IRIEnovel Anthology 溺甘授かり愛

『あまあま授かりえっち』をテーマに5人の作家が贈る、読み切り短編集!

『あまあま授かりえっち』をテーマに5人の作家が贈る、珠玉の読み切り短編集。
侯爵様と、王様と、先輩と、恋人と、同棲相手と…溺れる愛をお楽しみ下さい!

◆各話あらすじ

「気弱な姫と虎の王の甘い繋がり」作:夕日
 結婚して初めて顔を合わせた王は怯えるくらいの強面で、姫は震えてしまう。
 どんな扱われ方をされるのかと思っていると、その初夜はとても甘いもので……?

「小さな幸せが芽生えた情熱的な夜」作:花音莉亜
 恋愛対象とは正反対の、兄妹みたいな関係の職場の先輩。
 でも突然の雨にずぶ濡れの私を、彼は自宅のマンションに誘って……?

「癒し系な彼の甘くて熱い寵愛」作:秋花いずみ
 リフレクソロジストの彼のマッサージに幸せに身をゆだねて、そのまま身体を重ねるお疲れOL。
「キミをこの先もずっと癒してあげたい」とプロポーズされて……?

「愛したひとは軍人侯爵さま」作:日南れん
 舞踏会で知り合い恋に落ちた、若き軍人侯爵と子爵令嬢。
 だが身分違いを心得ている令嬢は、戦地に赴いたお腹の子の父親のことを、絶対に口にしないつもりで……?

「これから一緒にいるんだし!~新居のふたりの家族計画~」作:日野さつき
 同棲を始めた彼の荷物から出てきたのはオトナのおもちゃ。
 試しに使ってみたその快楽の中で、この先もずっと一緒にいたいと彼に言われて……?

作品情報

作:夕日/花音莉亜/秋花いずみ/日南れん/日野さつき
絵:まりきち
デザイン:RIRI Design Works

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本文お試し読み

◆気弱な姫と虎の王の甘い繋がり § 夕日

 ――なぜ、私がこんなところにいるのだろう。

 案内された豪奢な部屋を目にした私は、入り口で立ち竦んでしまう。けれど無礼にならない程度の力で侍女に背中を押されて、観念しながら室内に足を踏み入れた。
 靴底を通して、ふかりとした絨毯の感触が足裏に伝わってくる。……きっと、なにかあったら弁償できないくらいに高価なもののはずだ。恐る恐る毛足が長い絨毯を踏みしめながら、大きくて立派な寝台へと向かう。
 すると――
「来たな。ヘリアン・ラーゲルクヴィスト」
 先に寝台に腰を下ろしていた美丈夫が、低い雷鳴を思わせる声音で話しかけてきた。
「ひんッ」
 お腹の底に響く声に怯えてしまい、私は巣穴に戻る子うさぎのように入り口へと後ずさろうとした。だけど侍女に捕まり、優しく……しかし容赦ない力で部屋に戻される。
 そして扉は――固く閉じられてしまった。
 どうして、どうして、どうして。
 リングホルム帝国の皇帝であるステファン・ミュルダールが、小国の王女である私を娶るの!
 美しい、けれど抜身の刃のような。あるいは巨大で獰猛な肉食獣のような。そんな皇帝陛下の美貌を見つめながら、私は零れる涙をこらえきれずにしゃくり上げた。

 リングホルム帝国は、中央大陸の半分ほどを支配している大帝国だ。
 私の国――ベルセリウス王国はリングホルム帝国領より国三つ分離れたところにあり、帝国とは適度な距離感での国交を築いていた……はずだった。
 しかしある日。皇帝陛下から私への結婚の申し込みが、舞い込んだのだ。
 断れば、それを理由にして領土へ侵攻されるかもしれない。そうなれば我が国なんて、ものの数ヶ月もしないうちに侵略完了してしまうだろう。父が婚約を二つ返事で了承したのは、仕方がないことだと思う。
 仕方がないとはわかっていても……私は皇帝陛下に嫁ぐのが恐ろしくて仕方なかった。
 皇帝陛下は前皇帝が病床に伏してしまったことにより十八歳の若さで即位され、帝国内にはびこる汚職の一掃、反乱分子の処刑などの『悪評も多かった前皇帝が残した負の遺産』の整理を二年ほどで整然と行い、自身の地盤固めをあっという間にしてしまったお方だ。
 彼は金色の瞳と豊かな金色の髪を持っており、その美貌は『絶世』と形容しても足りないくらいである。けれどその鋭い目つきや、固く引き結ばれた口元、そして逞しい体躯を目にしていると……『美しい』よりも『恐ろしい』という感想を抱かざるを得なかった。婚礼の間も、ずっと震えが止まらなかったくらいだ。
『このたびの婚姻は、皇帝陛下の心からの願いということだ。誉れに思いなさい』
 父は何度も、私にそう言い聞かせた。
『心からの願い』と言われても、私は他国へ評判が響き渡るような美しい女ではない。
 ふわふわとした癖の強い茶色の髪に、くすんだ色の茶色の瞳。そして醜くはないけれど、凡庸の範疇に収まる容姿。こんな女を皇帝が心から欲しがることはないだろう。
 さらに言えば、リングホルム帝国とベルセリウス王国が婚姻によって固く絆が結ばれても……我が国はともかく、リングホルム帝国には一切の得がない。

