろうな」
「よ、余計なお世話よ!」
「まあ、冗談はともかく……」
「じょ、冗談!? 冗談であんな……」
「あんな?」
「っ……」
 どこまでも意地の悪いアルファードに「知らない!」と顔を背ける。
 アルファードはそれを、まるで子猫と遊ぶ飼い主のような目で楽しげに見つつ、
「お前が何の問題もなく、誰に気兼ねすることもなく、海を見ることが出来る方法だが……まあせいぜい、一人考えてみることだな」
「ちょっと、何それ! それじゃ気になって仕方ないじゃない!」
 人をからかっておいてその言い草は! とアリスは腹を立てるも、アルファードには全くそれも効かず、
「楽しみが増えていいだろ。……それより、そろそろ戻るぞ」
と、さっさと一人、城に向かって歩き出していた。
「ちょっと!」
 アリスも慌てて彼の後を追うも、腹立たしいやら胸が激しく鼓動するやらで、その内面は一人目まぐるしく騒がしかったのである。
 ――アリスの毎日は、いつもこのような感じで始まる。
 アルファードとは、暴言悪態以外にも、今日の様にからかわれたり、ドキッとさせられたりすることもしばしばある。それについては腹が立つものの、そうやって賑やかに過ごす彼との時間は、自分が姫であることを忘れ、素の自分でいられる、貴重な時間でもあった。そのことは勿論、悔しいのでアルファードには絶対に内緒にしようと思っているが、アリスはただ、そんな風にめまぐるしくも退屈しない日々が、いつまでも続いてくれればと、それだけをいつも願っているのである。

  § § §

 そんなアリスとアルファードが、いつものように軽口を叩きながら城へと戻った時だった。
 侍従の一人がアリスの部屋へとやってきて、謁見の間へ来るようにと告げた。
 謁見の間は、言葉の通り国王が来賓と対面するための部屋。アリスが父と話をするなら、玉座の間に呼ばれるはずだ。ということは――そんなことを思っていると、
「早く行った方がいい」
 王に関することには特に対応が早い。アルファードがアリスから自分の外套を外しそう告げる。
「わ、分かっているわよ」
 来賓のいる謁見の間では、アルファードは同席出来ないというのはわかっている。
 アリスは謁見の間へと急いだ。そして中へと入る。
 中には、父とその側近の他に、もう一人男性がいた。やはり来賓のようだ。
 天窓から降り注ぐ朝日に反射し、身に着けているダブレットのサテン生地がまばゆい光を放っている。胸と袖に施されている小洒落たスラッシュも金糸が織り込んであるのだろう。年齢こそ高齢ではないが、口にたくわえている髭も、泥一つついていないブーツも――それなりの身分のある人物ではないかとアリスは推測する。
「おお、来たか。さあ、こちらへ」
 と、アリスの姿を確認した王が声をかける。アリスが「おはようございます、お父様」と挨拶をすると、父は早速本題に入った。
「アリス、こちらはラジェンドル王国から来た使者で――」
「ジルフェルドと申します。新国王陛下より、親書をお持ちいたしました」
 男性・ジルフェルドが自己紹介がてらアリスに挨拶をする。
 アリスも挨拶を返すも、それよりも「新国王陛下」という彼の表現が気になった。
 ラジェンドル王国は、グリンフィル王国とも確か同盟関係も結んでいる国だ。「新国王陛下」ということは、これまでの国王が譲位したということなのだろうが、通常新王の戴冠式等の慶事は近隣諸国の王族が招かれて共に祝うのが通例であり、そういった情報は当然同盟国であるグリンフィルにも伝わるはずだ。
 何か、緊急で国王が交代する事情があったのだろうか。もちろん、初対面の相手にそこまでは聞くことは出来ないが、多少は探りを入れることぐらいはできる。
「国王陛下は息災であられますか?」
「ええ。事情で国内は少々慌ただしいですが、カーリン新国王の元、これまでよりも強靭で強固なラジェンドルを目指し日々……」
 ジルフェルドが、誇らしげにそう説明をする。そして、
「……とにかく、我々の要件は伝えました。良いお返事をお待ちしております」
 挨拶もそこそこに、謁見の間から出て行ってしまった。王は自らの側近に彼の対応を任せると、アリスを側に呼び寄せる。そして、
「……実はな、アリス。今日彼が来ていたのは……」
 とアリスにゆっくりと語りだした。
「それよりお父様、ラジェンドル王国では何かあったのでしょうか? どうして急に国王陛下が交代を?」
「良くはわからないが、前国王であられるマイフェ陛下が急に逝去されたと。何でも流行りの疫病にかかられたとかで、感染拡大を恐れ、内々で荼毘に付されたそうだ。きっと新国王による体制が盤石になった後、国葬は行うのだろうが……」
「そうだったのですね……」
 アリスは小さなため息を吐く。
 ラジェンドル王国は、グリンフィル王国程広い領地はないものの、大きな川を利用した遠方他国との交易が盛んで、更に古より軍事力に関しては近隣国一と称されている国だった。
 前国王のマイフェは、近隣の国とも均衡を取るような形で国力を保っていたのだが、どうも「新」国王のカーリンは違うような感じを受ける。
 実はここ最近、グリンフィルの同盟国から、「領地の一部にラジェンドルから侵攻を受けた国が助けを求めてきた」と物騒な話があったと、父から聞いたことがあった。
 カーリンは、元来の軍事力を活かして国を大きくしていこうとしているのだろうか。先ほども「少々慌ただしい」などと使者も言っていた。
 そんなラジェンドルの使者が、一体何の用で――アリスがそんなことを考えていると、
「アリス。実はな、先ほどの使者はカーリン新国王との縁談話を持ってきたのだ」
 王がアリスに語り掛ける。
「クリスとのですね。でもお父様、ラジェンドルにクリスを嫁がせるなんて……」
 これまでのことを考えると、いつものように気軽に賛成はできない。
 ああ、クリスは本当に可哀そう。いつものようにアリスが流そうとするも、
「クリスにではない。お前にだ」
 そんなアリスの予想に反し、父が驚くべき事実を述べる。そして、
「……先方は、出来るだけ早く縁談を進めたいと言ってきているのだが……」
 と、改めてアリスに対してそう述べたのだった。

(――つづきは本編で!)

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