 ――本当に、この婚姻は謎ばかりだ。

「ヘリアン」
 現実逃避じみた思考は、皇帝陛下の低い声で中断された。
 私はぐすりと鼻を鳴らしながら、恐る恐る顔を上げる。
 すると薄暗がりの中でも燃え立つように見える金色の瞳と、しっかりと視線がかち合った。
「ひっ」
 皇帝陛下は、『虎の王』と呼ばれるようなお方なのだ。下手に機嫌を損ねると、首を刎ねられるかもしれない。
 そんなことを考えながら、体を震わせていると……
「そんなに、私との初夜が嫌か?」
 頬に大きな手が触れた。綺麗な指が頬を流れていた涙を掬う。
「いえ、いえ! 嫌なんてことは……。お父様とお兄様以外の男性と二人きりになるのははじめてなので、少し怖くなってしまっただけです」
 これも、本当のことだ。侍女や従僕がいない状況で身内以外の『男性』と二人きりになるのは、これがはじめてのはず。
 そう……今夜は『初夜』なのだ。
 なにをするのかは、一応閨事の本で勉強してはきたけれど。絵本のような愛らしい挿絵で構成されたあの本の内容が、果たして役に立つのだろうか。
 だって……夜着一枚で目の前にいる皇帝陛下の存在感だけでもすでに生々しすぎて、本の内容とは乖離している。
「ふむ、そうか」
 皇帝陛下は小さくつぶやくと、片手をこちらに差し出した。つられてその大きな手に手を乗せると、強い力でぐいと引かれる。私はそのまま、逞しい胸にぼすんと倒れ込んでしまった。
「こ、皇帝陛下っ!」
「私たちはもう夫婦だ。ステファンと呼ぶといい」
 彼は逞しい腕で私を抱きしめながら、どこか甘い声音を耳に吹き込む。それはぞくりと体を揺らし、私は困惑を覚えた。
「そ、そんな。恐れ多いです」
「呼ぶんだ」
 厳しい口調ではない。けれど『譲らない』という強い意思を感じて、私はこくんと唾を呑んだ。
「ス、ステファン様?」
 恐る恐るお名前を呼んで、皇帝陛下……いや、ステファン様を見上げてみる。すると……
「……ヘリアン」
『虎の王』は頬を淡い色に染めながら、嬉しそうに破顔した。金色の瞳の眦は下がり、形のいい唇の端はきゅっと機嫌よさげに上がっている。
 その美しい笑顔に――私は魅入られてしまった。
「ステファン様も……笑ったりするのですね」
「人前では弱みを見せぬよう、感情を殺しているからな。怖かっただろう?」
 ――怖かったです、とても。
 そうとは言えずに、私はへらりと情けない笑みを浮かべるだけになる。
「この日を私がどれだけ待ち望んだか……君は知らないだろうな」
「あ、あの。私たち昔どこかでお会いしたことが?」
「内緒だ。君に思い出して欲しい」
 いたずらっぽく言ってから、ステファン様はこちらに顔を近づけた。
 額に、頬に。なんだか甘ったるい口づけが降る。恥ずかしくて逃げたいのに、堅牢な腕に囚われていてそれは叶わない。
 私とステファン様は過去に出会っていたの? 彼が私を望んだ理由も、そこにあるのだろうか。
「ひゃ!」
 思考を巡らせていると、寝台に引き上げられる。そして大きな体が、のしかかってきた。
 距離が……とても近い。薄布越しに触れ合うステファン様の体は熱を帯びており、はじめて感じる他人の体温は妙に居心地を悪くさせた。
「閨についての知識はあるか?」
「ほ、本で事前に勉強はしました」
「そうか、えらいな」
 よしよしとあやすように頭を撫でられ、うっとりとした表情で微笑まれる。厳しい表情が剥がれ落ちると、そこにはまぶしいばかりのご尊顔があるばかりだ。
 ……本当にこの方は、『虎の王』なのだろうか。まさか影武者だったりしない?
 混乱しながら、長いまつ毛に囲まれた金色の瞳を見つめていると……
「んっ……!」
 唇を優しく塞がれた。私の緊張を溶かすように、それは何度も訪れる。
「ス、ステファン様」
「嫌か?」
「いいえ、嫌では」
「そうか。ならばよかった」
 また唇を合わせられ、今度は合わせるだけではなく舌が唇を割った。
「ふっ」
 ちろりと歯列を舐められ驚いて声を上げようとすると、その隙間から舌を差し込まれる。粘膜同士が触れ合って、そこからくちゅりと水音が立った。その内側から響く卑猥な音を聞いて、私は目を瞠る。
「あっ……やぁ」
 はふりと息をしようとすると、舌をさらに奥へとねじ込まれた。柔らかな肉を舐め取られ、舌を吸い上げられ。ステファン様の口づけに翻弄されて、息も絶え絶えになってしまう。だらしなく口の端からよだれが零れているのに、それを恥ずかしいと思う暇もない。
 頭の奥が痺れて、なんだかふわふわとした心地だ。気持ちよくて、そして……息が苦しい。
「すてふぁ、さま。くるし」
「……ああ、すまない。夢中になってしまったな。それと、口づけの間は呼吸は鼻でするといい」
 ステファン様は唇を離してから、濡れた私の唇を指先で拭いながら言った。
 ――それは先に言って欲しかった。
 そんな苦情を入れる間もなく、口づけが再開される。そして今度は口づけだけではなく……

(――つづく)

◆小さな幸せが芽生えた情熱的な夜 § 花音莉亜

「ベッドが、ふかふか~」
思わず柔らかなキングサイズのベッドにダイブしたのは、私、深井咲良《ふかいさくら》だ。
 ここは、私の会社の先輩である立山祐希《たてやまゆうき》さんの家だ。私たちは共に、大手外資系証券会社の本社に勤めている。
 彼は投資のコンサルタントとして、日々富裕層や大手企業を相手に業務をこなしていた。
 祐希さんの有能さは社内でも評判で、いずれは幹部にのし上がるだろうと言われている。今年で三十歳になり、大人の男性としての色気も増してきて、最近はより一層女性社員からの人気が高まり、私はモヤモヤしている。
「咲良、服が乾くまで一時間はかかるらしい」
「そうなの? ごめんなさい。迷惑かけちゃって」
 体を起こした私は、肩身を狭くして頭を下げる。仕事帰り、突然の雨に見舞われた私は、全身ずぶ濡れになってしまった。
 ちょうどそのとき、祐希さんから電話があり、事情を知った彼が自宅へ招いてくれたのだ。そして、濡れた服はマンションのコンシェルジュに頼んで、クリーニングしてもらっている。
 普段は仕事が遅い祐希さんが、今日はたまたま早く業務が終わり電話をしてくれたのが幸いだった。
「構わないよ。明日は土曜でお互い仕事が休みだし、ゆっくりしていけばいい」
「ありがとう、祐希さん……」
 彼がこんなに親切なのは、私たちが兄妹のように仲がいいからだ。事務員として働く私が四年前に新入社員で入社したときから、祐希さんは仕事のフォローをしてくれていた。
 いつの間にか、周囲でも公認の“兄妹”になったけれど、私はそれが嬉しいようで切なく感じている。
 なぜなら、それは恋愛対象とは正反対の位置にあるからだ。長身で甘いルックス、そして将来性の高い祐希さんを、本気で狙っている女性社員がかなり多いのだ。
 そんな環境の中で、私がまったくみんなのやっかみの対象から外れているのは、私が彼の“妹”だからだった。
(私だって、祐希さんのことが好きなのに……。しかも、四年間も)
 ここまでくると、彼に告白をするきっかけをなくしている。きっと祐希さんの心の中も、私は恋愛対象としての女性ではなく、妹のような存在となっているのだろうから。
「何度来ても、祐希さんの部屋って夜景が綺麗だよね」
 ベッドに座り視線を少しずらすと、窓から市街地が一望できる。夜は、ネオンが宝石のように輝き美しい。
 祐希さんが住んでいるマンションはタワーマンションで、彼はその最上階である五十二階に住んでいた。
 ここへは幾度となく訪れているけれど、一度だってロマンチックな雰囲気になったことがない。それだけ自分が、女性として見られていないのだろうと最近は諦めかけている。
「そうだな。でも、咲良が寝室に入ったのは初めてじゃないか?」
「あっ……。そっか。ごめんなさい。私、思わずベッドに飛び込んじゃって」
 そう言われれば、そうだ。普段はリビングで過ごすし、バスルームだって今夜初めて借りた。
 今日は、着替えのためにウオークインクローゼットを使ったから、ベッドが目に入ったのだった。クローゼットは、脱衣所から寝室に通じている。
 重ね重ね図々しく申し訳なく思い肩をすくめていると、祐希さんがクスクス笑いながら私の隣に座った。
「いいよ。ベッドが、気持ちよさそうに見えたんだろう? それにしても、服が大きいな。肩が落ちてる」
 そう言いながら、祐希さんはシャツの肩を直してくれた。身長が一五五センチしかない私には、借りている彼の服がかなり大きいようだ。
 少し動くだけでシャツの肩がはだけ、短パンは余裕で膝下になっていた。
「ふふ。ホントだ。祐希さんの服、いい匂いだよね。普段はコロンなのに、それとは違う匂い……」
 袖をそっと顔に近づけると、微かに甘い香りがする。洗濯洗剤の匂いなのだろうけど、上品なもので普段同じ香りに遭遇したことはない。
「気に入った? イギリスに留学していたとき、旅行で訪れたフランスで見つけたんだ。それ以来、ずっとその洗濯洗剤を使ってるんだよ」
「そうなんだ。だから、こんなにいい匂いなのね」
 祐希さんらしい、どこか色っぽい香り……。
「なあ、咲良。お前、二十六歳だよな。結婚は考えてる?」
「えっ!? ど、どうしたの? いきなり……」
 今まで結婚どころか、恋愛に関係するような質問をされたことがない。それなのに、今夜に限ってどうしたのだろう。
「ずっと、気になってたんだよ。咲良から、彼氏の話を聞いたことないし。結構、社内恋愛や社内結婚が多いだろ? お前はどう思ってるのかなって」
「えっと……。それは……」
 どう答えたら、いいのだろう。結婚願望は大いにあるし、その相手が祐希さんならどんなにいいかとも思う。
 だけど、今それを言っては告白になってしまうし……。
(フラれるって分かってて、言えるわけないよ)
「好きな男は、いないのか?」
「す、好きな人? そういう祐希さんはどうなの?」
 苦し紛れに質問を返すと、彼はきっぱりと言った。
「いるよ」
「えっ!? 祐希さん、好きな人いるの?」
 そうであっても全然おかしくないのに、動揺してしまう自分が情けない。告白をする勇気がないくせに、ショックだけはしっかり受けている。
「なんで、そんなに驚くんだ?」
 真面目な顔で見つめられ、ドキドキと胸が高鳴る。祐希さんの綺麗な目を向けられると、調子が狂ってしまいそうだ。
 今夜の祐希さん、なんだか変……。
「だって、祐希さんモテるから。好きな人がいるって知られたら、みんなガッカリするんじゃないかな?」
 彼の心を掴んだ女性は、いったいどんな人だろう。綺麗な人なのか、気立てがいいのか。それに、どこで出会ったのか。気になって仕方ない。
「みんなって、咲良は? 咲良は気にならないのか?」
「え? 気にならないっていえば、嘘になるけど……」
 吸い込まれそうな彼の瞳に、胸がさらに高鳴り鼓動が速くなる。今夜の祐希さんは、本当にどうしたのだろう。どこか、思い詰めたような雰囲気さえある。
 いつもとは明らかに空気が違い、どぎまぎしていた。ベッドに二人きりというシチュエーションも、より意識する要因になっている。
 曖昧に言葉を濁した私の手首を、祐希さんに突然掴まれた。痛いほど力強くて、戸惑いとときめきが交錯していく。
「咲良、いつまでこんな関係を続けないといけないんだ?」
「ゆ、祐希さん?」
 真っすぐな彼の眼差しがどこまでも真剣で、それでもどこか甘く私の心を大きく揺さぶった。
「先輩後輩の関係のほうが、まだよかったよ。いったい、いつの間に兄妹のようになっていたんだろう」
「祐希さん……」
 なんて返せばいいのか、言葉に迷うと同時に、高鳴る胸がどんどん熱くなっていく。祐希さんはもしかして……と、期待をし始めてしまったから。
「もう、平気な顔をして咲良と二人でいるのは耐えられない。他の男にみすみす取られていくのを、黙って見ているなんて我慢ならないよ」
「あ、あの……」
 今まで見せたことのない祐希さんの強引なまでの口調に、気圧されながらもときめきが大きくなる。
 私こそ、彼の恋愛対象になっていないと思っていたのに。
「好きだ、咲良。もう、すべてを自分のものにしたいほど」
 その瞬間、引き寄せられ抱きしめられた。祐希さんの広くて温かい胸の中にいると、私も自分の気持ちに素直になっていく。
「祐希さん、嬉しい……。私こそ、祐希さんにとって妹のような存在なんだと思ってたから。周りの人たちと同じように、私も祐希さんを好きだって言いたかった」
 そっと背中に手を回し、彼を抱きしめる。服の上からだとスマートに見えるけれど、想像以上に逞しい体つきをしていた。
 学生の頃からサッカーをしていて、今でも休みの日はフットサルをしているだけある。彼の引き締まった体を感じていると、さらに鼓動は速くなった。
「咲良……。二人でいて、お前にほんの少しでも触れられないことが、どれほどもどかしかったか」
 耳元で聞こえる彼の低くも甘い、聞き取りやすい声にうっとりとしてしまう。さらに胸に顔を埋め、静かに答えた。
「それは、私だって……。さっき、結婚願望はないのかって聞かれたとき、即答したかったよ。祐希さんとそうなりたいって……」
「咲良……」
 そっと体を離され、顎を引き上げられる。祐希さんの綺麗な顔が、ゆっくりと近づき唇が重なった。
「……んっ」
 触れるだけの軽い口づけだと思った次の瞬間には、彼のざらざらとした舌が口腔内に押し入れられた。
 強く私のものと絡まり、さらに吸い寄せられる。髪を撫でられながら受けるキスは、今まで経験したどの口づけより熱く濃厚で気持ちよかった。
「あ……ん。ふぅ……」
 呼吸も乱れてきて、秘部が疼いてくる。こんな日が来るなんて、まるで想像できなかったから、感情がどんどん昂っていた。
「咲良に、もっと触れたい……」
 彼が唇を離すと、糸を引くほどに濡れている。口端から唾液がこぼれ、私の胸はさらに高鳴った。
「私も、触れてほしい……」
 もう、遠慮なんてしたくない。それは、祐希さんも思っていたこと……。彼がいつから私を好きでいてくれたのか、それは分からないけれど、もうこのもどかしい関係を卒業したかった。
 熱く疼く秘密の場所は、体温の高まりだけでなく蜜が溢れることでさらに熱を帯びていく。
「咲良」
 少し強引にベッドに倒され、さっとシャツを捲られる。ただでさえ彼の服で大きかったシャツは、難なく捲り上げられ乳房が露わになった。
「あっ……。祐希さん、恥ずかしい……」
 今さらなにを言っているのかと思うけれど、明かりが点いていてしっかり見えてしまっている。
「このほうが、咲良がよく見えると思ったけど、ムードがないか」
 苦笑した彼は、リモコンを操作するとメインのダウンライトを消した。でも、ベッドサイドの光は残され、ぼんやりと互いのシルエットは浮かび上がっている。
(さっきより、エッチな雰囲気になったかも……)
 ロマンチックというより、艶めかしい雰囲気になっているのはなぜだろう。照明の角度のせいなのか。
 さらに緊張していると、彼が尖った尖端を指で弾いた。
「ひゃぁん!」
 突然襲った鋭い感覚に、思わず腰が浮いてしまう。自分でも驚くくらい高くて大きな声が出てしまい、羞恥心でいっぱいになった。
「咲良は、感度がいいんだな。ちょっと触っただけで、こんなに反応するなんて」
 顔が熱くなる私とは対照的に、祐希さんは余裕で涼しげな笑顔を見せている。まるで、私の反応を楽しんでいるかのようだ。
「イジワル……」
 唇を尖らせると、彼はクスッと笑った。そして、優しい表情を向けてくれる。
「俺は、ずっとお前を独り占めしたいと思ってた。それは、今も変わっていなくて、きっとこれからもそうしたい」
「祐希さん……」
 彼に見下ろされながら、胸はどこまでもときめく。今まで私に見せていた彼は、余裕で大人の顔をしていた。
 だけど今夜の祐希さんは、男としての強引なまでの姿だった。それが余計に、心を揺さぶっていた。
「咲良とは、将来を考えた真剣な付き合いをしたいと思ってる。どういう意味か、分かるだろう?」
 彼の穏やかな問いかけに、最高潮に胸が躍ってくる。気恥ずかしさを感じながらも、ゆっくりと答えた。
「結婚……っていうこと?」
 言葉にするのも照れくさくて、控えめに彼を見た。すると、祐希さんは顔を近づけキスをしながら言った。
「そう。絶対に、他の男に渡さないってことだよ」
 息ができないほどに唇を塞がれ、口蓋を舐め回される。熱い吐息とともに、声が漏れてしまった。
「んはぁ……。んぅ」
 彼の筋張った大きな手が乳房を鷲掴みにすると、遠慮なく揉みしだいてきた。大きく揺らされるように揉まれ、秘部の蜜はじわじわと溢れ出す。
「あ……んぁ」
 痛いほどに揉みしだかれている間に、口づけは唇から首筋に変わっていった。身をよじらせてしまうほどの快感に襲われ、呼吸はどんどん荒くなる。
「はぁん……。んふぁ。そんなに吸いついちゃうと、跡になるかも……」
 祐希さんは首筋から鎖骨までを、吸いつくようにキスしていく。ちゅっと音がするたびに、ぞくっと背中に快感が走った。
「いいじゃないか。明日は仕事がないんだ。月曜日までには、薄くなってるよ」
 シャツが邪魔なようで、彼は手際よく服を脱がせた。上半身の素肌をさらけだすことになり、今さらながら恥ずかしさが増していく。
「想像していたより、咲良の身体は色白なんだな。それに、胸が大きい。華奢な身体なのに、ここは全然違う」
「祐希さんってば、恥ずかしいよ」
 鷲掴みにされていた乳房は、今度は彼の口に含まれる。硬い尖りを、祐希さんの舌が舐め回した。
「んんぁ。はんぅ」
 指使いも舌使いも、彼は本当に上手で少し触れられるだけで大きな快感に襲われる。そのたびに、未だ隠されている秘部が疼いて仕方なかった。
「どんどん、独占欲が湧いてくるんだよ。今まで、咲良の身体を抱いた男がどれくらいいたのか想像すると、この先は俺だけのものにしたいと思ってしまう」
 祐希さんはそう言いながら、乳房を強く吸い上げていく。口を離すたび空気が放たれる音がして、それが妙に艶めかしく感じられた。
「んぁ……。そんなに、いないよ。祐希さんこそ、どれくらいの女性を抱いてきたの?」
 それを聞きたいほど、彼の愛撫があまりに気持ちよく少しの嫉妬すら覚えてしまう。ようやく兄妹のようなじれったい関係を抜け出せたのに、違う悩みが出てきそうだ。
「一般的な男性と、同じだよ。それより、咲良をこの先ずっと俺のものにしたい。誰にも、邪魔されないように」
「それは、私も一緒だよ。だって、祐希さんは人気があるもの。どれだけの女性が狙ってるか」
「それなら申し訳ないが、俺には咲良しか見えていない」
 そう言った彼は、さっと自分のシャツを脱ぎ捨てる。すると、引き締まった祐希さんの逞しい胸板が見えた。
 息を呑むほど彼の肉体が色っぽく、つい視線が釘づけになってしまう。
「咲良、お前も男性社員から人気があるんだよ。知ってた?」
「えっ!? そんなはずは……」
 自分で言うのも悲しいけれど、私が男性社員の目を特別引くとは思えない。華やかな祐希さんとは違い、私は童顔で小柄だ。だから、どんなに親しくしていても、社内では兄妹のように見られていたのに。
「お前は、自分をよく分かっていないんだよ。可愛くて仕事には健気で、陰で咲良を狙ってる男が数人いること俺は知ってる」
「まさか」
 と、それでもどこか疑いの眼差しを向けた瞬間、彼に短パンとショーツを脱がされた。そして、割れ目を指でなぞられる。
「はぁ……ん!」
 ぬるっとした感触が分かるほど、私の秘密の場所はたっぷりと濡れていた。
「だから、こうやってお前を独占したくなる気持ちも分かるだろう? 咲良は、俺のものだよ。すべてが……」
 そう言い終わったと同時に、祐希さんの指が蜜口をするりと抜けて膣内に押し込まれた。人差し指と中指の二本が、ためらいなく膣の中を掻き回す。そのたびに強い刺激を受けて、花びらが痙攣してきた。
「んぁ。はんぅ……」
 とめどなく溢れる甘い蜜が、彼の指と絡まり粘着質の音を立てていく。秘部はどこまでも蕩けて、熱を放っているようだった。
「気持ちいい? ココがひくひくしてる」
 指を抜き差ししながら膣内を刺激していた彼が、今度は花びらを擦っていく。腰を浮かせるほどに強い刺激が走り、身をよじっていた。
「はぁぁ……ん。そんなに……力入れちゃだめぇ」
 指で挟まれ、さらに擦られていく。相変わらず蜜口からは、蜜が溢れてきて足の付け根にまで伝ってきた。
「もっと、もっと気持ちよくさせたい」
 祐希さんはそう言ったあと、私の足を押し広げ茂みに顔を埋めた。シャワーを浴びているとはいえ、なんだかとても恥ずかしい。
 堪らず彼の頭に手を置くと、遠慮なしに舌が蜜口に挿入された。
「ああ……んぅ。はぁ……」
 彼の舌が、さっきより随分と強く膣の中を掻き混ぜる。じゅるじゅるという厭らしい音が、室内に大きく響き渡った。
 蜜口の際まで彼の舌が抜かれたかと思うと、瞬時に奥まで押し込まれる。規則的に舌が動かされ、疼きはさらに強くなった。
「ハァ……。ハァ……」
 もう挿れてほしい……。そう願うくらいに、身体の奥から彼を求めている。でもそれを口にする勇気がなくて、ただただ甘い吐息を漏らすだけだった。

(――つづく)

◆癒し系な彼の甘くて熱い寵愛 § 秋花いずみ

 私、太田咲希《おおたさき》は付き合って三年目になる恋人、浅見尊《あさみたける》が一人暮らしをしているマンションに来ていた。
 それも虚ろな顔をして、疲労困憊という状態で。
「あぁ……もう疲れた。うちのお店、売り上げの割に人手不足だし、給料安いし、絶対ブラックだよ!」
「はいはい、しんどいお店だよね。でも、人間関係は最高なんだろ?」
「そうなの、だから辞めたくないの。でも、このままだと先に精神と身体が潰れちゃう……」
「そのために今日、俺の家に来たんだろ? ほら、早くベッドに寝て」
 尊に促され、私は期待に膨らむ胸に両手を当てながら、ベッドにうつ伏せになった。
 すると、尊はスウェットの袖をめくり、ベッドのサイドボードの引き出しにあるオイルのボトルを取り出す。それを数滴手のひらに落とすと両手を合わせてなじませる。
「いくよ、咲希」
「うん、お願い」
 両腕の上に顔を添えて、彼の手が足に触れるのをワクワクしながら待つ。
 私のふくらはぎに、指先にほんの少しだけ力を加えた彼の手が浮腫みを刺激して、足に激痛が走った。
「あぁぁ……い、痛い……」
「まだまだ序の口だよ。足の浮腫みは一度ついたら取りにくいから、痛いけど頑張ろうね」
「お、お手柔らかに……」
「それはリフレクソロジストとしては聞けないお願いかなぁ。頑張って、咲希」
 そう、私の彼はリフレクソロジーのお店で働いていて、そこで店長を任されている優秀なリフレクソロジストだ。
 私と尊は同じショッピングモールで働く店員同士。
 私が雑貨屋、彼がリフレクソロジーで働いており、ショップは同じ階の隣同士だ。
 隣同士ということで自然と顔を合わす機会も多くなり、些細な会話を交わしていく中で尊の方からアプローチをしてくれ、恋人同士になった。
 もう三年目となると倦怠期で肌の触れ合いなんかなくなるのかもしれないけれど、私と尊の場合は、彼がリフレクソロジストという職業についているおかげで、身体が辛い時はこうしてマッサージをしてくれる。
「咲希の足、今日はいつも以上に浮腫みが酷いな。そんなにハードだったの?」
「う、うん……ウチのショップ、売上とお客さんのリターンがいいから、新商品が出ると、発注を上回る在庫が送られて……くるの。それを展開していかなきゃだし、接客もしなきゃだから、忙しくて……」
「そっか。本当にもっと人手がほしいね。本社の人も売り上げが大事なのはわかるけど、現場の状況をもっと見に来てほしいな」
「ほ、んとうに、それ……! うぅ、いたーい!」
 私の愚痴に共感してくれる尊に応えながら、痛さも我慢できず唸ってしまう。
 でも、尊のリフレクソロジストとして腕がいいのは、自他共に認められる才能だ。
 腕が相当いいからまだ若いのに店長を任され、顧客も何人もついているし、人当たりもいいからモール内でも評判はいい。
 そんな彼に疲れたらすぐにタダでマッサージをしてもらい、さらに心まで癒してもらっているのだから、すごく贅沢な思いをさせてもらっているなぁとしみじみ思う。
「ちょっと……痛いのがマシになってきた、かも……」
「両足、かなり念入りにほぐしたからね。うん、だいぶ柔らかくなってきたよ。ほら、ここも」
「ひゃっ!」
 ふくらはぎを触っていた手で、尊は私の右太ももの内側を撫でる。
「そ、そこはもともと柔らかいから!」
「そう? じゃあここは?」
「やっ……」
 尊はいつの間にか私の花柄ワンピースのスカートをめくり上げていて、下半身のショーツが露わになっていた。
 浮腫みを取るマッサージの痛みのせいで、こんな状態になっているのに全く気付けなかったんだ。
 そして彼の指先は内太ももを刺激しながら、ショーツのクロッチ部分に入り込んでくる。
 秘部に指先が触れるとくちゅっと水音が鳴り、私は身体に熱が走るのを感じた。
「もうこんなふうになってる。実は触られること、期待してた?」
「ち、ちが……」
「でも、ほら」
 尊の指は茂みの中の割れ目をなぞり、そのままぐぐっと秘所の中に入りこんできた。
 私は急に訪れた甘い快感に腰が上がり、下半身がプルプルと震える。
 そして身体にもマッサージとは違う熱が帯び、背中にも官能的な刺激が走る。
「はぁ……あっ」
「あっ、ここ。咲希が感じる場所だよね。いつも気持ちよさそうにしているところ」
 中に入れられた指が曲げられ、私の敏感に感じる部分を擦る。
「んんっ……」
「やっぱり気持ちいいよね。もう腰が浮いてる」
 尊は私の気持ちいい場所を当てると、何度もそこをめがけて指を上下に擦り、快楽を与えてくる。
「いやらしい腰使いだね、咲希。びくびくしているよ」
 優しくも艶めいた声で私の聴覚まで刺激してくる尊は、指の動きをどんどんと速める。
 その度に卑猥な水音は音量を増し、私の愛液がどれだけ溢れているのかを表していた。
「たけ、る……だめぇ」
「何がだめ? すごく気持ちよさそうだよ、ほら」
 ちゅぽっと音を鳴らして、秘部から指が抜かれる。うつ伏せになっている私の顔の横にまで愛液が滴っている指を見せる尊は、正直ちょっと意地悪だ。
「やだ、恥ずかしい……」
「そう? 今からもっと恥ずかしいことをするけど平気?」
 尊は私を仰向けにしながらワンピースのファスナーを下ろし、器用に服を脱がせる。
 私は濡れてしまったショーツから先に脱ぎ、ブラジャー一枚になった姿で唇を尖らせながら尊を上目遣いで睨んだ。
「もう。尊はいつもマッサージした後は、シたがるんだから」
「マッサージをしたご褒美をもらっているだけだよ。咲希も気持ちいいだろ?」
「うん……」
 そう言われると否定はできなくて、顔に熱が集まることを感じながらも小さな声で答える。
 尊はクスッと笑うと、自分が着ていたスウェットやボクサーパンツを全て脱ぎ捨てた。

(――つづく)

◆愛したひとは軍人侯爵さま § 日南れん

 王都のにぎやかさから適度に離れた郊外に、その白い屋敷はあった。
 堅牢で無骨な石造りの屋敷は、居住性よりも防御力を重視した建物である。王都の住人であるなら十人が十人年代物であると答えるだろう。
 その屋敷の庭先に、手入れの行き届いた小さな薔薇園と季節の野菜が植えられた畑がある。
 建物の中、薔薇園がよく見える位置に置かれた揺り椅子に若い女性が座っている。
「……王国が逆転勝利をあげたそうよ……よかったわね。戦は終わりですって」
 新聞を片手に、彼女が話しかける相手は――どうやらお腹の子、であるらしい。
 丸く膨らんだそこへ手を当て、穏やかに話しかける。
「あなたのお父さま……御無事だと良いのだけれど……」
 戦勝を伝える号外である。軍人たちの談話や従軍記者による名場面解説や、戦場のイラストなどがひしめいている。
 それらを隅々まで読むが、目当ての名前はない。まさか、という思いが去来する。母の不安を察したわけではないだろうが、むぎゅ、とお腹の子が動いた。
「……あら、大丈夫よ。あなたは安心して産まれていらっしゃい」
 愛する彼との子である。絶対に大切に育てると決めている。

 ※ ※ ※

 彼女――ヒーズリア子爵令嬢シャーロットは社交界デビューした瞬間から、美人だと評判になった。
 艶《つや》やかに流れる蜂蜜色の髪と新雪のような白い肌はどこにいても彼女の存在を知らせるように輝いていたし、くるりとカールした睫毛に縁取られた、大きな灰色の瞳は、町で買い物をしても夜会に出ていても常に優しい光を宿している。
 人目にたつ容姿であるが、シャーロット本人はとても控えめで、ともすると壁の花になってしまう。
 しかし、ひとたび町へ出ると途端に有名人になる。
 幼いころに流行病で、母や祖父母、姉や使用人たちを立て続けに亡くした経験から、人の痛みや悲しみに敏感であるらしい彼女は、孤児院で働いていたり困窮者がいれば迷わず救いの手を差し伸べたりしている。まったく嫌みのない献身的な姿は、頻繁に目撃されている。
 むろん、倒れた人や怪我した人、落とし物をした人も躊躇いなく助けるので、シャーロットに助けられた人の数は莫大である。
「……それでいてまったく誇らない……それがまた素晴らしいと思う」
「わたくしのことを、ご存知なのですか?」
「もちろんだよ、レディ・シャーロット。一曲、どうだろうか?」
 舞踏会で差し出された手を、いつもなら断るのに躊躇うことなく取ってしまったのはなぜだろうか。シャーロット自身が不思議に思いながら、バンドの奏でるワルツに身を任せた。
 
 シャーロットを誘った彼は、王都の令嬢たちなら誰もが知っている若き軍人侯爵、ケーディア侯爵ライオネル・プランズベリーであった。
 きちんと撫でつけられた髪は焦げ茶色、シャンデリアに照らされた、彫りの深い男らしい顔は彫像のように精悍で、うっとりするほど美しい。特に切れ長の青い目は野性味すら溢れ、視線を向けられた令嬢たちがこぞって熱を上げるのも無理はないと理解できる。
 そして服越しにもわかる鍛え上げられた肉体と、右手の剣だこ。ほのかな香水の中に逞しい男性のにおいを感じて、シャーロットは思わず頬を赤らめてしまう。
 つい先日、我が王国に勝利をもたらして凱旋した英雄が、なぜ壁の花たる自分を誘ったのかわからないが、シャーロットは彼をうっとりと見つめた。
 ライオネルもまた、優しいが、熱っぽいまなざしでシャーロットを見つめている。
 顔をあげるたびに絡み合う視線が恥ずかしくて、シャーロットはすぐに面《おもて》を伏せてしまうが、そんな仕草さえ可愛いと軍人侯爵は言う。
 そして英雄はどこまでも素敵だった。
 会話もリードも優しく思いやりに溢れ、あっという間にワルツが終わると、今度はスマートに軽食が用意されている控え室へと移動する。
「レディ・シャーロット、あなたは本当に素敵なレディだ」
「恐れ入ります」
「きみが恋人だったらどんなに誇らしいことだろう。どうだろう?」
「まぁ、御冗談もお上手なのね」
 鈴が鳴るかのようにシャーロットは笑い、オレンジ・シャーベットをひとさじ、そっと掬う。ダンスと想定外のときめきに火照った心と体に冷たくて心地よい。
「……本気なんだけどなぁ……」
「何かおっしゃいまして?」
「いや、軍人は嫌い?」
「いいえ。わたくし、父は議員で学者ですけれども、祖父や伯父は軍人ですので嫌うことはありません」
 よかった、と、侯爵が朗らかに笑う。昨今、軍人を嫌う令嬢は増えている。たびたび戦があるため、早死にや大怪我の恐れがあるからだ。
「あら、侯爵さまのグラスがそろそろ空に……えっと給仕は……」
 それにしても、令嬢たちの嫉妬の目線が凄い。
 が、シャーロットは慌てない。なにせ生涯でただ一度の夢のような時間、その程度の認識である。他の令嬢たちを敵に回すようなこともなく、誇るふうでもない。侯爵とは適度に距離を保ち、必要以上の接触も会話もない。
 それは嫉妬心から監視している令嬢たちが拍子抜けするほどに控えめであった。

 シャーロットはこの一曲だけの接触だと思っていたのだが――。
 ライオネルの方は違っていた。

「勇気を出して誘ったのに……交際を申し込むどころか気の利いた言葉一つ言えなかったな……」
 小さく呟き、別れの挨拶をしてさっさと雑踏へ紛れてしまったシャーロットをじっと見つめる。視線で彼女を絡めとることができればどんなにか楽だろうと物騒なことまで思う始末である。
「次の出陣は来月だ。それまでにどうしても……」
 気が早い、と同僚には笑われたが、ライオネルのジャケットの左ポケットには小箱が用意してある。彼女に受け取ってもらいたい指輪だ。

 翌日、シャーロットの家に訪問者カードが届けられた。文面を見たシャーロットは慌てて父の書斎へと走る。
「シャーロット、お前が走るなど珍しいね」
「お父さま、どうしましょう!」
 貴族院議員をしている父は、書き物の手を止めて愛娘の手からカードを受け取り、ほう、と、呟いた。
「昨今珍しいほどの……丁寧なカードだな」
 元来これは、身元や姓名、爵位を明らかにし、友人としての交際を申し込むためのカードであった。同性異性関係なく新しく知り合ったひとに贈るのがマナーであるが、異性に贈れば友人付き合いから男女交際へと発展する可能性が高くなる。
 そのため、最近では手当たり次第に送りつけるようになっている。
「律儀な方ね……友人の一人に加えて頂ければ幸い、ですって。どうしましょう」
 彼は侯爵、シャーロットの父は子爵、貴族といっても雲泥の差がある。親しく友人付き合いするには無理があると思われた。
「シャーロット、どうであれ返事を出すのがマナーだよ。そう、付き合う気があってもなくても……」
 わざと真顔で告げる父に思わず吹き出してしまう。
 暖炉の前の椅子に腰を下ろす。ダンスのお礼を述べ、機会があればまた――などと返事を書いて送った。
 国民的英雄の軍人侯爵さまからの返事など期待していなかったのだが、翌々日になっていきなりの訪問者があった。
 昼過ぎ、近所に住む伯爵令嬢の家庭教師を頼まれているシャーロットが戻ってくると、屋敷の玄関先に、父のものとは異なる馬車が止まっていた。
 玄関では、執事のグレゴワールがどこか困惑した様子で対応している。何か大切なお客様だろうかと、シャーロットが慌てて駆け寄ると、その気配で訪問者がくるりと振り向いた。
「あ、あら? 侯爵さま?」
「レディ! 会えてよかった」
 大きなバラの花束を抱えた侯爵その人である。
「カードの返事をありがとう。いやとてもうれしくてね。きみを今すぐ両親に紹介したいんだ」
「え?」
「……あ、いや、手順を踏むように陛下に忠告されたばかりだった……。……ああ、えっと……最初は……」
 どうしたことか英雄が、初心な少年のように赤くなっておろおろしている。
「……えっと、お時間がおありでしたら、中へどうぞ」
 異性を屋敷の中へ誘うなどはしたない行為かしら? と、ちらっと思い頼りになる執事を見る。グレゴワールは、少し考える様子を見せた後小さく頷いた。
 何か特別な用事があってのことかもしれない――シャーロットは丁寧に侯爵を応接間へと招いた。

 さほど広くはないが清潔で品よく保たれた応接間は、父の自慢の部屋である。壁には代々当主の肖像画が飾られ、取り付けた書棚があり、書斎に入りきらない本がびっしりと並んでいるのである。
「ほう、珍しい書物がこんなに……」
「父が、大変な読書家なのです」
「これは……この本を持っている人が我が国にいたなんて……あっ、これは……陛下にご連絡しなければ……」
 一頻り父の蔵書に感動した侯爵だが、グレゴワールの何も言わないが鋭い視線に気付いて、はっと我に返ったらしい。ごほん、と咳払いしていきなりシャーロットに花束と指輪を差し出し「私の妻になってくださいませんか?」と叫んだ。
 シャーロットの灰色の目は、今度こそ点になった。
 彼は、手順を踏むとかなんとか言っていなかったか。
 手順というのは、友人から恋人へ、そのあと結婚だと思っていたのだが――。
「……何かの御冗談でしょうか? それとも何か複雑なご事情がおありなのでしょうか?」
「事情!? 貴女に魅了されたのです」
「み、りょう、ですか!?」
「惹かれたのです。好きになってしまったのです。ああ、出陣直前だったから半年ほど前の話になるだろうか……一目惚れしてずっとあなたを思っていました。戦場でもあなたが忘れられなくて……絶対に生きて帰ってあなたにプロポーズすると決めていたのです」
 お待ちください、と、シャーロットは首をかしげる。
 英雄侯爵と出会っていたなら忘れるはずはないのだが、記憶のどこを探っても舞踏会やパーティーなどで挨拶をした覚えはない。
「大変失礼なのですけれど……どちら様主催の夜会でお会いしましたでしょうか?」
「夜会ではなく王都のメインストリートで……うちの馬車が事故に遭って……」
 ああ、と、シャーロットの脳裏にその時の出来事が思い浮かんだ。
 半年ほど前、夕暮れ時の急な雨で視界が悪くなり、メインストリートで馬車と馬車がぶつかる事故が起きた。
 片方の馬車が派手に横転し、迷わずシャーロットは周囲の人と駆けつけ、馬車に乗っていた人を救助して応急手当をほどこした。その時に、身なりのいい若い男性と初老の女性がいたことは覚えているが――。
「……あのとき助けてもらったのは私と母で……」
 シャーロットは、にっこりと微笑んだ。
「こうして凱旋されたということは、お怪我は軽かったのですね。たしか女性はお怪我はなくて……男性の方は額と足を切って……」
 はい、と、侯爵が頷いてシャーロットの前に恭しく頭を垂れた。
「まっすぐ駆けつけてくれたあなたは、美しく光り輝く女神のようだった。手当の手は優しく、あなたの声と温もりでどれだけ安心できたか。しかし病院で目が覚めたときにはあなたは既に姿を消していて……でも誰もがあなたのことを知っていて名前を教えてくれたのです。それなのに――私は二日後には出陣してしまい、先日までずっと戦場にいました。お礼が遅くなったこと心よりお詫び申し上げます」
 救助のお礼だったのね、と、シャーロットはほっと胸をなでおろした。
「妻に、だなんて冗談を仰るから驚きましたわ」
「いえ、本気です」
「え?」
「私は本気であなたを妻にしたい! 昼夜問わずあなたを見ていたい、いや、抱いていたい。戦場でもあなたのことばかり考えていました。おそらくきっと、次の戦場でもあなたの事ばかり考えるでしょう」
 絶句するシャーロットの手のひらに、宝石のついた指輪がおさまった小箱が置かれた。シャーロットはくらっと眩暈を覚えた。
「ゆ、指輪はさすがに……」
 狼狽えるシャーロットの左手薬指に、それはするっと嵌められた。シンプルなデザインだが、シャーロットに良く似合う。
 外そうとするシャーロットの手を、侯爵が抑えた。手が触れ合う、それだけでシャーロットは小さく震えるが侯爵はその手を優しく包む。
「本当に私のことが嫌だったら外して構わない……けど、できればずっと、つけていて欲しい」
 なんて強引な方でしょう、と思わなくもないが、不快感はない。侯爵の青い目が真剣に、しかし不安げに揺れている。不思議な緊張感が、二人の間に走る。

(――つづく)

◆これから一緒にいるんだし!~新居のふたりの家族計画~ § 日野さつき

『同棲おめでと! 片づけどう、はかどってる? 手伝いいったほうがよさそ?』
 姉の美紀からかかってきた電話に、美香子は言葉を詰まらせていた。
『無職になるって聞いたときは、あんたどうするつもりなんだろって心配したんだよぉ。
焦ってへんな仕事に飛びついちゃだめだからねぇ』
 美香子が退職して無職になったのは、つい一週間前だ。
 それから今日までの間で、美香子が一番焦っているのはまさにいまだった。
「お、お姉ちゃん、あのさ」
『引っ越し祝い決めた? ほしいの決めてよね、紀之くんと話し合った?』
 無職になった美香子は、恋人の紀之と暮らすために新居に引っ越してきた――その当日だ。荷ほどきの最中にかかってきた姉からの電話は、いまも美香子の耳を通過していく。
「その、お姉ちゃん、荷物に……」
 通話中の姉の背後から、電話の鳴る音が聞こえてきた。通話に使っているスマホではなく、家電が鳴っている。
『ごめん美香子、あとでかけ直すね』
「あ……」
 一方的に通話が切られ、美香子はスマホの画面を見つめる。
 リビングで一緒に荷ほどきをしている、今日から同棲相手となった紀之のほうを見たくなかった。
 しかし紀之は美香子を見つめているようで、その視線をいやというほど感じる。
 物音ひとつ上がらなくなっており、耐えられなくなった美香子は、肩が上下するような大きなため息をついた。
「……お姉さん、なんだって?」
 紀之のほうを向こうとして、美香子はわずかに視線を動かすに留めた。彼の手にピンク色のものがにぎられているのが見えたからだ。
「電話、お姉さんじゃなかったの?」
「……お姉ちゃんだった」
「それで、どうかしたって?」
 紀之の声は、いつもと変わらない調子に聞こえる。
「引っ越しの手伝い、いらないかって……あと引っ越し祝い決めてって」
「そっか。美香子が必要だったら、頼めばいいじゃん。ついでにこのへん散歩してくれば? いい店あるかもしれないし」
 美香子は顔を覆ってため息をついた。
 頭のなかを整理しなければ――スマホをにぎりしめたまま、意を決して紀之に向き直る。
「あのね、その荷物」
 まっすぐ美香子を見つめている紀之の手には、依然ピンク色の細長いものがにぎられている。
「うん、この荷物がなに?」
 どう思われているか、察することができる。
 それは美香子の荷物から出てきたものだ。
 ピンク色で細長く、いまはおとなしくしているものの、スイッチを入れれば動き出す――はずだ。
「えと、そ……その荷物、前に送られてきたやつで」
「食べものと一緒にするのはどうかと思うよ」
 そこでようやく、紀之の顔にいやそうな色が浮かんだ。
「あの、そうじゃなくて……そこにそれがあるっていうのは」
「忘れてた? 引っ越しの荷造り、あんまり時間なかったもんな」
 紀之はそれの横についているスイッチを入れた。うぃん、とモーターの音がして、ピンク色の身体をくねらせはじめる。
「ちょ、待って、待って、そういうのやめて」
 素直に紀之はスイッチを切ってくれた。
 それ――世間一般ではおとなの玩具で通っている、バイブレーターだ。
 男性器をかたどっており、スイッチひとつで身をくねらせる。
 美香子には買った覚えのないものだった。
 だが確かにそれは、美香子が持ちこんだ荷物から出てきた。
 それを目の当たりにしていたため、美香子は頭が真っ白になってしまっている。姉からの電話も、美香子を冷静にする手伝いをしてくれなかった。
 視線を下げ、美香子は段ボール箱を確かめた。
 そこには多種多様な箱や袋が、みっしりと詰めこまれている。どれもこれも食材だ。乾物やインスタント食品、乾麺など――その眺めに、美香子はそれが以前姉から送られてきたものだと確信していた。
「こ、これ前に……実家から、えっと」
 実家から姉に送られ、姉から美香子へとたらい回しにされた食材――のはずである。
 当時姉の家ではガスコンロが壊れ、買い換えても初期不良が立て続けに三台続き、料理などするか、と怒っていたのだ。
 美香子もいまでは無職だが、当時は前職で忙しく日々を過ごしていた。縁故入社の男性と真っ向から喧嘩することにならなければ、いまも在籍していたかもしれない。当時は料理をせず、姉から届いた荷物を開きもしなかった。
「な、なんでそこに……その、それが」
「バイブ? 切り干し大根と椎茸の間に挟まってたよ」
「やだ、なんでぇ?」
「俺が知りたいくらいだよ。食べものと一緒にしたら駄目だと思うよ」
 床に置かれ、それは自立した。
 ピンク色とはいえ、かたちがかたちのためだろうか。やけに雄々しい。
「し、しまってよ! そんなの……っ」
「なんで? 美香子のなんだし、持ってきたんだからいるものってことだろ?」
 紀之はまたスイッチに手をのばそうとする。
「ちが……っ、それ、お姉ちゃんとこから届いた荷物で……」
 まだ荷ほどきの済んでいない部屋のなか、無機質なアラームが響き渡った。
「あ、俺もういくわ」
 美香子は手にしていたスマホで時間を確認した。時刻は午後三時をすこしまわったところ、紀之の出勤時間だ。イタリアンレストランの厨房で紀之は働いており、アラームは出勤時間を知らせるものだった。
「まだ台所使えないから、晩飯はなんか買ったり出たりで」
 腰を上げた紀之は、上着を羽織るとショルダーバッグを身に着けて玄関に向かう。身支度はそれで終わりだ。新居からは自転車通勤であり、わりと時間ギリギリに家を出ても間に合う、と聞いていた。
「紀之、あのさ」
「いってくる。帰るとき連絡入れるから、片づけよろしく。無理はすんなよ」
「う、うん……いってらっしゃい……」
 いつもとおなじ、平静そうな紀之の顔がドアの向こうに消える。
 コトリと音がして、美香子は振り返る。
 玄関のドアが閉まった振動か、床で直立していた玩具が倒れていた。

(――それぞれのつづきは本編で!)

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